いろはす・あらかると   作:白猫の左手袋

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真面目(?)に書いたSSです。
この作品については、特定のカップリングはありません。



【更新→】八幡視点の短編いろいろ
突然と、一色いろはが動き出す。


 

 かたかたと春の風が、部室の窓を叩いていた。

 その心地良いリズムを聞いて眠たくなったのか、目をとろんとさせて小さくあくびをした由比ヶ浜は、椅子ごと雪ノ下に擦り寄って甘えだした。雪ノ下は若干文句をいいつつも押し返さずに受け入れて、由比ヶ浜の相手をする。

 今の俺にとって、この光景はとても心を落ち着かせてくれた。

 生徒会役員選挙の頃のような、あらゆる感情や行動がすれ違ってギスギスしたあの重たい空気はもうここにはない。この部屋はとても暖かくて、穏やかで、雪ノ下と由比ヶ浜は相変わらずゆるゆりしていて(結衣だけに)、そして俺はその二人のいちゃこらをチラチラ見て二人から冷たい言葉をぶつけられる。なにそれ俺だけ明らかに損してない?

 そんな時間が流れるのは本当にあっという間で、明日はもう終業式。続く春休みが開ければ、俺たちはついに高校三年生。

 高校最後の一年間というが、受験生である俺たちにとって三学期など無いも同然で、実質的には一年も猶予はない。こうして奉仕部で過ごせる時間に終わりを告げられる日が刻一刻と迫ってきていることを考えると、なんとなく寂しさすら覚えるかもしれない。

 とはいえ、奉仕部という活動の場所を失ったとしても、自然と集まって受験に向かっての勉強会とかやったりするのかもしれないな。実は先日も学年末試験の予習としてゆきのん先生と俺の二人がかりで由比ヶ浜を相手にしたのだが、これがかなり苦労した。そして由比ヶ浜は見事に爆死した。むしろ留年しなかったことに安堵したレベル。こいつちゃんと大学行けるのかな……。

 そんなこんなで、いつもの放課後、いつもの奉仕部。

 雪ノ下が湯呑に入れてくれた紅茶をちょいちょいと口にしつつ、発売されたばかりの新刊を読みながら、ゆるゆりしている二人の様子をこっそり見る。相変わらず楽しそうでいいですね、ゆいゆき。

 そういえば最近、特に誰からも相談や依頼が来てねえなーとか、ふと思う。こうして暇をしていても、あくまで奉仕部は奉仕部なので、誰かしらから相談や依頼が来ればできる限り奉仕することになっている。まあ、別に特に何もなければのんびり過ごさせてもらうし、なんなら相談も依頼も来ないほうがいい。働きたくないでござる!

 ただ、気になることが一つ……というか一人。

 奉仕部員でもないくせに、お前ここに住んでるのってレベルの頻度で入り浸って何食わぬ顔で居座っていた、あの偽装ゆるほわビッチこと一色いろはが、お料理教室イベント以降というものさっぱりここに現れなくなったのだ。それどころか俺個人への生徒会の雑用依頼もない。いつものあざとい『せんぱ~い!』もだいぶ聞いていない。それが不思議で仕方がなかった。

 

「ねーねーヒッキー、ゆきのん。最近いろはちゃん、来ないね」

 

 不思議なことに、由比ヶ浜も同じことを考えていたらしい。一色とけっこう仲よさげだったし、やっぱり気になるのだろうか。

 

「お前、なんか聞いてないのかよ」

「え? あー……、そういえば、生徒会が忙しいとか言ってた……かも?」

 

 首を傾げる由比ヶ浜だが、それ今の今まで忘れてたってことかよ。

 実際いまは年度末だし、これからも入学式や新入生歓迎会、各種新入生向けオリエンテーリング&ガイダンス、生徒総会などなどイベントは目白押しで、生徒会はかなり忙しいだろう。 一色は個人的にも卒業式送辞という大役が与えられ、平塚先生に首根っこを捕まれ(比喩ではない)て連行される姿を先月何度か見かけたし。

