SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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第20話 VS神仏の無限魔手中編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詰んだ。

 

ただ一言、心の中でそう思った。自分の名前を叫ぶ、アスナやキリト、クラインの声も遠く感じる。この感覚、覚えがある。

 

 

(そうだ…。第二層のボス戦…、あの時もこんな感じで、やられそうになったんだっけ)

 

 

神仏の腕の動きがスローモーションに感じる。そしてそれが、第二層で自分がやられかけたあの時と感覚が重なる。あの時は、アスナがボスの注意を引き付けてくれたおかげで助かったが、今のアスナは自分から遠く離れた場所でプレイヤー達をまとめている。距離的に考えても、ここまで駆けつける事は出来ないだろう。

 

それは、アスナの傍にいるキリトやクラインもそうだし、ヒースクリフもこちらに無会ってきてはいるが、どう考えても間に合いそうにない。

 

詰んだ。再び、あの一言が心の中で浮かぶ。

 

 

(やべ…、もう無理だわ)

 

 

ケイはそっと瞼を閉じる。こちらを睨む神仏の目が消えていき、瞼の裏側で真っ黒く視界が覆われる。

 

その瞬間だった。

 

 

「っ!?」

 

 

ケイは目を見開き、驚愕に目を染める。伸びた膝が突如崩れ、ケイの身体がぐらりと後ろへと傾く。慌てて足に力を込めて体勢を立て直したケイは、先程まで全く力が入らなかった足の異変に気付き、すぐさまその場から後退して離れた。

 

ついさっきまでケイが立っていた場所に神仏の無数の腕が叩き付けられ、煙が上がる。

ケイはその光景を眺めながらさらに神仏から距離を取り、さらにヒースクリフがいる方へと駆けていく。

 

 

「ケイ君!」

 

 

「…くそっ」

 

 

アスナの声がケイにかかる。その意味を察したケイが振り返ると、駆けるケイを神仏が追いかける姿が視界に入る。ケイはさらにスピードを上げ、不意に跳躍。そして同じようにケイに向かって駆けていたヒースクリフの背後で着地し、しゃがんでヒースクリフの背に隠れる。

 

その瞬間、神仏がケイに向かって二本の両腕を突き出す。だがその時にはケイはヒースクリフの背でしゃがんでおり、代わりにヒースクリフが純白の盾で神仏の突きを防ぎ切る。

 

 

「さすが、神聖剣といったところか。あの攻撃を物ともしない」

 

 

「…分かったようだな、あの現象のカラクリが」

 

 

ヒースクリフも気付いていたらしい。神仏に狙われたプレイヤーが動けなくなった、あの奇妙な現象に。そして、その現象のカラクリにケイが気づいた事もまた、ヒースクリフは悟っていたようだ。

 

 

「…あのボスと目を合わせるな。その瞬間、状態異常で動けなくなる」

 

 

ケイの脳裏に思い浮かぶのは、スタンとは違う絵が描かれたアイコン。紫色に塗りつぶされた、魔方陣のような形をしたアイコン。あの状態異常が何というのかはわからないが、あれに陥ると動けなくなると考えるのが自然だ。

 

 

「もし、魔方陣のような形のアイコンが出て動けなくなったら目を瞑れ。そうすれば状態異常は解ける」

 

 

ケイは、状態異常の解除方法にも辿り着いていた。思い出すのは、ボスにやられたと勝手に思い込み、目を瞑ったあの時。あの瞬間から、ケイは解き放たれるように体の自由を取り戻した。

 

つまり、謎の状態異常で動けなくなるのは、ボスと目を合わせている間のみ。その間、体も視線も動かすことはできないがただ一つ、瞼だけは動かすことができ、そして瞼を閉じれば状態異常も解ける。

 

 

「まだ体力は半分だし、また何らかの変化があるとも限らないが…、あの状態異常さえ何とかしさえすれば」

 

 

「うむ。…ならば、私は少しの間あのボスの気を引き付けよう。その間に君は、アスナ君にその事を伝えてきてくれ給え。その情報があるかないかだけでも、かなり違うはずだ」

 

 

「わかってる」

 

 

言葉を交わした直後、ケイとヒースクリフは同時に動き出した。ケイはアスナがいる方へと、ヒースクリフは神仏の懐へと。ヒースクリフの剣が赤いライトエフェクトを帯びる。瞬間、放たれるのは瞬く間に繰り出される四連撃ソードスキル。

