かつての英雄に祝福を!   作:山ぶどう

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ちょっと遅いですが、あけましておめでとうございます。
今年度、一発目の投稿です。
ちょっと詰め込みすぎて長くなっちゃいました・・・・。


第26話 成金冒険者達の狂宴

 

引き止めてくる他の冒険者たちを振り切って酒場を出た俺達は、とりあえず師匠を回収するために馬小屋へと向かった。

 

 陽気にスキップをしながら。

 

 「高級ホテルだ!ワッショイ!ワッショイ!」

 

 「ワッショイ!ワッショイ!」

 

 「ソイヤサ~!ソイヤサ~!」

 

 「わ!なんだってばよ!?何で俺ってば担がれてんの!?」

 

 「さらばだ馬小屋!また会う日まで!」

 

 「私は今日!馬小屋生活を卒業します!」

 

 「いやー、長いこと慣れ親しんだ宿泊場をもう利用することがないと思うと感慨深いものがありますね・・・もう馬のウンチの悪臭で目を覚ますことも無くなるんですね・・・」

 

 「ああ。ワシも寂しく思う。・・・ククク・・・まったく、寂しすぎて笑いが止まらんなぁ・・・」

 

 「・・・・わ、私はたまになら泊まりたいものだが・・・」

 

 「・・・・・・お前ら、随分と貧相なところで寝泊まりしていたんだなぁ・・・・冒険者というのはこんなにも過酷な環境だったのか・・・テント生活で嫌気がさしていた俺が生温く思える・・・」

 

 皆で景気づけに師匠をお神輿のように担いで馬小屋をあとにした。さよなら、俺のマイホーム!

 俺達はこれから馬臭くないゴージャスな宿泊施設で幸せに暮らすよ!

 

 今までの貧乏生活に思いを馳せながら俺達は師匠を元気よく揺らして高級ホテルへと急いだ。

 

 

 

 

 そしてやって来ました高級ホテル!

 

 目の前には成金趣味全開の煌びやかな装飾が施された、この街で一番豪華な建物がそびえ立っていた。

 

 「で、でかい・・・・」

 

 「大きいわねー・・・・」

 

 「えっ?なに?ここってどこだってばよ?仰向けの体勢だから綺麗な星空しか見えないんだけど!?あの、そろそろ、降ろして・・・・」

 

 「ひゃぁー、眩しいですね!こんなにも眩しい建物は私、初めてです!」

 

 「ふん、見掛け倒しじゃないといいがな・・・・こういう変に気取った所に限って飯の量が少なくて味気ないものだ・・・」

 

 「・・・・ここにはあまり来たくはなかったんだが・・・・・会いたくない嫌な男に出くわしそうだし・・・」 

 

 「・・・それってもしかして、あそこにいる舌舐めずりをしながら気持ちの悪い顔でこちらを見ているあの肥え太った男の事か? 」

 

 「・・・・・・うげっ・・・・」

 

 「おい、大丈夫か?」

 

 「・・・・・ベルディアさん・・・・今日は一緒に寝ようか・・・・」

 

 「お、おい・・・・出会ったばかりだというのに大胆だな・・・・・しかし、俺にはアンジェリカという心に決めた女が・・・・」

 

 「何を言ってるんだ?剣を男として意識するわけがないだろう?不審な物音がしたら大きな声で知らせて欲しいんだ。」

 

 「この俺を防犯ブザー扱いするとは・・・!チッ・・・お気に入りのぬいぐるみに接するように優しく抱きしめて寝てくれたら助けてやらないこともない・・・・」

 

 「いや、刃物相手に危険すぎるだろう・・・・寝返りなんかうったら下手したらうっかり死にそうだから・・・」

 

 

 想像以上に大きな建造物に皆そろってつい見とれてしまった。

 

 ・・・・うわぁ、無駄に高そ~!

 

 なぜ駆け出し冒険者の街にこんな貴族が好むようなセレブなホテルがあるかというと、この街の悪徳領主がとある貴族の娘とのドスケベかつロマンチックな妄想の果て、税金を多大に使って私利私欲のために高級ホテルを建設しやがったのだという。たった一泊で上級クエストの報酬が全て消えるほどの料金を取るという話だ。今ではこんなクソ高いホテルなんて誰も泊まらず、領主だけがたまに息抜きに宿泊する別荘のような感じでなんとか存続しているのだという。

 

 いつもなら、こんな高級ホテルの前なんて歩くこともできない。馬小屋暮らしの住人としては余りの圧倒的な格差の前にひれ伏して卑屈に笑うしかなかっただろう・・・・。

 だが、今の俺達は違う!

 

 「突撃だああああああ!!!」

 

 「うおぉぉぉぉぉ~~~~!!」

 

 「ちょっ、降ろして!いい加減おろしてってばよ!ジジィ虐待だコレ!?」

 

 

 雄叫びを上げながら俺達はホテルへと突貫する。

 

 何も恐ることはない、俺たちは今、圧倒的な力・・・・・財力を手にしたのだから!

 

 「ようこそいらっしゃいました。しかし恐れながら申し上げますが、あなた様方は訪れる場所を間違えてはいませんか?大変申し上げにくいのですが当ホテルは貴方達のような野蛮な猿型モンスターのような貧相な人種をお客様だと認めるのは非常に難しいのです。きっと少しばかり目と頭が不自由な方々なのですね?よくあることなので何も恥じることはないですよ?貴方達の格に合った庶民向けの宿屋の場所をお教えしましょう。

 いいですか?ここを出て右に曲がって真っ直ぐ進んだら突き当たりを左に曲がりますと、安っぽいパン屋の看板が見えますので、そこで・・・・・・ひぃっ!」

 

 育ちの良さそうな坊ちゃん刈りのホテルマンの前にエリス金貨がたんまり入った金袋をドンッと叩きつける。

 

 「釣りはいらねぇ・・・・とっときな。ふっ・・・人を見た目で判断するもんじゃねぇぜ?おにいさんよう。」

 

 「やだ、カズマさんったらハードボイルド・・・・いいわねっ、それ!私もやりたいわ!ねぇ次は私にもやらせて!美しく格好良い富豪の令嬢を演じてみたいの!」

 

 「貧乏人が言ってみたい言葉ランキングの上位に入りますね!それは!まさか紅魔族一の貧乏家族の長女であるこの私がそんな金払いの良い嫌味なセレブの立場に立つことができるなんて・・・・!感無量ですっ!感謝しますよカズマ!」

 

 アクアとめぐみんが尊敬に満ちた顔で俺を見る。ああ、いい気分だ。実にいい気分だ・・・・。

 ダクネスだけは何だか呆れたようにジト目で見てくるが、まぁそれはしょうがない。アイツからは元祖金持ちの匂いがプンプンしやがる。 趣味で馬小屋に泊まっているようなファッション貧乏には真の貧乏人の気持ちなどわからないのだろう。

 

 「あの・・・・・足りません・・・・」

 

 「へ?」

 

 ホテルマンのお兄さんが気まずそうに発した言葉に、目が点になる。

 

 

 「人数分の宿泊費ですと・・・・・これでも、まだ足りないんですよね・・・申し訳ないんですが・・・・」

 

 さっきまで貧乏人を見下していた風の嫌味なお兄さんはどこか人の良さそうな顔で本当に申し訳なさそうな顔でそう言った。

 

 余りの恥ずかしさに顔面が一気に沸騰したように熱くなった。

 

 「え、あ・・・そうなの・・・・?ふ、ふーん・・・・・そ、そうかぁ・・・・足りなかったかぁ・・・・」

 

 「うっ・・・これは恥ずかしい・・・!カズマ、格好悪い・・・!ど、どうしよう・・・いたたまれないわ・・・・なんか私も顔が赤くなってきたんですけど!?う~、お金ならちゃんとあるのにどうしてこんな思いを・・・・」

 

 「カズマ・・・貴方はまだ貧乏根性が染み付いていましたね!大金を小分けした時に大きな金袋と小さな金袋に分けましたよね。そして、気前の良い金持ちを演じていたつもりでも、無意識のうちに一番小さな金袋を叩きつけてしまっていたんです・・・・。なんて悲しい貧乏人の性・・・・お金があってもまだ、セレブの道は遠いですね・・・」

 

 どうしょう。想定外の事態だ・・・。ここで更に金袋をバーンとお兄さんに叩きつけてもこれは挽回できない・・・・。恥の上塗りだ。ここからスマートに解決するにはどうすれば・・・・・。

 

 

 「も、もういい!私が払う!おい、そこの男!早く足りない分を言え!高級ホテルを自称するならいつまでも客に気まずい思いをさせたままでいるんじゃない!もうさっさと二階に上がりたいから、早くしろ!」

 

 「は、はい、すいません!あ、金髪碧眼ということはもしや貴女は貴族の方では・・・・」

 

 「だからどうした!?関係ないだろ!いいから早く部屋へ案内しろ!」

 

 

 ダクネスが羞恥心に顔を赤らめながら毅然とした態度でホテルマンに接する。

 こんな頼もしいダクネスは初めてだ。さっきまで俺の幻術でヨダレを垂らしながらハァハァ言っていた女と同一人物とはとても思えない。貴族のお嬢様としてのオーラを確かに感じた。

 

 「ララティーナお嬢様ぁ・・・!ありがとうございます!」

 

 「ちょっ、その名で呼ぶなと言っただろう!?」

 

 「ありがとうね、ララティーナ。あなたの功績を讃えてこの女神から、お金を巧みに操りし者・・・・“ゴールドマスター”の称号を与えましょう!」

 

 「流石ですララティーナ!こういう時はとても頼りになりますね!金持ちとしての格の違いを感じました!」

 

 感謝の気持ちをこめて今日だけはお嬢様扱いで称賛してやっているというのに、ララティーナは何故かとても嫌そうな顔をする。おい、そんな顔するなよ。俺の性格を知ってるだろう?もっと弄りたくなるだろうが。

 

 「え?ララティーナというのは?」

 

 「ククク・・・ダクネスの本名だ・・・笑えるだろう?」

 

 「フフ・・・確かに可愛らしすぎて似合わんな・・・」

 

 「こんなジジィなんかより、ララティーナ姫を讃えて胴上げをするってばよ!」

 

 師匠がニヤリと笑って、そう提案する。

 

 いいね、それ。うん。採用!

