SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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第18話 思わぬ再会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウィンドウを操作し、装備を変更する。上下グレーの部屋着から、真っ黒な浴衣へと、その上には紺色の羽織を纏い、今ではすっかり攻略組の中ではお馴染みとなった<幻影>の格好が完成する。

 

 

「やっぱり…、この格好が動きやすいんだよなぁ。キリトには少しくらいアーマー装備付けたらどうだって言われるけど…」

 

 

昨日はそのキリトの言う通り、今の浴衣は装備せずに白を基調とし、黒のラインが入ったコートを着て、胸にはアーマープレートを装備してクエストに出たのだが…、如何せん今の装備の動きやすさが凄まじい。ん?ダメージ?当たらなければどうという事はないのだろう?

 

 

「…七時半か。そろそろ行かなきゃ置いてかれるな」

 

 

アルゲートの転移門前に八時に集合。これが先日の攻略会議で取り決められた集合時間だ。時間厳守、遅刻者は置いていく。ちなみにこれはアスナが言ったことだ。

 

 

ケイは家の扉を開けて外へと出て、ロックされたことを確認してから入り組んだ道を進み始める。ふいに昨日の事を思い出し、まさか誰か来ていないよな?と警戒していたのだがそんな事はなく、やはりヒースクリフの口の堅さは信用できると思い直したのはちょっとした一興。

 

迷路のような道を抜け、街道を歩き、家から出て十分後には転移門前に着く。

まだ集合時間の二十分も前という事で、ケイ以外には誰も来ていない。

 

ケイは傍にあったベンチにどっかと腰を下ろし、アイテムの確認をしたり装備の耐久値の確認を始める。

 

だがそれは昨日寝る前にも確認したこと。結局すぐに問題はないとわかり、ケイは座った体勢からベンチに寝そべり、空をぼけーっと見上げ、流れる雲を目で追いかけだす。

 

そんな風にケイがのんびりと過ごしていると、次第に転移門が作動する音が響き始める。ずっと空を見上げたまま動かないケイは目にしていないが、集合時間も迫り、この場にボス戦に参加するプレイヤーが来始めたのだ。

 

 

「…もうすぐボス戦だっていうのに、ずいぶんリラックスしてるんだな」

 

 

「お、キリト。来たのか」

 

 

青く広がる大空が映るケイの視界に、キリトの顔が横から飛び込んできた。そこでようやく、ケイは集合時間が迫っているのだと気づいて起き上がる。顔を引っ込めてこちらを見るキリトは、右手を腰に当てて何やら呆れたような視線を向けている。

 

 

「…?」

 

 

「いや、首傾げんなよ…。今回のボス戦はクォーターポイントなんだぜ?緊張とかないのかよ…」

 

 

「あぁ…。いやけど、こんな時から緊張してたら心臓持たねぇだろ」

 

 

クォーターポイント。そのままの意味で、四分の一の区切りの階層はそう呼ばれている。この五十層も、クォーターポイントの一つだ。

 

そしてこのクォーターポイントである階層のボスは、おかしなくらい強く設定されているというのが攻略組の中で常識となっている。最初のクォーターポイントである二十五層のボスでも、六人が死ぬという大打撃を受けたのは今も記憶に新しい。

 

 

「おーい!キリトー、ケーイ!!」

 

 

起き上がったケイが大きく伸びをした時だった。転移門が作動した音が響いた直後、ケイとキリトを呼ぶ男の声が聞こえてきたのは。ケイとキリトが声が聞こえてきた方へと目を向けると、額にバンダナを巻いて胸と左肩にプレートアーマー、腰に刀を差したプレイヤーが駆け寄ってきた。

 

 

「クライン…、お前、ボス戦に参加するのか!?」

 

 

「いや何で驚いてんだよ!昨日の会議も俺参加したし、おめぇと話しもしただろーが!」

 

 

