SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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第28話 楔

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ方へ目を向け、呆然と眺めるキリトとシリカ、タイタンズハンドの面々。片膝を突き、後方を憎々しげに見上げるロザリア。

 

そして、ロザリアの視線を受けながら笑みを崩さぬまま彼女を見返すケイ。

 

 

「け、ケイ…」

 

 

「ん…。は?キリト?お前、何でこんなとこにいんだ?」

 

 

「いや、それはこっちのセリフなんだけど…」

 

 

じっ、とロザリアを見つめていたケイが、ここでようやく他のプレイヤーの存在に気付く。いや、存在自体は索敵スキルで察しているのだろうが、今ここに誰がいるのかにやっと気付いた。

 

キリトが口を開き声を掛けると、ケイは目を丸くしてキリトを見返しながら問いかけてきた。実際、その問いかけはキリト自身もケイにかけたかったものなのだが。

 

 

「俺は、ちょっと依頼で…。<タイタンズハンド>を、な」

 

 

「へぇ…。そうか、お前が依頼を受けたプレイヤーだったのか。けど、その様子じゃまだ、ロザリアが…っと」

 

 

まず、キリトがケイの問いかけに答えた。その後、ケイもまたキリトの問い返しに答えようとしたのだが、ロザリアが、の後に続く言葉を言おうとした瞬間、顔色を変えたロザリアが再び転移結晶を使おうとした。

 

 

「させるわけねぇだろ。正直、お前だけはここから逃がすわけにはいかねぇ」

 

 

「くっ…!」

 

 

直後、ケイが言葉を切ってロザリアの手に握られたままだった結晶を奪い取り、さらに結晶を握っていた方の腕をロザリアの背に回して拘束する。

 

 

「キリト。他の<タイタンズハンド>の奴らは煮るなり焼くなり好きにしていい。だが…、ロザリアだけは少し時間をくれ」

 

 

「あ、あぁ…。でも、何で…」

 

 

高速から逃れようともがくロザリアにさらに力を込めながらケイがキリトに言う。キリトは、他の賊が逃げないように睨みを利かせながら再びケイに問い返した。

 

確かにロザリアは、中層プレイヤーと捉えるのは違和感がある。自身のスピードに反応するあの反射は凄まじいものがあった。

 

だがわからない。ケイが何故、ロザリアのみに拘っているのか。しかし、その答えは直後に、ケイの口から飛び出すことになる。

 

 

「アルゴと協力して調べはついている。この女、ロザリアは、<ラフィンコフィン>の一員だ」

 

 

「なっ…!?」

 

 

キリトだけでなく、その後ろにいたシリカ、他の賊達もまた信じられないように目を見開いてケイを見る。ただ一人、ロザリアだけがこれでもかと憎しみが籠った視線をケイに送っている。

 

<ラフィンコフィン>という名が広まったのは、今年に入ってすぐの事だった。<ラフィンコフィン>とは、必要以上に殺人を行うプレイヤー────通称<レッド>プレイヤーが集まってできてしまったギルドの名前だ。

 

<ラフィンコフィン>に入っているプレイヤーは、それぞれが一度は殺人を自分の意志で犯した事のあるプレイヤーで構成されており、それによって今ではオレンジギルドを超える犯罪ギルドと表すため、<レッド>ギルドと言われている。

 

そして、<ラフィンコフィン>、略してラフコフのメンバーには必ずある証が刻まれている。

 

 

「アルゴが記録結晶で録ってくれた。こいつの手についた、あの趣味の悪い絵をな」

 

 

「…ふん」

 

 

棺桶の中に描かれた顔と、ずれて開いた蓋の奥から覗く手の骨。ロザリアが、左手に着けていた手袋を外すとその手の甲に刻まれている烙印は、まさにラフコフの一員であることを証明するものだった。

 

 

「っ…」

 

 

もし今、賊達が逃げようとしていればできたかもしれない。だが、彼らはロザリアの正体を知らなかったようで、目を見開いたままその場で固まっていた。

 

彼らもまた、犯罪者ギルドなのだが…、その彼らさえも恐怖する存在、それが<ラフィンコフィン>なのだ。

 

 

「ともかくキリト、ロザリアについては俺に任せて、とっととそいつらを監獄エリアに送っちまえ」

 

 

「あ…あぁ」

 

 

