かつての英雄に祝福を!   作:山ぶどう

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またまた遅くなってすいません。

今回は割と重めのシリアスシーンが多いです。


第21話 カズマ、死す!

 それは痛いというよりも、熱かった。

 斬られた部分がカァッと熱を帯びて、そこ以外はどんどん冷たくなっていく感覚。

 周りが少しずつ音を無くしていって、暴れまわる心臓の音だけが静かに耳に木霊した。

 

 ああ・・刃物で斬られるってこういう感じなんだ・・・

 血が止めど無く流れてとんでもなく不快だけど、なんだか五感の全てが鈍感になっているように自分の肉体が意識から遠い。 

 否応なくやってくる死を受け入れるかのように、心が静まり返っていた。

 

 目の前が真っ暗になって、俺を斬った相手に恨み言を言う気力すら湧かない。

 

 ただ、敗北した自分への情けなさだけがやけに胸に染みて、悔しくて目頭が熱くなった。

 

 ああ、ダメだったよ・・ごめん、みんな。

 俺は失敗した。せっかくアクアが活路を見出してくれたのに、それを完全に無駄にした。

 とっておきが、俺の“千鳥”が、まるで通用しなかった。

 ・・・いや、違うか・・・師匠の授けてくれた千鳥は確かにベルディアを倒すだけの威力を持っていた。

 俺が下手くそだっただけだ・・・ベルディアのカウンター攻撃に何一つ反応ができなかった。

 この身体が大剣でぶった斬られるまで何が起こったのかすらわからなかった。

 クラマのやつがこの術を習得するのに最後まで反対していた理由がようやく、わかったよ。

 あいつの言っていた通り、俺にはこの術を使いこなすことなんてできなかったんだ。

 

 チクショウ・・情けねぇ・・・師匠にあれだけ鍛えてもらって、その膨大なチャクラを分け与えてもらったっていうのに俺では死力を尽くしてもベルディアには届かなかった。

 めぐみんとの約束も守れそうにない。絶対に俺が助けると誓ったのに。それが、このざまだ。

 

 俺は、自分で思っていたほど変わっていなかったんだ・・・弱くて不甲斐ない、肝心な時は何も手にすることができない、以前のサトウカズマのまま。

 

 気持ちはどんどん沈んでいくのに、薄れていく意識は肉体からどこかに飛び上がるような浮遊感を感じていた。

 

 脳裏に真っ白なキャンバスのような空白の世界が広がり、そこに俺の記憶が新しい順に次々に映し出されていく。

 

 ああ、知ってる、これ。走馬灯ってやつだ。

 

 トラクターに轢かれそうになった時にも見た。これで二度目だ。

 

あの時は、あまりに退屈すぎて欠伸が出そうになったのを覚えてる。俺の薄っぺらい人生を象徴するような面白味のない記憶たち。

 ただの、つまらない引きこもりの日常。ゲームとアニメに時間を費やす薄暗い青春の日々。

 それをまた一から見せつけられるのかと思うとゲンナリする。

 

 しかし、今回は以前とは少しだけ違った。

 

 最初に浮かび上がった情景の中には、アイツ等がいた。

 

 馬鹿でお調子者で泣き虫で、なにかと問題を引き起こすアクア。

 中二病全開で痛いことばかり言う、おかしな名前のロリっ子、めぐみん。

 いつも敵に嬲られることばかり考えているドМな変態、ダクネス。

 憎まれ口を叩きながらも、俺たちを気にかけて何かと世話を焼いてくれたツンデレ小動物、クラマ。

 そして、太陽のようにいつも陽気で、俺に戦う力を授けて導いてくれた師匠。 

 

 思えば、出会ってから毎日欠かさず顔を合わせていたな。いつものメンツで毎日毎日、飯食って仕事して遊んで飲んで騒いで、そんで思い出したようにたまに冒険に出かける。こんだけいつも一緒ならマンネリになりそうなものだが不思議とあいつらといると飽きなかった。

 この世界に来て、まだ二ヶ月程度なのに、なんだかずっと以前から一緒にいるようだった。

 

 走馬灯は次々にアイツ等との日常を映し出していく。

 

 一撃グマの群れから必死に逃走する俺たち。アクアが勝手に連れてきていた子熊を返したら荒れ狂う熊達が途端に大人しくなって森へ帰っていったっけ。あの後のアクアの土下座は実に見事だった。

 そしてその晩はアクアの奢りで熊鍋を皆で囲んだ。

 

 野外にテントを張ってキャンプをする俺たち。師匠が張り切って手作りラーメンを作ったが、スープが獣臭くて麺がデロデロで食えたもんじゃ無かった。あまりに不味過ぎて最初は皆で笑っていたが、半分位まで食べ進めると誰もが表情を消して無言になった。その後、師匠が口寄せしたレトルトカレーの味が今でも忘れられないほど美味かった。

 

 ワニ型モンスターが生息する湖にやってくる俺たち。汚染された湖の浄化作業なのだが、出現するワニが危険とのこと。俺は天才的な発想で、檻の中なら安全という答えを導き出した。そして俺たちは全員、檻の中に入った。 とんでもなく狭かった。なぜ全員で入る必要があったのか今考えると疑問だが、とりあえずその中でアクアに浄化を任せながらシリトリをして暇を潰した。そして外では心優しいクラマ君がワニを残らず撃退してくれていた。

 

 

