まだ何話か続きます。
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花火会場のあるマリンスタジアム方面には向かわずスークの前を通って、幕張海浜公園Aブロックのプロムナード地区のほうへと特に目的地もないままゆっくりと進む。
このまま海浜総合高校や若葉三丁目公園周辺のだだっ広い空き地エリアまで行けば、もしかすると人の数も減るのかもしれない。残念ながら、空き地なだけあって食うものも飲むものも店も何にもないけども。
さていろはちゃんはどうするつもりなのかなと、引っ張られながら横顔を見る。他愛もない会話こそしているが口数はさっきまでより減っていて、表情も曇りつつあった。
予想以上の人出などがあったことで、恐らく一色の中で大まかに立てていたであろう予定がごっそりと狂ってしまったのだろう。あるいは、誕生日を祝うという名目で連れ出したのに、全然お祝いムードを作れていないことに焦りでも感じているのか。そこらへんはわからないが、なんにせよ、俺としては祝おうとしてくれたっていう気持ちだけでもありがたい。別にがんばってもらわなくても、十分だ。
それから更にしばし歩いて、京葉線の高架をくぐって南側へ出る。
左手には幕張海浜公園Bブロックのにぎわい広場・大芝生広場ゾーンが広がっている。一色はその園内に向かって進路を変えた。すでに花火見物客で溢れている公園内の通路を警備誘導員たちの指示に従って縫うように抜けて、反対側のマンション街につながる歩道橋へと躍り出た。
ここらは平成に入ってから十数年かけて開発された比較的新しめの居住街区で、中層階建てから超高層階建てまで様々なマンションが整然と並んでいる。確か300メートル四方程度の広さの中、至近距離で千葉市立小学校が三つもあるほどの人口だったか。物件的には千葉県湾岸部でも特出したかなりの人気エリアだ。
西洋風を意識したデザインなのか、どの建物も外観はベージュやブラウンなどの暖色系を基調にしていて、街区内の歩道も暖色系のタイル調に舗装されている。いかにもお高い、小洒落た街並みといった感がある。
そういや雪ノ下の家はすぐそこのタワーマンションだったっけな……、とか考えていると、そこでようやく一色が表情を緩めた。一呼吸してから、俺に声をかける。
「確かそこの先の通り、マンションの道路っ側に面した一階部分がちょっとした商店街みたいになってて、チェーンの喫茶店とかもあるはずなので」
「ほーん、詳しいな」
「つい最近、用事があってこっちのほう来たことあるんです。駅前のお店は混んでても、さすがにこっちはマンション街ですからね。少しは人の流れもマシじゃないかなって」
言われて自分の思い込みを恥じたくなる。
あてもなく歩いているだけのようでいて、一色はちゃんと休めそうな場所を考えてくれていたのだ。
「せっかくのお誕生日祝いなのに、なんかわたし全然だめだめで……。ごめんなさい」
一色は申し訳なさそうに、どこか自虐げな笑みを見せた。
らしくない。……なんて言葉が脳裏に浮かぶ。らしいだのらしくないだの、そんなのは俺の勝手なイメージでしかないのに。一色いろはという女の子が本当はどんな人間なのか全然わかっていないのだから。普段俺が思う『一色らしい』なんていうのは、一色いろはのある一面だけ、あるいは上っ面だけなのかもしれないのに。
「……そういう顔すんなよ。まだ花火始まってすらいないだろ」
それでも、少しだけわかったことはある。
一色いろはという女の子の実態は、俺がかつて一色の一面や上っ面を見て抱いてきた印象とはだいぶ異なっているということだ。
あざといけど、それでいて純粋だ。
可愛い子ぶったキャラを演じずとも、素のままだってすごくかわいい。
俺を誂って面白がっているようにも見えるけど、それでいて真面目に俺を見てくれている。
「それにほれ、あれだ……。デートのとき、女子にそんな表情させる男はあれだ。マイナス1000点くらいだろ。俺はもうそれほど混雑とか気にしてないからよ、いつもみたいにあざとくニヤニヤ笑っとけ」
相手の全てをわかることなんてできないのかもしれないし、わかるための道のりだって途方もないくらい長くて遠いものなのもしれない。
