いろはす・あらかると   作:白猫の左手袋

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3分割のまんなかです。
今回は各キャラ視点、モノローグありの小説形式が基本となります。



(中編)

 

「そですか……。まさか、お二人に聞かれてたとは」

 

 親にいたずらがバレた子供みたいに、いろはちゃんが身体をびくっとさせた。

 うっかり聞かれちゃうとは思ってなかったみたい。

 そりゃそうだよね。あたしたちに聞かれちゃヤだから、あの日中庭で会話してたんだろうし。

 

「まあ、ぶっちゃけそういうことです。お二人ってどう見ても先輩のこと大好きですし、先輩もどう見てもお二人のこと大好きですし、いまさら一人欠けてもダメっぽい感じじゃないですかー。だったら、いっそ三人でくっついちゃえば、いつまでもぐじぐじ悩んで色々めんどくさ――じゃなくギスギスしたりすることもなく、まぁるく上手に収まるんじゃないかな~って」

 

 ……前から思ってたけど、いろはちゃんってけっこう黒いよね。

 けど、いつから気づかれてたのかな。あたし、そんなにわかりやすいかな……。

 

「あの、一色さん。あなたが私たちの気持ちに気づいたのって……」

「あー……。そりゃまぁ。最初からなんとなくそんな感じの危うい雰囲気だなーとは思ってましたけどー。確信できたのはフリーペーパーづくりの時、写真をお二人に見られちゃった時ですかねー。あの後しばらく、お二人ともわかりやすいくらいあからさまに反応してましたし」

「そ、それってっさ、喫茶店の写メ?」

「ですです」

 

 フリーペーパー……だっけ? あの時、いろはちゃんは色々なお店とかの写真とかを見せてくれた。

 その中に紛れ込んでいた一枚。超めっちゃ可愛い笑顔のいろはちゃんと、なんか照れた感じのヒッキーがツーショットで写ってたやつ。あれを見た時のことは、いまもはっきり覚えてる。

 一瞬ドキッとして、ズキズキチクチクと胸が痛くて、ちょっとムカってなって。きっと嫉妬だった。

 

「それ以外にもまあ、色々と、これは間違いないなーって思えることはいっぱいあったんですけどね~」

「……あたしたち、そんなに分かりやすかったかな」

「雪ノ下先輩はまだしも、結衣先輩はわかりやすいなんてもんじゃないと思いますけどねー」

 

 そう言って、いろはちゃんはあたしたちをからかうみたいに、にやって笑った。

 そんなにわかりやすいんだ、あたし……。

 

「……それで、お二人は、これからどうしようって思いますか?」

 

 いろはちゃんが、ぐっと踏み込んで聞いてくる。

 あたしたちの気持ち。

 いろはちゃんがヒッキーに言っていたことに、あたしたちも乗っかる。それはもう決まってる。だって、それ以外にあたしとゆきのんが一緒に笑顔でいられる方法なんてないと思うから。

 ……けど。

 

「質問に質問を返すのは反則だとわかっているけれど……。一色さん。あなたは、それでいいのかしら?」

 

 真剣にじっといろはちゃんの瞳を見つめて、ゆきのんが本題を振った。

 これを聞くために、いろはちゃんと三人で話す時間を作ったんだから、ちゃんと聞かなくちゃ。

 あたしたちの、これからのために。

 

「それで……?」

 

 なんのことかわからないって感じで、いろはちゃんは言葉を返した。

 

「あなたは、私と由比ヶ浜さんと比企谷くん、一人も欠けずに、みんなが幸せになれる方法だと言っていたわ。……けれど、ならばあなたはどうなるの?」

「わたしが、ですか?」

「いろはちゃんも、ヒッキーのこと、大好き……なんだよね?」

 

 まだとぼけているいろはちゃんに、ゆきのんに代わってあたしが聞いてみる。

 けど、いろはちゃんの反応はいまいち悪くて。

 

「……はあ。まあ、好きか嫌いかで言ったら好きなほうですけど。じゃなきゃあんなアドバイスしませんし」

 

 って言って、微妙そうな顔をした。

 でも、だけど。ヒッキーと一緒にいる時のいろはちゃんは、すごく楽しそうで、超可愛くて、あたしたちが嫉妬しちゃうくらい恋しているように見えて。

 ……あたしたちの、勘違いだったのかな。

 

「それに、わたしには憧れの人がいますからねー」

「それはつまり、葉山くんのことかしら?」

「ですです! やっぱ葉山先輩って超かっこいいじゃないですかー!」

「いろはちゃん、まだ隼人くんのこと……?」

「……はい。葉山先輩は、いまもわたしの憧れですから」

 

 さっきのゆきのんと同じように、いろはちゃんも真剣な顔でそう言った。

 

「そう……」

「……そっか」

 

 いろはちゃんの瞳には、声には、なんか決意っぽいものが見える気がして。

 だからこそ、いろはちゃんの言葉は本当のものなんだって思える。

 

「だから、お二人とも考えすぎですよ」

 

 いろはちゃんはにっこりと笑うと、くすっと小さく吹き出してから、また真剣そうな顔をして続けた。

 

「先輩、きっといますごく悩んでると思います。ま、堂々と二股かけろなんてアドバイスされたら当然だと思いますけど……。もしお二人にその気があれば、お二人の方からもアプローチしてみてください。きっと、悪い結果にはならないと思いますよ?」

 

 

 

               ×  ×  ×

 

 

 