 

 よし、みんな!ララティーナお嬢さまを神のごとく讃えろ!

 

 

「「「「「「らっらてぃーな!!らっらてぃーな!!」」」」」」

 

 「おい、やめろ!何をする離せぇ!!」

 

「「「「「「それ!らっらてぃーなっ!!らっらてぃーなっ!!」」」」」

 

 「や、やめてくれ・・・頼む・・・もうお願いだから・・・・やめてぇぇぇ~~!!」

 

 ロビーの真ん中で笑いながら胴上げをする俺達をホテルの従業員達は新種のモンスターを発見したような目でポカンとして見ていた。

 

 ―――――後に担当のホテルマンAは語る。

 『彼らに担ぎ上げられたララティーナお嬢様は大変美しく、その泣きながらやめてと懇願する姿を見て私の胸の奥に新たな感情が芽生えるのを感じました。それはまるで神からの啓示のようでした。その時、新しい世界の扉が開かれたようなそんな興奮と共に私は思ったのです。

 ・・・・・嬲られる女性って、そそられるなぁ・・・・と。

 そして、その日私は新宗教ララティーナ教を立ち上げることを決めたのです。』

 

 ――――それは後にアクシズ教と並んで頭がおかしいと評されることになる、謎の宗教団体ララティーナ教の教祖が誕生した瞬間であった。

 

 

 一人の男の運命を狂わせたことなど知る由もなく、俺たちは今が楽しければいいというノリではしゃぐのだった。

 

「「「「「「らっらてぃーなっ!!らっらてぃーな!!」」」」」」

 

 「クッ・・・・身体をいくら好きなように弄ばれても、心だけは・・・・この高潔な心だけは絶対に屈しない!」

 

 「そらそら、いいかげん正直になれよララティーナお嬢さんよう・・・・」

 

 「ほれほれ・・・少し楽しくなってきたんでしょう?顔を見ればわかるわ。」

 

 「た、楽しくなんか・・・・こんな屈辱を味わわされて楽しいはずが・・・」

 

 「ふっふっふ・・・その割にはさっきまで強ばっていた体が今は随分と力が抜けてリラックスしているじゃないですか?」

 

 「う・・・そ、それは!」

 

 「素直になるってばよう、ララちゃん。最初は怖かったけど今ではもうそのスリルある浮遊感が病みつきになっているんだろう?わかるってばよ・・・・」

 

 「うぐ・・・、そんな、こと・・・楽しくなんて・・・こんなの全然・・・楽しいわけ・・・・こんな・・・・・・」

 

 「「「「「「らっらてぃーなっ!!らっらてぃーな!!」」」」」」

 

 「・・・・・・・」

 

 「「「「「「それそれそれそれ、らっらてぃーなっ!!らっらてぃーな!!」」」」」」

 

 「・・・・・・ふふふ」

 

 

 最終的には快楽に屈してしまったらララティーナお嬢様はダブルピースをしながら頭の悪そうな笑顔を浮かべて、修学旅行でテンションがMAXな女子高生みたいにあられもない姿ではしゃぎまくるのだった。

 ノリノリで「イェーイ!」とか言って完全にキャラ崩壊を起こしていて俺としてはとても面白くて笑えた。

 

 

 そして、しばらくして正気に戻ったダクネスに泣きながら超怒られたのだった。

 

 

 

 とはいえ、多少はしゃぎすぎて怒られたとしても今の俺達のテンションを下げることなど誰にもできない!

 「もう騒がないで大人しくするよ」と言った舌の根の乾かないうちにホテル内を駆け出し、部屋へと突入するのだった。

 

 

 「いざ!ベッドへ・・!どーん!」

 

 「どーん!!」

 

 「うわ、ふっかふかだな、おい!」

 

 「ヤバいわ!藁の上にシーツを敷いただけの寝床とは、明らかに違うの!こんな感触覚えたら私もう馬小屋なんかには戻れない!」

 

 「俺はもう絶対戻るつもりはないぞ!一生このベッドで寝て過ごすんだ!」

 

 「素敵!私もこのベッドさえあれば例え女神に戻れなくても全く悔いがないわ!このままこのベッドで永眠したい!」

 

 大きなベッドへとダイブする俺とアクア。さすがは悪徳領主がこだわり抜いたベッドというだけはある。

 現代日本のベッドに限りなく近い非常に質の高い寝具だ。むしろ俺の部屋にあったベッドより明らかに寝心地がいい。半端じゃなくふかふかな感触はまさに悪魔的気持ち良さ。こんな所で寝たら睡眠時間が伸びてしまうに決まっている。

 ・・・よし決めた。明日はクエストとか修行は休みだ。夕方くらいまで寝て過ごすことにしよう・・・・。

 

「こら、寝るな寝るな。これからベルディアの親睦会をすると言っただろうが・・・・」

 

 クラマが枕元へちょこんと座って俺の額にビシビシと猫パンチをかましてくる。

 

 「おっと、そうだった」

 

 「クラマたん、それ私にもやって~。肉球で優しくポンポンって。・・・あいたたたたた痛い痛い!そうじゃなくて!そんな打楽器を叩くような感じじゃなくて!もっと優しくしてよぅ!」

 

 ベットの上でじゃれつく一人と一匹を放置して俺はベットから起き上がる

 

 これから朝まで高い酒を飲み明かす予定だった。今から寝てしまうのは勿体無い。

 

 既に他のみんなは心地の良さそうなソファーに腰をかけて寛いでいる。

 その近くのテーブルにメイドさんが優雅な動作で食器やグラス、美味そうなつまみなんかを並べていた。

 

 「まったく・・・いくらなんでもはしゃぎすぎだろう・・・メイドさんも見ているのに恥ずかしい。」

 

 「・・・・さっきまでのお前のはしゃぎっぷりを蒸し返したら怒る?」

 

 「・・・・・・・怒るよ」

 

 楽しすぎてアヘ顔ダブルピースを決めていたダクネスは暗く沈んだ声でぼそりと呟く。怖い。ダクネスにとってあれは黒歴史になりそうだ・・・。

 

 

 「ダクネスの言うとおりです。まったく、子供みたいですね。カズマは。」

 

 そう言って生意気そうに笑うとめぐみんは立ち上がり、早足で俺の横を通り過ぎると・・・・・

 

 「どーん!」

 

 俺がさっきまで寝ていたベッドへダイブした。

 

 なんだ、コイツもやりたかったのか・・・・。広いベッドなんだから遠慮せずに俺等と一緒にドーンすれば良かったのに・・・・。

 

 「クンクン・・スンスン・・・フガフガ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ペロ・・・・・・・・・・・・・

 か、勘違いしないでくださいよ。私はただ、カズマの匂いがベッドに染み付いたら嫌なので私自ら検査をしているだけです!カズマの着ているジャージは本当に男臭いですからね!

 ・・・ん・・・カズマの温もりがまだ微かに残っていますね・・・・・・・ああ、なんでしょうか・・・・この感覚・・・・まるでカズマに抱きしめられているような・・・・・・・そ、そんな気がしてとても不快ですね!うん。まったく本当に気持ちが悪いです・・・・・・・・・・・・・えへへ・・・・・

 あ、ちなみにこのベッドは今夜私が使いますから。そこんところよく覚ええいてください。とくにアクアとナル爺は酔っ払って寝ちゃったりしないでくださいよ?いいですね?」

 

 「えー?自分の部屋に戻るの面倒くさいんですけど・・・」

 

 「いいですね!?」

 

 「わ、わかったわよ・・・そんな赤い目で睨まないで・・・怖いから・・」

 

 「ふふ・・・俺も了解だってばよ。」

 

 今日の戦闘で疲労したのか、めぐみんはしばらくの間、ベッドから出てこなかった。

 うつ伏せの格好で随分と念入りに匂いを確認しているが・・・そんなに臭うかな?戦闘後はちゃんと風呂に入ったんだけどな・・・。  

 ジャージもアクアの魔法で綺麗にしてもらったし・・・・。というかそんなに俺の匂いが気になるならなぜそこで寝ようとするのか・・・本当に訳のわからないロリっ子だ。

 

 「めぐみんはどうしたのだろう?なんだか今日はやけに様子がおかしい気がするんだが・・・」

 

 ダクネスが心配そうにベッドで顔を赤くしながら悶えてるめぐみんを見る。

 

 「やっぱり、これってそういうことなんだろう?」

 

 「ん。そういうことだってばよ」

 

 ベルディアの刀身を布で磨きながら師匠は穏やかな顔で笑う。

 ・・・・そういうことって何?

