かつての英雄に祝福を!   作:山ぶどう

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長らくお待たせしました。




第22話 血の覚醒

 カズマさんが去った神殿を見渡して、私は肩を落としてため息をつく。

 

 私の職場が滅茶苦茶でした。

 椅子が倒れ、死者の方をおもてなしする紅茶のティーセットもテーブルから落ちて粉々に砕けて中身が床一面に広がっていますし、柱や壁には亀裂が入り、落下したシャンデリアの破片が辺りに散乱して非常に危ないです。

 

 これからこの広い神殿の中を一人で掃除しないといけないんですね・・・・

 

 いえ、まずは上層部に連絡を入れるのが先ですか・・・

 この状態ではお仕事にならないし、あとに控えている方々の転生を少しの間、他の神様に変わってもらわないといけませんね・・・ああ、それと報告書も書いて提出しないと。

 ・・・自力で門を開けて現世に蘇ったなんて話を信じてもらえるか、とても不安ですけど・・・

 

 あと、すぐにでも天界の業者を呼んでもらって壁と柱の補修作業をしてもらわないといけませんし、その工事が終わるまでの一時的な仕事場を確保しないと・・・それに高魔力の波動で驚かせたご近所の同僚の方々にも菓子折りを持って謝罪に行かなければ・・・・あ、その前にこのグシャグシャになった髪を直さないと・・あと・・あと・・。

 

 まったく、あのカズマという少年のおかげで忙しさが目白押しです。

 

 それに対して恨み言の一つでも出てきそうなものですが、なぜかそういう気にもなりませんでした。

 

 憎めない人とでも言うのでしょか。いつの間にか応援したい気にさせられます。

 女神としては良くないかもしれませんが、この結果を素直に良かったと思う自分がいるのです。

 多分、他の世界で転生させるよりも、この世界に留まる方が最良の道でしょう。彼にとっても、彼女達にとっても、そしてきっとあの世界の平和を願う私たち神にとっても。

 

 

 まぁ、それはともかく・・・・

 

 

 「いい加減出てきたらどうですか?・・そこに隠れている誰かさん?」

 

 

 私は目の前の柱の影に向って呼びかける。

 上手く隠れているようですが私にはお見通しです。

 そこにいるのは恐らく、ここと現世への繋がりを妨害している犯人。

 

 なにが目的かはわかりませんが、さぁ、姿を現しなさい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シーンとした長い静寂が崩壊寸前の神殿の中を虚しく広がる。

 

 「・・・・・?」

 

 あれ?なんでなにも言わないんですか?私はあなたの存在に気づいているんですよ?ドラマとかだったらここで潔く登場するものなんですが・・・・もしかして聞こえていないんですかね・・・

 

 「コホン・・・いい加減出てきたらどうですか!?そこに!いる!誰かさん!?」

 

 再リテイク。今度は難聴のお爺さんに聴かせるように大きな声で力強く言いました。

 

 絶対に聞こえているはずです。さぁ、恥ずかしがらずに出てきなさい!

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・むぅ・・」

 

 これはあれですね・・・完全に無視ですね・・ガン無視です・・・。

 人を無視するのはいけないと思います。こんなにも心が痛くなるのですから・・・

 

 「そこにいるのはわかっているんです!潔く姿を見せなさい!!」

 

 ビシッと指をさし、少し厳しい口調で言う。

 気が弱い方なら萎縮してしまうかもしれませんが、この犯人は絶対図太い神経の持ち主だと断言できます。

 さぁこれが最後通告ですよ?今出てこないと大変なことになりますよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 「・・・・・・」

 

 

 

 

 なるほど、私のことを舐めているんですね・・?

 

 いいでしょう・・・天界一武闘会の予選で二回勝った私の実力を見せてあげましょう・・・

 

 「仕方ありませんね・・あまり手荒なことはしたくないんですが・・・」

 

 指を二本立てて犯人が隠れていると思われる柱に向ける。その指先に魔力を集中させる。

 

「震えながら眠りなさい!ゴッド・レクイエムッ!!」

 

 ゴッドレクイエムとは女神の怒りと悲しみが篭った必殺の光線。相手は死ぬ。

 一応言っておきますが、アクア先輩のパクリでは無いです。ちょっと名称が被っているだけです。 

 

 指先から放たれた青い光線が柱を貫く。

 さぁ、その邪なる姿を現すがいい!

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 光線に穿たれ崩れる柱。

 

 

 そこには、だれもいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 つまり、私は、誰もいないのに、一人で盛り上がって・・・・・

 ・・・ゴッドレクイエムとか・・・言って・・・

 

 ボンッと顔が爆発したように赤くなる。

 さっきまでの自分の言動が何度も頭の中をリフレインしてきて羞恥心で死にたくなる。

 

 うそ・・絶対にいると思ったのに・・・確かに気配を察知したのに・・・なんでいないんですか?・・おかしいです・・こんなの絶対におかしいです・・・きっと何かの間違いですよ・・・私がこんな・・・ああ、恥ずかしいぃっ!

 

 両手で顔を覆って、その場でうずくまる。羞恥心でワナワナと震える。

 

 お願い!今からでもいいから出てきて!犯人さんっ!!