 酒場で肩を組んで陽気に歌う俺たち。完全に出来上がっていた。頭の固いダクネスの目を盗んでアクアの酒をこっそり飲ませてもらっためぐみんが顔を紅くしてハイテンションに騒いでいる。カウンターで一人酒を楽しんでいた受付嬢のルナに絡んで無理やり肩を組み、呂律の回らない下手くそな歌を熱唱していた。

 翌日、二日酔いになっためぐみんは二度と酒なんか飲まないと誓ったらしい。

 

 夕暮れの土手の上を、和気藹々としながら並んで歩く俺たち。

 その日は珍しくクエストが上手くいったのだった。互いに自分たちの活躍を称え合ったり、酒場で奮発して高い料理を注文することを計画している。夕日に染まる仲間たちの影が楽しそうに揺れている。

 そして、突然ダクネスがしんみりとこぼした一言が見ている俺の胸を衝いた。

 「こんな楽しい毎日が、いつまでも続くといいな。」と。

 その後ダクネスは皆にからかわれて、夕日の中でもわかるくらい顔を紅く染めていた。

 

 そんな色濃い日常が脳裏に蘇り、愛おしさと同時に胸の内でどうしようもない絶望感が浸透していく。

 

 わかってしまったんだ。俺にはこの先の未来はもう訪れないことを。

 俺はこれから失ってしまうんだ。大切な仲間も、この街も。きっとこの記憶でさえも。

 

 走馬灯は楽しかった日々を映し出しては儚く消えていく。

 

 まるで、それはもう手の届かない場所にあるのだと俺に理解させるように無慈悲に過去へと向かっていく。

 

 修行時代、土木工事時代、ダクネスとめぐみんとの出会い。初対面で師匠に抱きつかれた時。初めて皆に出会った瞬間が通り過ぎていく。そこから先には行きたくなかった。皆と出会っていない時代。仲間なんて誰もいない世界。

 

 初めてこの世界に訪れた時の光景が消え失せる。異空間にふんぞり返っている生意気な女神と出会った場面も程なく消えていく・・・。

 遠ざかっていくこの世界。それを失いたくなくて、必死に手を伸ばそうとしても、うつ伏せに倒れた血みどろ身体はもうピクリとも動かなかった。

 

 やだ・・!もどせ!戻してくれ!まだ俺は皆と一緒にいたいんだ!!

 

 そんな願いを嘲笑うかのように次の走馬灯が映し出したのは、見慣れた薄暗い部屋の中だった。

 カーテンの閉め切った狭い部屋にはテレビゲームに興じる薄ら笑いを浮かべる俺の姿があった。

 

 呆然として眺めていると、それが消えて、また同じ部屋が映し出される。今度はベッドに寝転がって漫画を読んでいる俺。それから代わり映えしない俺の部屋の様子が何度も消えては、再び映し出される。

 

 何かが劇的に変わるわけでもない。ただ、部屋でやっている遊びが変わるだけの一人で完結する虚しい日常。

 そんな昔でもない。つい最近のことだ。あの頃は鮮明に思い出せるし、二次元三昧の引きこもり生活は決して悪くはなかった。面白いゲームを何本もクリアしたし、アニメだって漫画だってラノベだって、楽しいものはいくらでもあった。

 そのはずなのに、何故か今はそれが無性に寂しく感じた。

 アイツ等が居ないだけで、俺はこんなにも孤独だったんだな。

 だんだん、その締まらない顔に憤りが湧いてくる。

 

 「何が楽しいんだよ!何一人でヘラヘラ笑ってやがる!」

 

 俺の怒りも悲しみも関係なく走馬灯は見たくもない以前の俺を映し出す。

 黒歴史なんていくらでもあった。

 のたうち回って舌を噛み千切りたくなる衝動に何度も襲われた。

 その度に夢から覚めるように俺という人間を再認識させられた。

 

 走馬灯は逃れようもなく、俺の中身のない薄っぺらい過去をまざまざと見せつける。

 

 パッとしない中学時代。退屈な小学時代。泣いてばかりいた幼稚園時代。

 

 そして赤ん坊時代にまで遡った。

 そこで俺は心の準備をする。きっとやってくる痛みに耐えるように、そっと息を呑む。

 

 普通ならそこまでで走馬灯は終了だと思うだろう。

 

 しかし、俺はそこからさらに先があるのを知っていた。

 恐らく、俺がひきこもることになった元凶。

 

 眩しい光の中で浮かび上がるシルエット。

 

 細身で小柄な体格の女性を思わせる華奢な影。

 その腕には赤ん坊らしき影を抱いているように見える。恐らく母親とその子供だろう。

 

 その姿を見た瞬間、俺は涙が溢れそうなほど深い悲しみに襲われる。

 久しぶりだった。こっちに来てから見ることがほとんどなくなったから懐かしさすら感じる。

 俺はこの影を知っている。

 

 夢で何度も何度も繰り返し見た、見覚えがないはずの人物像。

 

 その姿を見るだけで俺は悲しくてたまらなくなる。大切な宝物が手の届かないところへ行ってしまったような理不尽な喪失感が切なく胸を締め付ける。それが、俺をずっと苦しめてきた。

 

 俺にはなぜか、この原因不明の喪失感というものが生まれた時からあった。

 幼い頃はその感情の意味がわからなくて、悲しい気持ちのままに、いきなり泣き出して両親を戸惑わせたりしたものだ。

大きくなって少しは耐性がついたのか人前でいきなり泣き出すことは無くなったが、困ったことに歳を重ねるごとにその感情が強くなっていった。何をしていてもしっくりこなくて、何かが違う感じがした。どこかで何か大切なものを知らないうちに落としてしまったように、心にポッカリと穴が空いていつまでたっても塞がらなかった。