 

ヒースクリフのソードスキルを受け、神仏のHPが一気にバーの三分の一ほど減らされる。それを受け、ケイに狙いを付けていた神仏の視線が、懐から距離を取るヒースクリフへと移る。

 

 

「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO」

 

 

神仏が雄叫びを上げ、部屋中の空気がビリビリと震える。それすら物ともせず、ケイは振り返ることなくアスナの傍で立ち止まり、口を開く。

 

 

「アスナ、よく聞け。ボスの情報を一つ持ってきた」

 

 

「け、ケイ君…」

 

 

アスナもケイの九死に一生を得たあの光景を見ていたのだろう、ケイの顔を呆然と見つめ、信じられないような、そんな表情でケイの名前を呼ぶ。

 

 

「俺は生きてる。生きてるから、まずはボスの情報を聞け。この情報一つだけで、生き残る確率はかなり上がるはずだ」

 

 

「っ…、わかった。話して」

 

 

アスナも攻略組のトップを張ってきたプレイヤーだ。すぐに動揺を抑え、次にケイの口から発せられる言葉に耳を傾ける。

 

 

「あの神仏の両目と目を合わせるな。詳細はわからないが、ある状態異常で体を動かせなくなる」

 

 

「動かなくなる…。それって、スタンじゃないのか?」

 

 

「違う。俺もその状態異常になってな、アイコンを見たがあれはスタンのアイコンじゃなかった」

 

 

ケイが、ヒースクリフに伝えた情報そのままを口にすると、その言葉を聞いていたキリトが問い返してくる。その問いかけに、ケイは否の答えを返しながらさらに説明を続ける。

 

 

「その状態異常のアイコンは魔方陣の形をしている。もしそのアイコンが出たら目を瞑れ。あの状態異常はボスと視線があった間だけかかる。だから目を瞑れば…」

 

 

「ボスとの視線が切れて、状態異常が解ける…というわけね」

 

 

アスナとキリト、そして同じD隊のクライン達もまた、ケイの説明を整理して謎の状態異常の対策について頭に叩き込む。

 

 

「…それらを整理して、ここからどうする?」

 

 

「え?」

 

 

「ここで撤退するか、それともボス戦を続けるか。どちらにしても、俺とヒースクリフはまだここにいるつもりだが」

 

 

ボスの情報が整理できたであろうアスナにケイが問いかける。ボス戦を続けるのかそれとも否か。

 

 

「そんな!ボスの攻撃は団長が防いでる!その間に、皆で撤退を…」

 

 

「撤退するんなら、尚更だ。殿をヒースクリフだけにさせるわけにはいかないだろ。自分一人ならともかく、後ろに攻撃が行かないようにカバーするのはヒースクリフでも難しい」

 

 

神聖剣は、絶対防御を誇る。だが、それは飽くまでも自分に対しての効力だ。使用者によっては他者を庇い、フォローをする事は出来るだろうがこの場にいるのはヒースクリフを含めて四十八人。いくら何でも、全員をヒースクリフ一人で庇う事などできるはずもない。

 

 

「二人でも難しいかもしれないが、一人よりはずっとましだろう。一人より二人だ」

 

 

ケイはヒースクリフに猛攻を仕掛ける神仏に視線を向ける。ヒースクリフは神仏の猛攻を凌いではいるが、どうしても他人を気にする余裕があるようには見えない。

 

 

「で、でも…」

 

 

「ともかく、俺はヒースクリフを援護してくる。アスナも、撤退するんならすぐに退け」

 

 

あまり喋ってもいられない。ケイは最後にそう言い残し、ヒースクリフの援護へと向かう。

 

 

「ケイ君!」

 

 

「ケイ!」

 

 

背後からアスナとキリトの呼びかける声が聞こえてくるが、振り向くことなくケイはボスの一挙一動にだけ集中する。神仏の目だけは見上げないように注意し、ヒースクリフに向けて神仏が腕を翳した瞬間、ケイはさらにスピードを上げて神仏の懐へと飛び込んでいく。

 

ケイは跳躍すると、神仏の丁度腹の部分に向けてスキルを打ちこむ。刀ソードスキル<雷鳴>。袈裟、または逆袈裟からの振り下ろしで放たれる高威力重単発スキルが、神仏のHPを大きく奪う。

 

