かつての英雄に祝福を!   作:山ぶどう

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やっと更新できました・・・・・
長い間、お待たせして本当に申し訳ありません。

そして、久しぶりの更新にも関わらず今回は若干の欝要素があります・・・


第24話 ブスの笑顔に恋してる

 

 

 今から百年以上も昔の話。

 

 王国で騎士として務め、上位騎士である聖騎士に昇格した頃だった。

 

 俺がアンジェリカに出会ったのは。

 

 初対面の時は俺がこの女に恋をするとは夢にも思わなかった。

 アンジェリカという女はお世辞にも器量があまり良いとは言えなかったのだ。

 

 ・・・・・誰にも気を使わずにぶっちゃけてしまうと、いわゆるブスというやつだった。

 おまけにかなりのデブ。

 

 だから常連の酒場が歌姫として彼女を雇った時、俺は真っ先に思ったのだった。

 「あ、この店潰れるな」と。酒はともかく鶏肉料理の美味いこの店が潰れるのを非常に残念に思う。

 だが仕方がないことなのだ。ブスを眺めながら飲む酒ほど不味いものはない。店長はその辺りの考えが足りなかったのだろう。きっとどこにも雇ってもらえない彼女を子供の小遣い程度の給金で釣り上げてきたのだろう。

 そこまでこの店が経営難で苦しんでいるとは思わなかった。一言常連である俺に相談してくれていれば、あれほどのブスならば雇わないほうがマシだという的確なアドバイスを与えたというのに。嘆かわしい。

 別に俺だってブスが憎いわけではない。他人の醜さを笑えるほど、俺の面構えが良いとはとても言えないだろう。ただ、荒くれ者も多いこの酒場ではブスの歌声なんて心無い野次が飛ぶに決まっている。ブスとは言え女性。 紳士な俺としては傷つく女性を肴に酒など飲みたくないのだ。

 

 最初はそんなことを思っていた。

 

 そんな俺の浅はかな考えは彼女が舞台に上がり、歌声を発すると一変した。

 

 彼女のグロテスクな厚い唇から全てをねじ伏せるような圧倒的な美声が発せられ、この薄汚い酒場を一瞬で支配してしまった。

 

 口汚くブスの誹謗中傷をまくし立てていた酔っぱらいたちはその歌に呑み込まれたように沈黙する。

 ブスをせせら笑っていた勝気な女戦士は目を丸くして口をあんぐりとだらしなく開けて放心し、アル中の偏屈な老人は常に手放さない酒瓶を置いて神に祈るように手を合わせて涙を流し、散々彼女を馬鹿にしていた生意気な若い冒険者は幼い子供のような顔で目を輝かせ純粋な感動に打ち震えていた。

 

 そして俺は夢心地な気分で彼女に熱い視線を注いでいた。

 失敗した丸パンをさらに潰したような不細工な顔。それがなぜか俺には輝いて見えた。

 なんだ・・・・・・いい女じゃないか・・・・

 ボサボサのくすんだ金髪は長いこと散髪していないのか地面に付くほどの超ロングヘアー。

 極太の眉毛が凛々しく、真剣な眼差しはオークのように雄々しかった。

 息を吸うたびに膨れる弛んだ腹は妊婦なんか目じゃないくらいのボリュームだ。

 

 ・・・・・だが、それがいいのだ!

 

 己の高鳴る鼓動を感じて俺は確信した。

 この俺があのブスに・・・・・アンジェリカに惚れてしまったのだと。

 

 

 

 その日から俺はアンジェリカに会うためにボロい酒場に毎日あししげく通い、アプローチを繰り返した。

 最初は警戒心全開だったアンジェリカも徐々に笑顔を見せてくれるようになり、俺達の間には確かな絆が芽生えていた。

 アンジェリカの歌は聖騎士として多忙な毎日を送っている俺の心を癒してくれた。

 酒を飲みながら彼女の傍で歌を聴いているのが俺にとって至福の時だった。

 

 彼女となら、創れるのではないかと思った。

 クリス姉さんが言っていた“優しい居場所”を彼女と共に築いていけるのではないか。

 こんなボロい酒場ではなく、我が家へ帰れば彼女がいるのだ。

 客と歌姫という関係ではなく大切な家族として、帰ってきた俺を温かい食事と共に笑顔で迎えてくれるのなら、それはとても素敵なことだ。

 

 俺は密かに彼女へ求婚することを決意した。

 

