「そんな・・・・・・・こんな理不尽なことがあってたまるかってばよ!!」
絶望に染まりきった表情でテーブルに額を強くぶつけるナルト。
ドンッと割と大きな音が店内に響くが、不審なじいさんの突然の奇行に店内の客達はまるで気にした風もなく図太く食事を続けていた。
「おい、落ち着けよナルト」
「なにを一人だけ冷静になってんだ!この状況がどれだけヤバイかわかっているのか!!」
冷めた声でなだめるワシをナルトが余裕のない表情で怒鳴る。
完全に取り乱している。こんなナルトを見るのは随分久しぶりだ。あの時はそう――
「このクソッタレな世界にはラーメンがないんだぞ!?」
うん、確かあれは夜食に作ったラスト一つのカップラーメンを誤ってひっくり返した時だ。
異世界だと思われる街のとある食堂。
あれから途方に暮れていたワシらは、とりあえず昼時だということで近くの繁盛していそうな店に適当に入った。
そのうち帰れるだろうと楽観的なことを言っていたナルトの目はメニューを一通り眺めると一変した。
明らかに向こうでは食べたことがないであろう料理名がゴロゴロしていたのだ。
忙しそうに動く店員を捕まえてこの世界においてラーメンなる料理が存在するのか根掘り葉掘り聞き出して軽い営業妨害をしたところ、
コイツにとって絶望的な答えが返ってきたのだった。
「俺はこれからの余生を一体何を楽しみに生きていけばいいんだってばよ!?」
ナルトが悲哀に満ちた声で叫ぶ。
「うーん、他にも何かないんか?仮にも酸いも甘いも味わい尽くしたであろう98のジジぃがあんな健康に悪そうな料理に人生の全てをかけるなよ。」
至極真っ当な意見のはずだ。ワシはラーメンより蕎麦派だしな。
「俺の生涯は常にラーメンと共にあった!寂しい時、辛い時、いつも俺のそばにあって慰めてくれたのがラーメンだった。
共に戦い抜いた戦友よりも濃く、長年連れ添った妻よりも深く、ラーメンは俺自身を作りあげ血肉となっているんだってばよ!」
・・・ほーう・・・・いや、別にラーメンに嫉妬なんてしてないよ。確かにワシなんかよりラーメンの方がよっぽどナルトの力になっていたようだしな!
ワシなんか、昔はコイツに化け狐なんて呼ばれて嫌われていたし?
ワシだってあの頃は鬱陶しいガキだと思って嫌ってたし!
まぁ、ずっとそばにいたであろうラーメンさんには敵わないッスよワシなんて全然ラーメンさんには及ばない薄味の戦友だよ、どうせ。
しかし、ワシは良いとしても意外と嫉妬深かったコイツの妻はきっとあの世で青筋を立てて柔拳を叩き込む準備をしているだろうな。
お盆の夜にラーメン屋の丼が突然割れる怪奇現象があったらきっとラーメンに恨みのあるヒナタという女の亡霊の仕業であろう。
「クソっ、こんなことならあの悪魔っ娘をちゃんと捕まえておくんだった!」
ワシがさっきから後悔していることをついにコイツも口にした。
そうだよなー。捕まえとけばよかったよなー。
今考えればやろうと思えばできたんだよ捕獲だって。
ついカッとなって螺旋手裏剣を飛ばすナルトを黙認したけれど、止めるべきだったんだよな。
帰る手段があの女しかないのだからもっと慎重になるべきだった。
そのことをワシはもう十回以上は反省している。
当の本人であるナルトはさっきまでは過ぎたことはしょうがないとかほざいて大らかそうに笑っていやがったが。
「一応、仙術探知を最大限に広げて探しているが、そう都合良くは見つからねぇもんだな」
「でも、あいつの同族っぽい雑魚ならなんかちらほらいるみたいだってばよ。」
「あー、確かにそんなのがいるようだが、やつと比肩するには弱すぎる。同種族だからって仲間であるとは限らないんじゃねぇか?」
「いろんな奴がいて、いまいち世界観がつかめないよな。悪魔が当たり前のようにいる世界なのかもまだ判断つかないし。」
店の椅子に座りながら仙術を用いて二人で手分けして街を捜索していた。
少しでも手がかりがないかとダメ元で探っているが、やはり時間の無駄かもしれない。
あれほどの目に合わされたのだ。相当のドМでもない限り近くにのこのこ現れたりしないだろう。
「チッ、あの、クソ悪魔め!今度会ったら、ヒナタ用のエロ忍術を解禁して触手責めでヌルヌルな目に合わせてやるってばよ!