ケイはキリトの方を見ず、ロザリアを見下ろしたまま指示を出す。キリトは一度、ケイの方を見遣ってからロザリア以外の賊達を、回廊結晶を使い監獄エリアへと一人ずつ送っていく。

 

その間に、ケイはロザリアへの拷問を開始する。

 

 

「さて、俺が聞きたいことはわかってるな?」

 

 

「はっ。…わかるわけないだろ?」

 

 

「…」

 

 

ケイの問いかけに、ロザリアは拘束される苦しさに表情を歪めながらも皮肉な笑みを浮かべて返す。

 

それは、挑発だったのだろう。あわよくば、これでケイが挑発に乗り、少しでも拘束が緩めばという思惑が乗った。

 

 

「ま、それでもいいさ。あんたがわかってようがそうでなかろうが、関係ない」

 

 

「…」

 

 

だが、ケイには全くもって通用しない。ケイは表情を動かすことなく続ける。

 

 

「ラフコフのアジトはどこにある」

 

 

「…ずいぶん単刀直入に来たわね」

 

 

「そうでなきゃ、無駄に時間が過ぎていきそうなんでな

 

 

ケイの視界の端で、キリトとシリカがこちらをたまに見遣っているのがわかる。どういう風にしたのかはわからないが、賊達は素直にキリトが結晶を使って出した回廊を潜っている。あっちは全部キリトに任せてよさそうだ。

 

 

「知らないよ」

 

 

「嘘を吐くな。ラフコフ幹部と接触できるお前が、アジトの場所を知らないはずがない」

 

 

ケイの問いかけにロザリアは知らないと答えたが、あっさりと論破される。

 

 

「そこまで知られてるなんてね…。さすがは鼠って言うべきか」

 

 

「こうしてる間にもラフコフの手にかかってるプレイヤーはいる。さっさと答えてもらおうか」

 

 

「残念ね。知らないっていったら知らないの」

 

 

ケイの口から出た証拠はあっさり認めたものの、問いかけには頑なに答えないロザリア。ケイとロザリアの睨み合いが続く。

 

いつしか賊達の連行が終わったのか、キリトとシリカがこちらに向き直っているのが見える。

 

 

(このままじゃ埒が明かない…か)

 

 

ケイは短く息を吐いてから、腰の鞘から刀を引き抜く。

 

 

「さっきも言ったが、こうしてる間にも犠牲者は増えてる。のんびりしてられないんだ」

 

 

「…だから?」

 

 

ケイが何をしようとしているのか、ロザリアにはこの時すでにわかっていたのかもしれない。ロザリアの顔色が僅かに変わったのがケイには分かった。

 

 

「ふっ────」

 

 

「け、ケイ!?」

 

 

「ひっ…」

 

 

短い声と共に、逆手に握られた刀が振り下ろされる。刀の切っ先がロザリアの背中を貫き、彼女の体を串刺しにする。

 

傍から見れば衝撃的な光景だろう。目を見開くキリトと短く悲鳴を漏らすシリカがそれを物語っている。だが、当の本人たちはほとんど表情を変えていない。

 

 

「このままじゃ貫通継続ダメージでお前のHPはゼロになる。その前に、お前が俺の質問に答えてくれることを願うよ」

 

 

「…ふん」

 

 

小さく笑みを浮かべるケイを、青白い恐怖の色で表情を染めるロザリア。ロザリアは小さく鼻を鳴らすと、目を閉じてケイから視線を切り、そのまま顔を俯かせた。

 

そうしている間にも、ゆっくりとロザリアのHPが減っていく。初めにケイの刃に貫かれた事によるダメージでおよそ三分の一、そこからロザリアのHPは注意域へと迫る。

 

 

「ケイ!もうその刀を抜け!」

 

 

「ダメだ。こいつが言わない限り、これは抜かない」

 

 

キリトがこれ以上はやめろと怒鳴ってくるが、ケイは即座にそれを一蹴する。キリトの傍らで立つシリカは両手で口を覆って震えるだけ。

 

ロザリアのHPが、注意域を超えて危険域へと迫った。

 

 

「ケイっ!!」

 

 

「黙って見てろ!」

 

 

堪らずキリトが再び怒鳴るが、ケイは先程と同じく取り次がない。

 

