といっても、いろゆきガールズラブではありません。
以前ハーメルンでも投稿していた作品で、短編集形式とする際こちらにまとめました。
雪ノ下先輩がかわいい。
『雪ノ下先輩がかわいい。』
生徒会備品の買い出し。
そんなもの学校で発注してくれればいいのに、総武高では生徒会役員が自ら買い出しに行ったり発注をかけたりする決まりらしい。自主性がどうとか。
だからめんどうだけど、わざわざ放課後に南船橋までやってきた。
ちなみに副会長と書記ちゃんは予備校、稲村先輩はバイトなので同行は頼めず、どっかのせんぱいは察知したのか帰ってしまい捕まらなかった。
すなわち、今日はわたしひとりだ。
北館一階の『東横ハンズ』で必要なものを揃え、用事を全て済ませてから、ららぽの中を彷徨く。
放課後のららぽは制服姿ばかりが目立っていた。そのほとんどが女子グループかいちゃこらリア充で、わたしのように女子ひとりだけでぶらつく姿は見られない。
……どうせわたしゃ非リアですよ。
せっかくここまで来たんだから、存分に楽しむことにする。
まあ、手持ちは少ないから、あれこれたくさんお買い物ってわけにはいかないんだけどさ。
ウインドウショッピングってやつだよね。見ているだけでもけっこう満足したりするし。
まずは北館の二階『くらざわ書店』を覗いてみる。
せんぱいがよく読んでいる萌え系ラノベとかをちょっと手にとって見て、試しにどれか買ってみようかと思い、けどやっぱり躊躇する。
萌えラノベを読むわたし。
うん、ちょっとないわー……。っべー、さすがにそりゃないわーいろはすー。
想像してみた姿があまりに違和感ありすぎて、うっかり戸部語になってしまった。許すまじ戸部。ていうか誰だよ戸部。
けどまあ、物は試し。
食わず嫌いで判断するのはよくないし、なにより、せんぱいの好きなものがどんなものなのか知ってみたいという欲求が勝さった。
とりあえず、『アニメ2期製作決定!』というポップが貼られたラノベを一冊取ってみる。
浅崎暮人っていうイラストレーターさんが書いたらしい表紙イラストは、確かに萌え系の絵柄なのかもしれないけど、とても美麗に思えた。萌え系についつい感じてしまう嫌悪感のようなものはない。題名がちょっとアレだけど。
これにしよう。
そう決めて、レジへ持っていく。
書店を出てからしばらく歩いて、同じ北館二階の『
女子中高生にとってウェストボーイっていえば、なんちゃって制服とかスクールアイテムの定番だよね。みんな“
けど、残念ながら店舗名に『コメット』って付いてる店は小学生などの親子向けがメインで、肝心の中高生向け制服関連のアイテムは少なめ。
実際、あまり在庫はなかった。
ざっとパステルカラーのベストやカーディガンを見て、店を出る。
そのすぐとなり、同じく子供服メインの『
このブランドも、タンボ学生服からなんちゃって制服とかの中高生向けアイテムが出てるけど、学生服専門の販路っていうのがあるらしくて、こういう店舗には基本置いてないらしい。
des猫のワンポイント刺繍が入ったカーデとか紺ハイ、すごく可愛いんだけど、取扱店が制服取次店ばっかりでなかなか入手難。こういう普通の店でも売ってると良いんだけど……。
というわけでここはスルー。
のんびり歩いてメガネ屋の『JONS』。
目つきがアレなせんぱいも、伊達でいいから眼鏡をかけたら、ちょっとくらいは印象良くなったりして……。なんて失礼なことを考えてみる。
そういえば、そろそろ今年の新作水着が出る頃かな……と、水着ブランド『二愛』のショップへ。
ここは水着だけじゃなくて下着も売ってるのでついでに見て、せんぱいはどんな下着や水着が好みだろうか考え、そして色々と妄想をふくらませてみる。
……とても虚しい。
彼女でもないのに、なにやってるんだろう。わたし。
あまり好みのものはなかった。というわけで出る。
プール行く友達もいないから、水着買う必要もないんだよね。そもそも。
そこから『光の広場』を挟んだ先、『
お店の間口までいっぱいに飾られている色とりどりの布地。もちろん外まで丸見え。そのせいか、前を通る男性は逃げるように足早だ。ちょっと面白い。
要するに、ここも下着屋さん。トランプのお店。十代後半から二十代くらいの女性向けって感じで、ギャル系の子が好きそうな派手めなデザインが多いかもしれない。レースいっぱいとか柄とか。
