「────シッ」
目の前の骸骨型Mob<スケルトンナイト>が一文字に振るう剣をしゃがみ込み、潜り抜けるようにして回避しながら相手の懐へ飛び込む。そして、両手で握る刃、曲刀スキルをMAXまで貯める事によって使用解禁される武器、カタナ。その刀身から放たれるのは赤いライトエフェクト。三連撃ソードスキル<緋扇>を放ち、スケルトンナイトの胴体部の骨に容赦なく打ち込む。
ケイがいる場所は、第五十層にある深い森。そのままの意味で、<ディープフォレスト>と名付けられた森の中にいるのだが、そこでケイは現在絶賛交戦中のスケルトンナイトを駆り続けていた。
昨日、ケイはあるクエストを受けた。その達成条件がスケルトンナイトを狩り尽くしてほしいというものだったのだが…、はっきり言おう。ケイは今、そのクエストを受けたことを後悔している。
実は明日、攻略組は第五十層のフロアボス攻略戦に挑むことになっているのだ。このクエストも、今日が自由行動という事でヒマつぶしのために受けたものだったのだが…、うん、どうして朝からやってるというのにいつまで経ってもクエストクリアのフォントが出てこないんだ。
恐らくそろそろスケルトンナイトの討伐数は百を超える。…超える、よな?数えていないから詳しい数字はわからないが、体感的にはそのくらいの数字だと思われる。
「…正確な数字は書いてねえんだもんなぁ」
スケルトンナイトに、止めの単発スキル<辻風>をぶつけて倒した後、ケイはウィンドウを開いてスキル達成条件を確認する。そこには、<スケルトンナイトを狩り尽くす>と一字一句違わず書かれている。…狩り尽くすって、何体倒せばいいんだよ。
「…今日だけでレベル二も上がりやがったし」
クエスト達成条件を確認する最中、レベルアップのファンファーレが鳴り響く。これでケイのレベルは今日一日だけで二、上がったことになった。ケイの現在のレベルは73。ハッキリ言おう。一人を除けば、攻略組の中でもぶっちぎりのトップである。キリトでも昨日聞いたところ、68と言っていたからケイの方が明らかにレベルは高い。
「…さてと、骸骨狩りに戻りますかね」
こうして考え続けても仕方ない。ともかくさっさとクエストをクリアしてしまおうと考え、ケイは森の奥へと歩き出す。ここら一帯のポップが止まってしまったため、また違うエリアでスケルトンナイトのポップを待たなければならない。
ケイは刀…<村正>を鞘へとしまい、木の根がむき出しになり、凸凹とする道を歩く。
「で、結局何体倒したかわかんなかったし…。町に戻るの夜になっちまったし…」
ケイがクエストクリアのフォントを見て、クエストを達成したことに気付き、五十層の主街区<アルゲート>へ戻ってきた時には、当たりはすっかり暗くなり時刻も七時を越していた。
ケイは顔に疲労の色を隠しもせず、ぐったりとしながらアルゲートの道を歩いていた。
ここアルゲートには雑然とした作りの建物が多く、さらに道が入り組んでいてまるで迷路のようになっている。ケイは街に辿り着くと一日二日で街の全容を暗記するのだが、このアルゲートに着いてから一週間。ケイは未だ街の全容を覚えきれていない。
さらにこのアルゲートには怪しげな雰囲気を醸し出す店も多い。それでも、とてもお得な価格でアイテムを売る店もあるのだが、中にはかなりぼったくる値段でアイテムを売りつける店もある。それも、どれか一つでも買わない限り店から出られないというふざけた設定がされている店もあったり…。
と、これまでの層とは違った雰囲気の街であるアルゲートだが…、身を隠すにはもってこいの街である。先程も言ったが、この街は道が迷路の様に入り組んでいる。あまりプライベートを見られたくない人にとっては持って来いだ。
ケイも、このアルゲートで、入り組んだ道の先にあったプレイヤーホームをすでに購入している。これまで、キリトや…アスナにもその場所はばれていない。まあたった一週間でばれるような場所じゃあないのだが…。
「ないはず…なんだけど」
「ふむ…。待っていたよ、ケイ君」
辿り着いた家の前で立つ、全身を真っ赤な軽装の鎧に包んだ、背には白いマントが垂れ下がる人物を見た瞬間、ただでさえぐったりとしていた体をさらにげんなりと、両腕を前方でだらりと下げるというどこからどう見ても疲れた中年にしか見えない体勢になるケイ。
ケイの姿を見つけた人物は、ケイに涼しい笑みを向けながら歩み寄ってくる。
「あと十分ほど待っても来なければ、諦めていた所だった。助かったよ」
「うわぁ…、そこらの店でアイテム補充しとけばよかったなぁ…」
