かつての英雄に祝福を!   作:山ぶどう

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第6話 土木工事と爆裂娘

 異世界生活10日目、今日も馬小屋で目を覚ます。

 

 朝の爽やかさ感じる暇もなく仄かに香る馬糞臭さが鼻を突き、ゲンナリとする。

 

 数十年間、ふかふかの羽毛布団で安眠してきたワシはこの現状に泣きたくなった。

 

 「お金がないなら、無料で寝泊りさせてくれる良い馬小屋があるよ?」

 

 とクリスににこやかに言われた時は女神の皮を被った鬼かと思ったものだが、この街では割と常識的なことであるようだった。

 この街に数多くいる冒険者という職種は収入が非常に不安定なんだという。

駆け出し冒険者の実力に見合った手頃な仕事などそう多くはなく、金銭不足で家畜の小屋に泊まるものがあとを絶たないとか。

 クリスも余裕があるとき以外は大抵、馬小屋で寝泊まりしているらしい。

 

 ダクネスは実家が近く、いつもわざわざ帰っているのだが、時折趣味で豚小屋に寝泊まりして悦に入っているらしい・・・・・・

 

まぁ、宿の代金も毎日だと馬鹿にならないからな・・・一軒家でも手に入れば別なんだろうが。

 

 

 「あ~さ~だ~よ~~~~!!!」

 

 「うるせぇぞジジィ!!!」

 

 朝からナルトが馬鹿でかい奇声を発するが、すぐに隣から怒鳴り声と共に壁を殴りつける音が返ってくる。

 

 「朝飯食いに行こうってばよーーーー!!」

 

 「声がデケェ!!一人で行けやボケジジィ!!」

 

 今日もお隣さんはつれないらしい。

 

 「振られちゃった」と肩をすくめて、作業着に着替えるナルト。

 

 「さぁ、今日も一日気張って稼ぐってばよ!」

 

 その顔には活力に満ちていて、異世界生活を随分楽しんでらっしゃる。

 ワシはもう帰りたくてしょうがないんだけどな。

 

 

 

 朝飯をすませて現場に向かうとすでに強面の体格のいい男たちがぞろぞろと集まっていた。

 その何人かがナルトを目にすると破顔して嬉しそうに声をかけてくる。

 

 「あ!ナルトさんお早うございます!早いっすね!」

 

 「おう、ナルじぃさん!今日も頼むぜぃ」

 

 「張り切りすぎて、また俺たちを暇にさせないでくれよ!」

 

 「そうなったらまた親方に給料泥棒ってどやされちまう!」

 

 「まぁ、俺はそれでも一向に構わんがね・・・・」

 

 「お前はちゃんと働けよこの給料泥棒!」

 

 愉快そうに笑い合う男たち。

 随分と馴染んだなぁ。

 初日は見るからに歳のいった老人ということもあり口の悪いものに散々言われたものだ。

 「足を引っ張るな」だの「ポックリ逝っても自己責任だぜ」とか「オレオレ、孫のサトシ、ちょっとそこで事故っちゃってさ・・」だのふざけた事を言っていたものだが、

 仕事が始まって数分でそれはなりをひそめ、一日が終わる頃には驚愕と畏怖、尊敬の眼差しを向けられていた。

 

 今やアクセル街の「怪物ジジィ」といえば土木作業員の間では知らない者がいないほど有名である。

 

 ちなみにこういう仕事で大いに力を発揮しそうな影分身はあえて自重させている。

 若者の仕事を奪うのは忍びないしな。

 コイツが本気になったりしたら土木作業など全て一日で終了して職を失うものが続出することだろうし。

 

 

 

 

 「ほいさっ、ほいさっ」

 

 本来なら二人で持つような大きな木材を両手に数本まとめて担ぎ上げ、走る。

恐ろしいのはもう十往復ほど繰り返しているのにペースがまるで落ないことだろう。

 同僚は感嘆の声を上げ、今日入ったばかりの新人はまるで幽霊でも見るような眼で呆然としている。

 

 「フンフンフンフンフンフンッ!」

 

 ツルハシを二本持ち霞むような速さで土を掘るナルト。

 

 「若いの、よく見ておけ、あれがナルトさんのツルハシ二刀流だ。常人には決して真似できない華麗なツルハシ捌き。一人で十人分の仕事をするというのも頷ける話だ。」

 

 「いや、なんであの人冒険者やらないんスか!?」

 

 

 そして日が暮れて、一日が終わろうとしている。

 

 

 

 いやぁ、今日も働いたなぁ。

 

 ナルトが。

 

 ・・・ワシ?そりゃ小動物ですから、邪魔にならない所で日向ぼっこをしていたに決まっている。

 

 ワシも心苦しいが、獣の身なのだからしょうがない。

 

 あー、ワシが人だったらなー。バリバリ稼ぐのになー。

 

 「え?変化すればよくね?」

 