ヒースクリフへ攻撃を仕掛けようとした神仏の身体がぐらりと揺れ、大きく崩れる。神仏は無数の腕のうち一本を床へ着け、怯んだ様子を見せる。

 

 

「私一人でも、殿は出来たのだがね」

 

 

「強がりはやめろよ。あんただけじゃ、他のプレイヤーのフォローまでは手が回らねぇだろうが」

 

 

「…できる」

 

 

「…珍しく意地張るなおい」

 

 

表情に変化は全くないが、声の質からわかる。ヒースクリフは、自分に対抗している。

 

…何をそんなにムキになっているかは知らないが、その程度の事でペースを崩すような奴じゃないことは知っているので、取りあえず無視しておく。

 

 

「私が引き付け、君が攻める。一まずの方針はそれでいこう」

 

 

「おいおい、殿じゃねぇのか?攻めるって…」

 

 

「ふっ、何を言う」

 

 

攻めると言ったヒースクリフを一瞥する。ヒースクリフは涼しい笑みを浮かべながら続ける。

 

 

「ボスを倒したい。君の顔には、はっきりそう書いている」

 

 

「…マジか」

 

 

ケイとヒースクリフは、同時に、別々の方向にステップをとってこちらに振り下ろされる神仏の腕を回避する。最中、ケイは苦い笑みを浮かべながらぽつりと呟いた。

 

確かに、内心ではたとえ一人になってもボスを倒してやると意気込んではいるが…、まさか顔にまで出ているとは。そして、それをヒースクリフに読み取られてしまうとは。

 

 

「いやまぁ、リーダーのあんたが言うんなら従うぞ?撤退」

 

 

「…まさか。私とて、一人だけでもボスを倒すつもりでいたよ」

 

 

ケイの剣がライトエフェクトを帯びた瞬間、神仏の腕がケイに向かって突き出される。だがその直前、ヒースクリフが立ちはだかり、盾を構えて神仏の腕を防ぎ切る。

 

今度はケイがヒースクリフの前へと躍り出、ソードスキル<豪嵐>を神仏に向かって放つ。

 

だがその瞬間、ヒースクリフが防いだ腕とは違う、残った神仏の腕がケイに向かって振るわれる。それを目にしたケイは、狙いを神仏の胴体からこちらに振るわれる腕へと変更。

 

 

「はぁっ!」

 

 

ケイのソードスキルが振るわれる神仏の腕に命中すると、突如神仏の腕が<部位破損>を起こす。斬り落とされた何本かの腕が床へと落ちる前に、ポリゴン片となって四散する。

 

 

(腕が多いとは思ってたけど、部位破損の対象になってたか…。気付けて良かった)

 

 

攻撃を終え、ケイは再びヒースクリフの防御範囲内に退避。

 

二人が取っている作戦は、まさにシンプルで、それでいてこの二人にとって最適であり、最強の矛と盾となっていた。ヒースクリフが神仏の攻撃を防ぎ、ケイは基本その防御範囲内から離れないように立ち回る。そして、攻撃の隙ができた時のみ飛び出し、神仏にダメージを与えてから再びヒースクリフの防御範囲内へと戻る。

 

ただ、これの繰り返しだが、それが今の二人にとって取れる最善の作戦。現に、神仏のHPは確実に削れていた。

 

 

(アスナ達の撤退は上手くいってるのか…?)

 

 

ケイが何度目か、神仏にソードスキルを打ちこんで戻り、遂に神仏の四本目のHPバーが消滅した時だった。ふと心の中で今頃撤退しているだろうアスナ達が気にかかったのは。

 

すでに撤退が終わっただろうか、それともまだ途中だろうか。目の前の相手にのみ視線を向けているケイにもヒースクリフにも分からないことだが、すぐにケイはその思考を打ち消す。

 

 

ヒースクリフの純白な盾が青いライトエフェクトを帯びた。これも、神聖剣のソードスキルなのだろうか。ヒースクリフが盾で攻撃を防いだ瞬間、不自然なほどに腕が大きく弾かれ、さらに神仏の身体が大きく仰け反る。

 

 

「っ!」

 

 

そのスキルの正体が何なのかを考えることなく、ケイはそれを攻撃の隙と見て一気に突っ込んでいく。

 

ケイは刀三百六十度を攻撃範囲にするスキル<旋車>を放つ。さらにこのスキルには硬直時間が非常に短く、さらにケイのスキルによって<旋車>使用後の硬直時間は実質ゼロといっていい。