 その穴を埋めようと一応の努力はしてみたが、結局どうにもならなかった。そして俺は悲しいことを忘れることができる楽しい二次元の世界へと逃避したのだった。

 

 

 女のシルエットは赤ん坊をあやしながらこちらに近づいてくる。こちらに何か話しかけるような素振りをすると、そっと優しく赤ん坊を差し出してくる。

 

 ああ、いつもと同じだ。

 

 俺はそれを恐る恐る受け取ろうとして、その赤ん坊の柔らかい体に触れた瞬間、夢から覚める。

 

 慣れ親しんだ絶望感に抱かれるように、俺の意識が消えていく。

 

 仲間たちの楽しそうな姿が脳裏に浮かび、それもボヤけて霞んでいく。

 

 俺は、また失うのか・・・大切な・・仲間を・・・“家族”を・・・・

 

 そうして、俺の血塗れの身体は力を完全に失い。

 

 俺は・・・死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと俺は椅子に座っていた。そこは純白の神殿を思わせる建物の中のようだった。

 咄嗟に斬られたはずの腹の辺りをペタペタと触るが、衣服が破れてさえいなかった。

 あれほど苦痛だった焼け付くような傷口の熱も、大量に流された血の跡も、凍えるような死の感覚もきれいさっぱり消え失せていた。

 

 「お気持ちはわかりますが、どうか落ち着いてください。佐藤和真さん。」

 

 混乱する俺に慈愛に満ちた涼やかな声が投げかけられる。

 俺の正面には白銀に輝く髪と白く透き通るような肌の絶世の美少女が立っていた。

 

 「ようこそ死後の世界へ。私はあなたの新たな道を案内する女神、エリス。誠に残念ですが、この世界でのあなたの人生は終わりを迎えてしまいました。」

 

 憂いを帯びた瞳を伏せ、まるで自分のことのように哀し気な表情を浮かべてくれる女神、エリス。

 

 俺の死に腹を抱えて笑いやがったどっかの自称女神とはエライ違いだ。

 今まで見たことがないくらいのとびっきりの美少女。清純そうな仕草はグッと来るし、俺の死を心から悼んでくれているように性格も大変良さそうだ。正直めちゃくちゃ好みのタイプだし普段なら心が浮き立ってしょうがなかっただろう。

 だが今は、どうしてもそんな元気が湧いてこなかった。

 

 肉体的には断然、楽になったはずなのに、なぜか死ぬ前よりもずっと、苦しい。

 悲しみと後悔と、自分への自責の念で心がぐちゃぐちゃになる。

 以前死んだ時はこんなにも苦しまなかったというのに、不思議なものだ。

 

 「ははは・・・そうだよな・・そらぁ、死ぬよな。気合でなんとかなる傷じゃ、無かったよな・・・」

 

 乾いた笑いが口から力なく漏れる。そんな俺をエリスは痛ましそうに顔を曇らせる。

 

 「あー、恥ずかしいな、俺。あんだけ格好つけたのに・・めぐみんに絶対に助けるって、約束したのに・・・結局、弱体化したベルディアに一撃で殺されちまった。はは、貧弱すぎだろ。どんだけ紙装甲なんだって話だよ。」

 

 悔し涙がこみ上げてきて、声が震える。最後の最後に女神様に情けない姿なんて見せたくないのに、敗北感に震える心が鬱屈とした自虐の言葉を吐き出して止まらなくなる。

 

 「しょうがないよ、俺今まで何もやってこなかったんだもん。毎日部屋に篭ってゲーム三昧で遊んでいただけだ。ちょっと辛い修行をしたからっていきなり貧弱な引きこもりが師匠みたいな忍者になれるわけがなかったんだ。街のヤンキー程度に縮み上がっていた俺がさ、いきなり魔王軍幹部相手に戦いを挑むとか無謀だった。わかりきった結果だったんだよ。俺は馬鹿だから気づかなかっただけだ。気づかないままあっさり死んじまった。」

 

 女神さまがこちらをジッと見つめている。嫌われただろうか。わざわざ送り出した転生者の醜態に失望しただろうか。それでもいい。所詮、俺は無様に敗北した負け犬だ。

 

 「結局、俺は何も変わっていなかったんだ。俺はただの引きこもりで、弱いままの――――――」

 

 「違います!」

 

 女神さまは力強く俺の言葉を遮った。

 

 そして、静かな足取りで傍まで寄ってくると、瞳を潤ませながら俺の手を両手で握り締めた。

 

 「やめてください和真さん。自分を卑下しないで。貴方はとても立派でした。」

 

 反論が口から出そうになったが、それが言葉になる前に女神様の優しい声が俺の卑屈な感情を溶かした。

 

 「貴方は大切な仲間達を守るため、勇敢に戦いました。私はちゃんと見ていましたよ。

仲間の命を救うために勇気を振り絞って立ち向かって行った貴方を。

強大な敵を相手に困難な状況でも決して諦めなかった貴方を。

敵の攻撃で激痛に苛まれる程のダメージを負っても不屈の闘志で立ち上がった貴方を。

そんな貴方の苦境に私はただ、見守ることしかできませんでした。けれど、外で見ていた分きっと貴方より私は知っています。貴方がどんなに素晴らしい人なのか。」

 

 頬が熱くなる。え?何この人。俺のこと好きなの?初対面でいきなりこんなにも熱っぽく褒め称えてくるなんて俺に気があるとしか思えないんですけど?いやー、困るわー。死後にやってくるモテ期とか困るわー。

 

