いろはす・あらかると   作:白猫の左手袋

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Pixivと、以前こちらでも公開していたSS。
短編集としてまとめるにあたり、若干内容の修正を行っている箇所があります。

全体で2万文字程度ですが、ページが長くなりすぎないよう読みやすさなどを考慮し、念のため4ページほどに分割の予定です。



葉山隼人に彼女ができたらしい。という噂。
葉山隼人に彼女ができたらしい。という噂。(1)


 

 これほどまでに年月の流れを早いと感じたことはなかった。

 記憶を巡らせれば、高校二年生になったのがつい先日のように思える。年度が変わってそれほど経たないうちに奉仕部へ連れて行かれて雪ノ下と出会い、すぐさま由比ヶ浜と出会い、今までの俺からは考えられないほど様々な経験をしてきた。

 楽しいと思えたこともあれば、幾度も衝突もあったし、あろうことかガチ泣きしてしまったこともあった。まさに黒歴史だ。恥ずかしい……。

 そんな高校二年生という時間は、ひと月もせずに終わる。

 もう、三月も一週間が過ぎたのだ。

 

 朝、一限がはじまる直前の教室も、いままでとは少し雰囲気が違っていた。

 誰しもが残り少ない時間への焦りあるいは寂しさを感じているのか、クラスにいくつかあるコロニーもどこかよそよそしい態度に見える。中でも目立つのが三浦グループと葉山グループで、いつもは合わさって授業ぎりぎりまでおしゃべりに興じているはずが、今日は少し距離を置いている様子だ。

 原因は、三浦と海老名さん……なんだろうな。

 バレンタイン前までもそうだったが、三浦は近いクラス替えに不安を抱いている。好きな男子と別のクラスになってしまうというのは、リア充にとっては相当辛いことなのだろう。そんな感情のせいで、どう接すればいいのかわからなくなっているというところか。

 海老名さんは、おそらく戸部が行動を起こす可能性を警戒していると見た。クラス替えより先に、ホワイトデーとかいうリア充イベントがあるわけだし。もし戸部が後押ししてくれとか相談に来たら蹴り出そう。戸部と海老名さんの恋愛模様、関わるべからず。っていうか誰だよ戸部。そんなやつ知りませんね。

 そういうことで、クラスの男女それぞれのカーストトップに君臨するグループがそんな様子なもんで、自然とクラス全体へと波及していく。あの相模グループまでもが暗く見えるのだから、クラス替えというのはよほどのことなのだろうな。

 ま、ぼっちな俺にはクラス替えなどどうでも――いや、待て。クラス替えってことはあれじゃね? 戸塚と別にクラスになっちゃう可能性もあるってことじゃね?

 やだ! そんなのやだやだ!!

 え、天使と別のクラスになっちゃうとか、そんなの無理なんだけど。唯一の癒やし……。

 気付かされた驚愕の事実。

 来る恐怖に心震えながら、今日も退屈な授業が始まった。

 

 数学Bだし寝よ。

 

 

               ×  ×  ×

 

 

 さて、昼休み。

 ここのところ寒くて近寄る気すら起きなかったベストプレイスだが、今日は春の到来を感じさせる陽射しのお陰で、ぽかぽか陽気な予感。冬眠から目覚めた熊のように、孤高な俺は重い腰をあげて、のそのそと太陽の下へとやってきた。……が、東京湾から吹き付ける潮風がまだ冷てえな。

 昼食代わりの菓子パンを食べ終え、スホルトップ(つめた~い)で一服する。ちなみにだが、マッ缶(あたたか~い)はあろうことか売り切れだった。おかしい。こんなことは許されない。

 いくら暖かくなってきたとは言えども、まだ季節的にはたかが知れてるわけで、おまけに冷たい風と冷たい飲み物じゃ、あっさり身体も冷える。今日は戸塚のテニス練習もないみたいだし、早めに切り上げて教室へ戻ることにする。

 かったるさで重たい腰を再び上げて、のそのそ廊下を歩く。やがて特別教室棟から普通教室棟への渡り廊下に差し掛かったところで、聞き知らぬ声がつんと耳につき、つい足が止まってしまった。

 

「ねえ聞いた? サッカー部の葉山先輩、彼女できたらしいよ」

「え、マジでー? ショックなんだけど……。相手誰?」

「わかんない。けど、三浦先輩らしいってみんな言ってる」

 

 おい、ちょっと待て。

 これってあれか? もしかして朝あいつらのグループがよそよそしかったのって、まさかその噂のせい?

