作者自身、読み直して「なんだこれ」な作品と言わざるをえないような。恥ずかしながら、すみません。
なので、丸々一年後の2017年4月16日にちょっとだけ改稿してみました。……が、基本的には元の作品のままですので、またいずれ内容を正していければいいなと。
八幡がいろはすのブレザーとカーディガンに興奮するおはなし。
『つまりだ、制服を着ている一色は最高ってことじゃないか!』
「……ブレザーがある」
土曜日。
勤勉なのかなんなのか、休みなのに生徒会の仕事があるらしい一色から個人的に手伝いを依頼されてしまったので、こうしてわざわざ登校して生徒会室へやってきた訳だが。
あろうことかその一色がいないし、それどころか誰もいなかった。
まあ、もともと俺も今日は一色に大事な用事があったし、別に良いんだけどさ。でも、自分から呼び出しておいて居ないってどういうことよ。
鍵はちゃんと開いていたし、蛍光灯もついているし、机の上にスクールバッグが置かれていて、椅子の背もたれにはブレザーとチェリーレッドのカーディガンがかけられている。襟の前合わせとサイズ的に、女子用のものであることは間違いない。そしてこの色のカーディガン。持ち主は恐らく一色だろうと思うんだが。
平塚先生から呼び出されて席を外しているとか、トイレにでも行っているとか、まあそんなところだろうが、訪ねていきなり誰もいないっていうのはちょっと気が抜けるな。
椅子に座って待っとくか。
うん。
しかし、なんつうの?
これって、ただの布地なのに妙に気になるよな。
別に誰彼構わず女子の制服ならなんでも興奮する変態男って訳じゃないぞ? 以前、由比ヶ浜と雪ノ下が部室を立った時にブレザーを脱いでいったことがあったが、その時はそれほど特にはエロい気分にはならなかったし、一色だからこそ気になるっていうかだな。
それにほら、制服っていうものに興奮してるわけじゃなくて、どっちかっつうとアレだよアレ。好きな女子のリコーダー舐めたり、好きな女子の体操着を盗んだり的な?
うっわ、なに言っちゃってんの俺。より最低だからねそれ。
一応断っておくが、俺にはそういう経験はないぞ?
単にあれだよ、あれ。あいつあざといけど見た目はめちゃくちゃ可愛いし、年頃の女の子らしいあどけないスタイルもなんかエロいし、俺にベタベタ甘えてくれるし、最近はあざといところも可愛いとか思えるようになっちゃってるし。わかるだろ?
って、誰に言い訳してるんだよ俺。
あー。にしても、なんでこんなに俺を誘惑してくるんだこの布地は。
触っちゃうか?
いやいや待て待て。ダメだろ。もしバレたら確実に一色から嫌われるし死ぬ。社会的な死じゃなくて俺が自殺するって意味で生物学的に死んじゃう。
だが、一色のブレザーやカーディガンを好きなだけ触れるチャンスなんて、これを逃したら二度とあるかわからないよな……?
待て待て、ほんと待て。落ち着け落ち着け。一色の制服なんかに興奮するな。俺が好きなのは一色の制服じゃなくて中身だろ?
いや、やっぱ制服も大好きですねぇ、はい。
あ、ということはつまり……。
つまりだ、俺にとって〝制服を着ている一色〟は最高ってことじゃないか!?
いかんまずい。変な気分になってるからテンションがおかしくなった。
だいたいあれなんだよなぁ。何度も何度も振り回されているうちにいつの間にか一色のこと気になっちゃってたし、告白事件とかデートとか編集者の話とかチョコレート間接キス事件とか色々ありすぎて一色のこと意識しまくりだよなぁ。ブレザーだけでも興奮できるわ。いくらなんでもちょろすぎだろ俺。理性はどこへ飛んでいったんだよ。
それにしても……。
それにしても、だ。
好きな女子の制服ってマジやばいっすね。
すまん小町、お兄ちゃん誘惑に負けちゃいそうだよ。というか負けました。
「ちょ、ちょっとだけなら」
誰に言い訳するでもなくそう言いながら、一色のブレザーやカーディガンが掛けられている椅子に近づいて、そっとそれをまとめて手に取る。
…………なんだこれ。ほんと、やばいなこれ。ただ手で持ってるってだけなのに、これ興奮するなんてレベルじゃないぞ。
しかも、まだ脱ぎたてほやほやなのか、カーディガンなんてほんわりと温もりが……。
もしかして、これがあれか。一色の言うところのふくよかな癒やしってやつか。別にあいつふくよかではないけど、だいたいわかった! 癒やしなのに興奮って言葉おかしいけどね。
せ、せっかくだし、匂いとか嗅いでみるか?