 女神様の掌は柔らかく、温かかった。荒んだ心が浄化されていくように俺は自分を取り戻していく。

 そのスベスベの指を絡ませてこっそり恋人繋ぎを試みてしまうぐらいには精神的に余裕ができていた。

 

 そうだよな。俺頑張ったよな。超頑張ってたよな。街の冒険者達がビビっちゃってる中、元引きこもりの俺が一番輝いていたよな。一度負けたからってなんであんな卑屈になってたんだろう?馬鹿みてぇ。

 きっと、走馬灯で色々と黒歴史を眺めたせいで自信喪失気味だったんだ。

 こんな素晴らしい女の子に手を握ってもらえる俺はきっと気づかない間に冴えないジミ面からイケてる男に成長したに違いない。

 

 「自分に誇りを持ってください。貴方は勇敢で、とても強い人。そして、貴方のように勇気ある者のことを人々はこう称えるのです――――」

 

 もう褒め殺しだなエリスさま。俺をどうしたいの?貢がせたいの?今、貯金は100万エリスしかないんだけどなぁ。しょうがないなぁ・・・

 

 「――――“勇者”と。」

 

 真顔だった。

 

 「ブフッ・・!」

 

 失礼だとは思いながらも、可笑しくてつい吹き出してしまった。

 ごめんエリス様。でも勇者はない。いくらなんでも勇者はない。

 俺が勇者とか似合わな過ぎる。

 

 「え、ちょ、なんで笑うんですか!?」

 

 顔を背けてプルプルと笑いを堪えている俺を驚愕の顔で、カァと耳まで紅潮させるエリス様。

 

 「な、なにか私、おかしいこと言いました!?」

 

 「い、いえ・・・口元にご飯粒が・・・」

 

 苦し紛れについ適当なことを口走ってしまう。それを素直に信じた純粋なエリス様は茹で蛸のように顔を真っ赤にさせ、バッと俺の手を離して後ろを向く。そしてどこからか手鏡を出現させ、口元を確認する。

 ゴシゴシと指先で口元を擦るようにしているが、指摘された物が見つからないのか首を傾げている。

 数秒後、ハッとしたようにピクリと身を震わせ、朱い顔のままこちらを睨む。

 

 「私ご飯なんて食べていません!朝はいつもパンですっ!!」

 

 やだ、この女神様アホ可愛い・・!

 

 ゲラゲラと笑い転げる俺を見て、こんな扱い初めてだとでも言うように唖然とするエリス様だった。

 

 

 「・・・落ち着きましたか・・・」

 

 随分長い間、笑ってしまった。

 その間、「エリス様アホかわ~」とか「エリスたん萌えー」とか言って散々煽ったものだから流石のエリスさまも激おこだった。青筋を立ててムスっとした顔で拗ねている。

 

 「いや~、お見苦しい所をお見せして申し訳ないッス」

 

 「ええ・・本当に・・・。貴方を勇者とか言ったことを取り消しますね。不良がたまに良いことをしたら物凄い善人に見えてしまう現象に陥ってしまっていたようです。貴方が女の子を全裸に剥いてニヤニヤ笑っているような人間だということを忘れていましたよ。」

 

 え?なんでそれ知ってんの?もう、普段から俺のことどんだけ見てんのよ~。ちょっとストーカーっぽくて怖いがエリス様なら許せる。

 

 「ハァ・・・それでは、大分時間が押しているので貴方の転生先についてお話しますね。ええと・・・」

 

 「ちょっと待った。エリスたん。」

 

 「はい、なんでしょう?・・・あとエリスたんという言い方は至急改めてください。これでも女神としての威厳というものがあるのです。」

 

 あれ?もしかしてエリス様の好感度が下がってる?なんだか冷たい気がするんだが・・・・まぁいいや、気のせいだろう。

 

 「どうにかならないかな?」

 

 「えっ?・・・・エリスたんというのは私も恥ずかしいので・・・せめてエリスちゃんとかなら・・・」

 

 「いや、そっちじゃなくて。俺の転生の話だよ。」

 

 「あ、ああ。そっち。・・・え、あの、どうにか、とは?」

 

 「ぶっちゃけ、生き返りたい!」

 

 「え、えーと、それは・・・」

 

 「いや、何もエリス様に生き返らせてって頼むつもりはないよ?ちょっと図々しい無茶ぶりだと思うし。ただ、ウチのパーティには死者蘇生とか簡単にやりそうな規格外がいるんだよ。アクアとか、ナルト師匠とかさ。だから少しだけ時間をくれるだけでいいんだ。

 転生の話は一端保留にして、俺の魂をどうか少しだけここにおいてください!お願いします!」

 

 頭を深く下げる俺に、エリス様は目を瞑り、憂いを帯びた表情で申し訳なさそうに答える。

 

 「ごめんなさい。それは、できません。」

 

 「えっ」

 

 「貴方は一度、生き返っています。ですので天界規制により、これ以上の蘇生はできないことになってるんです。」

 

 そういえば、アクアが天界には色々と面倒くさい法律があるとか言っていたな。「ま、私はそんなの守らないけどね!大人が決めたルールなんてクソ食らえよ!」とか言って中指を突き立てていたが。

 そんなアクアと違ってエリスは見た目通りの真面目ちゃんだからルールとかはきっと厳守するタイプだろう。

 

 困ったな。エリスたんに励まされてなんだか元気が出たから前向きに考えていたのに。

 なんとか蘇生してもらってベルディアと再戦する気満々だったんだが。

 呪いを受けためぐみんも心配だしな。つーかヤバくね?タイムリミット過ぎてね?死んだ俺が言うのもなんだけど大丈夫なのか?

