かつて、うずまき家にはもう一人の家族がいた。
ボルトとサラダの息子であり、ハヤトの父親であった男。
そいつは八代目の実子で、七代目の孫でありながら忍者ではなかった。
忍びを志すことをしなかった。
才能がなかったということもあるが、それ以上に関心が無かったのだろう。
強くなることに呆れるほど無欲な男だった。
友人達が修行に身を費やしている時にバイトで金を稼いだり、遊びまわっているようなやつだ。
恐らくアカデミーの子供にですら喧嘩で負けるであろう貧弱な体で、いつも幼馴染の女の子をからかってはボコボコにされていた姿を良く覚えている。
しかし貧弱な反面、ずる賢く、悪知恵ばかり良く回るためイタズラ小僧としては他里にまで名を轟かせていたが・・・
ワシらにとっては大切な家族であった。特にナルトは初孫ということもあり猫可愛がりしていたものだ。
スケベなあいつを喜ばせるためにプリプリ女体天国という禁術級のエロ忍術まで開発してしまうくらいだ。相当だろう。
ナルトとあいつは妙に馬が合い、揃って馬鹿騒ぎをしてサラダや幼馴染の少女に怒られるのが常だった。
そんなあいつも幼馴染の女と好い仲になり、やがて結婚し、ハヤトを授かった。
あいつの商売も軌道に乗っているようで順風満帆のようであった。
誰もがあの馬鹿を祝福し、幸せになるものだと疑っていなかった。
あの忌まわしい事件があったのはそんな時だった。
家族全員、悲観に暮れた。
まさか・・・・・あいつが・・・・・
トラクターに轢かれそうになって、それにビビってショック死するとは・・・!
クソッ、医者が半笑いだったぞ・・・・・
ちなみに、なぜ、ワシが唐突にこんな話をしているかと言うと・・・
「・・・か・・か、か、カズトォォォォォォォォォッッッ!!!」
ある男にしがみついて咽び泣くナルト。
「え?なに?これなにごと!?」
いきなり初対面のはずのジジィに抱きつかれて戸惑う男。
「カズトォォォォォォッ!!生きとったんかワレ~~~~~っっ!!?」
鼻水と涙を大量に撒き散らすナルト。まさか水のない所でこれほどの水遁を繰り出すなんて・・・
男の方はナルトの形相に完全に引いている。
「え、いや・・・俺、カズマですけど・・・・」
死んだはずのナルトの孫、カズトに瓜二つの男の姿がそこにあった。
◇◆◇◆
数時間前――
オスっ!俺カズマ。今、まさに異世界にいるんだ。
恥ずかしい死に方をして女神のクソ女に思いっきり馬鹿にされちまったけど、済んだことはしょうがないよなっ。
ムカつく女神に一矢報いたし、過去のことは振り返らないぜっ。
俺は今日からこの世界で心機一転頑張るんだ!
もう引きニートなんて呼ばせねぇ。今日から俺は冒険者だ。
「ね、ねぇ?それで、どうするの?カズマさーん・・・ねぇってばーっ・・・・これからどうする!?お金なんて一銭もないんですけどーっ!」
まぁ、出鼻から躓いているわけだけどさ・・・
鬱陶しく肩を揺らしている女の手を振り払い、ため息をつく。
この世界にやって来てもう、数時間。テーブルでずっと水をちびちび飲んで時間を浪費している。
店員さんの眼も痛い。この女と二人して雑談を交わしながら肩身を狭くして縮こまっていた。
いつまでもイベントが進展しないゲームのようでテンションがダダ下がりだった。
「なぁ、お前もう一回、声かけてこいよ・・・あそこの、さっきキツイ事言ってたお姉さんなんか今はもう同情的な眼で見てるぞ・・・」
さっきからまるで役にたたない、自称女神にダメ元で聞いてみる。
「嫌よっ!もう嫌!もう拒絶されるのは嫌なの!女神を語る痛い女だと思われるのは嫌っ!
なんで皆、可哀想な眼で私を見るの!?可愛そうだと思うんならお金を恵んでくれてもいいじゃない!!