 そう願っていたら耳元から・・・

 

 「クックック・・・この私の隠形を見破るとは、流石ね、エリス先輩?」

 

 「ひゃぅっ!・・・・あ、あなたは・・・大蛇丸ちゃん!」

 

 悍ましい声に鳥肌を立てながら背後を振り返ると、奴がいた。

 長い髪に蛇のように鋭い目、幽鬼のような青白い顔。そして似合わないおネェ口調のオカマ。

 最近できた、とても厄介な私の後輩。

 そのいつもの底意地の悪い顔を見て、私は察した。

 

 「なんで!時間差で!来るんですかっ!?」

 

 「えぇ?なぁに?なんのことだか私わかんな~い。」

 

 「ウソですっ!絶対私のことを馬鹿にするためにタイミングを図っていたんでしょう!?」

 

 「ふふふ・・エリス先輩が怖くてねぇ~。出ていけなかったのよ。特にあの必殺技とかがもう、怖くて、怖くて・・・危うく“震えながら眠る”ところだったわ~・・なんでしたっけ?ゴッドレクイエムだったかしら?あのアクア先輩のをパクった・・・・」

 

 「ぱ、パクリじゃないもん!」

 

 「クックック・・でもいきなり誰もいない柱に撃った時はどうしようかと思ったわ。きっと、優しいエリス先輩のことだから、私を気遣って見当違いな所を威嚇で撃ってくれたんでしょう?

 あ、り、が、と。」

 

 「~~~~~~~~っっ」

 

 このオカマはぁ・・!

 先輩である私をいつもいつも小馬鹿にしてぇ・・!

 

 「そんなことより!大蛇丸ちゃん!・・いえ、大蛇丸!言い逃れはできませんよ!あなたの犯した罪を洗いざらい私へ告白しなさい!」

 

 「え~?、なんのことかしらぁ?」

 

 「しらばっくれないでください!あなた以外に誰がいるんですか!?」

 

 「クックック・・・一体どれのことを言っているのかしら?この場所の“神の目”を曇らせたこと?それとも“時間凍結”で下界の時の流れを遅らせたことかしら?それとも天界の門を少しだけ開けていたこと?」

 

 「お、思っていたより色々やらかしてますね!?」

 

 「あるいは・・・貴女の可愛い口元にご飯粒をこっそり付けたことかしら?」

 

 「ええっ!?」

 

 え、本当に付いてたのご飯粒!?カズマさんが嘘をついていたわけじゃなかったの!?

 手鏡を取り出して確認しても、やはり見つからない。どこ?どこにあるの?

 

 「プフゥッ・・・嘘よ、馬鹿ね、嘘に決まってるでしょう?

プププ・・エリスたん、ア・ホ・可・愛ぁ~~!」

 

 「・・・・・・」

 

 こんのっ、オ、カ、マ、めぇ~~~~~っっ

 

 込み上げてくる黒い感情にワナワナと震える。

 き、キレテナイデスヨ・・・慈悲深い女神は決してキレません。

 もしこの私を怒らせたらそりゃぁ対したものです・・・

 

 ゴッドレクイエムを放ちそうになる衝動をどうにか抑えて、私は大蛇丸を睨みつける。

 

 「・・・それで、どうしてそんなことをしたんです?」

 

 私の神々しい威圧をものともせずに大蛇丸は愉しそうにニヤリと笑う。

 

 「今、彼はとても良い状況にいるのよ・・・この機会を逃したら次はいつになるか分からないくらいに、ね。

 だから私は少しだけ彼の後押しをすることにしたの。ま、本当に些細なことしかできなかったけれど。」

 

 「・・? どういうことです?」

 

 彼とは多分カズマさんのことだろう。ただ、あの戦いが良い状況とはとても思えない。

 この怪しいオカマが何故彼に拘るのかも謎だった。

 

 「私はこう見えても血統主義者なのよ。強い者の血には確かな力が宿る。最強の遺伝子はその子供に恩恵をもたらすと信じている。だから彼はとても気になるの・・・・」

 

 大蛇丸の見せる狂気的な笑みに全身が粟立つ。

 

 蛇神・大蛇丸。探究の末、人から神になった欲望の化身。

 

 「いくら才能が無いといっても、彼は忍び史上最強の二人の遺伝子をその身に秘めている。

私はね、見てみたいのよ・・・彼の中で未だに眠っている血の力が目覚めるその瞬間をね・・・」

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「ドクターストップ!ドクターストップよカズマさん!動いちゃダメ!これ以上の無理はいけないわ!もう十分頑張ったんだから大人しくしていましょう!」

 

そう言ってヒールをかけて来ようとするアクアを無理やり背に隠す。

 

気持ちは嬉しいが目の前にはベルディアが居るのだ。回復はとりあえず後回しにして、今は奴の攻撃にすぐに対処できるように身構えていなければならない。

 

 

さて、どうしたものか・・・。

 

口の中で溢れる鉄臭い自分の血を無理やり飲み込み、赤く汚れた口元を拭う。

 

以前より師匠のチャクラを引き出せるようにはなった。しかし、そのチャクラを練って術を放つと、とっくに限界を超えているこの肉体が悲鳴を上げるのだ。豪火球一発でこのざまだ。肉体を活性化させる千鳥なんて使ったら確実にお陀仏。あの世でエリス様と再会することになるだろう。

 戦いを続けるならなんとか身体をアクアに治してもらわないといけない。

 しかし、目の前のベルディアは敵の回復の時間を待ってくれるほど甘くはないだろう。

 

 と、思っていたんだが、何やらベルディアの様子がおかしい。今はさっきまでの戦意をまるで感じさせなかった。

 

