「改めまして、ごきげんよう。わたくしは“呼び寄せる悪魔”アーデルハイト・ディスミルでございます。以後お見知りおきを。」
怪しく微笑み、余裕たっぷりな表情でスカートの両端を摘み優雅に一礼する女。
「な、なにー」
「あー、あくまだとー」
さっきのは無かったことにして登場シーンからやり直させて欲しいとベソをかいて頼まれたので仕方なくこういう茶番に付き合っている。
確かにフードを脱いだ姿には多少驚いた。燃えるような紅い瞳に真っ白な髪。
その頭には立派な角があり、背中にはコウモリっぽい翼。
見るからに、悪魔っぽい。ワシも妖魔の端くれとして女から人外の気配がビンビン感じているのでそこは別に疑っていない。
しかし、ここまで悪魔っぽいと逆に意外性が欠片もなく、正直つまらない。
こちとら初めて見る生悪魔なのだからもう少しこちらを楽しませる気概が欲しいところだ。
だいたい悪魔の癖に露出も少ないしサービス精神が足りないと思う。なんだよ純白のドレスって。悪魔の癖に清純派気取りか。
「“呼び寄せる悪魔”として、わたくしは主の命によりお二人を異世界に誘います。あなたがたの生きた世界はもう遥か彼方。新たな世界にはもう間もなく着くことでしょう。
拒否することは叶いません。後戻りもできません。お二人はこれより訪れる世界に骨を埋めるしかないのです。」
この女、なんか調子に乗り始めたな。さっきまで泣きながら土下座をしていたくせに生意気な。
異世界とか頭がおかしいんじゃないだろうか。
もう、この鬱陶しい結界から抜け出すだけなのだから目の前の元凶を始末するのが一番手っ取り早い気がしてきた。
ナルトもめんどくさそうに螺旋丸を掌で生み出している。
「ひっ・・・なんですかその手のひらでギュんギュんいってる危なそうな玉は!ちょっ、やめてくださいっ!こっちにむけないで!非常識ですよ!
野蛮です!なんでも力で排除しようという考えは悲しみしか生みませんよ!そういうの悪魔的にみてもアカンと思うんです。
だいたい、無駄ですよ!私を殺しても根本的な解決にはなりませんからねッ。私たち悪魔には残機と呼ばれる命のストックがあるんです。
それがある限り私は何度だって蘇りますよ!た、例え私を殺し尽くせたとしても異空間に投げ出されるだけです!あなたがたの世界にはぜーっっったい戻れません!!
ざーんねーんでーしたー!フフフフフフ勝った!アーデルちゃん、ついに卑劣な忍者に勝利した!あははははは!・・・・・・・・
・・・・すみません・・・そのグィングィン唸って大きくなっていってる玉、怖いんでしまってくれませんか・・・
ごめんなさい。死んでも大丈夫だからって別に痛いのが平気なわけではないんです・・・」
格好つけたり、はしゃいだり、ヘタレたり忙しい奴だな。
しかし、命のストックというのは信憑性がある。現にこの女は殺したはずなのに生きてここにいる。
ということはさっきから言っている異世界うんぬんもただの妄言では無いのかもしれない。
だとしたら厄介なことになった。
さっきからナルトが飛雷神の術で飛ぼうとしても、この結界のせいかまるで発動しない。
帰る手段がこの女の術しかないというのならどうにかこの女を屈服させ従わせなければならないのだ。
しかし、脅迫、拷問、精神攻撃などはうずまきナルトが最も苦手とする分野だ。
根が優しく穏やかなこいつは自衛や防衛以外の目的で人を傷つけたことがないのだ。
そして、この女の主と呼ばれる黒幕の存在もある。わざわざこんな老耄を異世界なんぞに呼び寄せるあたり、うずまきナルト個人を知っているものである可能性が高い。
狙いは十中八九、ナルトの中の九尾の妖狐・・・ワシの力だ。だとしたら他の人柱力も狙われる恐れがある。
今代の人柱力達はいずれもこの程度の悪魔モドキなんぞに遅れをとるようなものなど皆無な猛者ばかりだが、この“呼び寄せる力”というものは恐らく単純な力で破れるものではない。発動を許してしまえばもう手遅れなのだ。
ナルトが結界を破壊しようと、風遁・螺旋手裏剣を放つ。
圧縮された膨大な風のチャクラを内包する手裏剣が青い空間を凄まじい速さで駆け抜け、やがて見えなくなった。
力が足りずに打ち破れないのではなく、向ける先すら存在しない世界。
例え、ワシらが全力を振るい、すべての力を用いて尾獣玉を放ったとしてもそれは無駄な結果に終わることだろう。
「も、もうっ!おとなしくしていてくださいよ!これから向かう世界もそう、悪いものではありませんから。
ちょっと野菜が牙を向いて襲ってきたり、魔物が増えすぎて鬱陶しかったり、頭がおかしい連中がやたらと多いだけの・・・・・ちょっとクセがあって好き嫌いが分かれると思うけど味わってみると少し好きになるようなそんなカエルの肉のような世界ですから!ご安心を!!」
なんだその例え!全然安心できねぇよ!というかカエルの肉って・・・コイツがカエル使いだと知っての狼藉か!