 なるほど、そりゃここに遊びに来る余裕なんてないわな。

 ちなみにその卒業式、めぐり先輩が感動のあまりガチ泣きしていた。送辞の中にめぐり先輩個人に対する感謝の言葉(本音かどうかは知らん)を織り込んだいろはすあざとい。男子だけでなくめぐり先輩すらも手玉に取るとは恐ろしい。

 

「そもそも一色さんは部員ではないのだけれど……」

 

 少し冷たい言葉だが、一色の話になってから雪ノ下は明らかにソワソワしている。やっぱり雪ノ下も気にかけているのだろう。いろゆき、あると思います。

 だがまあ、雪ノ下の言うとおり一色は奉仕部の部員ではないのだから、本来ならここには居ないのが当たり前だし、何の用事もないのに居座っていたことこそがそもそもおかしい。というかなんであいつここに入り浸っていたんだ? 正直すごい気になる。

 

「なあ、そういやさ、なんで一色ってあんなにしょっちゅうここに来てたんだ? あの頃あいつ完全にサッカー部サボってただろ? いくら外が寒いからってなぁ……」

 

 一人で不思議がっていても仕方がないし、ちょっとした話の種にもなるだろうと口を開いたのだが、はぁ……と雪ノ下に深いため息を吐かれてしまった。

 

「やっぱヒッキーって……」

「さすがね。あなたらしいわ」

 

 いやなに君たち、その『こいつ頭おかしいんじゃねえの?』みたいな顔。そういう顔してもいいのは小町と一色だけだからね?

 や、一色はダメだな。あれ結構マジで精神的にダメージ大きいから。というか一色はやることなすことが全てが俺に多大なるダメージを与えてくれる。なにあの子最強クラスのボスキャラ?

 

「いや、純粋にわからんから疑問を口にしただけなんだけど。なんでそんな目で見られきゃいけないんですかね……」

 

 あ、もしかしてアレか。葉山とちょっと距離をおいて自分のことを心配させる作戦とか?

 葉山はなんだかんだ言って一色のことを気にかけているっぽいから、『最近いろは来ないな……どうしたんだろう』とかなんとか思っちゃってるかもしれないな。

 ほう……。さすがいろはすあざとい超あざとい。俺がそんなことされたら超気になっちゃう。されるわけないけど。

 

「……やっぱヒッキー、いろはちゃんのこと……気になるの?」

 

 由比ヶ浜は、どこか俺の顔色を伺うようにおずおずと言う。いや、てかなんでそんな不安そうな顔してんの。

 

「気になるっつうか、前にも言ったろ? あいつのことだから誰かに仕事押し付けてるんじゃないかと不安になるし、どうにもならない状態になってから俺に泣きつかれたって何もしてやれないからな」

 

 あいつが生徒会長になったのは俺の行動によるものだし、それならば責任は当然は俺が負うべきだ。実際そういう約束だしな。

 

「やっぱりいろはちゃんに優しすぎだし」

「どこがだ。俺の手に負えなくなったら突き放すまである。そのうち問題でも起こしそうで怖いんだよ」

 

 一色が何らかの問題が起こした時の責任は一色が自分自身で背負うべきであって、それを押し付けられるのは勘弁願いたいからな。その場合はいかに可愛い後輩の頼みであろうと俺は関知しない。

 ……あ、でも“デート練習”の時のアレを経費で落としてしまった横領ギリギリな件に関しては、うん。まあその、なんだ? なんというかアレだ。やっぱりちょっと責任感じちゃうかも。楽しかったし。

 

「あなたはもう少し一色さんの評価を上げてもよいのではないかしら。どこかの誰かさんの影響かは知らないけれど、彼女も大きく進歩したように思えるわ」

 

 葉山に少しでもいい所を見せたいという、その一色の行動原理には眼を見張るものがある。

 きっと一色は人から愛されたいのだ。そのための手段に大なり小なり問題はあるように思うが、愛されたいからこそ、がむしゃらに踏み出そうと行動する。俺にはそういう強さはないが、あいつはそんな強さを持っている。そんな一色を見ていて、俺は少し羨ましく思えるし、ついつい嫉妬してしまう。

