が、わたしはいろはスキー。単純に小町が出てくるわけではありませんので、ご承知おきください。
前編)プレゼントにはカーディガンを。
キンコンカンコンと、最終下校時間が近いことを知らせるチャイムが鳴った。
普段ならこの時間帯の普通棟校舎は、部活や委員会帰りの生徒が行き交う音で賑々しく、昇降口のすぐ前にある生徒会室にも喧騒が入り込んで響く。
嫌なものではない。その騒がしさも、生き生きとした高校生たちの青春の一コマなんだと考えると微笑ましいものだし、わたしだって他の人から騒がしいと思われることだってあるだろうから。
けれども今日は珍しいことに、いつもの日常が嘘であるかのようにしんと静まり返っている。
今日から、学年末試験前一週間の部活動・委員会禁止期間がはじまったのだ。
各教室や部室が立入禁止とされるし、多くの生徒は予備校や自宅で自習をするので居残る生徒はそうそういない。最終下校ぎりぎりのこの時間まで校舎内に留まるのはごく一部の図書室自習組と、来年度入学式へ向けた準備をしなきゃならないわたしくらいものだろう。
それだけに、戸締まりの準備を終えて生徒会室を出た時、見知った顔が昇降口で待ち構えていたのには驚かされた。
――先輩だ。
どういうわけか知らないけど、先輩がひとりぽつんとそこに居た。
しゃがみこんでロッカーに寄りかかり、どこか寂しげに俯いてただじっと床を見つめている姿には哀愁が漂っている。まるで、遊ぶ約束をすっぽかされて拗ねている子供のような。
……これはもしや、ふくよかに癒やしてあげるチャンスなのでは――?
つい頬が綻ろんでしまう。
んふ。
「せーんぱいっ。どうしたんですか~?」
いつもの調子よりも幾分か砂糖を増した甘さで声をかけると、先輩は瞬間的にびくりと震えてから顔をこちらへと向けた。
もうすぐ最上級生という立場のくせに、堂々とした雰囲気は微塵もない。それがまた先輩らしくて可愛らしいなぁと、わたしは思う。わたしは、ね。
「う、うす。……その、大事な話っつうか、ちょっといいか?」
少し緊張した面持ちで、先輩は歯切れの悪い言葉だけを残して背を向け、わたしの返答も待たずにずんずんと歩きはじめた。
もとより人気のない校舎の中でもより人目を警戒するような話なのか、わずかに残った図書室自習組すら通ることのない特別棟への渡り廊下へと向っていく。
ん? 人目を警戒するような大事な話?
…………えっ。
うそでしょ。えっ? 嘘。
このぎこちない態度で『大事な話』、しかもこれってわざわざわたしを待ってたってことでしょ……? え、もしかしてあれ?