なぜか下着屋さんのマネキンって中に電球が仕込まれていて光るけど、そんな光るマネキンには勝負下着っぽさのある黒いブラ・ショーツセットが着せてあった。結衣先輩、よくこういう下着つけてるよなー……などと。
わたしはどっちかっていうとシンプルめなパステルカラーのサテンとかが好きなんだけどね。安いし。
ていうかトランプとかって高いんだよね。ブラ・ショーツ1セットで5,000円とか、さすがに無理でしょ。
……だから、わたしは庶民の味方、安心価格な千草台のむらむらか小仲台のバシオスでいいです。最近は質とかデザインもかなりまともになったし、別に誰に見せるわけでもないし。それかネット通販。
というわけで、冷やかすだけ冷やかして出る。
そうこうしているうちに、けっこう時間が経っていたらしい。時計は19時半を指していた。
今日は月曜日なので、ららぽのショップのほとんどは20時に閉まってしまう。
もうあまり時間もないので、最後に『ディスティニーストア』へ寄ろうと、もと来た道を足早に引き返し、『子供の広場』のエスカレーターで一階に降りる。
そして、すぐ先にあるディスティニーストアへ足を踏み入れようとしたところで――。
彼女を見つけた。
× × ×
ランド・マッキントッシュ氏原作『Panda's-Garden』。
またのタイトルを『Hello, Mr.Panda』。
かわいいよね、パンさん。わたしも好きです。
小さいころ、よくDVDを見せてもらった。『パンダのパンさん クリストファー・マッキントッシュをさがせ!』とか特に好きで、吹き替えの七代駿さんが歌う
そのパンさんの、デフォルメされたディスティニーつむつむ版『つむパンさん』ぬいぐるみ。
以前に売り切れていたつむパンさん(はちパンVer.)のMサイズが再販になったらしく、店の間口すぐの広い棚にぽつりと三つだけ並べられていた。
見る限り、在庫はもう残り少ないのだろう。
ディスティニーストアは、店頭の在庫が減る前にどんどんこまめにバックヤードから補充すると聞いたことがある。なのに、表の在庫がこれしかないということは、売り切れ間近ということだ。
「…………」
そんな棚の前で、つむパン(はちパンVer.)のぬいぐるみをじ――――――っと見つめている、総武高制服姿の女の子。
しばしして、そっと手を伸ばしたと思いきやすぐに引っ込め、また手を伸ばしては引っ込め、そして自らに何かを言い聞かせるように首をふるふると振っていた。
「…………っ」
しかし、ついには理性が弾けたのか、つむパンをひとつ手にとってしまった。
そして、デフォルメされたつむつむキャラ特有の小っちゃなお手々の感触を、細く華奢な白い指先でむにむにと楽しみ――、
「…………!」
はっと我に返ったのか、つむパンを元の棚に戻して、しゅんと俯いた。
――かわいい。
かわいい! なんなのあの生き物……!
せんぱい大変です! 雪ノ下先輩超かわいいですよ!
「…………」
もしかすると手持ちがなかったのか。
その横顔はどこか寂しげで、名残惜しそうに何度もチラチラとPOPの値札を見て、そしてため息を吐いている。
ん~……。税込で1,944円かー……。
財布を取り出してみる。
まあ、そのくらいならある。
思えば、雪ノ下先輩の誕生日、わたしなにも渡してないんだよね。
あの時はまだそれほど親しくなかったし、そもそも1月3日が誕生日だったってこと自体知らなかったんだけど……。
やがて諦めたのか、雪ノ下先輩は肩を落としてとぼとぼと店の前から歩いて行く。
よし。決めた。
……今すぐ買えば、追いつけるよね。
ディスティニーストアに駆け込んで、いちばん形の整ったつむパンを選んで取り、レジに並ぶ。
いつもはランドやシーの前売りパスポート発券などで混んでいるレジだけど、平日のそれも閉店間近な時間だったこともあってか、あっさりと買うことができた。
店を出て、雪ノ下先輩が向かった方へと急ぐ。
思いの外すぐに見つかった。
そのまま声をかけて渡すだけじゃなんかちょっとつまらない気がしたので、モノマネしながら渡してみることにする。驚いてもらえれば嬉しい。
まだ雪ノ下先輩までは少し距離があるので、ここなら声は届かないはず。ちょっと練習。
んんっ。七代駿さんをイメージして、ちょっと低めのゆる~い鼻声で……。
「あぁたいへんだ……。また酒がからっぽ。ほんの一滴しか残ってない……」
……っべー。似てないわーいろはすー。
まあいい。似てなくても伝わればいいんだから、脳内戸部先輩は黙っててください!