「小僧・・・一つ、お前に聞きたい。」

 

ベルディアが構えていた大剣を下げて静かに問いかけてくる。

 

「なぜお前は立っていられる?それがどれほど深い傷かは斬った俺が一番理解している。それは生きていること自体が奇跡だ。立ち上がることなど到底不可能。それが牙を剥いて立ち向かってくるなど夢にも思わなかった。それほどの傷のはずだ。」

 

「立ってる理由だぁ?そんなの痩せ我慢以外のなにがあんだよ?根性出して必死に頑張ってんだよ」

 

「・・・文字通り死ぬほどの激痛に苛まられていることだろう。なぜ、そこまで頑張れる?お前は一体、何を支えに立ち上がったのだ?」

 

 なんなんだ・・・なんかやけにしつこく聞いてくるな・・・

 こっちは傷が痛むから余り喋りたくはないんだけどなぁ。

 

「分かりきったことを聞くんじゃねぇよ・・・・そういうのを・・愚問っていうんだぜ?」

 

 「ああ、なるほど・・“仲間を守るため”・・・か。今までそう言って俺に立ち向かって来た者は何人もいたな・・・。

 だが、そう言う奴らも恐怖と痛みを与えれば実に脆いものだったよ。立ち竦み、泣き喚き、逃げることで頭がいっぱいになる。守るべき仲間を差し出す奴すらいたな・・・。だが、それが普通だ。俺は別に失望はせん。

 自分の命が大事なのは当たり前だ。それが生物の本能というやつなのだからな」

 

 

「・・・・何が言いてぇんだよ?」

 

「そうだな・・・お前が、逃げることを許そうか。」

 

「・・・あ?」

 

 

「この街を捨てて逃げ出すことを許す、と言ったのだ。俺は逃走するお前に一切手を出さないと誓う。仲間を何人か連れて行ってもいいぞ。この正門から南へ行けばここよりも広い街へ着くことだろう。これからはそこを拠点に冒険者として頑張るといい。何もこんな街を護るためにせっかく拾った命を無駄にすることはあるまい?」

 

「・・・・・・・」

 

 「よし新たな街へGOよ。四十秒で支度しなさい!あ痛!・・・そ、そんな怒んないで・・冗談よ」

 アクアの頭を強く叩く。ホント、マジ空気読め。

 

 

 「本音を言え。もう戦いたくなどないんだろう?これ以上痛い思いをするのは嫌だろう?

 この街の奴らは今、何をしている?ただ、恐怖に身を竦ませお前等が命懸けで戦っているのを安全な場所で傍観しているだけだ。それは自分の保身のためにお前たちを犠牲にしているとも言えるぞ?こんな街を守る価値など本当にあるのか?」

 

 

 何を言うかと思えば・・・・今更逃げろだと?

 

 「仲間さえ守れればいいのなら、こんな街など捨てろ。すでにお前らなら他の街でも・・――――」

 

 「黙れよ・・・」

 

 ゴチャゴチャと煩いベルディアの声を遮る。腹が立ってしょうがなかった。

 

 

 「お前にとっては今まで滅ぼしてきた街となにも変わらねぇ、取るに足らねぇ街だろうがよ・・・

 ・・・俺にとっては、ようやくできた“居場所”だったんだよ・・・!」

 

 頭によぎるのは向こうの世界の薄暗い俺の部屋。今だからわかる。あそこにいた俺は確かに孤独だった。

 外の世界は居心地が悪くて逃げ込んだものの、誰も俺があそこにいることを肯定してくれなかった。

  まぁ、引きこもっているわけだから当たり前なんだけど。俺は向こうの世界で自分の居場所というものを作ることがどうしても、できなかったんだ。

 

 この世界に来るまでは。

 

 娯楽なんて何もないここでの生活は向こうと比べて快適とはとても言えなかったが、それでも俺はいつの間にかこの街が好きになっていた。

 仲間達と共に過ごしてきたこの街を切り捨てるなんて、死んでも御免だった。

 

 「何一つこの街のことを知らねぇお前が、ここの価値を語るんじゃねぇよ・・・!

 お前が何を言おうと俺はこれから先もずっと、この街で暮らしていく。

 いつもみたいに臭い馬小屋で目を覚まして、温い水で顔を洗って、喧しい仲間達と割に合わねぇクエスト受けて、その帰りにショボくれた気分で皆で土手から夕日を眺めるんだ。そんで一日の終わりに行き付けの酒屋で皆と乾杯して馬鹿騒ぎしてまた臭ぇ馬小屋に帰って寝る。 

 そんな大したことなさそうな毎日が俺にはすげぇ大切なんだ。」

 

 「・・・・・」

 

 「それを守るためなら、これぐらいの痛みなんていくらでも耐え忍ぶことができる!」

 

 そう啖呵を切る俺を、空に浮いているベルディアの顔が小さく笑ったように見えた。

 しかし、それは俺を馬鹿にするような嘲笑ではなく、どこか自嘲気味な寂しげな笑みだった。

 

 「“居場所”・・か。そうか・・・ははは・・そうだったな・・ああ、ようやく、思い出した・・・」

 

 俺の言葉の何かがベルディアの琴線に触れたのか、遠い過去を懐かしむように小さく呟いた。

 

 「そう・・俺も、かつては・・お前のように・・・いや、もう、遅いのだな・・」

 

 掠れたように耳に届くその泣きそうな声に俺は毒気を抜かれる。

 おいおい、なんか勝手に落ち込みだしたぞこの人・・・

 