まって、待って! や! えっ、だって、どうしよう……。やばい……。
この先に起こりうる可能性を想像してしまい、まさかの状況にむしろこっちが緊張でどうにかなりそうだけど、とにかく先輩についていく。
つかつかと先を進む先輩は特別棟へ向かい、階段の踊り場まで進んだところでようやく立ち止まった。
やがて、ゆっくりと振り返ると、一文字に結んでいた口を開く。
「一色……」
視線を少しだけ外し、わたしを呼んだ。
表情こそこわばっているものの、わずかな照れがあるのかうっすらと赤く色づいている。
やっぱり、これは――。
「……は、はい」
わたしのほうこそ、ひどい表情をしているかもしれない。指先も少し震えているような感じがする。
自慢じゃないけど、わたしはこれまでもけっこうこういう経験はしてきたほうだ。けど、いままでこんなふうに緊張したことはないのに。
互いにぎこちない状態のまま、しばらく視線のみが交錯する。
そしてしばしの間を置いて、先輩が思い切ったように続く言葉を口にした。
「妹の誕生日プレゼントを選ぶのに、アドバイスが欲しいっつうか……」
「こちらこそよろしくおねが………………は?」
× × ×
「はあ、なるほど……。まあ事情はわかりましたけど……」
立ち話ではなく、ちゃんと座れる場所で詳しい話というか事情を聞こうと生徒会室へ連れ込……もとい戻って、いまは炬燵に足を突っ込んで向かい合っている。
なんでも、妹さんは明日・桃の節句は三月三日がお誕生日。
先輩曰く――これまでは毎年、妹さんが欲しがっていた小物やCDなんかをプレゼント代わりに買ってあげていたけど、今回は中学校の卒業祝いと総武高入学祝いを兼ねて、ちゃんとした豪華なものを誕生日当日に渡すまで内緒で用意したかった。しかし全く思いつかん――とのこと。
ちなみに、緊張した様子だったのは、単にわたしに相談するのが恥ずかしかったから。奉仕部の二人ではなくわたしに相談した理由も、あまりに成績がやばくて留年寸前な結衣先輩を雪ノ下先輩が自宅でしばき上げることになっているから、ということらしい。
ふん。先輩め、期待させおってからに。
……勝手に勘違いしただけだろってツッコミは禁止で。
「けど、その当日って明日ですよねー。時間的に超やばくないですか?」
全く思いついていないということは、ゼロから考えなきゃいけないということ。
この時期の最終下校時間は十七時半で、つまりもうその時間になる。いまから考えてモノを探してとなるとまったく全然時間が足りない。仮に南船橋のららぽや海浜幕張、津田沼、あるいは千葉へ出るとしてたって、だいたいどこも平日の商業施設は二十時前後に閉まっちゃうから、猶予は二時間あるかないかだ。
「ほんとヤバいんだよ……。最初はちゃんと自力で選ぶつもりだったんだが、ざっくりしたイメージすら浮かばないまま今日になっちまったし、つーかそもそも女子ってどんなもん貰えば喜ぶのかなんて俺知らねえし、このままじゃ間に合わねえんだよ……。ほんと、なにがヤバいってまじヤバい死ぬ……」
悲壮感ある口ぶりで、先輩は文字通り頭を抱えるジェスチャーを見せた。
以前から聞いている感じだと、かなーり妹さんのことが好きというかシスコンの気があるし、仲も良いのかもしれない。だとすれば、当日プレゼントなしっていうのは妹さん的には悲しいしムカつくよね。
なら確かに、間に合わせないとまじやばい。先輩、しばらく妹さんから根に持たれちゃうまである。
「そういう感じだから、なんかこう女子的に、実の兄から貰って嬉しいモノ的なのとか、一緒に考えてくれ……」
改まったように、先輩が頭を軽く下げた。
独りで行動する傾向が強い先輩が、こうして人を頼ること自体珍しいことかもしれない。なんかあまり頼み慣れてない感じがするし。
わたしとしては、あくまであのお二人の代わりとはいえ、こうして頼ってもらえたのはすごく嬉しいし応えてあげたい。けど、けどなぁ……。
わたし一人っ子だし、『実の兄から貰って嬉しいもの』って聞かれても、いまいちイメージが湧かないんだよね。先輩から貰って嬉しいものならいくらでも思いつくんだけど。
「んー……。ていうかわたし、そもそも先輩の妹さん知らないじゃないですか。だから、何をするにもまずは基本的な情報がほしいっていうか」
「基本的な情報?」
「はい。どんなタイプなのかとかー、見た目とかー、趣味嗜好とかー」
贈るものが勉強道具などの日用品にしてもファッション関係のものにしても、その人の外見やタイプ、趣味嗜好にあったものがあるんじゃないかと思う。だから、せめて外見が知りたい――と思っていると、
「写真ならあるぞ」
「え、あるんですか……」
「ほれ」
さも当然といった様子で、先輩はスマホを操作して一枚の画像を見せてきた。
実妹の写真をスマホに保存してる兄って……。ちょっと呆れちゃうところだけど、まあ先輩ですしねー(呆れ)。
内心呆れながら画面を覗いてみると、どこかあざといウインク顔と裏ピースをキメた、なんとなく先輩の面影が感じられるセーラー服姿の女の子が映っている。目は全然腐ってないどころかぱっちりで、顔立ちもかなり可愛く整っていて、頭には先輩と同じ特徴的なアホ毛がぴょこんと立っている。
「なるほど、かわいい子ですね。タイプ的にはどんな感じですか?」
「タイプっつうと、あざとかわいい感じっていうか、あれだな。清楚版一色いろは」
んなっ。なんですと? 先輩はわたしが清楚じゃないと?