 早速、彼女のサイズに合う大きめの婚約指輪を買い、プロポーズの言葉を何度も練習した。

 正直、勝率は100%だろうと確信していたのだ。

 だから気が早いだろうが彼女が住んでも大丈夫な大きな家を買い、その庭に彼女が好きだといった花の種を植えた。

 大物アンデットの討伐中に「この戦いが終わったら俺、結婚するんだ」と仲間に打ち明けてなぜかグーで殴られたりもした。死亡フラグとかわけのわからないことを言っていたが、それも杞憂だった。

 当時から王国で五本の指に入る強さを持っていた俺は難なくアンデットを討ち滅ぼし、少し緊張しながら彼女の元へ向かった。

 

 指輪を握り締め、考え抜いた最高の愛の言葉を心の中で反復しながら俺は走った。

 一週間の遠征でもう長いこと彼女に会っていなかった。

 早く会いたい。あのブスな顔を見て安心したい。

 俺のプロポーズにきっと彼女は顔をクシャクシャにして泣くだろう。

 いや、疑り深い彼女のことだからタチの悪いイタズラだと勘違いして怒るかもしれないな。

 その時は強引に口づけでもして黙らせてやるか。

 

 そんな能天気な事を考えて一人で笑っていた。

 

 

 彼女が斬り殺されたと知ったのはそのすぐ後だった。

 

 

 久しぶりに訪れた俺に酒場の店主は重々しく事の成り行きを語ってくれた。

 

 やったのは王国の第二王子。ルシウス・リーフォ・アンドレイス。

 

 民衆から王国の膿と呼ばれるほどの悪逆無道なバカ王子である。

 彼はとある噂を聞きつけて突如この店に現れたらしい。

 この大陸に並ぶものがいない程の美しい歌姫がとある酒場にいる、といった知る人が聞けば失笑してしまうような噂。ある意味ではそうだろう。彼女の歌声はこの大陸随一の美しさを持つと断言できる。ただ、王子が期待していたのは容姿の美しさ。女としての美貌だったのだ。御眼鏡に適えば、あわよくば手込めにしてしまおうと目論んでいた王子は実際の歌姫を一目見て絶句する。余りにも想像とかけ離れた存在がそこにいたのだ。放心状態から立ち直ると、次に王子は怒り狂った。誰かが自分を騙し、馬鹿にして影で笑っていると勘違いしたらしい。怒りのままに王子は従者に命じた。「あのモンスターを切り捨てろ!」と。

 従者は何の躊躇もなく剣を抜き、手馴れた様子でアンジェリカを斬った。

 

 王子が去った後、アンジェリカの歌声を愛する常連達が急いで教会からアークプリーストを呼んで来たらしいが時すでに遅く、彼女は大量の血を流して事切れていた。

 

 話し終えて、俺に何度も謝りながら子供のように泣く店主をなだめて俺は店を出た。

 

 家に帰った俺はランプも付けずに、薄暗い新居の無駄に広い床の上に座り込んだ。

 心が空虚で仕方がなかった。でもわからないんだ。この空っぽの心に何を注ぎ込めばいいか。

 アンジェリカの死に何を思えばいいのか、何を考えればいいのか、それすらもわからなかった。

 ガキの頃に戻ったみたいに何も感じない。

 そのまま長い間、眠りもせず、身動きもせず、植物のように思考を消してただぼんやりと何も見えない暗闇を眺めていた。

 

 そして、朝日が昇る頃、ようやく一つの思考が頭に巡った。

 

 俺は本当にアンジェリカを愛していたんだろうか?

 

 あんなブスに俺は本気で惚れていたのか?冷静になってよく考えてみろ。あのドブスだぞ?夜道を歩く姿をモンスターだと間違えられて衛兵に退治されそうになった女だぞ?ブスの中でも相当の怪物だぞ?彼女の歌声は確かに素晴らしいがそれ以外になにがある?勘違いをしていただけなんじゃないか?そもそも俺はクリス姉さんみたいな清楚な美人が好みのタイプだったはずだ。なんでよりによってあんなモンスターを嫁にしようと思ったんだ?