そうしておけば、すんなり家に入ってゆっくり休むことができたというのに。さっさと家に帰りたいから、アイテム補充は明日にしようと考えた五分前の自分をぶん殴ってやりたい。
「それで?どうしてあんたがここにいるんです?」
「…まるで私がここにいるのがおかしいみたいに言うね」
「いやいやおかしいでしょ。今じゃ攻略組の中で最大勢力を誇るギルド、<血盟騎士団>のトッププレイヤー…。攻略組の中でもトッププレイヤーと呼ばれるヒースクリフ殿が、どうしてこんな薄汚い街の、こんな薄汚い家の前で立ってるんですかねぇ」
「買い被りすぎだ。君には敵わないよ」
「いやいやご謙遜を。僕だってヒースクリフさんには到底敵いませんよ」
言葉はどちらも丁寧なのに…、声質が剣呑と感じるのは気のせいだろうか。いや、気のせいではない。
「いや、それよりも今時間あるかね?近くの酒場で少し話したいのだが」
「…奢りなら考えないこともありませんが」
「君の夕食の分も出してあげよう」
「行きましょう」
さっきの殺伐とした空気はどこへやら。食べ物に釣られたケイはほいほいヒースクリフの後をついていってしまう。この時、少しでも何の用かを確認しておけば、後に恐怖を感じることも無かったというのに。
「…うめぇ。こんな店があったなんて」
「アルゲートの中で私が一押しする店だ。満足してるようで、こちらも安心してるよ」
ハッキリ言おう。ヒースクリフが紹介してくれた店、そしてヒースクリフがお勧めした焼き鳥に似た肉はかーなーり旨かった。
「ていうか、この五十層はアストラル系のモンスターが主だろ?何でこんな上手い肉が…」
「これに使われている肉は、<ペリュトン>のものだ」
「はぁ!?ぺ、ペリュトン!?」
「S級の食材だ。君が手に入れてなくても不思議ではない」
「え、S級!?何でNPCの店でそんなレア食材が…」
ヒースクリフの口から次々と飛び出してくる驚愕の言葉。ペリュトンというのは、この五十層に出てくる、あるクエストを受けた時だけに出現する特別なモンスターで、鳥の胴体と翼、オスのしかの頭と脚を持つ。そのクエストは、達成するのに少々時間が必要で、受けるプレイヤーは少ないのだがケイは一動受け、クリアしたことがあった。
厄介な連続攻撃とブレス攻撃に、何度焦らされたことか…。ペリュトンと戦闘した時の事を思い出し、一筋の汗を垂らす。
「んぐ…。それで?団長殿は俺に何の用が?」
「…そうだな。そろそろ本題に入らせてもらおう」
口に含んだ肉を飲み込んでからケイがヒースクリフに問いかける。ヒースクリフは手に握ってたジョッキをテーブルに置いてから、両肘を突き、組んだ指で口元を隠し、ケイの目を真っ直ぐ見据えながら言った。
「単刀直入に言おう。…我が血盟騎士団に加入しないか?」
「単刀直入に言いましょう。…お断りします」
ヒースクリフの問いかけに即座に、さらにまた新たな肉を口に含みながらケイは答える。
「…てか、その問いは前も断ったじゃないすか。何でまた」
肉を噛みながらケイがヒースクリフに問いかける。
このヒースクリフがリーダーとなり結成されたギルド、それが<血盟騎士団>通称KoBだ。今では攻略組の中でもトップの勢力を誇り、今回のフロアボス討伐戦でもこのヒースクリフがレイドリーダーを務めることになっている。
そしてケイは、前にも一度ヒースクリフから血盟騎士団に入らないかと勧誘を受けていた。その時も今の様に即座に断り、それでこの話は終わったとばかり思っていたのだが…。
「私としても、君という戦力を手元に起きたいという望みがあるのでね。…それに」
「それに?」
「アスナ君立っての希望でもあってね」
「げっ…。あ、あいつ、まだ諦めてないのか…?」
脳裏に浮かぶのは、第三層到達直後の決別の会話。その時から、ケイとアスナはボス戦時に一時的にパーティーを組むことはあったが、それ以外はパーティーどころか連絡も碌に取っていない。…というより、アスナからくる連絡をケイが返さないだけなのだが。
「いや…、アスナだけじゃ足りないな。血盟騎士団の過半数は俺を入れる事に賛成じゃなきゃ…」
「私とアスナ君含め、重臣のほとんどが君をギルドに入れる事に賛成しているが?団員たちにも君を評価しているものは多くいる」
「…ダメダメ。ギルド員全員が満場一致でないと俺は入らんぞ」
思わぬヒースクリフの返答に、冷や汗を掻きながら震える声で返すケイ。
「…何か、ギルドに入りたくない理由でもあるのかね?」
「え?えぇ…、うん、まぁ…。あるっちゃある…かな」