「…………色々と気になることがありますけど、まあだいたいわかりました。つまり、わたしと同じで、清楚で超かわいい感じなんですね」
「もうそういうことでいいけどさ」
「そういうことならまあ、わたしでもなんか思いつきそうっていうか……」
高校へ入学するにあたって準備するものは色々あると思う。
例えば、勉強道具。
けど、そういった必需品はだいたい中学時代のものをそのまま使ったりするものだし、買い足すとしてもご両親が用意してくれたり、自分の小遣いで買ったりするはず。ものによっては、うちの生徒会やPTAのほうでも記念品として準備するし。だからそういうのはまず除外しよう。
次に、ぱっと思い浮かぶのがアクセサリー系。
総武高はそれなりに自由がきくから、わたしや結衣先輩、三浦先輩がそうであるように、ピアスやネックレス、リングなどをつけたりもできる。アクセを身に着けているかいないかでスクールカーストのランクが決まったりするものだし、それに贈り物にアクセっていうのはけっこう定番だと思うし。
……でも、下手なアクセとかを贈って気に入ってもらえなかったらダメージ大きいだろうし、実兄が実妹へ贈るプレゼントとしてはちょっと違和感あるよね。なにより先輩チョイスのアクセを他の女の子が付けるっていうのもちょっとね。嫉妬するよね、わたし的に。
そういえば、それなりに自由っていうと、総武高って制服の着崩しもかなり自由だよね。生徒会長からして着崩してるし。その生徒会長ってわたしだけど。
んー、着崩し。着崩しか……。確か今なら千葉のそごうに……。
――よっし、思いついた。
「先輩、ご予算ってどのくらいありますか?」
「一万は用意した」
どや顔で即答された金額に驚くわたしがいる。実妹へのプレゼントに一万って、先輩妹さんのことどんだけ好きなの……。
けどま、それだけ予算用意してるなら、よほど高価なものでもない限りはなんでも買えるだろうし、選択肢の幅は広がる。
「……ふむ。わかりました」
もう十八時を廻ってるから、結局どこの店に行って何を買うにしても時間がない。買う買わないは別として、見に行くなら早いほうがいいよね。
もぞもぞと炬燵から出て、スクールバッグを引っ掴み立ち上がる。
「じゃあ、行きましょっか」
言うと、先輩は呆気にとられたように口を開けた。
「え……?」
「時間ないですし、急いで千葉行きましょ?」
× × ×
総武高から千葉海浜交通の路線バスに乗って十五分ほど、稲毛駅でちょうどタイミングよく来た総武線快速の電車に飛び乗って約三分。おなじみ千葉駅東口バスロータリーの8番乗り場前へとやってきた。
といっても今日の用事は、以前先輩とデートしたC-oneの通りやナンパ通りのあるこの東口側ではなくて、外房線の線路を超えた向こう側、京成千葉駅がある南口側になる。
先にこの東口に来たのは、自転車下校の先輩との待ち合わせのためで、いまは待ちぼうけだ。駅やバスから吐き出され吸い込まれと、右へ左へ行き交う人々をぼーっと眺めながら、はやく先輩来ないかなーなどと心のなかでつぶやく。
それからしばらく、待てども待てども先輩はやってこない。三十分ほどが過ぎ、途中で事故にでも遭ってないだろうかと少し不安になってきたところで、ようやく人混みの中に先輩の姿を見つけた。
「せーんぱーい、おっそーい!」
つい待ちきれずにこちらから駆け寄ると、心底申し訳なさそうに眉をひそめて先輩が言う。
「あー、いや、マジすまん。いつもの駐輪場が満車で、開いてるところがないか探してた」
「……そですか。まあ、ならしょうがないですよね」
千葉駅周辺にはいくつか市営の駐輪場があるけど、学校帰りの高校生が遊びに立ち寄る平日の夕方ともなると、東口などの繁華街に近い駐輪場は特に混みあうらしい。こればっかりはしょうがない。
それよりなにより、三十分近いロスをしてしまったことが、わたしの中でちょっとした焦りになっていた。
スマホで時計を確認すると、時間はもうすぐ十八時半。急がなきゃやばい。
「とりあえず、行きましょっか。こっちです」
「うす」
いつものように、先輩の袖をきゅっとつまんで歩き出す。
さて、と。
放課後制服デートのはじまりだ!
