SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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第11話 勇者になれなかった者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…要するに、騙し取った武器は全部換金して、飲み食いやら宿代やらで豪遊し、ほとんど残ってないと。そう言うんだな?<ネズハ>」

 

 

「…」

 

 

両腕を組んで壁に寄りかかるケイの目の前で、椅子に座っているキリトが机を挟んで向こう側に座る鍛冶プレイヤー、ネズハに問いかける。ネズハは顔を俯かせ、キリトと視線を合わさないまま小さく一度だけ頷く。

 

 

「…攻略組の面々が命をかけて、死に物狂いで育て上げた武器を。私利私欲で浪費したと」

 

 

「っ…、なんと…お詫びしてよいか…」

 

 

俯いたままのネズハに今度はケイが口を開く。ケイの口から出た言葉に、ネズハは一瞬だけ目線を上げたが、すぐに俯いてしまい、震える声を漏らす。

 

その声を聞いていた、ケイの隣で同じように壁に寄りかかって立っていたアスナが壁から離れ、キリト達が座る席に向かって歩き出した。

 

 

「やっぱりおかしいわよ」

 

 

アスナはキリトの隣で座っていたアルゴの背後で立ち止まり、声を上げる。アスナの言葉に疑問を持ったのか、ネズハは顔を上げて丸くなった目でアスナを見上げる。

 

アスナはネズハが見上げる中、あるアイテムをオブジェクト化し、ネズハの目の前にそれを突き出した。

 

 

「これ、フィールドエリアで出会ったソードマンの忘れ物」

 

 

「っ!」

 

 

これまで見せてきたこれまで以上に大きく体を震わせたネズハの手元に、アスナはオブジェクト化したアイテム、投剣を突き立てる。勢いよく突き立てられ、ビィーン、と音を立てて小刻みに震える投剣をネズハは瞳を震わせながら見つめる。

 

 

「アルゴさんに調べてもらったのだけど、これはプレイヤーメイドの特注品で、どこのお店にも並んだ形跡がない。つまり、これの作成者は持ち主自身」

 

 

「…」

 

 

「…ネズハさん、あなたよね。これを作れるのは、アインクラッド唯一の鍛冶師であるあなたしかいないのだから」

 

 

ネズハの顔色が、みるみるうちに青白く変わっていく。ここはゲームの中だから感情を隠すことができないのが、ネズハにとって裏目に出ている。

 

 

「そして、前にあった時に見たあなたの装備。あれも凄く効果そうではあったけど、被害額と比べたら桁が違うわ」

 

 

「で、ですからそれは、飲食や宿代に…」

 

 

「いや、それはないナ。ここ数日は見張らせてもらったから、君の質素な生活ぶりは確認させてもらってるヨ」

 

 

次にアスナの口から出てきた話題は、ネズハが騙し取った武器の行先。恐らく換金したというネズハの言葉は本当だ、という認識はケイ達全員が共有している。しかし、アルゴが言った通り、それを豪遊に使ったというのは明らかに嘘だ。

 

それは、アルゴの周辺調査を行った結果で確かに明かされている。

 

 

「ネズハ。現在君はただ一人のプレイヤー鍛冶師として市場を独占している。その上での強化詐欺だ。計算が全く合わない」

 

 

机の上に両肘を立てていたキリトは、机から肘を離して両手を膝に付けてネズハを見つめる。

 

 

「俺達はな、君は荒稼ぎした金を、誰かに貢いでると疑ってるんだ」

 

 

「は…、ははっ!そ、そんなわけないじゃないですか!一体、何を根拠に!」

 

 

キリトが言った俺達の疑いを笑い飛ばしながら否定するアルゴ。その直後、ケイもまた壁から離れてキリトの背後に立って口を開いた。

 

 

「根拠なら、ある」

 

 

「っ!?」

 

 

ネズハのみ開かれた目がケイの姿を捉える。

 

 

「そして、俺達は知ってるんだ、ネズハ。…お前が、勇者としてこのアインクラッドを切り開いていきたいと、誰よりも願っている事を」

 

 

「!!?」

 

 

見開かれたネズハの瞳が揺れる。それを、ケイは憐れみの念を抱きながら見て、それでも城を捨てて真実を告げる。

 

 

「ネズハの綴りは<Nezha>。だけど、このスペルは本来違う読み方をする」

 

 

「…」

 

 

「そうだろ?<ナーザ>」

 

 

彼を連れてきてから、ネズハは一番大きく体を震わせる。

 