それとも水遁で水責めにした後、大量の鰻に化けてご自慢の巨乳を蹂躙してやろうか!それとも・・・・・」
次々と実現できるであろうエグいエロ忍術を語るナルト。
普段は温厚で大らかなナルトだがキレるとたまにこういう鬼畜発言をすることがある。
ヒートアップしてきたのか徐々に大きくなる声に辟易して、ぶん殴って止めようとした所、ガタンッと勢いよく椅子を立つ音がして隣の席から女がズンズンと近づいてくる。
「ご、御老人!!そ・・・その話をもう少しやらしく!・・・いや、くわしく教えてくれ!!!」
金髪の女が息を荒くさせ、ギラギラとした瞳で興奮した様子で言った。というか叫んだ。
「エロ忍術とはなんなのだ!?そんな素敵な・・・・いや、けしからんものがこの世に存在するというのか!?け、けしからんっ
そんなものが存在しているなど本当に許しがたい!果たしてどれ程のものなのか・・・とても見過ごすわけにはいかない!
た、試しに私にやってみるといい・・・なに、いいんだ遠慮するな誇り高き騎士として当然の義務だ!
大丈夫!私は騎士としてそんな卑劣で卑猥な術に絶対に屈しない!!
さぁ、来い!早く!先程話でも言っていたような触手でも鰻でも蛇でもカエルでも1,000Pの大乱交でもドンと来い!!」
野生のドМが現れた。
すぐさま逃げる選択をしたいところだが、ナルトは初めて対話する異世界の住人に興味深々だ。
「や、やめてダクネス!危ないよ! 一人で延々といやらしい話をしているおじいちゃんだよ!?
私の盗賊としての第六感が告げているんだ!このおじいちゃんは人外の類だよ!」
銀髪の女が慌てたようにドМの手を引っ張る。
どうやらこの女はド変態なエロじじぃが一人でブツブツと妄言を垂れ流しているように見えたらしい。
ワシをただの可愛らしい飼いギツネだと思っているわけだ。
失礼な。ワシは他人にコイツのペットだと認識されることが一番嫌いなんだ。
「ふん、その人外の類というのはワシのことだろうな。確かに見ての通り人ではない。」
ワシの渋くてカッコイイ美声に二人はギョッとした顔で辺りを見回す。
「どこを見ている。この皺くちゃの老人の前に座っている雄々しい獣が見えんのか。」
二人仲良く口をだらしなく開けてポカンとしている。
ふふふ、ワシはこういう凡夫共の間の抜けたリアクションが好きで堪らない。
これだから、子狐モードは辞められないのだ。
「ウソ・・・・」
「狐が、喋った・・・・」
こいつらのリアクションで一つわかったことがある。
どうやらこの世界でも獣は喋らないらしい。
出会うやつら皆、この反応だとしたら色々面倒くさいな。
「へー、おじいちゃんとクラマ君はこの街に来たばっかなんだー」
先程とは打って変わって和やかな雰囲気でクリスという銀髪の少女は言う。
「おー、遠くから来て、さっき着いたばっかりでさー。新参者で右も左もわからないんだってばよう。」
困ったように笑うナルトをドМ少女ダクネスがその内に秘めた性癖を微塵も見せずに優しく微笑む。
「この街はアクセル。駆け出し冒険者の集う街です。治安もよく人々も温かい良い街ですよ。
困ったことがあれば何でも言ってください。先住の身としてできる限りお手伝いしますよ。」
「おう、ありがとう!助かるってばよダクネス!しかし、冒険者かー、いいなぁ。年甲斐もなくワクワクする話だってばよ。俺もなっちゃおうかな?」
「ナルトさん位のお年を召した方だとちょっと・・・・」
「うーん、この街のクエストでも結構危ないこと多いしね。ちょっとした冒険なら私達が一緒なら大丈夫だと思うんだけど・・」
「やっぱ厳しいかー・・老人と狐、女の子二人のパーティも面白くて良いと思うんだけどなー」
「ふふ、確かに」
「うんうん、注目浴びそうだよね。クラマ君とか異例すぎるし。」
和やかに笑い合う三人。数十分前まで他人だったとは思えない位に打ち解けていた。
正気に戻ったダクネスとクリスは最初は喋る狐を連れた怪しい老人に警戒心全開だったのだが。
面倒くさいから全ての応対をナルトに任せていたらいつの間にか非常に友好的な関係を築いていたのだ。