 

円の軌跡が描かれた直後、ケイは<豪嵐>を放つ。<旋車>と合わせ、実質六連撃のケイの攻撃が全てクリティカルで神仏にヒットし、遂に神仏のHPバーが残り一本となる。

 

 

「油断はしないよう」

 

 

「俺のセリフだ」

 

 

ケイは攻撃終了後、すぐにヒースクリフの防御範囲内へと退避。そして、神仏から襲い来るであろう魔の腕を防ぐべく、ヒースクリフが腰を低くして盾を構えた、その時だった。

 

神仏が、全ての拳を握り、同時に床へと叩き付けた。空気が震えるほどの轟音が鳴り響き、ケイとヒースクリフの肌にもその空気の震えは感じ取れた。

 

だが視線を離さず、神仏の行動に注意を向けていた、その時だった。

 

 

「っ!?」

 

 

ケイは、自分とヒースクリフの周りで突如ポップした骸骨型Mobを目にして驚愕する。

 

もろに喰らえば一気にHPを持ってかれるボスだけでも厄介だというのに、そこで今度は取り巻きMobのポップ。

 

 

(まずい、これじゃあ…!)

 

 

ケイの内心では焦りが募っていた。これでは、ケイが攻め、ヒースクリフが防御という役割分担ができない。あの作戦は、神仏単体だからこそ成立した作戦だ。

 

それが、相手が複数になれば、ケイとヒースクリフが分断される場合を考えなければならなくなる。

 

 

「くっ!」

 

 

周囲から一斉に襲い掛かってくる骸骨型Mobに対して応戦するケイとヒースクリフ。だがそれと同時に、二人に向かって神仏もまた動き出していた。

 

 

「ヒースクリフ!」

 

 

「わかっている!」

 

 

ケイが声を掛けると同時に、ヒースクリフは行動を開始した。彼は跳躍すると取り巻きMobの包囲を飛び越え、こちらに腕を振り下ろす神仏に対して盾を構える。

 

そして、ケイはヒースクリフを背後から襲おうとする取り巻きを斬り、背中を守る。

 

 

「くっ!?」

 

 

だが、ケイが斬った取り巻きがポリゴン片となり四散した直後、新たな取り巻きが床からポップする。

 

それを見て、ケイは取り巻きを倒すごとに新たな取り巻きがポップするというループになっているのだとすぐに悟る。どれだけ取り巻きを倒しても意味はない。意味を成す行為は、あの神仏のHPをゼロにすることのみ。

 

 

(だが、それじゃキリがない!)

 

 

神仏の猛攻を防ぐので精いっぱいのヒースクリフはそこから攻めに転じることができない。だが、ケイは無限にポップする取り巻きからヒースクリフを守るので精一杯だ。

 

どちらも守りに転じざるを得ない状況となってしまった今、責めることができなくなってしまった。これでは────

 

 

(ボスのHPを減らすことができない…!)

 

 

それだけではない。相手はただのAIだから無限に動き続けることができるが、こちらは人間。HPという数値ではなく、自分自身の体力という弊害がある。

 

このままでは、いずれ集中力が尽き、動きが鈍くなったところで一気に崩されてしまう。

 

 

「くっそ…!」

 

 

ケイが、ヒースクリフに狙いを付けた取り巻きを見つけ、駆けだそうとする。

 

 

「…え?」

 

 

…駆けだそうとした、その時だった。ケイのすぐ横を追い越していき、尾の様に流れる光の帯と共にケイが狙いを定めたMobに向かって突っ込んでいった何かが衝突した途端、MobのHPは尽き、四散する。

 

あまりに突然の事態に戸惑い、一瞬動きを止めてしまったが、すぐに気を取り直してこちらに襲い掛かってくるMobに<緋扇>を打ちこんで相手を死に追いやる。

 

そして、ケイは先程自分を追い越していった者の正体を見て、大きく目を見開いた。

 

 

「アスナ…」

 

 

「…一人でかっこつけないで。パートナーでしょ?」

 

 

そのセリフは、どこかで聞いた事のある物だった。

 

その人は、さらに襲い掛かるMobを手に握るレイピアで打ち倒しながらケイに向かって笑いかける。

 

かつて決別し、それでも今、パートナーと口にした。アスナの姿が、ケイの目の前で立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回で決着!に、しないといけません!(使命)

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