 もし過去の俺が、人から愛されることを望み求めていたならば、俺もあいつのように強くなれたのだろうか。その場合の俺は幸せだろうか。そもそも、それは果たして強さなのだろうか。いまの一色は幸せなのだろうか。それは、考えるだけ意味のないことだ。今ある俺が俺自身なのだから。

 

「ふーん。つまり、恋する乙女に葉山効果は絶大ってわけだな」

 

 これは素直な感想だ。

 一色は葉山を想ったことで前へと向かって着実に歩いて行っているんだろう。

 確かに実際、生徒会長就任直後の頃は色々と酷いものだったが、先日の卒業式で送辞を読む一色の姿は大きく成長していたように見えた。

 恋って、凄いんだな……。

 ごめんね一色、ゆるほわビッチとか言っちゃって。普通にヤリまくりなジャグラーかと思っちゃってたけど、きみは一途で純粋な恋する乙女だったんだね……。

 うんうんと一人で勝手に納得し感心したのだが、由比ヶ浜と雪ノ下はその俺の態度が納得がいかないようで、じっと睨むように俺の顔を見てきていた。そして、二人揃って呆れたように大きくため息を付いた。

 

「ほんとに安パイだ……」

「……確かに、伏兵ね」

 

 え、なに? なんで?

 俺、なんかおかしなこと言った?

 

 

               ×   ×   ×

 

 

 すっかり陽も傾き、そろそろ解散かといった頃合いだった。

 コンコン、とノックされる音。見ればドアの窓の向こうに、その待ち望まれていた一色の顔が見えた。

 

「……どうぞ」

「あっいろはちゃんだ! やっはろー!」

 

 いかにも冷静であるかのような声色で入室を許可する雪ノ下だが、いま一瞬あなた目元が緩んでましたね。いろゆき、あると思います。いろゆき、あると思います! 大事なことなのでなんとやら。

 由比ヶ浜にいたってはドアが開く前からめちゃくちゃ喜んでいる。ちなみにその様子は由比ヶ浜が愛用する顔文字で表現できると思う。\(>▽<)/イェイ!

 しかし、肝心の一色からは返事がない。

 無言のままドアはカラカラと開かれ、神妙な面持ちの一色がしずしずと部室へと足を踏み入れた。ドアを閉めたところで立ち止まって、じっと俺を見据えた。

 おかしい、何やら様子が変だ。いつもなら部室に来てすぐさまこう言うはずだ。『こんにちはー!』とか『せんぱ~い!』とか。なのに今日はそれがない。なんとな~く嫌な予感がしちゃうような気がしなくもない。これは結構ガチめにヤバめな玉縄的案件を持ってきたとかそういう系? まさかほんとに? やだ無理それ困る!

 俺たち三人が戸惑いながら一色の顔を見ると、一色は深々とお辞儀をし、背筋を伸ばすと言った。

 

「一年C組の、一色いろはっていいます」

 

 あたかも、はじめてこの部室を訪ねてきた赤の他人のような一色の行儀に、由比ヶ浜は状況が全く飲み込めないようで困惑げな表情を浮かべていて、雪ノ下は『あなた何をしたのかしら通報するわよ』とでも言いたげな視線を俺に送ってくる。

 いや、そんな目で見られたって俺だってわからないからね。俺なにもしてないから無実だからね? そもそもなんでこの子いまさら自己紹介してるの?