見ろ!普段は温厚なナルトがこめかみに青筋浮かべて螺旋手裏剣に仙術チャクラまで練りこんで殺傷能力をさらに上げているぞ・・・・
「ま、まーまー落ち着いて・・・・そ、そんな怖い顔しないで・・・リラックス、リラックスよー、短気は損気と言いましてー・・・・・あ!今着きました!」
顔を青くして腰を抜かしていた女が安堵の笑みを浮かべる。
「うずまきナルト様、クラマ様、ようこそおいでくださいました。我々は歓迎いたします。この素晴らしい世界でどうか幸がありますよう。」
女が腰を抜かしたまま微笑む。座り込んだ状態で右手を頭上にかざすと青い空間に亀裂がはしった。
ワシら取り囲むように空間はひび割れ、最後には細かいガラスが砕け散るように音もなく崩壊した。
そして、気づくとワシらは見知らぬ街の中にいた。
レンガ造りの家々が立ち並ぶそれなりに大きな街だった。多くの人々が賑わい、のんびりした足取りで行き交っている。
誰も突如現れたはずのワシらに注視する様子もない。ただ、呆けて突っ立っているジジィと小動物を邪魔くさそうに避けるだけだ。
「どこだ・・・ここは・・・」
そこは、ただの見覚えのない街というだけだ。魑魅魍魎が徘徊する怪しい世界に紛れ込んだわけでもない。
どこにでもありそうな街並みだ。剣や鎧を身にまとった男、とんがった長いつばの帽子をかぶる女。見慣れない服装の者たちが多いがそこまでおかしいワケでもない。
やけに耳の長い者や獣の耳とヒゲを生やした奴もいて、それは確かに見たことがないがそれだけで異世界というのもピンと来ない。
決定的なものが何もなかった。異世界に訪れたという妄言を完全に信じさせるようなものは何もなかった。
すぐさま飛雷神の術で飛ぼうとした。
これまでマーキングした場所は100以上あったのだ。どこへ飛んだとしても見覚えがある場所というだけでワシらを安心させてくれるはずだった。
その結果、発動の兆しすらなく失敗した。
あの忌々しい結界は破れたはずだ。飛べない原因など思い当たらない。
マーキングした術印がこの世にある限り、この状況で発動しないわけがなかった。
「まさか、本当に異世界だとでも言うのか?・・・・・」
「まぁ、俺はなんとなくそんな気はしてたってばよ」
ナルトは呑気にそう呟くと、何気なく掌に凶悪なまでに高密度のチャクラを収束し始めた。いつの間にか仙人モードにまでなっている。
街中での突然の暴挙に道行く人々はギョッとして後ずさる。
「え、なにしとるんだ?」
「いやー、あの悪魔っ子、逃げたみたいだからさー」
そういえば、いつの間にかいなくなっている。
「こんなところにまで連れてきて説明もなしに放り出してトンズラっていうのは、ちょっと、どうかと思うんだってばよ。」
「ん、確かにな。イラッとくるな」
「だろ?」
普段は温厚なワシらでも流石に許容できる範囲を超えているな。
今日食べるはずだった行列ができる名店の味噌チャーシューメンを食いそこねたコイツは見た感じ仏のように柔らかい表情を浮かべているが心中は怒髪天なのかもしれない。
ワシも帰れないと明日テレビで放送する劇場版「狐探偵」を見逃してしまう。先週の次回予告を見てからずっと楽しみにしてきたというのに。
「確か、残機というのがあると言ってたな。」
「そうそう、よくわからないけど死なないらしいってばよ。」