けれども、少しでも、ほんのちょっとでもわかったことがあるのであれば、それをきっかけにもっと多くのことをわかっていけるはずだ。
なればこそ、俺なんかのことをわかろうとしてくれて、俺なんかのために何かを頑張ってくれようとする素敵な女の子が目の前にいてくれているのであれば、なんでもいいからできそうなことをやるべきだ。悲しい顔なんてさせてはいけない。俺も頑張ってやりたい。頑張らなきゃいけない。できないこともいっぱいあるが、できる範囲で、できる限り。
「……そう、ですね。デートのとき、そんなふうに男の子に気を使わせまくっちゃう女子は、マイナス10点くらいかもですね」
「え、マイナス10点? それなんかずるくない? 自分への採点だけ妙に激甘じゃないですかね……」
「そりゃそうです。女の子はずるいほうがいいんですもん」
ずるいにも程がありすぎる主張をしてから、一色はぷっと吹き出すように笑う。
色々なマイナスの感情に引っ張られた表情よりも、やっぱり笑顔のほうが似合っているし、こちらとしても心が落ち着ける。
存外にも、俺はこいつの笑顔を気に入っているらしい。
……そうだな、ならやることは決まりだ。
とりあえず今日のところは、この愛らしい笑顔を曇らせない方向でいっちょ頑張ってみますか。
「いくらずるいほうが女の子らしいからって、今日はずるしてメシ代たかったりするなよ?」
「今日は先輩のお誕生日祝いなんですからそんなことしませんよ。むしろ、喫茶店代くらいならわたしがおごっちゃうまであります」
なんとかテンションを持ち直してくれたらしく、一色は楽しげに俺の腕を引っ張ってすぐ先の交差点の角っこに見えた喫茶店へとずんずん進んでゆく。
次から次へところころ変わる表情や強引なところには少し苦笑させられるが、不思議と嫌な感じはしない。
むしろ楽しさすらあって、ちょっとだけ、幸福だ。
× × ×
多くの花火客ですし詰めな公園からすぐの場所ではあるものの、大通りを隔てた高級マンション街に立ち入るというのは人々の心理にひとつの巨大な障壁として機能するらしい。あるいは駅前とは違って知名度が低く、隠れスポット的な場所になっているのかもしれない。一色の狙い通り、店内はほどよく空いていた。
カウンターで手早く商品を注文して受取り、席に着く。
メニューには色々と魅力的なものがあったが、この後も屋台などを巡る可能性があるし、そもそもここはメシ屋ではなく喫茶店だから色々頼むのはお互い自重。代金は一色が全て払おうとしてくれたが、さすがに女の子に奢らせるのは店員の目も気になってあれなので、割り勘ということにさせてもらった。……まあ今日は元々サイゼでの夕飯を想定していたから、当初と比べて予算的にはちときつくなってしまったけど。
さて、頼んだものはハムチーズサンドとアイスティー、フレンチトーストとアイスロイヤルミルクティーである。
「男の注文と女の注文って感じですね」
一色の言葉通りで、片や堅実にサラリーマンっぽい注文、片や甘くて甘い女子高生っぽい注文だ。
いかにもすぎて、つい笑ってしまう。
「だな。……ちなみにやっぱ、写真とか撮んのか?」
「もちです」
いつぞやのデートの経験から一応念のため聞くと、一色は愛らしく頷いてスマートフォンを取り出した。ぬるぬるくりくりくぱぁと白い国産ガラスマを操作し、暫時ラインか何かを確認してからカメラを起動する。
そういえば今日俺と会ってからここまで、一色がスマホをいじる場面は一度もなかった。まあ、あれだけべったべたにくっついておしゃべりを続けていたらスマホなんて操作する暇はなかっただろうけど。……それだけ、俺と一緒に居るのが楽しいということなのだろうか。そんな余計なことを考えてしまって、むず痒くなった頬をぽりぽりと掻く。
「はい。じゃあ先輩、撮りますからピースです」
一色は自撮りの体制で構えながら、俺にいつぞやと同じことを要求する。
恥ずかしいのでポーズをキメるのはぜひとも遠慮させていただきたいところだが、ここで断ってもどうせ再度要求されるだけなので、恥を忍んで言われるがままにピースをしておく。
ぴったりと肩をくっつけて、瞬間にちゃらり~んとスマホ特有のシャッター音。
すぐさま画面に映し出されたのは、虚ろな目つきで顔を赤らめた変な男ととびきり美少女のツーショットだった。……ねえ、その写真消そ? 削除しよ?
