小町へのプレゼント選びを手伝ってくれたお礼に、ちょっと奮発したプレゼントを贈ろうと思い立ったけど、やっぱりなにを贈ればいいのかわからなくて悩む、そんな八幡です。
誕生日。
人がなぜ誕生日というイベントを祝うのかは知らないが、誰であれ自分が祝ってもらえるのであれば、多少なりとも嬉しい気持ちになれるのではなかろうか。
ま、他人にとっての誕生日がどういったものなのかは、ぶっちゃけこの際どうでもいい。俺にとって重要なのは、俺に親しい人物の誕生日のみだからな。
さて、先月三日は我が愛すべき妹・小町の誕生日だった。
直前も直前は誕生日前日まで何を買えばよいものやら全く思いつかず、誕生日祝い兼高校入学祝いのプレゼントを見繕うことができずにいた情けない俺だったが、恥を忍んで一色いろはに相談してみたところ、彼女のサポートの甲斐あって無事に乗り切ることができた。一色の見立てどおり、人気ブランドのスクールカーディガンは女子の心をぐっと掴むものだったようで、以来今日まで小町はとってもご機嫌な様子。おかげさまで兄妹仲も好調好調、絶好調だ。
ともあれば、一色にお礼を兼ねて何かするべきなんだろう。ちょうどその一色の誕生日が目前に迫っていて、タイミングも抜群。ひとつ問題があるとすれば、どんなものを贈ればいいかということだな。
単なる先輩男子からのプレゼントと考えるなら、ぱっと思いつくものはけっこうある。例えば、勉強が捗る便利アイテム各種とか、お勧めの参考書とか。しかし、これではダメだ。一色はもう単なる後輩ではなく、それなりに親しい距離感となった愛すべき後輩であって、お礼も兼ねた品なのだから。
それを踏まえて思い浮かんだものもある。ティーカップだ。
一色はいつのまにやら奉仕部室のマスコット的存在になっていた。もうあいつはお客様ではなく、いわば準・奉仕部員とでも言えよう。だが、それくらいの頻度で入り浸っているにもかかわらず、未だにひとりだけ紙コップを常用しているのはもったいないし、なにより仲間外れ感が激しい。書類上ではもちろん部員ではないわけだが、現実的には一色いろはもう奉仕部の一員、俺の大切な後輩だ。ティーカップくらいあってもよかろう。
ところが、これには大きな問題がある。
何が問題かって、ティーカップは雪ノ下と由比ヶ浜が二人で一緒に選びそうな気がする。たぶん来週、部活終わりに奉仕部で誕プレを買いに行くことになるだろうし。だから今、俺が先回りして買ってしまうのはよろしくない。
うーん、二ヶ月も連続してプレゼント選定で頭を悩ませることになろうとは。
リビングダイニングの食卓で深く腰掛け、うんうん唸りながら頭を悩ませてみる。
うむ、さっぱり全く思いつかないな。
困ったなぁ。誕生日プレゼントねぇ……。
うーん、うーん……。
一色いろはが好きそうなもの。
一色いろはというか、偽装ゆるふわ系女子高生が好みそうなもの。
……光り物?