 少しの間感傷に浸るようにブツブツと言っていたが、息をひとつ吐くと、まるで憑き物が落ちたような穏やかな目でこちらを見据える。

 さっきまで俺に逃げ出せとか街を見捨てろとか言って悪魔的な提案をしていたやつとはとても思えない。

 ・・・いや、もしかしたらこいつは俺を試すために、わざと・・・・・

 

 「小僧、お前の名を改めて聞こうか。」

 

 「あー、サトウカズマだけど・・・」

 

 なんだいきなり。突然、俺の名前なんて・・・

 

 

 「そうか、覚えておく。サトウカズマ・・・お前は、羨ましいなぁ・・・・」

 

 「はい?」

 

 「・・いや、ただの戯言だ。忘れてくれ。

・・・ここまで来て、もう今更あとには引けん・・・」

 

 そう言ってベルディアは大剣を構えなおす。剣の柄を握るその手は少しだけ震えていた。

 

 「お前の命は再びこの俺が葬ろう。・・・俺の中で芽吹く迷いと共にな・・・」

 

 チッ・・やっぱり戦うことになるのか!

 剣を振り上げるベルディアに腰を落として戦闘態勢に入る俺。

 

 しかし、そんな俺とベルディアの間に滑り込むように影が割り込んだ。

 

 刃同士がぶつかり合う、鋭い音が響く。そいつが振り下ろされたベルディアの大剣を止めてみせたのだ。

 

 「だ、ダクネス!!」

 

 「遅くなって済まない!」

 

 必殺技の筋肉痛で倒れていたパーティのドМ守護神ダクネスだった。

 

 

 「仲間なのに、お前にばかり辛い思いをさせて本当に申し訳ない!

だが、不謹慎かもしれんが私は今、猛烈に感動しているんだ・・・!」

 

 ベルディアと激しい鍔迫り合いをしながら、こちらへ首を向けるダクネス。

 感動で潤んだ熱い眼差しを向けてくる。

 

 「カズマが私達のことを・・・この街を・・・そこまで大切に想ってくれていたなんて!!」

 

 「うっ・・・な、なんだよ・・・」

 

 「お前の言葉は私達の胸に確かに響いたぞ!ああ、そうだ。ここは私にとってもお前たちと今日まで過ごしてきた大切な街だ。早くこの戦いを終わらせて私達の日常に戻ろう!」

 

 「お、おう・・・で、筋肉痛の方はもう大丈夫なのか?」

 

 ベルディアの攻撃を受け止めたダクネスの剣が小刻みに震える。よく見ると腕がプルプルと痙攣しているようだ。

 

 「正直、まだかなり痛むが・・・今のカズマに比べたらどうということはない。

カズマのあんな必死な姿を見ては黙ってなんていられないさ。

・・・なぁ、そうだろ?・・・皆!」

 

 

 

 「「「クリエイト・ウォーター!!」」」

 

 「うおっ!」

 

 突如、複数の水の放射に襲われたベルディアは慌てたようにその場を飛び退く。

 

 「野郎共!!サトウカズマさんをお護りするぞぉぉおおお~~~~~~~!!!」

 

 「「「「うぉぉおおおおおおおおお~~~~~~~~!!!!」」」」

 

 

 ベルディアの殺気を受けて恐怖に縮こまっていたはずの冒険者達が武器を手に、雄叫びを上げてベルディアに突撃していく。

 

 そいつらは皆すれ違いざまに俺に熱い眼差しを向けてきた。

 それは俺が今まで向けられたことのなかった視線。

 感謝とか敬意や尊敬が入り混じった、俺を一人の冒険者として称賛するような目。

 

 

 「皆、本当はカズマと一緒に戦いたかったんだ。ただ、どうしても死の恐怖に打ち勝つことができなかった。

 そんな中、お前が見せた勇姿が、口にした言葉が、皆に戦う勇気を与えてくれたのだ。」

 

 そう言うとダクネスは血塗れの俺をその逞しい腕で優しく抱き上げた。

 所謂、お姫様抱っこというやつで・・・・

 アクアはいいなぁと羨ましそうに見てくるが、正直微妙な気分。

 普通お姫様抱っこは男が女にしてやるもんだろう・・・。いくら俺よりパワーがあるからって歳の近い女の子にそれをやられるのはえらくプライドに触る。

 あと、乗り心地が悪い。腕の筋肉が痙攣しているのか、すげぇ揺れる。長時間乗っていたら確実に酔うだろう。

 

 「じゃあ、後は任せた。」

 

 ダクネスが近くの冒険者にそう声をかけると、相手は真剣な顔で頷く。

 

 「野郎ども!英雄のご帰還だ!退路を死守するぞ!」

 

 「「「「おうっ!」」」」

 

 そう叫ぶと、冒険者達が俺達とベルディアの間を防壁になるように陣取った。

 

 

 「ナイスガッツ!さっきまで怖くてブルってた情けねぇ俺たちを許してくれ!」

 

 「カズマさん、アンタすげぇよ!すげぇ男だ!」

 

 「俺、感動しちまったよ!とんでもない根性だ!」

 

 「今までヒモ野郎とか呼んで馬鹿にして本当に悪かった!」

 

 「今日からアニキと呼ばせてくれ!いや、もう決めた!勝手にそう呼ぶぜカズマのアニキ!!」

 

