SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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第29話 久々の交遊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ…、ぁ…」

 

 

木の影に腰を下ろし、上体を幹に寄りかからせて大きく欠伸をする。

 

今、ケイは現在の最前線である五十九層に来ていた。先日の思い出の丘での出来事も気にはなるが、かといって攻略をおざなりにすることはできない。飽くまで最優先はこの世界から脱出するための攻略なのだから。

 

と、外に出た時のケイは思っていた。

アルゲートの転移門を起動して五十九層へ行き、そしてフィールドに出て…ケイは衝撃を受けた。五十九層のフィールドはごくごく普通の草原エリアなのだが、だからこそだろう。雲一つない快晴が際立つ。時折吹く心地よい風が髪を撫でる。

 

ケイは悟った。今日は攻略せずゆっくりしていいのだ、と神が言っているのだと。実際はそんな事実全くないのだが。

 

 

「最近、攻略で見ないと思ってたら…何してるの?」

 

 

のんびり過ごしている内、ウトウトし始めたケイの頭上から声が掛けられた。呆れが込められた、それでいて僅かな怒りも込められているのが分かる。

 

 

「アスナ」

 

 

「やっと攻略に出てきたのかなと思ったら…」

 

 

目を開けて見上げると、両手を腰に当ててこちらを見下ろすアスナが顔を覗かせていた。アスナは大きくため息を吐くと、切った言葉の続きを口にする。

 

 

「攻略組の皆が必死に迷宮区に挑んでる時に、ケイ君はこんな所で昼寝なんかして」

 

 

「おいおい、なんかとは何だ、なんかとは。見ろよこの雲一つない青空を。現実でもこんな天気は滅多にないぞ。じめじめしてる迷宮区に入るなんて勿体ないだろ」

 

 

「今こうしてダラダラしてる方がもっと勿体ないでしょう!?」

 

 

ここ最近、というよりは、アスナが血盟騎士団に入った頃から、彼女は他の攻略組のプレイヤーから攻略の鬼、と呼ばれるようになっていた。五十層攻略後の祝勝会にも参加していたし、ただアスナの事を良く知らない奴らが勝手に言っているだけだろうと考えていたのだが、改めてまた交流するようになってからよく見てみると、そう呼ばれるのも無理はないのかと思うようになった。

 

特に、五十六層のフィールドボス戦に攻略会議にて、NPCを囮にしてボスを誘いだすという作戦を立てた時は驚いた。確かにNPCは攻撃を受けて消えたとしても、後に復活する。とはいえ、その姿は紛れもない人と同じなのだ。そう簡単に割り切る事は出来ないはずなのだが。

 

 

「お前…。変わったな。いや、戻ったって言った方がいいかも」

 

 

「?」

 

 

ここ最近のアスナの様子を思い返している内、無意識に零れた呟き。それを聞いたアスナは首を傾げる。

 

自身の呟きに少し驚きながらも、ケイは続ける。

 

 

「今のアスナは、俺と初めて会った時のアスナと似てる。生き急いで無理して、死のうとしてたあの時と」

 

 

「っ…」

 

 

アスナが息を呑んだのが分かる。ケイはそんなアスナを見て一つ息を吐いてからもう一度口を開く。

 

 

「アスナが何でそこまで攻略に固執するのかはわからないし、聞くつもりもない。けどさ、アスナみたいに無理な攻略してたら…、どうなるかなんて目に見えてわかるだろ?」

 

 

まだ最前線はおよそ六割地点の五十九層。ここで急いだって…、いや、HPがゼロになれば死ぬという大前提がある以上、急いで無理をするのは禁物だ。

 

 

「それとお前、最近ろくに休めてないだろ」

 

 

「え…」

 

 

「惚けたって無駄だぞ。微妙にふらついてる、寝不足か」

 

 

ケイが言った直後、アスナはぴくりと体を震わせる。どうやら図星だったようだ。

 

アスナが話しかけてきてから、ケイはじっとアスナの顔を見返していた。その中、時折アスナは僅かにふらつく場面があった。そういうのは人によって変わったりするのだろうが、少なくともいつものアスナならそんなことはあり得ない。

 

 

「アスナも、今日の攻略は休んだらどうだ?あ、何だったらここで寝そべってみるか?気持ちーぞー」

 

 

「なっ…、何を…!?」

 

 

言いながら目を閉じるケイ。アスナが動揺しているのが、耳に入ってくる声でよくわかる。

 