それなり以上にお値が張る指輪とかネックレスとか、そういう系統? なんなら、純金のぶっとい延べ棒とか巨大ダイヤモンドとかあげたら、目をきらっきらに輝かせながらめちゃくちゃ喜びそう(偏見)。というか、そんなの俺でも舞い上がるし、むしろ俺が欲しい。
ぱっと思いついたのはこんなもんだが、まずそもそも男がアクセサリー的なものを買って贈っても、嫌がられずに受け取ってもらえるもんなんだろうか。勘違い野郎とか気持ち悪い奴って思われたら嫌なんだよなぁ……。
こういうとき、小町でも居てくれりゃ何かしら相談もできるんだろうけども、生憎あいつは先日入学式を迎えたばかりで、今日は高校に入学して初めての週末。さっそく仲良くなった同級生たちとお買い物やカラオケにでも行くとかで、朝早くから渋谷だか原宿だかのほうへ出かけてしまった。残念ながら頼ることはできない。
……そうだな。頼れない以上、ぼやっとしていても仕方がない。
とりあえず街にでも繰り出して、女子高生が欲しがりそうなものでもリサーチしてみますかね。そんでもって良さげなものがあったら買ってしまおう。
休日に出かけることは得意ではない。なんなら休日とは家でごろごろするためにあるもので、わざわざ好き好んで出かける奴らの気が知れない。……とでも普段なら言っているところだが、今日は不思議と足腰が軽やかだ。さっそく外行きの服に着替えて、財布とあいぽんだけを持った身軽な装備で家を出る。
× × ×
たまには電車で行こうと、自転車は乗らずに住宅街の道をのんびりと。名も知らぬご近所さん邸宅の庭で咲き誇る染井吉野はとても美しく、春のぽっかぽかな日差しにメジロのさえずりが心地よい。春ですねぇ。
ちょろっと歩いて、JR幕張駅に着いた。
切符を買うべく券売機の前で財布をゴソゴソやってみるが、小銭がなかった。紙幣を崩してしまうのももったいない。どうしようかと一瞬考え、まだSF残額が残っているはずのICカードを使うことにする。
SuicaならばSuicaならば問題ないっ♪ とばかりに、スイッピッと改札ラッチを華麗に通り抜ける。と、ちょうど到着したところだったのか、秋葉原・三鷹方面行きの発車メロディが耳に届いた。エスカレーターを少し早足で昇って手近なドアから乗り込む。少しの間を置いてドアが閉まり、ぐぐっと電車が動き出した。
平日の朝方や高校下校時間は混み合う都心方面行きだが、休日昼間ともなれば車内はガラガラだ。せっかくなので座らせてもらう。
さて。
都心方面へ向かってこそいるが、どこへ行くかは決めていない。なんなら何も考えてないまであるわけで。電車賃も馬鹿にならないから都内までいくわけにもいかないし、テキトーな駅で降りてあてもなく何時間もうろつくのはアホらしいし。とりあえず津田沼か船橋あたりで降りるとして、今のうちに情報収集でもしておくか……。
スマホを取り出し、ブラウザを立ち上げる。
[女子高生 誕プレ ][検 索]
――といった感じで検索窓にテキトーな語をつっこんで、検索ボタンをタップすると、すぐさま結果が表示された。テキトーにリンクをタップして開いてみる。
おーん、なになに……?
『絶対恋愛成就! ケンケンのプレゼント選び〝成功〟体験記‼』
このブログではトップリア充になるまでの道のりを、順を追って綴っていきます!
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お、おう……。君、就職体験記に飽き足らず恋愛コラム記事まで手を出してたのね……。
見える、見えるぞ。成功体験記のはずが全然成功せず、読み進めるに従って内容が薄っぺらく、そして悲惨になっていって、最終的には相手や周囲の対する暴言で終わるんでしょ?
ケンケンには悪いが、こんなコラム読んだところで参考になるとは思えない。時間がもったいないので、戻って別のサイトを開こう。
『現役JKちむたすの恋愛ブログ!』
このブログは現役JKコラムニストちむたすが
みんなの恋愛や友だちずきあいのお悩みを
ぱぱぱーっと解決しちゃうよっ!
ちむたす、友だち付き合いな。『ず』じゃなくて『づ』。あと、この妙にくりんくりんしたフォントがうざい。読みづらい。
……別にそこらへんは良い。いかにもおバカなJKっぽいミスがちょっと可愛らしいと思わなくもない。だが、いかにも金かかってそうなWebフォントを使っている当たり、中年オヤジの商売人ライターが書いている可能性もあるんだよなぁ。
このちむたすとやらがリアル現役JKであることを信じて、しばし読み進めてみる。
女の仔なら誰だって
きれいに飾りたいと思ってるよ
でも
かわいい指輪やおしゃれなネックレスは
普段の少ない小遣いじゃ買えないんだ
まあ、女子高生の小遣いなんてたかが知れてるしな。
プチプラだったか、それなりそこそこの品質を安価で実現した、メイクやアクセサリー、ファッションのブランドも増えていると聞く。だが、いくらプチプライスといえども、やっぱりそれなりそこそこの値段はするのだろう。小町もよく母ちゃんとそんな話をして、色々おねだりしているし。
だから 誕生日とか記念日のプレゼントは
人気ブランドのアクセサリーとか
贈られたら堕ちちゃうかも♡
はあ、そうっすか。ビッチかよちむたす。
世の中の現役JKとやらはこんなもんなんですかね。雪ノ下や由比ヶ浜がこういうタイプだとは思わんが、一色か……。一色はなぁ……。奴はあれだな、金の延べ棒ちらつかされたらころっといきそう。俺もころっといくから、誰か金の延べ棒いっぱいちょうだい!