 

「ナタクっていう呼び方が主流だが、本来の読み方はナーザ」

 

 

「中国の小説に出てくる少年の神の名前ね」

 

 

「そうだナ…。シャルルマーニュ伝説のオルランドや現代の西洋風ファンタジーの源流ともいえるベオウルフにも劣らなイ…」

 

 

伝説の勇者<レジェンドブレイブ>

 

 

「ぅ…ぁっ…」

 

 

両手を膝に突き、ぐったりと背を折って項垂れるネズハを見て、ケイ達は自分たちの推理が正しかったことを悟る。

 

 

「…やっぱり、お前はレジェンドブレイブスのために装備の調達資金を稼いでいたのか」

 

 

「だからこそ、彼らはあんなにも早く台頭することができた」

 

 

レジェンドブレイブスの台頭の早さはあまりにも不自然すぎた。ケイもキリトから聞いて初めて気づいたのだが、レジェンドブレイブスの面々の装備や腕から考えて、あまりにもレベルが低すぎる。

 

その違和感は、レベルから考えてレジェンドブレイブスがどうしてここまで台頭で来たのかというものにも捉えられるが、ケイが考えていたのは、もう一つの可能性────

 

 

「教えてくれネズハ!どうしてパーティーの中で君だけが、こんな不正を働くリスクを負ったんだ!?」

 

 

「おい、キリト…」

 

 

「何か見返りを約束されてるのか?いや、それよりも俺が聞きたいのは、どうして君たちはこんな事ができたのかだ!」

 

 

こんな事、それはすなわち、ネズハ達が行った強化詐欺。

 

 

「キー坊?今重要なのはそれじゃァ…」

 

 

「いや、大問題だ!」

 

 

キリトのあまりの剣幕に戸惑うアルゴがキリトを諌めようとするが、キリトは止まらない。

 

 

「アルゴ。キリトももっと冷静になるべきだとは思うけど、これは今すぐにでも聞くべき問題だ」

 

 

キリトの肩を叩いて、とりあえず諌めておいてからケイはこちらに顔を向けるアルゴと同じように理解できていない様子のアスナに説明する。

 

 

「今のペースでいけば、レジェンドブレイブスは近い内に攻略組の中でもぶっちぎりのトップに躍り出る。…悪事を行って、台頭してきた集団が、だ」

 

 

「ア…」

 

 

「…」

 

 

目を丸くして声を漏らすアルゴ。どうやら、アルゴは…アスナも目を見る限り悟ったらしい。

 

 

「MMOじゃいきなり急ペースで上り詰めたプレイヤーが嫉妬を集めるなんて日常茶飯事だ。…もし彼らが同じプレイヤーに襲われたとしよう。でも、それでも返り討ちにすればいいと開き直ってしまったら?…それが、キリトが危惧してることだよ」

 

 

説明を終えてから、ケイは横目でネズハを見遣った。ネズハは俯き、下唇を噛み締め、ズボンを両手で握り締めながら震えていた。まるで、何かに怒りを抱いているかのように。

 

 

「…まっ、俺はそんな心配はないと思うんだけどな。…お前もそう思うだろ、アスナ?」

 

 

「え?」

 

 

「…」

 

 

引き締めていたケイの表情が急にふっ、と緩む、その突然の変化に戸惑いを見せるキリトと、ケイに言葉を振られたアスナ。アスナはケイに向かって一度だけ頷いた後、ネズハの目の前に突き刺した投剣を抜き、掌に置いてネズハに向かって差し出した。

 

 

「取って」

 

 

そして、たった一言ネズハに告げた。ネズハは一瞬表情を歪ませた後、ゆっくりと右手をアスナの掌に乗る投剣に向かって伸ばす。

 

右手が投剣に近づくごとに、ネズハの両目がだんだん細ばっていく。そして…、ネズハの手は投剣を掴むことはできず、一瞬触れる事だけしかできなかった、

 

 

「やっぱりあなた…、片目が」

 

 

「…見えないわけじゃないんですよ。ただ、ナーヴギアを介してしまうと…遠近感がわからなくなってしまうんです」

 

 

「まさか…、FNC」

 

 

FNC、フルダイブ・ノン・コンフォーミング。脳とフルダイブの間に生じる接続障害で、最悪の場合はフルダイブ不可能という事態に陥る危険性さえある症状。

 

そして、ネズハを襲った症状は恐らく両眼視機能不全。要するに、景色は問題なく見えているにも関わらず、奥行きを判別できないという、このSAOでは致命的疾患。

 