なるべく音を立てないよう距離を詰めて、そっと後ろにつく。
つむパンさんのぬいぐるみを取り出して、準備は万端。
七代駿さんの声まね、七代駿さんの声まね……。
「やあ、ユキノ・マッキントッシュ」
「っ――!?」
手を伸ばして、つむパンさんだけを雪ノ下先輩の顔の前へ回りこませる。
「わぁたいへんだ……。元気ないけど、どうしたんだい……?」
そして、言いながら、雪ノ下先輩の前に立つ。
その顔は少し赤い。
「一色さん……。なんでも、ないわ」
ちょっとむすっとした口ぶりで、ついとそっぽを向いてしまった。
そんな態度が微笑ましくて、やっぱり可愛い。
「雪ノ下先輩。これ、プレゼントです」
つむパンさんをそっと差し出す。
雪ノ下先輩は目を丸くして驚き、一瞬だけ子供のように瞳を輝かせて、しかしぐっと堪えるように視線を伏した。
「プレゼント……? もらう理由はないと思うのだけれど……」
「さっき、ディスティニーストアでじっと見てましたよね?」
またも驚いたように目を見開いた。
「……見ていたの?」
「はい。ばっちりと」
「そう……。恥ずかしいところを見られたわね……」
こめかみのあたりに手をぽんと当てている。
呆れたり困ったりした時に雪ノ下先輩が見せる癖だけど、どことなく考え事をしている時のパンさんの癖とも似ている気がする。
「けれど、だからといってもらう理由は――」
「わたしの誕生日、雪ノ下先輩からもらったじゃないですか。ティーカップ」
もう先月のことになるけど、4月16日――誕生日プレゼントとして、雪ノ下先輩からティーカップをもらった。
そのプレゼントはすごく嬉しかったし、それ以上にもっと嬉しかったのは、ティーカップを選んでくれた理由が『あなたも奉仕部の一員なのだから』というものだったこと。
「すごく、嬉しかったんです。……けど、わたしは雪ノ下先輩の誕生日、プレゼントをお渡ししてませんから」
押し付けんばかりに、つむパンさんを差し出す。
「だから、これ。半年くらい遅れちゃいましたけど、日頃の感謝も込めて、プレゼントです」
雪ノ下先輩の目をじっと見つめる。
やがて、雪ノ下先輩はすっと手を伸ばし、つむパンさんを受け取った。
「本当に、いいの?」
「もちろんです。そのために買ったんですから。だから、もらってください」
どっかの誰かと同じくらい捻くれてる雪ノ下先輩でも、ここまで言えば、ちゃんともらってくれるだろう。
「……ありがとう。一色さん」
頬を染めて、雪ノ下先輩がはにかむ。
その姿がとても愛らしくて、同姓のわたしでもちょっと胸がきゅんした。
そして同時に、こんなに可愛い人相手に勝てっこないな……。などとついつい考えてしまって、ちょっと寂しさもある。
「けれど……。さすがにさっきのはないんじゃないかしら」
「……? さっきの、ですか?」
や、やっぱアレかな。似てなかったかな……。
「ユキノ・マッキントッシュはさすがにないわ。それに、プエナ・ピスタ版の七代さんの声を意識したんでしょうけど、あまり似てなかったもの」
「う……。わかってますよー!」
勢いでやっちゃたけど、いまになってめっちゃ恥ずかしくなってきた。
しゃべりかたの再現は自信あったんだけどなー。そりゃ声は似てないよね。
……うん、封印だ。もうパンさんの声まねはやらないことにしよう。
そう固く心に誓っていると、雪ノ下先輩がかろうじて聞こえるくらいの小さな声で、ぽしょっと呟いた。
「ふふっ。……パンのお馬鹿さん」
ぎゅっとつむパンさんを抱きしめて。
どこまでも眩しい笑顔で、ちっとも似てないクリストファー・マッキントッシュのモノマネをして。
――それは、わたしがはじめて見る、雪ノ下先輩の素敵な一面だった。
(了)
「パンダのパンさん」はそのものズバリ「くま○プ=さん」パロということで。
すきです、八代プ=さん。