SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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第23話 昼食の後に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケイ達一行は、今いるエリアから移動し、森の中の少ない安全圏を見つけてその中に入る。安全圏に入ったという事で彼らは一息つくと、すぐにその場で腰を下ろす。

 

 

「いやぁ、腹減ったぁ!もう我慢できねぇよ!ケイタ、早く!早く!」

 

 

「わかったから落ち着け…」

 

 

空腹が限界に近いのだろう、ダッカーがアイテムストレージを開いて操作するケイタを急かす。ケイタはそんなダッカーを見て苦笑を浮かべながら、一つのアイテム名をタップ。ストレージ内に六つあるそのアイテムを全てオブジェクト化し、ギルドメンバーそれぞれに一つずつ渡していくケイタ。

 

 

「お…。ホットサンドか」

 

 

「うん。サチが作って、リーダーって事で僕が預かったんだ」

 

 

「お!これサチが作ったのか!旨そうだなぁ!」

 

 

銀色の包みを開けると、中から見えるのは食欲そそる焦げ目がついたトーストサンド。それを見た月夜の黒猫団メンバー達の表情が一気に晴れ渡り、歓声を上げる。そして、それを作ったサチに誰もが賛辞の言葉をかける。

 

 

「皆の口に合えばいいんだけど…」

 

 

皆に褒められ喜ぶ気持ちと味はどうかという不安が入り混じった表情を浮かべるサチの前で、ケイタからもらったサンドを一斉に食べ始めるメンバー達。パンに齧り付き、咀嚼して飲み込んでから、皆が声を上げる。

 

 

「旨い!」

 

 

「ホント旨いよ、サチ。いつ料理スキル上げたんだ?」

 

 

それぞれが美味と口にし、再びサチに賛辞の言葉をかける。サチは頬を染め、恥ずかしそうにしながらもホッ、と安堵の息を吐く。

 

 

(あぁ~…、なるほど)

 

 

見ていて和むその光景の中で、ケイは決して見逃すことはなかった。安堵するサチの視線の先。傍から見れば、自身が作った料理を美味しそうに食べるメンバーを嬉しそうに眺めている、と思うのだろうがケイは気づいた。

 

サチの視線の先にいるのが、キリトだという事を。サチは無言でサンドに齧り付くキリトをじっ、と見つめているという事を。現実世界で、他人の視線をかなり気にしながらの生活を経験した事のあるケイだからこそすぐに気付けた、小さなサチの違和感。

 

 

「んぐ…。おいケイ、お前もさっさと食えよ」

 

 

「…わかってるっつの」

 

 

しかし、どうやらキリトは全くもってこれっぽっちも気付いていないようで。それはそれはご満悦な様子でホットサンドを咀嚼し、飲み込んでから、何も食べていないこちらに目を向けて声を掛けてきた。

 

出そうになった溜め息を呑み込んで、キリトに返事を返してからケイもアイテムストレージを開く。そして指をスライドしてアイテム欄を確認する。

 

 

(…あれ?おかしいな)

 

 

アイテム一覧が一番下に来てしまった。ケイは首を傾げながら、今度は上へスライドさせてアイテム欄を確認する。

 

 

(…え?)

 

 

アイテム一覧が一番上に来てしまった。…いや、そんなはずがない。ケイは自分にそう言い聞かせながら、もう一度下にスライドさせてアイテム欄を確認する。だが、何度確認しても結果は同じだった。

 

昨日の夜、今日の朝と昼の分のために買った食料。アイテムストレージ内のどこを探しても、まさかと思い、装備欄の中も探したがどこにも見つからなかった。

 

しかし何故だ。確かに昨日買っておいたはずなのに、どうして…、バグか?