同情するならお金をちょうだいよぉ~~~!うわぁぁぁぁ~~~~ん!!!」
顔を伏せて大声で泣き喚くエセ女神、アクア。
ここは冒険者ギルド。
冒険者が集い依頼を受ける仕事場であり、酒場も兼ね備えた憩いの場でもある。
冒険者になるにはここで冒険者登録を始めに行わなければならないのだが、それには僅かばかりの登録料金が掛かるらしく・・・・・
無一文の俺達は途方に暮れていた。
最初の頃はアクアも威勢がよく、「女神の本気を見せてあげるわ」と得意げに言って
女神アクアを名乗り、お金を貸してくれるように頼んでいたのだが・・・・・
見事撃沈。
鼻で笑われてシっシっと雑に追い払われたり、酔っ払いに酒を浴びせられたり、
ガチモノのアクシズ教徒に罰当たりだと説教されて泣かされたり・・・・
合計21連敗。俺もなんとか誠心誠意頭を下げて頼み込んだのだが
「おめぇらに2000エリス恵んでやるくらいなら、奮発して上物の酒を頼むつーの!」
と冷たく言われた。
いや、確かにその通りだよな。日本円で2000円の金だ。
親切心で見ず知らずのやつに、そうそうやれる額じゃ無いのかもしれない。
「・・・お腹すいたわね・・・・・」
アクアが沈んだ声で言う。窓の外はもう薄暗くなっていた。
ギルドの巨乳なお姉さんが心配そうにチラ見してくる。
このお姉さんは俺たちの惨状を全て把握している。
閉店まで粘れば行けるか?
俺が期待を込めた眼差しでガン見してると気まずそうに目を逸らしやがった。
「新しいターゲットが来たわ、カズマ。」
アクアがサイボーグのような鋭い眼光で離れた席に座った老人を見つめる。
肩に小動物を乗せた気さくそうな、じいさんだ。
「私には分かるわ・・・あのおじいちゃんこそ私たちの希望の星!
甘やかしてくれそうなオーラをガンガン感じる!
・・・・ついでに今後の生活費もふんだくってやりましょう・・・」
「よ、よし、行け!GOだアクア!」
鬼対応の数々に心が荒んだのかボソッと黒いことを口走るアクアをスルーする。
柔かな笑顔を貼り付けて老人のテーブルに突貫するアクア。
「すいませ~ん。私は・・・・・・えっと・・・その、あ、あの・・・・・」
ダメだ!散々否定されたものだから自分が女神であることを口にできなくなっている!
対人恐怖症みたいに視線を忙しなくさせてテンパっている!
クソ、俺が行くべきだった!
おじいさん、どうか優しくしてあげて!その子のライフはもう0なんです!
「おー、ヒマワリじゃないか。帰省してきたんか?」
「え?・・・・・」
おじいさんがとっても優しげな眼差しでアクアに笑いかける。
「ついさっき、ちょうど晩飯を頼んだところなんだ。さぁ、こっちに座って一緒に食べるってばよ。」
「え、えーと・・・・・」
戸惑いつつもおじいさんの向かいに座るアクア。
おじいさんは嬉しそうに話しかけ、アクアはぎこちなく笑っている。
テーブルの上でふてぶてしく丸くなっている子狐はそれを呆れたように見ていた。
完全に誰かと間違われてるな、というかこの状態で金を要求したら普通に詐欺になるんじゃ・・・・・・
アクアも流石にそのことを危惧しているようで気まずさそうな顔をしている。
「お、さっそく美味そうなのが来たみたいだってばよ」
「うわぁ!おいしそー・・・・・・」
運ばれて来たご馳走に目を輝かせ、それからためらうように俯くアクア。
「どうしたってばよ?食べないの?」
「あ、えっと・・・・・」
すっかり内気になった様子のアクアがモジモジしていると。
「ったく、相変わらず甘えん坊だなぁヒマワリは。ほら、あ~ん・・・・」
おじいさんがそのアクアの口元にジューシなハンバーグを刺したフォークを向ける。
「え?え?・・・・・・・あむ・・・・・・・うまー!」
恐る恐る、おじいさんのハンバーグにパクつくと一瞬で幸せそうな笑顔に変わった。
そこからは遠慮なく雛鳥のようにおじいさんから料理を食べさせてもらう、図々しい駄女神に早変わり。
とても楽しそうな素敵な食事風景を繰り広げるアクア達に猛烈な空腹感を覚え、たまらなくなる。
そういえば、朝から何も食べていない。
というかゲーム店に徹夜で並んだ帰りに死んだのだ。
最後に口にしたものなんて栄養ドリンクくらいだった・・・・・・・
「おじぃちゃん!今度は私、そっちの唐揚げが食べたいわ!ちょーだいっ、あ~ん」
「しょうがないな~、この子は。いつまでも子供みたいで、もう」
幼児退行したかのように無邪気に甘えまくるアクアにおじいさんは微笑ましそうにエサを与える。
あれ、お金の件はどうなったんですかね・・・・・アクアさん・・・・。
本格的にディナータイムを楽しむアクアに怒りがこみ上げる。
いい加減に自分で食べなさいと、フォークとナイフを手渡されたアクアはガツガツと遠慮なく、料理を次々に平らげている。
優しいおじいさんはニコニコ笑って大量に追加注文を取っている。
俺は思うがままに貪り食うアクアの丸まった背中に忍び寄り・・・・・
「なにやってんだっ!」
「ぷぎゃっ!」
アクアの頭を掴んでデザートのケーキに叩きつけた。
「ぎゃぁぁーっ!目に生クリームがぁぁぁぁーっ!!な、何するの!!なんでこんな酷いことするの!?