「んふ。よく撮れてます」
どこをどう見ればよく撮れていると思えるのかさっぱりわからんが、まあ一色がそれでいいなら良しとしよう。
……あと、なんでもいいけどそれSNSに上げたり誰かに見せたりするのだけはやめてね! んあことされたら恥ずかしくて引きこもっちゃうよ俺。
「食っていいか?」
「どぞどぞ。わたしもいただきます」
どうにも気恥ずかしくてたまらんので、食って紛らわせることにする。
ひとつつまんで、そっと口に入れた。じわっと染み出すカスタード液の濃厚な甘さと芳醇な香り。続けて冷たいミルクティーをひとくち。やっぱ甘いものは最高だ!
「……ほーんと、いかにも女の子の注文ですよね、それ」
なんかハムチーズサンド片手に呆れながら俺を見ている後輩女子がいるが、知ったこっちゃねえ。ただ食いたいものを食うだけだ。
フレンチトーストやミルクティーの甘いやさしさ、癒やし……。これは塩っぱいものや辛いものではでは代用できないのだ。これで飲み物がマックスコーヒーならなおさら良い。喫茶店の飲み物と違って安いし。
「美味しいですか?」
「おう!」
至福のひとときについテンションが上がり、妙な勢いで返事をしてしまった。
一色は一瞬ドン引きの色を見せたが、すぐに笑顔に変えて言葉を投げる。
「今度、フレンチトースト作ってあげましょっか」
「……え、マジで?」
思いがけない提案に、うっかり乗りかけてしまう。
いかんいかん。普段はクールな俺のくせに、甘いものにころっと釣られるなんて。いや、クールじゃなくて内向なだけだけど。
でもなぁ、なんというかあれだな、なにその垂涎モノの提案。やだ、作ってほしい……。
「ぱぱっと手軽に作れちゃいますからね。作り方も簡単ですし、食べたくなったら言ってくれれば作ってきますよ」
何か交換条件があるってわけじゃない……んだよな?
今日の一色はそういった打算は排して、まっすぐに行動している。ということはつまり、本当に作ってきてくれちゃうということで。
「……なら、今度頼むわ」
「はい!」
明るい笑顔で返事をして、一色は美味しそうにハムチーズサンドをぱくつく。
もにゅもにゅと幸せそうに咀嚼する姿はうさぎやハムスターのようで愛らしく、見ているだけで心が癒される。以前なら一色に対してこんなことは決して思うはずもなかったのに、たったの数時間でこれだ。ちょろいな、八幡……。
存外にも自分自身が心開いていることに気付かされた、とでもいうのか。どうにも不思議な気持ちだった。
× × ×
それからしばし、生徒会の仕事のことや副会長&書記ちゃんカップルのこと、俺の予備校のこと、生徒会の用事帰りに無理くり平塚先生に天下一品を付き合わされたこと、戸部先輩がオタク系清楚女子をデートに誘うコツを教えてくれとしつこい……などなどと、これといった意味もないおしゃべりを続けているうちに、いつの間にか一時間以上が過ぎていた。
時間の経過が、妙なくらいに早く感じる。体感的にはまだ二十分ぐらいなのに。
観測者の主観によって時間の概念は変化する……だったか。去年の夏休みに戸塚と遊んでいた時、そんなことを思った覚えがある。楽しかったなぁ戸塚とデート。フ、フヒッ。
つまるところ、今の俺はこの時間を楽しんでいたのだ。にこにこ笑って色々なくだらん話をする一色の存在が、きっとすごく心地よいのだろう。
「……あ、やば! もうこんな時間!」
たまたま俺の腕時計が視界に入ったらしく、目を疑うように文字盤を見てから一色は席から飛び上がった。
花火大会の始まりまであと一時間。場所を探すにはちょうどよさそうな頃合いだが、かといって驚くほどのことでもない。
どうしたのかと訝しんでいると、一色が俺の肩口をくいくいと引っ張る。
「先輩、そろそろ行きましょ」
「お、おう……」
そんなに急がなくてもいいだろうに……。
別に、花火を打ち上げ場所の至近で見る必要はない。人が少ない場所なら、海浜総合高校周辺の空き地でもいいんだけど。
まあ、一色も何か考えていることがあるのかもしれないし、おまかせしてついていくことにする。
トレイを返却して、店の外へ出た。
「う、うわ、暑っちいな」
「うーん、まだまだ暑っついですね」
高い湿度とむわぁっとする熱気に、二人揃って同じ感想を漏らす。