ロザリアのHPが、残り数ドットとなる。それでもなお、ロザリアの口は開かない。

直後、視界の端でキリトの姿がぶれた。どうやら、我慢の糸が切れてしまったらしい。

 

 

「…ちっ」

 

 

「え…」

 

 

だが、我慢の糸が切れたのはキリトだけではなかった。沈黙が流れる空間に、ロザリアの呆けた声が響き渡った。

 

ロザリアの背中から、ケイの刀が抜かれていた。さらに直後、ロザリアの体は無理やり反転させられ、彼女の口に瓶の口が突っ込まれる。

 

 

「んん!?ぐっ…!」

 

 

「回復ポーションだ。素直に飲んどけ」

 

 

ロザリアのHPは、残り一、二ドットというところで減少が止まっていた。それだけではなく、ゆっくりとロザリアのHPが上昇、回復を始める。

 

 

「ケイ…、お前」

 

 

「…命乞いするの待ってたんだけどな」

 

 

ケイを止めようと駆けだし、すぐ傍で立ち止まっていたキリトが声を掛けてくる。ケイはキリトの方に目は向けず、ただ苦笑を浮かべてぽつりと呟いた。

 

本当は、ロザリアが命乞いした所で刀を抜き、アジトの情報を聞くというのがケイの思惑だった。しかしいつまで経ってもロザリアの口が開かないため、思わず刀を抜いてしまった。

 

 

「甘く見てたわ。ラフコフにゃ、組織の情報を渡すような奴はいないってか?」

 

 

「…」

 

 

ケイは立ち上がり、ポーションを飲むロザリアを見下ろしながら言う。

ロザリアは、その問いかけに答えない。

 

 

「…はぁ。キリト、そいつも監獄エリアに放り込んどけ」

 

 

「え…、いいのか?」

 

 

「あれだけしたって吐かなかったんだ。俺の手には負えん」

 

 

ため息を吐いてから言うケイに、キリトが目を丸くしながら聞き返してきた。

 

死の恐怖を与えればあっさりと吐くだろうと考えていた。しかしその思惑はあっさり破れ、そしてそれはすなわち、これ以上ケイが何をしてもロザリアから上方を聞き出せないことを意味する。ケイには、これ以上に確実な方法は思いつかなかったのだから。

 

キリトに襟を掴まれたロザリアが、回廊の前で立ち止まった。すると、首を回して視線をケイに向けながらロザリアは口を開く。

 

 

「見逃してくれた礼に、一つだけ教えてやるよ」

 

 

「…」

 

 

このままロザリアは監獄エリア送り。情報は聞けず、調査は振り出しに、と微妙に憂鬱に思っていたケイは、僅かに目を見開く。そんなケイに、にやりと笑みを向けながらロザリアは続けた。

 

 

「あんたらにはもう、楔が打たれてる。小さな、だけど決して抜けない楔がね」

 

 

「楔…?」

 

 

ロザリアの言葉の意味がよくわからなかった。ケイは一度ロザリアの言葉の中で特に気になった単語を呟いた後、言葉の意味を聞き返そうと口を開こうとした。

 

 

「あっ」

 

 

「…ちっ」

 

 

だがその前にロザリアはキリトの手を振り払い、回廊の中へ潜っていってしまった。さらに制限時間が来てしまい、回廊も直後に閉じてしまう。

 

監獄エリアに行くには、回廊結晶で直接つなげて行くしかない。だがそれをすると、たとえ罪を犯してないグリーンのプレイヤーも問答無用で牢屋に入れられてしまうため、実質もうロザリアの言葉を聞くことは出来なくなったという事になる。

 

 

「…ケイ。悪いけど」

 

 

「あぁ、わかってる。その子を送ってくの手伝って欲しいんだろ?」

 

 

 

ロザリアが言ったその一言について考え込んでいたケイに、キリトが歩み寄ってきた。ケイはキリトが何を言いたいのかをすぐに察し、そしてそれについて了承する。

 

ケイ達は、内心の懸念を拭えぬまま思い出の丘を降りていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『また会えるさ。きっとね』」

 

 

「やめてくれ…」

 

 

三十五層の転移門広場へと歩いている途中、ケイがぽつりと呟いたのにキリトがすぐさまツッコミを入れた。というより、止めてほしいと懇願したと言った方が正しいか。

 

ケイが呟いたのは、シリカとの別れ際に口にしたキリトのセリフだ。

 