 帰り際にナルトが何か言ってた気もするがどうも、耳が遠くて聞こえんなぁ。

 それより早く風呂にでも入りに行こう。

 わしの提案にナルトがどこか釈然としないような顔で頷いた。

 

 

 

 大浴場でまったり湯船に浸かっていると、微かな振動と共にドーンッという遠くから鈍く轟くような爆発音が聞こえた。

 

 ああ、もうそんな時間か・・・・

 

 周りの客は無反応。夕方に子供の帰りを促す鐘が鳴るのと似たようなものだ。もうこの音も日常の一部なのだ。

 

 「さて、ちゃっちゃと洗って向かうとするか」

 

 今からどこへ?とは聞かない。これも異世界での日常の一部。習慣なのだ。

 

 

 

 

 

 「遅いですよ、ナルじぃ。」

 

 街から少し離れた荒地の枯れ草の上で少女が仰向けで横になっていた。

 

 いつもどおり黒いマントに黒いローブ黒いブーツに黒髪と全体的に黒づくしだ。

 

 普段かぶってる魔女っぽいとんがり帽子を枕替わりにして随分と寛いでいる。

 

 「ごめんよ、恵ちゃん」

 

 「ちがいますよ!?私はそんな平凡なつまらない名前ではないのです!ん、が抜けてるだけで大分違うのです!

 我が名はめぐみん!アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操りし者・・・・!

 ・・・・・・・・ってこの名乗り何回目ですか!?いい加減覚えてください!」

 

 「ごめんごめん、アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操りし者ちゃん」

 

 「それは名前ではないです!ベタな返しは止めてください!」

 

 フーッフーッと鼻息を荒くさせ瞳を真っ赤に染めている少女めぐみん。

 

 なんでも紅魔族という興奮すると瞳が紅くなる珍しい種族だとか。

 

 「そんなことどうでもいいから、さっさと帰るぞ。こちとら飯もまだなんだ。」

 

 ワシがそう言って帰るのを促すと、めぐみんが膨れっ面でこちらを見る。

 

 「相変わらず、使い魔のくせに態度がでかいですね・・・・・

 クラマも、もう少し今日の私の魔法の爆裂具合とか気になりません?」

 

 ・・・ワシは使い魔じゃないっつーのに・・・

 

 「そこの砕けた岩の瓦礫を見ればわかる。相変わらず最強とかいう割にはパッとしない威力だ」

 

 「な、な、なにお~!・・・私の爆裂魔法がパッとしないと宣いやがりましたか!今!!

いいでしょう!その身をもって後悔させてやりましょうっ

 明日この場所に来てください!我が最大級の爆裂魔法で狐の丸焼きにしてやります!」

 

 

 「ほ~う・・・・一発打つだけで行動不能の欠陥魔法使いが言うじゃないか?えぇ?」

 

 「や、やめてください!肉球で顔を踏まないで・・・・・・やー、や、やめろぅ!」

 

 止めてくださいという割には全然そんな顔をしていないな・・・・

 むしろもっと踏んでくださいという顔だ。

 あのドМクルセイダーといい、この街には変態が多いものだ。

 

 さらに肉球で頬をグニグニしてやると、幸せそうな顔で「あ~~っ」と唸っている。

 

 「あ、アークウィザードは・・・こんな・・・・獣の肉球何かに屈しませんよぅ・・・

く、屈しませんとも・・・・・あ~~・・・・」

 

 ナルトはそんなめぐみんを孫を見るような微笑ましそうな表情で見ていた。

 

 

 ワシ等がめぐみんに出会ったのは異世界生活二日目の夕時。

 

 風呂上がりの軽い散歩中に魔力切れで倒れていためぐみんを助けたのがきっかけだった。

 

 その後、金無しだというので飯まで奢ってやった所、たいそう懐かれてしまった。

 何でも爆裂魔法というものを極めるために、毎日人のいない場所で魔法を撃つことを日課にしているとか。

 ただ、魔力の消費量が馬鹿みたいに高いらしく、一発撃つとしばらく動けなくなるほど消耗するのだと。

 だから、都合よく親切な人が捕まらない時は自力でなんとか相当時間をかけて少しずつ帰路につくのだという。あほか。

 高威力なので発動が許される場所は限られ、燃費は最悪。放った後は役たたずに成り下がるしかない。

 奥の手として使う分には良いかもしれないがこいつはそれしか使わないという。

 そんな魔法どうして好んで使うのかと疑問に思い問い掛けてみると。

 

 「爆裂魔法を極めることこそが私の生まれた意味であり、生涯の目的なのです!他の魔法ではダメなのです!私は爆裂魔法を心から愛してしまっているから!」

 

 鼻息を荒くさせ、そう雄弁に語るめぐみんの瞳はキラキラと紅く輝いていた。

 

 

 うん、馬鹿みたいだ。

 

