SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

20 / 84
ルーキーランキング27位に入ってました。読者の皆様、ありがとうございます。











第19話 VS神仏の無限魔手前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「B隊は一旦下がって回復だ!A隊はB隊とスイッチしろ!」

 

 

第五十層フロアボス討伐戦は進んでいた。ヒースクリフの的確な指示と、ダメージディーラーを担ったケイ達の働きも大きく、すでにボスのHPバーは二本削れ、三本目も注意域へと到達している。

 

 

「D隊、前へ!」

 

 

「了解!行くわよ、ケイ君!」

 

 

「何故俺だけ名指しなんですかねぇ?」

 

 

ヒースクリフの指示がケイ達D隊にも飛び、アスナを先頭にボスに向かって飛び出していく。

 

 

「…なぁキリトよぉ。あの二人ってどういった関係…」

 

 

「あとでゆっくり教えてやるから。今はボスに集中しろよ」

 

 

アスナと、その隣でボスに向かって駆けるケイの背中を眺めながら、二人に続いてボスに向かうクラインが同じようにボスに向かって駆けるキリトに問いかけた。キリトは苦笑と共にボスに集中しろと注意を飛ばす。

 

だが、今の彼らにはこんなボスに関係ない会話をするほどの余裕があった。

 

ボス<limitless budhha’s evil influence>には、まともに喰らえばHPの大半を奪っていくものの、何しろモーションが大きい。さらに、時折攻撃を繰り出す腕が光を帯び、それにあたってしまうとスタン状態となってしまう厄介な攻撃もあるが、先程も言ったがモーションが大きく、フォローも容易い。

 

 

(クォーターポイントのボスで、こんな容易くいけるのか?)

 

 

ほとんどのプレイヤーは、このまま押し切れると確信した表情でボスに挑みかかっている。そんな姿を見ると、どうも胸の中で嫌な予感が過る。

 

思い出すのは二十五層のボス戦。クォーターポイントのボスは途轍もなく強いという説をプレイヤー達に植え付けた、あのボス戦。

 

 

(このまま終わるはずがない…)

 

 

ケイの中で沸く、確信めいた予想を抑えながらアスナと共に巨大な神仏の懐に潜り込み、ソードスキルを打ちこむ。

 

ソードスキル<豪嵐>。今、ケイが持つソードスキルの中で最大の火力を持つ五連撃技。袈裟気味の振り下ろしから始まり、左切り上げに右切り上げ、そして逆袈裟気味に振り下ろしてから最後に渾身の突きを放つ。

 

アスナもまた、細剣五連撃スキル、攻撃の出が最速の<ニュートロン>を神仏に打ち込む。

 

 

「スイッチ!」

 

 

二人のソードスキルを受けた神仏は、傍から見れば何の変化も起こっていないように見える。だが、近くにいたケイ達だからこそほんのわずかな変化に気づくことができた。

 

神仏の目が細まり、僅かに重心が後ろに傾いている。ボス戦前の情報にもあった、これは怯み、硬直しているというサイン。

 

キリトの声に従い、ケイとアスナはスキルの硬直時間が解けた直後に後退。二人とすれ違う形で、キリトを先頭にクライン率いる風林火山のダメージディーラーたちが神仏に向かってソードスキルを放っていく。

 

神仏の三本目のHPバーが、注意域辺りを過ぎて危険域辺りへと到達する。

 

 

「よっしゃぁ!」

 

 

「このままなら…いける!」

 

 

(バカ野郎!)