デブだから結婚したら絶対に食費が掛かるし、一緒に寝たら暑苦しくて仕方がないだろう。デカいから子供なんて際限なくポンポン産みそうだし、気が弱くて鈍いから子供の世話なんてきっと上手くできないだろう。きっとそうなったらあのブスはあの弱々しい声でまた俺を頼るんだ。「ベルさーん、たすけてー」て言ってな・・・・

 だから、あんなブス・・・・・・俺は全然・・・・愛してなんか・・・・あんな・・・・ブス・・・なんて・・・

  

 今更になって、ようやく涙が出てきて、それが止まらなくなった。

 

 空虚な心をいくら嘘で固めても決して楽になんかならない。

 

 愛した女が死んだという事実は無くならないのだ。

 

 アンジェリカの笑った顔が好きだった。愛嬌のある顔だがそれでも相変わらずブスで全然可愛くなんかなかった。でも俺は良い顔だな、と一目見て思っていた。褒める所なんて何も見つからないが、好ましく感じた。

 何故かそれを見ると心がじんわりあったかくなって、とても落ち着いた。

 一生その顔を見ていたいって、俺がこれからずっと守っていきたいと、思っていた。

 

 そうなるはずだった。

 アイツ等が彼女の命を奪わなければ、そうなっていたんだ・・・・・

 

 「ベルさーん、たすけてー」と俺を呼ぶ弱々しく頼りない声が耳に蘇る。

  なにか困ったことがあるといつも俺に助けを求めていた。あの声。

 あの声であの時も呼んだのだろうか。自分の血に濡れながら、助けを求めて俺を呼んだのだろうか。

 きっと痛かっただろうなぁ・・・・・気の弱いお前は、すごく怖かっただろうなぁ・・・・

 

 朝日に照らされた部屋でゆっくりと立ち上がる。

 

 この空虚な心に何を注ぎ込むのか、今決めた。

 

 アンジェリカへの愛と、アイツ等への憎悪だ・・・・・。

 

 

 

 

 そこから先はよく覚えていない。

 

 気がついたら俺は第二王子殺害の重罪人として捕らえられていた。

 返り血に塗れたまま独房へ放り込まれて、ほどなくして斬首の刑に処された。

 

 「最期まで笑っていやがる」と看守は気味の悪そうに呟いていたが、そりゃあ笑うさ。彼女の仇が討てたのだから・・・・・。

 

 その時、俺は満足していた。復讐を果たした達成感で未練など何もなかった。そのはずだった。

 

 

 

 

 

 

 「いい腕だな。」

 

 斬首されて死んだはずの俺は気がつくと妙な男に頭を鷲掴みにされていた。

 肉体から飛び出て霊体になった半透明の俺を実体があるはずの男が確かに触れていた。

 強い力で押さえつけられているわけでもないのにピクリとも動かない。

 

 「王子の身辺警護の近衛騎士15人。加えて後から駆けつけた魔法使い四人、聖騎士五人。誰もが決して弱くない強者ぞろいだった。にも関わらず皆殺しとは・・・・」

 

 奇妙な男だった。黒いマントに身を包み、顔を覆うのっぺりとした白い仮面は左目に小さな穴が空いているだけである。その穴から覗く瞳を見て、全身が総毛立つ。なんという禍々しい目をしているのか。強大なドラゴンに睨まれたような、一瞬そんな錯覚に陥る。

 

 

 「大したものだ。その剣技もこれから長い年月をかければ更に磨きがかかることだろう。」

 

 「なんの、話だ」

 

 「勧誘をしているんだよ・・・・」

 

 圧力を増した仮面男のプレッシャーに、脅迫の間違いじゃないか?と言いたくなるのをグッと我慢する。

 

 「・・・・お前は、何者だ?」

 

 「そうだな・・・魔王とでも呼んでもらおうか。」

 

 「まおう?」  

 

 なんだそりゃ?おとぎ話で出てくる悪役のつもりか?

 

 「まぁ、今はまだ意味など無い名だろう。それよりも、聖騎士ベルよ・・・お前に一つ提案がある。」

 

 無機質だった声に初めて感情らしいものが宿る。こちらを篭絡するような悪魔的な甘い囁き。

 

 

 「愛した女に今一度、会いたくはないか?」

 

 

 そうして俺は手を伸ばしてしまった。

 彼女に会うために。彼女の歌をまた聞くために。

 例え人類の敵になって幾人の人間達を犠牲にしようと、彼女を取り戻すと誓った。

 

 その日から俺は首無しの暗黒騎士であるベルディアになったのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか見知らぬ場所に立っていた。

 

 そこは震災直後のような見るからに崩壊寸前のとても危うい神殿だった。

 煌びやかなシャンデリアが見るも無残な様子で物悲しく床に転がり、散乱したガラスは侵入者の動きを封じるマキビシのように鋭い切口を尖らせて辺り一面に広がっている。

 椅子やテーブルが倒れ、割れた可愛らしいティーカップの残骸から冷めた紅茶が広がっていてどこか哀愁を感じさせていた。

 

「なんだ・・・このボロっちぃ神殿は・・・何故俺がこんな所に・・・」

 

 俺は確かに死んだはずだ。サトウカズマに敗れ、華々しくその命を散らせたはずだった。

 

 それがなぜ、このような所にいる?

