かつての英雄に祝福を!   作:山ぶどう

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恐らく今年最後になる投稿です。



第25話 ベルディア討伐記念パーティ

 

 

 

 

 暗く沈み込んでいた意識に突如、光が射したようだった。

 

 暖かな日だまりの中にいるような、そんな心地よさを感じながら覚醒する。

 すると何やら眩しくて、本当に太陽の光にさらされていることに気がつく。

 本来なら太陽の光はアンデッドにとって忌むべきものだ。直接肌を晒せば焼かれるように痛むし、力を万全に振るうこともできない。それなのにアンデッドだった俺がこんなにも太陽を心地よく思えるなんてな。

 どうやらジジィの言っていた通り、本当に生まれ変わったようだった。

 恐らく今の時刻は夕方だろう。

 濃いオレンジ色の夕陽が、まるで俺を祝福するように眩く降り注ぐ。

 

 そして―――――――――――

 

 「それではこれより、魔王軍幹部ベルディアの討伐を祝しまして、乾杯の音頭を執り行おうと思います!

 それでは、討伐者のサトウカズマさん。よろしくお願いします!」

 

 

 歓声と拍手の雨。

 今まさに、俺にとって最悪に気まずい催しが開催されようとしていた。

 

 

 「やー、どーも、どーも、この俺が皆さんご存知のとおり今までヒモ野郎とか貧弱冒険者とか馬小屋のクソだとか散々言われていたサトウカズマさんです。突然の手のひら返しの英雄扱いに驚いていますが、でもしょうがないですよね。だって、誰もがビビって動かない中、この俺が!死ぬほど頑張って見事、魔王軍幹部を討ち取ったわけですからね。

 ただ、この街の英雄として一つだけ皆さんに問いたい。

 ねぇねぇ、今どんな気持ち?最弱職の冒険者に討伐の懸賞金を全部ガッポリ持っていかれるってどんな気持ち?ねぇねぇねぇねぇねぇ」

 

 

 「「「うっぜぇぇぇぇーーーーーー!!」」」

 

 「クッ・・・・・ぶん殴りてぇ・・・」

 

 「よせ、今回は耐えるんだ。あいつの言う通り大したことしてないしな俺達・・・」

 

 「あいつがいなかったらヤバかったのは確かなんだよな・・・・すげぇムカツクけど。」

 

 「やっぱり、根に持ってやがる・・・やられたら十倍返しの鬼畜王という噂は本当だったか・・・」

 

 「馬小屋のクソとか呼んで、ホント悪かったよ!」

 

 「あの頃のことはもう許してくれよ、兄貴ぃ・・・」

 

 「まったく、あの男は・・・・・活躍したのは認めるが、もう少し謙虚には成れんのか・・・」

 

 「いえ、あれでいいのです。いつものカズマに戻ってくれて安心しました。・・・・普段からあんなにカッコよかったら色々困りますしね・・・・」

 

 「ちょっとカズマ!何一人で戦ったみたいに言ってんのよ!私だって超頑張ったんですけど!?むしろ今回はこの華麗なる女神の活躍が勝敗を左右したといっても過言ではないわ!ほら、水で弱体化させたし!」

 

 「私の新型爆裂魔法だって、ベルディアのヤバイ感じの技を相殺しましたし、とても良い役割をこなしたと思います!」

 

 「わ、わたしだって・・・・」

 

 「え?いや、ダクネスって今回良いとこあったっけ?」

 

 「んー・・・怪我したカズマを抱っこして運んだくらいじゃないですか?それだって別にダクネスじゃなくても他にガチムチな力持ちはたくさんいましたけど。」

 

 「・・・グス・・・・わたしだって・・・・わたしだってぇ・・・・」

 

 「え、ダクネス、泣いてるの?」

 

 「そっとしておきましょうアクア。この屈辱をバネにダクネスはまた一つ強くなるのです。」

 

 「・・・・ゴクゴクゴク」

 

 「あっ、ダメよダクネス!乾杯前に飲んだら!私だって我慢してるのに!」

 

