SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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第26話 調査と思い出

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第四十一層主街区、その転移門前広場のベンチ。そこでケイは腰を下ろしてじっとしていた、

辺りはすっかり暗くなり、拠点に戻るプレイヤー達が道を歩いている姿が多く見える。そんな中、ケイは動かず座ったまま動かず、ただ何かを待つ。

 

 

「ヤッ」

 

 

「…ようやく来たか」

 

 

じっとしている内、退屈のあまり道歩くプレイヤーの数を、眠る時に羊を数える要領で一人、二人、と数え始めた時だった。ケイの背後から声が掛けられる。

 

ケイは顔を傾け、視線を後ろにやりながら口を開いた。

 

 

「久しぶりだな、アルゴ。…クリスマスのクエスト報酬について聞いた時以来か?」

 

 

「ま、それからもメッセージのやり取りはしてたけどナ。こうして顔を合わせるのはクリスマスの日以来カ」

 

 

ケイの背後で声を掛けてきたのは、ローブを被り、頬に髭のペイントを付けたプレイヤーアルゴだった。アルゴは彼女特有の、面白がるような笑みを浮かべながら背後から移動し、ケイのすぐ隣で腰を下ろす。

 

 

「で?…あいつらについての情報はどうだ。こうして俺を呼び出したんだから、何かでけぇ情報が入ったんだろうな」

 

 

さっきまでの、久しぶりの再会を喜ぶ和やかな空気はそこにはない。緊迫に満ちた声でケイはアルゴに問いかけた。するとアルゴも、先程まで浮かべていた笑みを収めて、膝元で両手を組んでから口を開く。

 

 

「あいつらの潜伏先についてとか、そういう直接的な情報じゃなイ。けど、それに必ずそれにつながるだろう情報を掴んだヨ」

 

 

「…」

 

 

こちらに視線をやりながら言うアルゴに、ケイは視線だけを向けて続きを促す。

 

 

「三十八層である事件が起きてるの、知ってるカ?」

 

 

「…いや」

 

 

「<タイタンズハンド>ってオレンジのギルドが、一つのギルドをリーダー以外全滅させたって事件なんだけド…」

 

 

アルゴが話し始めたのは、中層で起きたPK事件についてだった。確かにそれについては、生き残ったそのギルドリーダーも気の毒だとは思う。が、ケイが今、聞きたいのはその事ではない。

 

ケイは何を言いたい、と挟もうと口を開こうとした。しかし、その前にアルゴが続きを言うために口を開く。

 

 

「本題はここからダ。その<タイタンズハンド>なんだけどナ…」

 

 

そこからアルゴの口から話される内容は、いきなり中層の事件から話し出したその理由を理解するのに十分すぎるものだった。そして、それと同時にまた新たな犠牲者が出るまで、そう時間は残されていないと悟るのにもまた、十分すぎる内容だった。

 

アルゴとの密談の翌日、ケイは三十八層へとやって来ていた。その理由は、勿論アルゴから聞いたこの層で起きたPK事件について調べるためだ。とはいっても、PK事件の詳細を知ろうとしているわけではない。

 

ケイが知りたいのは、PK事件を起こしたギルド<タイタンズハンド>について。アルゴのパイプを使い、被害に遭ったギルド<シルバーフラグス>のリーダーとアポを取って話す約束を取り付けることができた。

 

ケイは三十八層のある酒場に入り、アルゴから聞いた特徴の持つプレイヤーを探す。すると、こちらに目を向けながら手を上げる一人のプレイヤーを見つけた。ケイはそのプレイヤーに歩み寄り、テーブルを挟んで正面の所で立ち止まる。

 

 

「…あんたが、シルバーフラグスの」

 

 

「はい…」

 

 

問いかけると、どうやらケイの予想通り、このプレイヤーがシルバーフラグスのリーダーだった。ケイはその場にある椅子に腰を下ろし、やって来たNPCの店員に水を一杯頼んで相手のプレイヤーと向かい合う。

 

 

「…正直、辛いとは思う。けど────」

 

 

「情報屋から聞きました。あなたが聞きたいのは…、ロザリアの事ですよね?」

 

 

「…あぁ、その通りだ」

 

 

自身が聞きたいことをあっさりと当てられ、思わず目を丸くするが、すぐに取り直し、改めてケイは問いかける。

 

 

「俺が聞きたいのはロザリアがあんた達を嵌めた手口じゃない。…調べたんだろ?ロザリアのその後の行方を」

 

 