アスナの足音は聞こえない。どうやらその場から動かず立ち尽しているらしい。だが、これからアスナが何をしようと、ケイに止める権利などない。それこそ、アスナがケイの言葉を無視して攻略に挑みに行ったとしても。

 

 

(あ、やべ…。眠くなってきた…)

 

 

目を閉じていると、本格的にケイを眠気が襲ってきた。アスナが来る直前までウトウトしていたのだから、当然といえば当然なのだが。

 

 

(…)

 

 

いつの間にやら、ケイはすぐ傍にアスナがいる事も忘れ、眠気に身を任せ、意識を手放していた。

 

 

 

 

 

 

「…マジ?」

 

 

ふと、ケイは目を開けた。ケイは自分が寝ていた事に驚きながらも、どれくらい時間が経ったのかを確かめるためにウィンドウを開く。

 

時間を見るに、どうやら自分が寝たと思われる時刻からおよそ十五分ほど経っているらしい。ケイは、自分が無事に生きてることに安堵しながら体を大きく伸ばして…、ふと視界の端に見えた何かへと視線を向けて、驚愕と共に声を漏らした。

 

 

「確かに寝そべればとは言ったけど…」

 

 

ケイが見下ろす先には、芝の上で横になり、寝息を立てる人が。

 

 

「だからって、熟睡するか…。アスナ…」

 

 

ケイは傍らで眠るアスナから視線を外して大きくため息を吐いた。

 

ケイは確かに、何ならここで寝そべってみればとは言った。だがまさか…、本気でここで横になって、それも熟睡体勢にまで入るとは予想もつかなかった。それも、あのアスナがだ。

 

 

(置いてく…なんてできないしな)

 

 

アスナの様子から見ると、目を覚ますまでかなり時間がかかりそうだ。かといって、ここにアスナ一人を置いて去る事は出来ない。

 

今、ケイとアスナがいるのは五十九層のフィールドにある圏内だ。ここにいる限り、ダメージを受ける事はない。が、これには抜け道がある。

 

プレイヤーがこの場にいる限りダメージを受ける事はないのだが、圏内とはいえ命の危険があるのがこのSAOだ。

 

もしここでケイがアスナを置いて離れてしまえば…、まず間違いなく、アスナは様々なハラスメント行為の対象になるだろう。それだけではなく、最悪PKの被害に遭う可能性もゼロではない。

 

圏内の中では、直接的に犯罪行為を犯すことは不可能。だが、アスナの様に少しの刺激でも目を覚まさないような状態にあると話は別だ。

 

寝ている相手の指を動かし、勝手に<完全決着モード>の決闘を成立させ、寝首を掻くことだってできる。それだけでなく、大胆に寝ている相手を圏外へと運ぶことだってできなくはないのだ。

 

うたた寝してしまったケイは、<索敵>による接近警報をセットしておいた上に、まず熟睡はしていなかった。だがアスナはどうだ。熟睡している上、恐らく警報もセットしていない。完全に、<殺人>プレイヤーにとってはカモである。

 

 

「体調管理くらいしっかりやれよな、たく…」

 

 

ケイは再び心地良さそうに寝息を立てるアスナに視線を遣って、苦笑を浮かべながら呟く。

 

このSAOでは、レベルアップだけが目的ならソロでやるのが一番効率的だ。しかしアスナは、ギルドメンバーのレベリングを手伝いながら、それでもケイに迫るレベル数を保ち続けている。多分、睡眠時間を削って。

 

ケイ自身も、SAOが始まってから…特にアスナ、キリトとのパーティーを解消してすぐは毎日毎日、夜中までレベリングを続けていた。その時は、今のアスナと同じように一度眠りに着いたら死んだように寝続けていたものだ。

 

 

「ま、今はゆっくり寝ろ。今日は特別に面倒見てやろうじゃないか」

 

 

眠り続けるアスナは返事を返さない。そんなアスナを、笑みを浮かべて眺めながらケイはストレージからドリンクを取り出す。

 

もし他に女子がいれば、女の子の寝顔を見るなんて云々と言われるんだろう。だが、何の見返りもないボディガードを受け持ってるんだ。寝顔を見るくらい許されるべきだろう。

 

…そんなの関係なく、起きたアスナに色々言われるんだろうが。

 

それからは、ひたすらケイはアスナとフィールドの景色と視線を交互に行き来させる時間が続いた。時に攻略に出ていくプレイヤーが好奇の視線を向けてきたり、記録結晶のフラッシュを焚かせたりと何もなかったと言えば嘘になる。…記録結晶を使ってきたプレイヤーは、アルゴにも相談して特定し、ちゃんと仕返しをさせてもらうが。