 「そんな自棄酒みたいに飲まないでください!せっかくの祝いの席なのに、嫌なことを酒で忘れようとするオジさんみたいな雰囲気を出すのは止めてください!」

 

 

 

 どうやらここは酒場のようだった。

 俺との戦いに参戦していた冒険者達が皆揃って、酒の注がれた杯を持って立っている。

 その視線は功労者である一人の冒険者へ向けられているが、その男が調子に乗って脱線しまくっているせいでいつまでも乾杯ができずにいた。最初は英雄を称える歓声だったのにいつの間にかブーイングに変わっている。

 本当に何をやっているんだろう。サトウカズマは。

 この俺に勝った男なのだからもっと戦士として威厳のある立たずまいを期待したいのだが・・・無理か。

 

 それにしても随分と俺の視界が低いな。

 直立する冒険者達のだいたい腰の位置くらいの高さの目線だった。

 小さな子供にでも生まれ変わったのかと思ったが、どうやらそれも違うようだ。

 

 全く動く事ができないのだ。

 

 視線はいくらでも動かせるが身体はピクリとも動かない。  

 金縛りにでもあっているようだった。

 

 「お、どうやら目を覚ましたようだな。」

 

 トコトコとご機嫌な様子の子狐が骨付き肉をしゃぶりながら歩いてくる。クラマだ。

 

 「・・・この場合はおはようとでも言うべきか?」

 

 初めて声を発してみたが、問題なくいつものダンディーな美声が出てきて安堵する。

 ・・・何故か、近くにいた名の知らぬ冒険者がギョッとした顔で辺りを見回していたが。

 

 

 「もう夕暮れ時だがな。まぁ元気そうでなによりだ。ふむ・・・いい感じに魂が定着しているな。ナルトもブランクがある割になかなか良い仕事をする・・・」

 

 そう言って俺の方を見上げてニヤリと笑う。本人はニヒルな笑みを浮かべているつもりなのだろうが実際は可愛らしい子狐のほっこりするような和む笑顔である。

 

 「そのナルトの爺さんはどうしたんだ?」

 

 「久しぶりにあれになったからな。疲れ果てて先に帰って休んでいるよ。」

 

 あれ、というのはもしかしてあの神々しい姿のことだろうか?

 疲労していると聞いて恩知らずにも少しだけ安心してしまった。もちろん俺のために力を使って疲弊したナルトの爺さんを心配する気持ちはある。しかし、あの力は多少リスクがあるくらいがちょうどいいのではないかとも思うのだ。ただそこにいるだけで圧倒されるような上位者としての存在感。あれは最早、次元が違う。

 もしあれがいつでも自由自在に際限なくその力を振るうことができるのであれば、味方ならばこの上なく頼もしいことだろう。

 ただ、その力を振るうのがボケ気味の老人だというのであれば話は別だ。ちょっとしたボケで世界が滅びかねないのだ。恐らくあれを止められる者などいない。女神でも無理だ。

 正直、あれと敵対することになる元クソ上司の魔王には少しだけ同情してしまう。まぁ、ざまぁみろという気持ちの方がデカイが。

 

 「あっ!なんか聞き覚えのある声がすると思ったらアンタ起きてたのね!」

 

 見覚えのある青髪がこちらを指差して言う。

 ようやく乾杯が終わったのか、クラマの愉快な仲間たちが集い始めた。

 

 「プププ・・・あの偉そうだったクソデュラハンが随分とみすぼらしい姿になっちゃったわね!

 今こそあの時の恨みを晴らす時!私のこの美しい髪を雑に引っ張ってくれたお礼をしてあげるわ!誰か!アレを持ってきて!アレよアレ!あの・・・・すごく臭い・・・そう!カエルの肝を発酵させたヤツ!アレをコイツの刀身に塗ったくってやるわ!!それで三日間くらい放置してやるの!さぁ、早く・・・ってあ痛っ」

 

 「やめろっつーの。もう敵対して戦ったことは水に流すって決めたろ?女神を自称するならそれくらいの器のデカさは見せてみろよ。」

 

 「自称じゃないわよ!でも水を司る女神だって、二、三時間前に戦ったばかりの相手を水に流して仲間にするなんて言われても難しいわよ!ド○クエじゃないのよ?私だったら仲間になりたそうな目でこちらを見ていても容赦なく止めを刺すわ!だって痛い思いをしたんだもの!