 とりあえず胸元のリボンの色( (※) )的に一年生であるということしかわからない、どこの誰とも知らぬ女子たちの噂話なんて本来なら気にするまでもないのだろうが、その噂されている当事者たちと色々関わり合ってしまっているいまの俺には、気にしないほうが無理と言える。

 もしその噂が事実だったとすれば――。

 葉山と三浦のことは、ぶっちゃけどうでもいい。問題はあの二人のことではなく。

 脳裏に、あの日の一色が思い浮かんだ。涙を流し、健気にも一途な想いを語った一色の姿は、いまでも忘れることなく鮮明に記憶している。

 一年の女子がこうして噂しているということは、一色の耳にもまちがいなく届いているだろう。……あいつにとっては、相当つらい状態かもしれない。

 とりあえずは由比ヶ浜にでも真偽を確認してみよう。そう思い、教室へ急いだ。

 

 

               ×   ×   ×

 

 

「あ、ヒッキーだ」

 

 2-Fの教室前へ辿りついたところで、後ろから由比ヶ浜の声がかった。

 右手には弁当箱が入っていると思わしきピンク色のポーチ。奉仕部でのゆいゆき昼食会から戻ってきたところらしい。

 ちょうどいいタイミングだ。

 そう思って口を開きかけたのだが、先に切り出したのは由比ヶ浜だった。

 

「あのさ、ちょっといいかな?」

「……ああ」

 

 恐らくは噂の件だろうか。由比ヶ浜について、もと来た廊下をしばし歩く。

 周囲を気にしてかしばらく無言でいたが、階段の踊り場まで進んだところで口を開いた。

 

「ヒッキーは噂、聞いた?」

「噂って、葉山と三浦の件か?」

「うん、それなんだけどさ……、あのね、半分、ほんとなんだよね」

 

 少し躊躇するように、由比ヶ浜は途切れ途切れに言う。

 

「半分……って、どういうことだ?」

 

 いまいち事情がつかめない。

 噂をばっさり否定するのではなく、むしろ肯定しているような発言が気になる。半分事実である、ということは、つまり葉山が誰かと恋人関係になったのが事実だということ? この場合、事実でないもう半分は『三浦が彼女』という部分になるが。

 

「えっとね。昨日の放課後なんだけどさ、優美子が隼人くんにね、告ったんだ」

「え、マジかよ」

 

 思わず驚き、声に出してしまった。

 確かに三浦の葉山に対する感情はかなりのものなんだろうが、それと同時に、今後の関係性やクラス替えに対して恐れを抱いている素振りも以前から見せていた――というのは、今朝にも思ったことだ。

 バレンタイン前のお料理教室イベントで、なんとかチョコを渡すまでには至っていた。けれども、それでもこれまで具体的な関係を求めることはしていなかったのだが。

 以前、海老名さんも『そうはならない。隼人くんはうまく避ける』と言っていたが、まさか予想に反してこのタイミングで三浦が動き、葉山も避けなかったとは……。心境の変化なのかは知らないが。

 校内で噂が広まっているのは、その告白のシーンを誰かが目撃でもしたのだろう。

 

「なら、つまりあれか? 半分事実ってことは、保留にでもされたってことか?」

 

 葉山に彼女ができたというのは事実ではない。けれども、三浦が葉山の彼女になったというのは『半分』事実ともいえる――ということはつまり、葉山は三浦を振らず、何らかの前向きな回答をした可能性が考えられた。

 俺の疑問を、由比ヶ浜は肯定する。

 

「うん。隼人くんね、必ず答えは出すからしばらく考えさせえほしい、って言ったんだって」

「なるほど。いまは事実ではないが、今後事実になる可能性がある……と。半分ほんとっていうのはそれでか。葉山がハナっから三浦を振るつもりなら、時間が欲しいなんて言う必要ないし」

「やっぱヒッキーもそう思うよね?」

 