 

ケイは昨日の夜、食料を買ってからの行動を思い返す。家に帰り、それからすぐにケイは明日は早いからと布団に入った。そして…

 

 

(あ…)

 

 

思い出す。夜中に目が覚め、その時の空腹感に耐え切れなかったことを。…本来ならば昼食で食べるために用意した食料を食べてしまった事を。

 

その時は、朝食を我慢して昼食はしっかり摂ろうと考えていたのだが、起きた時にはそんなことすっかり忘れ、昼にとっておくはずの分を食べてしまったのだが。

 

ともかく結論。ケイは何も食べ物を持っていない。何も食べられない。

 

 

「…ケイタ。そのホットサンド、もう一つない?」

 

 

「え?ないけど…、どうかしました?」

 

 

ウィンドウを消して、ケイはホットサンドを満喫するケイタに問いかけた。が、返ってきた言葉には無情にも…というより当然のことだが、ノーだ。さらにケイタはその問いかけの理由を聞いてきた。

 

ケイは口を開閉させ、言うか言うまいか悩んでから…隠しても意味ないだろうとすぐに考えて理由を答える。

 

 

「食べ物が…ない。昨日おやつにして食べたの忘れてた…」

 

 

「何やってんだよお前…」

 

 

ケイタに問いかけた理由を正直に話すと、キリトが呆れたように目を細めてこちらを見ながら言ってくる。言い返そうとケイは口を開きかけるが、言い返すべき言葉が何もない事に、すぐに口を閉じてしまう。

 

 

「だけど、どうするんだ?俺達も予備の食料なんてないし…。サチ、お代わりようとかあるか?」

 

 

「ううん、ないよ。…ごめんなさい」

 

 

「い、いやいや。サチは何も悪くないじゃん。忘れてた俺がぜぇんぶ悪いんだから…」

 

 

さすがに空腹のままは可哀想だと感じたのか、キリトがサチにまだホットサンドはあるのかと問いかけるが、サチは首を横に振る。さらにこういう状況を想定していなかったことを、サチはケイに謝る始末。

 

ケイは慌てて手を横に振ってサチに返す。今回は何の文句のつけようもない、完全に自分が悪いのだから。サチに謝る必要など全くない。

 

 

「…でも、悪いな。ここにいるともっと腹減ってくるから、さっきの所でレベリングしてくるわ」

 

 

「ほ、本当にごめんなさい!」

 

 

「いやだから謝らなくていいって…」

 

 

ここにいると、キリト達が食べているホットサンドの匂いが漂って来てさらに食欲がそそられてしまう。さすがにきついと思い、ケイは立ち上がりながら先程までレベリングをしていたエリアへ向かおうとする。

 

その際、またサチが謝ってきた。…ホントええこやわ。この後、グループ編成がどうなるかはわからないけど、もしサチが自分と同じグループになったら絶対守ってやろう。少なくとも、ダッカーとテツオよりは扱いを良くする。そう、意味の分からない決意をして、ケイが一歩足を踏み出そうとする。

 

 

「け、ケイ君!」

 

 

ケイが歩き出す前に、背後からケイを呼ぶアスナの声が聞こえてきた。

 

 

「アスナ?」

 

 

「え、えっと…」

 

 

振り返ると、そこには両膝を地面について、いわゆる女の子座りの体勢で腰を下ろすアスナ。そして、彼女の両手には二つの白い包みが握られていた。

 

 

「こ、これ…。つ、作りすぎちゃったから、ケイ君にあげる」

 

 

するとアスナは、両手に握る二つの包みの内の一つを右手に乗せて、ケイに差し出してきた。

 

…これは?つまり?お昼ご飯を自分に?くれるってこと?

 

 

「…マジ?」

 

 

「私、二個もいらないから…。だからケイ君にあげる」

 

 

頬を染めて、もじもじと恥ずかしがるようなしぐさをしている理由はわからないが、ともかくアスナは昼食を自分に分けてくれるらしい。それに、アスナが掌から零れそうになるくらいのサイズのそれを、二つも食べるとも思えない。

 

 

「なら…、お言葉に甘えて。ありがと」

 

 

「う、ううん!さっきも言ったけど、作りすぎただけだから!そんなお礼なんて…」

 

 

「いやいや。アスナが作りすぎてなかったら俺、空腹に苦しんでたし…」

 

 

ケイはアスナの隣で腰を下ろし、アスナが差し出した包みをお礼を言ってから受け取る。アスナと一言言葉を交わしてから包みを開けると、ケイの鼻に馴染み深い、ある特融に匂いを捉える。

 

 

「…これ、米?てか、おむすびか!?」

 

 

開いた包みの中には、白い小さな粒の塊が。それは紛れもない、日本の古来からの愛されてきた食材、お米だ。炊き立てにも感じられる輝きを放ったお米のおむすび。アスナはそれを昼食として持ってきたのだ。

 

 