  口々に俺を称える屈強そうな男達。

  ヒモの小僧とか言われていた俺が随分とランクアップしたものだ。

 

  

 「後のことは俺達に任せて、後ろでゆっくり傷を癒してくれ!」

 

 「そうだ、アンタはもう十分、戦ってくれた。良いところを横取りするみてぇで少し気が引けるが、ベルディアの始末は俺達に任せてくれ!」

 

 

 ダクネスに抱かれた俺に厳つい顔で頼もしく笑うモヒカン男AとB。

 

 ・・・とは言っているものの・・・・

 

 「うわぁぁああっ!」

 

 「どっわあああっ!」

 

 「ひでぶ!」

 

 「うそだろマジかよ、やべぇ、つええ・・・もうおうちかえりたい・・」

 

 「弱体化してたんじゃなかったのかよ!?」

 

 「プリーストを!プリーストを呼べぇっ!」

 

 「か、回復が間に合わな・・・きゃあっ!」

 

 

 次々にベルディアの大剣に吹き飛ばされる冒険者たち。

 こうして客観的に見るとわかる。

 ・・・ベルディア鬼強っ。

 まるで無双ゲームのイージーモードみたいだ・・・

 成す術なくヤられている冒険者も決して弱くはないんだろうが、相対的に随分と雑魚っぽく見えてしまう。

 

 これは早いとこ傷を治して戦いに復帰しないと全滅するな・・・

 

 そう思っていると・・・

 

 

 「火遁・狐火!!」

 

 

 九匹の炎の狐がベルディアに襲いかかった。

 

 「ぐっ・・・」

 

 連携されて迫り来る、具現化された炎狐の爪を捌ききれずにベルディアの鎧に浅い爪痕を残す。

 

 ベルディアがたまらず後退するが、炎狐達はその後を追わずに、躾の行き届いた綺麗な姿勢で座り、自分達のボスの指示をじっと待った。

 

 獣達が頭を垂れる中、燃え上がる芝生の上を威風堂々と歩く子狐。

 

 「ついに来たか・・・・いつかこうなるとは思っていたが・・・・

 お前とはできれば戦いたくなかったよ・・クラマ。」

 

 ベルディアが哀しそうにクラマへ語りかける。

 

 「ああ、そうだな・・・ワシもそう思っていたさ。だがな・・ワシはもっと早くこうするべきだったんだ。

さっさと覚悟を決めていれば・・・カズマがあんな傷を負うことはなかった!」

 

 そう叫んでクラマは炎弧達を引き連れてベルディアに飛びかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「急患!急患よ!!清潔なシーツを用意して!一刻も早くオペを開始します!」

 

 「すでに用意してあるってばよ!こっちだ!」

 

 「よし、ダクネス!カズマをそこへ寝かせてあげて!傷を刺激しないように、そっとよ」

 

 「ああ!・・・カズマ、痛むだろうがもう少しの辛抱だ。」

 

 「うぅ・・カズマ・・・どうか死なないでください・・・お願いですから・・・

私はまだ貴方に伝えたいことが・・・うう・・・かずまぁ・・・・・」

 

 

 「いや、大げさじゃね?」

 

 

 俺をシーツの上に寝かせて深刻そうな顔をしている皆にツッコむ。

 めぐみんなんてガチ泣きしてるし・・・・

 

 心配してくれるのは嬉しいがそんな本気で手術前みたいな雰囲気出さなくても・・・

 

 「何言ってんのよ!血がドバドバ流れてお腹から生ホルモンがはみ出ちゃってんのよ!?」

 

 「うう・・夢に出てきそうなくらいのグロテスクさです・・・カズマ、本当に大丈夫ですよね?」

 

 「あまりに痛すぎて痛覚がおかしくなっているのかもしれないな・・・」

 

 「死闘を終えた後にはよくあることだってばよ。カズマ、深呼吸して。一端冷静になって自分の体に問いかけてみるんだってばよ・・・どうだ?本当に、痛くない?」

 

 ん?はは・・こんなもん全然・・・痛く・・

 

 「そう言われてみると・・・なんだか・・・急に・・い、痛っってぇ・・!!

何これヤバイ・・・!し、死ぬぅ!」

 

 師匠に言われたとおり冷静になってみると、今まで立っていられたのが不思議なくらいの激痛に襲われる。

 

 「う・・意識が朦朧と・・・あ、エリス様が見える・・・なんか不気味なオカマに苛められてる・・」

 

 「カズマ!カズマ!!気をしっかり持つんだってばよ!」

 

 「妙な幻覚まで見始めている!ヤバイぞアクア!」

 

 「早く女神的回復魔法で治してあげてください!」

 

 ああ、また走馬灯が・・・あの時こっそり揉んだアクアの胸は柔らかかったなぁ・・・

 

 「とは言っても、そのはみ出た生ホルモンをどうにかしないと・・・・そのまま治したらゾンビみたいに気持ちが悪いことになるわよ?あなた達、臓物を垂れ流してる仲間と今まで通りに接することができる?ギクシャクしちゃわない?」

 

 「う・・じゃあ、どうすれば・・・」

 

 顔を歪めて苦悩するダクネス。

 ああ、土木工事時代に汗だくになったダクネスはエロかったなぁ・・・濡れたシャツからたわわな胸が・・・

 

 「カズマの生ホルモンを中に押し込んで、全開ヒールで一瞬で治します。これしかないわ!」

 

 生ホルモン言うな・・・

 

 「それって大丈夫なんですか?めちゃくちゃ痛いんじゃ・・・」

 

 めぐみんが俺の手を握りしめて涙ぐむ。

 ああ、あの時どさくさに紛れて触っためぐみんのケツは実にいい形だったなぁ・・・

 

 「大丈夫!こんなこともあろうかとウィズの魔法具店で良い物を買ってあるの!」

 

 あ、嫌な予感がするよ?