いや、さすがにそれは。
だが、今なら誰も居ないんだし、今のうちなら、一瞬なら……。
しばし欲求と理性で戦った後に欲に完敗し、布地に顔を埋め擦りつけてみる。
俺は誰かさんの言う理性の化物なんかじゃなかったらしい。あっさり崩壊。
まずはブレザーの上から。すんすんと鼻を鳴らすと、ほんのちょっといい匂いがした。だけど、繊維や構造のせいでやっぱ生地固い感じがするわ。肌触りも決して良いわけじゃないし。
ブレザーをめくって、やわらかなニットカーディガンの胸元に頬ずりする。
「……なんだこれ、超いい匂いする」
これがワイシャツ越しに移った一色いろはという美少女の体臭なのか、それともボディーソープとアナ イのフレグランスの香りが混ざりあったものなのか、あるいは一色の部屋の匂いをニットの生地が吸ったものなのか、女子と恋愛関係になったことのない俺にはさっぱりわからず説明も難しいが、どこか優しげで甘い感じの香りがたっぷりと俺の鼻孔に広がった。
さらに、いつも一色がたるっと余らせている萌え袖にも鼻をつけてみると、その袖先から一色が愛用するハンドクリームのシトラス系っぽい匂いがほんのりとする。
……こ、これ依存性高いな。
やべえわ。っべー。マジっべー。戸部語が感染っちゃうくらいマジっべーわ。
毎日っつうかずっとこの匂い嗅ぎ続けていたいこの香り! そのくらい依存性あるぞ。これはアレだな。一色いろはの匂いを禁止薬物に指定すべきだなこれは。
つうか俺、一色の匂いで興奮しすぎて本当にやばい。我が息子もガッチガチになってるのが感覚でわかる。もうフルパワー状態。
もっと堪能しよう。堪能しちゃおう。
――と、思った時だった。
カシャという、カメラのシャッター音のような乾いた音が生徒会室の入口のほうから聞こえた。続けてドアが開かれる音。
え、カシャ? カシャってなに。待っ、嘘……だろ?
恐る恐るゆっくりと振り返って、音がした場所を見る。
すると、ワイシャツ姿の一色いろはが、にっこにこなあざとい笑顔でスマホを手にして立っていた。
「せーんぱいっ! なにしてるんですか~?」
お、おおお……、おああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!
ど、どうするんだよバカ! バーカバーカ! 死ぬ! これはもう死ぬしかない。いや、まだ間に合うかもしれない。なんとかはぐらかそう。って、なんて言って誤魔化すつもりだよ! 誤魔化せねえよ!