 そう思うものはワシの他にも大勢いて、その結果、冒険者としてろくにパーティにも入れてもらえないのだとか。

 だから冒険者として仕事を全くこなせず、常に金欠なのだ。

 恐らく普通の魔法を習得していればこうはならなかっただろう。

 それでも後悔を一切感じさせない眼差しで爆裂魔法への愛を語るこいつは、ナルトに通ずる良い馬鹿なのかもしれない。

 

 そういう頑固で一途な姿勢をナルトが大いに気に入り、二人は出会ったその日に意気投合した。

 

 ナルトはめぐみんを実の孫のように可愛がり、めぐみんもナルトのことをナルじぃと呼んで慕うようになった。

 

 そうして、その日から、爆裂魔法の轟が聞こえたら、めぐみんを迎えに行くことがワシらの日課になったのである。

 

 

 

 「ナルじぃ、石鹸の匂いがします。」

 

 「さっきまで風呂に入っていたからなぁ。」

 

 ナルトがめぐみんを背負い、のんびりと歩いて帰路につく。

 

 最近ナルトは飛雷神の術をあまり使わなくなって、徒歩での移動が多くなった。

 肉体労働を始めてから歩くのも苦にならなくなったらしい。

 わざわざ自分の足で歩くのは確かに不便だが、今ではそれも悪くないのだと言う。

 

 

 「ナルじぃは今日も土木工事のお仕事ですか?」

 

 「ああ、年寄りなのに今日も随分とこき使われたよ。めぐみんは今日はアルバイトだっけ?」

 

 「あー、牛乳配達の仕事でしたが、さっきクビになりました・・・・今はプーです・・・・・」

 

 「なんでまた・・」

 

 「牛乳を売り歩く私の身体的部分をデリカシーのないクソガキ共が侮辱してきたのです。

 二度と生意気な口が聞けないように念入りに折檻したら、親にチクられてその親が牛乳屋に怒鳴り込んできました。

 それから、あまりに一方的に罵詈雑言を喚き散らすものだから私もついカッとなってしまって・・・・・・

気がついたら牛乳を拭いたベチョベチョの雑巾を顔面に投げつけていましたよ。」

 

 「ははは、めぐみんは短気だな~。もっと牛乳を飲めってばよ。」

 

 「そんなに私って牛乳が必要に見えますかね?色々な人に言われすぎて耳にタコなんですが・・・・」

 

 「大丈夫だって。めぐみんの成長はまだまだこれからだ。希望を捨てずに牛乳に全てを賭けてみるってばよ。」

 

 「ナルじぃ?・・・・なんのことを言っているんですか?・・・・・もし私の女性的な部分について言っているのなら私にも考えがありますよ?

 今日クソガキ共との戦いで習得した関節技が火を吹きますよ?」

 

 「だって背中に当たる感触が全くないんだってば・・・・・痛い痛い!・・・・・ちょっ、ギブギブ!」

 

 夕陽に照らされながらギャアギャアと騒いでいる二人。

 

 それはまるで、仲の良い家族のようで。

 

 緋色に輝く夕陽の眩しさが美しく、一日の終わりに妙に充足感を覚えた。

 

 唐突に、この世界も悪くないという思いが胸に生まれて、少し狼狽える。

 

 

 この世界がいくら愛おしくなったとしても、ワシらはいずれ帰らなければならない。

 

 帰る方法が未だにわからないが。その思いは変わらない。

 

 きっとボルト達、家族が心配しているだろう。

 

 

 この世界に骨を埋めるしかない、とあの憎たらしい悪魔が言ったことを思い出し、顔を顰める。

 

 そうなっては困るのだ。

 

 

 底抜けに明るいこの馬鹿がいないと、あの家族はきっとまだ、ダメなのだ。

 

 騙し騙しに隠してきた傷が顕になり、そこから悲しみが溢れて止まらなくなるだろう。

 

 暖かいあの家がまた、あの頃のように暗くなってしまう。

 

 ボルト達に、これ以上家族を亡くさせるわけにはいかないのだ。

 

 ・・・・・・・あの時のような思いはもう、絶対にさせたくはない。

 

 ワシはいつの間にか立ち止まり、楽しそうに揺れる二人の影をボンヤリと見ていた。

 

 

 

 

 

 

 後日、ナルトの勤め先である工事現場に場違いな少女がやってきた。

 

 

 「我が名はめぐみん!アークウィザードにして爆裂魔法を極めしもの・・・・・・・そして今日より壁をペンキで白く染め上げる者! ・・・・・よろしくおねがいしま~す」

 

 「あー・・・とりあえずこっち来て作業服に着替えてくれるかな・・・お嬢ちゃん」

 

 いつもどおりの魔女っ子スタイルのめぐみんは当然、親方に連行されていった。

 

 去り際に得意げな顔でこちらに手を振っていたが、当たり前のように、無視した。

 

 働くのがそんなに偉いのか。

 

 ああ、早く、働かなくても何も言われない元の世界に戻りたい。

 

 

 

 

 


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