 

 「あの、準備が整いましたが・・・・もうお飲み物をお持ちしてもよろしいでしょうか?」 

 

 メイドのお姉さんが涼やかな笑顔で控えめに言う。

 

 「おっ、待ってました!おねぇさん!このホテルで一番高いお酒を持ってきてちょうだい!」

 

 「それより飯だ!こんな上品そうなチーズとかではなく、ワシはもっとガッツリ食いたいんだ!メイドの娘よ、ベーコンとか持って来い!厚切りでな!」

 

 めぐみんから蹴落とされてベッドの下で仲良くじゃれていたアクアとクラマがメイドさんの声を聞いて嬉しそうに飛んでくる。

 

 このホテルで一番高い酒と聞いて一瞬眉をひそめたが、すぐに今の俺にとっては大した額ではないだろうと思い直す。やれやれ、まだ庶民の感覚が抜けずにいやがる。今の俺はクリムゾンビアのおかわりを頼むのも渋っていたドケチなあの頃とは違うのだ。

 

 「熱いお湯を持ってきてくれってばよ、おねぇちゃん。実家からカップラーメンを口寄せするから。」

 

 「ナルトさん、またラーメンですか・・・。お疲れのようですし、今日くらいはもっと精のつくものを食べたほうが・・・」

 

 「ダクネスの好きなとんこつもあるってばよ?」

 

 「とんこつ・・・前に食べさせて貰ったあの濃厚なスープか・・・ゴクリ・・・ま、まぁ、とんこつなら・・・・」

 

 「おねぇちゃん、お湯を二人・・・いや三人分な!・・・・ベルちゃんも食べてみるってばよ」

 

 「え?俺のこの体で飯を食うことができるのか!?」

 

 「硬い固形物は無理だけど柔らかい物や汁物は刀身から啜ることができるってばよ!」

 

 「血を啜る魔剣みたいなものか・・・・良かったなベルディアさん。」

 

 「ということは酒も飲むことができるのか・・・・。無機物転生ということで少し悲観していたが、案外悪くないのかもしれんな・・・じゃあ、とりあえずそのラーメンというのをもらおうか。言っておくが俺は味には煩い方だぞ?」

 

 「ふふふ、我が里のカップラーメン製造技術を侮るなってばよ・・・。この俺自らが監修を務めて名店の味を見事に再現することに成功したんだ・・・・。俺が長年愛してきた一楽ラーメンを味あわせてやるってばよう」

 

 目の前にある上品な料理には目もくれず、二人と一本はカップラーメンパーティを始めようとしていた。

 もう何も言うまい。高齢者が毎日カップラーメンばかり食べている現状は改めるべきだとは思うが、師匠のラーメンに対する情熱は最早、中毒症状を越えた、愛の域だ。それを止めることは今の俺にはできない。

 いつか俺がもっと強くなったら師匠の身体を守るために師匠が保有するラーメンを根こそぎスティールしてやろうと心に誓う。ブチギレるであろう師匠とのリアル鬼ごっこを想像すると今から震えが止まらないけど・・・。

 

 

 

 「めぐみんはいつまで寝ているのよ?ベッドが気持ちいいのは分かるけど、早くこっちに来て高級ジュースでも注文しなさいな。今から寝るなんてこの私が許さないんだからね!」

 

 「んん~~~~~・・・・名残惜しいですが、しょうがありませんね・・・。」

 

 アクアが呼びかけると、めぐみんはようやくベッドから起き上がってくる。

 

 「それでは、せっかくですから私も今日は甘いお酒でも・・・・」

 

 「あ、お姉さん。このロリっ子にはりんごジュースでも出してやってください。」

 

 「はい、かしこまりました。」

 

 「ちょっ、どうしてカズマが私の飲み物を勝手に注文しているんです!?もう私の旦那気取りですか!?亭主関白なんですか!?今日ぐらい良いじゃないですか!私だって高いお酒というものを飲んでみたいのです!良いお酒ですからこの前みたいに悪酔いすることは絶対にありませんから!」

 

 ロリっ子がギャーギャー文句を言っているが当然の如く無視する。

 コイツは自分の酒癖の悪さを理解していないらしい。

 以前、蜂蜜酒をがぶ飲みして泥酔してやらかした事をまったく覚えていないのだろう。他の客に絡み、歌い、踊り、最後には爆裂魔法を酒場の中でぶっ放したことなどまるで記憶にございませんといった感じなんだろう。

 俺もその日は日課の一爆裂が済んでいたし発動するわけがないとたかをくくって傍観していたんだが。どういう理屈かは解らないが、コイツは酒を飲むことで魔力を増幅させることができる体質だったらしい。だから一日一発が限度のはずの爆裂魔法が飲酒によって二発目の発動を許してしまったのだ。酔拳ならぬ酔爆裂魔法というやつだ。師匠が咄嗟に時空間忍術で爆裂魔法をどっかに飛ばしてくれたおかげでなんとか事なきを得たが、あんな恐怖体験はもう懲り懲りだった。

 もし今回、爆裂魔法がこの高級ホテルで放たれたと思うとゾッとする。その時はまた師匠がなんとかしてくれると信じているが、今日はベルディアの件で力を使い過ぎて疲弊しているらしいので万が一ということもありえる。

 そうなったら街一番の金持ち冒険者から多額の借金を背負う極貧冒険者へと転落することだろう。

 

 それだけは絶対に阻止しなければ・・・・・!

 

 

 「さぁ!みんな、改めて乾杯しようぜ!」

 

 「あ、無視した!この私をシカトしましたね・・・!」

 

 「ほら、めぐみん、りんごジュースが来たわよ。良い子だから大人しくこれで乾杯しましょう?ね?」

 

 「あ、あのアクアに子供扱いをされるなんて・・・・もう、私はおしまいです・・・・!」

 

 「どういう意味よっ!それ!」

 

 「ほらほら、いいから飲み物を持つってばよ。」

 

 「まったく。小娘の分際でまた酒なんぞ飲みおったら噛みちぎってやるからな!」

 

 「大丈夫だクラマさん。この私がいる限りもう絶対にめぐみんに飲酒をする事態にはさせない。」

 

 「頼むぞ・・・。あ、メイドの娘よ。このバケツに入っている剣に酒を掛けてやってくれ」

 

 「お、済まないな・・・メイドさん。お酌をしてもらって。・・・ぐふふ、やはりメイドとはこうでないとな・・・あんな自称メイドの掃除のおばちゃん風な女神とは違う・・・」

 

 「・・・・お、落ち着くのよ私・・・・平常心・・・平常心でいつもの冷静なスマイルを浮かべるの・・・・お母さんがいつも言っていたじゃない・・・・こういう商売をしていれば色々と不思議なお客様もいらっしゃるって・・・・だから剣や子狐が普通に話しかけてきても何もおかしくはないわ・・・・・・・うん、おかしくない・・・・」

 

 メイドさんがテンパった様子で震えながらベルディアが入っているバケツに酒を注ぐ。

 

 それが終わるのを待ってから俺は酒の注がれた硝子の杯を掲げる。

 

 「それじゃあ、ベルディアが俺達の新たな仲間に加わったことを祝して!乾杯!」

 

 「「「「「カンパーイ!!」」」」」

 

 

 杯を合わせ、中に入ってる極上の酒を一気に飲み干す。物凄く旨い。流石は高級な酒なだけはある。

 

 だが、この一杯がこんなにも旨いのはそれだけが理由ではない気がした。

 

 ベルディアとの激闘の末、俺は二度目になる死を体験した。そのとき見た走馬灯がこの世界での日々を思い起こさせ、俺がいかにこの世界での日常を大切にしていたのかを実感させたのだった。

 だから死の淵でずっと願っていたのだ。仲間と酒を飲み交わしながら一日を笑って終えるような、そんないつもの日常に戻りたいと。それだけを望んでいた。

 だから、取り戻したかった日常がここにあることに俺はとても大きな幸福を感じていた。

 俺が本当に欲しかったのは、大金でも名誉でも高い酒でもなく、ただ仲間とこうしていられるこの何気ないひと時だったんだ。

 ・・・・・・・恥ずかしいから絶対にそんなことは口にしないけど。

 

 

 皆が杯の中を飲み干して幸せそうに息をつくのを眺めながら、そんなことを思う。

 その中に、旨い、旨いと感動したように何度も呟いてバケツの中の酒をズズズと啜っている一本の剣を見て思わず苦笑する。

 

 ・・・・・まさか、取り戻したかった仲間との日常の中にそれを奪おうとしたベルディアが新しく加わることになるとは思わなかった。・・・まったく、妙な話だ。

 師匠とクラマに聞かされた時は俺達全員、耳を疑ったものだ。そりゃあ、そうだよな。たった今、ぶっ殺した相手を剣に転生させて仲間に加えるってどういうことだよ。普通、納得できるわけなんてない。

 

 しかし、それを何故かすんなりと受け入れて了承してしまった自分自身に俺が一番驚いている。

 

 自分でも、正直よくわからない。ただ、なんとなく許してもいいように思えた。

 

 もちろん斬られて痛かったことや、死にそうになって怖かったことも覚えている。それは今でも鮮明に思い出せる。けれど、だからといってベルディアを許すことができないほどの負の感情を抱いているわけでもない。確かにバキバキに骨を折られたり、ぶった斬られたりで相当痛い思いをしたが、それは戦いが終わってからも頑なに敵だと思い続けるほどのことではない気がした。

 

 

 一番の被害者である俺が仲間にすることに賛成すると他の三人も戸惑いつつも頷いてくれた。

 

 そうして満場一致でベルディアを仲間にすることが決まったのだった。

 

 あれほどの強敵だったベルディアだ。味方になってくれるのなら、とても心強いだろう。

 

 

 新たな仲間を得て、多額の報酬も得て、これから先はグレードアップした俺達の輝かしい未来が待っていることだろう。

 

 これこそまさに大団円というやつだな・・・・

 

 そんなことを思いながら、清々しい気分で旨い酒を飲んでいると・・・・・

 

 「さて、乾杯をしたことだし、そろそろいいかしら?なんか良い雰囲気になっちゃってて、とても言いづらいんだけどね?うーん・・・これって言ってもいいのかしら?空気を読むことを覚えた私はちょっと躊躇してしまうわ。」

 

 「じゃ、言うなよ」

 

 みんなが腰を落ち着けてゆったりと飲んでいる中、アクアが突然立ち上がって何かめんどくさそうなことを発言しようとしているようだった。

 

 「いえ、やっぱり言わせてもらいます!ずっと言いたかった本音をあえて、ここで言わせてもらうわ!