 ・・・まぁ、百歩、いえ一兆歩くらい譲って私のことはいいわ。ただカズマ。アンタはバッサリ切られてんのよ?生ホルモンが飛び出して死にそうになって、すっごく痛い思いをしたんでしょう?ま、まぁ私はそんなことまるで気にしてないし?全然どうでもいいんですけど?カズマの方は実際のところどうなのよ?ん?正直に言ってみ?」

 

 「あん?普通に許すけど?」

 

 「へ?・・・・いやいや、なんでよ?ちょっと私の知ってるいつものカズマさんと違うんですけど・・・。あの、“やられたら十倍返しだ!”がキャッチコピーの鬼畜なカズマはどこへ行ったの?ちょっと病院行く?ダクネスと同じドM病にかかっているかもしれないわ。あれは高位のアークプリーストの私でも治すことのできない難病だから、専門の精神科にかかることをおすすめするわ。」

 

 「うるせぇな、お前は。・・・・いいんだよ、もう・・・」

 

 サトウカズマが片膝をついて俺と目線を合わせる。さっきまでアホなことをしていた人間と同一人物とは思えないほど高潔な眼差しをしていた。あの、魔王とよく似ている独特な朱い目。

 

 「許すよ全部。・・・だから、お前も許してくれねぇかな?今までのこと。」

 

 恨まれていると思っていた。剣で斬られる痛みは生半可なものではない。激しい痛みは、それだけで加害者への強い憎しみを生む。今まで切り捨てた奴らは誰もが最期は憎悪の眼差しで俺を見てきた。

 斬った相手にこんなにも優しい目で見られるのは初めてだった。

 許すと言われたのも、逆に許しを乞われたのも、初めてのことだった。

 

 「お前とは、もっとゆっくり話がしたいな」」

 

 気がついたら俺は、そんなことを言っていた。

 

 「なぜ、お前を斬らなければならなかったのか、その理由も含めて全て話す。その上で、俺を許せるか決めて欲しい。」

 

 アンジェリカのことも、魔王との契約も、追い求めていた願いも、その果ての絶望も。

 なぜか、こいつには話したいと思った。クラマやナルトの爺さんと同じような空気をこの男から感じて、それを好ましく思った。こいつとも友になれるのではないかと、なんとなくそう感じていた。

 

 「お前、実は女の子だったっていうオチはない?」

 

 「は?」

 

 突然何を言い出すのか。生前から男性ホルモンに満ち溢れた濃ゆい感じの男ですが?

 

 「いや、明らかになんかフラグが立ってる感じだったから。・・・・まぁ、いいや。確かに腹を割って話し合うことは必要だな。本当に仲間になるってのは、きっとそういう事なんだろうし。・・・よしわかった。朝まで語り明かそうぜ。」

 

 そう言って悪ガキのような笑顔で親指を立てるカズマ。

 

 よっしゃ!ナルトの爺さんに続いて友人候補の三人目、ゲット!

 密かにボッチであることを気にしていた俺は心中で小躍りする。

 

 「ふっ・・・・そういうことなら、この私も付き合いましょうっ!」

 

 そんなことを言って頭がおかしい感じの爆裂娘が怪しげなポーズを決める。

 

 「・・・・今夜は寝かせませんよ、カズマ・・・」

 

 小声でそんなことを呟く爆裂娘。他の奴らには聞こえていないようだが、俺には確かに聞こえた。

 ・・・・あれ?・・・・・もしかしてこの娘・・・・カズマのことを?

 

 『おい、そこの爆裂娘よ・・・・この俺をダシにして好いた男と距離を詰めようという邪な計画を立てるのは止めてもらおうか・・・』

 

 目の前の爆裂娘にだけ聞こえるように意識を集中して話すと、どういうわけかテレパシーみたいに言葉を発することなく俺の声を対象の頭に流し込むことができた。

 自分でやっといてなんだが、これってどいうことだ?

