SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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第2話 邂逅

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある一人の少女がいた。親が敷いたレールをひたすらに走り続け、そしてそれが一番の幸せだと信じて止まなかった少女。あれをしなさい、これをこうしなさい。他人の言う通りにして生き続けてきた少女。

 

そんな少女が、初めて自分の意志で道を決め、駆けだしたのが…仮想世界の中でとは、何と皮肉な話だろうか。

 

アインクラッド第一層迷宮区。そこに潜って、もう何日経つだろうか。少女はずっとそこで、街にも戻らず戦い、突き進んでいた。ここはゲームの中だから疲れる事はない、という考えは甘かったようで、肉体の疲れこそないものの、精神の疲弊からは避けられなかった。

 

視界に入った安全地帯で休憩は挟んでいるが、ここに来て時折意識が遠のく感覚も現れる。

 

だが、少女は歩みを止めない。後ろを向くこともしない。ただ、前だけに足を進める。

 

 

「…まず」

 

 

少女が更なるエリアに続くと思われる扉を開け、潜った時だった。彼女の周りに一斉に、大量のコボルド系のMobがポップする。同時に少女の背後の扉は閉じてしまった。

 

 

(…この囲みを抜くのは、さすがに無理かな)

 

 

心の中で諦念が籠った言葉を呟く。が、その足はその言葉とは逆の行動を起こす。襲い掛かるコボルドの剣戟を掻い潜り、流星のごとき剣戟で迎え撃つ。

 

もしかしたら扉は開き、戻ることはできたかもしれない。しかし少女はそれをしなかった。ここで戦う事を…

 

 

「ぁっ」

 

 

死ぬことを選んだ。

 

背後からコボルドの持つ片手棍のソードスキルが炸裂する。単発重攻撃のスキルは少女の背中に命中し、HPをがくりと三割ほど減らす。

 

 

(麻痺…!)

 

 

さらにそれだけではなく、少女の視界の左上、残りHPを示すメーターの横に雷のようなマークが描かれている。これは、プレイヤーが一時行動不能になったという現れ。その証拠に、目の前から迫るコボルドから離れようと力を込める少女の足は、動かない。

 

 

(ここまでか…)

 

 

目の前で斧を振り下ろすコボルドを見上げて…そっと瞼を下ろす。

 

 

(でもまあ…、最後まで頑張れたから…いいや)

 

 

目の前だけでなく、周りを囲むコボルド達が一斉に斧を振り下ろしてくる。これだけの数の攻撃を受ければ、自分のHPは一瞬のうちになくなってしまうだろう。それはすなわち…、死。

 

だけど、少女にとってはそれでよかった。この世界の閉じ込められ、それでも助けが来ると…誰かがクリアしてくれると信じて待った。だけど…少女を絶望に落としたのは、ゲーム開始から一か月後にプレイヤーの千五百人が死んだという報せ。

 

こんなゲーム、クリアできるはずがない。どれだけ待っても、助けが来る様子もない。こんな世界で…、自分は何もせずに死ぬ。それだけは、耐え切れなかったのだ。

 

だから、情報を集めた。武器を買って、スキルも練習して、フィールドに出て迷宮区へと入った。

 

それは、最期まで戦って、そして死ぬため。

 

だからこれで良いのだ。最期まで戦えた。最期まであがくことができた。だから、これで────

 

そう思いながら死の瞬間を待つ少女の瞼の裏で、閃光が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

罠にかかったと思ってたらとっくに罠が発動してたでござる。

 

開いた扉を潜り、大量のMobが目の前にいた光景を見たケイが思ったのはこの一文。

正直、トラップで大量のMob…ルイン・コボルド・トルーパーがポップしたのかと考えたケイだったが、どうにも様子がおかしかった。その場にいたコボルドは、ここへ来た自分ではなく全く違う方へと注意を向けていたのだ。

 

 

「っ…、プレイヤー?」

 

 

そのコボルド達の視線の先にいたのは、紅のローブに身を包んだ一人のプレイヤー。

 

 

(…すげぇ)

 

 

辛うじて言葉は抑えられたものの、心の中で感嘆の念は抑えられなかった。

 

まるで、流れ星。そんな風に錯覚するほど、そのプレイヤーの動きは速く、綺麗だった。ソードスキルの光が尾を帯び、本当に流星が流れていったような、そんな光景を作り出す。

 

 

(だけど…何でだ…?)