「ん? なに、そごー行くの?」
モノレールと京成の改札階向かうエスカレーターに乗ったところで、すぐさま先輩は今向っている場所がそごー千葉店だと気づいたらしい。
まあ、南口ってそごーくらいしかないしね、お店。
「まあ店は任せるけど、結局どんな感じのもの買えば良いんだ?」
「高校に入学する時、色々と用意するものってあるじゃないですかー。その中で、女の子が特に『欲しいな』って思うものってなんだと思います? ヒントは衣類です」
ちょっとしたクイズっぽく投げかける。
先輩はしばし黙り込んで考えると、よくわからんとばかりに肩を竦めて見せた。
「衣類っつうか、女子のファッションとか疎いからな……。ぼっちにはそういうのすげえ難しい」
少なくとも今の先輩はぼっちじゃないし、あんな美少女二人と仲良くしてるのになにいってんだってツッコみたくもなるけど、それはぐっと抑えて。
「じゃ、もひとつヒントあげます。毎日、学校へ着ていくものですよ」
再度投げると、こんどはすぐに言葉が帰ってくる。
「制服か? いや、けど制服はこんどの土曜に採寸だし、金は親父が出すから関係ないよな。……え、まさか下着?」
「は? 先輩、思春期の実妹に下着贈るつもりですか? セクハラですか?」
「ばっか、ちげえよ。お前が毎日学校へ着ていくものっつうから……」
思わず溜息が出る。いくらなんでも下着はないでしょ先輩……。や、確かに高校入学前に大人っぽい下着に買い替えたりするけどさ。ていうか下着って学校へ着ていくものってより、基本的には毎日常時着用するものだし。
それに、兄じゃなくて彼氏とか旦那さんとかでも、さすがにいきなり誕プレや記念品として下着なんて贈られたらゴミ箱行きでしょ。きもいもん。
「仕方がないですね……。最大のヒントです。いまのわたしとか、そこらへんいる女子高生の制服姿を見てピンときませんか?」
ちょうど下校時間帯ということもあって、そごーへつながる駅のコンコースは、学校帰りに遊びに来た女子高生や高校生カップルの姿を多く見かける。
彼女たちが着ている学校の制服はもちろん一種類じゃなくて、グループごとに、あるいはグループ内でも異なる、いくつもの学校のものだ。それはあたかも制服の見本市といった感じ。
それぞれがそれぞれの校則の範囲内で上手に可愛く着崩したりしていて、中でもブレザーの制服を着た子たちにはいずれにも共通するものがある。いまのわたしも、この点で一緒だ。
わたしに言われた通り、先輩はわたしや周囲の女子高生たちをちらちらと眺めた後、合点がいったのか「あぁ、なるほど……」と声を漏らした。
「わかった、カーディガンとかセーターか」
「ぴんぽーん。正解です」
女子中学生にとっての『華の女子高生になったらやりたいこと』は色々あるけど、特に上位に位置するのが『可愛い制服の学校に通って、可愛くおしゃれに着こなすこと』だ。
もちろん、全ての学校が可愛い制服指定や
けど、セーター・カーディガンやニットベストは別だ。
指定品や黒・紺以外禁止といった厳しい学校も一部にあるだろうけど、公立高校なんかだとそこそこ自由に選んで着れる。ベージュやキャメルといった定番色から、わたしも良く着るチェリーレッドやミルキーピンク、他にもサックスやライトパープル、ライムグリーンなどなど、その色は多岐にわたる。
単にそれだけじゃなくて、
わたしにとっても、可愛い制服やカーディガンっていうのは憧れだったし、先輩の妹さんがわたしと似たタイプだというのなら、きっと同じだろう。
