分割こそしていますが、全編で12,000文字程度ですので、さくっとお読みいただければと。
ちなみに冒頭部分など、一部で誰の視点でもないモノローグなしの台本形式を挟んでいますが、それ以外は基本的に各キャラ視点の小説形式(モノローグあり)となります。
(前編)
「そういえば、ちょっと気になっていたことがあるんですよね~」
「気になっていたこと? なんだ?」
「先輩って、結衣先輩とあれから何度かハニトーデート行ってましたよねー? で、雪ノ下先輩ともパンさんグッズ買いにデート行ったりしてましたよね」
「デート? 別にそんなんじゃねえだろ。男女が二人で出かけたらデートなのかよ」
「いや、そういうのいいんで。あのお二人とそれぞれ何度も出かけてるのは確かですよね」
「まあ、そうだな。由比ヶ浜とはもともと約束もしてたし、雪ノ下も新しいグッズに興味を示してるっぽかったしな」
「……二股はよくないと思うんですよねー」
「お前、何言ってんの?」
「まあ冗談として、結局、先輩ってどっちと付き合うのかなーって」
「どっちとって、別に付き合うとかそういうのなくない?」
「なくない? って、なくないですかねーそれ」
「ん? よくわからんが」
「あのお二人が先輩に好意を寄せているのは気づいてますよね、さすがに」
「……まあ、別に俺は鈍感系でも難聴系でもねえからな」
「じゃあ、あのお二人のどっちかと付き合おうとは思わないんですか?」
「相手はあの雪ノ下と由比ヶ浜だぞ? 俺なんかとは釣り合わねえだろ」
「いや、外見的には十分釣り合うと思うんですよね。ちょっと目つきがアレですけど」
「だいいち、別に俺はあいつらのことをどうこうっつうのは」
「は?」
「なにそのゴミを見るような目……。そもそもだな、俺には戸塚と小町っていう」
「いや、そういうのいいんで」
「……そりゃ、好きかどうかと問われりゃ否定はできんけどな。けど、どちらのほうが好きかというとそれは違う」
「つまり、両方とも好きだから選べないと」
「そうは言ってねえだろ」
「…………二股はよくないと思うんですよねー」
「だから違うっての」
「けど実際、先輩がもしもあのお二人に『俺は二人が好きだ! 二人とも俺の彼女になってくれ!』って言ったら、ふたりとも受け入れてくれちゃうかもなんですよね。たぶん。あの二人、先輩のこと好きすぎですし」
「……けど、それじゃ二股だろ?」
「わたし的にはよくないと思うんですよね。二股」
「なら」
「でも、いまの曖昧な関係をずっと続けるほうが、もっとよくないと思うんですよねー」
「どうしてだ?」
「お二人とも、心のどこかでは期待しているはずなんです。もしかしたらって。いつかそうなれたらいいなって」
「はずって、断言できるだけのソースはあるのかよ。それ」
「ソースはわたしです。だって、わたしもそう思ってますし」
「……そうか、葉山か」
「けど、期待と反対に不安もありますよね。例えば、この想いが実るときなんて来ないんじゃないか……って」
「わからんでもないが」
「なら、もう曖昧な関係はやめて、ちゃんと二人と付き合っちゃえばいいんじゃないですかねー」
「いや。っつってもな、二股とか最低男のやることだろ」
「他人にとって最低男でも、あの二人にとって最高の男になればいいんじゃないですか? よくわかんないけど」
「よくわかんないけどって、お前なぁ。……つか、お前はそれでいいのかよ」
「っえ!? わたし、ですか……?」
「例えば葉山から、『いろはが好きだ。だけど優美子のことも好きだ。三人で恋人になろう!』なんて言われたら受け入れるのかよ、お前は」
「……は? 何言ってるんですか先輩アホなんですか。そんなこと言われたらいくら葉山先輩でも顔面殴りたくなるくらい無理です」
「だろ?」
「ていうか先輩、いまの全然葉山先輩に似てませんでしたよ?」
「似てないのはわかってるからほっとけ」
「けど、あの二人なら受け入れちゃうと思うんですよ」
「ソースは?」
「……ソースはわたしです」
「いや、いま否定したばっかりだろお前」
「それとこれは違うんです! ……とにかく、わかるんです。ソースはわたしなんです」
「全然わかんねえから」
「じゃあ、先輩はずっとこのままのほうがいいんですか? もしそうなら、そのうちわたしが余計にややこしくするかもですけど」
「俺だってずっとこのままって訳にはいかないことくらいわかってるし、それに、別にぬるま湯に使っていたいってわけじゃねえけど……。つか、ややこしくするってなんだよ。怖えよ。やめてくれよ」
「せっかく努力して沸かしたお湯だって、その温度に保とうと努力を続けなかったら、そのうち冷水に戻っちゃいます。……また、いつかみたいになるのは、わたしも嫌だなって」
「それは、まあな」
「もうすぐ夏休みですよ? 時間の猶予だって……」
「それを言ったら、お前はどうなんだよ。葉山とは」
「……まあ、それはそれです」
「自分のことは棚に上げて俺だけ説教されるの、いまいち腑に落ちないんだが……」
「わたしは別にいいんですよ。余計にややこしくなりますし」
「だからそのややこしくなるってなんなの……。怖いから」
「先輩、ほんとはわかってるのにわかってないフリしてません?」
「いや、ぶっちゃけお前の恋愛沙汰まで気にしてる余裕ないから」