 今更だが、生まれ変わった俺は何者なんだろう?

 

 「ひゃっ!なななななななな何を言って・・・・というか、頭の中に直接!?なにこれ怖い!」

 

 顔を真っ赤にしてキョロキョロと辺りを見渡す爆裂娘こと、めぐみん。

 ちょっと、面白くなってきた。

 

 『爆裂娘よ・・・お前がサトウカズマにホの字であることはもうだいたい察している・・・」

 

 「はぁ!?ちょっ、ななななな、何を根拠にそんなことを!?や、やめてくださいっ!ぶっ飛ばしますよ!?我、必殺の爆裂魔砲弾で汚い花火にしてやりますよ!?」

 

 可哀想なくらい赤面して両手を振り回してテンパるめぐみん。可愛らしい思春期な少女の姿に少しだけカズマが羨ましくなる。

 俺の青春時代のヒロインはとんでもないドブスモンスターだったのにアイツはこんなにも可愛らしい女の子と・・・。嫉妬の感情が生まれそうになるが、俺のアンジェリカだって可愛らしいところがあったじゃないかと自分に必死に言い聞かせる。記憶には全然無いがあのブスにだってそんな一面はあったはずだと、必死に思い込む。  まぁ、そんな記憶なんて実際は無いんだけど。

 

 「お、おい、めぐみん!どうしたんだよ?」

 

 「めぐみん、おい、めぐみん!?どうしたと言うんだ?突然、錯乱しだしたぞ!」

 

 「そら、見なさい!ベルディアが怪しげな術でめぐみんに精神攻撃を仕掛けたのよ!間違いないわ!」

 

 「そんなまさか・・・。こら、めぐみん!爆裂魔法を詠唱するのは止めろ!危ないだろうが!」

 

 あれ?もしかしてこれってまずい状況ではないだろうか?そんなつもりは全くなかったのだが、めぐみんの錯乱によって俺は敵対者として疑われる状況なのでは・・・?

 カズマのおかげで良い感じに仲間に加わる流れができていたのに、こんなお茶目な遊び心でまさかの破談!?

 まずい。ちょっとだけ思春期ガールをからかいたかっただけなのに、まさかこんな事態に陥るとは・・・。

 

 皆の視線が俺に集まる。とくに青髪がめっちゃ疑わしい感じでガン見してくる・・・。

 

 

 

 「我が真実の残滓を垣間見た者よ・・・!」

 

 めぐみんが泣きそうな顔で俺の方を見つめる。

 紅魔族というやつだろう、カズマとはまた違う美しい真紅の瞳。

 

 「遥かなる深淵の彼方より汝に問おう!」

 

 プルプルと震え、興奮したようにフーッフーッと荒い息を吐いて、真赤な目で見つめる。

 

 「新星の光の下、永久なる沈黙を誓うか?」

 

 意訳すると、私がカズマを好きだということは黙っていてください。できればずっと。

 

 「誓おう・・・」

 

 この状況では誓わないわけにはいかない。乙女の秘密に土足でズカズカと上がり込んでしまった報いだろう。

 

 「魂の盟約がここで交わされた。これらを破棄することは明星の破滅を意味することを努々、忘れぬことを願おう。」

 

 意訳すると、もしチクったら爆裂魔法でぶっ飛ばしますのでそこのところ、夜露死苦。

 

 「はい、分かりました」

 

 と、つい敬語で了承すると、めぐみんは安心したようにニッコリと笑って満足気に頷いた。

 

 「よろしくお願いしますね。ベルディア。なんだか、あなたとは上手くやっていけそうな気がしますよ。

 一度全力でぶつかりあった宿敵同士ですからね、戦いが終わった後に仲間になる展開は私的にはとても燃えるシチュエーションです!これからは今までの遺恨を消して手を取り合っていきましょう!」

 

 「ああ。俺も城と大切な花を消し飛ばされたことはもう、水に流すことにしよう。それと、あの時はすまなかったな。俺の死の宣告で随分と苦しめてしまったようだ。」

 