 そこの図々しく高級酒なんてすすってる貧相な駄剣!そう、ベルディア、あんたのことよ!

 私はアンタのことを仲間なんて認めないわっ!」

 

 「へ?」

 

 空気の読まないKY女神はベルディアに向って指をさして、そんな面倒くさい宣言をした。

 

 

 「アクア・・・今更そんなことを言わないでくださいよ・・・」

 

 「こら、アクア。そんな意地悪を言ったらダメだろう。ちゃんと仲良くしなさい。」

 

 そんなアクアにめぐみんは呆れたように溜息をつき、ダクネスは母親のように腰に手を当ててたしなめるように言う。

 

 「どうせ女神ハーレムの術がまるで効かなかったことをまだ根に持っているんだろう?張り切ってポーズを決めていたのに鼻で笑われていたしな。」

 

 「ち、違うわよ!確かにあれは腹が立ったけど、そういうのじゃなくて・・・。」

 

 言葉が出てこないのか難しそうな顔をして沈黙するアクア。

 どうしたんだろう?こいつは馬鹿だが何の考えもなしにこういうことを口にするやつじゃない。

 こいつがベルディアを仲間だと認めない理由とは一体なんなのか?

 

 「仲間を・・・・カズマを傷つけた俺が、許せないんだろう?」

 

 ベルディアが悔やむような重々しい声でそう言った。

 

 え?いやいや、そんなまさか。

 どうせコイツのことだから、多分もっと、くだらなくてしょうもない軽い理由だよ。

 そうに決まって・・・

 

 

 「・・・・・・・」

 

 俯いて顔を少し赤くするアクア。

 え?うそ?ほんとに?

 

 「・・・・・・ま、まぁ、そうよ?そんな感じの理由ですけど?・・・なんか文句ある?」

 

 頬を朱に染めて居心地が悪そうにそっぽを向くアクア。

 こ、こいつ照れてやがる。

 へー。そうかー。俺のために怒ってくれたのかー。へー。あの生意気な女神が?この俺のために?

 ふーーん。そうかそうかー・・・・・

 

 「な、何をニヤニヤと締りのない顔で笑ってるのよカズマ!ちょっと、そのニヤケ面をやめなさいよっ!腹立つわね!

 と、とにかく私はそう簡単にベルディアを受け入れることなんてできないから!そこらへんを覚えていなさい!」

 

 「・・・・ああ、わかっているさ・・・・」

 

 ベルディアは哀愁を感じさせる声で切なそうに答える。

 

 「アクア・・・」

 

 「確かに私たちだってカズマを傷つけられたことには思うところはあります。・・・・でも・・・」

 

 「まぁ、そう簡単にはいかんよな・・・・。」

 

 「俺が毒キノコを食うなんて馬鹿な真似をしなければこんなことには・・・・。

 情けない師匠ですまんってばよ・・・・」

 

 お、重苦しい空気だな・・・!

 さっきまで和気あいあいとした楽しい雰囲気だったのに。今ではすっかりどんよりムード・・・・。

 そんなシリアスになるなよ!当の本人であるこの俺が全然気にしないって言ってるのに!

 ていうか、アクアさん?めぐみんのことを忘れないであげてくれますか?あいつだって死の宣告で苦しんだんだから・・・・。なんか、めぐみんの被害者としての扱いが軽い気がするんだよなぁ。本人がケロッとしているものだから俺もつい忘れそうになるけどさ・・・・。

 

 

 「おい、アクア。そんな怒んなくていいって。俺だって最終的には千鳥でベルディアをぶっ殺したんだし、お互い様ってやつだ。」

 

 「そんなこと私だってわかっているわよ・・・。でもね、そういう問題しゃないの。正直、別にカズマのためってわけでもないの。ただ、私が傷ついたのよ。カズマが傷ついて倒れた時、なんでか知らないけど私もすごく痛かったの・・・。心が寒くて切なくてしょうがなくなったの・・・・。あんな思いをするのは私はもう嫌よ。」

 

 あ、アクアさん?あなた真顔ですけど、さっきよりずっと恥ずかしいことを言っていることに気づいてます?

 

 

 「でも私だって別にベルディアが仲間になるのを絶対に反対ってわけでもないの。ただ、全部今日の出来事なのよ?少しくらい心の準備をさせてよ。」

 

 「・・・・・そうだな。俺も早く仲間だと認めてもらえるよう、精一杯、努力するよ。」

 

 「いいわよ。ほどほどで。いつになるかわからないし。

 ・・・・なんか、ごめんね皆。盛下げちゃって・・・・。よし!の、飲み直しましょっ!ねっ?そうしましょう!ほら、カズマもお爺ちゃんも飲んで飲んで!」

 

 

 ぎこちない笑顔で酒を勧めてくるアクア。それを見てようやく空気が少しだけ柔らかくなって、皆がおずおずと飲み物に手を伸ばし始めた。

 

 それでも、やはりどこかピリピリとしていて。アクアとベルディアの確執は割と根が深い問題なのではないかと暗雲たる気分でそっと溜息をついた。

 

 そう都合よく大団円とは行かなかったようだ。

 

 そんな感じで似合わないほろ苦いシリアス気分に浸っていたのだけれども・・・・・。

 

 

 

 

 ―――――数時間後。

 

 

 

 

 

 「あっはっはっはっ!!飲んでるぅー?ベルディア~~~!?」

 

 「がははははは!!飲んでるともアクアちゃ~ん!」

 

 「「イエーイ!!」」

 

 そう言って柄の部分と手をハイタッチするように陽気に合わせるアクアとベルディア。

 

 

 酒の力ってすげぇー・・・・・・。 

 

 

 たった数時間であんだけ険悪だった二人が今ではすっかり打ち解けて馬鹿みたいに笑い合ってやがる・・・。

 

 なにか劇的な出来事が起こったわけでもなく、ただ酒を飲みながら下らない雑談をしていただけなのにいつの間にか二人の間にあった溝が埋まっていたのだった。特に宴会芸の話では二人は俺達を置き去りにして大いに盛り上がって意気投合していた。今度、人体切断マジックをしよう、と仲良く計画を立てているのを聞いて耳を疑った。 今日リアルに剣でぶった斬られた俺を前にすげぇ不謹慎じゃね?

 そのマジックには絶対俺は協力しないからな!

 

 というか、アクアさん。こんなこと言うのもなんだけど・・・・ちょっとあっさり許しすぎじゃない?

 いや、確かに俺だって二人には仲良くなって欲しいとは思ってたよ?予想より早く打ち解けてくれてすごく安心しましたよ?・・・・・でも、いくらなんでも早すぎるわ!

 あんな重い雰囲気にしたんだからもう少し粘れよ!もっと俺のために葛藤してくれよ!

 そんな速攻で仲良しになるんなら、あんなシリアスっぽい流れはいらなかっただろうが!

 

 「あははは!いい呑みっぷりじゃない!リマリー!この良い感じの聖剣におかわりの葡萄酒を注いであげて!」

 

 「あ、はい、かしこまりました」

 

 「がはははは!この俺が聖剣とは照れるなぁ!リマリー!この美しい女神にも高級酒の新しいのを開けてやってくれ!」

 

 

 ちなみにリマリーというのはこのメイドのお姉さんの名前だ。酔っ払いに呼び捨てにされても笑顔を絶やさない優しいメイドさんである。おまけにまともな金銭感覚をしているのか高い酒をがぶ飲みする俺達をちょっとだけ心配してくれているのが分かる。

 

 

 「え、あの・・・・もう3本目ですけど・・・本当によろしいのですか?先程も言いましたが、一本二百万エリスの品なんですが・・・・」

 

 「かまわん、かまわん!この俺の討伐賞金なんだからな!それくらい屁でもないさ!」

 

 「そうよ!せっかくベルディアが仲間になった記念日なんだから豪勢にいきましょう!」

 

 「はぁ、かしこまりました・・・・あの、先程からお酒がただの水に変化するという怪奇現象が度々、起こっているようなのですが・・・・?」

 

 「あ、ちょっと手に触れちゃったの。これも女神としての強すぎる浄化能力の代償よね。ま、お水も美味しいからいいけど。」

 

 良いわけねぇだろ!一本二百万の酒だぞ!?水が飲みてぇんなら影分身クリエイトウォーターで一斉放射してやろうか・・・この金食い女神め・・・・!