 

「キリト、多分だけどな…。レジェンドブレイブスはネズハを見捨てなかったんだ。SAO開始当初、先駆者がリソースを奪い合ってた頃、レジェンドブレイブスはハンデを抱えた仲間のサポートを優先して行動していたんだ」

 

 

「これは勝手な想像だけど、あなたの投剣スキル。第二層で通用するまで熟練度を上げるのはすごく大変だったんじゃないかしら」

 

 

キリトの危惧を杞憂だとケイが悟らせた後、続けて口を開いたのはアスナ。

 

 

「第一層前半の非効率な足場で足止めを喰らえば、当然最前線には出遅れる」

 

 

「…それが本当なら、俺には絶対真似できないよ」

 

 

アスナに続いて、ケイが、キリトが、両手で顔を覆って震えるネズハを見つめながら言う。

 

それから、しばらくの間沈黙が流れ、ケイ達の視線が向けられる中ネズハは立ち上がった。

 

 

「…おっしゃる通りです。僕は、仲間の情けに縋りついて…皆の夢を台無しにしてしまった!!」

 

 

ネズハは、自分への苛立ちと両目から流れ落ちる涙を隠そうともせず、語る。

 

 

「レジェンドブレイブスは、もう何年も前から活動してきたチームです。色んなゲームでランカー常連を続けてきた、それなりに有名なチームでもありました。だけど…、本当に最高だったのは、チームの誰もが仲間を見捨てない、そんな優しさを持ってる所でした」

 

 

MMOでランキング上位を取ってきた彼らが、SAOというゲームを逃すはずはない、

 

 

「SAOの発売決定を知ってからは大はしゃぎでした。アインクラッドで天辺をとるって、英雄になるんだって。皆で意気込んでました。だけど…」

 

 

ネズハのFNC判定で、その野望は潰え、全てが狂いだした。

 

 

「FNC判定のことが判明してから、散々皆を修行に付き合わせてしまいました。中には不満を漏らす人もいましたが…、リーダーの…オルランドさんは、決して僕を見捨てようとはしなかった…!」

 

 

語りながら、ネズハは席から離れ、両開きの窓を開けてウッドデッキへと出ると振り返ってこちらに体を向ける。

 

 

「結局、どんなに投剣スキルを極めても使い物にならないと気づいて、戦闘職を諦めた時には…最前線からの遅れは取り返しのつかないものになっていました」

 

 

MMOで最前線に出るためには、サービスSAOはHPが0になれば永遠に復帰できないデスゲーム。リソースの奪い合いは、通常のMMOとは比べ物にならない。

 

彼らも、まだまだ遅れは取り返せると高々に言っていたものの、心のどこかでは諦めの念を抱いていたらしい。

 

 

「そんな時でした…。あいつが声を掛けてきたのは…!」

 

 

第一層の酒場で飲んでいた時のことだったという。ネズハはここまで最前線から遅れたのは自分のせいだと責任を感じ、そんなネズハをオルランドが慰めていた時。後ろの席に座っていたプレイヤーが声を掛けてきたという。

 

 

『OK、話は聞かせてもらったァ』

 

 

その男は、口元をニヤリと歪ませながらこう言ったという。

 

 

『あんたが戦闘スキル持ちの鍛冶師になるんだったら…、すげぇクールな稼ぎ方があるぜぇ?』

 

 

まるで、麻薬のような。頭の中では誘われては駄目だとわかっていても、心がついていってしまう。レジェンドブレイブスは、その男…黒ポンチョを身に着けていたというプレイヤーから聞いた強化詐欺の手段を、実行してしまった。

 

 

「でもっ、勘違いしないでください!これは全部僕が、僕のために勝手にやったことです!だからっ…!」

 

 

「っ、お前…」

 

 

頭を振りながら叫ぶネズハを見て、ケイはネズハが次の瞬間に起こす行動が頭の中で浮かんできた。だが、そんなことはあり得ないと勝手にその可能性を打ち消してしまった。

 

 

「だからどうか…これで…」

 

 

それでも、完全に打ち消せていなかった可能性が、頭の中にあったから。

 

ネズハが後ろへと倒れ、ウッドデッキから体を宙へと放り出してから、すぐに動き出すことができた。

 

今いるこの部屋は宿の一室を借りているのだが、その宿屋は崖に面して建てられていた。そしてこの部屋の窓の外に広がるのは、そこが見えない深く暗い谷間。

 