 

 というか・・・

 

 「あ!そうだよ!俺が死んだ後、どうなったんだ!?ちょっ、みんなは無事なんですか!?」

 

 今更だが、下界の戦況がどうなっているのか何も聞かされていないことに気づいて慌てる。

 師匠とクラマもいることだし、さすがに皆仲良く天界に召される事態にはならないとは思うが、無残に殺されたアクセル街の第一犠牲者の俺としては、どうしても心配だった。

 

 俺の問い詰めるような質問に対してエリス様は顔を曇らせて苦悩するように眉根を寄せる。

 

 「そ、それが・・・私にもわからないんです。」

 

 「は?」

 

 え、わからないって何?さっきまで見てたんじゃないの?俺のことをガン見していたって言ってたじゃないか。 アクセル街が滅びるかどうかの瀬戸際だよ?今が一番重要なところだよ?なんでわかんないの?それはちょっとないわー・・・

 アクアのようにエリス様も駄女神認定してしまいそうになっていると、俺の冷たい視線に気がついたのかエリス様は申し訳なさそうに説明する。

 

「う・・・貴方の魂を天界に迎えた時、突然何者かの妨害に合い、下界を見通すことができなくなってしまったんです。ですから、現在の下界の状況は何も・・・・すいません。・・あ、決して貴方を転生させるために嘘をついているわけじゃないんですよ!信じてください。女神は嘘はつきません!」

 

 別に疑っいるわけじゃないのに必死に弁明するエリス様。まぁ確かに偶然だとすれば出来すぎているよな。誰が何のためにそんなことをしたのかはわからないが、タイミング的に俺が関係していることは明らかだろう。

 

「それじゃあ、本当に何もわからないのか・・・」

 

「・・・誰かが亡くなったのなら今の私にもわかりますから、街の皆さんが今のところ無事なのは確かです。」

 

 それを聞いてホッと胸をなでおろす。

 

 そうだよな。俺なんかがいなくたって大丈夫だよな?

 腰の引けていた街の冒険者も本当に危ない状況になれば奮起するだろう。そうなれば、弱体化したベルディア相手ならなんとかなるかもしれない。元女神のアクアもいるし多少の怪我なら回復してくれるだろう。

 そして、なにより、あの街には師匠がいる。毒キノコを喰らって調子が悪そうだが、いざとなったらきっとあんな奴に負けたりなんかしない。そう、確信出来るだけの本物の強者としての力を俺は師匠の背中からずっと見てきたんだ。

 

 だから、今頃はきっと戦いも終わってるに違いない。

 

 めぐみんの呪いも解けているだろうし、俺以外誰も死んじゃいない。そして戦死した俺を復活させるためにみんなでなんか伝説の玉、的なものを集めているかもしれない。

 きっとそうだ。もうすぐ俺も向こうにに帰れる。きっとエリス様は止めるだろうが、そしたらアクアは「ルールなんてクソ喰らえ」とでも言って中指を立てながら強引に蘇生させようとしてくれるだろう。そうなればきっと蘇った俺を仲間達は涙ながらに迎えてくれる。そして俺はめぐみんとの約束を守れなかったことにバツの悪さを覚えながらも、ベルディア討伐の報酬で皆でいつもの酒場で乾杯して、朝まで飲み明かすんだ。

 

 そう、だから、俺はもう何もしなくてもいいんだ。

 

 ただ、大人しく待っていれば皆が迎えに来てくれる。

 「こんなところで簡単に死んでんじゃない」とか言って。

 そうすれば、また、あの世界で皆と・・・・・

 

 ―――――――――――でも、もし・・・そうならなかったら?

 

 ヒヤリと、全身に恐ろしく冷たいものが駆け巡るような、悪寒を感じた。

 

 ・・・現状がわからない今、それは俺のただの願望に過ぎなかった。 

 

 「・・・・・・・・」

 

 「和真さん?どうか、しましたか?」

 

 俯いてギュッと拳を握り締める俺を、エリス様は心配そうに伺う。

 

 楽観的に、気楽に、どこまでも前向きに考えようとしても、心に燻る恐怖の火種は消えなかった。

 

 あの恐ろしく鋭利な大剣にこの身が断ち切られた時のことを忘れられない。

 熱くて、寒くて、心臓が煩くて、近づいてくる死を感じながらも逃げることができず、動かない身体は溢れ出す血に濡れるしかなかった。

 

 その死の感覚が刻み込まれたように消えない。

 

 だから、容易に想像できた。

 

 ――――――大切な仲間達が俺と同じように斬殺される光景を。

 

 アクアが、めぐみんが、ダクネスが、クラマが、そして最強と信じる師匠でさえも。血を垂れ流し、虚ろな亡骸となった姿が脳裏をよぎる。

 

 それはもう理屈じゃない。その可能性が極僅かでもあるだけで俺は仲間が死ぬかもしれない恐怖に身を焦がして、いてもたってもいられなくなった。

 俺の知らないところで傷ついているかもしれない仲間達を想うと、胸が締め付けられるように痛んだ。

 

 しかし、それと同時に手痛い敗北によって萎縮した勇気が蘇って来た。

 

 己の肉体と一緒にベルディアに切り伏せられたはずの闘志に再び火が灯る。

 めぐみんを守ると決めた時に感じた湧き上がるような力が静かに脈動して、

 仲間を守りたいという意思が胸の中で固く、固く、硬質になっていくのがわかる。

 

 俺がもし戦いに戻れたとしても、何かが変わるかはわからない。

 また簡単に斬られて死ぬだけかもしれない。

 ベルディアは強い。水によって弱体化させてもきっと俺なんかが適う相手ではないだろう。

 俺は物語の主人公ではないんだ。どんなに確固たる決意で挑んでも届かないこともある。それをさっきの死で思い知った。

 

 だが、それでも俺は・・・・みんなの元に戻りたい。

 

 皆を守って戦いたい!