「な、何でお米が…」

 

 

「三十六層のお店に、イナの実ってアイテムが売ってるの。それを洗って、水を含ませて…。て、ご飯の炊き方は基本現実と同じなんだけどね」

 

 

「イナの実…。聞いた事ないな」

 

 

「あはは…。あのお店、路地裏の奥にあるし…。それにそこを通っても気付かないで通り過ぎる、てプレイヤーも多いから…」

 

 

アスナがこのおにぎりの作り方とお米の手に入れ方を教えてくれる。イナの実というのは聞いた事がないが…、今度、三十六層に行く機会があれば、アスナにメッセージを送ってイナの実を売っている店の場所を教えてもらおう。

 

ケイは内心で決意しながら、おにぎりを齧り、咀嚼する。

 

 

「…どう、かな?」

 

 

不安そうに問いかけてくるアスナ。ケイはしっかりと懐かしのお米の味を味わいって飲み込んでから口を開く。

 

 

「旨い…。アスナ、これ、自分で作ったんだよな?料理スキル取ってたんだな…」

 

 

アインクラッドに囚われてから、ずっとお米を食べられなかったという補正はないと言えば嘘になるが、お世辞抜きでアスナがくれたおにぎりはおいしかった。

 

現実ではおにぎりを不味く作る方が難しいのだが、このSAOではそうはいかない。料理の美味しさというのは。料理スキルの熟練度に全て依存される。つまり、たとえおにぎりでも料理スキルの熟練度が低ければ、とても食べれないような、そんなひどい味になる場合もあるのだ。

 

 

「う、うん。まだちょっとスキル熟練度に不安があったんだけど…、良かった…」

 

 

夢中でおにぎりを頬張るケイを見て、アスナがほっ、と安堵の息を吐いて笑みを零す。

 

そんなアスナの様子を露知らず、ケイはひたすらおにぎりを齧り、咀嚼し、飲み込んで。

 

 

「…ん?これは」

 

 

おにぎりを満喫していると、ケイの口の中でこれまたどこか懐かしく感じる食感が奔る。これは…サケか?

 

 

「あ。それはね、ギルメンの人からもらった物なの。私と同じように団長からお休みを貰ってた人で、釣りに行ったらしくて。その時に釣ったのを分けてくれたんだ」

 

 

「へぇ…。何ていうのかは知らんけど…、サケだよな完全に」

 

 

「あ、ケイ君も思った?私も最初食べた時にそれ思ったよ」

 

 

何ていう名前のアイテムなのかは知らないが、食感と味が完全サケである。アスナもケイと同じ考えだったようで。ケイは心の中で、このアイテムがどんな名前でも、自分だけはサケと呼ぼうと勝手に決意する。

 

 

「…おにぎりかぁ。俺も食べたいなぁ」

 

 

「ダッカー、あまり見るな。二人の…、うん、アスナさんのためにも見てない振りしるんだ」

 

 

ケイとアスナが談笑しながらおにぎりを食べる中、ホットサンドを食べるキリト達は、二人をチラッチラッと横目で見ていた。だが一人だけ、ダッカーがじっ、と二人の様子を、というより二人が食べているおにぎりを羨ましそうに見つめていて。そんなダッカーをテツオが肘で軽く小突きながら諌める。

 

 

「キリト、あの二人って付き合ってるの?」

 

 

「いや、そういう関係ではないと思うぞ?でも…、アスナはそれを望んでるようには見えるけど」

 

 

「…ふぅん」

 

 

不意に、サチがケイとアスナの様子に目を向けながらキリトに問いかけた。キリトもまた、ケイとアスナに視線を向けながら、サチの問いかけに答える。

 

 

「…サチ、何でそんな眼で俺を見るんだ?俺、何かしたか?」

 

 

「…別に」

 

 

キリトはサチの問いかけに答えただけなのだが…、何故かサチが不機嫌そうに、じと目でキリトを睨む。サチの機嫌を損ねるようなことをした覚えがないキリトは問いかけるが、サチはそっぽを向いてしまう。

 

 

(…どうしてアスナさんの気持ちには気づいて、私の気持ちには気づいてくれないんだろ)

 

 

そっぽを向いて、俯いてしまったサチがそんな事を思っていたなど、サチの機嫌を取ろうとオロオロするキリトにはまったく伝わっておらず。そしてそんな二人を、周りのギルドメンバー達は苦笑しながら眺めていて。