SAO開始直後、プレイヤーの自殺が続出した。いや、そのプレイヤー達には自殺をしたという自覚はなかったのかもしれない。このデスゲームが信じられず、HPが0になれば、きっとこの世界から出られると妄信したプレイヤーが多く現れたのだ。

 

そしてその自殺で多く使われた手段が、飛び降り。そこが見えない深い谷に体を投げ出して落ちていく。実際、そのプレイヤーが四散した所を見た者はいないのだが、第一層の中央広場にある、SAOにログインした全てのプレイヤー名がアルファベット順で刻まれている黒鉄宮。飛び降りた全てのプレイヤーの綴りの上に、二本の横線が刻まれていた。

 

この世界での死の証明を現す、横線が。

 

ネズハも当然、その事を知っていた。だから、彼は身を投げ出した。

大きすぎる罪に耐え切れず、世界から、自分が罪を背負って生きるという事から逃げ出そうとした。

 

 

「…え?」

 

 

「この、バカ野郎が…!」

 

 

だが、ネズハの逃亡は認められなかった。彼の手は、しっかりと掴み取られ、落下は空中で停止している。

 

 

「どうして…、離してください!僕は…!」

 

 

「…うるせぇ!死んで逃げようとしてる奴の言う事なんか、聞いてやるか!」

 

 

掴まれた手を開き、さらに空中で体を暴れさせるネズハに、彼の手を掴んだケイは心の中で沸いた怒りをそのまま口へと運び、叫ぶ。

 

 

「ネズハ!お前にゃ悪いが俺はな、ナーザっつう奴が大嫌いなんだ。何でだと思う?」

 

 

「え…」

 

 

「一度、そいつは自害したから、だ!!お前の様に、自分の恐怖の対象から逃げる形でな!!」

 

 

ナーザは最初から英雄として扱われてはいなかった。まだ人間だったとき彼は罪を犯し、そして罪をあがなうために自害した。だが、それがケイにとって気に食わなかった。どうして、もっと違う形で罪をあがなおうとはしなかったのだろうと。生きて、誰かに貢献して罪をあがなおうと、そういう発想は浮かばなかったのだろうと。

 

ケイはネズハが目を丸くして動きを止めた瞬間を見逃さず、筋力パラメータをフルに使って一気にネズハの身体を引き上げる。ネズハがウッドデッキに倒れ込んだところを確認してから、ケイは全身の力を抜いて座り込み、荒くなった息を整える。

 

 

「ケイ君!」

 

 

「はぁ…、大丈夫だ」

 

 

座り込んだケイに、慌ててアスナが駆け寄ってくる。アスナに続いて、キリトとアルゴもまた駆け寄ってきて、ケイは三人の顔を見回しながら声を掛けた。

 

 

「…どうして」

 

 

「…お前は本当にこのままでいいのか?誰も見返すことができずに、悔しくないのか?」

 

 

「っ…」

 

 

両手を背後に突いた体勢のまま、ケイは横目でネズハを見遣りながら言う。ネズハは一度びくりと体を震わせると、ゆっくりと視線をケイの方に向けてきた。

 

 

「だけど、僕はもう…。誰にも迷惑をかけたくないんです!」

 

 

「ほぉ。つまり、お前の仲間はたった一人の迷惑も背負えない器の小さい奴らばかりだと。お前はそう言うんだな?」

 

 

「っ!な、何なんですかあなたは!僕が何をしようとも…、あなたには関係ないじゃないですか!!」

 

 

仲間を馬鹿にされた怒りからか、ネズハは先程からは信じられないほど瞳に怒りを浮かべ、起き上がってケイに向かって怒鳴る。

 

 

「そうだな…、確かにお前が何をしても俺には関係ない。お前を助けたのだって、ただ俺が気に入らないっていう勝手な理由だからな」

 

 

「…やっぱり、ビーターに僕の気持ちなんてわからないんだ」

 

 

表情を変えずに言い放つケイに、忌々しそうに視線を向けながら言うネズハ。そんなネズハに、アスナがピクリと反応し、詰め寄ろうとする。

 

 

「あなたね…」

 

 

「アスナ。いい、やめろ」

 

 

ケイは立ち上がり、ネズハに詰め寄るアスナの肩を掴んで止める。振り返るアスナの顔は全然納得できていないものだったが、ケイはアスナと目を合わせたまま首を横に振ってやめるように伝える。

 

 

「…」

 

 