ケイが聞きたいのは、タイタンズハンドの一人。シルバーフラグスを罠に嵌めた張本人、ロザリアの行方についてだった。何でもこのプレイヤーは、ギルドの仲間が全滅した後はロザリアの行方について調べ回っていたらしい。そして、あるプレイヤーにタイタンズハンドを捕らえてほしい依頼した。

 

このプレイヤーが、タイタンズハンドの捕縛を依頼したという事はすなわち、ロザリアの行方を掴んだという事に他ならないだろう。

 

 

「…俺が掴んだのは、ロザリアが三十五層で、また新しいパーティーに入ったっていう事です。それからは…、わかりません」

 

 

「タイタンズハンドを捕まえたって報告は?」

 

 

「来てません…」

 

 

どうやらこのプレイヤーの依頼はまだ達成されてはいないようだ。依頼を受けたままプレイヤーがすっぽかしたという可能性もなくはないが…、それをここで言うようなことはしない。

 

ともかく問題は、ロザリアがまた新しいパーティーに入ったという事だろう。さすがに昨日の今日でということはないだろうが…、犠牲者が増える危険が高いのは間違いない。

 

 

「…ともかく、三十五層に行ってみるしかないか。ありがとな、辛い話させちまって」

 

 

「いえ…。僕も、いつまでも落ち込んでなんかいられませんから」

 

 

強い。いや、何もレベルとか、そういう事ではない。

だが、仲間が死んでいった光景を目の当たりにして、それなのにすぐに立ち上がることができるこのプレイヤーは、強いとしか形容できない。

 

 

「今はちょっと時間ねぇから無理だけど…、いつか、飯でも食いに行こうぜ。奢るよ」

 

 

「…はい。楽しみにしてます」

 

 

最後にそう言葉を交わしてから、ケイはNPCが置いていったコップに入った水を飲みほしてから店を出ていく。三十八層の転移門へと向かい、すぐさま転移門を起動する。

 

 

「転移、ミーシェ!」

 

 

ケイが転移する先は、三十五層主街区。<ミーシャ>だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────第四十七層 <思い出の丘>────

 

第四十七層は、総称<フラワーガーデン>と呼ばれるほど花に満ちた層となっている。その中でも特に思い出の丘は、もし恋人がいるのであれば必ず行くべきだとほとんどのプレイヤーが口を揃えて言うほどの場所でもある。

 

が、それは飽く迄、丘の上まで登らず、景色だけを楽しむ場合のみなのだが。

 

丘を登るごとに花畑の規模は少なくなっていき、頂上が近くなってくると花畑というよりは森というべき景色が広がっていく、思い出の丘。その思い出の丘の頂上には、一体何があるのか。

 

頂上まで着くと、四つの石柱に囲まれるように、その中央で一つ台座が置かれている。その台座は中央部に人の腕一本入る程度の大きさの穴が空いているのだが、そのスペースであるアイテムが手に入る。

 

 

「き、キリトさん!ない!ないですよ!」

 

 

「落ち着いて、シリカ。もうすぐ…」

 

 

現在、キリトはそのアイテムを取るために…、いや、そのアイテムを取るのを手伝うためにここ思い出の丘へとやって来ていた。そして、本当に思い出の丘の頂上で取れるアイテムを欲するある人物が、台座の穴を覗いてから動揺で揺れる瞳を向けながら問いかけてきた。

 

苦笑を浮かべ、キリトがその人物…、髪の毛を二つに結った小さな少女、シリカを落ち着かせようとした時だった。台座から突如、光が発せられる。それも、その光の発生源は、台座の中央、小さく空いた穴の中からだった。

 

 

「あっ…!」

 

 

その光に気付き、再度穴の中を覗いたシリカが表情を輝かせる。キリトもまた、台座の中で光る何かの正体を見て、顔を綻ばせた。

 

台座の中で小さな白い花が咲いている。そしてこれが、シリカが求めていた思い出の丘の頂上でしか手に入らないアイテム、<プネウマの花>。

 

シリカは確かな期待と少しの不安を目に浮かべながら、今はもう光が収まったプネウマの花にそっと触れる。初めは人差し指で優しく花びらをつつき、そしてその手を茎へと持っていき、引く。

 

茎が切れた感触と共に、シリカの手には小さな花が握られる。確認のためにシリカが出現させたウィンドウには、<プネウマの花>と表示されている。

 

 

「これで…、これで、ピナを生き返らせることができるんですね…!」

 

 

小さく輝く白い花を優しく抱き締めながら、シリカは涙交じりに言う。キリトは、こちらに目を向けるシリカと真っ直ぐ目を見合わせて、何も言わずにただ一度だけ頷いた。

 