 

 

「くしっ」

 

 

「ん?」

 

 

木の幹から声が聞こえてきたのは、オレンジの陽の光が射し込み始めた時だった。木の幹から離れ、近くにあった塀に腰を下ろしてぼぉーっとしていたケイの耳に、可愛らしいくしゃみの声が聞こえた。

 

 

「…うにゅ…」

 

 

アスナが謎の言語を発すると共に、彼女の体がゆっくり起き上がる。そしてアスナは寝ぼけ眼で周りを見回して…ケイの姿を捉えた所ではっ、と目を見開いた。

 

 

「え…、け、ケイ君?なん…、わ、私…」

 

 

「久しぶりだろ、ここまでゆっくり寝たの」

 

 

「っ」

 

 

良くわからない言葉を言うアスナに、ケイはどこか苦みも入った笑みを浮かべながら声を掛けた。すると直後、アスナの頬が一気に真っ赤に染まる。夕焼けによるものじゃない。ここで自分は眠ってしまい、そして自分の寝顔をケイに見られた事の恥ずかしさが襲ったのだろう。

 

アスナは素早く立ち上がり、衣服と頬についた草を払う。そして、顔を俯けたままぽつりと口を開いた。

 

 

「…ありがとう」

 

 

「ん?あぁ、いや。ここで俺がアスナを置いてって、誰かに犯罪行為されたら後味悪いからさ」

 

 

アスナがお礼を言ってくる。ケイとしては当然の事をしたまで、だから特に気にはしていないのだが、アスナからすればそうはいかないらしい。

 

 

「ご飯、奢るね。さすがに夕飯はまだでしょ?」

 

 

「え?まだだけどさ。…別にそんなに気にしなくていいぞ?」

 

 

「五十七層にNPCにしては美味しい料理を出すお店があるの。そこに行きましょ」

 

 

「聞く耳なしですかい…」

 

 

お返しなんていらないとアスナに言うのだが、ケイの言葉をアスナは滑らかに無視して話を進めていく。もう、彼女の中でケイと夕飯に行くというのは決定事項になってるらしい。

 

 

「ほら、行くわよケイ君」

 

 

「へいへい…」

 

 

年相応の笑顔を見せて言ってくるアスナ。先程までの、攻略に拘って冷たい表情を浮かべていたアスナとは大違いだ。

 

 

(一体、どっちが本心なんだか…)

 

 

ケイは小さく頭を振ってから、先を歩くアスナを追いかける。

 

 

 

 

 

 

第五十七層主街区<マーテン>。現在の最前線である五十九層から二つの下であるこの層の主街区は、攻略組のベースキャンプかつ人気観光地となっている大規模な街だ。夕方のこの時刻になれば、上から戻ってくるプレイヤーや下層から晩ご飯を食べにくるプレイヤー達で賑わうのは必然である。

 

転移門を使い、マーテンへとやって来たケイとアスナは肩を並べて、アスナが言うレストランへ向かっていた。そんな、メインストリートを歩く二人を見て、ぎょっと目を向くプレイヤーもちらほら見られる。

 

それも当然、アスナはファンクラブが存在すると言われるほど、プレイヤーの間では人気を誇っている。そんな彼女の隣を、ソロの不良プレイヤーと言っていい奴が独占しているのだ。傍で見るプレイヤーが信じられなく思うのも仕方はない。

 

 

「…ちょっと飛ばすね。ちゃんとついて来てよ」

 

 

「え?あっ、おい!」

 

 

すれ違うプレイヤーの反応を見て楽しんでいたケイだったが、この視線に耐え切れなくなったのか、アスナが駆けだしてしまった。

アスナの敏捷力パラメータを全開にしたダッシュに、少し遅れてからついていくケイ。…ちょっと、楽しみが削られてしまって残念に思ってるのはアスナには秘密。

 

と、不意にアスナのスピードが緩み、ある一軒の建物の前で立ち止まった。ケイもそれに合わせてスピードを落とし、アスナの隣で立ち止まる。

 

 

「ここ?」

 

 

「うん。お肉よりもお魚がお勧め」

 

 

ケイの問いかけにアスナは頷いて答え、店のドアを開けて中へ入っていく。ケイもアスナについていき店の中へ入り、混み合う店内を進んで空いていた席に向かい合って腰を下ろした。

 

この店内でも、外を歩いていた時の様に周りから視線が注がれていた。さすがにそろそろ、愉快を押しつぶし、鬱陶しさが内心で浮かんできた。

 