 

 死後の世界というのは確かに聞いたことはあるが、それは人間の話だ。

 闇に堕ちた魔物の俺には死後の安息など訪れるはずもない。

 地獄の業火に焼かれるか、永遠の苦痛か、それとも完全なる無か。

 隠れ自殺願望者である俺は今まで散々ネガティブな死後の想像を膨らませていたわけだが・・・・・。

 

 その結果がこの神殿である。

 一体俺はどうすりゃいいんだ?神殿だし罪の告白とか懺悔でもすればいいのか?

 

 わけがわからなくて呆然とつっ立っていると、どこからか陽気な鼻歌が聞こえてきた。

 

 「フンフンフ~ン♪私はメイド~♪今日からメイド~♪冥途のメイド・・・なんちゃってウフフ・・・って、ひゃぁあっ!!な、な、何かいます!」

 

 

 後ろで悲鳴と共に何かを床に落とす音がして振り返る。

 

 「えっ、ま、魔王軍幹部ベルディア!?な、なぜあなたがここに・・・・!」

 

 扉の前には絶世の美少女が目を丸くして驚きをあらわにしていた。

 

 掃除のおばちゃん風な地味な格好をして。

 

 三角巾で頭を覆い、可愛気の無い作業着の上に茶色いエプロンで身を包み、軍手と長靴とマスクまで装備している。せっかくの超絶的な美貌が色々と残念なことになっていた。少なくともメイドとはとても呼べない。

 どこからどう見てもただの掃除のおばちゃんである。

 

「ま、まさか、魔王軍がついに天界まで侵攻を!?な、なんてことですか・・・・!」

 

 何やら誤解しているようだ。深刻な表情を浮かべて、こちらから片時も目をそらさないまま彼女は足元に落ちている掃除道具を素早く拾い上げ、手馴れた動作でそれを構える。

 箒とチリトリの二刀流。傍から見たらアホ丸出しだが本人はいたって真面目な様子である。

 天界の掃除道具には魔を祓う力でもあるのだろうか?

 

 「くっ、よりにもよって大蛇丸ちゃんが帰った直後に襲撃してくるなんて・・・彼さえいてくれたら・・・・いえ、あんなオカマを頼りにするのはやめましょう。私一人でもどうにかしてみせます!天界の平和は私が守る!

 ・・・しかし、こんな装備で大丈夫でしょうか?タイムセールのお買い得セットでたった100エリスの安物ですし・・・こんな装備じゃカエルだって倒せる気が・・・・」

 

 マスク越しのくぐもった声でブツブツと呟きながら両手の箒とチリトリを頼りなさ気に見下ろす。

 というか本気で戦うつもりなのか?こちらはそんな気など微塵もないというのに。

 しかも掃除道具で?

 箒を構えて真面目な顔をしている彼女を見て自然と顔が綻ぶのがわかる。

 

 懐かしい人の姿が頭をよぎる。

 

 サトウカズマとの戦いでようやく思い出せた、俺の恩人。

 

 目の前の少女が彼女と重なって見えた。

 あの人も、尋常ではない美しさを持っているくせにお高く止まらず、たまに真面目な顔でアホなことをやらかすような可愛らしい人だったな・・・・

 

 「むっ・・・何を笑っているんですか?」

 

 薄笑いを浮かべる俺を見て不機嫌そうな声を上げる少女。馬鹿にされたとでも思ったのかもしれない。

 

 「いや、・・・・そんな装備で大丈夫か?」

 

 「余計なお世話ですっ。何の問題もないですよ!ええ、問題ないですとも!貴方を地獄へ送るのには過ぎた戦力です!何を隠そう一見ただの掃除道具にしか見えないこれらは神器と呼ばれる強力無比な武具なのです。」

 

 「いや、嘘つけ、100エリスで買ったって言っていただろう。」

 

 「言ってません」

 

 「いや、タイムセールのお買い得セットだったと確かに・・・・」

 

 「言ってません!これは神剣カリバーンと魔剣アポカリプスですっ。ひと振りすれば貴方なんてゴミクズのように消し飛びますよ!」

 

 本当にそうなるのなら、それはそれで別にいいのだが。ただ絶対にそれは何の力もない箒とチリトリだと思う。

 

 「まぁ、待ってくれお嬢さん。一旦落ち着こう。俺は別に・・・」

 

 「命乞いをしても無駄です。アンデット風情が女神であるこの私を狙ったのが運の尽き!骨も残さず浄化してさしあげます!」

 

 「女神?」

 

 この掃除のおばはんスタイルのダサい少女が女神?なんの冗談だろう?