 

 

確かにそう思ってしまうのは無理はないが…、どうしてそうあからさまなフラグを建ててしまうのだろう。ボスのHPの減り様を見て声を出したプレイヤーに内心で悪態をつく。

 

しかし、ケイはここでふとあることに気付いた。それは、神仏の…恐らく胸、だろうかそのあたりで見られる二本の腕だ。

 

二つの掌が合わさったまま離れない。思い返せば、ボス戦に入ってからずっとあの二つの掌が離れた様子はなかった。

 

 

(…だよな、どう考えてもそうだよな。それに、部屋の中央でまったく動かないってのも気になる)

 

 

ボス戦前に皆で確認した情報は、飽くまで初期段階でのボスの状態だ。ここまでのボス戦では、HPが半分を切ったり少なくなったりすると、必ず何かしらの変化があった。それも、とてつもなく厄介な状態へと。

 

そして、この五十層の戦闘で起こるボスの変化…、ケイの中で大体の予想がついた。ついてしまった。

 

 

「っ」

 

 

他の隊とスイッチし、D隊は後退して回復を行っていた。その最中で考え事をしていたケイだったが、突如耳に入った歓声に目を見開く。

 

目を向ければ、ボスを囲んでいたプレイヤー達の中でガッツポーズを取っている人が多くいた。まさかと思い、上を見上げると、ボスのHPの三本目が消滅していた。つまり、ボスに変化が起こるだろうHPの半分を切ったという事になる。

 

ボスの状態変化の演出が始まる。この間はどれだけ攻撃を仕掛けてもダメージは入らないし、ボスも攻撃をしてこない。この間を狙い、ヒースクリフの指示に従ってボスの周りを包囲していく。

 

 

「グ…ギ…」

 

 

これまで、神仏が声を発する事はなかった。しかし、この演出の中で初めて、機械音染みた低い声が神仏の喉から発せられる。

 

 

「GUGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」

 

 

その変化は突如、そして凄まじい轟音と共に起こった。神仏は多数の手を全て床へと突いて、力を込める。何秒か経った後だった、そのボスが浮き上がったのは。

 

 

「…は?」

 

 

誰も呆然とする中、どこかに立っているプレイヤーの一人が声を漏らした。

誰もが、ボスが浮かび上がったと思い込んでいた。だが、それは間違いだった。

 

ただ、立ち上がっただけなのだ。両足を地に着け、両足分の長さが加わった高さから神仏が周りを包囲するプレイヤーを見下ろす。

 

 

(足はなかったんじゃなく、地面に埋まってたって事か…)

 

 

この変化はケイの中で予想できていた。ただ中央に座しているだけではないだろうというケイの予想は当たっていた。そしてまた、もう一つの予想も当たっていた事に、この時ケイは気づいていなかった。

 

 

「うわあああああああああああ!」

 

 

「な、なんだこいつ!?」

 

 

地面から足を掘り起こした神仏は、巨大な足音と共に、壮絶なスピードで包囲していた壁プレイヤーではなく、後方で待機していたダメージディーラー達に向かって駆けだしていった。

 

初めにボスのヘイトを受けるのは、包囲をする壁隊だと考えていたダメージディーラー達が、突っ込んでくる神仏の姿に恐怖を覚え、硬直してしまう。

 

 

「ちっ!」

 

 

神仏に狙いを付けられたのは、ボス戦に参加していたアインクラッド解放軍に属す一人のプレイヤー。ケイがすぐにそのプレイヤーに向かって駆けだしたが、ケイよりも先に動き出したプレイヤーがいた。

 

神仏はプレイヤーに向けて腕を…、あの両掌を合わせたまま離すことはなかったあの腕を突き出す。狙われたプレイヤーは、あまりの事態を飲みこむことができず震えるのみ。

 

周りのプレイヤーも、動くことができない。だが、ケイともう一人。

 

 

「…あ」

 

 

がきぃっ、と鈍い金属音が響き渡る。それは、神仏が突き出した拳と、プレイヤーとの間に割り込んだある人が握る、中心に赤い十字が刷り込まれた純白な盾がぶつかり合った音。

 

 

「はぁっ!」

 

 

純白の盾の持ち主、ヒースクリフが神仏の攻撃を妨害し、直後にケイが突進しながら行う居合スキル<辻風>で神仏を無理やり怯ませ後退させる。

 

 

「助かったよ、ケイ君」

 

 