 「あ、いえ、その件は別に・・・」

 

 めぐみんは何故か気まずそうに目を逸らす。

 

 「何があったのかよくわからないが、めぐみんと和解したようで良かったよ。」

 

 必殺技を外して筋肉痛で退場した自爆クルセイダーのダクネスが爽やかに笑う。

 

 「ベルディアよ。どうか私のことも許して欲しい。先程の戦いで我が必殺剣“エクスカリバー”が貴方を大いに苦しめた。だが戦いが終結した今、誇り高き騎士同士としてお互いの健闘を讃えて和解を・・・」

 

 「いやいや、捏造すんな!お前の必殺技なんて当たってなかったわ!棒立ちの俺を相手に空振りして恥ずかしい思いをしていただろうが!」

 

 「・・・・ほんの少しだけでも掠っていた、何てことはないか?・・・・実はあの時にちょっとだけ鎧にヒビが入っていてそれが後の戦況を左右していた、という伏線があったりは・・・・」

 

 

 「・・・そんな事実は無いが・・・・・・もう、そういうことにしておいてやろうか?」

 

 

 縋り付くような目が捨てられた犬っころを連想させて、なんだか可哀想になってくる。

 

 「うっ・・・いや、止めておこう・・・より一層惨めになるだけだ・・・。クソ・・・盾役のクルセイダーがノーダメージで戦闘を終えてしまうなんて・・・なんたる屈辱・・・!こんな切ない感じの精神的苦痛は私の求めるものではないというのに・・・・・」

 

 本気で落ち込み始めたダクネスを面倒くさく思いながらも、励ましの言葉を必死で考える。

 

 「あー、ほら、カズマが瀕死状態だった時に間に入って俺の剣を受け止めたことがあっただろう?あれはなかなか良い仕事をしたんじゃないか?俺もあの時は斬る気満々だったしクルセイダーとして立派に仲間を守ったと言えるだろう。」

 

 「そ、そうかな?」

 

 「そうだとも!お前が居たからこそ、カズマは復活を遂げて俺を倒すことができたんだ!もっと自分に自信を持っていい。今回の戦いでお前は騎士として己に恥じぬ行いをしたのだ。」

 

 「べ、ベルディアさぁん・・・・!」

 

 ダクネスは感動したように目を潤ませる。さっきまで呼び捨てだったのにいつの間にか、さん付けになってるし。というか、なんだこの状況は・・・。よりによって何で敵だった俺が慰めてんだよ・・・

 

 「・・・・うぅ・・ベルディアさんは優しいな・・・口汚く罵られることが大好きな私だが、たまには優しい言葉が欲しくなる時があるのだ・・・貴方が仲間に加わってくれてとても嬉しく思うよ。

 ・・・ただ、甘いものを食べた後は塩っぱいものが食べたくなるもの。私はちょうど今その状態だ・・・

 ・・・か、カズマ?ちょっとだけでいいから、私を、罵ってはくれないか?」

 

 慰めるんじゃなかった!元気になったドMが覚醒しやがった。

 

 ダクネスは餌をねだる野良犬のような媚た目でカズマを見る。

 

 カズマがそれを冷たいドS顔で見つめると、ダクネスは急に虚ろな目になって頬を紅潮させながらピクピクと痙攣し始めた。

 なんだ?どうしたんだ?

 よくわからないまま、事の成り行きを見守っていると、しばらくしてダクネスは正気に戻ったようにハッとして興奮を隠しきれない様子で荒い息を吐く。

 

 「げ、幻術を使ったな・・・四つん這いにさせられてカズマに罵られながらスリッパで尻を何度もぶっ叩かれる幻を見ていた・・・なんと、恐ろしい・・・・延長をお願いします!」

 

 

 ドン引きである。こんな大勢が集まる酒場で擬似SMプレイなんてしているんじゃない!

 

 「おいダクネス!この腐れ豚ビッチ!」

 

 「ひ、ひゃいっ!」

 

 クラマが怒って吠え立てるとダクネスは父親に怒られた娘のように萎縮する。

 ・・・というか腐れ豚ビッチって・・・クラマのやつもなんだか罵り慣れてないか?