まるで探りを入れてるように、こちらを覗き込むような視線を向けながらヒースクリフが再び問いかけてくる。じっ、と視線をこちらから外さないヒースクリフから視線を外すケイ。
そして蟀谷を人差し指で掻きながらケイは口を開く・
「えっと…、何ていうかさ。SAO開始初期から俺はアスナとパーティー組んでたんだよ」
「ふむ。アスナ君から聞いた事はある」
「それでさ…、その…。パーティー解消するとき、結構ひどいやり方だったから…」
あれ?俺、何でこんな事言ってるんだろ。そんな疑問が浮かぶも遅し、すでにケイの本音をヒースクリフは耳にしていた。
「…なるほど。つまり、今更アスナ君に合わせる顔がないと。そう言いたいのだね?」
「は?あ、えと、その…」
な、何で俺はまるでヒースクリフに恋愛相談を持ち掛けたみたいになってるんだ?それも、実際悩みの対象が異性だからなお質が悪い。
「だがそれは血盟騎士団に入るのが戸惑われる理由。わからないな。君ほどの実力なら、<聖竜連合>や<アインクラッド解放軍>。それに<風林火山>などの小型のギルドからも引く手数多だろう?」
「んー…。まず大手二つのギルドからは何かと疎まれてるからな。あと、他のギルドは…。うん、あれはあれでバランスが取れてるからな。俺が入ることでそのバランスを崩すのもどうかと思うし」
ここまで頑なにギルドに入ってこなかったケイにも、それを思う理由はある。自分を毛嫌いして入団できそうにない所は当然除外しているが、それ以外の…、自分を歓迎してくれる所もある。
特に、ヒースクリフが口にした風林火山はリーダーの野武士男、クライン派会うごとにギルドに入れよー、と声を掛けてくる。だが風林火山のような小型ギルドは今の時点で繊細なバランスが取れている。
同じ事を繰り返すが、大型ギルドには入る気になれない。入ったら胃に穴が空いてしまう。そして血盟騎士団は…、うん、無理。
「やっぱダメだ。ギルドにゃ入れねぇわ」
「…しかし、最近ではキリト君もギルドに入ったという噂がある。中階層を活動点としているギルドらしいが」
「あー…、ま、あんたの口の堅さを信用して言うけど。その噂は本当だよ。それにギルドのメンバーも最前線に加わってやるって意気込んでる。近い内に攻略組に入り込むかもな」
「そうか…。それは楽しみだな」
キリトが入っているギルドの名は、<月夜の黒猫団>。…ちょっとネタ感が大きいギルド名ではあるが、キリトが加入してからめきめき力を付けているという話は攻略組の中でも広まり始めている。まあ、キリトが加入したという話自体はあまり知られてはいないが。
「…結論を言おう。君は、ギルドに入る気はないのだな?」
「ん?あぁ。誰に何と言われようと、ギルドに入る気はねぇよ」
不意に、ヒースクリフがこれまでの話題をまとめてケイに問いかけてきた。ケイはいきなりの話題転換に目を丸くしながらも、すぐに頷いてギルドに入らない意を伝える。
「…そうか。ならばいい。もし君が他のギルドに入りたいと言い出したら、アスナ君が何をするかわからないからな」
「え…。まさかあんた、アスナにこの会話の内容を…」
「では、私はこれでお暇させてもらおう。なに、<ペリュトンの串肉>もう一皿分を含めて代金は君に渡して置く。安心したまえ」
「いや、そういう訳じゃなくて…」
「…さて、私の用事はこれで終わりだ。では、明日の君の働きに期待しているよ」
「お、おい!」
ヒースクリフが席から立ち上がり、店を去っていく。彼は忘れずにケイとヒースクリフも頼んだ品物のお代分の金を置いていったが…、問題はそれではない。
ヒースクリフは、ここで話したことをアスナに報告する気だ。いや、もしかしたらそれだけではなく、自分の家の場所も…。
「ちょっ、待てぇ!」
ケイもまた、席から立ち上がってヒースクリフを追いかける。店の扉を開けて外を見る、が、すでにそこにはヒースクリフの姿はなかった。転移結晶を使ってギルド本部に戻ったのだろう。…自分の追跡から逃れるために。
「あ、あの野郎…」
このまま外に出るわけにはいかない。そうなれば、食い逃げと判断したNPCから、恐らくここでは強制的に皿洗いをさせられるだろうから。
ケイはおとなしく席に戻り、店員が持ってきた<ペリュトンの串肉>を平らげる。
満腹、満足して食事を済ませたケイはヒースクリフから受け取った金で会計を済ませ、改めて帰宅の路に着く。
「…あれ、迷った?」
ケイが家に辿り着いたのは、店から出て三十分後の事だった。
そして明日は、いよいよアインクラッドの半分。第五十層のフロアボス討伐戦が行われる。
次回…ようやくSAOの兄貴分が登場します。