SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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何か考えてた以上にレポート作成が楽です。嬉しい誤算だ。ww








第10話 情報と確信

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ン゛モオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

全長三メートルはあろうかという巨大なウシ型のモンスターが、足元で決して足を止める事無く動き続ける影を目で追おうとする。だがそのスピードはあまりにも速く、モンスターの視界から不意にその姿が消える。

 

直後、背中から感じる衝撃。振り向いてみれば、足元をうろちょろしていたあの人影が剣を振り切った体勢でこちらを睨みつけていた。

 

 

「スイッチ!」

 

 

その人影の主…、キリトは自身のソードスキルを受けて仰け反るウシ型モンスターのHPバーが危険域となった事を確認してから、背後で待機していたアスナにスイッチの合図を出す。キリトは後方にステップしてモンスターと距離を取り、アスナはキリトの前に躍り出て、鞘から剣を抜きながらモンスターへと迫る。

 

 

「さっき説明した通りだ!阻害効果に気を付けろっ!」

 

 

「わ、わかってる!」

 

 

すれ違いざまにキリトは忠告し、モンスターへと突っ込んでいくアスナの背中を眺める。

そして…、仰け反り状態から立ち直り、目の前へと迫ってきた存在を見据えるモンスターの目が光った途端、動きを止めたアスナを見てキリトは目を見開いた。

 

 

「アスナ!?」

 

 

モンスターはその手に持つ巨大なハンマーを振り回してアスナを叩こうとする。だが、アスナもさすがの身のこなしでひらりひらりと舞うようにしてモンスターのスイングを統べて回避していく。

 

 

「っ!アスナ、モンスターを見ろ!」

 

 

一度距離をとって安心したのか、はたまた別の理由か。アスナはちらっ、とキリトの方を向いた。しかしそれは一瞬で、すぐにアスナは顔を前へと戻し、ぶんぶんと頭を振るう。

 

その間に、モンスターが厄介なスキルの予備動作を行っている事に気が付かずに。

 

 

「<ナミング>だ!とにかく距離をとれ!!」

 

 

キリトは省略してそのスキルを口にしたが、正しい名称は<ナミング・インパクト>。雷を纏わせたハンマーを地面に叩きつけて攻撃をする範囲技。インパクトの際に周囲に雷を迸らせ、命中した相手をスタン状態にさせる。

 

何故か茫然としたままのアスナの眼前に、モンスターのハンマーが叩きつけられる。瞬間、ハンマーの着弾点を中心に、アスナが立っている場所を含んだおよそ直径三メートルほどの雷のドームが出来上がる。

 

 

「アスナ!」

 

 

技を喰らったアスナはその場で尻餅を突き、さらにキリトの視界の左上に映されているアスナのHPバーの左側にはスタン状態を表すアイコンが浮かび上がる。

 

 

「う…、ぐ…っ」

 

 

アスナは、地面に座り込んだまま力の入らない足に鞭打って立ち上がろうともがいていた。しかしどれだけもがけどアスナの意志通りに足は動かず、さらにはアスナの眼前にモンスターが迫る。

 

 

「っ…」

 

 

その光景を見たアスナの胸の中で恐怖が過る。

 

────何が怖い?死ぬことが?

 

モンスターの動きがスローモーションに見える。そんな中、アスナは自分の心に問いかけていた。

 

────違う。

 

アスナの脳裏に浮かんだのは、先程キリトとスイッチした直後に見た光景。自分の背後に、キリト一人だけがいた、何故か空虚に見えた光景。

 

まだ出会った日からそんなに経っていないのに、それどころか一緒に行動した時間を考えればそんな事を考えるなんてあり得ないのに。隣にいる事が、まるで当たり前のように思えた人。その人は、今はいない。

 

 

(たすけて、ケイく────)

 

 

モンスターのハンマーが振り下ろされた瞬間、目の前で黒い影が現れ、それとほぼ同時にアスナに向かってハンマーを振り下ろそうとしていたモンスターがポリゴン片となって四散する。

 

だが、そんな事よりも。

 

アスナにとって衝撃だったのは、あのモンスターが四散する直前、心の中で叫ぼうとした内容の方だった。

 

 

「どうしたんだアスナ。今日は何だか、らしくないな」

 

 

「…別に、いつも通りよ」

 

 

剣を背の鞘にしまいながら気遣わし気に問いかけてくるキリトに、アスナは立ち上がり、剣を腰の鞘にしまいながら答える。

 

 

「それよりも、先に進みましょう。今の私たちの役目は、迷宮区の攻略なんだから」

 