「けどあれだぞ。この前、小町の制服採寸予約するのにカーディガンも欲しいとかどうとか言ってたし、被んねえか?」
「カーデなら何着あっても困らないですよ? いつも同じなのもなんかあれですし、コーディネート感覚っていうか気分で変えられますし。実際わたしや結衣先輩だって何色か着てきてるじゃないですか」
むしろいまどき、ニット類着用自由の学校で一着しかカーデを持っていない女子高生のほうが少ないかもしれない。
わたしや結衣先輩だけじゃなくて、総武高の女子ならみんな何着か着まわしているはずだし、雪ノ下先輩も何色か持っていたような覚えがあるし。
「結局なんにしたって考えてる時間ないですし、とりま誕プレとしてカーデ買って、もし他に思いついたら後で入学記念を別に買ってもいいじゃないですか」
「まあ、必ずしも無理に一つにしなきゃいけないってことはないしな」
実際問題ほんとに時間はないのだ。あと一時間半くらいの間で、広い千葉駅周辺をうろうろと彷徨い歩いたところで、これだ! っていう品が見つかる保証はないから。
「つっても、そういう制服用のカーディガンってそごーなんかで売ってんの? そごうって本館のほうは百貨店だし、ジュンヌ館のほうはあれだろ、いかにもリア充してる連中向けに、リア充店員がリア充っぽい服売ってる店ばっかりなんじゃねえの? ……けっ」
「いや、先輩……。リア充恨みすぎじゃないですかね……」
そんなに先輩ってリア充苦手なのか……。
わからなくはないというか、実を言えばわたしもあまり得意なほうじゃないけどさ。
「ま、それはいいんで、とりあえずついてきてください」
こんな無意味なやり取りをしていても時間がもったいないだけなので、先輩の袖をぐいぐい引っ張って急がせる。
そもそもここに来たのは、ちゃんと目的のお店があるからなのだ。
× × ×
頭上をモノレールが走るデッキを進み千葉そごー本館に入って、エスカレーターで七階へ。主に子供向けファッションを扱ったエリアへやってきた。
「え、ここ子供服でしょ……?」
先輩が怪訝そうにしているけど、気にせずぐいぐい引っ張ってフロアを進む。
小さなサイズが可愛らしいブレザーやスーツなど、フォーマルな子供服がいくつも展示されていた。ほとんどがきっと、入学・卒業式や結婚式向けなどとして売られているものだけど、その先の催事コーナーには子供服じゃないものがある。
新入学期間のみ全国各地に臨時出店されるショップで、わたしが考えた品もそこにある。
「これってあれか、なんちゃって制服だっけ?」
「そです。それです」
WESTBOYなどと並ぶ、女子中高生の定番ブランドのひとつ、SONOMi。
以前はWESTBOY一択という感じだったっぽいけど、最近だとティーンズ誌の特集記事や広告を通して知名度が上がり、他ブランドより女子高生の心をつかむものがあってすっかり人気ブランドになった。
売っているものは、いわゆるところのなんちゃって制服。自由服の高校へ通う生徒向けのブレザーやチェックプリーツスカートをはじめとして、スクールシャツ、ネクタイ・リボンタイ、ソックス、スクールバッグ、ローファーなど色々。どれもが女の子にとって、ある種の憧れの品だ。
先輩の妹さんがわたしと同じタイプの女の子なのであれば、SONOMiの品物を貰って嬉しくないわけがない。
――などと、ハンガーに掛かっている品々を見ながら先輩にざっくり説明する。
「じゃあ、お前のそのカーディガンもここの?」
「そですよ」