 

 

だがケイは、プレイヤーが創り出す美しい光景を見ながら疑問に思う。

その疑問の原因は、プレイヤーの立ち回り方だった。

 

別に今いる場所は密閉空間ではない。あれだけのスピードを誇っているんだ、やろうと思えばコボルド達を置き去りにしてその場から逃げる事だってできるはずなのだ。なのに、そのプレイヤーはそれをしない。ただ、戦い続けるだけ。

 

 

「て、そんな場合じゃない!」

 

 

ケイの目が見開かれる。突如、鮮やかなステップを披露し続けていたプレイヤーの動きが鈍り、背後からのソードスキルを受けてしまったのだ。

 

それを見たケイはすぐさま駆け出し、少女の前へと躍り出る。

 

左腰の鞘に納めていた曲刀、<フォージブレード>の柄に手をかけて、少女の頭上へと跳躍する。

 

袈裟、逆袈裟気味に剣を振るう事によって発動する範囲型ソードスキル<クロス・ウェーブ>が炸裂し、プレイヤーを囲んでいたコボルド達に命中する。

 

コボルド達が発動していたスキルは強制キャンセルされ、その代償によりスキル使用後に起きるよりも長い硬直が訪れる。

 

ケイはプレイヤーの前で着地すると、振り返って口を開く。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

今ここに、こうしてアバターが残っている事が生きているという何よりの証拠だが、ケイが聞きたいのはそういう事ではない。あの、突然の動きの鈍り。このプレイヤーには、相当疲労が溜まっているのかもしれない。

 

そう思って、問いかけたケイだったが、帰ってきた答えは冷たく鋭いものだった。

 

 

「…余計な事を」

 

 

「…は?」

 

 

「どうせ皆死ぬのに…。今ここで私を助けたって、どうせ無駄になるのに…!」

 

 

プレイヤーの声は、男性のものとは違い高かった。この迷宮区の薄暗さやフードによってその顔は良く見えないが、このプレイヤーは女性とみて間違いない。

 

その女性プレイヤーは…、今、何と言った?

 

 

「お前…、それ、本気で言ってるのか?」

 

 

「っ…」

 

 

ケイ自身、今自分がどんな顔をしているのかわからない。だが、それでも何となくだが、かなり恐ろしい表情をしてるんだろうなとは想像できる。

 

さっき、感情を露わにしながら叫んだ女性プレイヤーが、息を呑んで黙り込んでしまったから。

 

 

「お前はこんな所で死んで満足なのか?誰にも看取られず、一人で寂しく。死んで、満足なのか?」

 

 

「…だけど」

 

 

「…まぁいいや。でも、死ぬなら俺の役に立ってからにしてくれ」

 

 

「…は?」

 

 

女性プレイヤーの短く、呆けた声が耳に届く。

そして、こうして話している間にコボルド達の硬直は解け、自分たちを囲み始めている。

 

クロス・ウェーブの弱点は、威力が低い事にある。こうしてモンスターに囲まれ、咄嗟の場面で使用し、相手の動きを止められるのは物凄く便利なのだが、さっきも言ったが如何せん威力が低い。モンスターの体力を削りたいという時にはどうも使いづらいスキルだ。

 

と、スキルの事はここまででいいだろう。

 

ケイはじり、じり、と近づいてくるコボルド達に体を向け、ちらりと横目で女性プレイヤーを見遣りながら言う。

 

 

「あんた、大分この迷宮区に潜ってるみたいだな。だったら、マップデータもかなりの範囲手に入れてると思う。だから…、そのデータを俺にくれ。そしたら、もう後はあんたの好きにしていい」

 

 

「…勝手な事を」

 

 

「勝手でも何でもいいよ。ともかく、今、俺はあんたを死なせる気ないから」

 

 

恐らく自分を睨んでいるだろう、女性プレイヤーにニヤリと笑みを向けてから剣を構える。

 

 

「来るぞ!背中は任せる!」

 

 

「指図しないで!」

 

 

二人が駆けだしたのは、全く同時だった。

 

煌めく刃を振るい、それぞれの色のライトエフェクトを宿して放つスキルがコボルド達を殲滅していく。

 

 

(…やっぱりすげぇ)

 

 

コボルドのスキルをかわし、逆にソードスキル、リーバーをお見舞いさせながらケイは女性プレイヤーの立ち回りを目に魅了されていた。

 