 

キリトに背を向けて、未だ誰も立ち入っていない区域へと足を向けるアスナ。

 

 

「…アスナ、見ろ」

 

 

「?」

 

 

モンスターとの戦闘を終えて、歩き出してから少し経った時だった。キリトがアスナを呼び止める。振り返ったアスナの目には、吹き抜けとなり下の階層を見ることができる穴を覗いているキリトの姿。

 

 

「…レジェンドブレイブス」

 

 

キリトの横まで来て、同じように下の階層を覗いたアスナの口から出てきたのは、第二層フィールドボス戦から台頭してきたパーティーの名前。

 

 

「いくぞ!フォーメーションZだぁ!!」

 

 

レジェンドブレイブスのリーダーと思われる男性プレイヤーが叫んだ直後、後方にいたレジェンドブレイブスのパーティーメンバーが先程までアスナとキリトが戦っていたのと同じモンスターに向かって踏み込んでいく。

 

 

「…へぇ。良い連携してるわね」

 

 

「あぁ。…だけど、ちょっと妙だと思わないか?」

 

 

レジェンドブレイブスの戦いぶりを見たアスナが感心したように呟くと、その直後キリトもまたぼそりと呟いた。アスナはキリトの方に顔を向けて首を傾げ、言葉の意味が分からないとキリトに伝える。

 

 

「普通、装備の質っていうのはレベルと比例するものなんだ。SAOに限らず、RPGっていうのはそういうものなんだ。強ければ効率よくお金や経験値を稼げるからな。だけど、見たところ…彼らはレベルもスキルの熟練度も中の上ってところだ」

 

 

「なのに、装備だけは…っ!まさか…!」

 

 

アスナはここでようやく、キリトが言おうとしている事を悟る。

 

 

「彼らが、強化詐欺に関与してるというの…!?」

 

 

「…さすがに短絡すぎるかもしれないけど、アルゴが調べてくれたところ、強化詐欺が始まったと思われる時期と彼らが前線に出てきた時期は、ぴったり一致するんだ」

 

 

キリトの口から次々と出てくる、レジェンドブレイブスが強化詐欺に関与していると裏付けるのに近づいていく状況の数々。

 

アスナはキリトから視線を外し、もう一度下の階層で戦うレジェンドブレイブスを見る。そして同時に、気が付いた。その上でその違和感は、大きな疑問としてアスナの中で居座る。

 

 

「…ねぇ、キリト君。あの人達、本当に良い連携してるわね」

 

 

「あぁ…」

 

 

「なのに…。どうしてあそこまでの腕と装備を持ってるのに、今まで最前線まで来れなかったんだと思う?」

 

 

「っ…そうか」

 

 

アスナの問いかけを聞き、キリトもまたアスナと同じ疑問へと辿り着く。

 

 

「レベルと不釣り合いに装備はいいんじゃない。腕も装備もいいのにレベルが低いんだ」

 

 

「そう。そして…、本質はきっと、そこにある」

 

 

アスナとキリトが見下ろす中、レジェンドブレイブスはモンスターを討伐し終える。今、レジェンドブレイブスがいるエリアは確か、次の階層へ上る階段が近かった。

 

 

「そろそろ追いつかれる。俺達も行こう。今日はもう一フロア付き合ってもらいたいんだ」

 

 

「…いいけど、どうして?」

 

 

「実はさ、<片手直剣>スキルの熟練度がもうすぐ百になるんだ」

 

 

「…」

 

 

「それに、ケイの奴も<片手曲刀>スキルの熟練度がもうすぐ百だって言ってたし…。一プレイヤーとして、ちょっと負けたくなくてな」

 

 

「っ…」

 

 

キリトのスキル熟練度の事を聞いた時は特に何も思わなかったのに、ケイのスキル熟練度の事を耳にした途端、アスナの唇の端がピクリと引き攣る。

 

 

「…おめでとう。強化オプションは何にするの?」

 

 

「んー、<クリティカル上昇>かなー。熟練度五十の時は<ソードスキル冷却タイム短縮>で取れなかったし…」

 

 

スキル熟練度が五十上がるごとにその褒美というべきか、強化オプションと呼ばれる分類に位置するスキルをとることができる。

 

アスナは胸に湧いて出た苛立ちを抑えてからキリトに称賛を送り、強化オプションを何にするのか問いかけた。

 

 

「後は、<クイックチェンジ>なんかもありかなぁ…」

 

 

「なに、それ?」

 

 