「はっ、何言ってんだ。あんたのそのスキルなら俺が割り込まなくてもどうにかなっただろ」

 

 

辻風を使用した後、ケイはヒースクリフの隣に着地する。するとヒースクリフがいつもの涼しい笑みを浮かべてお礼を言ってくるので、何を心にもない事をと言葉を返してやる。

 

ヒースクリフは笑みを浮かべて無言のまま。無言は、肯定の証と取っていいだろう。

 

ヒースクリフには、<神聖剣>というエクストラスキルがある。さらに、普通ならばエクストラスキルは最初に誰かが取った時点でその取得条件を公開するのが暗黙の領海なのだが、ヒースクリフはその条件を公開できなかった。

 

<神聖剣>のスキル条件が、わからないのだという。さらにどんな情報屋でも<神聖剣>についての詳細が全く掴めなかった。

 

ある人は言った。<神聖剣>はその人の専用スキル…ユニークスキルだ、と。

 

<神聖剣>は絶対的な防御を誇る。どんな強大な攻撃でも、その盾で防ぎ、的確な反撃を入れる。それが、ヒースクリフの戦闘スタイルだ。

 

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAA」

 

 

「!?」

 

 

ケイの攻撃を受けて仰け反った神仏が突如雄叫びを上げる。そしてそこで、ようやくケイは神仏が胸の前で合わせていた両手が離れていることに気付いた。そして、ヒースクリフに防がれ、弾かれた腕とは違う、もう一方の腕を、神仏は横目でまた違うプレイヤーを捉えて、そのプレイヤーに向かって振るう。

 

 

「え?」

 

 

神仏に狙われたプレイヤーは、先程狙われたプレイヤーと同じように動けないでいた。先程はヒースクリフのフォローが間に合ったが…、今回は間に合いそうな距離ではない。

 

 

「バカ!その場から早く離れろ!」

 

 

キリトが神仏に狙われたプレイヤーに向かって言葉を投げかける。だが、プレイヤーは神仏を見上げたまま動かず…、震えて固まるだけ。

 

 

「…あ」

 

 

神仏の腕が大きく振われた。開かれた神仏の掌に腹を薙がれ、吹き飛んだプレイヤーのHPがみるみるうちに減っていく。そして…

 

ほぼ満タンだったそのプレイヤーのHPは、ゼロになった。

 

 

「…は?」

 

 

ポリゴン片となって消えていくプレイヤー。その光景は、この場にいる全てのプレイヤーに衝撃を与えた。最前線を駆けるトッププレイヤーが、たった一撃で死に至らしめられた。

 

その事実は、たとえどれだけ信じられなくても、周りのプレイヤーの胸に刻まれる。

 

 

「う、うわあああああああああああああああああ!!なんだよ…、なんだよそれぇ!?」

 

 

「一撃…?は?訳分かんねぇよ…」

 

 

「やべぇ…、やべぇよこんなの!」

 

 

たった数秒の光景で、一気にプレイヤー達が混乱する。ある者は逃げ出そうとし、またある者は恐怖でその場から動けなくなる。

 

 

「…」

 

 

そんな中、ケイはその場で動かず先程の光景を思い返しながら考察していた。

 

一方は生き残り、一方はHPが尽きてしまったが、どちらも一つ共通点がある。

神仏に狙いを付けられた途端、全く動かなくなったという点だ。

 

 

(…奴に狙いを付けられたら、何かしらの状態異常で動けなくなる?)