仙術で探知した感じ、すでに結構離れた位置で飛んでいるのがわかる。涙目で必死に逃げる様が目に浮かぶが、なぜだろう?まるで躊躇する気がおきない。
荒れ狂う暴風の塊がキィィィィンという甲高い音を立てて身の丈ほどの風の手裏剣に形をを変える。
「仙法・螺旋手裏剣」
その場で思いっきりジャンプしたナルトは容赦なくそれを放った。
青い軌跡を残して光速で飛んでいくそれを街の人々はボンヤリと見上げていた。
◇◆◇◆
「・・・・・・・・・・・・・はっ・・・」
気がつくと私は柔らかいベットの上で目を覚ました。慣れ親しんだ私の部屋だ。
荒い息を吐き、テーブルの上の水差しからコップに水を注ぎ一気に飲み干す。
コップを持つ手が震えて、止まらない。
悪夢を見た。大悪魔であるこの私が思い出すとおしっこチビってブルブル震えてデビルメイクライしてしまいそうな最恐の悪夢を見た。
思い出したくない!思い出したくないのにインパクトの強すぎる死亡体験がフラッシュバックして精神を蝕む。
気がついたら胴体から真っ二つにされて、その後私を切り裂いたそれが大きく膨れ上がって私を飲み込み、一瞬で私の残骸をズタズタのミンチに・・・・・・・・
・・・・・トラウマ確定だコレ・・・・・・・・
「ああ、アーデルよ、死んでしまうとは情けない」
悪魔より悪魔らしい声が部屋に響く。部下が見るからに怯えているというのに愉悦をたっぷりと含んだ声色は私を大いに苛立たせる。
「聞いていませんよ。あんな・・・・あんな化物が相手なんてっ・・・・・・」
侮れない相手だとは聞いていた。しかし人間としては中々だが、大悪魔である私の敵ではないと大いに持ち上げられた。
だから気をよくして鼻歌交じりに「このアーデル様なら余裕のよっちゃんよ!」とか調子よく大言を吐いて意気揚々と向かったのだ。
その結果があれだ。2回もぶっ殺された。忍者ってほんっっと怖い。
悪魔の私が言うのもなんだけど、人の所業じゃないよね。
「やはり、お前では荷が重かったか。」
別に失望しているわけでもなさそうな軽い態度が腹立たしい。絶対こうなることを予測していたはずだ。
「ちゃんと、この世界には呼び寄せましたよ!十分でしょ!これ以上はまっったく割に合いません!!」
できたら殺してね、とか気軽に言われたけど、あれを殺せとか絶対、無理ゲー!頭がおかしいっ!
「フン・・・・手間のかかるものだ。あれからもう80年余りになる。すっかり老いぼれたものだと思ったが・・・・・
まぁ、良いだろう。勘付かれないように遠くから監視していろ。時期が来たら俺直々に手を下す。」
主様は獰猛に嗤う。獣が極上の獲物を前にした時のような圧倒的強者の驕りきった笑み。
私はこの人間が好きではない。別にツンデレとかではなく本音100%で嫌いだ。
彼の思想に共感もできないし、この私を見下すような眼も気に入らない。
そもそも本来もらうはずの対価だって何ももらっていないのだ。完全なタダ働きでこき使われているわけだ。
悪魔である私が清いボランティア精神で尽くしているわけもなく、半ば脅されて、強要されている状態だった。
裏切れるものなら裏切りたいものだけれど、困ったことにそれができない。
この瞳に私は逆らうことができない。妖しく輝き、気味の悪い模様を描く瞳。これに囚われた私は運が悪かった。最悪に不運だった。
「かしこまりました。マダラ様。」
忠誠心など微塵も抱かず一礼する私を我が主はどこまでも興味無さげな眼で見ていた。