女性プレイヤーが持つ獲物は、細剣<レイピア>。威力こそ、短剣に次ぐ二番目の低さだが手数と速度が圧倒的のレイピア。その武器を、彼女は美しく操っている。

 

 

(あ、髪の毛)

 

 

次の獲物へと体を向けながらも、視線はそのまま女性プレイヤーへと向けていたケイは、フードから零れ落ちた亜麻色の髪の毛を見る。

 

だがケイはすぐにそこから視線を切り、目の前でこちらに向かってくるコボルドに集中する。

 

結果的には、戦闘は僅かな時間で終わった。およそ二十体くらいいたと思われるコボルド達を、三分もかからず殲滅し終え、一息つく。

 

 

「…さて、と。さっきの話なんだけど」

 

 

あれだけの数を一気に倒したのだ、少しの間はポップはしないと考えたケイが女性プレイヤーに話しかける。

 

 

「マップデータ、ちょーおだい」

 

 

短い間だったが、女性プレイヤーの性格のタイプは大体分かった。

こういうタイプは、あまり人と長い時間、関わりたくないと思っている。だからケイは短く、率直に用事を告げて、それでいてさりげなーく安全地帯へ連れて行こうと考えていたのだが…。

 

 

「て、え?お、おい!」

 

 

突然、女性プレイヤーの体がゆらりと揺れる。そして、まるで操り主を失くしたマリオネットの様に、ぐらりとその体は倒れていく。彼女の手から零れ落ちたレイピアが床に落ち、カランと音を立てる。

 

 

「おい!大丈夫か!?…システムの異常、じゃないな。ただ気を失っただけか…」

 

 

大きな声で呼びかけながら、女性プレイヤーの様子を確認する。

普通に息はしてるし、アバター事態に異常はなさそう。なら、ただ疲れて眠ってしまったと考えるのが妥当だろう。

 

 

「…だけどどうする。このままにしておく訳にもいかないし」

 

 

このまま倒れた彼女を置いていくという非人道的な事はしたくない。だが、迷宮区で気を失った彼女をともなって安全地帯へ行こうというのは少し危険すぎる。

 

なら、どうするか。

 

 

「…仕方ない。ちょいと失礼して」

 

 

ケイはハァ、とため息を吐いてから一度倒れた彼女に向かって合掌、そして一礼。彼女の腕を自分の首に回して抱えて立たせる。女の子特有の柔らかな感触はなるべく感じないように感覚をシャット…なんて事は出来ないが、とにかく早く安全な場所まで運ぶべく早足でその場を去るのだった。

 

 

 

 

じめじめとした薄暗い迷宮区の出入り口を潜った先は、これまた日光が木々に遮られるせいで薄暗い樹海だった。

ケイは辺りを見回し、モンスターがポップしていないことを確認すると、迷宮区付近のフィールドを描いたマップを開く。

そして、安全地帯の場所を記憶するとマップを閉じ、その場所へと足を向ける。

 

幸運にも、誰かがここら一帯で狩り尽くしてくれたのか一度もモンスターがポップすることなく、安全地帯へ辿り着くことができた。

 

ケイは女性プレイヤーをそっと地面に横たえらせ、傍にあった木の幹に乱暴に背を預けてずるずると力を抜く。

 

 

「つ、か、れ、たぁ…」

 

 

天を仰ぎ、大量の吐息と一緒に気の抜けた声が辺りに響き渡った。

 

もしかしたら誰かに聞かれているかもしれない、という注意もすることもできない。

迷宮区を進んだことに疲れたわけじゃない。女性プレイヤーと共闘したことに疲れたわけでもない。ただ、気絶した女性プレイヤーを連れて、周りに注意を払って移動したことがケイの体力をこれでもかと奪っていた。

 

 

「…俺も、ちょっと休むかな」

 

 

こちらの苦労も知らず、心地よさそうに寝息を立てる女性プレイヤーを見て、ケイもまた瞼を閉じる。

 

安全地帯まで来たから、もう女性プレイヤーを置いていってもいいのではとも思ったが…、マップデータを貰うって宣言したし、ここにいる事にする。

 

安全地帯に来て五分くらいだろうか、目を瞑っている内にウトウトと眠気が襲い始めた時、近くからがさっ、と誰かが草を踏む音が耳に届いた。ケイは目を開け、音が聞こえてきた方…女性プレイヤーが寝ている方へと目を向ける。