 

 

頭の中で浮かんだ可能性を、ケイはすぐに打ち消した。

そんな馬鹿な事があるはずがない。もしその予想が当たっていたとすれば…、このボス突破は完全に不可能だ。どれだけ数を揃えても、全滅という結果が目に見えている。

 

 

「ケイ君!団長!」

 

 

ケイが思考を働かせていると、ケイとヒースクリフを呼ぶ声が聞こえてき、さらにボスの暴虐を尽くす轟音にかき消されそうになりながらも耳に届く足音が近づいてくる。

 

 

「アスナ」

 

 

「ケイ君…、これ…」

 

 

ケイとヒースクリフに駆け寄ってきたのは、アスナ。そしてアスナの後ろには同じように駆け寄ってきた、キリトとクライン、風林火山のメンバー達。その誰もが、戸惑いと恐怖が混ざった表情を浮かべ、今も暴れ続ける神仏に目を向ける。

 

 

「撤退したいのならば、止めはしない」

 

 

「え…、団長…?」

 

 

その呟きは、不意に聞こえてきた。ケイが、アスナが、キリト達が呟いた人物。神仏の方から視線を離さないヒースクリフへと目を向ける。

 

 

「隊列は崩壊した、一時撤退もやむを得ないだろう。だが…、それをするには殿が必要だ」

 

 

「団長、まさか…」

 

 

ヒースクリフの言葉を聞き、声を漏らしたアスナだけではなく、ケイ達もまたヒースクリフがしようとしている事を悟る。

 

 

「私があのボスを引き付けよう。その間にアスナ君、君は攻略隊をまとめて撤退を始めたまえ」

 

 

「そんな!いくら隊長でも、一人では…!」

 

 

そう、絶対防御の<神聖剣>を持つヒースクリフでも、まさに無限の腕を持つあのボスを一人で押さえ込むことは難しい。…一人ならば。

 

 

「一人じゃないさ」

 

 

「え…」

 

 

ヒースクリフの言葉に呆然としていたアスナの声が、再び口から漏れる。次に、アスナ達が視線を向けたのは、ヒースクリフの隣で、同じように神仏から視線を離さないケイ。

 

 

「…やられるかもしれんが?」

 

 

「一人ならそれも覚悟してたかもな。けど…、あんたほど心強い壁役はいねぇよ」

 

 

相変わらずの涼しい笑みを向けながら問いかけてくるヒースクリフに、不敵な笑みを浮かべながら返すケイ。

 

 

「…聞いての通りだアスナ君。私とケイ君の二人で殿を務めよう」

 

 

「そ、そんな!それなら私も…」

 

 

「ダメだ。お前は他のプレイヤー達をまとめる役目がある」

 

 

リーダーであるヒースクリフが殿を務める。ならば、誰が他のプレイヤー達をまとめる?

答えはたった一人しかいない。アスナしか、それを成せるプレイヤーはいない。

 

 

「ケイ君…!」

 

 

「キリト、クライン。お前らもアスナを手伝ってやれ」

 

 

「ケイ…」

 

 

「けどよ…、あんな化け物相手にたった二人で…」

 

 

アスナとキリトが、ケイに心配そうな視線を向け、クラインもまたケイを気遣って言葉をかけてくるが…。もうここでゆっくりしていられる時間もなかった。

 

 

「ヒースクリフ!」

 

 

「わかっている」

 

 

神仏が、再びプレイヤーに狙いを定めて攻撃を仕掛けていた。先程までは壁隊が神仏を囲み、あの攻撃も、がちがちに装備を固めたプレイヤーならば一撃で死に至るという事はなかった。

 

だが今度狙ったのは、先程と同じ軽装のプレイヤー。それも、また動けなくなっているようで回避をしようとする様子が見られない。

 

ケイとヒースクリフが駆けだす。先にヒースクリフが、狙われたプレイヤーの前へと躍り出て神仏の拳を防ぎ、先程と同じようにケイが<辻風>を神仏に打ち込む。

 

だが、先程と違ったのは、辻風を喰らった神仏が怯まなかったこと。ケイに訪れるのはスキル使用後の硬直時間。その間に神仏は、胴体から生やす無数の腕をケイに向かって振り下ろす。

 

 

「っ!」

 

 

その時、ケイは神仏と目が合い…、HPバーの横に浮かぶ謎のアイコンの存在に気付く。

 

しかし、そのアイコンの正体が何なのかを考える暇も無く。振り下ろされた無数の腕が、ケイの立っている場所へと突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。