直視したくない現実が目の前にあった。
だから、ボンヤリと遠い目で、
娘のヒマワリが生まれた日を思い出すことにした。
あれはそう、暖かな春の日だった。
その日は桜が芽吹き始めた並木道をヒナタと赤ん坊のボルトを連れて散歩をしていた。
近いうちにお花見をしようとヒナタと笑いながら計画を立てていた時、まるで自分も参加したいと強く主張するようにヒナタが急に産気づいたのだった。
その当時はまだ飛雷神の術を習得していなかったものだからひどく慌てた。
パニクって巨体モードの九喇嘛まで呼出して病院に急行したものだから里中大騒動になってしまい、勘違いした里の忍び達が「ナルトに続け!」と言って必死に付いてきたのだが、着いた先が病院の産婦人科だと知ると皆一様にポカンとしていた。
後で六代目火影であるカカシ先生に大目玉をくらうのだけども、まぁその話はいい。
重要なのはヒマワリちゃんの誕生の瞬間だ。
ボルトを抱えて忙しなくウロウロしていた俺の耳に愛する娘の産声が聞こえてきた瞬間、俺の胸の奥は歓喜で満ち溢れ、病院の廊下を踏み壊す程の速度で妻と娘の元へ駆けた。
そこで幸福そうに微笑む妻に抱かれた天使のような娘に目を奪われ、締りのない顔でデレデレとしつつ、様々な想いが頭を心地よく巡った。絶対に幸せにする、とか。俺のような寂しい思いは死んでもさせない、とか。もし反抗期が来たら俺は死ぬんじゃないかな、とか。この娘を傷つける野郎がいたら死なす、とか。一瞬で色々考えたわけだけども、結論としては絶対に嫁にはやらん。こんなに可愛いし多分男が放って置かないだろうがどこの馬の骨ともわからない輩に俺の天使は絶対にやらん。そう思っていた。
「お義父さん!どうか、娘さんを僕にください!」
正座の体勢から頭を深々と下げて、言う誠実そうな男。
頭が真っ白になる。
こういう時が、いつかは来るとは覚悟していた。成人を迎えた娘はとても可憐に成長したし、共に里を歩けばヒマワリを目で追うデレデレとした締りのない男共の顔が目に付いたものだ。
こうなる日も恐らく近いだろうと、何度も自分の中でシュミレーションしていた。
想像の中では何度も人の娘に手を出した馬の骨に螺旋丸をぶち込んでいたが、現実となれば娘の幸せのために涙を飲んで耐え忍ぶこともできるだろうと思っていた。
だが、しかし・・・・・・・
「な、な、なに言ってんだってばよ・・・・冗談は止めろよな・・・笑えないってばよ・・――――我愛羅・・」
娘が父と同い年の、しかも長年の親友を結婚相手として連れてくるのは、さすがに想定外すぎるってばよ・・・
「そ、それで?・・・どうしたの?」
「そんなもん、速攻で螺旋丸ぶちこんだに決まってるってばよ!」
顔を引きつらせるサクラちゃんのグラスに俺は苦い顔でビールを注ぐ。
ここはとある居酒屋。
頭を下げ続ける我愛羅の顔面を蹴り上げ、そのまま起き上がった腹に螺旋丸をぶち当てた俺は「このロリコン野郎が!」という捨て台詞を残して飛雷神でうちは家に飛んだ。
ちょうど娘のサラダが外泊をするらしいのでサスケとサクラちゃんを引き連れていつも馴染みの居酒屋にやってきたのだった。
「ちょっと・・少しは話を聞いてあげたほうが・・・」
「いいや、よくやった!そうでなければ父親とは呼べん!」
サクラちゃんはあくまで冷静に諭そうとしてくるが、サスケのやつは上機嫌に俺を称えてくれる。
熱燗を美味そうに煽ってカァッと溜め息を吐く。
「もし俺だったら今度こそ千鳥であの砂タヌキの腹にカズ穴をあけているな。友の娘に手を出すってのはそんくらい重罪だ!手塩にかけて育てた娘がよりによって同世代のオヤジにかっさらわれる絶望感といったら!ナルト!お前は徹底的に戦うべきだ!父親として、娘をロリコンダヌキに奪われてはいけない!」
「サスケェ!お前ならわかってくれると思っていたってばよ!」
そうして固い握手を交わす俺達は父親という人種として確かに通じ合っていた。
サスケのお猪口に熱燗を注ぎながら俺は言う。
「だいたい、“娘さんをください”っていう言い回しが気に入らないんだってばよ!」
「わかる!すげぇ、わかる!」
