レジェンドブレイブスの面々が、ナーザと一緒に地に膝を着けている光景を、プレイヤー達は呆然と眺めていた。状況を呑みこめずにいた。
鍛冶師だったはずのナーザが、レア武器を持ってボス攻略戦に現れた。そしてそのナーザは、ここ最近攻略組を苦しめていた強化詐欺の主犯だった。だが…、そのナーザに攻略詐欺をやらせたのは、ボス討伐の立役者と言っていいレジェンドブレイブスだった。
衝撃的な出来事の連続で、プレイヤー達の頭もこれらを受け止めるのに苦労しているのかもしれない。だが、一つだけ…レジェンドブレイブスがナーザの仲間であるという事だけは、この場にいる誰もがすぐにわかったのは言うまでもあるまい。
「そんな事で許されるわけねぇだろ!!?」
驚愕で静まり返ったボス部屋の中に、一人のプレイヤーの怒声が響き渡る。他の呆然としていたプレイヤー達は体をびくりと震わせながら、怒声を放ったプレイヤーを見る。
(…あいつ)
「金銭的な損害は、そいつらのご立派な装備を売り払えば弁償できるだろうよ!けどなぁ!!」
続けて怒鳴る、ローブを被ったプレイヤーを見てケイは目を細めた。
あのプレイヤーは、第一層で自分がベータテスターだと知っていると叫んだ男だった。事実では自分はベータテスターではないため、ただ流れに乗ってでたらめを言っただけなのだろうが…、ここでも何か余計な事を言うつもりなのかもしれない。
ここで止めるのは簡単だ。今すぐあいつの口を塞いで黙らせることは容易にできる。だが、それをしてしまえば、ナーザやレジェンドブレイブスの立場はもっと悪くなる。だからケイは、ここはじっとこらえて見守ることに徹した。
「死んだ人間は、帰ってこねぇんだよ!!!」
「っ!?」
その行動を、ケイはすぐに後悔する事になるとは知らずに。
ケイはプレイヤーが言い放った言葉を聞いて、大きく目を見開く。横目で一瞥すれば、これまでほとんど表情を動かさなかったアスナも、目を見開いて驚愕の色を浮かべている。
「死んだ…って、どういう…」
「俺ぁ知ってるんだ!そいつに騙し取られたプレイヤーは他にもたくさんいる!」
茫然と開かれたアスナの口から問いかけの言葉が出た直後、プレイヤーはさらに続けた。
事実だ。まだ被害者全員の詳細は知らないが、恐らく強化詐欺によって武器を奪われたプレイヤーはいる。このボス戦に来ていないプレイヤーの中にも、被害に遭った者はいるだろう。
「その中の一人が、店売りの安物で狩りに出て…、今まで倒せてた雑魚Mobに殺されちまったんだ!!!」
頭を下げていたナーザとレジェンドブレイブスの面々が、呆然と目を見開いて怒鳴るプレイヤーを見上げる。ケイやアスナ、キリトにエギル、他のプレイヤー達も怒鳴り続けるプレイヤーを呆然と見つめる事しかできない。
「それが!金で償えるわけねぇよなぁ!?」
そんなプレイヤー達に、まるで止めを刺すかのように言い放つ。途端、周りから騒めきの声が立ち始める。
「ひ、人が、死んだ…?」
「な、なんてこった…。まるで、それじゃ…」
プレイヤー達の騒めきは次第に大きくなっていき、やがて一つの結論を導き出す。
「間接的な…PK…?」
その結論が出てきてから、流れはあっという間だった。
「おい!さすがにその論理はやべぇだろ!第一層のベータテスターの時とはワケが違うんだぞ!?」
一人のプレイヤーが、目を見開いて口を開く。
「今回は犯人が分かっていて、罪も認めてるって事は…」
「おい馬鹿!何言ってんだ…」
直接手を下した者はいない。だが、それを引き起こしたのが誰なのかは目に見えて明らか。強化詐欺を行ったナーザと、それをやらせたと言うレジェンドブレイブス。彼らが間接的なPKを行ったのは、この場にいる誰もが行きつく結論だった。
「命で償えよ、人殺し」
あのプレイヤーがナーザとレジェンドブレイブスに言い放ったのは、詐欺師ではなく人殺し。それによって、プレイヤー達の怒りを収めていた最後の枷が解かれてしまった。
こいつらは人を殺した、ならばそれに見合う罰を与えてやらねばなるまい。そんな妄想にも似た激情を抱いたプレイヤー達が、ゆっくりと、だが次第に速さを上げながらナーザとレジェンドブレイブスに向かって歩み寄っていく。
そうだ────
死んだ奴に謝って来い────
このクソ詐欺師共が────
殺せ────
殺せ────
殺せ!