 

 こんなところで呑気に死んでるわけにはいかないんだ! 

 

 拳を痛いほど強く握り締め、激情のまま、強く願う。

 

 するとその強い感情に共鳴するかのように突然、腹部から燃え盛る炎のような力強い熱を感じた。

 何事かと思い衣服をめくってみるとナルト師匠の刻んだ太陽の術印が緋色に光り輝いている。

 

 盃の術。

 

 師匠と繋がり、チャクラを共有するための刻印。肉体的な死に伴い、当然のように消失したと思い込んでいたそれは、希望を象徴するかのように燦然と輝いていた。

 

 そこから温かい師匠のチャクラが流れ込んでくる。

 それは励ますように優しく、師匠の想いを乗せて浸透していく。

 

 師匠の与えてくれるチャクラは時に言葉よりも雄弁にこちらへ語りかけてくる。

 師匠の想いを感じ取った俺は、思わず笑みを浮かべる。

 

 師匠は無残に敗北した俺にこう言っているのだ。

 

「まだ、やれるな?」と。

 

 不甲斐ない弟子である俺を心から信じてくれている。

 それが、嬉しくて仕方がなかった。

 

 その期待を絶対に裏切りたくはないと思った。

 

 「和真さん?本当にどうしたので・・・・きゃっ!」

 

 強い決意を込めてチャクラを練り上げる。

 その瞬間、荒々しいチャクラが爆発を起こしたように勢いよく噴き上がり、神殿を震撼させた。

 

 「な、なんてでたらめな、魔力・・・! 和真さん!貴方は一体なにをするつもりなんですか!?」

 

 エリス様は突如吹き荒れた、チャクラの暴風に髪をグシャグシャにさせながら、それに負けないような大きな声で言う。その姿はまるで台風の真っ只中でテレビ中継をするアナウンサーのようだ。

 

 「エリス様!悪いけど俺、あっちに戻るよ!」

 

 「え!?」

 

 「向こうに戻ることができる方法がわかったんだ!」

 

 師匠の盃の術によるリンクが途絶えていないのなら、向こうの俺の肉体がまだ完全には死んでいない可能性があった。

 生命エネルギーであるチャクラが俺の亡骸にまだ僅かでも残っているなら、ここにいる魂である俺がチャクラを注ぎ込めば、きっと蘇生できる!・・・かもしれない。

 

 正直、チャクラのことなんて師匠に軽い説明を受けただけだし、深い理解なんてない。魂とか蘇生云々も死んだことがないわけだから完全な未知の領域。戻れる根拠なんてなにもなかった。

 ただ漠然と、なんか根性を出せば帰れるんじゃね?と脳筋みたいなことを思ったから実行しているに過ぎない。

 

 しかし、それでも俺はこの微かな希望にしがみつく。

 

 絶対にアイツ等の元へ帰るんだ!!

 

 「はああああああああ!!!戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ!!!!」

 

 気合を込めた雄叫びを上げる。師匠のチャクラを未だかつてないほど大量に引き出す。神殿が大きく揺れ、座っていた豪奢な椅子が大きな音をたてて倒れた。

 

 まだだ!きっとまだ足りない!もっと!もっと!もっと熱くなれ!心を燃やせ!魂を燃焼させろ!チャクラを爆発させるんだ!

 まだまだ俺はやれる!あの地獄の日々を思い出すんだ!毎日、毎日パンツ一丁のマッチョなオッサンに追い掛け回されていた修行時代を!筋肉に抱きしめられる苦しみを!千年殺しの苦痛を!思い出せ!あの頃は体力が限界を超えても走り続けることができたはずだ!今こそあの底力を出す時だ!

 あの容赦なく迫り来る筋肉の地獄絵図を俺は乗り越えてきたんだ!

 あの恐怖と絶望を思えば、死ぬことがなんだ!ベルディアがなんだ!全然大したことねぇぞ!!

 

 膨れ上がるチャクラに比例して神殿の被害も増していく。

 ついには天井の大きなシャンデリアが一つが落ちてきて、純白の床石に強く叩きつけられた。

 

 「ひぃっ・・・や、やめてください!私の職場が壊れちゃう!お願いですからもうやめて!」

 

 「ごめんエリス様!あともうちょい!あともう少しでいける気がするから!」

 

 「む、無理ですよ!現世への門がそんな力づくで開くわけが・・・ってあれ?うそ、和真さんの体が薄くなってる!?」

 

 あと一息だ。もう少しで帰れる。

 

 だがそれは、決して簡単ではなかった。

 

 限界以上にチャクラを練り上げた魂が悲鳴を上げている。

 薄くなって実体をなくしていく体が、バラバラになりそうなほどの苦痛に襲われる。

 死者蘇生は想像以上に困難だ。死んでからもこんな痛い思いをするとは思わなかった。

 多分無理をしすぎると、今の俺でもタダでは済まない。

 魂そのものが消滅することの意味は、なんとなく想像がついた。

 

 それでも、俺は止まるわけには行かなかった。

 

 仲間たちの顔が次々に浮かび上がり、俺の心は一つの願いで満たされる。

 

 

 

 『俺が昔、ある人物に教わった言葉だ。今はピンと来なくても、近いうちお前も絶対に実感する時が来るってばよ。』

 

 師匠が修行時代に言っていた事を思い出す。

 その時は、少しだけ疑っていた。

 そんなのただの根性論だと生意気を言っていた俺をどうか許してください。

 今なら俺も、師匠の言っていたことが分かります。

 

 『人は・・・大切な何かを守りたいと思ったときに本当に強くなれるものなんだってばよ』

 

 

 ―――――俺は、あいつらを死なせたくない!