シリカが口にした<ピナ>、とは、彼女がテイムしているフェザーリドラのニックネームである。このSAOでは、稀にボス以外のモンスターをテイムするイベントが起こる事があり、シリカはアインクラッド内で数少ないモンスターテイマーの一人なのだ。

 

しかし、シリカの相棒ともいえるピナが三十五層の迷いの森にてやられてしまったのだ。その際、シリカは命の危機に陥り、キリトに助けられた。そして、シリカはキリトにプネウマの花があればテイムモンスターがやられて三日以内ならばよみがえらすことができるという情報を貰い、二人でここまで来た。

 

 

「さ、いつまでもここにいないで。宿に戻って、ピナを生き返らせてあげよう」

 

 

「はいっ!」

 

 

感激のあまりか、花を抱いたまま動かないシリカに声を掛けて、二人は歩き出す。この場でピナを生き返らせるのは少し危険すぎる。キリトが装備を与えたおかげで、シリカはレベルこそ低いがこの層で戦えている。だが、ピナはそうはいかない。どこかにモンスター用の装備がある可能性はあるが、少なくとも今、キリトはその装備を持っていない。

 

もしここでピナを生き返らせてしまえば、モンスターとの戦闘で再び命を散らしてしまう危険が高い。幸いにも、まだ時間はある。今から宿に戻ってからでも、テイムモンスターを生き返らせれる期限の三日には余裕で間に合う。

 

シリカはプネウマの花をストレージの中にしまい、キリトと並んで丘を降りる道を歩き始める。丘を登る時にも通った、小川にかかる橋を渡ろうとする。

 

 

「…待て、シリカ」

 

 

「え?」

 

 

キリトが立ち止まり、シリカを呼び止めたのはその時だった。シリカは目を丸くして、立ち止まってからキリトに振り返る。

 

キリトの表情は、何かを警戒するように強張っていた。それに、目が自分の方に向いておらず、小川にかかる橋の先をじっと睨み付けていた。

 

 

「ど、どうしたんですか?」

 

 

シリカ自身、索敵スキルは持っているが、特に何の反応はない。だが、キリトは何か感じているのだろうか。未だキリトが表情を緩めないことを不安に思いながら、シリカは問いかける。

 

 

「…そこで待ち伏せている奴、出てきたらどうだ?」

 

 

「え…」

 

 

キリトの口から出てきたのは、シリカの問いかけの答えではなかった。橋の先を睨み付けたまま、いるはずがない誰かに話しかける。キリトが言った直後、弾かれるようにシリカはキリトの視線の先を目で追う。そして目を凝らして見るが…、何も見えない。

 

 

「隠れたって無駄だ。…さっさと出て来い」

 

 

少しの間沈黙が流れ、再びキリトが口を開く。それでもまだ流れる沈黙は変わらず、しかしキリトの視線は変わらず橋の先に向けられ続けていた、その時だった。

 

 

「…あたしのハイディングを見破るなんて、なかなか高い索敵スキルを持ってるわね。侮ってたかしら?」

 

 

橋の先にある木立の中から、一人の女性プレイヤーが姿を現した。燃えるような赤い髪に、黒に輝くレザーアーマーと、その手には十字槍を装備している。

 

 

「さぁな。あんたが高いと思ってるそのスキルが、低かっただけじゃないか?」

 

 

「っ…」

 

 

キリトの皮肉を受けて、眉をピクリと動かす女性プレイヤーだったが、喰いかかりはしない。二人は視線をぶつけ合ったまま動かないでいたが、もう一人のプレイヤーはそうはいかなかった。

 

 

「ろ、ロザリアさん!?何でこんな所に…!?」

 

 

ロザリア、とは、シリカが前に入っていたパーティーで一緒に戦った事のあるプレイヤーだ。その際、トラブルがあってシリカはパーティーを離れて一人で歩いた結果、ピナを失うという結末を導いてしまったのだが。

 

ロザリアは、キリトがシリカを助け出してから、戻って休んでいた飲食店で一度ちょっかいをかけてきたことがあった。そこで、シリカがプネウマの花を取りに行くと宣言したため、こうして追ってきたのだろう。

 

 

「その様子だと、首尾よくプネウマの花をゲットできたみたいね。おめでと、シリカちゃん」

 

 

ふと、ロザリアはキリトからシリカへと視線を映した。そして笑みを浮かべながらシリカに言う。

 

シリカは怯えるように、ぴくりと震えてから後退る。だがその直後、ロザリアはさらに言葉を続ける。

 

 

「じゃ、早速だけど。その花、渡してちょうだい」

 

 

キリトとシリカの視線の先には、こちらに手を差し出すロザリアの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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