 肩を竦めて失笑すると自称女神は青筋を浮かべてワナワナと震えだした。

 意外に沸点低いな自称女神の癖に。 

 怒りを抑えるように深呼吸をして余裕のある顔を必死に装う少女。

 

 「あなたの言いたいことは分かります。そんなメイドのような格好をした女神がいるか、そうおっしゃいたいんですね?」

 

 違うよ。それはメイドの格好ではないよ。清掃のおばちゃんだよ。

 このお嬢さんは根本的にメイドというものを勘違いしている気がする。

 

 「いくら冥途とはいっても女神がメイドの姿でいるのはおかしいですものね・・・・冥途でメイドなんて・・・うふふ」

 

 うん?いま、なんて?とてつもなくつまらない事をドヤ顔で言われた気がしたが、きっと気のせいだろう。仮にも女神を名乗る女がオヤジギャグなど言うはずがない。

 

 「しかし、これは私の本来の姿ではないのです。いつもは一目で女神だとわかっていただけるような神秘的な格好をしているのですけどね。今日はたまたま、とある客人によって神殿が崩壊寸前まで荒らされる事態に陥ってしまったので清掃のためにこのような格好をしているのです。

 ・・・・・清掃業者を雇うのにまさか上層部から経費が落ちないなんて思いませんでしたけど・・・ハァ・・・」

 

 憂いを帯びた顔で深くため息をつく自称女神。マスクをしているせいか心なし息苦しそうである。

 

 天界に住まう女神なんて高貴で華やかな苦労知らずのお嬢様だとばかり思っていたんだが、意外と苦労しているんだなぁ、色々と。

 

 というか魔物の俺が言うのもなんだが、天界の建造物をここまで滅茶苦茶にしてしまうとは罰当たりなやつもいたものである。そんなことをしたら確実に地獄行きだろうに。・・・・俺が地獄へ堕ちたらもしかしたら向こうで会うことがあるかもしれないな・・・。

 そんな都合のいいことを考えて、苦笑する。

 地獄なんて、人間と同じ所へなど行けるわけがなかった。魔物である俺が。

 

 「アンタが本当に女神だというのなら、俺が望むことはただ一つだ」

 

 「・・・・なんですか?」

 

  俺が突然暴れだすとでも思っているのか、警戒心をむき出しにして女神が身構える。

  

 「浄化してくれ。この穢れ切った魂を、どうか、何一つ残さず滅ぼしてくれ・・・・」

 

 「えっ?」

 

 俺の言葉に女神は虚を突かれたように目を丸くする。

 

 サトウカズマに敗れた時から、俺はもう潔く滅びることを決めていた。

 未だに胸に疼く未練も願いも全て、押し殺して消え去るのだ。

 そうしなければ、俺はまたきっと過ちを犯すだろう。

 もういいのだ。もう、俺は十分あがいた。

 最初は手を伸ばせば届く願いだと思った。魔王様から“それ”を聞かされた時は覚悟さえ決めれば容易く叶うと信じていた。だが、元人間の俺が人の敵で居続けるのは想像を絶する地獄だった。

 きっとそれは最初から願うべきではなかったんだ。

 “死んだ人間を生き返らせる”などと・・・・。

 

 苦々しい気持ちでそんなことを考えていたら、

 いつの間にか女神はトコトコと俺の近くまでやってきて背中を気安く叩いてきた。

 

 「偉いっ!」

 

 そして何故か知らないが、いきなり褒められた。

 

 

 「実に立派な心構えです!なかなか自分から浄化してくれなんて言えるものではありませんよ。あなたは自分の罪をちゃんと悔やんでいるのですね?そういうところは女神的にとても好感をもてますよ!」

 

 「あー、・・・それはどうも?」

 

 嬉しそうに目を細めて、腕に抱えられた俺の頭部を馴れ馴れしく撫でる。

 軍手を穿いたままなのが腹立たしい。

 なんだこいつ。本当に女神なのか怪しくなってきたぞ。

 ちょっ、止めろ!撫で回すな!

 

 「いいから、わかったから。もうさっさと浄化してくれよ!」

 

 軍手のごわごわとした感触を不快に思いながら、そう切り出すと、女神はニッコリ笑って

 

 「じゃあ、ちょっと着替えてきますね」

 

 「へ?いや別にその格好でも・・・」

 

 「いけませんよ。流石にこんなふざけた格好では死者を冒涜するのと同じです。女神としてきちんとした正装ではないと。」

 

 ふざけた格好という自覚はあったのか・・・・。

 

 「じゃあ、もうさっさと着替えてこい!最速で!」

 

 

 

 

 

 

 そう言って俺があの女神を見送ってから一体どれだけの時が流れただろうか?