「えっと…、例えば武器を落としたり一時的に取られたりした時なんかに呼び武器を指定しておけばワンタッチで装備できるし、同じ種類の武器を複数持っていれば直前に装備していたものと同じものを再装備できたり…。まぁいろいろと便利なスキ…る…」

 

 

「へぇ…あ」

 

 

強化オプションに着ける一つの候補として出てきたクイックチェンジについての説明を聞いていたアスナ。そしてアスナに説明していたキリト。二人の頭で、電球がぴかっ、と光ったような、そんなひらめきが訪れたのは全くの同時だった。

 

 

「「ああああああああああああああああああ!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、本当によかったのカ?」

 

 

「…何が?」

 

 

「アーちゃん達と一緒に攻略行かないことだヨ。元々、この調査はオイラだけで十分だったのニ…。それを強引についてきテ…」

 

 

「…あいつらと一緒に行くわけにはいかないだろ。それに、アルゴの大事な情報ルートだって俺の知っている人だったんだからさ。アルゴの情報屋業に支障はないだろ?」

 

 

「…まあナ。それにしても、ケイ坊があの人の知り合いだったとは、オイラも驚いたヨ」

 

 

ケイとアルゴがいるのは、第一層、はじまりの街にある知る人ぞ知る酒場の一席。ちなみに恐らく、この酒場を知っているのはケイとアルゴ、そして二人が話していたもう一人のプレイヤー程度しかいないだろう。

 

なにせここまで来るには町の裏道と言う裏道を通り抜け、道一本でも間違えれば決して辿りつけないという複雑な道を通っていかなければならないのだから。その上、ベータテストにはこの酒場はなく、正式サービスからの新店舗なのだ。

 

どれだけベータテストでSAOの事前情報を掴んでいたとしても、この酒場の存在を知るのは至難の業だ。

 

 

「…だけど。大体読めたな、あの鍛冶師のトリックも。それに、奪われた武器の行方も。まぁ、武器の行方に関しては本人に聞かない限り確かめようがないがな」

 

 

「そうだナー。ま、そこら辺はキー坊とアーちゃんと集まって話し合わないと…っと、噂をすればそのアーちゃんからメッセージダ」

 

 

そして、この酒場に二人が来た目的は、あるプレイヤーを交えてあの鍛冶師による武器盗難事件の考察を整理するためだった。

 

ケイはテーブルの上に置かれたジョッキ(中身は水)を持ち、中身を口に含む。

 

 

「…どうやら、向こうもこっちと同じ結論に至ったようダ」

 

 

「…そうか。なら、後は確認だけ、か」

 

 

ケイは一度口から離したジョッキを再び口に付け、呷りながら頭の中にずっと残っている、今はもう帰っていったもう一人のプレイヤーが最後に言った言葉を思い返した。

 

 

『少なくとも…、そうありたいと願ったのだ。このプレイヤーは』

 

 

「…皮肉だな」

 

 

ケイは中の水を飲み干し、テーブルの上に置いてから立ち上がる。立ち上がったケイを見上げるアルゴの視線を受けながら、ケイは続けて口を開いた。

 

 

「勇者でありたいと願った人が…、悪魔の行為に手を出すなんて」

 

 

顔を俯かせながらケイの口から漏れた呟きに、アルゴもまた沈んだ表情を浮かべて顔を俯かせる。

 

 

「…けど、これでもう確定的だヨ」

 

 

「あぁ、わかってる」

 

 

アルゴもまた、ジョッキの中身を飲み干し、ケイに続いて席から立ち上がった。

 

 

「さて、真相を暴きに行こうか」

 

 

会計を済ませ、酒場を出た二人の行先は、第二層の街…タラン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう店じまいか?」

 

 

傍の道の人通りが少ない。今日は誰も来なさそうだ、と考えたその時。ガシャン、ガシャンと重そうな鎧が揺れる音を響かせながらこちらに近づいてくる一人のプレイヤーが声を掛けてきた。

 

全身を鎧で覆い、さらに顔全体を覆う鉄仮面を装備したプレイヤー。顔どころか、素肌すら見えないそのプレイヤーに不気味さを感じながら口を開く。

 

 

「い、いえ!大丈夫ですっ。メンテナンスですか?」

 

 

「いや、強化を頼む」

 

 

鉄仮面の中からくぐもった声が聞こえてくる。

 

強化

この単語を聞いた途端、心の中で何かがずしりとのしかかったような、そんな感覚が襲われる。

 

 

「強化…ですか…」

 

 

「問題か?」

 

 

「っ、いえ!大丈夫です!」

 

 