 

 

 「・・・あ・・・・・んん・・・・ああっ・・・・クラマさん・・・・もっと・・・もっと・・お願い・・・します・・・」

 

 「妙な声を出すんじゃない!気色悪い!!」

 

 そっちのソファではクラマとダクネスがよろしくやっている。

 

 うつ伏せになったダクネスに雄々しい獣が乗りかかりその四肢を蹂躙していた・・・。

 

 女騎士は顔を朱に染め荒い息を吐きながら快楽に身をゆだねている・・・

 

 「ん・・・上手・・・ですね・・・・クラマさん・・・・」

 

 「ふん、ナルトにもよくやってやるからな・・・」

 

 

 まぁ、単なるマッサージなんだけどさ・・・・

 

 筋肉痛のダクネスに子狐の肉球が優しく揉みほぐしている。

 

 気持ちよさそうだな・・・・・・後で俺もやってもらおう。

 

 

 「そうなんですか・・・・・そういえば、ナルトさんは一体どちらへ?」

 

 クラマに踏まれてだらしなく頬を緩ませながらダクネスが言う。

 確かにさっきから師匠の姿が見えない。飛雷神の術を使ったのか、いつの間にかいなくなっていた。

 トイレだとしてもいくらなんでも長すぎるよな・・・・・。

 

 「あいつなら・・・・」

 

 「任務完了だってばよ」

 

 クラマが何かを言いかけた時、ちょうど師匠が戻ってきた。

 突然姿を現した師匠を俺達は特に驚くこともせず受け入れる。もうそれは既に見慣れた現象なのだった。

 ただ、師匠が見慣れない狐のお面を被っていて、それだけが不思議だった。

 

 「師匠おかえり。随分遅かったけど、どこへ行ってたんだ?」 

 

 「いやー、不審者がいたから、そいつを仕留めに行ってたんだってばよ。」

 

 「不審者?」

 

 「ああ。なんかこの部屋が魔法で盗聴されてたみたいでさ。感知したらこのホテルに潜んでこそこそ悪巧みをしていたから、俺がとっちめてやったってばよ。もちろん顔がバレないようにお面をつけてな」

 

 「そ、その不審者とはもしや豚のように肥え太った豚のような顔の豚ではなかったか!?」

 

 ダクネスが何かを期待するように瞳を輝かせて師匠に問いかける。

 というかそいつってどんだけ豚っぽいんだよ。もはや豚そのものじゃねぇか。

 

 「あ、うん。確かに豚のような感じだったなー。なんでもこの街の領主らしいってばよ。本人がなんか偉そうな態度でそう言ってた。」

 

 「間違いない、あの男だ!・・・ああ、今夜はぐっすり眠れる・・・・ありがとう・・・ナルトさん・・・本当にありがとう・・・!」

 

 うつ伏せの姿勢のまま涙ながらに頭を下げるダクネス。

 

 「へへ・・・そんなに感謝されると照れるってばよう」

 

 「・・・ちなみにその男にはどんな目に合わせてやったんですか?股間とかを重点的に攻撃して潰してくれたのならとても嬉しいのだが・・・」

 

 

 「いや・・・流石にそこまではしないってばよ。でもガチホモボディービルダーの術でさんざん地獄を見せたから、多分もうアソコの方は再起不能なんじゃないかなぁ・・・」

 

 あの術を使ったのか・・・。可哀想に・・・。

 あれの恐ろしさが骨の髄まで染み込んでいる俺は心の中で顔も知らない不審者に合掌した。

 いや、もしかしたら俺はまだあの術の真の恐ろしさを知らないのかもしれない・・・・

 アソコが再起不能に成る程だ。それは一体どれほどの・・・・・

 ・・・・想像するのも恐ろしい・・・・

 

 「ふふふふ、いい気分だ・・・私は絶対にSではないはずなのに他人の不幸で心がこんなにも晴れやかになるなんてな・・・。」

 

 ダクネスは安心しきったあどけない笑みを浮かべる。

 

「さぁ!クラマさん、踏むのを再開してくれ!景気づけに思いっきり頼む!」

 

「なんて良い笑顔をしてやがるんだ・・・はぁ・・・しょうがねぇなぁー・・・」

 

 マッサージという名のSMプレイを再開してまたエロい嬌声を上げ始めるダクネス。

 

 おいおい、やめてくれよ。俺は今、この状況でエロい事を考えるわけにはいかないんだよ。

 

 

 なぜなら・・・・・

 

 「どうしましたか?カズマ。なにやらモゾモゾとしていますが・・・・・あ、トイレに行きたいのなら遠慮せずに言ってくださいね。そうなったら一時、中断しますので。」

 

 「もう何度目になるかわからないけど、改めて言わせてくれ。

 ・・・ホント何してんのお前・・・」

 

 めぐみんが俺の膝に頭を乗せて寝ているからだ。

 

 いわゆる膝枕というやつだった。

 普通逆じゃない?何故、男の俺が・・・

 

 

 

 「もう何度も言っていると思いますが。わたし、少し酔ってしまったみたいなんです・・・」

 

 俺の顔を紅い瞳でじっと見つめて悪戯っぽく笑うめぐみん。

 その笑顔に自分の心拍数が少しだけ上がるのがわかる。それを悟られないように顔をしかめて素っ気なく言葉を返す。

 

 「嘘つけよ。お前は一滴も飲んでないだろうが。」

 

 「これだけお酒の匂いが充満していたらそれだけで酔っ払っちゃいますよ。」

 

 「いや、メイドのリマリーさんがこまめに換気してくれてるから。だいたい、お前が酔っ払ったらその程度で済むわけがないだろうが・・・この酒乱魔法使いめ・・・」

 

 「そうなんですか?」

 

 「そうなんだよ。覚えてないだろうけど。」

 

 何がそんなに嬉しいのかニコニコとした満面の笑顔で俺を見上げてくる。その声も随分と上機嫌で楽し気だ。

 

 まったく、やめろよな。そういうの。俺も男なんだから勘違いするだろうが・・・・・。

 

 「酔ってるようには見えねぇけど、気分が悪いならベッドで休めよ。俺の太ももじゃ寝心地が悪いだろ。」

 

 「確かにカズマの太ももは意外に硬いです。・・・頑張って修行したんですね・・・少し前はあんなにヒョロかったのに、今ではとても逞しくなりましたよ・・・」

 

 「うおっ、ちょっ、どこ触ってんだ!セクハラだぞ!」

 

 「ふふふ、ちょっとくらい良いじゃないですか。減るもんじゃあるまいし。」

 

 「なにこれ!?いつもと立場が逆なんですけど!?クソ、男女差別だ!俺からセクハラしたら絶対に怒るくせに!」

 

 「怒りませんよ?」

 

 「・・・・・・へ?」

 

 「私はもう、カズマに触れられても、決して怒りません。」

 

 そう言ってめぐみんは頬を紅潮させて、はにかむように笑った。

 

 それを見て俺の顔は茹で上がったみたいに一瞬で真っ赤に染まり、心臓は痛いくらいに高鳴った。

 おいおいおいおい・・・・これってまさか・・・・・・いや、落ち着け・・・落ち着くんだ俺。いくら今まで女の子とまるっきり縁がない非モテ道を爆進してきたからって、そう浮き足立つな。冷静になるんだ・・・。

 昨日までは普通に仲間としてお互い接してきたはずなのにこの急激な変化はおかしい。何か裏があるんじゃないか?めぐみんが俺を騙すとは考えづらいから、惚れ薬を飲んだとか魅了系の魔法をかけられたとかの外部が原因の場合かもしれない。もしそうだったら最終的にはめぐみんが治った時、その気になった俺が切なくなるような展開になる可能性も十分に有りうる。ラノベとかでそういうの見たことあるし。俺は慎重な男。勝率が100%だと確信するまではうかつに手を出すべきじゃない。け、決してチキンなわけではないよ?うん。

 

 

 「い、いいから、もうベッドへ行けよ!ほら!」

 

 「カズマも一緒に行ってくれるんですか?」

 

 「い、行かねぇよ!何言ってんだ!」

 

 「じゃあ、嫌ですー。ここにいます。この硬い膝にもようやく慣れてきましたし。」

 

 「そんなのに慣れてどうするんだよ・・・・・」

 

 「んー、将来的には役に立つんじゃないでしょうか?」

 

 「は?」

 

 「ウチのお母さんもたまにお父さんの膝で寝ていたのを見たことがあります。まぁ、普段はその逆がほとんどでしたけど。でも、その時のお母さんが妙に幸せそうな顔で眠っていたものですから、割と記憶に残っていたんですよね。」

 

 「・・・・・・」

 

 「なんだか、そういう夫婦っていいですよね。前から少しだけ憧れていたんです。そんないつまでも仲睦まじい夫婦でいられたらお金なんてあまり無くても、きっとそれだけですごく幸福になれると思うんです。

 ねぇ・・・・カズマも、そう思いませんか?」

 

 嬉しそうにそう言って微笑むめぐみんから、思わず目を逸らす。

 

 どこのどいつだ!めぐみんにこんな超強力な惚れ薬を飲ませたのは!!

 そうに決まってる!そうじゃなければこんな、将来的に俺達が夫婦になるようなことを嬉しそうに言うはずがない!