大勢のプレイヤー達がナーザとレジェンドブレイブスの面々を囲み、手を引いてボス部屋の中央へと連行していく。その光景を、ケイは見る事しかできなかった。
見たところ、中にはその行動に踏み出せない者も多々いた。顔に戸惑いや恐怖を浮かべて、ナーザ達を処刑してやろうと意気込むプレイヤー達を眺めていた。
それはいい。だが…、もし怒りに包まれたプレイヤー達にその姿を見られたら?そしてもし、そのプレイヤー達が、こいつは詐欺師の一味だと結論付けたら?
そうなれば、もう止められる者はいないだろう下手したら、真っ二つに分かれた攻略組の間で戦争が起こる事だって、あり得る。決して、ない話では────
(っ!?)
少々飛躍しすぎではと感じながらもその可能性に行きついた瞬間、ケイの脳裏でナーザが口にした言葉を思い出す。
ナーザは、この強化詐欺の方法を黒ポンチョの男から聞いたと言っていた。なら、その黒ポンチョの男はこの強化詐欺の果てにこうなるという事が想定できなかったのだろうか?あれだけの天才的な手口を考え出す人物だ、どれだけ最初は順調に稼げても、遠からずこういう騒動が起こることを予想できなかったとは思えないが…。
(…まさか、むしろそれが狙い?)
強烈な寒気がケイの背中を奔り、ぞくりと震える。
プレイヤー同士の殺し合いを望んでいる?その果てで、プレイヤーの集団同士の戦争を望んでいる?
バカな!
ケイは頭を振ってその考えを打ち消す。
そんな事をしてどうなる?現実世界に帰る可能性が一気に失われていくだけだ。そんな事を望む人間など…、いるはずがない。
「…」
そんな事、あるはずがないと結論付けようとしても、心のどこかでその可能性が正しいという自分がいる。懸念を振り切ることができない。
「待てっ!!」
リンドの声が大きく響き渡ったのは、そんな時だった。ナーザ達を部屋の中央に集めてからずっと、怒声を浴びせ続けていたプレイヤー達の動きが止まり、リンドに視線が集まる。
「裁定は、リーダーの俺が下す!異存はないな!?」
「…ま、ええんやないか?」
中央に連行されたナーザ達に歩み寄り、彼らを囲むプレイヤー達を見回しながら問いかけるリンド。ほとんどのプレイヤーは、リンドの言う通りにしようと納得を見せる。だが、そうでない者も中にはいた。
その全てが、リンドのパーティーと対立していたキバオウ派のプレイヤー達だったが、それらはキバオウの口から漏れた呟きによって開きかけた口を閉ざすことになる。
「…オルランドさん」
リンドが立ち止まったのは、レジェンドブレイブスリーダーであるオルランドの前だった。リンドはその手に一本の剣をオブジェクト化させると、オルランドの眼前の床に突き刺して言う。
「リーダーならば、自らの刃でけじめをつけろ」
「っ!?」
静まるボス部屋に、誰かが息を呑んだ音が聞こえてきた。
そんな中、オルランドはリンドが床に刺して置いた剣の柄を掴んで…、ここでケイはリンドに詰め寄ろうとプレイヤー達の間を潜り抜けようとした。
だが、またアスナがケイの袖を掴んで来る。
「アスナ…!」
「っ…」
さすがにこれは看過できない。ケイは腕を振ってアスナの手を剥がすが、アスナは再びケイの裾を掴み、無言で頭を振るう。
(何を考えてるんだ…!)
わからないはずがない。皆の目の前で公開処刑が行われているのだ。このままでは、SAOがPKありの殺し合いのゲームになってしまう事がわからないアスナではないはずだ。
それなのに、何故アスナはこうも頑なに自分を止める?