「ほーん。なるほどね……」
こういうの興味ないかと思ったけど、先輩は存外興味深そうにブレザーやスカートなどを手にとって、しげしげと見はじめた。
「なんか、生地とかしっかりしてんのな。本物の制服と変わらないつうか」
「そりゃそうですよ、本物の学生服メーカーがやってるブランドですし、コスプレ用じゃなくて通学用ですし。そのぶん、それだけ値段もしますけど」
「……うおっ、これ二万超えかよ」
手に取っていたブレザーの値段を見て、慌てたようにハンガーラックへ戻す。その慌てっぷりがちょっと微笑ましい。
けどま、わかるわかる。わたしも去年の今頃にカーデ欲しさで原宿の直営ショップへ見に行ったとき、値段見てびっくりしたし。
「なに、女子ってこういうのに金使ってんの? 小遣いどんだけ貰ってんだ……」
「そんなに貰ってないですよ……。自由服の学校通ってる子はさすがに親御さんが一式買ってくれてると思いますけど、そうじゃないと憧れはあってもなかなか手は出せないです。ちょっとカーディガン買い足したりするだけでもけっこうお金飛びますし」
「え、カーディガンも高いの……」
恐れ慄くように、先輩が少し顔をひきつらせている。
そうです先輩。こういうの、高いんですよ?
「まあ、さすがにブレザーほど高くはないですけど、ウニクロとかで売ってるような安いカーディガンと比べたらそりゃ高いですよね」
白に灰、紺、黒、茶、薄茶、ライムグリーン、緑、ラベンダー、ミルキー系ピンク、ルビーレッド、オレンジ、レモンイエロー、カナリアイエローなどなど、色とりどりに揃ったカーディガンの中から、ひとつ取って先輩に渡す。
色はベージュで、左胸に小さくブランドロゴのエンブレムがあしらわれている。
「それなんか、まさに定番のベージュって感じです。ほら、結衣先輩がこの色よく着てますよね。たぶん別のブランドのやつですけど」
「そういや由比ヶ浜がよく――って、これ七千円? カーディガンが七千円……。女子こわい……」
「や、こわいとか言ってる場合じゃないですから。特に他に候補ないんですし、とりあえずカーディガンなら間違いないです。妹さんに似合いそうな色、選んであげてください」
もうアドバイスというより誘導って感じになっちゃってるし、わたしがすべきはここまでだと思う。せめて色くらいは先輩が選ぶべきだから。じゃなきゃ、先輩じゃなくてわたしが選んだ贈り物になってしまうし。
もっと時間があれば、色々なお店を見て一緒に探すこともできたんだけど。
「小町に似合いそうな色……、色……。わかんねぇ……」
「妹さんが着てるところ想像してみて、これだなって直感があればそれです」
「つってもなぁ……」
女の子の服を選ぶ――なんていうのは、リア充かそうでないかは関係なく、なかなかしない経験かもしれない。なら悩んでしまうのも当然なのかも。
他の店をのんぼり見て回る時間はなくても、閉店まではちょっとある。なら、ここで色を焦って選ぶ必要はなさそうだ。
「じっくり考えていいですよ。わたし、その間にリボンとか紺ハイでも見てるので」
わたしが背後でぴったりくっついてると、余計なプレッシャーを与えちゃうかもしれない。
そう思って、わたしは背を向けた。
× × ×
「まあ、なんだ……。今日はサンキュな」
そごーからの帰り道。北口の駐輪場での別れ際、先輩がふいにいつぞや聞いたようなことを言った。
人から感謝されることなんて滅多ないから、それがどうにも照れくさく感じる。ちょい恥ずくて、むず痒い。