 

 

「おはよう」

 

 

「…どうして置いてかなかったの」

 

 

「開口一番にそれかよ…」

 

 

ケイが目を向けた先は、案の定、女性プレイヤーが上半身を起き上がらせた体勢でこちらを睨んでいた。そして開口一番、お礼ではなく冷たい言葉を吐いてくる。

 

ケイは苦笑を浮かべながら息を吐く。

 

 

「さっきも言ったけど、あんたからマップデータを貰う。ま、相手が寝ててもできるっちゃできるんだけど────」

 

 

ケイにとって、後半は特に考える事無く無意識に出てきた言葉だった。

そして直後、その言葉は完全に蛇足だったと大きく後悔する事となる。

 

 

「ヒィアっ!?」

 

 

直後、ケイの視界の端で何かが煌めいたと思うと、その煌めきは一瞬にしてケイへと迫ってきた。悲鳴を上げながら頭を下げて、その煌めきが頭上を横切ったことを感じ取る。

 

 

「なななななな何!?何でしょうか!?」

 

 

「あなた…、私の身体に何かしたの…?」

 

 

「え?い、いや!何もしてないですよ!?してません!ご尊顔も拝見しておりませんです、ハイッ!!」

 

 

「嘘おっしゃい!」

 

 

いつも間にやら立ち上がっていた女性プレイヤーがケイの顔面に向けてレイピアの切っ先を向けている。あの煌めきはこのプレイヤーがレイピアを突き出した時の軌跡だったのか…じゃねぇ!

 

ケイは両手を真っ直ぐ上へと掲げ、恐怖にがくがくと体を振るわせながら女性の言葉を必死に否定する。

 

 

「マップデータを探すふりして私の身体を…その…、色々してたんでしょう!!?」

 

 

「してるわけねぇだろーが!完っ然に濡れ衣だぁ!!」

 

 

「問答無用!!!」

 

 

「ふざけんなぁ!!!」

 

 

どれだけ否定の言葉を並べても、届かない。それどころか、彼女の目はハイライトを失くし、唇をわなわな震わせて…、ケイが何かしたと決めつけているようだった。

 

 

(これは…、抜くしかねぇだろ!)

 

 

とりあえず、彼女を正気に戻さなければ。幸いここは安全圏で、剣を相手にぶつけてもダメージは入らない。ならば、自分の剣で彼女を叩いて落ち着かせてやろうではないか。

 

ケイが剣の柄に手をかけたと同時、女性プレイヤーも動き出していた。レイピアをぐっ、と引いて力を溜め、ケイに向かって突き出す。

 

 

(は、や…)

 

 

閃光。そうとしか形容できない一突きが、ケイを襲う────

 

ぐぅう~~~~~~~~~

 

────事はなかった。

 

その、突然の音の発生源はケイではなく、目の前で動きを止めた女性プレイヤーの方だった。そして、その音の正体は…馴染みのある、あの感覚だった。

 

 

「く、ははははははははっ!ははっ、はっ…はぁ。そろそろ昼飯食わないとだしな、腹ごしらえするか」

 

 

「い、いらないわよっ。お腹減ったって死ぬわけじゃないし…」

 

 

「でも、あんたが倒れた理由。極度の空腹感と関係ないとは言い切れないだろ?」

 

 

「…」

 

 

それは、空腹の音。恥ずかしがっているのか、それとも悔しがっているのかわからないが、顔を背けて震えている女性プレイヤーに向けてケイはストレージを操作しながら声を掛ける。

 

そして、はじまりの街のショップで売っている、一番安い黒パンをオブジェクト化して女性プレイヤーに向けて差し出す。

 

 

「それにこれ、美味いぞ」

 

 

「…あなたの味覚を疑うわ」

 

 

何だかんだ、空腹に勝てないのが人間の性である。女性プレイヤーは不満げな表情を隠しもせず、だが素直にケイが差し出した黒パンを受け取った。

 

 

「なに、そのまま食う訳じゃないさ。ちょっと工夫を加える」

 

 

「工夫…?」

 

 

「これ」

 

 

ケイの口から出た工夫という単語に首を傾げる女性プレイヤーの視線を受けながら、ケイは拳一つ分程度の大きさの壺をオブジェクト化させる。そして、オブジェクト化した壺を差し出す。