相変わらずのコミュ力の高さだった。誰とでもすぐ友達になるコイツの性質は年老いてなお、変わらない。
「しかし、世界は広いな。まさか言葉を喋る狐がいるとは。」
ダクネスがそう言って軽く笑う。さっきまで仰天して醜態を晒していたやつとは思えない態度だ。
「俺のいたところでは意外に多いってばよ。狸とか猿とか猫とか」
「へー、いいなぁー」
クリスが羨ましそうに言うが、多分コイツの頭の中の喋る動物というメルヘンチックな想像とはだいぶ差があるだろう。
実物は街一つ簡単に滅ぼす巨大怪獣なのだ。
「全員友達だ。クラマとも幼い頃からずっと一緒なんだってばよ。」
ふん、嘘をつけ。そのくらいの頃にお前と共にいた事などなかった。今となっては後悔しかしない時代だ。
「え!?じゃあクラマ君も同じくらいおじぃちゃんなんだ!道理で落ち着いた声だと思った・・・・」
「見た目はこんなに可愛いのにな。というかこの方にも敬語で喋ったほうがいいのだろうか?」
ふん、ド変態のくせに堅物な女だ。まぁ、特別にタメ口を許してやろう。
小動物相手に低姿勢な騎士というのも外聞が悪いだろうしな。
会話が弾む。
時間を忘れて言葉を交わすこいつらには一期一会では済まされない位の確かな縁ができていた。
見知らぬ世界で微かな不安を覚えていたが、良い友人ができたようで本当に良かった。
「あ、ダクネス、悪いけど少しだけお金貸してくれってばよ」
「え、あ、はい、いいですけど・・・」
唐突に、会ったばかりの女にいきなり金の無心をするナルト。
すげぇ・・・・お前、すごいよ・・・・
確かに、散々、飲み食いした後、あっちの通貨が通用しないであろうことに気づいて蒼然とし、土下座の覚悟をしていたが。
まさか、そこらの女引っ掛けて金を払わせるとは・・・・一体何処まで堕ちるんだ七代目火影。
「え?おじぃちゃん、お金無いの?」
クリスはまるで咎める様子もなく、まさに女神のような慈愛に満ちた眼差しを向けてくる。
やばいな、ワシも妖魔の端くれだし浄化されてしまうかも・・・・・
「そうなんだってばよ・・・。俺の田舎の金ってこっちの方じゃ全く使えないみたいでさ。」
ナルトがテーブルに財布の中身を広げてみせる。二人は見慣れないのであろう、小銭や紙幣を物珍しそうに見ていた。
もともとそんなに多いわけでもないが昼飯ぐらいなら余裕で払えるだけはあるはずだったのだ。
「使えるお金が全く無いというのなら、これからの生活は厳しいのではないですか?返すのはいつでもよろしいので少し余分にお貸ししましょうか?」
心配そうな顔でそう提案するダクネス。
おいおい、出会ったばかりの老人を信用しすぎだろう。
普通、いきなり金の無心をされたら詐欺だとか疑わないか?
「いやいや、ここの御代だけ貸してもらえれば十分だってばよ。」
「しかし、それでは・・・・」
「働いて稼ぐってばよ。これでも体力にはまだまだ自信があるんだ。なにか肉体労働で良い仕事を知らない?」
「土木工事の作業員なら人手不足で常時募集しているけど・・・おじぃちゃん本当に大丈夫?相当キツイらしいよ?」
「大丈夫、大丈夫!こう見えても俺はまだ98歳なんだ。まだまだ若いし十分イケルってばよ。」
「いやいやイケないよ!!というか98歳なの!?思ったよりずっとご高齢でびっくりなんだけど!?」
やたらと心配そうな顔で考え直すように説得してくるダクネスとクリスを半ば強引に口説き落とし、仕事の紹介をしてもらう。
こうして、仕事も決まり、異世界での新生活がスタートしたのだった。
そして、数日後、工事現場を息も乱さず縦横無尽に駆け回る妖怪のようなジジィを目にして、唖然として立ち尽くしているクリスとダクネスの姿があった。
「・・・・あのおじいちゃん本当に人間?壁とか柱とか普通に垂直に歩いているんですけど・・・・」
「あれ?気のせいかな?・・・・・ナルトさんが時折、増えているように見えるんだが・・・
昨日の筋トレのしすぎで疲れてるのかな・・・・帰って休もう・・・・」