 

 彼女が去り際に「魔法少女じゃあるまいしそんな一瞬で着替えられませんよー。それなりに時間はかかるとは思いますが大人しく待っていてくださいね?」と脳天気に言っていたことが今はもう随分と前に思える。

 

 遅すぎる。

 時計がないから何とも言えないが、もう一時間は余裕で過ぎているだろう。

 一体何をやっているんだ?着替えるだけならこんなにも時間がかかるとは思えない。まさか飯でも食ってんじゃあるまいな。

 というかこれっておかしくないか?

 俺は例え敗北して昇天したとはいえ魔王軍の幹部だぞ?凶悪なアンデッドだぞ?

 なんでこんな所に放置したままでいられるんだよ。危機感とか無いのか?

 

 なんだか腹が立ちすぎて逆に笑えてきた。

 女神というのはもっと傲慢で高圧的な嫌な女なのだと勝手に偏見を持っていたが、そんなことはなかった。

 親しみやすいし、なんか面白い奴だな。

 

 頭の中で再びあの人の面影と愉快な女神が重なりそうになり、かぶり振るう。

 そんなわけがない。そんな都合のいい話があるものか。

 俺が姉と呼んで慕っていたあの人は、もうとっくに死んでいるはずだ。

 クリス姉さん。

 俺をあの地獄のような街から救い出し、家族の温もりを与えてくれた人。

 

 生真面目で几帳面で小言が多くてお節介でお人好しでドジで、そして誰よりも優しく美しかった姉さん。

 

 騎士の癖に刃物を扱うのがド下手でりんごの皮がうまく剥けなくて、よく指を切って泣いていた残念な姉さん。

 

 胸が小さいのをとても気にしていてそれを馬鹿にするとブチギレてどこまでも追いかけてきた、胸が可哀そうな姉さん。

 

 時折、詰め物によって出来上がった不自然な巨乳で誇らしげに胸を張ってドヤ顔をしていた哀れな姉さん。それを鼻で笑って馬鹿にすると部屋に引きこもってシクシクと泣いていた。

 

 俺が初めて作った不味い料理を顔を青くしながらも笑顔で完食してくれた優しい姉さん。蛇の肉だと教えると口を抑えてトイレに駆け込んでいたな。

 

 俺が照れながら初めて姉さんと呼ぶと、とても嬉しそうな顔をして優しく頭を撫でてくれた。綺麗な銀髪の姉さんと本当の姉弟になりたくて灰を被って頭を真っ白にすると泣きそうな顔で俺を抱きしめて、「そんなことをしなくてもベル君は私の大切な弟です」と言ってくれた俺の姉さん。大切な、俺の唯一の家族。

 

 

 そんな彼女は突然、俺の前から姿を消した。結局最後までなんの恩返しもさせてくれないまま、俺への一方的な気持ちを綴った手紙だけを残して居なくなった。

 どんなに探しても手がかり一つ見つからず、そうして家族を失った喪失感を抱えたまま俺は騎士になり、首無しの暗黒騎士へと堕ちていった。

 

 あの人はあれから幸せな人生を送れただろうか?こんな俺とは違って、最後まで曲がらずに騎士道を貫けただろうか?

 

 今となっては確認する術などないが、そうであって欲しいと切に願う。

 俺の姉さんは笑顔がとてもよく似合う人だったから。

 そしてその笑顔には邪気を払い、人を幸福にする不思議な力が確かに宿っていたように思う。

 

 もし、姉さんがあの時俺の傍にいてくれたら・・・・俺は踏みとどまることができたのかもしれない。

 凶行に走らず、溢れる憎悪に蓋をして最後まで人のまま生を送ることが・・・・・ 

 

 ・・・・いや、よそう。

 

 もう、遥か昔に過ぎ去ったことだ。

 今更、あったかもしれない違う道の事をグダグダ考えても無意味だ。

 

 もうすぐ全てが終わる。

 これから、ベルディアという存在の過去も未来も崩れ去って消えてゆくのだ。

 

 記憶の中の姉さんが腰に手を当てて怒っている。説教をする時の顔だ。

 すまない、姉さん。約束を守れなかった。

 俺は最期まで大切な居場所を作ることができなかった。

 誰かを守れるような人間にもなれなかった。

 