「な、な……なんでもねえ、ぞ?」
「そうですかー」
一色の視線は俺の手元に向いていた。
うん、完全に持ってます。俺、一色のブレザーとカーディガンを手に持ってますね。
「あ、そうだ先輩。今わたし超面白い写真撮ったんですけどー、見ますかー?」
「消してください! 許してください! なんでもしますから! どんな言うことでも聞きます!」
ブレザーとカーディガンを椅子の背もたれに掛けてから、速攻で頭を下げた。
だって誤魔化せないもん! もうどうにもならないから、謝って謝って謝ってなんとか許してもらうしかねえから。
「なんでも……? どんなことでも聞いてくれるんですか!?」
顔を上げると、一色の嫌らしい笑み。
これはあかん。でもしょうがない。俺が悪い。全面的に俺が悪い。
「先輩、今日って何月何日だかわかります?」
「何月何日って……、四月十六日だろ?」
そう。今日は四月十六日、一色いろはの誕生日。
俺が土曜なのに一色の手伝いを頼まれたのも、用意していた誕生日プレゼントを渡すのにちょうど良かったからなんだが……。
死んでいいですかね。気になっている女子の誕生日に、とんでもないことをして、とんでもないところを見られたわけで。控えめに言って死ぬしかないマジで。
「はい正解です。今日は四月十六日、わたしの誕生日です」
「そう、だな」
「……ところで先輩、どんなことでも聞いてくれるって言いましたよね~?」
「お、おう」
とんでもないこと言っちゃたよね俺。
撤回はできないよな? というか撤回したら俺死ぬしかなくなるよな……。
「じゃあ、まずひとつ目なんですけど、なんでわたしのブレザーとカーディガンにいたずらしてたのか正直に話してください。理由によっては許してあげてもいいですよ?」
ひとつ目? え、お願いっていくつもあるの? なにそれこわい。
それにだいたい、正直になんて言えるわけねえだろ……。黒歴史増えちゃうし。あ、もう既にこれが黒歴史だわ。
返答できずに黙っていると、ジトっとした視線で睨みつけられてしまった。
「……先輩、まさか話せないくらい変態で最低な理由なんですか?」
「そ、その、なんだ? なんつうか、アレだよアレ……」
「アレじゃわからないんですけど……」
もう、言っちまうか。
嘘をついたってよほどのことじゃ納得してもらえないだろうし、どうせ嫌われるなら、いっそのこと開き直ってから嫌われたほうがいい。
「……大好きな女子の制服が目の前にあったら、いたずらしたくなるだろ」
俺が意を決してそう言うと、一色は驚いたように目をぱちくりと瞬かせた。
「は? え、だいすっ? え? あ、あの……だ、大好きって、わたしがですか?」
「他に誰が居るんだよ」
「わ、わかりました。そうですね。大好きな人のなら仕方がないですね」
「そうだな……。仕方がない……のか?」
いやいや、仕方がないで片付いちゃうのかよ。一色は俺みたいな奴に制服をクンカクンカされても気にならないの? それとも一色も好きな奴のブレザーとか置いてあったら匂い嗅いじゃう変態さんなの?
「仕方がないです。仕方がないですから、彼女になってあげます。いまこの瞬間から、先輩はわたしの彼氏になりました。彼氏になったからには、ちゃんと彼女を愛する義務と責任があります。わかりましたか?」
「お、おう……。え?」
「それで、ふたつ目のお願いですけど、先輩の十八歳の誕生日、わたしを比企谷いろはにしてください。先輩が一色八幡になるってパターンでも超おっけーです。そういうことなので、これからよろしくおねがいします」
一色はそう言うと、ぺこっとお辞儀をした。
え……? ちょっと待って、どういうことよ。一色の彼氏になっちゃったの俺。しかも結婚まで話が進んじゃってない?
なにかの冗談? ドッキリ的な? 違うか。むしろ一色をドッキリさせたのは俺だわ。クンカクンカ見られてるし。
いや、ほんとなにこれ。全然わかんないし、頭が追いつかねえんだけど。
「お、お前さ、……葉山は?」
「……先輩、それ、本気で言ってます?」
つい口からこぼれた俺の問いに、一色は冷たさすら感じる声音でそう投げかけてきた。
その答えは、俺も薄々わかっていた。口では葉山先輩葉山先輩と言いつつも、なぜかずっと俺に過剰なほどべったりくっついてきていたし、それに確かマラソンの頃からだったか、三浦を後押しするかのような行動をとるようになっていたし……。
――あれくらいのほうが張り合ってて楽しい、だっけか。
でもなぁ……、だからってなんで俺と結婚する方向で話が進んでるんでしょうか。この子って、以前から俺のことが好きだったの?
となると、張り合ってもしょうがない相手っていうのは、もしかするとあいつらのことを指していたんだろうか。
やっぱり一色ってよくわからん……。一色のことを信じたいし理解したいしわかりたいんだが、こいつは仮面を被りすぎてて全然わからん。
いまの、このやりとりすらも、なにかの冗談じゃないかと不安になっている俺がいる。
あんな最低な行為をして、それを見られてしまったのに、なぜか嫌われるどころか逆に嬉しい方向へ話が進んでいるとか、いくらなんでも俺にとって都合が良すぎる。
「これってある意味最高のチャンスですし、いま行かないならいつ行くんだって感じじゃないですか……。まあ、先輩にはさっぱり意味わからないかもですけど」
自分自身に聴かせるように小さく零した一色だが、呆れたと言わんばかりに大きくため息をついて話を切った。
少し経って何かを思い出したように、拳を握った右手で左の掌をぽんっと打つと、今度は首をちょっと傾げて、唇に人差し指を当てる。
「そうだ。三つ目のお願いなんですけど……。先輩、誕プレください!」
あ、あざとい。こいつやっぱり超あざとい。でも超可愛い。
っていうか一色、いくつお願いするつもりなの。もしかしてこのまま一生お願いを聞き続けなきゃいけない系なの? 奴隷なの? 許してくれたんじゃないの?