 

 「いい加減にしねぇか!お前がどんな変態趣味でも構わねぇがな!新入りとの挨拶の途中で自分の性癖を満たしてんじゃねぇよ!糞にもならねぇお前の呆けた面を拝んでもこちとら誰も喜ばねぇんだよ!今度同じことをしてみやがれ!鼻の穴にカエルの肝を捻りこんでやるからな!その物覚えの悪い頭に叩き込んでおけよ、この駄犬が!」

 

 

 「は、はい!すみませんでした!!・・・・あと、ありがとうございます!」

 

 クラマが超怖い。そして、変態クルセイダーは可愛らしい子狐に罵られているシチュエーションがツボに入ったのか恐れつつもどこか満更でもない顔をしていた。

 

 「全く・・・少しはその変態性を表に出さずに騎士らしくシャンとしろ。お前はこれからベルディアの担い手として共に戦っていくんだからそれに相応しい立ち振る舞いをだな・・・・」

 

 ん?何か今、クラマが聞き捨てならないことを言っていたような・・・・

 

 

 「お、おい。担い手ってなんのことだよ?」

 

 「ん?あー、格好付けた言い回しになったが、ようはお前の装備者ということだよ。」

 

 装備者?なんだそれ、余計わからん・・・

 

 「やっぱり私では不満なんだろうか・・・」

 

 「でもダクネス以外に扱えるとは思えませんよ?」

 

 「まぁ、俺の筋力値じゃ無理だな。大きすぎる。」

 

 「前に見せてもらったけどダクネスにはとても大きな力こぶがあるの。あれだけムキムキならきっと、ひのきの棒みたいに軽くヒョイっと振り回せると思うわ。」 

 

 「お、おいアクア。それは内緒だとあれほど・・・」

 

 

 ちょっと待て・・・そういえば俺は今、どんな存在に生まれ変わったんだ?

 

 「クラマ・・・・鏡を持っていないか?自分の姿を確認してみたいのだが・・・」

 

 「あ、鏡なら私が持ってるわ。ほれ。」

 

 アクアが小さな手鏡をこちらへ向けてくれる。

 

 映し出されるその姿にしばし言葉を失う。

 

 うん、みんなの反応から大体想像はついていたよ?

 

 体が全然動かないし、視界はやけに低いし、クラマ達以外誰も俺を気にも止めていないことから嫌な予感はしていた。気づかないフリをしていたが薄々わかってはいたんだ。

  

 まぁ、しかしだからといってこの現状を直視してそれでも冷静でいられるかと問われれば全くそんなことは無いわけで・・・・・

 

 だから、多少取り乱して無様に叫んだりしても、それは許されることだと思うんだ・・・・

 

 「なんじゃこりゃあああああああああああああ~~~~~~~~!!?」

 

 絶叫が酒場の中に響き渡る。

 思い思いに酒を飲んで騒いでいた冒険者達がその叫び声を聞いて、息を飲んで硬直する。

 

 そして、その視線は店の片隅に立ててある無骨な大剣へと注がれた。

 

 かつて俺が愛用していた大剣。煌びやかな装飾など何一つなく、名前すらない無銘の剣。

 

 そう、それがこの俺、ベルディアである。

 

 仲間になれと言われてホイホイ付いていったらいつの間にか剣にされていた・・・・。

 いや、死んでいた命を拾われて生まれ変わったわけだからこの際、無機物でも文句なんていえないけども。

 それでも、もうちょっと事前に説明して欲しかったよ、爺さん・・・・。

 

 「お、おい。今のってベルディアの声じゃねぇか?」

 

 「や、やめろよ!そんなわけないだろ・・・アイツはもう死んだんだ。灰になっていくところを見ただろう?」

 

 「戦利品のあの大剣から聞こえたわ。あれって確かベルディアが使っていた・・・」

 

 「まさか、あいつの怨霊が宿っているってのか!? 」

 