 あの頃の理想とは真逆の、悪に落ちた俺にはもうあの人を家族だと想う資格すらないのかもしれない。

 

 今更、合わす顔などあるわけがない。

 

 それでも願うことならもう一度だけ・・・・・

 

 「会いたかったなぁ・・・」

 

 叶うはずのない願望が口からこぼれる。その独り言は静寂な神殿に虚しく浸透していき、

 

 

 

 「え?会いたいって、もしかして俺に?そんな、照れるってばよベルちゃんよぅ」

 

 ・・・・・聞き覚えのある老人の声が、そう返事をした。

 

 背筋に悪寒が走る。本能的な恐怖に体をふるわせながら、変だなぁ、嫌だなぁ、怖いなぁ、と思いながら恐る恐る振り返ると・・・・・そこには・・・・・

 

 「きゃああああああああ~~~~~!!!ででででででで出たぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~!!!!」

 

 光り輝くジジィがそこに居た。

 いつものボケた老いぼれジジィとは違う。

 神々しい緋色の光を帯びて、床にあぐらをかいて座る姿は本物の仏を思わせた。

 少なくとも、あのアクアとかエリスだとかいう自称女神達よりもよっぽど神としての格を感じる。

 

 なんてことだ・・・このジジィ神の化身だったのか!?

 俺たちアンデッドの天敵じゃねぇか!?

 どうりで敵わないはずだ。

 そう納得しながら、腰を抜かした体勢のままジリジリと後ずさる。

 魂が消滅する覚悟はとっくに決めているが、やはり怖いものは怖い。

 

 「ははははは、感動の再会だからって、そんなに叫んで喜ばなくても。ごめんなぁ、まだ本調子じゃなくて来るのが少しだけ遅くなっちまったんだってばよ。」

 

 

 悪夢だ。まさか死んでもあの世まで追ってくるなんて・・・・・。

 朗らかに笑いかけてくるが、本当はすごく怒っているんだろう?

 仲間を傷つけた俺を自分の手で始末したくて、追いかけてきたんだろ?

 

 「おっと、呑気に談笑してる場合じゃないな。アクアちゃんの後輩の女神さんが帰ってくる前に早いとこ行くってばよ。」

 

 じいさんはゆっくりと立ち上がって俺の方へと歩いてくる。

 

 逝くってどこへ?誰も助けが来ない空間に監禁して地獄が生ぬるくなるほどの天罰でも与えるつもりだろうか。

 

 「ほい、俺の手を取るってばよ」

 

 裏のなさそうな陽気な顔で爺さんは座り込んでいる俺に手を差し伸べてくる。人懐っこそうなその笑顔を見て油断した俺は何気なくその手を取る。すると・・・・・・・

 

 「な、なんだ、これは!」

 

 俺の霊体がいきなり淡く発光し始めた。

 そして霊体は徐々に、崩壊するように青白い光の粒子へと変わり、手を掴む爺さんの元へ吸い込まれていく。

 

 「何を、するつもりだ!俺に、なにを!」

 

 「そうだなぁ。なんて言えばいいかよく分かんねんだけどさ。俺はただ、ベルちゃんの願いを応援したいんだってばよ。」

 

 「は!?」

 

 「クラマから聞いた。ベルちゃんは愛した人を生き返らせたいんだって。彼女に会いたい一心で、そのためだけに魔王軍に入って、やりたくもない人殺しをさせられて、ずっと長いこと耐え忍んできたんだろう?俺、それ聞いて思ったんだってばよ。」

 

 「・・・なんだよ」

 

 「すげぇな、ってさ。人が生きて死ぬほどの年月を全て捧げて、愛する者を取り戻そうと、ずっと戦ってきたんだろう?その想いの深さは計り知れねぇってばよ。」

 

 「知ったようなことを・・・・」

 

 「俺もこんなじじぃだ。先に逝った奴らはいくらでもいるってばよ。自分の命よりも大切だって思っていた愛する妻も俺を残して死んでいった。どうしようもなく会いたくて、血反吐吐くほど叫んだ夜も数え切れないほどある。正直、心が弱ってた時期は俺もベルちゃんのように、とある禁術を使って愛する人と再会しようとしたこともあったんだってばよ。まぁ、結局思い止まっちまったけどな。

 ただ、今でもたまに思うんだ。あの激情のまま暴走して、禁術使ってでも会いたい奴らに会っとけば良かったって。そうすりゃあ、最後の言葉ぐらいは言えてたのにな。あいつに言い足りてなかった言葉で送ってやることができたのにな・・・・」

 

 「・・・・・・」

 

 