引きニート生活が祟って食べ物を大切にする心まで失ったというの!?悔い改めなさいよ!
謝って!クリームまみれの私と、グシャグシャになったケーキと丹精込めて作ってくれたコックさんに謝って!ほら早く!!」
「うるせぇー!気のいい老人を騙して好き放題飲み食いしやがって!おじぃさーん!この子はアクアって言うんですよ!
ヒマワリという娘でなくて、アクアという名の自称女神の痛い女なんです!だまされないでください!」
「いやぁぁぁぁーっやめてぇぇーーー!私は今日からヒマワリよ!それでいいじゃない!
この世界では女神の立場は忘れてこれからはおじいちゃんの娘として生きていくんだからっ、邪魔しないでよ!この傷ついた心を癒してくれるのはもうおじいちゃんしかいないの!」
「そうはいくか!いたいけな老人にこんな呪われた装備品のような穀潰しの女神を押し付けるわけにはいかないんだよ!
というか異世界生活初日でどんだけ心折れてんだよ!」
「あんたは元引きこもりのクセしてどうしてそんなにメンタルが強いのよ!?
あんな、ゴミ虫を見るような眼で見られ続けてどうして平気そうな顔していられるの!?
あ、前の世界でなれていたのね・・・・ごめんなさい」
「よし、表に出ろ。その喧嘩を買ってやる!お互いストレス解消が必要だしとことん殴り合うぞ」
「上等よヒキニート!必殺のゴッドブローでもう一度あの世に送ってやるわよ・・・」
「ほざけっ顔面クリーム女が!・・・・・あ、お騒がせしました。後日謝罪に向かわせるので、気にせずお食事を・・・・・」
散々迷惑をかけてしまったので、丁重に挨拶をして去ろうとしたところ、おじいさんの様子が変だった。
驚愕した顔で身を震わせ、目を剥いて俺をガン見している。
だらしなく空いた口から「か・・・か・・・か・・・」と掠れた声が漏れている。
え?なにこれ怖い・・・・・いきなりホラー風味?
「カズト・・・・・」
テーブルの上でちょこんと立っている子狐が声を発した。
へー、この世界の動物って喋るんだー。
異世界ならあり得るかと呑気に考えていたら・・・・
「・・・か・・か、か、カズトォォォォォォォォォッッッ!!!」
爆発したようにおじいさんが叫んでこちらに突進してきた。
成すすべもなくおじいさんに抱きつかれ、涙と鼻水を押し付けられる。
「え?なに?、これなにごと!?」
「カズトォォォォォォッ!!生きとったんかワレ~~~~~っっ!!?」
人間ってこんなに大量の涙が出るもんなんだなっと思うぐらい大量の涙を撒き散らすおじいさん。
干からびて死ぬんじゃねぇか・・・・おい・・・・
「え、いや・・・・俺、カズマですけど・・・・・」
一応訂正してみるが無駄だろう。
案の定聞いていない。
どうしてこうなった・・・俺の思い描いたファンタジーはどこにいった?
意気揚々と冒険に出かけ、モンスター相手に無双して女の子にキャーキャー言われるような
未来を想像していたのに、変なジジィに抱きしめられてオイオイ泣きつかれるような現実が待っているなんて・・・・・
リアルって辛え・・・・・・・
子狐が俺の肩に飛び乗り、同情するようにポンポンと肉球で叩いてくる。
・・・・・それが何故か妙に懐かしくて、不思議な感じがした。
「おじいちゃん大丈夫?お腹痛いの?私が今すぐプリーストになって治してあげましょうか?
お金さえあれば、私のことだからすぐにでも優秀なプリーストになって、治してあげられるんだけどなぁ~・・・・・・・チラ」
アクアさん、ちょっと空気読んで黙っていてもらえませんかねぇ・・・・・