みんなの参考になればいいな
あたしの欲しいものリスト書いとくね?
3位! Hamantha Tiaraの花びらモチーフネックレス 3万円くらいのやつ
2位! THE FRANCEKISSのゴールドリング 3万円くらいのやつ
1位! 0℃のオープンハートネックレス 3万円くらいのやつ
なめとんのか! 自分で買え!
なんだよ『3万円くらいのやつ』って。欲しいアクセサリーの詳細を指定するんじゃなくて金額指定しちゃうのかよ。
これってあれでしょ、別にそのネックレスとかが欲しいわけじゃなくて、貰ったプレゼントをメルカリ的な場所で売り捌いて儲けるつもりなんでしょ? クリスマスとかホワイトデーの直後に大量出品されてるあれでしょ? 八幡知ってる!
おー、怖っ。女子、マジ怖い。女子大生とかに多そうだよな、こういうの。大学進んでもリア充女子とかサークルの姫には近寄らんとこ……。
女子という生物の現実を垣間見て恐れ慄き、さて次のサイトでも見てみようかなと思ったところで、『まもなく、津田沼、津田沼。お出口は……』と継ぎ接ぎ感ある女性の自動放送が耳に届いた。残念ながら、参考になるものが見つけられないまま、目的の街に着いてしまったようです。
ドアが開いて、他の乗客たちに続いて俺も降りる。
さて。どうしようか。ここは手堅く、ハルコでも行ってみるか……? いや、けどあそこはまさに女性向けファッションビル。男の俺が一人で女性向け専門店を見て回るのは辛い。困ったな、マジ困った。
……とりあえず、先に飯食ってから考えるか。
などと先延ばししつつ、俺は北口のラーメン屋へ向かうことにした。
久しぶりに、なりなりたけたけしちゃおーっと♪
× × ×
やっぱなりたけって最高だわ!
腹ごしらえを終え、こってりこてこて大満足で店を出て駅へ向かう。
さて、帰るか。
改札口へ向かい、Suicaを懐から出したところでふと気づく。
いや帰っちゃダメだろ。まだ何も用事済んでねえよ。
や、やっぱりあれですかね。ハルコの専門店見て回ったほうがいい系ですかねこれ。俺、そんな勇気ないんだけどなぁ。不審者扱いされて通報されちゃったりしないよね!?
こんなことなら一度くらいはリア充を経験しておくんだったぜ……。
けれども俺はぼっち。これまでずっと独りだった人間であり、んなこと言ったところで今は何の足しにもならないのだ。勇気を振り絞って、女性たちで賑わうファッションビルへ突撃するとしますか。
しぶしぶながら、足をハルコへ向ける。
西進ハイスクールや川合塾などの予備校がひしめき合うビル街を通り抜けると、駅前通りに面したファッションビルが姿を表した。連絡橋を挟んでA館とB館の二館構成になっているこの商業施設は、千葉の葭川公園にあった千葉ハルコが閉店して以来ますます若い女性やデートのカップルで賑わっていると聞く。
ここが敵の本丸、リア充どもの巣窟か……。あれだな、やっぱり一人で攻め入るのは気が引けるなぁ……。
がんばれ八幡♡(CV. Saika Totsuka)。
うん! 八幡がんばる!
脳内戸塚に背中を押してもらって、いざ店内へ!