「一応、持ってきてるけど」
「えっ!? ま、マジですか? 持ってきてくれたってことは、わたしの誕生日覚えててくれたんですか?」
「そ、そりゃ、好きな女子の誕生日くらい……」
言うと、一色は頬を赤く染めて俯いてしまった。
「……なんですかそれ。せんぱい、あざといです」
「あざといって、それはお前のことだろ」
どうせ後で渡すつもりだったし、せっかく要求されてるんだから、今渡すことにした。
自分のスクールバッグを開けて、中から赤い紙でラッピングされた箱を取り出し、一色に差し出す。宝石や指輪を入れるような小さな箱だ。
「……開けてもいいですか?」
「いいけど、引くなよ?」
ラッピングの紙を破かないように丁寧に外し、小箱の蓋をゆっくりとあけた。
その瞬間、一色の口元が少し緩んだような気がする。
「うっわ……、超めっちゃ引きました。これはマジないです」
うん、そうだと思ったんだ。
彼女でもない女子にこういうプレゼントを贈る男とか、普通に考えて超キモいもんな。だけどな、つい、お前に贈るならこれが良いんじゃないかと思っちまったというか、これ以外なにも思いつかなかったんだよ。
あ、いまの一色はもう俺の彼女なんだよな? だったら別に問題ない、のか? いや、やっぱり大有りだわ。
「や、やっぱそうだよな。取り消しで」
新たな黒歴史の誕生が恥ずかしくなって、俺が取り返そうと手を伸ばすと、一色は小箱をぎゅっと胸元で抱きしめた。
「や!」
「や、ってお前……」
「先輩がくれたプレゼントなのに、返すわけないじゃないですか。わたし先輩の彼女ですし、それにぶっちゃけ、大好きな人から身に付ける系もらえるのは超嬉しいことなんで」
だ、大好き?
え、これって要するに〝一色いろはは比企谷八幡のことが大好き〟っていうことで間違いなく正解なんだよな……? 俺の痛い勘違いとかじゃないよな? あんな姿を見られたのに? わかんねえんだよ怖いんだよ失敗するのが。
それにまあ、返されても困るしな。俺は使えないし、穴開けるつもりもないから。
やっぱりいまいちよくわからんけど、一色にこうして嬉しいって言ってもらえるなら、俺も嬉しいというかなんというか……。
「着けてみてもいいですか?」
「お……おう」
一色は小箱を机の上に置くと、スクールバッグの中からメイクポーチを出して、中からコットンと小さなスプレーを取り出した。シュッとコットンに一吹きすると、小箱の中に収められていた金属を摘みあげて拭き、そしていま着けているものと片耳ずつ交換していく。
それが両耳とも終わってから、左耳に掛かった髪を手でかき上げるようにして、ちょっとはにかみながら俺に見せびらかした。
「どうですか? ……似合ってます?」
三ミリほどのボールピアスが、部屋の灯り受けてきらと輝いていた。
ほんとこいつ、悔しいくらいピアス似合うよな……。
「ああ、似合ってるぞ」
「あぅ……。やっぱりずるいですよ、せんぱい……」
ぽしょぽしょと小さな声で言いながら、再び顔を真っ赤に染めて俯けてしまった。
そんな姿を俺に見られているのが恥ずかしくなったのか、一色は慌てて椅子に座ると、さっきまでつけていた白いボールピアスを小箱に入れて、ポーチと一緒にスクールバッグにしまって、ラッピングの紙を綺麗に畳み始めた。
なにをするのかと思って見ていると、スクールバッグの中から生徒手帳を取り出して、小さく畳んだ紙を大切そうに挟んだ。……別にそれはとっておかなくてもいいんだけど。
「先輩……。わたし、このピアス大切にします。ちゃんと毎日着けます」
「あ、いや、別に無理に毎日着けなくてもいいんだぞ?」
「えっ、先輩がわたしにピアスを贈ってくれたのって、お前の身体は俺の棒が一生貫き続けるぜ~ぐへへ的な意味じゃないんですか……?」
どんな意味だよそれ。ぐへへってお前変態かよ。こいつってほんとよくわからんな。
いや、まあ確かにピアスだから耳たぶを貫いてるけどさ、その言い方だとアレがアソコを貫いてる的な感じになってないか?