 

 

 「も、ど、れぇええええええええええええええ!!!

 

 体を駆け巡る激痛を無視して、更に術印からチャクラを引き上げる。

 すると、意識の奥深くに白い扉があらわれる。

 

 それが眩い光と共に、勢いよく開かれた。

 

 「え?・・き、消えたっ!?ど、どこ行っちゃったの和真さん・・そんな・・ま、まさか・・」

 

 和真が消えた神殿の中でエリスは目を見開いて呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 あ、カズマが斬られた。

 

 あの雷属性のカッコイイ必殺技が炸裂すると思っていたら、いつの間にかカズマの方がバッサリと斬られていた。

 

 ・・・あれは死んだわね。と、冷静に思う。

 

 他の皆は目の前の惨劇が信じられないのか、時間が止まったように体を硬直させている。

 

 私?私はそりゃあ冷静そのものですよ。

 こう見えても長いこと人の転生に携わって来た女神さまですからね。人が死ぬ光景なんてたくさん見てきたし、常人よりだいぶグロ耐性がある。

 それに、私の力ならあんな状態からでも魔法で肉体の損傷を綺麗に治してから蘇生させることなんて楽勝ですからね。この私がいればこんな状況、悲劇でもなんでもないのよ。そう、なにも慌てることはないわ。余裕余裕。  きっと今から数分後にはもうカズマは復活していて、命の恩人である私を盛大に褒め称えているはず。そんな未来は決まりきっているんだから、そんな深刻になることはないのよ。心配したって絶対に徒労に終わるんだから。

 そうね、時間的にはまだ全然余裕があるし、あのクソアンデッドがカズマから離れて他の誰かと戦っている時にでもこっそり近づいて安全に治しましょう。うん、私って頭いい!そうしましょう。

 

 「・・・うあああああああああっっ!!」

 

 と、冷静に考えていたはずなのに、いつの間にか足が地を強く蹴り上げて、私はカズマの方に向って全力で走り出していた。口からはいつもの上品な私とは思えない絶叫が上がる。

 

 あれ?・・・おかしいわね。なんで私走ってんだろう?まだ、倒れているカズマの近くにはベルディアがいるのに。こんなの絶対にうまくいくわけないわ。途中で邪魔をされることなんて目に見えているもの。それなのになんで私は馬鹿みたいに走ってんの?叫び声なんて上げてるの?なにこれ怖っ。まさかカズマさんの呪い?もうやめてよね後で蘇らせてあげるんだから大人しくしていてよ。私が死んだら誰があんたを治すのよ? この女神アクア様は見た目通り、か弱い女の子でボス敵に単身で突っ込むような武闘派アークプリーストしゃないのよ?

 

 「かずまあああああああっ!!」

 

 カズマに向って爆走する私の前に立ちふさがるベルディア。

 それを無視して通り過ぎようとする私の美しい髪をベルディアは乱暴に掴んで引き寄せる。

 ほら、案の定捕まってしまった。

 

 「もう無駄だ・・・・あの小僧はもう、死んでいる。」

 

 痛っ!すっごく痛いんですけど!さっきの暴言といい、コイツ絶対私のこと女の子として扱ってない。

 あ痛たたたた!!毛根がミチミチいってるんですけど!なんでこの足は髪の毛掴まれてるのに前に進もうとしているの?痛い!

 

 「もう、止めろ。すぐにあの小僧の後を追わせてやる・・」

 

 ふん、仲間の死に泣き叫ぶただの哀れな女だと思ったら大間違いよ。これはただアンタを油断させるための演技。

 私はいたって冷静そのもの。今、作戦通り渾身の水魔法と浄化魔法のコンボを喰らわせてやるんだから!

 

 「ん、ぐぅっ・・・放し、なさいよっ、放してっっ、放せぇぇええええええええ!!!」

 

 ベルディアに頭髪を掴まれながら這い蹲りあいつに手を伸ばす。私はただ我武者羅にたどり着こうとしていた。目の前で血塗れになって倒れているカズマの元へ。

 

 

 ・・・はい、嘘です。冷静とか演技とかそんなの嘘ですがそれがなにか?

 女神だって天使じゃないんだから嘘ぐらいつくわよ。

 

 私だって普段カズマから散々言われているほど馬鹿じゃない。こんな行動が無謀なことぐらいわかってる。

 普段、「仲間のピンチにどういう行動をとるか」という妄想をめぐみんと一緒に考えていたわけだから、その想像の中の私のように知的で格好良くかつエレガントに救出してみせたいとは思う。

 

 でも実際にそうなると全然違った。

 

 理屈じゃない。

 

 血塗れのカズマを目にしただけで、他の考えなんて吹っ飛んで、ただ近づいてカズマを治す以外の行動が取れなくなった。

 

 カズマのあんな姿はもう一秒だって見ていたくなかった。

 

 「・・・許せとは言わない。恨んでくれていい。だが・・・それでも、俺は・・・」

 

 覚悟を決めたようなベルディアの声が上から降ってくる。

 

 あ、私も斬られる。

 