 「でもよう、だとしたらあの青髪の凄腕アークプリーストが放っておくとは思えねぇよ。ほら見ろ、素知らぬ顔で口笛を吹いてるぜ。私は何も聞いていませんでしたとでも言いたげな顔だ。きっと俺達の勘違いなんじゃねぇかな」

 

 「最近流行っているテレポートを使った悪質な悪戯じゃねぇか?」

 

 「?・・・そんな話聞いたこと・・・・ひっ」

 

 「・・・・うるせぇ馬鹿野郎、話を合わせろや。兄貴達が困ってんだろうが。」

 

 俺の叫びを聞いてザワザワと狼狽える冒険者たち。幸いなことに勘違いだったということで話が終わりそうである。

 怨霊が宿っているという声は実に的を得ている推察なだけに肝が冷えた。

 

 「ちょっと!気をつけなさいよ!アンタが実は生きてるなんて知られたら懸賞金を返さないといけないじゃない!」

 

 アクアが小声で俺を叱る。

 こいつら懸賞金なんて貰っていたのか・・・魔王軍幹部の首なのだからさぞかし高額だったのだろうな。

 

 「ま、大丈夫だろう。アンデッドとしてのコイツはもう浄化されたんだ。今、宿っているこいつは悪霊なんかじゃない。言ってみれば精霊みたいなものだ。例え喋る剣だとバレても問題にはならんだろう。」

 

 「んー、・・・そうね。クラマたんの言う通り確かに悪い感じはしないわ。」

 

 そうなのか?バレても無理やり除霊される心配がないのなら安心できるが。

 

 「でも、声はそのまんま同じなんだから勘違いする奴もいるんじゃねぇか?三億エリスも貰っちまったんだから、もっと慎重になろうぜ。もしバレたら詐欺罪で裁判沙汰もありうるぞ・・・」

 

 「三億!?」

 

 「だから声がでかいって!・・・受付のおねぇさんが少し不審な目で見てるだろうが。」

 

 「せめてわからないように声を若干高くしなさい!可愛らしい感じに!1、2、3、はい!」

 

 「・・・・・ベルちゃんですっ」

 

 「ぷっ、あははははは、キモイわ~~、あははは」

 

 「コイツっ・・・・!」 

 

 「ベルディアという呼び方も変えたほうが良いかもしれませんね・・・。チュンチュン丸というのはどうでしょうか?」

 

 「どうでしょうかじゃない!嫌に決まっているだろう!ちょっとは考えてから喋ってくれ!」

 

 「えっ、ベルディアが仲間になると聞いてから熟考に熟考を重ねて考え抜いた上でたどり着いた神ネームだったのですが・・・・気に入りませんでした?」

 

 「すまん、俺は古いタイプの男なんだ。今時の若者のイカレたセンスには正直ついて行けん・・・。」

 

 「そこの頭のおかしい爆裂娘と俺達を同列に扱うなよ・・・・・・・・

 とにかくここじゃあ、落ち着いて話もできねぇ。移動するぞ。」

 

 カズマはそう言って席を立つ。

 

 「行くってどこへ?まさか馬小屋じゃないでしょうね?」

 

 アクアが嫌そうな顔をするが、カズマがそれを見て得意げに鼻を鳴らす。

 

 「フ、これだから金の無さが染み付いた貧乏女神は・・・」

 

 「貧乏女神!?」

 

 「今や、俺達はこの街随一の金持ち冒険者と言っても過言ではない・・・だったら何を躊躇する必要がある?」

 

 ニヤリと不敵に笑うカズマ。俺と戦っている時の勇敢な表情とは程遠い、下賎な顔。

 

 「高級ホテルに泊まるぞ!」

 

 拳を天に突き上げながらそう宣言するカズマ。

 

 貧乏が染み付いたパーティーメンバーは揃って歓声を上げるのだった。

 

 




長くなりそうなので本日はここまで。

次回は貧乏人たちが高級ホテルで色々とやらかす話ですw
あとついでにベルディアの歓迎会を・・・

次の更新は来年になります。皆さん良いお年を!ヽ(・∀・)ノ

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