やって来たクラインに見開いた目を向け、馬鹿な!?と言わんばかりの雰囲気で言うケイに即座にクラインがツッコミを入れる。ちなみにケイにとってのクラインはこういうキャラだ。いじるとすぐツッコミを入れてくれる。だからこそ、安心してボケることができる。

 

…良いキャラだ、クライン。

 

クラインとは、ギルド風林火山のボス戦デビューの第八層で初めて対面し、キリトに紹介されて良く話すようになったが、それからここまで中々に良い友人付き合いを続けている。

 

クラインの気さくな性格はケイの中で好感を持てている。

 

 

「というかケイ。お前はやっぱりその装備なんだな…」

 

 

「ん、あぁ…。だって、この装備の動きやすさ半端ないぞ?お前も装備してみたらわかるって」

 

 

「いや、遠慮しとく…」

 

 

ケイの装備に苦言を漏らしたキリトに浴衣装備を勧める。まああまりいい反応はしないよなというケイの予想通り、キリトは苦笑を浮かべながら手を振って断ってくる。

 

 

「てかキリの字よう。装備に関してはおめぇは人のこと言えねえんじゃねぇの?相変わらず黒づくめだし…」

 

 

「う、うるさいな。黒は落ち着くんだよ…」

 

 

「…そんな黒づくめの格好してるから友達少ねぇんだよ」

 

 

「うるさい!てか、ケイには言われたくない!」

 

 

「はっ、よく見ろキリト!この羽織は黒じゃない!紺だ!」

 

 

「…ドングリの背比べ?」

 

 

「「黙れクライン」」

 

 

意地を張り合うケイとキリト、最終的には息を合わせてクラインを撃退。クラインは「何でそんなに息ぴったり…」と、がっくり項垂れている。

 

 

「と、そうだキリト。ギルドの仲間の様子はどうだ?ここ最近では力付けてるって噂になってるぞ?」

 

 

黒を好むから友達云々の会話でふと頭に浮かんできた疑問をキリトにぶつける。

キリトはクラインに向けていた視線をケイに向けてから口を開く。

 

 

「あぁ、みんな頑張ってるよ。そろそろレベルも五十を超える」

 

 

「…なぁキリト、いくら何でもペースおかしすぎね?チートでも使ってんの?」

 

 

「使ってねぇ!」

 

 

一週間前はキリトを除いた平均レベルは三十五とか言ってなかったっけ?何だその異常なペースは。

 

ちょっとした本音が口から漏れると、キリトが憤慨しながらツッコんでくる。いやまぁ、さすがにチートなんてこのゲームにはないのは良くわかってるが。

 

…チートだと言いたいくらいのスキルは存在するが。

 

 

「だけど…、良かったな。あいつらがお前を受け入れてくれて」

 

 

「…あぁ」

 

 

ケイの言葉にキリトが感慨深そうにゆっくりと頷く。

 

それは、キリトがベータテスターだということを月夜の黒猫団の面々が受け入れたという事だ。きっかけは、ギルドの仲間の一人、サチというプレイヤーがキリトのレベルが非常に高い事に気が付いた事だった。

 

一度、サチは戦う事に、死ぬことに恐怖してギルドから、この世界から逃げ出そうとしたという。その時、行方不明になったサチを一番初めに見つけたのはキリトで、説得をして連れ戻したのもキリトだったのだが、サチはその時点でキリトのレベルに気付いていたようで。その次の日に、キリトは自分がベータテスターなのだとギルドの仲間たちに打ち明けたという。

 

結果は、先程も言った通り。キリトはギルドメンバーに受け入れられ、本当の意味でギルドの一員になれたのだ。

 

 

「本当に…、良かったよ」

 

 

キリトがどれだけギルドの仲間を大切に思っているか、その一言に全て集約されている。

 

キリトにとっては無意識だったのだろう、無垢な笑みを漏らしながら呟いたキリトを、ケイとクラインが暖かな笑みを浮かべながら眺める。

 

 

「…っ」

 

 

だが、そんな和やかな時間は終わりを迎える。それは、転移門の作動音と光と共に現れた集団によって。

 