やばい、またちょっとエロい気分になってきた。やばいやばい。
「先輩、どこ見てるんですかね。目つきがエロいんですけど……」
「へっ? いや、べ……別に、どこも見てないけど?」
どこも見てないならなんで声が裏返ってるんですかね俺。
はい、完全に一色の太腿というかスカートというかそのあたりを見てました。
だいたい、お前がそういうことを言いだしたら意識しちゃうでしょ……。
そういえばアレだな。一色のワイシャツ姿を見るのって初めてだよな。なんというかアレですね……。うっすらと淡いピンク色のブラが透けて……。
思っていたより意外にありますね。はい。
「先輩、目がやらしいです。目がえっちです。そんなに、したいんですか?」
「え? したいって、なにを」
「あれに、決まってるじゃないですか……」
顔を赤らめたままの一色は、自らの身体を大切そうにぎゅっと抱きしめると、上目遣いで俺をじっと見つめてきた。
あれって、アレだよな? 話の流れ的に。
いや、ここ学校だし生徒会室だし、それに俺らっていまさっき付き合い始めた(?)ばっかりだし、それに避妊具とか俺持ってないし。
で、でも。一色が良いと言うならば……。
「……せんぱいがしたいなら、わたし、いい……ですよ?」
緊張で手が小さく震え、生唾をごくりと飲み込んでいる自分に気がついた。
こ、これはもう、誘ってくれてるんだから、男としては勇気を振り絞るしかない。
「お、おう」
ダメ押しの言葉に俺はつい欲求に負け、流されるように頷いた――のだが、それを聞いた一色の口元はなぜかニヤッと歪んだ。
……あ、あれ?
「え、一色?」
ガタッと音を立てて一色は椅子から立ち上がると、近くの棚の上に山積みになっていた書類を持ち上げ、机の上、それも俺の目の前にどんと置く。それを続けて三回繰り返した。
ちょっと待って、おかしくない?
え、いまのってわたしとセックスしましょう的なお誘いじゃないのん?
「じゃあ先輩、この四つお願いしますねー。あと、一色じゃなくてちゃんと名前で呼んでください。先輩わたしの彼氏になったんですよね~?」
「あ、ああ……。え、これ、この大量なの俺がやるの?」
ちょっと多すぎじゃない? これ一人でやる量なの?
「はい。わたしはあっちの書類が大量にあるので、先輩はそれを整理してください」
一色が指差した先、少し離れたところにある棚の上にも、同じくらい山積みにされた大量の書類がある。
いや、多すぎでしょ。なんでこの生徒会こんなに書類多いの。まだ年度が始まったばっかりだから?
「なあ、そういえばさ、他の役員ってどうしたんだよ。本牧とか藤沢とか稲村とか」
「今日は呼んでるわけないじゃないですかー」
え、なんで決まってるの? こんなに仕事があるのに? 八幡ちょっとそれ理解できないかもしれない。
「わたしの誕生日、せんぱいと二人きりになりたかったんです。ほんとは今日、わたしから先輩に告るつもりだったので」
自分のぶんの書類を取りに棚へと歩いて行った一色は、俺に背を向けたまま言った。その表情がどのようなものかはわからない。
だが、書類の山を抱えてくるりと振り向いたときには、今までに見たどんな表情よりもあざとい、とびきりにいたずらっぽい満面の笑顔で、そしてこう言ってのけたのだった。
「全部終わったら、……後でいっぱい、ご褒美あげてもいいですよ?」
了
お付き合いいただきありがとうございました。
次話からは、通常の短編各種となります。