× × ×
……俺はもう、死にました。
ハルコの中は至る所にリア充リア充またリア充。どいつもこいつもおててつないで腕組んで、いちゃこらいちゃこらしやがってクソ。なんで週末に制服デートしてる連中がこんなにいるんだよ、予備校でも行って勉強してろ勉強。
すっかり気分はげっそり落ちこんで、とぼとぼとハルコを後にする。
特にこれといってよさげなものは見つからなかったというか、まず俺が中に入れるショップがなかった。だいたい、若い女性向けのファッションなんてとんと知識がなければあまり興味ないし、なんなら若い女性向けで興味があるのは下着とか女子高生の制服くらいだ。無理があるというもの。
まさかランジェリーショップを覗くわけにもいかないしな。俺好みの下着をつける一色いろはとか想像してみると……うむ。めちゃくちゃ興奮するものがあるな! だが、下着なんてプレゼントしたら社会的に死ぬこと確実である。
一応ちむたすブログを参考に、一瞬だけジュエリーショップ的な店も覗いてみたものの、まず俺の手持ちで買えるような品は置いてなかった。あんなもん恋人や婚約者、嫁さんなどに贈るもので、高校生が親しい後輩女子に贈るものではない。
そうだ。
俺はまちがっていたのだ。なにも一色が女子だからと、ファッション的なものを贈る必要はないわけで。
やっぱり文房具とか日用雑貨で、けれども単なる先輩後輩のプレゼント的なテキトーな品ではなく、ある程度感謝の気持ちを伝えることができるようなもの。あるいは、いまはさほど役に立たなかったとしても、将来的に色々と役に立つような品。そんな感じのものは、何かないだろうか。
とりあえず新津田沼のヨーカトーやイオソモールの方にでも向かいつつ、ひとつひとつ整理しながら考え直してみよう。
まず、一色のことから。
一色いろはといえば?
・あざとい
・かわいい
・ゆるふわ清楚(系隠れビッチ)
・希少な亜麻色の地毛の持ち主
・幼さが残る華奢な印象や身体が魅力
・細いふとももに小ぶりなお尻
・撫で下ろしやすそうな控えめな胸
おお、こうして特徴を並べてみると、一色ってすげえ逸材だな。やっぱ妹系美少女アイドルとかやれば、業界トップを目指せるんじゃねえのあいつ。みんなのアイドル、いろはちゃんだよー♡ とかやりゃ、そこらの男は全員いちころだろ。
あとはあれか。
・サッカー部の美少女マネージャー
・美少女生徒会長
・実は意外と仕事ができる
・実は意外と真面目らしい
・実は意外と頭も良さそう
・将来は数年腰掛けての寿退社志望で、編集者と結婚したいらしい
・俺に就職先として編集者をおすすめしている
おいおい、あいつまさか、俺を編集者にして仮面夫婦になって実質奴隷化した上で悠々自適な生活を送るつもりじゃ……。怖い、いろはすにおちんぎん搾られちゃう、やだ怖い!
まあ冗談はそのくらいにしておくとして、つまり一色は意外や意外にデキる女なのかもしれないな。要領掴むのも早くて上手いし、わからないことでも指示さえ受ければ見事にこなしていける能力がある。やる気を出したときのあいつは雪ノ下や由比ヶ浜ですらびっくりの凄さを見せることすらあるのだ。生徒会の仕事も、ちゃんと頑張っているようだし。
だとすれば、最適なものは長く使えるビジネスアイテム系?
万年筆的なもの……は、いくら仕事といえども、生徒会だけでなく将来の就職後もたぶん使わないよな。
事務用品的なものは、生徒会なら生徒会、将来なら将来に経費として買うべきもので、俺や個人が買っちゃダメだ。
将来必需になる品で、長く使えて、けれども自分じゃなかなかきちんとした品は買わないもの、なんかないか……?