 

 ぶっちゃけ、そういうのってちょっと重い!嬉しさとか通り越してなんか重いよ!

 

 

 「どうしましたか?カズマ?」

 

 「いや・・・・・なんか、重くて・・・」

 

 っておい。俺は馬鹿か。それは口にしたらダメだろう。

 案の定、さっきまで笑顔全開だっためぐみんの顔が花がしおれるように曇っていく。やっちまった。

 

 「ごめんなさいカズマ。私としたことがつい浮かれてしまって・・・・・そうですよね、カズマは疲れているんですもんね。わかっていたはずなのに・・・本当にごめんなさい。」

 

 そう言って俺の膝の上から起き上がるめぐみん。

 あ、そっち?気持ち的な意味で言ったんだけど。

 

 しかし、あれだけ俺の膝にしがみついて離れなかっためぐみんが随分とあっさり引いたもんだ。

 心配そうな顔で気遣うように俺を見てくるし、なんだかんだで心根の優しい奴だ。

 正直、過保護なアクアからこまめにヒールで癒してもらったおかげで今は普段より元気なくらいなんだけどね。

 

 「そうですよね・・・・普通に考えたらこれが正しいんですよね・・・・私はどうかしてました。さぁ、カズマ。交代しましょう」

 

 「え、なに?」

 

 「ですから、私の膝で寝てください。」

 

 な、なにぃぃぃぃぃぃ!?

 え?このロリっ子は何を言っているの!?

 

 「ほら、カズマ。私の膝で気持ちよく眠るのです。カズマの膝よりは遥かに柔らかいと自負していますよ?」

 

 「いや、そりゃそうだろうけど・・・え?ホントどうしたんだめぐみん・・・なんかの罰ゲームか?無理することはないんだぞ?」

 

 「え?全然無理とかはしてませんけど・・・むしろ嬉しいですけど。ついさっきも言いましたよね?私はカズマに触れられても怒らないって。そういうことなので問題なんてなにも無いですよ?なので遠慮せずに私の膝を使ってください。」

 

 何この子!超積極的なんですけど!?グイグイ来るんですけど!?

 やっぱり強力な惚れ薬を飲んだという仮説が真実味を帯びてきたぞ・・・。

 だって明らかにいつものめぐみんじゃないもの!

 いかん、いかん、だめだぞ俺!今のめぐみんの甘い言葉に乗せられたら・・・。

 めぐみんが正気じゃない可能性があるんだ・・・仲間である俺がそんな誘惑に負けてどうする!

 そもそも俺はロリっ子は守備範囲外!こんなハニートラップに引っかかるものか!

 

 そう思っていたはずなのに俺の頭部はいつの間にかめぐみんの超柔らかい太ももの上に乗っていた。

 

 あっれぇぇー?

 

 「よしよし・・・ふふ、なんだかこうしてるとカズマがとても可愛く思えますね。いえ、この気持ちは愛おしいとでも言うのでしょうか?」

 

 可愛らしい女の子に柔らかい膝の上で頭を優しく撫でられた時って一体どんな反応をすればいいんだ?誰か童貞の俺に教えてくれ!俺にはそれを楽しむ余裕すらなく緊張で身体を固まらせることしかできないんだ!

 チクショウ!経験豊富ならどさくさに紛れて色々と触ることだできたのに・・・・!童貞な我が身が呪わしい!

 

 「どうしたんですか?震えていますけど・・・そんなに疲れていたんですか?」

 

 めぐみんが優しく囁きかけてくる。

 女体に気安く触れることもできないヘタレな自分に敗北感で打ち震えているなんてとても言えない。

 

 

 「カズマは今日、すごく頑張っていましたもんね・・・・私達のために必死に戦ってくれました。すごく痛い思いをして、とんでもない大怪我までして、それでも折れないで戦い抜いたカズマはとても格好良かったです。」

 

 「いや、そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、あんなの本来の俺じゃねぇよ。俺は根は小心者なんだ。多分もう二度とあんな主人公みたいな格好いい姿なんて見せられないと思う。」

 

 「それでもいいんです。私だってあんな無理を何度もして欲しいわけじゃありません。それに、あんな格好いいカズマはカズマらしくありませんからね。」

 

 「おい・・・」

 

 「ふふふ・・・それでもきっかけにはなりましたよ。私の本当の気持ちに気づく良い機会でした。」

 

 「へ、へー・・・・それってどんな?」

 

 「ま、まぁ、それは秘密なんですけどね」

 

 なんだよそれ!もったいぶってんじゃねぇ!!はっきりしろよ!俺のことが好きなのか好きじゃないのかここで白黒はっきりしろやぁーーーーーー!!!

 

 ・・・・・とは言えず。

 

 「あ、そう?ふ、ふーん・・・」

 

 

 俺はモヤモヤした気持ちでお茶を濁すしかなかった。

 

 よほど情けない顔をしていたのか、そんな俺を見てクスクスと可笑しそうに笑いをこぼすめぐみん。

 

 「時が来たらおのずと分かる事でしょう。・・・特に隠す気もありませんし。

 ですが、それとは別にカズマには今日、言いたいことがたくさんあるんです。」

 

 「ほーん・・・・・・なんスかぁー?今日の爆裂魔法を採点して欲しいんなら100点満点に花丸付けてやるよ?」

 

 わざと投げやりに答える。これ以上このロリっ子の言動に一喜一憂して振り回されてたまるか。

 そんな反逆の意志を持ってクールな澄まし顔をするが、めぐみんはそんな俺を見透かしているかのように母性を感じさせる余裕のある笑みを浮かべて俺の頭を優しく撫でる。

 あれ?もしかして俺って今、年下の女の子に思いっきり子供扱いされてる?

 

 「それは嬉しいですね。今日の爆裂魔法は渾身の出来でしたから。でも今はそんなことよりも、もっと大事なことが言いたいんです。」

 

 あのめぐみんが爆裂魔法の事を軽く流しただと!?

 もっとグイグイ食いついてきてこの甘酸っぱくて恥ずかしい雰囲気を霧散させてくれると思っていたのに!

 愛する爆裂魔法をそんなこと扱いとは・・・やっぱり、いつものめぐみんじゃない・・・

 ・・・・・明日は空からキャベツでも降ってくるんじゃないだろうか?

 

 「ねぇ、カズマ・・・」

 

 頭を撫でていためぐみんの手がゆっくりと俺の頬へと伸びてきて、ドキリとする。

 

 めぐみんの白くて柔らかい指先が俺の頬をそっと撫でてきて、その触れられた部分が急速に熱を帯びていくのがわかる。

 純情な俺は口を魚みたいにパクパクさせながら真っ赤になって硬直するしかなかった。

 

 「私はあなたにずっと言いたかったんです・・・・・ありがとうって」

 

 「お、おっふ・・・・・」

 

 「私がベルディアの呪いに侵されてとても苦しかった時、カズマは一番に駆けつけてくれましたよね?不安で泣きそうな私を力強く抱き上げながら、いつになく真剣な目で私のことを励ましてくれました。あの時の言葉に私がどれほど救われたか・・・カズマにはわかりますか?」

 

 「さ、さぁ?」

 

 「本物の勇者みたいだって、その時は本気でそう思ったんですよ?カズマはきっと“俺が勇者とかないわー”とか言って自虐的に笑うんでしょうけど。でも私にとってカズマはまさしく勇者そのものだったんです。」

 

 「・・・・・・」

 

 「私の呪いを解くためにカズマは必死になって戦ってくれました。傷ついて、倒れて、それでも諦めないで立ち上がって・・・・・最後は結局、真っ向勝負であのベルディアを討ち取ってしまいました。

 その姿を見て、私は・・・・・・・・・・・・」

 

 「・・・・・・」

 

 「・・・・これは言わないつもりでしたが・・・・やっぱり言わせてください・・・

 ・・・・・わ、わ、わ、私・・・は・・・・・」

 

 顔を赤面させて緊張したように言葉を詰まらせるめぐみん。緊張による震えがめぐみんの身体を通して伝わってくる。鈍感主人公とは程遠い俺はこの状況を察した。

 

 おっと、めぐみんのようすが・・・・・・?

 これは、来るか?来ちゃうのか?よっしゃ、バッチこい!

 惚れ薬を飲んだという疑いが未だにあるが、もうそんなこと知ったことか!

 もしそうでも俺の超絶テクでメロメロにして離れられなくしてやるぜ!

 

 「わ、私は・・・・」

 

    「んっ、ふぅっ、あ、あぁ、クラマさん・・・」

 

 「なんだよ、めぐみん」

 

    

    「あん、そうだ、もっと、つよくっ・・・爪を立ててもいいから・・・」

 

 

 「カズマ・・・・私は・・・」

 

 

    「あ、やめないで・・・・頼む、あと、五分・・・・いや三分だけでもいいからぁ・・・・」

 

 

 「言えよ、めぐみん・・・」

 

 

    「あー、肉球が・・・・肉球が・・・・」

 

 

 「わたしっ、カズマのことが・・・・・!」

 

    

     「おほう・・そこいい・・・・・あ、あ、あ・・・気っ持ちぃー・・・」

 

 

 「「ダクネスうるさいっ!!」」

 

 

 

 せっかくの良い雰囲気がマッサージを受けるドMの嬌声のおかげで台無しだった。

 

 こんなエロい声をBGMに告白なんてできるかっ!