 

ある乙女は、自身が抱く想いに気付いてすらおらず、またある乙女は自分の想いに気付いてくれない相手に悩む。

 

そんな乙女たちの淡い想いが伝わるのは、まだ先である。

 

 

 

 

 

 

「さて、腹ごしらえも済んだし。そろそろ行くか」

 

 

全員が昼食を済ませてから、少し時間を置き、休憩してからキリトが立ち上がりながら言った。ケイ達が安全地帯で休憩を始めてからおよそ三十分。食事を終えてからしばらく談笑していたケイ達だったが、キリトに続いて同じように立ち上がる。

 

安全地帯を出て、ケイ達は再び昼休憩前までレベリングをしていたエリアへ向かう。

 

 

「で、午後からのグループの事だけど…」

 

 

「「っ!!」」

 

 

エリアへと向かう途中、ケイタがふと口を開いた。そして、その言葉を聞いた直後にダッカーとテツオがびくりと体を震わせ、顔色も悪くなる。彼らが思い出すのは午前にて、ケイとアスナと一緒にレベリングをしたあの凄惨な光景。

 

ひたすら戦い続け、溜まった疲労も構わずひたすら動き回ることを求められた午前のレベリング。もう二度と味わいたくない、先の見えないあの絶望感。

 

 

「えっと…。グループ替えようか。さっき二人のレベルを見たけど、僕達のレベルを超えてたし」

 

 

昼休憩の中、ケイタはギルドのメンバー達のレベルを確認していた。その時に、ケイとアスナと共にレベリングをしたダッカーとテツオのレベルが他のキリトを除くメンバーの中で飛び抜けていた。

 

キリトは例外、だがせめてそれ以外ではバランスを取っておかなくてはならない。ケイタは先程のダッカーとテツオの様子を思い出しながらも、嫌だという気持ちを抑えて続けた。

 

 

「僕、サチとササマルはケイさんとアスナさんと一緒に。キリトはダッカーとテツオをお願い」

 

 

午後からは、ケイタが言ったグループでレベリングを再開する。改めて皆で確認しながら、目的のエリアへ移動していく。

 

 

「…っ、止まれ!」

 

 

その途中だった。ケイは不意に立ち止まり、口を開いて声を上げた。その声に従い、すぐさまアスナとキリトが立ち止まり、それにつられてケイタ達もまた立ち止まった。

 

 

「え…、どうかしたのか?」

 

 

皆が立ち止まる中、ササマルが戸惑いの表情を浮かべながらケイに問いかける。ケイはササマル達に掌を向けて、無言で待機を命じる。

 

 

「…キリト、七時の方向」

 

 

「あぁ、いるな。こっちに向かってくる」

 

 

ケイはキリトに視線を向けながら問いかけると、キリトもまたこちらに目を向け返しながら答えてくる。

 

最大範囲まで広げたケイとキリトの索敵スキル。それに引っ掛かる、一つの反応。

ポップしたMobではない。もしそうだとすれば、自分たちからあまりに距離が離れすぎている。こちらから反応範囲に近づかなければ、Mobはポップしないのだから。

 

だとすれば、こちらに近づいてくる反応は。紫色の、モンスターの反応は何なのか。

 

 

「考えてる暇はないぞ、ケイ!」

 

 

「ちっ、アスナ!お前らも構えろ!」

 

 

考えていると、キリトがこちらに声を掛けてくる。その声に従って、ケイは得物を抜き、接近してくる反応がいる方へと視線を向けて身構える。

 

その際に、隣にいるアスナと少し離れた所にいるケイタ達に声を掛けて構えるように言う。

 

 

「来るぞ!」

 

 

再びケイが口を開いた直後だった。茂みの中から飛び出してくる巨大な黒い影。

モンスターの上にあるアイコンと、名称<Lord’s tusk of the destruction>。

 

<破壊の王の牙>。巨大なオオカミ型のモンスターが顎を大きく開き、牙をこちらに向けながら突っ込んできた。

 

予定とは外れた、大きなイレギュラーがケイ達に襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作やアニメに、お米が出てきた描写ありましたっけ?もしあったら教えてほしいです。(ただし、教えてくれる場合は感想ではなくメッセージでお願いします)

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