……そうだ、あるわ。そんな品物が。
印鑑、とかな。
× × ×
印鑑と一口にいっても、色々あるだろう。
認印、訂正印、銀行印、実印、公印などの用途別から、三文判、手彫り印、高級象牙印、シヤチハクのXスタンプ、百円ショップのお手軽スタンプ印などのつくりの別も含めると、俺の未だ知らないものまで五万と存在するかもしれない。
中でも、将来的に必需になるであろう品といえば、家常備か持ち歩く用の認印、銀行印・実印、そして仕事で使えるシヤチハクの9ミリ。事務や営業などの職で働くようになればシヤチハク6ミリの訂正印も必要になる。
この中からプレゼントとして贈るのに適したものを考えると、個人情報である銀行印・実印用の印鑑はまずいから除くとして、認印用・シヤチハク9ミリの二本セットなんていいのではないだろうか。いや、一色がハンコなんて貰って嬉しいかどうかは知らないが、必ず役に立つものであることはまちがいないのだ。
それに、一色は生徒会長として色々書類チェックとかもやっているだろうし、判を押す機会があるかどうかは知らないが、もし生徒会で使えるなら使ってもらいたい。
――ということで、プレゼントとして贈るものは決まった。
やってきたのは、駅近くのはんこ屋さん。ここでぱぱっと彫ってもらうことにする。
昔ながらの店とは違いチェーン店と思わしき店内は、事務用品や文房具を扱った店のように整然としていた。特に先客はいないようで、店員の姿が一人見えるのみ。ずいぶんとさっぱりしているなぁという印象。
シヤチハク9ミリの回転式陳列棚から、『一色』の印を探す。すぐに見つかり棚から引き抜いて、続けて認印用の彫り印を探す。
シヤチハクはそれなりの価格なので、認印用の印鑑はそれほど高いものは買えない。千円前後で良さげなものがないかなと、ショーケースに展示された見本を覗いてみる。
アクリルかプラスチックか、材質はわからないが、天然石のように透き通った各色の印鑑に、実用的な黒や白、女性向けらしく柄が入ったものもある。その中で、ひとつ、ひときわ目を引くものがあった。
桜色のボディに、白いプリントで桜花や散る花弁が小さくいくつも散りばめられた、可愛らしいデザイン。素材は見たところでよくわからんが、ちゃんとしたものらしい。お値段一本、彫刻代と、同じデザインの印鑑ケース込みで二千五百円。
四月生まれという季節的にもぴったりだし、淡いピンクのカーディガンを愛用している一色いろはのあざとかわいいイメージとも合致する。
だいぶ予算オーバーな感じだが、これにしよう。
サラリーマン風にスーツを着た店員に声をかけ、ついでに自分用の認印でも作ってみるかと一本彫刻代込み五百円の黒い印鑑を一緒にお願いする。比企谷って珍しい姓だから、こういう機会じゃないとなかなかハンコ手に入らないしな。
店員から、「パソコンで印影を制作して、工場にある自動の彫刻機にデータを転送して削る」とかなんとか説明を聞き、自宅へ宅配で受け取りは木曜日になることがわかった。なので、今日のところはこれで撤収だ。お代を先払いして、シヤチハクだけ持って店を後にする。
うーん、とりあえず買ってみたはいいけど、これ喜んでもらえるものかどうか……。
× × ×
金曜日。
一色の誕生日は、残念ながら日曜日でお休み。一足早いが、今日のうちに渡しておこうと思って、生徒会室へとやってきた――のだが。
今日は生徒会本部の定例会があったらしく、一色は副会長ほかいつもの生徒会役員メンバーと書類を忙しそうにチェックしていて、うっかりその場にやってきちゃったもんだから、用事を伝える暇もないまま俺も手伝わされる羽目になってしまった。おかしい……こんなことは許されない……。頼みかたが可愛かったから許しちゃうけどね。ちょろい、俺!