 

 ずっと俺たちのことを見守っていてくれていたのか師匠が額に手を当てて「あちゃー」と残念そうに呟く。

 

 「ねぇねぇねぇ!これからパイを焼いてもらうって話になったんだけど、ミートパイとピーチパイとアップルパイとニシンのパイのどれがいいかしら?私としてはリマリーのおばあちゃん直伝の味だというニシンのパイが食べてみたいんだけど!」

 

 「アクアちゃん・・・・ちょっと空気を読むってばよ。今は、ほら・・・」

 

 「えー?むしろそっちの二人の方が空気を読めてないと思うんですけど?せっかく皆でいるのに二人だけで小声でこそこそと話して。何を楽しくおしゃべりしていたかは知らないけど、楽しい話題なら皆で共有して盛り上がるのが宴会の鉄則よ!ねっ、ベルディア!」

 

 「ああ、まったくそのとおりだ!・・・・・人目をはばからずイチャイチャしやがって、これだから最近の若い奴らは・・・」

 

 「だいたい、なんでカズマったら横になっているのよ。まだ日付も変わっていないのにもう寝るつもりなの?しかもめぐみんの膝を枕にしちゃって・・・・」

 

 う・・・、よく考えたら皆がいる前で何やってんだろ俺。テンパって周りが見えていなかったけど、めぐみんに膝枕されて小さな子供みたいに撫でられている姿とかも多分ばっちり見られてたんだよな・・・なんか急に恥ずかしくなってきた・・・

 

 冷静になった俺は断腸の思いでめぐみんの魅惑の膝から抜け出す。この膝は危険だ。心地よすぎて男を狂わせる魔性の膝だ。

 「あっ」とめぐみんが切なそうな声を上げるが、これ以上こんな膝で寝てられるか、俺は酒を飲むんだ!

 

 「むぅ・・・もう少しだったのに・・・ダクネス、アクア・・・・・・恨みますよ・・・・」    

 

 めぐみんがため息混じりに何かを言っているようだが、そんなもんは聞こえない、聞こえない。

 

 さぁ、気を取り直して飲みまくろう。

 

 俺たちの楽しい宴会はこれからが本番だ!

 

 高い酒と美味い食物で盛り上がって行くぜ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――さらに数時間後

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・・・アンジェリカ・・・ううう・・・・アンジェリカ・・・・シクシク・・・」

 

 

 アクアが泣いていた。

 

 顔を両手でおおって涙とか鼻水で顔面をベチャベチャにしながらシクシクと悲しそうに泣いていた。

 

 「まさか、会ったこともないアンジェリカのためにここまで心を痛めて涙を流してくれるなんて・・・・!あなたこそ真の女神だ!ありがとう・・・アクアちゃん・・・・う、う、うおおぉぉーーん!」

 

 バケツの中でジョボジョボと涙を撒き散らすベルディア。剣先から水が吹き出る様はアクアの宴会芸、花鳥風月のようだった。

 

 「うう・・切ない話です・・・」

 

 「ぐす・・・私、こういう話には弱いんだ・・・ぐす・・・」

 

 「俺も、妻とのことを思い出して、目頭が熱くなるってばよ・・・・」

 

 他の三人もアクアとベルディアほどじゃないが目に涙を貯めて泣きそうになっている。

 

 「う、う、う、熱い・・・・タオルを・・・おぐばりじま・・・お配り、します・・・・ううう・・・」

 

 メイドのリマリーさんはどこか琴線に触れてしまったのか号泣している。

 

 唯一クラマだけはニシンのパイに夢中のようで、バリバリとワイルドに平らげていた。魚の頭がいたるところから飛び出している不気味なパイはあまり美味しそうには見えなかった。

 

 隣のピーチパイは普通に美味そうだが、この悲壮感が漂う雰囲気では小腹が空いたからといって気安く手を出せる空気ではなかった。

 

 こんなことになったのもベルディアが酔っ払って自分の悲恋物語を涙ながらに語り始めたのが原因だった。楽しい宴会が面倒なことになったな、と思いながらも止めるわけにもいかず大人しく話を聞いていたのだけれど。

 

 ベルディアが意外にも語り上手だったことが災いしてしまった。

 

 臨場感たっぷりの語り口でその時の心情や境遇、辛い過去などを交えながら語られた切ない恋物語は女性陣と年寄りの涙腺を見事に決壊させたのだった。

 

 俺はまぁ、涙腺が“あの夢”のおかげで随分と耐性がついているので流石に泣くまでは行かなかった。

 悲しい話だとは思うけどね。

 

 「ベルディア・・・・あなたもずっと辛い思いをしてきたのね・・・でも、今日からは私たちが仲間よ・・・・!一緒に魔王をぶっ殺して、その願いをぜひ叶えましょう・・・!」

 

 最初は「あんたなんか仲間とは認めないわ」と啖呵を切って中指まで立てていた女がたった数時間で驚きの手の平返しだ。

 

 「俺を・・・・こんな俺を・・・仲間だと認めてくれるのか・・・?」

 

 「当たり前でしょう!」

 

 「そうです!昨日の敵は今日の友です!ちょうど日付も変わりましたし!」

 

 「ベルディアさんは今日から私の愛剣・・・いや、相棒だ。よろしく頼む。」

 

 「俺はもうとっくに仲間だと思っていたってばよ?」

 

 「もぐもぐ・・・うん、そうだな。」

 

 「・・・いい話です・・・・仲間っていいですね・・・」

 

 「あ、はい。そうっスね。」

 

 ハンカチで涙を拭いながら言うリマリーさんに適当に相槌を打つ。クールな顔立ちのくせに意外に涙もろい人だな。

 

 泣いていないのはクラマと俺だけなのでちょっとだけ気まずい思いをしながら、ベルディアのバケツに酒を注ぐ。

 

 「ま、飲めよ。」

 

 「おう、カズマ。ありがとうよ。」

 

 ベルディアがズズズと剣先から酒を啜る。

 あ、そういえばベルディアも泣いてたな。バケツの中で酒と涙が混ざったんじゃ・・・・

 

 「・・・・しょっぱい・・・」

 

 思ったとおり、自分の涙と酒のカクテルを飲んでしまったようだ。

 

 「や、酒を飲んだあとの塩分補給は大事なんだぜ?ほらほら、もっと飲め。俺の酒が飲めねぇのか?」

 

 「ぬ・・・飲めないこともないが・・・・」

 

 「ほれほれ、ぐいっと飲んで。そんで、もっとアンジェリカさんとのことを教えてくれよ。」

 

 「あ、それ私も聞きたいわ!」

 

 「私も気になります!」

 

 「お、そうか?そうだな・・・一体なにを話そうか・・・」

 

 「じゃ、とりあえず、そのアンジェリカさんとはどこまでいったんだよ?ん?正直に話してみ?」

 

 俺がからかい混じりにそう尋ねると、酒を啜っていたベルディアがピタリと止まった。

 

 「ちょっとカズマ!そんな下世話な質問は止してよ!」

 

 「まったく、ませた小学生みたいな発想ですねっ。恋人同士なんですよ?そりゃあ、大人な関係だったに決まっているでしょう?」

 

 

 「えっ?」

 

 何故かベルディアが驚いたような声をあげる。

 

 「?・・・なんですか?その反応?」

 

 「いや、その・・・・」

 

 「馬鹿ね、めぐみん。今とは違う昔の恋の話よ?清い関係だったのよ。きっとお互いにピュアだったの。多分、手をつなぐくらいのことしかできなかったのよ。ね、ベルディア?」

 

 「あー、手、手かー・・・繋いだ覚えは無いかなー・・・」

 

 「えっ、手も繋いだことないって・・・・おいおい、本当に恋人だったのかよ?」

 

 「・・・・・・・・」

 

 「・・・・ん?」

 

 おいおい、なんだこのベルディアの静まりかえった感じは・・・。

 

 

 「恋人では・・・・無かった、かな?」

 

 ベルディアが気まずそうな声でそう言った。

 

 「「「えーーーーーっ!」」」

 

 思わず声を上げる俺とアクアとめぐみん。

 他の連中もわけがわからないといった顔でベルディアを注視する。

 

 「いや、だってお前、アンジェリカさんの敵を討つためにその国の王子様をぶっ殺して処刑されちゃったんだろう?え?なに?片思いの相手だったわけなの?」

 

 「違う。それは違うぞ、カズマ。」

 

 ベルディアは落ち着いた声で反論する。

 

 「俺達は明確な約束や愛し合う言葉を交わしていなくても、確かにお互いを想い合っていたのだ。それは間違いない事実。俺はそう信じている。」

 

 力強く断言するが説得力があるようで、まるでなかった。

 

 「そういう時代だったってことなのか?」

 

 「いや、単にアンジェリカが極上のドブスだったから告白するのが何か嫌だっただけだが。万が一あんなドブスに振られたら恥ずかしくて生きていけないし。」

 

 なんだその理由!しょうもねぇ!でも気持ちはわかる!