 「だからかな。なんだかベルちゃんの事は他人事のようには思えなくてな。有ったかもしれない自分を見ているみたいで応援しちまうんだ。もちろんそれは罪深い事だろうよ。罪悪感と後悔の末、死にたくもなるだろう。

 ・・・それでも俺は最後にはその願いが叶って欲しいって思うんだってばよ・・・・」

 

 寂しそうな笑みを浮かべる爺さんを見て、俺は思わず同調するように繋がる手を強く握り返した。

 

 ・・・やはり、長年一緒にいたというだけあってこのジジィはクラマとよく似ている。

 あいつと、このジジィだけだった。俺の長年の悲願を応援してくれると言ってくれたのは。

 俺はこの爺さんを誤解していたのかもしれない。何度もぶちのめされたものだから苦手意識が強かったが、同じ悲しみを背負うものとして俺達はきっと良い友になれただろう。

 しかし悲しいことだが、今更もう遅いのだ。

 きっと俺の魂はもうすぐ、消滅することになるのだから。

 

 「爺さん・・・・・」

 

 

 「というわけで、魔王の野郎を裏切って俺達の仲間になれってばよ!ベルちゃん!」

 

 

  ・・・・・・・・・ふぁ?

 

 

 「え?・・・・え?、ちょっとわからない。どういうこと?どういうことなのそれ!?」

 

 爺さんの発言についテンパってある同僚の口癖が出てしまう。

 

 「ベルちゃんの夢は応援したいけども、残念ながら魔王軍にはもう未来なんてないってばよ!なぜなら俺達が魔王を倒して魔王軍を壊滅させるから!だからベルちゃんは今のうちにこっちに寝返っておくってばよ。」

 

 すごい自信だな、おい。いや、確かにこの爺さんなら説得力はある。あの魔王は確かに得体がしれなくて非常に不気味だが、この化物ジジィがやられるところは正直想像できない。

 

 「いや、そもそも俺はもう死んでいるんだぞ?なぜこんな所にいるかはわからないが本来ならもう完全消滅していてもおかしくない状態で・・・・・」

 

 「あ、それなら大丈夫だってばよ。今やってる術が終わったら下界で生まれ変わるはずだから。あと、ここに居るのも俺の力な。」

 

 ・・・・・・・・・・はい?

 

 今、なんか色々とおかしなことを言われた気が・・・・

 

 

 「まぁ、ぶっちゃけベルちゃんに拒否権なんてないし、ここまでやっちゃったら、もう取り返しなんてつかないんだけどな。それでも一応礼儀として言っておくってばよ。ベルちゃん。」

 

 爺さん・・・・うずまきナルトは魔王とは真逆の声で同じような言葉を言い放った。

 

 「俺達の仲間になれってばよ。」

 

 優しく力強い、陽の光のような笑顔だった。

 それが元アンデッドの陰気な俺を何故か強く惹きつけた。

 気がついたら俺は苦笑を浮かべながら首を縦に振っていた。

 

 嬉しそうに笑う、うずまきナルトの顔を見ながら俺は意識を暗転させた。

 

 「六道・封印―――――――――――」

 

 

 自分でも驚く程、穏やかな心持ちでその声を聞いた。

 神殿に響き渡る慈悲に満ちた暖かな声。

 

 

 『付喪神の術!!』

 

 

 俺はその日、魔王軍幹部のベルディアから再び生まれ変わったのだった。

 

 

 

 

 

 

「遅くなってごめんなさい!!」

 

 

 扉が乱暴に開けられる。

 

「ずいぶん長い間お待たせしてしまいましたよね?しかし決して貴方を蔑ろにして違う用事を済ませていたわけではないんです!も、もちろん忘れてなんていませんでしたよ!ただ、色々と準備に手間取ってしまったんです!ほ、ほんとうですよ?女神は嘘は付きません!」

 

 遅れてきたエリスが言い訳がましく早口でまくし立てるが、既にそこにはもう誰一人存在していない。

 

 「あ、あれ?」

 

 不思議そうに首を傾げるエリスの頬にはおにぎりを食べた形跡。海苔とご飯粒が付着していることを指摘してくれる人は誰もいなかった。

 

 




 このまま大人しくエリスを待っていれば、実はこの後に感動の再会をして女神の助手ルートに突入する予定でした(笑)

 その方が良いじゃねぇかと思うかもしれませんが、作者的にはどうしてもベルディアを仲間にしたかったのです・・・。

長い間、個人的な事情で更新停止状態になってしまいましたが、これからもまた少しずつ更新していく予定ですので、どうかよろしくお願いします。

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