「い、いえ。いまいち役に立てたかわかんないですけど……。それより、妹さん喜んでくれるといいですね」
「それなんだよなぁ……。『え~』とか言われたら死んじゃうまである」
結局あのあと先輩は一時間近くも悩んだ末、閉館のアナウンスが流れ始めたところでようやく踏ん切ったように、一つのカーディガンをひっつかんでレジへ向ったのだった。
先輩が選んだ色はライムグリーンで、明るい薄緑色のもの。
どうしてその色を選んだのかと聞いてみたら、『お前と同じであざとい感じだから、あざとい色が似合いそう』とか『なんとなく小町は緑っぽいイメージ』とかなんとか。
「大丈夫ですよ。ライムみたいな色って、可愛いだけじゃなくて清楚感もありますし、きっと妹さんに似合います。喜んでくれると思いますよ?」
「……あー。そう言ってくれると少し気が楽だけど、それでもやっぱ緊張するわ。告白並みに緊張する。むしろ告白だわこれ。小町愛してるッ!」
「はいはい。先輩が妹さんのこと大好きなのはわかりましたから、ちょっと黙りましょっか。周りの人に変人だと思われたらやですし」
ここまで先輩に愛される妹さんがどれほど可愛い女の子なのか、早く実際に会ってみたい。そう思うのと同時に、ちょっと嫉妬。
わたしも先輩の妹だったら、こんなに大切にしてもらえたんだろうか――と。
わたしは妹じゃなくて後輩だから、そんなことを考えたって仕方がない。そんなことはわかっているけど、どうしても妹さんのことが羨ましく思えてしまう。
「そだ、先輩。……これ、妹さんに」
余計な思考は捨てて、手にぶら下げていた買い物袋から、包装紙でラッピングしてもらった小袋を取り出す。
中身は大したものじゃなく、ワンポイント入りの紺ハイ。先輩が大量のカーディガンの前でうんうん唸ってたときに、こっそり買っておいたものだ。
「え、お前まだ面識ないけど、いいのか……?」
わたしが妹さんへのプレゼントを用意したことが存外だったようで、先輩は遠慮するように戸惑う。
ぐっと押し付けるように手渡した。
「誕生日というか、先輩にお世話になってる後輩からの、個人的な合格祝いってことで」
「なんか、悪いな」
「いえいえ。今後お近づきになるでしょうし、よろしくお伝えください」
妹さんにはちょっぴり変なライバル心も湧くけど、来月になればわたしの後輩だ。きっと関わり合うようになっていくんだろうし、仲良くなりたい。
だから、いまから来月が楽しみだなって。
「じゃあ、妹が飯作って待ってるし、そろそろ行くわ」
「はい。今度、妹さんが喜んでくれたかどうか教えてくださいね?」
「ん、了解」
別れの言葉を残して、先輩はよっこらせばかりにと自転車に跨り、ゆっくりと走り出した。
ちょっと頼りなさげな猫背が、少しずつ遠ざかっていく。
確かに、先輩は男の子としてはちょっとダメダメなところもある。けど、いざという時はすごく頼りになる、優しい心を持った人なのだということを、わたしは知っている。
まだ付き合いの浅いわたしですら、先輩を知る中で惹かれていったのだから。ならばきっと、ずっと一緒に暮らしてきた妹さんにとって先輩は、それこそかけがえのない大切な存在に違いない。
――決して先輩はぼっちでも、ひとりでもないんですよ。
暗い北口の路地へと消えてゆくまで、いつまでも先輩の背中を見つめながら、ぼんやりと、そんなことを思った。
了
なぜ小町生誕祭記念SSがいろは生誕祭の章にあるのかというと、この作品の設定を使った作品があるからです。
というわけで、続きます。