 

 「じゃあ、そのアンジェリカさんとは恋人らしいことは何一つしていないと?」

 

 めぐみんが微妙そうな顔で言う。

 

 「いや、何もしていないわけでは・・・。俺だって結婚を申込もうとした相手なんだ。それなりの積み重ねがあって彼女との確かな絆を感じていたさ。正直、プロポーズの勝率は100%だったと自負している。」

 

 

 「へー。じゃ、例えば?どういうことをしていたの?」

 

 アクアが胡散臭そうな顔でそう尋ねる。

 

 「あの頃はまだ治安があまり良くなかったからな。毎日暗い夜道の中、彼女を家へ送ってあげたものさ。」

 

 「お、やるじゃない。ベルディア。そうよ、そういうエピソードよ!私は幸せだった貴方達のそういう心温まる話が聞きたいの!」

 

 「少し安心しました・・・・ベルディアはアンジェリカさんとちゃんと恋人っぽいことはしていたんですね・・・」

 

 「おいおい、その時手を繋ぐこともできたんじゃねぇのか?意外とチキンだなぁ。」

 

 それだけで好き合っていたかはまだ判断できないが、そういう積み重ねがあるのならベルディアの言う通り言葉にしなくても想い合っていたのかもしれない。

 

 

 「いや、それは無理だ。俺は彼女のとなりを歩いていたわけではなかったからな・・・・」

 

 「・・・ん?」

 

 「・・・・え?」

 

 「・・・・・はい?」

 

 俺達は一瞬、何を言われたのか理解できなくて、間の抜けた声を上げる。

 

 「歩みの遅い彼女に気を遣わせるのも嫌だったからな。後ろから彼女に気づかれないようにこっそりと送ってあげていたのだ。」

 

 「・・・・・・・」

 

 「・・・・・・・・・・」

 

 「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 それって、お前・・・・

 

 「暗い夜道で?」

 

 「彼女に気づかれないように後ろから家まで?」

 

 「しかも毎日?・・・・・・」

 

 「な、なんだよ?そうだけど、それがなんだって言うんだ?」

 

 俺とアクアとめぐみんで確認するように言うと、ベルディアは確かに頷いた。

 

 俺達三人も目で会話をして重々しく頷き合う。

 

 間違いない。多分こいつは・・・・・。

 

 「ベルディア・・・・・アンタそれって、ストーカーじゃない?」

 

 空気を読まないことに定評のあるアクアさんが言ったった!

 言いづらいことを迷わず率先していうことのできる鋼の心!

 そこに痺れるぅ、憧れるぅ!

 

 「は?いや、そそそそんなわけないだろう!何を言っているんだ!」

 

 ベルディアはめちゃくちゃ動揺していた。悲しいが、これはもう・・・・。

 

 

 「待ってください!まだ断定するのは早いです!」

 

 めぐみんが容疑者を庇う弁護士のように真剣な眼差しで堂々と手を上げる。

 

 「昔、紅魔族の里でストーカー診断書という本を読んだことがあります。そういう気質の人間を言霊によってさらけ出す魔法書です。それを試してからでも遅くないはずです。」

 

 めぐみんのやつそんな本を読んでいたのか・・・・。あと、それは別に魔法書とかではないと思う。

 

 「それではこれからベルディアが陰湿なストーカーかどうか判断をする質問をするので、はい か いいえで答えてください。いいですね?」

 

 「いや、だから誤解なんだ!俺はストーカーなんかじゃ・・・」

 

 「いいですね!?」

 

 「う・・・はい・・・・」

 

 「では、第一問。彼女がどこかへ出かけることを偶然耳にしました。先回りしますか?」

 

 「はい」

 

 ・・・いきなり確定的なのキタコレ!

 

 「・・・第二問。彼女と他の人物の会話をよく盗み聞きしますか?」

 

 「はい」

 

 「第三問。彼女が捨てたどうでもいい物をこっそり持って帰ったことがありますか?」 

 

 「はい」

 

 「う・・・・第四問。彼女との将来を詳細に妄想して、そのための計画を立てたことがありますか?」

 

 「はい」

 

 「まぁ、それはしますよね。第五問。よく彼女の後をこっそりと追跡することはありましたか?」

 

 「はい」

 

 「では、最後の質問です。正直に答えてください。」

 

 めぐみんが何かを期待するような目でベルディアを見る。

 

 「彼女の衣服や肉体的接触をした椅子や寝具などの匂いを嗅いだり、さらには直接舐めたりなんかはしたことは・・・・・・ありますよね?」

 

 「いや、流石にそんな気持ちの悪いことはしていないな。」

 

 

 「・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 「・・・・・?」

 

 

 「・・・・・・・こ、これではっきりしましたねっ!ベルディアはとんだストーカー野郎ですよっ」

 

 「ええっ!?」

 

 何故か涙目になって人差し指をベルディアに突きつけるめぐみん。

 

 

 まぁ、最後の一番気持ちの悪い質問は否定していたが、他の質問は全てYESだからな・・・。

 

 「ああ、ベルディア・・・・まさか、こんなことになるなんて・・・・」

 

 「違うんだ、アクアちゃん!これは誤解なんだ!俺達は本当に愛し合っていたんだ!」

 

 「本当に残念だわ・・・あなたとはようやく仲良くなれたと思っていたのに。」

 

 「アクアちゃん、慈悲深い女神よ!ちょっと待って・・・」

 

 「とりあえず、このストーカー魔剣はどうします?」

 

 「ウィズの魔法具店なら、そこそこ高く売れるんじゃないか?今のところ金には困ってないがあるには越したことないだろう。」

 

 「そうですね」

 

 「ちょっと待って!本当に待って!売却するのは勘弁して!頼むから!」

 

 慌てたようにバケツの中で暴れるベルディア。

 もちろん半分冗談だが、このストーカー気質の魔剣を女性陣の傍に置くのも、なんか危険な気もするんだよなぁ。

 

 「す、ストーカーから始まる恋も、あるってばよ?」

 

 「いや、お前の妻も確かにそんな気質だったけどよ。あれほどではなかっただろう・・・・」

 

 師匠とクラマは仲良くニシンのパイをかじりながら苦笑している。 

 

 「あの悲恋話はウソだったんですか・・・・ストーカーのただの妄想だったんですか?・・・・・私の、一リットルくらい流した涙を返して・・・」

 

 さんざん泣きまくっていたメイドのリマリーさんはショックのあまり虚ろな顔でブツブツと呟く。

 

 「いや、嘘ではないぞ!?完全なるノンフィクションだぞ!?先程話したのは脚色など一切していない真実だ!」

 

 「ベルディアさん。私は信じるよ。騎士として人を、いや剣を見る目はあるつもりだ。

 貴方は陰湿なストーカー行為はしても嘘をつくような剣ではない。そうだろう?」

 

 「だ、ダクネス・・・・!」

 

 ダクネスが優しい声色でベルディアを庇う。

 

 すると、感激したベルディアがバケツの中で眩く発光した。 

 

 神秘的な青白い光。それが収まるとベルディアはバケツの中から消えていた。

 

 

 「え、い、いつの間に・・・・」

 

 そしていつの間にかダクネスの手にひと振りの大剣が握られていた。

 

 「今ここに契約が交わされた。ダクネス。いやララティーナよ。」

 

 「ダクネスで頼む!」

 

 「あ、はい。・・・・我が担い手ダクネスよ。」

 

 「な、なんなんだ、このノリは・・・・」

 

 ベルディアが厳かな声でダクネスに問いかける。

 

 

 「問おう。・・・・・貴女が俺の、マスターか?」

 

 

 「いや、違う!」

 

 

 「え」

 

 「ちがう!私はあなたのマスターとかではない!」

 

 「えー、そんな・・・話が違うぞ・・・こう言えばウケるとさっきカズマが・・・」

 

 あ、そういえば、酔った勢いでそんなこと言ったわ。

 まさか本当に言うとは思わなかった・・・。

 

 

 「往生際が悪いですよダクネス。ベルディアは自らその担い手を選んだのです。これは逃れられない運命なんですよ・・・」

 

 「ば、ばかな・・・・」

 

 ダクネスが超嫌そうな顔をする。

 ちょっと前までは自分から相棒とか言っていたくせにこの数分で随分とベルディアへの好感度が下がったものだ。

 

 

 「ダクネス、今日からよろしく頼むぞ。・・・・・ふふ、お前はどことなくアンジェリカに似ている気がするな・・・」

 

 「え、今なぜか女としてとんでもなく失礼な事を言われた気が・・・」

 

 「じゃ、ダクネス。ベルディアの相棒としてこれからちゃんと面倒を見るんだぞ?」

 

 「え?」

 

 「お風呂にもちゃんと入れてあげるのよ?」

 

 「は?」

 

 「寝るときもベッドで一緒に寝るんですよ?」

 

 「ええっ!?」

 

 「ぐふふ、相棒、これから仲良くしようぜ。」

 

 「・・・・・」

 

 気持ち悪く笑うベルディアを無言でダクネスは投げ捨てるが、放り投げたはずの大剣は次の瞬間にはいつの間にか再びダクネスの右手に握られていた。

 何度投げても、何度捨ててもベルディアは戻ってきた。

 

 「私これいらないっ!いらないからっ!」

 

 「釣れないことを言うなよ相棒ー。俺は役に立つ剣だぜ?これから共に戦っていこうじゃないか。」

 

 それからも半泣きのダクネスは諦めずに何度もベルディアを捨てようと試みたが、その全てが無駄に終わるのだった。

 

 

 

 ダクネスは呪われしストーカー魔剣ベルディアを手に入れた。

 

 

 




ちなみに、ベルディアとアンジェリカはちゃんと両思いでした。

ただベルディアがストーカー気味に暴走していただけですw


今回はちょっと欲張って詰め込みすぎた感がありますね・・・なんとか一話分に収まりましたが・・・。

それでもベルディアはまだ大事なことを色々と話していないので、そのあたりの真面目な話は次回になります。

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