さすがに八月なだけあって、一八時半にも関わらず空はまだわずかに明るく、蝉の鳴く声も騒がしい。この蒸し暑さは、陽が完全に落ちてからもしばらく続きそうだ。
このまま踵を返して店内に戻りたいってちょっとだけ思っちゃうぞ。戻らないけどさ。
「こっちに行ってみましょう」
もうこうするのが当たり前であると主張するかのように左腕を俺に絡めた一色が、スクールバッグを持った右手で東のほうへ続く道の先を指差す。海浜総合や若葉三丁目公園がある方角だ。
「おう、エスコートはまかせるぞ」
「まかせてください!」
冗談半分で言うと、一色は自信ありげな笑顔で返した。
はてさて、一体どこへ連れて行ってくれるんでしょうかね。なにげ色々と考えてくれているらしいから、楽しみしておくことにしましょ。
「この時期の日没って何時くらいでしたっけ」
「そうだな……。確か夏至から七夕あたりが一番長くて十九時くらいだから、今日あたりならもうそろそろじゃねえか?」
「ならすぐに真っ暗になりますね。……花火、すっごく楽しみです」
愛する恋人にでも語りかけるように、柔らかな声音で一色は話す。
今の俺たちは、きっと誰が見ても恋人同士らしいと思ってしまう雰囲気をしているはずだ。その実態はどうあれ。俺が自意識過剰なだけかもしれないけど。
もしも一色が恋人なら、毎日こんな甘いのだろうか。それはそれで疲れてしまうような気もする。こいつ俺よりずっと元気で明るいし。
もしも今ここで告ったら、どうなるのだろうか。もしかしたら、もしかすると――。
……うわ、気持ちわりいな俺。なに考えてんだ。
かわいい女の子を右手に侍らせてるからって、身の程知らずにイキってやがる。恥ずかしいやつだまったく。
ぶつくさぶつくさと自分自身を批判して、緩んだ心をしっかり引き締める。俺の役目は甘ったれることじゃない。甘やかしてやることだから。
「あ、ここを左ですね」
「え、曲がるのか?」
「はい。あっちなので」
喫茶店のある角っこから一つ行った交差点まで歩いたところで、突然一色が進む方向を変えた。信号を渡って、歩行者専用の並木道へと進もうとする。
公園は今の道をまーっすぐ行って京葉線をくぐった先でしょ、そっち行ったら混んでる駅のほうへ逆戻りなんだけど……と困惑しながらもついていく。
歩きながら見上げれば、このあたりの住居物件で最も背とお値段のお高いタワーマンションが聳え立っている。確か十五階に雪ノ下が住むあそこだ。お向かいの棟が十三、四階建てだから若干視界が遮られるかもしれないが、そこに目を瞑れば絶景のはず。もしかするとあいつも今日は花火を自宅からのんびりと見物……。
……ひっかかる。
どこへ行くのか知らんが、わざわざ雪ノ下のタワマンの真ん前を通る必要はあるのだろうか。っていうか、そういえば今日学校で一色はこんなことを言っていたな。『特等席』と。
「ここです」
誇らしげに設置された『CENTER GARDEN NORTH Makuhari Garden Tower』という大きな銘板の前で、一色はぴたっと足を止める。
目の前には数段の階段と、その先にガラス張りの自動ドア。かつて一度だけ入ったことのあるエントランスだ。
「入りましょ」
「……おい、ちょっと待て」
ぐいぐい引っ張ろうとする一色を逆に引っ張って留める。
「ここ、雪ノ下ん家だろ?」
「はい」
「え、なに、じゃあお前もしかして、実は最初からここが目的地?」
にっこり微笑む一色に問いかけると、少し驚いたような表情を返されてしまった。
「あれ? ここらへんうろついた時点でとっくに気づいているかと」
「こりゃどういう余興だ……」
疑問が色々と浮かび、次いで呆れる。
いくらちょっと強引な節のある一色いろはといえども、アポなく突然雪ノ下の自宅へ押しかけるなんてことはありえない。こいつ本当はしっかり者で常識的だし。ついでにいえばちゃっかり者ではあるが。だからつまり、元々今日は雪ノ下の家で花火観覧会でもする予定があったということになる。
……ひどい! 由比ヶ浜も雪ノ下もそんなこと言ってなかったのに! いや、言ってないも何も、それぞれの都合があって夏休みに入ってから一度も顔合わせてなかったから当然だけどさ。
「まぁまぁ、そこらへんはお気にならずに~」
一色が俺の腕をぱっと放して背後に周り、背中に手を当て力を入れてくる。気にするなって言われたってよ、気になるでしょ……。