それからしばし、紙をぺらぺらばさばさどんどんといじくり回す作業を続けてから、ようやく終わって解散となった。副会長たちは先に帰って、部屋に残るは俺と一色のみだ。
「はー……。先輩のおかげで早く終わりましたー。ありがとうございますー」
ここ最近ずっと生徒会仕事あって疲れちゃいましたー、などとぶつくさ愚痴りながら、一色は炬燵にもぞもぞと入り込む。こいつが持ち込んだ生徒会室に似合わぬ家具は、春になった今もまだまだ活躍中であるらしく、シンプルな淡いピンク色のもこもこ毛布が実に暖かそうに俺を誘っていた。
一色をまねて、俺ももぞもぞと炬燵の住人となる。中はとってもあったかい。
あ~、アイラブ炬燵。
「……って、そういえば先輩、なにかご用でしたか?」
「それ、先に聞けよな……」
ちょっと文句を言いたくなるような気もするが、せっかくの誕生日祝いの品を渡す前にいらんこと言うのも憚られる。
昨晩家に届いて、すぐにチェックしてカバンに入れていた白いケースを取り出し、炬燵天板の上に置く。見て首を傾げている一色に伝えた。
「ちょっと早いけど、十七歳の誕生日おめでとさん。それ、貰って嬉しいかはわからんけど、とりあえず俺からのプレゼントな」
聞いて驚いたのか、一色は「えっ、マジですかマジですか!?」とか騒ぎながら、びっくりしましたと言わんばかりのジェスチャーを見せた。
「マジもなにも、ほれ、この前小町の誕プレ探すの手伝ってもらったろ。お礼も兼ねて、四千円だぞ」
「四千円……。うっ、先輩ありがとうございます。けどそれなんかプレッシャー凄いです」
「プレッシャー?」
「わたしも先輩の誕生日奮発しなきゃですよね」
「いや、別に気にすんな。なんなら何もなしでも構わん」
お礼のお返しのお返しのお返しの……の無限ループになっても困るし、お返し目的で奮発したわけではないから、そこらへんは逆に自重してもらいたいところではある。というか俺の場合、百均のお安い商品一個でもプレゼントとして貰えたら、それだけでもじゅうぶん嬉しいのだが。
「中身、見てもいいですか」
「ん。つっても期待するなよ、気に入るものではないだろうし」
「えー、それ逆に中身超気になるじゃないですか」
わくわくと期待した面持ちで、一色が包装の白い紙ケースの蓋を開けた。
華奢な指先がつまむようにして持ち上げたのは、黒い印鑑。
……ん? あれっ?
やっべ、俺、カバンに入れてくる箱まちがえた……。
「比企谷……えっ」
一色が印鑑の印面を見て、なぜか顔を真っ赤にする。
明らかにプレゼントと別のモノをまちがっているパターンだし、これはもしかしなくても激怒させちゃったかしら。
と、思ったのだが。
「ひ、ひき、比企谷って、これなんですか! ま、まさかあれですか! お前に俺の苗字をやるから嫁になれ的な感じのあれですか! 全然心の準備ができてないんですけどめちゃくちゃ嬉しいですし今断ったらもうこんなチャンス二度とこないと思うので受けますこちらこそ結婚してくださいよろしくおねがいします!」
「お、おう、よろしく。……は?」
「ちなみに結婚届はいつ出しに行きますか? ふたりとも大学卒業してからですか? それとも高校卒業してからですか? わたし的には先輩の十八歳の誕生日がいいなーとか思うんですけどどうですか? あ、それよりまずはお互いのご両親に挨拶して許可貰ってこなきゃですよね! 先輩がお暇な日ならいつでも――」
真っ赤な顔のまま、あたふたと身振り手振りでマシンガンのように言葉を続ける一色の姿を眺めつつ、ふとこんなことを思った。
この子、自分が何言ってるのかわかってるのかしら。あとで死にたくならないでね。と。
……この様子じゃいまさら、実は誕生日プレゼントと自分用間違えて持ってきました、なんて言えないよなぁ。
けどまあ、一色がその気なら、俺としては悪くない。とは思う。
がんばって編集者になってやるから、結婚しようぜ!
了
お察しの通り、最後のオチが書きたかっただけである部分は多分にあるようなないような。そんな感じです(意味不明)。
原作の刊行がストップして二年、アニメ続も終わってからだいぶ経っているのに、未だファンも多くこれだけの数の二次創作が作られ続け、公式グッズもコンスタントに販売・再販されているあたり、俺ガイルという作品もいろはすというキャラクターも多くの人から愛されているんだなぁと、しみじみ思います。
来年もまた、みんなでいろはす生誕祭を祝えるといいですね。
さて、次話もいろは生誕祭記念。こんどは全く別のお話となります。