「…………そですか。別にいいですけどねー」
「逆に、なんでお前は俺らのこと気にしてるわけ? 気にしたところで見返りがあるわけでもないんだし……」
「……大好きなんです」
「っは?」
「大好きなんですよ。先輩と、結衣先輩と、雪ノ下先輩と。三人が仲良くて、くだらない言い合いしたりして、暖かくて居心地がよくて。わたし、そんな奉仕部が大好きなんです。いつまでもそばで見ていたいなって。一人も欠けずに、ちゃんとみんな幸せになってもらいたいなって」
「だから、ついつい気にしちゃうんですよねー……。余計なお世話だってことくらいわかってるんですけど、最近の先輩たちを見てると、その関係のままで本当にいいのかな~って。先輩たち、三人とも捻くれてますから。ほっといたらずっとそのままか、それかおかしな方向へいっちゃいそうなんですもん」
「二股こそ、おかしな方向じゃないのかよ」
「どうなんですかねー。さっきも言いましたけど、あのお二人がよければそれでいいんですよ。それにきっと、たぶん。三人は三人じゃないと。一人でも欠けちゃったらダメじゃないですか。……だから、あとはお二人次第ですかねー」
「つってもなぁ。なんて言って告白すりゃいいんだよそんなの……。二股してくださいなんて言えるわけねえだろ。ハーレムゲーかよ……」
「ふふっ。お二人のことが大好きなのは、もう否定しないんですねー先輩」
「……えっ。いや、なに? これって長い誘導尋問だったの? 策士かよお前は」
「そういうつもりじゃないんですけど、けどまあ、先輩の気持ちがわかったのは大きな収穫でしたねー。先輩はあのお二人のことが大好きで大好きで夜もまともに寝れてないわけですね」
「いや、普通に寝れてるから。勝手に
「でも、大好きなんですよね? 結衣先輩と雪ノ下先輩のこと」
「……まあ、な」
「だったら、あとは告るだけでゴールインじゃないですか」
「だからなんであの二人が受け入れる前提なんだよ」
「先輩、意味もなく話をループさせなくていいですから。さっき言いましたよね。わたしがソースだって」
「そのソース、薄すぎてソースとして認めたくないだけど。成分なさすぎてほとんど水じゃない?」
「じゃあ、先輩はどうしたいんですか? 他に方法ってありますかねー……」
「…………わかんえねよ。そんなの」
「なら、もう答えは出てるじゃないですか」
「答え、ね」
「あの日、先輩は自分の気持ちを打ち明けることができたじゃないですか。だから、きっと大丈夫ですよ」
「……まあ、家帰ったら、よく考えてみるわ」
「はい。……応援してますからね、先輩」
「……うす」
× × ×
「……あ、あはは。ゆきのん。なんかすごいこと聞いちゃったね」
どこか後ろめたそうに表情を歪めながら、由比ヶ浜さんが小さく零した。
確かに、すごいことを聞いてしまった。
いつものように奉仕部へ向かおうとして、渡り廊下を通りかかったらこれだ。まさか、通路下の中庭で、彼と一色さんが私たちのこれからについて話しているなんて思ってもいなかった。
しかも、二股交際だなんて、考えたこともない。
「そうね……」
「ゆきのんは、どう?」
どう、というのはつまり……。
考えたこともなかったから衝撃的ではあったけれど、一色さんの言うとおり、他に方法もないのだろう。
彼と私、彼と由比ヶ浜さん、そして私と由比ヶ浜さん。三人がこれまでどおり三人でともに歩むことができて、三人とも同じように想いを叶えることができる。そんなの、まちがった方法だとは思うけれど、これが唯一なのかもしれない。
独占したいという欲がないといえば嘘になるけれど、それは由比ヶ浜さんも同じはず。
「……あたしはね。あたしは、それでいいかなって思うんだ。ゆきのんとも、ヒッキーとも、これからもずっと一緒にいたいから。それに、前みたいなの、やだし」
「由比ヶ浜さんが構わないなら……。私も……。私も、それでも構わないのだけれど」
「そっか」
しかし、もしそれが唯一の選択肢なのであれば、一色さんはどうなるのだろうか。
私の勘違いでなければ、恐らくきっと、一色さんも彼のことを想っているはず。
一色さんの性格や行動を考えれば、好きでもない男子相手に気を許しそして気にかけるようなことはありえないだろうと思うし、それに、比企谷くんと会話をしている時の一色さんは実に楽しげで、嫉妬してしまいたくなるほどにまで可愛らしい。
――だからこそ、本当にそれでいいのか。
「けどさ、……いろはちゃんは、それでいいのかな」
由比ヶ浜さんも、私と考えていることは同じだったようだ。
私と彼、彼と由比ヶ浜さん。もし本当に三人で恋人になることがあったとして、つまり私と由比ヶ浜さんの想いが叶ったとしても、一色さんはそうではない。一色さんの好きな人が比企谷くんであればの話だけれど。
……そもそも、これが私たちの単なる思い違いで、一色さんは一色さん自身の言うとおり、葉山くんのことを好いているというのが事実なのかもしれない。本当のところはわからない。一色さんの心の中は、一色さんしか知らないのだから。
けれど、もし私と由比ヶ浜さんの想いが叶う一方で、一色さんが一人身を引くことになってしまうのだとしたら。
それでは、意味がないのではないだろうか。
「ゆきのんさ、……今度、話してみようよ。いろはちゃんに」
続きます。