「ネズハ。確かに俺にはお前の気持ちなんてわかんない。想像は出来るが、実際に他人の心を本当に理解できる人間なんていないからな」

 

 

一度息を吐いてから下がるアスナとすれ違う形でケイはネズハへと歩み寄りながら口を開く。

 

 

「だけどな…、お前は本当にここで死んでいいのか?ヒーローになれず、ただ逃げるような形で死んで、本当にいいのか?」

 

 

「っ!」

 

 

先程から決してケイと視線を合わせようとしなかったネズハが、ケイが問いかけた直後、体の震えと共に顔を上げる。

 

 

「本当にお前はそれでいいって思ってるんなら…、勝手にすればいい」

 

 

「ケイ君!?」

 

 

そう言い放ったケイに、アスナが目を見開いて詰め寄ってくる。だがケイは詰め寄るアスナには目を向けず、柵に手をかけるネズハを見つめるのみ。

 

 

「…なら、どうすればいいんですか」

 

 

「…」

 

 

「僕のこんな目じゃ誰の役にも立つことはできない!そんな僕が…、どうすればヒーローになれるっていうんですか!!!」

 

 

ネズハは、両拳を柵に叩きつけながら嗚咽を漏らす。彼の膝は折れ、ゆっくりと体が崩れ落ちて、最後にはウッドデッキの上に座り込んでしまった。

 

 

「…わからん。俺にはお前にその方法を与えられるほどの知識はないからな」

 

 

「っ、なら!」

 

 

「だけど!…俺の他に、その可能性を持ってる奴なら、知ってる」

 

 

こちらを見上げるネズハにあっちを見ろと報せるように、ケイは視線をこの状況を見守っているだけだったプレイヤー。黒のロングコートを身に着けたプレイヤー、キリトに向ける。

 

 

「てことだ、キリト。…何かない?」

 

 

「お前な…、色々と台無しだぞ…?」

 

 

「だってホントに何も知らねえし。お前なら絶対、どうにかできる知識持ってるって思って」

 

 

「…はぁ」

 

 

陽気に言うケイを見て、呆れたようにため息を吐いてから、キリトは彼を見上げて視線を送るネズハに歩み寄る。

 

 

「ネズハ。君の投剣スキルはなかなかのものだと聞いている。たとえ遠近感がとれなくても、システムアシストが効く投擲武器なら…」

 

 

「そんなことわかってます!だから僕は藁にも縋る気持ちで投剣スキルを上げたんですから…!でも、あんなもの役に立ちませんよ!それこそ、弾数無制限の武器でもない限りは…!」

 

 

キリトの言葉を聞いて、やはりダメなのかと再び瞳が絶望の色に染まっていくネズハ。だが、キリトの言葉はそこで終わりではなかった。

 

 

「確かに、無制限なんて、そんなチート武器は存在しない。…だが」

 

 

キリトは言いながら、あるアイテムをオブジェクト化する。それは、初めて見る者にはとてもそうは見えないだろうが、確かな武器。

 

 

「<戻ってくる>ものなら、ある。これは、第二層のフィールドボスのLAボーナス…<チャクラム>だ」

 

 

直径二十センチほどだろうか、外側に刃が付けられた金属製の円盤<チャクラム>。古代インド発祥の投擲武器で、このSAOではシステムアシストにより、ソードスキルが成功すれば持ち主の下へと戻ってくるという機能がついている。

 

その詳細を知ったのはこの話し合いが終わった後のことだったのだが、確かに、これならば弾数制限という縛りに囚われることなく、遠近感がつかめないネズハでも戦うことができる。

 

だが、このチャクラムを使うには…それなりの条件があった。

 

 

「ただし、これを扱うにはあるエクストラスキルが必要となる」

 

 

エクストラスキル。初めからそれぞれのプレイヤーのスキル詳細メニューに載っている<片手直剣>や<片手用曲刀>、<細剣>とは違う、詳細メニューに載る事はない武器スキル。

 

 

「ナーザ。スキルスロットには空はあるか?」

 

 

「あ、ありません…」

 

 

「…そうか、なら質問を変えよう」

 

 

キリトは、ある意味残酷な事を言っている。ネズハに、彼自身を見捨てることなく連れて行ってくれた仲間を、見捨てるかと、それと同義の質問をネズハに投げかけているのだから。

 

 

「鍛冶スキルを捨てる、覚悟はあるか?」

 

 

ネズハの表情が凍り付き、そして、彼の両拳は力強く握りしめられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回からボス戦に入ります。

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