ケイもまた、アスナの様に注目されているプレイヤーの一人ではあるが…ここまでの視線を受けたことはない。この気持ちを、アスナは毎日味わっているのだろうか…。だとしたら、同情を感じざるを得ない。

 

 

「ご注文は如何致しましょう」

 

 

「あぁ。えっと…」

 

 

周りからの視線に嫌気が差す中、NPCの店員が注文を受けに来た。ケイは言葉を濁しながら、向かいに座るアスナに視線を遣る。

 

アスナもまた、ケイに視線を向けて…その視線から、好きな物を頼んでもいいよ、と感情を受け取った(勝手に)ケイは食前酒から前菜、メイン料理にデザートと好き放題ちゅうもんする。

 

その間、アスナが何も言わないでいるのを見ると、どうやらケイの勝手な予想は当たっていたらしい。

 

NPCがケイの注文を受けてその場から去っていく。それから、すぐさまケイが頼んだグラスが届き、ケイとアスナはそれに口をつける。

 

 

「…あんなにたっぷり寝たの、ここに来てから初めてかもしれない」

 

 

「ん…く。それはさすがに大袈裟な…」

 

 

「ううん、ホント。ケイ君とキリト君とパーティーを組んでた時も、五時間くらいで一番長く眠れてたもの」

 

 

昼前辺りでアスナが寝初め、夕刻で起きたその間、およそ八時間。現実では適切な睡眠量と言われる時間だが、SAOにログインしてからのアスナにとっては初めてという。

 

 

「目覚ましで起きたんじゃなくか?」

 

 

「うん。何か、怖い夢とか見て、飛び起きちゃうの」

 

 

ケイの問いかけに、グラスに入った液体で口を濡らしたアスナが答える。

 

…アスナの答えを聞いてると、まるで自分がパーティーから抜けてからさらに眠れなくなったと言われているように感じる。

 

 

「…また昼寝したくなったら連絡してもいいぞ?予定が空いてたら、見張りしてやる」

 

 

「あら。それは、毎日昼寝してもいいって事かな?」

 

 

「おい」

 

 

アスナの中で抱く自分のイメージがよぉ~くわかった瞬間だった。

 

 

「ふふっ、冗談冗談。そうね…、また、今日みたいな最高の天候設定の日が来たら、お願いするね?」

 

 

不機嫌そうな表情を浮かべるケイに微笑んでから、アスナが頷きながら言う。

ケイはそんなアスナをじっと見て…、一つため息を吐いてから、再びグラスに口を付けた。

 

それから少しして、NPCが色とりどりの野菜(?)が乗った皿を卓に載せていく。ケイはスパイスをサラダにかけ、いただきますと一言口にしてからフォークを使って野菜(?)を口に運ぶ。

 

 

「…考えてみりゃ、栄養とか関係ないのに何でサラダとか食ってんだ」

 

 

「え?おいしいじゃない」

 

 

口の中のサラダを咀嚼し、飲み込んでからケイはふとぼやいた。アスナもまた、サラダを飲み込んで、それからケイの言葉に反論した。

 

 

「別にまずいとは言わないよ。だけどさ、このスパイスじゃなくて、何か調味料が欲しいなって」

 

 

「あー。それはすっごく思う。マヨネーズとか欲しいよね」

 

 

「そうそう!サラダだけじゃなくて、他の料理とか食ってる時、ソースとかケチャップとか欲しいとか思うんだよな!」

 

 

アインクラッドの調味料のなさの不満が、二人の話を盛り上げていく。

 

 

「後、あれは絶対に忘れてはいけない」

 

 

「そうね…。あれは、日本の最高傑作っていっていいものね…」

 

 

「「醤油!」」

 

 

同時に叫んだ二人が、同時に吹き出す。席に着いてすぐに出てきた微妙な空気はもうなかった。

 

あるのは、久しぶりに会った友人と談笑しているような、そんな楽しげな雰囲気のみ。それからはケイとアスナの間で話題は尽きず、NPCが出す料理を次々に平らげ。

 

満足げな表情で店から出てくる二人が、五十七層で目撃されたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




圏内事件?知らんな(すっとぼけ)

ていう事で、この話で分かる通り、圏内事件の話は書きません!
というか、この話を書いてる途中まで圏内事件の話を書くつもりではいたんですが。

次回からは超絶シリアス回になり(予定)ます。

ちなみに、圏内事件を書かないならどうしてこの話を載せたのかは、次回の超絶シリアス回のクッションにならないかと思いまして…。ww

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