 と僅かに残った私の冷静な部分が判断するけど、それでも私はカズマから目をそらさず、往生際が悪く手を伸ばし続けた。

 

 だから、それにベルディアは気づかずに、私だけが気づいた。

 

 「・・・え?」

 

 私だけが目にした。信じられない光景を。

 

 ザクッ、とベルディアの腕の関節部分に真っ直ぐに飛んである物が突き刺さった。

 

 「なんだ・・」 

 

 それは忍者がよく使うナイフのような刃物。カズマが「カッケェー」と言って嬉しそうに振り回していた、あれだ。それに淡く点滅するお札が巻きついていた。

 

 それを見て私はスタートの合図を待つリレー走者のように足に力を込めて走り出す準備をする。

 

 次の瞬間、ベルディアの腕に突き刺さっていたクナイが爆発を起こした。

 

 近くで起きた爆発音で耳がキーンとするけれど、ベルディアの手から解放された私は構わず走る。

 

 いつもの優美な私には考えられないくらい見苦しくて余裕のない走り方。

 でも今だけは、女神として美しく崇拝される自分を忘れる。

 今の私はただのアクア。カズマの仲間の健気に頑張るアークプリースト。

 だから、引くほど泣いてもいいよね?

 

「かずまぁああああああ!!!」

 

 走りながら涙が溢れ出る。

 

 カズマが立っていた。

 

 蒼白な顔で血を垂れ流し、斬られたお腹から臓物をはみ出させながらも、立ち上がって、私を助けてくれた。

 

 信じられなかった。だって絶対に助からない傷だと一目でわかる。

 それほどの深い傷を負っているのに、カズマの目は死人のそれとは真逆のものだった。

 それは、炎のように揺らめく、戦う者の瞳。

 

 「ば、馬鹿な!貴様、なぜ・・・」

 

 ベルディアは信じられない者を見るような顔で呆然としている。

 それをカズマは眉間に皺を寄せてヤクザのような恐ろしい眼光で睨みつけた。

 

 「てめぇ・・・ウチのアホ女神に何してくれてんだよ・・・」

 

 底冷えするような声が静かに響く。その満身創痍の体からは目を見張るほどの魔力が湧き上がっている。

 

 あれ?もしかしてなんか怒ってる?

 

 震える手で、ゆっくりと、忍者特有の“印”といわれるものを結ぶ。

 

 カズマと目が合い、「どいていろ」と言われた気がしたので、抱きつきたい衝動をなんとか寸前で堪えて、仕方なくカズマの背に回る。

 

 あれー・・ここは涙ながらに抱き合うところじゃない?奇跡の生還よ?九死に一生よ?映画だったら泣かせるBGMが流れるところよ?なんか・・・なんかなー・・・。そういう場合じゃないってわかるけどさー。

 私のこの抱きつきたい衝動はどうすればいいの?

 

「火遁・大玉豪火球の術!!」

 

 カズマの口から放たれる特大の炎の玉。地面を焦がしながら直進する灼熱の炎はドラゴンのブレスを思わせるほど強大だった。

 

 ベルディアは回避が間に合わないと判断したのか、咄嗟に大剣を盾のようにして防ごうとする。

 しかしベルディアに衝突した激しい豪炎は、直撃した途端、弾けておおきく広がり、ベルディアを呑み込んだ。

 

 「がああああああああああ!!!」

 

 炎の中からベルディアの怨霊の断末魔のような、おどろおどろしい絶叫が響き渡る。

 

 しかし、勝利を確信する前に、ガシャン、ガシャンと鉄靴を大きく踏み鳴らす音が聞こえてくる。

 

 炎に包まれたベルディアが燃え上がる業火の中から姿を現す。

 

 「ハァハァ・・なんなのだ貴様は・・・なぜ、生きている?」

 

 鎧を焼け焦がし荒い息を吐きながらベルディアは不可解なモノを目の当たりにしたように若干の恐れを込めてカズマにそう問いかける。

 

 「そうだなぁ、ちょっと中二っぽい言い回しにはなるんだが・・・」

 

 死人のような青白い顔に不敵な笑みが浮かぶ。

 

 「あの世から舞い戻ってきたんだよ・・・・お前を倒すためにな!」

 

 確固たる信念を宿らせる真剣な眼差し。その姿はそこらの中二病とは一線を画する本物っぽさがあった。

 

 

 やだ・・カズマさん格好良い。

 

 

 ・・・・・ん?

 

 ・・・・あの世から戻ってきた?

 

 それって・・・いえ、そんなまさか・・・

 

 そんなわけないと思いながらも、カズマの姿を凝視する。

 

 青白い顔。おびただしい血。飛び出るフレッシュなハラワタ。本当なら死んでいる傷。なのになぜか生きてる。そして蘇った後のパワーアップ。

 

 あわわわわ、条件がピッタシ一致するわ!

 

 そんな・・・なんてことなのカズマは・・・

 

 「カズマぁ!あなたアンデッドになっちゃったの!?」

 

 「違うわいっ!!このアホめがみ・・・・ゴハァっ!・・・」

 

 「か、カズマーーーーーッ!?」

 

 激しいツッコミにより肉体の限界を超え、吐血するカズマ。

 

 あ、あら?・・・もしかして私、やっちゃった?・・・

 

 

 

 

 

 




いやー予想外に長くなってしまった・・・

本来は次回のと合わせて一本の話だったんですが、思ったより膨らんでしまったので分割することになりました。
と言っても次話は今から書き始めるんですけどね(笑)

気になる部分やツッコミどころのある所は次回である程度は解消されると思います。

なるべくお待たせしないように頑張りますね。

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