 猪突猛進……じゃないけど。やりたいことがあったら、その目標や目的のために頑張って前を向いて進む。

 それが、かつてのわたしのポリシーだった。

 恋愛のことだけではなくて、……まあなんていうか、おねだりとかその他色々も含めて。

 ある目標や目的のためには人を巻き込んでいかなきゃならないとして、それをいちいち遠慮したり怖気づいたりしていたら、目標にも辿りつけないし、目的を達成することなんてできなくなってしまうから。

 けど、いまは違う。

 全然前を向いていないどころか、むしろ後退しているような気もする。

 怖気づいたっていうのか、それともヘタレたっていうのか。あ、それってどっちも同じか。

 

 だって。怖いから。

 

 結衣先輩たちに聞かれたとおり、わたしは先輩のことが好き。

 あんな捻くれ者なのに、気づけばなぜか惹かれていて。

 ふつうなら最悪なはずのデートだったのに、なぜか先輩だから許せてしまって。楽しかったと思えて。

 あんな先輩のことを、落としてみたくなって。ずっとそばにいたいって思えて。

 

 だからこそ、怖い。

 あんな三人の関係を見てしまったら。怖くてたまらない。

 わたしには、入る余地なんてないと思えてしまうから。

 

 ……それでも、恋人じゃなくても、友達としてなら。

 先輩の親友になれれば、これからも先輩のそばにいられるんじゃないかなって。

 だから、わたしは――。

 

 

 

               ×  ×  ×

 

 

 

「なるほどね。それでお兄ちゃんは悩んでるんだ」

 

 深夜に行われた誘導に次ぐ誘導な尋問が終わると、大きくため息を吐いてから、小町が呆れたような声色を零した。

 

「でも、確かにいろは先輩の言うとおりかもね。お兄ちゃんたちってさ、相互依存っていうのかな? お互いのことを想いすぎててさ、誰か一人でも欠けたらダメって感じでさ……。もう、どっちかを選ぶとかそういう次元じゃないじゃん」

「やっぱ、そう見えるもんなのか?」

「小町が部員になってまだ三ヶ月しか経ってないし、いろは先輩ほど奉仕部を見てきたわけじゃないけどねー。それでもさ、実際そう見えるし、いろは先輩がそういうアドバイスしたのもきっとそう思ったからじゃない?」

 

 小さい頃からずっと俺を見てきた小町が言うんなら、間違いなく奉仕部ってそう見えるのか。

 いや、別に一色を疑っているわけじゃないけどさ。実際そんな感じになってしまっているのは間違いないし。

 

「だってさ、例えばお兄ちゃんと結衣さんが恋人になって、雪乃さんが選ばれなかったとしたらさ、お兄ちゃんは雪乃さんへの気持ちがくすぶってて、結衣さんは雪乃さんに後ろめたい気持ちが残って、雪乃さんも当然辛い思いして。そんなの、三人とも不幸だし、崩壊確実じゃん。選ばれたのが結衣さんじゃなくて雪乃さんでも同じ」

 

 それもわからなくはない。

 一色に見抜かれたとおりで、俺は雪ノ下のことが好きであり、由比ヶ浜のことが好きだ。二人のことが好きだ。この気持ちに嘘偽りも勘違いもないし、今更もう否定しようとも思わない。

 だからこそ、そんな最低な感情を持ったまま二人のどちらかと恋人になるなんて、許されることではないと思っている。

 

「じゃあ、付き合わないでこのままっつうのは」

「別に、三人がいいなら、それでも小町はいいと思うよ? ……三人がお互いに依存してさえなければね」

 

 依存は、これも否定できない事実だろう。

 二月のあの出来事以降、俺も、雪ノ下も、そして由比ヶ浜も。そしてそれは、時間が経つにつれて強くなっていっている。それこそ現在進行形で。 

 

「お兄ちゃんたち三人の関係がきっぱりさっぱり片づいてさ、ただの仲良しな友達でいられるならそれでもいいじゃん。もしそうならさ、いつかそのうち結衣さんや雪乃さんにも恋人ができて、お兄ちゃんにもそう。でも、ぶっちゃけお兄ちゃんたちってそんなに器用じゃないじゃん?」

「まあ、器用じゃねえからぼっちやってるわけだしな。俺は」

「……まだ言ってるんだ。自称ぼっち」

 

 ……そりゃまあ、相互依存関係にあるということを考えれば、俺はぼっちではないというか、俺ら奉仕部三人がある意味ぼっちに類似した状態というか。

 

「それにさ。いろは先輩だって、相当な覚悟でアドバイスしたんだと思うよ」

「あいつが? なんで覚悟?」

「わかんないの?」

「いや、……まあ、二股かけろなんて、こいつ頭おかしいのかって思われても仕方がない意見だしな。それは覚悟も必要か」

「は?」

 

 俺が言うと、小町はあからさまに人を馬鹿にしくさったような態度を見せる。

 ……あの、小町ちゃん? 口がヘの字に歪んでますよ?

 

「あのさお兄ちゃん。まさかと思うけど、気づいてないの?」

「いや、そんなこと言われても、なんのことだかさっぱりわかんないんだが……」

「……それでもいいのかもね。いろは先輩的には。……そろそろ寝るね。おやすみ」

 

 含みのあるような言葉を残すと、小町は立ち上がってリビングを後にした。

 なんなのそれ。全然、わかんねえよ。

 

 

 

               ×  ×  ×

 

 

 

「あのね、ヒッキー。あたしはね、ヒッキーのことが好き」

 

「比企谷くん。私も、あなたのことが好きよ」

 

「どっちかを選べなんて、言わないよ? 選んでほしくなんて、ないんだ」

 

「おかしいかもしれないけれど。普通ではないけれど。それでも、私たちは……」

 

「これが、あたしたちの素直な気持ちだよ?」

 

 

 




もう1話だけ続きます。

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