 その意図を読み取ろうと三人揃って一色の顔をじっと見返すと、続けて一色は口を開いた。

 

「今日は、依頼があって来ました。宜しくお願いします」

 

 一色は、俺たちの言葉をじっと待っている。由比ヶ浜は一色と俺、雪ノ下の三人の顔をしきりに伺っているが、どうやら雪ノ下は一色の意図を察したらしい。雪ノ下はすっと立ち上がると、相談者が座る位置に椅子を用意して、言葉を返した。

 

「わかりました。どうぞ、お座りください」

 

 着席の許可を得た一色が、軽くお辞儀をして座った。

 

「ご用件は」

 

 自分の席に戻った雪ノ下がそう問うと、一色はじっと真剣な表情で雪ノ下の顔を見据えた。

 

「大好きな人に、告白したいって思ってます」

 

 その言葉を聞いた瞬間、雪ノ下の表情がピクりと動き、由比ヶ浜の身体も小さく震えた。

 大好きな人――。つまり、一色は再び葉山隼人に告白をすると言っているのだろうか。

 俺の知る限り、一色と葉山の関係性にそれほど大きな進展や変化があったとは思えないし、現状では葉山に告白したとしても振られるのが関の山ではないかと思う。

 

「……そう」

「いろはちゃん……。告白、するんだ」

 

 二人の表情はどこか悲しげだった。

 当然だ。由比ヶ浜は葉山グループの一員だから最近の葉山の様子も色々とよく知っているだろうし、雪ノ下は古くから葉山を知っている。そして二人とも、奉仕部を通して一色ともそれなりに関係がある。どちらのことも知っているからこそ、結果くらい簡単に予想できてしまうだろうし、その予想される結果は一色にとって喜ばしいものではないはずだ。

 一色はその雪ノ下や由比ヶ浜の表情から言わんとしていることを読み取ったようだが、それでも決意はどこまでも固いようだった。

 

「まちがいなく振られちゃう、叶うはずのない恋だってわかってるんです……。けど、でも……。その人が、その人こそが、わたしが生まれて初めて欲しいって願った“本物”なので。それを伝えないとダメだなって、このままじゃ後悔するって思ったんです。それに振られたからって、なにもかもが終わっちゃうわけじゃないですし、振られてから踏み出せることもあると思うんです。……だから、ちゃんと振ってもらうために、わたしは告白します」

 

 雪ノ下も由比ヶ浜も、一色のその言葉をしっかりと噛みしめるように、じっと耳を傾けていた。

 一色は全てをわかっているのだ。わかった上で、本物を求めるために再び踏み出そうとしている。

 ……対して俺はどうだ。俺はいつだって弱くて卑怯で、疑り深い。由比ヶ浜や雪ノ下を傷つけてしまったこともあった。だから俺は、やっぱりその一色の持つ強さが、やっぱりちょっと羨ましくて、少し妬ける。

 

「なので、これは奉仕部――いえ、先輩への依頼です」

 

 二人が頷いたのを確認した一色は、俺へと向き直って続ける。

 

「先輩。どうかわたしの“本物”を知って、見届けてください」

 

 俺には、一色のために具体的に何かをしてやるということはできないと思う。しかし、それでも、葉山への告白をきちんと見届けるくらいなら、俺にだってできるはずだ。

 

「ああ。お前の求める本物、ちゃんと見させてもらう」

 

 俺の言葉を聞いた一色は、くすりと小さく笑った。

 

「……ありがとうございます。先輩」

 

 その表情や声色にあざとさなどはなく、きっとこれが純粋な一色いろはの反応なのだろう。

 ……やっぱり、素のほうが可愛いよ。お前は。

 一色はすっと椅子から立ち上がると、再び由比ヶ浜と雪ノ下の二人へと向き直って軽くお辞儀をする。そして、一色はゆっくりと踏みしめるように俺の前へと歩み寄ると、背筋を伸ばし、真剣な表情でじっと俺の目を見据えて……え、やだ。ちょ、ちょっと待って。そんな目で見つめられたらドキドキしちゃう。ココロがトキメいちゃう。こころぴょんぴょんしちゃう!

 

「あの、先輩……。大好き……です」

 

 ……………………はい?