「お、オルランドさん!やめてっ!やめてくださいっ!」
慌てふためく声が聞こえてきた方へ視線を向けると、剣を握るオルランドを止めようとしているのだろう、ナーザがオルランドの腕を掴んでいた。
だが、オルランドはナーザの手をそっと剥がし、ゆっくり鞘から刃を抜いていく。そして────
「っ…!」
微笑んでナーザを一瞥した直後、オルランドは身に着けていた鎧をすべて外した後、剣を逆手に持ち、自身の腹に刃を突き立てた。
「お、オルランドさん!」
オルランドのHPが、刃が突き立てられたことによってがくりと減る。鎧がない今、他プレイヤーよりもレベルが低いオルランドの防御力は言わずもがな。さらに腹に刃が刺さったままに寄り、<貫通継続ダメージ>が発生し、オルランドのHPは減り続けている。
もうこれ以上は、ダメだ。
ケイはアスナを振り切り、人を掻き分けて未だ剣を刺し続けるオルランドに駆け寄ろうとする。だが、人の多さが邪魔をして中々進むことができない。
「あ…」
人を掻き分けて、ようやく集団から抜け出した時には、オルランドのHPはもう危険域も超えて残りわずかとなっていた。今からオルランドから剣を奪おうとしても…、間に合わない。
そう悟った時だった。何かがぶつかり合う、金属音が高く響き渡ったのは。
「…覚悟は伝わった」
剣を振り切った体勢で立つリンドが言う。宙へと飛び上がった剣が、床に落ちる。その剣は、オルランドが自身の腹に突き立てた物。
オルランドのHPは、残り一メモリの所で保っていた。慌ててレジェンドブレイブスの仲間が回復ポーションを飲ませようとする。そのオルランドの腹には、剣が刺さっていた事を示す傷痕が残されていた。
そう、リンドが、オルランドの腹に刺さった剣を弾き飛ばしたのだ。
「お、おいおい…。何やってんだよあんた…」
呆然と、それでいてどこかほっ、と安堵にも似た空気が流れる中、リンドに向かって口を開くプレイヤーがいた。あの、強化詐欺によって人が死んだと口にしたプレイヤーである。
「いいのかよ!?そんなんじゃあ、死んだ奴が浮かばれな────」
「何を言う」
浮かばれない、と言おうとしたのだろう、そのプレイヤーは。だがリンドはそのプレイヤーの言葉を遮って、笑みを浮かべながら振り返る。
「強化詐欺の首魁、オルランドはたった今、死んだ!」
そして、剣を鞘に収めると、片手を腰に当ててもう一方の手を前へと突き出すポーズをとりながらそう言い放った。突き出される手の先にいるのは、オルランドと彼を囲むレジェンドブレイブス。
「生まれ変わって一からやり直すなら、死ぬ気でついてこい!…待ってはやらないが、攻略組は勇者を歓迎するだろう」
さらに伸ばしていた手をリンドは顔へと持っていく。ふっ、と、笑みを浮かべながら。
何というか、もう…、うん。訳が分からない。
「ぶふぉっ!なーにかっこつけてるんやあんさん!ぎゃはははははは!!!」
また違った意味で凍り付いた空気を溶かしたのは、不意に爆笑を始めたキバオウだった。自身の武器を奪った、人の命を奪ったと思われていた彼らに向けられた憎しみに満ちた空気が、霧散していく。
「はっ…ははっ…」
「はは…、はははっ」
「あははははははは」
キバオウにつられて笑みを零すプレイヤーが現れ、そしてその場にいるほとんどの者が腹を抱えて笑いだす。…リンドは微妙な顔をしていたが。
「な、何笑ってんだよお前ら…」
「いやいやジョー!ちゃんと見てたんかお前!?あんなん笑わずにいられるかいな!」
そしてもう一人、複雑な顔を浮かべるのは、キバオウにジョーと呼ばれたプレイヤー。あの、プレイヤーの怒りを増長させたプレイヤー。
そのジョーにキバオウは爆笑したまま歩み寄ると、彼の首に腕を回して肩をバンバンと叩く。
「まぁそれはそうと…、ジョー」
直後、キバオウは声を据わらせてジョーに問いかけ始めた。
「剣盗られた奴が死んだっちゅうのはどこのパーティーの誰や?あいつらが狙うレベルなんや、ワイらが知ってて当然やろうなぁ?」
「え?えっと…、俺も人から聞いただけなんで、どこのだれかっていうのは…」
「おどれ!その程度の事であんな騒いだんか!このっ!」
どうやらジョーというプレイヤーも詳しくは知らないらしい。まぁ、あのプレイヤーの事はキバオウに任せておいて大丈夫だろう。それと────
「じゃ、おれッちが調べといてやるヨ。死亡者の名前に死因、所属してたパーティー。そして強化詐欺との関連性まで、調査経過も全部オープンにして報告するヨ。…ま、いればの話だけどネ」
キバオウに蟀谷をぐりぐりされてるジョーというプレイヤーの顔が青ざめていく。その反応を見て悟る。どうやら詳しく知らないのではなく、本当はそんな話は聞いた事もないのだろう。
だが、その事にケイは関わらない。キバオウに任せると決めたし、彼ならばしっかり後始末をしてくれるだろう。