 

 

「そのパン、ちょっとこっちに」

 

 

「…」

 

 

女性プレイヤーが差し出した黒パンの上で、ケイは壺の蓋部分を人差し指でちょん、と押す。

すると、女性プレイヤーの掌に載った黒パンに、白くとろりとした液体が塗られる。

 

 

「クリーム…?」

 

 

「騙されたと思って食ってみ」

 

 

現実ではどう見てもクリームにしか見えないそれだが、ゲームでは一体何なのか、初めて見た彼女には分からないだろう。得体のしれない何かを、女性プレイヤーはじっと眺めた後…思い切って黒パンに齧り付いた。

 

 

「…」

 

 

その様子を微笑みながら見ていたケイもまた、あの壺を使って黒パンに白いクリームのようなものを塗り、齧り付く。

 

 

「これ、トールバーナの一つ前の村で受けられる、逆襲の牝牛ってクエストで手に入るんだ。時間がかかるせいか、あんまり人気はないみたいなんだけど」

 

 

「…」

 

 

ケイの話は…聞いていないのだろう。はぐはぐはぐ、と、さっきは恐る恐る齧り付いていた女性プレイヤーは今では勢いよく食を進めている。

 

 

「…もう一ついく?」

 

 

「っ…、いらない。美味しいものを食べるために生き残ってるわけじゃないもの」

 

 

相当、アレンジした黒パンが気に入った様子の女性プレイヤーに声を掛けると、一瞬びくりと体を震わせた後、そう返してきた。

 

 

「なら、何のために?」

 

 

「私が、私でいるため」

 

 

再び問い返す。女性プレイヤーは立ち上がり、ケイの問いかけにそう答えると振り返って続けた。

 

 

「最初の街の宿屋に籠って、腐っていくくらいなら…、最期まで全力で戦い抜いて、そして────」

 

 

「満足して死にたい、か?」

 

 

女性プレイヤーの言葉を途中で遮り、ケイは立ち上がってから言った。すると女性プレイヤーは、一瞬息を呑んでから口を開く。

 

 

「だって…っ、百層なのよ…?二か月もかかってまだ、一層さえ突破できてないじゃない!その間に何人死んだか分かってるでしょ…?二千人よ!」

 

 

「…」

 

 

「無理よ…。このゲームをクリアするなんて、無理なのよ…」

 

 

まるで言い訳するような口調で…、だがその内容は決して言い訳ではないもので。

 

 

「私たちは、帰れない」

 

 

どれだけ葛藤しただろうか。どれだけ、信じていたかったのだろうか。

だが、最後に彼女が出した決断を、震える声で口にした。

 

 

「そう…だな。クリアが絶望的なのは目に見えて明らか。それだけは、俺も同意するよ」

 

 

彼女が言った言葉は全て事実だ。ゲーム開始から二か月経って未だ、一層すら突破できていない。そしてその間、死者が二千人に及んだことも事実。

 

 

「でも、俺は諦めてないから」

 

 

「…どうして」

 

 

どこか悲しそうで、それでいて悔しそうで、苦しそうで…、そんな感情が渦巻く瞳を向けながらぽつりと呟く女性プレイヤー。

 

 

「俺は…」

 

 

ケイが口を開き、何かを言おうとする…その時だった。

 

辺りに響き渡る鐘の音。その音に驚いた女性プレイヤーが、音が聞こえてきた方へと振り返る。

 

 

「なに…?鐘の音?」

 

 

「トールバーナの町の鐘だよ。で、これは三時の鐘の音だ。…そろそろ行くか」

 

 

「…どこに?」

 

 

鐘の音が聞こえてくる方へと足を進めるケイを目で追いながら、女性プレイヤーが問いかける。

 

ケイは女性プレイヤーの方に振り返り、口を開いた。

 

 

「あと一時間で、あのトールバーナの町で第一層のボス戦に向けた会議が行われる」

 

 

「っ!」

 

 

「どうする?あんたも来るか?」

 

 

女性プレイヤーに、イエスかノーか問いかける。

彼女は最期まで戦いたいと言った。だからケイは、彼女も誘うべきかと考え、ボス戦会議に誘ったのだが。

 

 

「…私は」

 

 

女性プレイヤーの口から、答えが出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




名前は出ませんでしたが皆さん。誰だか、わかりましたね?

はい、ヒロインはこの人でーす。

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