 意を決したように開かれた一色の口から、ぽそりぽそりとこぼれ出た言葉は、あまりにも衝撃的なものだった。

 カーディガンのたるっと余った右袖からちょこんと出した指先は、その短いプリーツスカートの裾をキュッと摘み、左手は胸もとの緩ませたリボンの先端を握っている。瞳はうるうると潤んでいて、喉が何かを飲み込むようにこくりと動いた。

 

「わたしと、付き合ってください」

「……俺、と……?」

 

 数秒ほど見つめ合ったところで、一色の表情がだんだんニタニタしたものに変化していくことに気づいた。

 ……あ、これ、からかわれるやつや。これはあれだな。『なーんちゃって! 残念でした! 冗談ですよ~!』とかそういう系だなこれ。

 

「せーんぱいっ! いまのどうでしたか~? ときめいちゃいました? 惚れちゃいました?」

 

 いまにもどうだ引っかかったかとでも言い出しそうなほど、悪戯っぽい笑顔で俺の顔をニタニタしながら覗き込んでくる一色のその様子は、いままで見てきたどんなものよりも一段とあざとく見えた。

 こいつほんと先輩のことなんだと思ってるんですかねー。

 

「お、お……お前な! 年上をからかっちゃいけないって親御さんから教わらなかったのか?」

「なに言ってるんですか先輩。からかってませんよ? だっていまのガチ告白ですし」

 

 ちょっと腹が立って強めに言ったつもりなのだが、一色はけろっとした様子でそう言った。あくまで俺をイジり続けるつもりらしい。そういうところちょっと八幡的にポイント低いですね。

 

「だからな、そういう冗だ――」

「先輩のことが本気で大好きです。わたしと、付き合ってください」

 

 俺の言葉を遮るように再び告げられた言葉に、俺をからかいもてあそぶかのような色はなく、どこまでも真剣であるように思えた。

 ……え、じゃあ、なに?

 一色は葉山じゃなくて、本気で俺に告白してるってこと……?

 意識した瞬間、一気に顔が熱くなる感覚がした。呼吸も止まる。息をしようと思っているのに肺が思うように動作しない。時が全て止まったかのように部室はしんと静まり返っている。目の前に立つ一色も、ただただじっと俺の言葉を待っているようだった。

 必死に口を動かして、なんとか呼吸をしようとして、ようやく途切れ途切れに声を出す。

 

「……いっ、しき……。お前、なんで……」

「わたし、一色いろはは、比企谷八幡先輩のことが大好きです。いっぱい、恋してます」

 

 意味がわからない。なにが起きているのかわからない。それはあまりに突然過ぎて、だからわけがわからない。冷静な思考ができず、その真意を問うことができない。

 

「……すまん」

 

 自然と口から出た答えは、一色の言葉への拒絶だった。

 俺自身なぜ告白されているのか理解が追いつけていないし、そもそも俺と一色との付き合いはまだまだ浅いから、曖昧な言葉で濁したり無責任な返答をするべきではない。だから、いまは断るしかない。

 

「先輩、ありがとうございます。今度こそ、これでちゃんと踏み出せました。……ほんとに、大好きです」

「踏み出すって、なにを……」

 

 おかしい。一色は何を言っているのか。

 俺のことが大好きなんて、そんなはずがない。

 一色いろはには、葉山隼人という恋い焦がれる存在があったはずだ。お前は言っていたじゃないか、わたしも本物が欲しくなったと。なのになんで、お前はそんな言葉を俺に向かって言っているんだ?

 お前が踏み出すべきは葉山だろうが。お前はなに勘違いしているんだよ。お前が俺に興味を惹かれる理由など、想う理由など何一つとしてなかったはずだ。

 なのに。なのに、なぜお前は、そんなにも真剣な眼差しを俺に向けているんだよ……。

 

「わたしも、本物が欲しいですから。わたしあの日、言ったじゃないですか。振られるってわかっててもって。わたしがんばんなきゃって。……そのがんばる対象が、あの日とは変わっちゃいましたけどね」

 