 

 「パパパパーン♪“モウナニモコワクナーイ”~~~~」

 

 アクアがバックを漁って取り出したのは俺の腕ぐらいはありそうな、大きな注射器。

 

 「これを刺せば一定時間、痛覚が無くなるわ!副作用も無いし、おまけに滋養強壮の効果や治癒能力を増大させる効果まである優れもの!」

 

 「おお!そんな良いものが!」

 

 「個人的に痛くないのは嫌だが、私以外に使うなら最高の品じゃないか!」

 

 「あの店が流行らないのが本当に不思議だってばよ!さぁ、アクアちゃん、打ち込んじゃってくれ!」

 

 どうせ、アクアのことだから何かオチがつくんだろう?

 なにか・・・

 

 「ただし、お尻の穴から打たないと何の効果も無いそうです・・・」

 

 「「「・・・・・・・・」」」

 

 ほらな!こんなことだろうと思ったよ!

 

 「すごく、すごく痛いらしいけれど、痛覚がすぐ無くなるんだから大丈夫よね?カズマさん、我慢できるわよね?」

 

 嫌だよ!だったら臓物を押し込まれる激痛に耐えたほうがまだマシだよ!なんでここに来てケツへのダメージを新たに負わないといけないんだよ!もうカズマさんのHPはとっくに0だよ!? 

 

 アクアが注射器を構え、めぐみんは顔を背ける。

 師匠とダクネスが顔を見合わせて頷き合い、俺の身体を押さえるためにこちらへにじり寄る。

 

 ま、マジか・・や、やめろ!やめてくれ!もっと他に方法があるはずだ!

 うおい!師匠、どうしてあんたが俺のパンツを脱がす役割なんだ!そこはせめてダクネスだろう!

 めぐみん、何をチラチラと盗み見ているんだ?実は興味津々か?ムッツリなのか?

 

 そしてアクアは俺のケツを凝視しすぎだろう!不思議なものを発見した子供のような純粋な瞳で覗き込むんじゃない!!

 チクショウ!どうしてこんなことに・・・

 俺はこんな目に合うためにあの世から蘇ったんじゃ・・・・!助けてエリス様ーーー!!

 

 ・・・・・アッーーーーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サトウカズマッ、復活ッ!!

 

 

 「よし、ベルディアをぶっ殺そう・・・」

 

 傷?綺麗に治してもらいましたよ。・・俺の心以外はね・・・

 

 仲間達は誰も悪くないと思うんだ。純粋な気持ちで俺を案じて治療をしてくれただけ。そこに悪意なんてものは微塵もないし、その結果俺は見事な復活を遂げた。そのことには感謝の念が尽きない。

 

 「か、カズマ?もう無理をしないほうが・・・」

 

 「ありがとうよアクア。いつも心配かけてすまねぇな・・・ただ、ベルディアは殺す」

 

 「ひっ・・」

 

  誰が悪いかといえばもうベルディアしかいないと思うんだ。あの野郎さえいなければこんなことにはならなかった。あいつの城を爆破しちまったのは確かにこっちが悪いよ。

 でもそのことでいつまでも被害者面して暴れまわってんじゃねぇ・・!

 こっちだって色々と大事なもんを失ってんだよ・・!

 

 

 「お、落ち着いてくださいカズマ・・・今はゆっくり休みましょう。カズマは凄く頑張りましたから・・・」

 

 「いや、呑気にしてる場合じゃねぇだろ?お前の呪いだってあるんだから早くベルディアをぶっ殺さないと。」

 

 「へ?・・・の、呪い?・・・・あ。」

 

 「俺達を心配させないために気丈に振舞ってるようだが、俺にはわかるぜ?もう相当苦しいんだろ?」

 

 「い、いえ・・・その・・・」

 

 「自分が死にそうなのに俺のことをあんなに心配してくれるなんて・・・お前って本当に仲間思いだよな」

 

 「いえ、あの、違うんですっ・・・」

 

 「後何分なんだ?」

 

 「え?」

 

 「後、何分で呪いが発動しちまうんだ?」

 

 「う・・あのですね・・かずま、よく聞いてください・・私の呪いはもうとっくに解けているんです。

だから、これ以上カズマが傷つくことは・・・」

 

 俺はめぐみんの言葉を聞いて思わずその手を優しく握った。

 

 「あぅっ・・・」

 

 「そんな見え透いた嘘なんて吐かなくていい・・・」

 

 「え、う、うそじゃ・・・」

 

 「俺を頼りなく思うのはわかる。デカイ口叩いたのにあっさり斬られちまったからな。

  仲間思いのお前がこれ以上俺に戦って欲しくない気持ちも良くわかるんだ。

  それでも、どうかもう一度だけ俺を信じて欲しい。今度こそあの野郎をぶち殺してめぐみんの呪いを解いてみせるから。」

 

 「かずま・・・」

 

 「約束は必ず守る。俺はめぐみんを絶対に死なせたくないんだ。亡くしてたまるかよ・・お前の爆裂魔法はもう、俺の日常には欠かせない大事な刺激なんだからな・・・」

 