 もとより拒絶が答えなのであれば、わざわざ時間を掛ける必要はない。告白した側にとっては、結論が出るまでの間、ずっと期待と不安が混ぜ込ぜになった状態のまま過ごすことになってしまうのだ。その上で結局振るようなことになれば、それこそ辛さを増幅させ遺恨を残しかねないのだから。

 あと、来週の月曜はいわゆるところのホワイトデーだ。奴の性格的に、イベントへ乗っかって何かをするようには思えないが、一応は捨てきれない可能性として頭に入れておいたほうがいいだろう。

 そして忘れてはならないのは、葉山の好きな女子のイニシャルが『Y』であるということ。氏がYなのか名がYなのかは知らんが、名だとすれば三浦優美子も該当する。

 これら三点を考えれば、三浦に対して葉山が前向きな回答を出す可能性は十分考えられる。

 

「ぶっちゃけ葉山のことはどうでもいいが……、まあ、なんだ。三浦にとっては良かったんじゃねえの?」

「ね。優美子、不安そうだったけどちょっと嬉しそうだったし、優美子的には良かったのかなって思うんだ。もし隼人くんからOKしてもらえたら、あたしも祝ってあげたいなって」

 

 言葉の割に、由比ヶ浜は顔を伏している。その声色もどこか寂しげだ。

 三浦と親友ってだけじゃなく、一色ともそれなりに親しくしているわけだし、色々と複雑なところなんだろう。

 

「……一色のこと、気になってるのか?」

「うーん……。そのことなんだけどさ。たぶん、いろはちゃんは大丈夫だと思うよ?」

「いや、けど、あいつも葉山のこと……」

「たぶんね? たぶんなんだけど……。いろはちゃんの好きな人って、たぶん隼人くんじゃなくて……」

 

 由比ヶ浜は、一体何を言っているんだ?

「あいつの好きな奴って、どう考えても葉山だろ……? 他の男なわけが……」

 

 そこまで口に出して、ふと思い出す。

 冬のディスティニーランド、白亜城前。葉山はあの時、なんと言っていた?

 確か、『いろはの気持ちは確かに嬉しい。でも違うんだ。それは、たぶん、俺じゃなくて……』だったか。あのときはその言葉の意味がさっぱり理解できなかったが、まさか葉山はあの時点で、一色の気持ちが自分ではない他の誰かに向いているのではないか、と見透かしていたとでも言うのか?

 けど、だったらなぜ一色は葉山に告白したんだ? あの日確かに一色は告白をして、振られて泣いたんだ。以降も、幾度となく葉山を攻略せんとする姿勢を見せていたはず。それが単なる強がりや嘘偽りだとも思えない。

 

「あたしの勝手な想像だよ? 本当のことはわかんないし。……けど、たぶんきっと、そうなんじゃないかなって」

「もしそうだとして、由比ヶ浜は思い当たることでもあるのか? その、一色の“本命”的な奴とか」

「うん。女の勘……じゃないけどさ、あたしわかるんだ。たぶんこの人だろうなって」

「すごいな、お前。俺にはさっぱりわからんな……」

「まあ、ヒッキーだもんね」

 

 呆れたように、由比ヶ浜はくすりと笑った。

 ていうか失礼じゃないですかねそれ。一色の『先輩DEATH死ね~』を思い出しちゃったじゃないか。……いや、一色はDEATHとも死ねとも言ってないけどさ。被害妄想だけどさ。

 

「……あ、けど、やっぱあたしの勘違いかもしんないし、本気でいろはちゃん落ち込んでる可能性だってあると思うし。だから、全然心配してないってわけじゃないんだけどさ」

「なら、一色の様子でも見に行ってやったらどうだ? あいつ、卒業式近いから毎日生徒会室に缶詰っぽいし、今日もいるんじゃねえの?」

「ヒッキー超バカだ……。あたしが見に行ったらいろはちゃんの味方してるみたいになっちゃうじゃん」

「あ、そりゃそうか……」

 

 

               ×  ×  ×

 

 




(※)総武高の女子制服はリボンの色が学年色なので、ここでもその設定だということで。
とはいえ、イラストやアニメでは一年も二年も三年もみんな赤ですが。


続きます。

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