自分の中の葛藤を無意識に口にしていたのか、表情は見えないが…こちらを見つめてるプレイヤーが問いかけてきた。すぐに取り繕い、武器を受け取って強化作業の準備を…それと共に、武器を立てかけてある板の後ろでウィンドウを開いておく。

 

 

「種類は<速さ>。素材は料金込みで九十パーセントで頼む」

 

 

「それだと…、二千七百コルですね」

 

 

プレイヤーから料金を受け取ってから、手渡された武器をまじまじと眺める。

 

 

「アニールブレードの+6…、試行二回残しですか。内訳は<鋭さ>+3に<丈夫さ>+3。使い手は選びますが、とてもいい剣ですね。…これに、速さが加われば」

 

 

このプレイヤーの要求通りに強化して返せば、どれだけ戦力が増強されるだろうか。

 

ちくり、と胸に何かが刺さるような感覚が奔る。

 

 

「…では、始めます」

 

 

胸の痛みを抑え、炉を燃やす。それと同時にウィンドウを操作して…、手渡されたアニールブレードと登録していたアニールブレードをすり替える。そして炉の中で燃える炎でそのアニールブレードを熱くし、ハンマーを振るって強化作業を行う。

 

十回ハンマーで叩いた、その時だった。強化終了を報せる光が剣から発せられ…、直後、ポリゴン片となって四散した。

 

 

「す、すみません!本当に…すみません!!!」

 

 

これから自分に向けられるだろう怒りを予期して怯えながらも、膝を曲げて座り、何度も頭を下げる。これで相手の怒りが鎮まるとも思えないが、こうしなければ自分の気もすまなかった。

 

しかし、何度謝罪しても相手は何も言わない。暴言を吐くわけでも、悲しみに嗚咽するわけでもない。

 

 

「謝る必要はないよ」

 

 

「は…、え…!?」

 

 

土下座をしたまま震えていると、不意に、どこか憐れんでいるような、そんな声がかけられた。呆然としながら顔を上げると、その直後にプレイヤーが装備していたフルアーマーが外され、代わりに黒のロングコートがプレイヤーの身を包んでいく。

 

 

「あ…え?」

 

 

「わかってみると、案外簡単なトリックだ。だが…、そのスキルをこんな早い段階で取るプレイヤーがいるとは思っていなかったからその発想に至るまでずいぶん時間がかかったよ」

 

 

こちらを見下ろすプレイヤーは、見覚えはあった。最前線で戦う、黒づくめのプレイヤー。いずれ、この人の武器も…と、憂鬱に思ったことを今でも覚えている。

 

だが彼と顔を遭わせるのはこれが初めてだった。それなのに、どうして彼は自分の事を…。

 

 

「こいつ、俺の知り合いなんだ」

 

 

「…っ!?あ、あなたは…!?」

 

 

突然聞こえてくる、目の前のプレイヤーのものとは違う声。すると、その声の主は黒づくめのプレイヤーの背後から現れた。

 

 

「あの時の…!」

 

 

「悪かったな、騙すような真似して」

 

 

それは、今でも鮮明に頭の中で浮かんでいる。これまでで一番、武器を失ってショックを受けていた女性プレイヤーと一緒にいた、あのプレイヤー。

 

 

(そうか…。隠蔽スキルを使って…)

 

 

「クイックチェンジ」

 

 

「!?」

 

 

ここまで姿が見えなかったからくりを見抜いたのも束の間、黒づくめのプレイヤーが口にした言葉、そしてその手に現れた<アニールブレード>を見て、全身が凍り付く。

 

 

「あんたはこの強化オプションを使って預かった武器をストレージにストックしていた同種のエンド品とすり替えた。強化オプションを使うために必要なウィンドウは、その商品の隙間に隠蔽し、Modのエフェクトは炉の光と音でかき消す」

 

 

「それで、俺はあんたと同じ手口を使って武器を取り返した」

 

 

体から力が抜ける。ばれたことに対する恐怖もあるが…、それだけでなく、もう、あんな…プレイヤーの怒りを向けられたり、苦労して手に入れた武器を失うショックを浮かべた表情を見る事はないと思うと、そんなことを思う資格はないのに。ほっと、安堵の念が胸の中で沸いてきた。

 

もう逃げられない。彼らは…多分、この二人だけではない。自分は…もう。

 

だが、追及されるのは自分だけだ。そしてその追及の手を、自分の後ろへはいかせない。自分を見捨てなかったあの人達だけは…、絶対に。

 

 

「署までご同行願おうか」

 

 

こちらを見下ろす二人のプレイヤーを見上げながら、胸に刻み、固く決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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