ずりずりと押っぺされながら、戸惑ったまま自動ドアの向こう側へと足を踏み入れる。高級シティホテルのロビーよろしくソファやテーブルがいくつも用意されたラウンジ横目に見ながらエントランスを進み、インターホンの前に立った。
一色もすでに何度か訪れたことがあるようで、慣れた手つきで部屋番号を入力して呼び出しボタンを押す。
わずかな時間を置いて、インターホンのスピーカーから凛とした声が聞こえた。
『どうぞ』
「はーい」
浮わついた萌えボイスで答えた一色は、俺の手を引いてエントランス・ロビーと居住者エリアを区切る自動ドアへと進んでいく。
かつてここに訪れた時、このオートロックの自動ドアを開けさせるのには少し苦労したものだったが。それが今日はこんなにあっさり。うーむ……。
「十五階です」
「ん」
エレベーターは一階で待機するよう設定されているのか、全く待つことなく乗ることができた。指示通りに十五階のボタンをぽちり。動き出すとパネルに表示された数字はあっという間に増え、すぐに15に到達する。
扉が開いてエレベーターを降り、内廊下へ。
そこで一色が、ゆっくりと手を離した。
だらんと垂れ下がった俺の腕を名残惜しそうに見ながら、小さな声で問いかけの言葉を零す。
「今日の
スクールシャツの胸元に手を当て、不安と寂しさが綯い交ぜになった視線で俺を見据える一色は、ひどく儚く今にも消え入りそうなほどだ。
まだ花火は始まってすらいない。なのに、一色はここで『終わりであること』を告げているのだ。きっと、二人っきりで過ごす時間の終わりを。
「……ま、よかったんじゃねえの」
なんかいい感じのことを言ってやろうかとも思ったが、俺には似合わん。
ぶっきらぼうな言い草になってしまったけど、嘘偽りはない素直な気持ちだ。一色と一緒にいて楽しかったし、なんか得体の知れない幸福感もあったし、色々な面に気付かされることもあったし、なにより、いくら俺といえど、こんなにかわいい美少女にべったべたくっつかれ甘えられて幸せじゃないわけがなかろう。一応これでも思春期男子やってんだから。
じわりじわりと、俺の心を侵蝕されるこの感じ、なぜだか全く嫌じゃない。いつの間にかノーマルエンドくらいまで攻略されてしまっている感じだけど、それでもいい。むしろこのままグッドエンドでもベストエンドでもなんでも、なるようになれだ。
だからこれは、嘘じゃない。偽りじゃない。一色にも色々と不手際があったけど、そんなもんこいつのかわいさを前にすればもう気にならない。
素直に、よかったと思えたのだ。これで終わりになってしまうのが寂しくて、辛くて、手放したくないくらいには、よかった。
「なら、点数、ください」
なおも一色は潤んだ瞳で答えを待っている。
俺なんかが人様を点数で評価するなんて、あまりに申し訳がなくて仕方がない。けど、一色は待っているなら。
「100点満点からの減点方式で、あれだな。色々と強引すぎるところがマイナス10点。普通に二人で遊ぶだけかと思ったのに、実は最初から何か目的があったのを隠してたって部分でマイナス90点だな」
「0点になっちゃったんですけど……。まさか、いつかの仕返しですかそれ」
むっとした様子で、鋭い視線を投げつける。
悲しげな表情より、そっちのほうがマシだ。かわいい笑顔ならなお良し。
「けどまあ。楽しかったから、おまけで100点やるよ」
いつか向けられた台詞を借りて、答えてやる。
あのときもらったおまけは10点だったが、今回は大盤振る舞いで100点あげてやっていい。
こんな点数小町でも出せないぞ。喜べ。
「……ありがとです」
回答を噛みしめるように一色は何度も頷き、やがて勢いを取り戻したようにくすくすと笑う。
「先輩も。なんだかんだでちゃんとわたしについてきてくれましたから、今日は100点満点にしてあげます」
「すっげえ甘い採点だな、お前」
「えー、わたしはいっつも超厳しい採点基準ですよ~?」
「そうかい」
超厳しい採点基準なのに、ー400点から一気に大量加点されて100点満点。その心は……。
わからないはずがないが、それは今は置いておく。
きっとまた、二人でどっかに行くこともあるんだろうし、急ぐ必要もない。これからも共に時間を過ごして、もっともっと知って、わかっていければいいのだから。
後編の1へ続きます。