 「かずま・・・そこまで・・私のことを・・こ、これはプロポーズというやつでは・・どうしましょう、どう返事を・・・困りました私の中で既にOK以外の選択肢がありませんっ!この機を逃さずに婚約するしか・・でも私はまだ13歳ですよ!?カズマを犯罪者にしてしまうんじゃ・・・いえ、そんなに年の差があるわけじゃないし大丈夫ですよね?子供はまだ無理ですが焦ることはないです、ゆっくり少しずつ愛を育んで・・」

 

 めぐみんが顔を真っ赤にして身体をクネクネと悶えさせてる。超小声でブツブツと何かを言っているがまるで聞こえない。何この生き物怖い・・。

 いや、きっと呪いのせいだな・・・おのれ、ベルディア・・!

 

 「それで結局、残り時間は後何分なんだ?」

 

 めぐみんがおかしな事になっているので他の三人に聞いてみる。

 

 「あ?さぁ?多分十分くらいじゃない?ねぇ?」

 

 「そうだなー・・そのくらいだなー・・多分な」

 

 「ふふ・・カズマも隅に置けないってばよ。めぐみんがすっかり可愛くなっちゃって。昔のヒナタを思い出すなぁ・・」

 

 アクアとダクネスはなぜか不貞腐れたように超投げやりな対応だし、師匠はニヤニヤ笑っている。

 え?皆めぐみんの事が心配じゃないの?

 

 なんか釈然としないが、まぁいいか・・・

 

 「よーし、とりあえずベルディア殺りにいこ。」

 

 「いや、待て。爽やかに物騒なことを言うな。一体どうしたんだカズマ?さっきまでいい雰囲気で語り合っていたじゃないか。ベルディアと。」

 

 「語り合っていたとか言うなキモイ。まぁ、個人的な怒りもあるが、あいつに退く気がない以上、息の根を止めるしかないだろう?」

 

 「それは・・そうだな。黙って殺されるわけにもいかない。」

 

 「・・・・それに、多分あいつもそれを望んで・・・」

 

 「?」

 

 「・・・いや、なんでもない。・・・とにかく決着をつけに行くよ。俺は。」

 

 「・・・なぁ、戦いに赴く男にこんなことを言いたくないんだが・・・」

 

 「おう」

 

 「その・・・勝算は、あるのか?」

 

 「・・・・」

 

 ダクネスの心配は最もだ。影分身は成す術なく切り伏せられ、豪火球は決定打にならない。

 変化で意表を突く手も恐らくもう効果はないし、幻術もスティールも通じない。

 ならば、俺に残った手札は一つしかない。

 当たれば確実にベルディアの鎧を砕く切り札にして、ベルディアの刃によって当たる前に無残に敗北した技。

 “千鳥”

 今俺が使える最強の術。

 これを当てることしか俺は考えていなかった。その方法を必死に考えていた。

 

 影分身による陽動はできない。多大な集中力のいる千鳥と影分身を両用することは今の俺には無理だった。

 アクアと再びタッグを組むのもリスクが多すぎる。アクアが真っ先に狙われるだろう。ベルディアは浄化魔法による硬直をどんどん短縮させているし、苦労して当てたとしても効果が望めるかわからない。

 

 他にも色々と考えを巡らせるが、どうも良いアイディアが思いつかなかった。

 正直、勝てる見込みがあるのかはわからない。・・・・だが、それでも俺は・・・

 

 

 「勝てるってばよ。」

 

 

 俺の不安を見透かしたように師匠が真っ直ぐに俺の目を見て言う。

 

 「何も難しいことは考えなくていい。ただ、ベルディアの攻撃をよく見て、避けて、そんでぶち当てろ。それだけでいいってばよ」

 

 いつものように快活な笑顔でなんでも無いように笑う。俺を心から認めて、信じてくれている柔らかい眼差し。

 心を解かすような温かな信頼。いつも、それが俺に力を与えてくれた。

 それだけで本当にそれができる気がしてくる。根拠の無い自信が湧いてくる。

 

 「俺に・・・できますか?」

 

 「お前以外にできない」

 

 師匠はそう即答して、申し訳なさそうに片手で頭を掻く。

 

 「俺は今、戦うことはできない。クラマもきっと友達相手じゃ本気を出せないってばよ。そうなったら、今この街でベルディアに勝てるのはカズマ、お前しかいないってばよ。」

 

 やべ、顔がニヤける・・・どうしよう超嬉しい。男相手に自分でも気持ちが悪いくらい心が踊る。

 

 「真正面から勝負する、か。師匠、もし負けたら化けて出ますからね。」

 

 「その時は一緒にあの世へ連れてってくれてもいいってばよ?」

 

 顔を向かい合わせて笑い合う。これから命懸けの真剣勝負の前だというのに心が随分と軽やかだ。

 

 

 「ナル爺、本当にカズマを行かせるんですか・・・?」

 

 「わ、私はもうあんな、カズマが傷つくところなど・・見たくない・・」

 

 「その、まだ本調子じゃないと思うのよ。だから・・お爺ちゃん・・」

 

 

 めぐみん、ダクネス、アクアの三人は不安そうだ。きっと俺が逆の立場でもそうなっただろう。一度植えつけられた仲間を失う恐怖というのは、それだけ根深い。

 それは仲間から信頼を失ったのと同然だ。口でいくら言い募った所でそれをぬぐい去ることはできないだろう。 信頼を取り戻すには結果で示すしかない。

 

 「いいから、よく見ているんだってばよ。カズマの戦いを。大丈夫だ。こいつはこの俺の、

うずまきナルトの自慢の弟子なんだからな。」 

 

 

 そう言って師匠は俺の背中を優しく、しかし、力強く叩いた。

 背中から気合が注入され、活力が漲る

 よっしゃあ!やるぞ!