 その瞳に、嘘や偽りの色など見えない。そこに宿るのは、ただ純粋に俺を求めようとする意志でしかないように思える。

 それでも、わからない。

 告白してくるということは、確かに一色は俺のことを好きでいてくれているのかもしれない。

 だが、それが一色にとって本当に〝本物〟といえるものなのか、俺にはわからない。当たり前だ。俺は一色ではないのだから、わかるはずがない。一色はなにか別の感情を恋だと勘違いしているのではないかと、一色が俺に好意を向けるなどあるわけがないのだと、そういった思考が頭の中をぐるぐると駆け巡る。

 互いを見つめ合ったまましばしの時が経ち、やがて一色は、ふぅ……と緊張を解くかのように息を吐いた。表情が和らぎ、次第にいつものきゃぴるんとした“一色いろは”のものへと変わっていく。

 

「はじめて自分の気持ちに気づいたときは、諦めなきゃって思ったんですよ~? けど、それってわたしの主義に反しますしー、いつまでも悩んでたって前には進めないですし、逆に開き直っちゃえって決意したんですよー。ほら、先輩に片想いしてる可愛い後輩って、ポジション的にも超オイシイ感じじゃないですかー」

 

 そこまで言って、一色はまた表情を切り替えた。

 真剣な眼差しで俺を見る。

 

「だから、今日はそれを伝えにきました。宣戦布告です。同時攻撃です。即時敗戦しちゃいましたけど」

 

 小さくくすりと笑い、さらに続ける。

 

「でも戦線からは撤退しません。むしろ最前線にぐいぐい出るつもりです。……あの日わたし、こうとも言いましたよね? 振った相手のことって気にしますよね、って。だから先輩、これからわたしのこといっぱい気にしてくださいね?」

「……善処する」

 

 俺の答えを聞いた一色は、由比ヶ浜や雪ノ下へと身体を向けた。

 

「結衣先輩、雪ノ下先輩。これからわたし、後悔しないためにも、本気で先輩を狙っていきますから。お二人も後悔しないようにしてくださいね?」

 

 あたかも雪ノ下と由比ヶ浜に何かを焚きつけるかのような言い回しに、二人は目を見合わせた後、決意したように一色へとこくりと頷き返した。

 その意味や意図が何かは俺には分からないが、二人にはわかったのだろう。

 

「それでは用事も済んだので、わたしは生徒会室に戻りますね。そろそろ平塚静とかいう鬼編集者が『在校生代表挨拶の進捗は!』とか言いながら襲い掛かってくるはずなので……。ではでは~」

 

 言うだけ言ってとてとてと部屋から出て行く一色が、去り際にちらりと俺に見せた伸びやかに明るい笑顔は、いままで見てきたどんな表情や振る舞いよりも可愛いと思えて。

 これから先、俺はこの笑顔に振り回されることになるんじゃないかと。

 ……そんな、予感がした。

 

 

 

 (了)

 

 




 お料理教室イベントの日に
①はるさん先輩が現れていない(あるいは爆弾を投下していない)
②母ノ下さんが現れていない
 つまり、奉仕部3人が10.5巻の頃のぬるま湯な関係を続けているifの世界線と、原作10巻以降にうっすらと描かれる『三浦や結衣・雪乃の背中を押すような行動をとるいろは』や『いろはを警戒しているかのような結衣・雪乃』のイメージを膨らませて書いたものです。
 ただ、いろはの性格や行動原理・目的に関しては、あくまで八幡一人称視点(しかも捉え方が捻くれている)である原作作中においては基本的に明らかにはされていないため、読者個々の解釈による差異や、議論の余地があるところかと思います。
 あくまで〝このSSでのいろははこう動いた〟とご認識いただければ幸いです。

 この後、SS作中での彼ら彼女ら四人の関係がどうなるかは八幡次第ですが、いろはスキー的にははいろはすが選ばれたらいいな~なんて思いますです。
(11巻のいろはとのやり取りで、八幡自身なにかしらを感じ取っているような描写はありますが、それをSSとして膨らませるのはまた別の機会にということで)


次のお話は別の短編、ネタ系です。

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