あのシリカというプレイヤーはアインクラッドで数少ないモンスターテイマーだったようで、倒されてしまったテイムモンスターを生き返らせるために<プネウマの花>のゲットをキリトが協力していたらしい。

 

まあ、キリトにとってはそれだけではなく、シリカを<タイタンズハンド>のエサにするという思惑が僅かにあったみたいだが。

 

それに関してはキリトがシリカに謝罪し、シリカも気にしないと言っていた。

 

 

「しっかし、あの子にずいぶん懐かれたなぁ」

 

 

「え?あぁ…。俺の事、お兄さんって感じで見てるんだろうな。俺も、何となく妹と重ねちゃって…」

 

 

「…サチに言ってやろ」

 

 

「待て、待ってくれ。何かそれ、嫌な予感がする」

 

 

どうやらこの男、全く気付いていないようだ。シリカがキリトに向ける視線を見て、ケイはすぐに悟ったというのに。

 

キリトをお兄さんのように見てる?そういう風に見られているのはケイの方だ。思い出の丘から降りている途中、キリトがシリカにケイを紹介していたのだが、初めシリカはケイに恐怖の視線を向けていた。まぁそれも当然だろう。いきなり現れ、さらにロザリアに剣を突き立てた男など、恐怖の対象以外の何物でもない。ましてやシリカは年端もいかない少女だった。

 

何とか第一印象を拭おうと必死に言葉を交わした結果、ケイに向けるシリカの視線から恐怖は抜け、懐いてはくれたのだが…、ケイへのシリカの気持ちはキリトへの気持ちとは断じて違う。

 

キリトはあほなのだろうか。あの目は、キリトを男としてみている目だった。

 

とはケイの口からは言えず。代わりに口にしたのは、サチへの報告を匂わせるセリフ。キリトには効果覿面だったようで、かなり慌てている。

 

 

「何だよ、そんな慌てて。別にシリカの事をサチに言ったって何もねぇだろ?」

 

 

「いや、そうだけど、何か嫌な予感する。やめてくれ」

 

 

シリカに関してはこれっぽっちも、なのにサチに関しては微妙に勘付いているらしい。

 

しかし、あれだけ…といってもサチにしては、だが、アプローチしてそれでも微妙にしか勘付けないこんな朴念仁を好きになったサチにシリカも────

 

 

「大変だこと」

 

 

「?何だよ急に」

 

 

「何もねぇよ」

 

 

疑問符を浮かべるキリトを見てため息を吐くケイ。それを見たキリトが首を傾げている。

 

 

「…楔、か」

 

 

「…さっきのロザリアの話か?」

 

 

「あぁ」

 

 

ため息が出そうになるのを堪えて、思い出の丘頂上付近で聞いたロザリアの言葉を思い返す。

 

 

あれは一体、どういう意味なのか。今、ケイもキリトもそれを知る事は出来ない。それを知るための情報も、手段も何もない。だが、一つだけ予感できる事がある。

 

 

「…覚悟しておいた方がいいかもな」

 

 

「…」

 

 

これまで、攻略組…アインクラッド解放軍を中心にしてラフィンコフィンに投降を促してきた。それら全ての返事は、増えていく犠牲者となってしまったのだが。

 

そんな中、攻略組の中で武力を行使するべきなのではという声も大きくなっている。それも、ラフコフのアジトの場所が判明しない限りどうしようもないのだが。

 

ケイが言った覚悟、とは、攻略組とラフコフの戦争に対する、という意味だ。

 

 

「そうならないのが、一番なんだけどな…」

 

 

ぽつりと呟くキリト。その言葉の通り、内心で願っているのだろうが…その声には、そうはならないだろうという諦念が込められていた。

 

 

「俺はギルドホームに帰るけど、ケイはどうする?飯くらいならご馳走するけど」

 

 

「お、マジで?ならちょっと待っててくれ。今、アルゴに今日の事を報告するから」

 

 

ともかく、まだその時ではない。今ここであまり気にしすぎるのもそれは無駄になる。

キリトがその話題を切り、ケイを飯に誘い、ケイは喜んでその誘いに甘える。

 

ケイは今日の事について書かれたメッセージをアルゴに送った後、キリトと共に二十二層にある<月夜の黒猫団>のギルドホームへと行き、遠慮なく夕飯をご馳走してもらったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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