ある者は赤を基調とした白のラインが入った、またある者はその逆の色合いがプリントされたユニフォームを。この五十層フロアボス討伐戦をまとめる、ギルド血盟騎士団だ。

 

 

「来たか」

 

 

「いよいよ、だな…」

 

 

先頭に立つのはヒースクリフ、そして傍らにいるのは副団長のアスナ。見渡せば、すでに広場にはフルレイド分と思われる人数のプレイヤーが集まっていた。

 

転移門の上でヒースクリフは立ったまま、他のアスナを含めた団員たちは転移門から降りて広場からヒースクリフを見上げる。

 

 

「よくぞ集まってくれた。諸君らも知っての通りだが、この五十層を突破するという事は、アインクラッドの半分を踏破したという事になる」

 

 

ボス戦前最後の、リーダーからの言葉。

 

 

「コリドーオープン」

 

 

「は?」

 

 

不意にヒースクリフがこちらに背を向けると、あるアイテムを使用する。そのアイテムの名前は、<回廊結晶>。使用者が今いる場所から、使用者が望む場所へと道を繋げるアイテム。

 

かなり便利なアイテムではあるが、価値が高い。値段が高い。フィールドに出る時は必ず一つ回廊結晶を持っていくのが理想的ではあるが、ぶっちゃけると無理だ。金が辛い。

 

 

「さぁ、行こうか。今日で、アインクラッドの半分を制覇する」

 

 

ヒースクリフが広場にいるプレイヤー達を一瞥してから、回廊結晶への道を開けてプレイヤー達を誘導する。

 

回廊結晶を通り抜けると、そこは当然の事ながら閉じられた巨大な扉の前。ボス部屋の前で、いつもの通りレイドごとに分かれてプレイヤー達が集まる。

 

 

「ん、何だ?俺達のレイド、あと一人足りないぞ」

 

 

と、ここで小さなアクシデントが起きた。ボス討伐戦はフルレイドを満たす人数が集まったはずなのだが、ケイのレイドのメンバーが一人足りないのだ。

 

ケイ、キリト、そして壁役を除いたクラインたち風林火山のメンバー。これで、五人。もう一人は、血盟騎士団の片手剣使いのメンバーが加わるはずだったのだが、そのメンバーだけが見当たらない。

 

 

「おい、こっちに来るあの人って…」

 

 

「…っ!!!!?」

 

 

最後の一人を探していると、不意にクラインが目を丸くしながらどこかを指さした。ケイはクラインが指を差した方に目を向けて…、すぐさまキリトの背後に隠れた。

 

キリトは突然のケイの奇行に目を丸くして驚いたが、クラインが指を差す方向に目を向け、ケイの奇行の理由を察すると一転。あっ、察し、と言わんばかりの苦笑を浮かべて背後に隠れるケイに視線を送る。

 

 

「お前、まだ…」

 

 

「決まってんだろうが…!あれから連絡一つも取ってねぇよ…!」

 

 

小声で話し合うケイとキリト。そんな二人の…いや、二人を含めたレイドのメンバーたちの視線の先。こちらに歩み寄ってくる、そのプレイヤーの正体。

 

 

「ボスのダメージディーラーを担うD隊の方々ですね?」

 

 

「は、はい!その通りであります!」

 

 

歩み寄ってきたプレイヤーは、クラインの前で立ち止まるとにこやかな笑顔を浮かべて話しかけてきた。クラインはその笑顔を見て、頬を染めてにやけた笑みを浮かべながら返事を返す。

 

すると、そのプレイヤーはクラインから視線を外し、レイドのメンバーを…特にキリトの背後に隠れて様子を窺うケイに力を込めた視線を送ってから、再び口を開いた。

 

 

「血盟騎士団副団長のアスナです。団長の指示により、急遽D隊のメンバーに加わることになりました。よろしくお願いします」

 

 

「は…っ」(はぁああああああああああああああああああ!!!!!?)