「こほん!あー…、ともかく!死亡者の有無と、強化詐欺との因果関係が判明するまで俺がこの問題を預かる。それでいいな!?」
リンドの言葉に、首を横に振る者はいなかった。誰もが頷き、リンドに残りの始末を任せると意見が一致する。
その後、強化詐欺で稼いだ金で買ったレジェンドブレイブスの装備は取り上げられた。そして行われるのはオークション。アルゴとキバオウが主催となって仕切る中、オークションは盛り上がりを見せる。
…そんな盛り上がるイベントが行われる中、ケイはというと。
「…ねぇ、そんなに拗ねないで」
「拗ねてない」
むすっ、と不機嫌さを隠しもせずに表情を歪ませながら、第三層へと繋がるらせん階段を上っていた。そんなケイの後に続くのは、不機嫌なケイの背中を苦笑を浮かべて眺めるアスナ。
「だってあなた、すぐ顔に出そうだったし。その点、キバオウさんもリンドさんも悪くなかったわよ?」
「ほぉ~。アスナに見せてやりたかったよ。小学中学と劇で見せた、俺のアカデミー賞ものの演技を」
「…へぇ」
「…嘘です。小学も中学もそんなに演技してませんでした。町の人とか木の役とかやってました」
馬鹿にしているように言うアスナにちょっとイラッと来たケイが見栄を張るが、あっさり見破られてしまう。
な、何でこうもアスナには嘘が見破られてしまうのか…。
「ま、何だかんだいっても二人共、リーダー向きよね」
「…そうだな」
思い返すのはナーザに対して声を掛けたエギル。そして騒動を収めたリンドとキバオウ。…この三人には、アスナとアルゴから強化詐欺の真相を話していたそうだ。ケイとキリトには黙って。
だがそう考えると、やけにすんなりとリンドが騒動を収めたのも納得がいく。あそこまで咄嗟にプレイヤーの前に飛び出し、纏め上げる事は…、正直リンド一人では難しいだろうから。
「けど、あれはさすがに予想外だったろ」
「っ…」
アスナが息を呑む。
ケイが言ったあれとは、あのジョーというプレイヤーがプレイヤーの怒りを燃え上がらせた言葉だ。さすがにそこまでは、アスナとアルゴでも想定できなかったらしい。
「…黒ポンチョの男、か」
「何か言った?」
「いや、何も」
ぽつりと呟いたケイにアスナが聞き返す。どうやら呟きの内容は聞き取れなかったようで、ならば特に詳しく話す必要はない。飽くまでケイが思い浮かべているのは低い可能性。そうでない可能性の方が高いのだから。
(だけど…、調べてみるか)
「あ。あれ、扉じゃない?」
ケイが内心で呟いていると、アスナが前方を指さしながら言う。振り返り、その向けられる指の先を見上げると、そこには第三層の境目である扉があった。
ケイは扉の前に立つと、掌で押し、扉を開ける。
視界に広がるのは、第一層や二層とは打って変わって、広く茂る大森林だった。
「…アスナ。どうせまた、キリトから街の方角を聞いてるんだろ?」
「え?えぇ…。ここから北西に歩いていけば、道が見えてくるから、それに従って歩けば着くって」
広がる森林から視線を外し、振り返ってアスナに問いかける。アスナは、ケイの予想通りキリトから第三層の初めの街の場所を聞いていたらしく、ケイにどの方角に行けば街に着くのか説明してくれる。
「…そうか」
「ほら、早く行きましょう?第三層をアクティベートしたら、またあのケーキ食べたいなー」
どこかうきうきとしながら、ケイを追い越して前を歩くアスナ。
「アスナ」
そのアスナの肩を掴んで、ケイは呼び止めた。
「…ケイ君?」
目を丸くして、アスナが振り返る。ケイは、アスナの目をじっと見つめて口を開く。
「お前は戻れ。それと…、ここで俺は、パーティーを抜ける」
「…え?」
見開かれたアスナの瞳が動揺で揺れる。ケイはアスナの目から視線を外し、ウィンドウを操作してパーティー脱退の手続きを済ませる。
「いきなりで悪い。だけど…、お前はこれから攻略組を背負って立つことができる。それには…、俺は邪魔だ」
第一層のボス戦後にも言った。アスナはいずれ、攻略組を背負って立つプレイヤーになる、と。そしてそれは、必ずゲームクリアの近道になるとケイは確信していた。
そのためには…、これ以上アスナが自分と行動するのは枷でしかないと感じていた。
アスナは何も言い返さない。さすがにいきなりすぎたのかもしれない。だが、これは後々アスナのために、全プレイヤーのためになるはずだ。今回の騒動の裏の話を聞いて、ケイはさらに確信を強めた。アスナは、攻略組を導くことができる数少ないプレイヤーの一人だと。
「じゃあ、俺はアクティベート行くわ。お前は、さっさと戻って体休めとけよ」
「…」
ケイは呆然とこちらを見つめるアスナの横を通り過ぎ、アスナが言った北西の方向へと歩き出す。
アスナはケイの背中を見つめ続け、ケイは振り返ることなく歩き続ける。
それは、一層二層と共に戦い続けてきたケイとアスナの、決別の瞬間だった。
次回は一気に時間が飛びます。