 

 「行ってきます!!」

 

 そう言って力強く一歩を踏み出し、駆け出そうとする俺。

 一度敗れた千鳥でまたベルディアに挑むのだ。相当の覚悟と勇気がいる。

 そういう確固たる意志を秘めた一歩だった。

 ・・・・それが。

 

 「あ、ちょっと待った。」

 

 師匠に襟首を掴まれて止められた。

 首が一瞬締まり、苦しくて、たまらず咽る。

 

 「ゲホッ、ゴホッ、・・な、何ですか!?」

 

 「いやー、そんないきなり行こうとしないで・・・まだ仕上げが残ってんだってばよ。」

 

 「・・・仕上げ?」

 

 「そ、最後の仕上げ。と言ってもそんな大層なことをするつもりはないってばよ。

 ただ、一つだけお前に尋ねたいんだ。」

 

 「え、何ですか?」

 

 それって今大事なこと?後じゃダメなのかな?せっかく戦意が漲っていたのに・・・

 

 「・・・・なぁ、カズマ。お前は覚えているか?・・・」

 

 師匠は静かに問いかける。何かを噛み締めるように、ゆっくりと。とても真剣な顔で。

 

 「・・・?」

 

 覚えてる?一体何を・・・・

 

 

 「“うずまきユズハ”・・・それと、“うずまきハヤト”。この二人の名に覚えはあるか?」

 

 「・・・っ!?」

 

 

 うずまきユズハ・・うずまきハヤト・・・ユズハ・・ハヤト・・!

 

 その名を何度も心の中で反復する。

 

 

 

 それは、聞いたことのない名前のはずだった。

 

 そのはずなのに、その名を聞いた瞬間、俺の中でかつてない衝撃が走った。

 

 心臓が激しく脈打つ。

 

 いつもの夢に出てくる、ある女性と赤ん坊のシルエット。

 訳がわからなくて、手を伸ばしても決して届くことのないそれは、俺にとって悲しみの象徴だった。

 

 それがその名を耳にした途端に色付き始め、鮮やかに彩られていく・・・・

 

 穏やかな笑みを浮かべた美しい顔が顕になる。艶やかな長い黒髪を後ろで一つに纏めている、色白の大人しそうな女性。その眼差しを幸せそうに細め、俺に笑いかけてくる。そして、抱いていた我が子をそっとこちらへ差し出す。「抱いてあげて」という優しげな声が脳裏に響く。

 いつもそれに触れたとたん、夢から覚めた。そして目覚めた時に大切なものを腕から取りこぼしてしまったような深い喪失感でいつも枕を濡らしていた。

 

 だが、今は、その柔らかい生き物にちゃんと触れることができた。母親から離れたことで不満そうな顔をしている生意気そうな赤ん坊。まったく親の顔が見てみたい。笑えるほど可愛くねぇ・・・・。

 それなのに胸の中で愛おしさが溢れ、俺は泣きながらそいつを抱きしめた。

 

 この幻は悲しくてとても切ないけど、それ以上に俺にとって凄く大切なものだったんだ。

 

 遠い昔に失くしたはずの宝物の欠片をようやく見つけた気がした。

 

 ああ、そうか・・・お前等の名前は・・・ユズハとハヤトって言うんだな・・・

 

 目が焼けるように熱くなって、ギュッと強く目を瞑ったまま涙を流す。

 

 涙を手でぬぐい、瞳を開けると、かつてない程に視界が鮮明になっていることに気づく。

 

 

 師匠はそんな俺の瞳を覗き込むと、何故か目尻に涙を浮かべて嬉しそうに笑った。

 

 「よし、行ってこい!」

 

 そう言って俺にあるものを投げて寄こす。

 

 「わっ、と・・・これは・・!」

 

 一人の忍びの歴史を感じさせる、とても古い、大きな傷のある額当て。

 それは決して綺麗な物ではない。誰かの使い古しのようで、少し錆びているし、布も色褪せている。

 店頭で見かけたらきっと顔を顰めてしまうような骨董品。

 それでも俺は手にしたそれを見て、湧き上がってくる嬉しさを抑えきれずにいた。

 額当てを与えられる意味は、師匠から聞いている。

 

 これは、一人前の忍びとして認めてもらえた証。

 

 俺は弟子として、忍びを名乗ることを許されたのだ。

 

 額にそれを当て、紺色の布をギュッと結んだ。

 

 視界は良好。まるで生まれ変わったような清々しい気分。

 心が様々なもので満たされて、充足感でいっぱいになる。

 

 負けられない、という焦りが無くなった。不安も消えて、胸に確かな自信が宿る。

 

 今の気持ちを言葉にするなら、そう―――――

 

 「負ける気がしねぇ!!」

 

 どこか懐かしさを感じる言葉と共に、俺は大きく一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 




また、長くなりすぎて、分割してしまいました・・・・

申し訳ないですが、決着は次回です。

と言っても、もう出来ているので、手直しをしたらすぐに投稿いたします。

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