 

 

絵にしたくなるような、綺麗な動作でお辞儀をするプレイヤー…、アスナの言葉にケイは限界まで目を見開き、あんぐりと開いた口から僅かに声が漏れる。内心ではこれでもかと絶叫していたが。

 

いやいやいやあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない。何を考えてるんだあのアホ団長は。何で血盟騎士団の副団長様をこんな変哲もないプレイヤーの集団の中に加えさせてんだコラァ。

 

 

「や、やぁアスナ…。ひ、久しぶり…」

 

 

「キリト君。えぇ、こちらこそ久しぶりね」

 

 

ケイの様子を見かねたキリトがアスナに声を掛ける。アスナも、声を掛けたキリトに返事を返し、二人の空気はそこまで悪くない。

 

 

「あ?おいキリト、アスナさんと知り合いなのか?」

 

 

「あ、あぁ…。一時期パーティーを組んでてな…」

 

 

「はぁ!?てめぇ…、なんて羨ましい…!」

 

 

一時期アスナとパーティーを組んでたと口にしたキリトを睨み付け、ハンカチを噛み千切りそうな勢いで羨むクライン。そんなクラインに、いつものケイならば変態等々一言辛辣なツッコミを入れていた所…、今はあまりの動揺で口が震え、言葉を発することができない。

 

 

「そこのキリト君の背後に隠れてる人も。よろしくね?」

 

 

「…」

 

 

最早震える事すらできなかった。何も知らない人が聞けば、それはそれは優し気に聞こえる声は…ケイにとっては悪魔の囁きにしか聞こえなかった。言葉の対象ではないキリトすらも、小さく震えるほど。

 

 

「ん?何だ?ケイもアスナさんと知り合いなのか?」

 

 

「…まぁ、うん。クライン、今はそこに触れてやらないでくれ」

 

 

「?」

 

 

キリトの言葉の意味を読み取れず、クラインや他のレイドにいる風林火山のメンバーは首を傾げる。

 

そして、事情を知ってるキリトは苦笑い。当事者であるケイはがくぶる、アスナはにこにこ。

 

後に、キリトは語った。こんなんで、ボス戦を乗り切れるのかとても不安になった、と。

 

ヒースクリフが何か一言、言っていた気がするがケイの耳は全く入ってこなかった。だがすぐに、ケイの意識は無理やり引き戻される事となる。

 

ヒースクリフが、戦闘でボス部屋の扉を開けていく。開いた扉の間から漏れる光と、扉が開いていく音がケイの意識を戻していく。

 

 

「な、何だありゃ…」

 

 

これまでのボスは、部屋の最奥部に立っていたり、座っていたりした。だがこの層はこれまでのボスとは違った。

 

まず、立っている…と言えばいいのかはわからないが、ボスが存在している場所は部屋の中央部だった。足はなく、部屋の中央で配置されていると言った方が正しいか。

 

そして、何よりもボスの姿だった。

 

 

「ぶ、仏像か?ありゃ…」

 

 

金色に輝くボスは、まさに神仏。足はなく、だが胴体から生える腕の本数が明らかに異常。十はゆうに越え、百ほどの伸ばした腕が円形に広がっている。

 

<limitless budhha’s evil influence>

 

 

「神仏の…、無限魔手?」

 

 

ボスの頭上に浮かぶ名称と、六本のHPバー。

 

呆然とケイがボスの名前を直訳し、呟いた直後。神仏の閉じていた両目が見開かれ、ボス部屋に入ったプレイヤーを捉える。

 

 

「突撃開始!A、B隊はボスの攻撃を押さえ、D、E隊は脇からボスを攻撃!C、F、G、H隊はスイッチに備えて待機!」

 

 

直後、ヒースクリフの指示の声が部屋中に響き渡る。ボスの不気味な姿に呆然としていたプレイヤー達は我に返り、ヒースクリフの指示の通りに突撃し、または後退する。

 

 

 

 

 

 

アインクラッドのハーフポイント。そして、SAO史上最大の混乱を引き起きしたと後に語られるボス戦が、今ここに開戦した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回からボス戦です。

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