「やらねぇよ!?やるわけねぇだろ!こちとらオメェにやるために娘を大切にしてきたわけじゃねぇんだってばよ!」
「だよなぁ。今なら俺もサクラの親父さんに同じこと言って睨まれた理由がわかるぜ・・・あの時はつい輪廻写輪眼で睨み返しちまったが・・・それでも震えながら睨むのを止めない親父さんに今は同じ父親として尊敬の念を覚える・・・」
「ちょっ、あんたお父さんにそんなことしたの!あの後ひっそりとお父さんが泣いていたのはそんな裏があったの!?」
鰹のタタキを美味しそうにつまむサスケの肩を揺するサクラちゃん。
「そういやぁ、俺もヒナタを嫁に貰う時、“これから先ヒナタを絶対に幸せにしてみせます”とか言っちゃってヒアシのお義父ちゃんに睨まれたってばよ・・・」
「ああ~、それはダメだな父親的に」
「え?ダメなの?私は良いと思うけど・・・」
「幸せにするって宣言自体がアウトなんだってばよ・・・それじゃぁ、今まで娘は幸せじゃなかったのかと、父親的なプライドが刺激されるんだってばよ・・・」
「なんか、面倒くさいわね父親心・・・」
厚焼き玉子をつまみながらサクラちゃんが呆れたように言う。
「だったらどんな挨拶なら良いのよ?」
「う~ん・・・そうだなぁ・・・」
「ベストな回答なんてない。何を言っても難癖つけたいと思っちまうからな・・・男は嫁の父親に睨まれるしかないだろう。それが義務みたいなものだ。」
「そうだなぁ・・あの時、我愛羅が何を言ったとしても俺は螺旋丸でぶっ飛ばしていたと思うってばよ」
「おっかないお義父さんね・・・まぁ、相手があの我愛羅だからそこまで心配はしていないけど。」
「あの野郎、生意気にも砂でガードしやがって・・・・ブチ抜いてやったけど軽傷だろうな・・・今度は全力で殺ってやろうかな・・・」
「ヤッちまえ、ヤッちまえ、なんなら螺旋手裏剣で狸のハンバーグにしてやれ」
「へへへへ・・お前ならわかってくれると思ってたってばよ心の友よ!」
「殺るな!そんで、あんたも煽るな!ナルトはまだ現役の火影なのよ!里同士の問題に発展したらどうするの!?」
拳を合わせて陽気に笑い合う俺たちを叱りつけるサクラちゃん。相変わらず固いなぁサクラちゃん。
他里の長をぶっ飛ばしたくらいで今の世の平和は揺るがないってばよ。
この前、開催した五カ国対抗五影大運動会も超盛り上がったし。
「まぁまぁ、サクラちゃん、そうピリピリしないで・・・もしもの時は“ゴッドハンド”と名高いサクラちゃんの医療忍術で治してくれってばよ。」
「治せるっていっても限度があるのよ。限度が。今のあんたの凶悪な忍術の数々はこの人から色々と聞いて知ってるんだからね。気をつけなさいよ、ホント・・・」
「うんうん、分かっているってばよう。・・・・おねぇさーん!“千年殺し”の熱燗と冷酒を追加で!
サクラちゃんはまだビール?」
「あー、うーん・・ウーロンハイに切り替えるわ。あとポテトサラダと軟骨唐揚げね。」
「あ、俺はホッケが食いたい。それとおにぎりだな。おかかで」
「え?サスケもう締めに入るのか?」
「俺は米を食ってからが本番なんだよ。最後の締めはバニラアイスに決まっているだろうが。」
「あれ?・・お前たしか・・甘いもん苦手じゃなかったっけ?」
「歳を取ったら味覚だって変わるんだよ。今でも油っこいラーメンが好物のお前には解らんだろうがな」
「ホントにね。早死するから食生活を改めたほうがいいわよ。この前なんて一楽の大食いチャレンジで巨大ラーメンを完食したらしいじゃない。ヒナタから聞いたわ。」
「ああー・・・あれからしばらくの間は流石の俺もラーメンは食いたくなくなったなぁ・・・」
「今度一度、健康診断に行ってきなさいよ。血液検査とかで引っかかりそうよ、あんた。」
「ククク・・サクラはナルトの母ちゃんみてぇだな・・・」
「かあちゃーん、病院は勘弁してくれってばよー」
「誰が母ちゃんよ。ぶっ飛ばすわよ」
夜が更けていく。
飲み放題なのをいいことにサクラちゃんが元を取るとかケチくさいことを言って、それから散々酒を飲まされた。
酔いが回ってきたのか二人共顔を紅潮させている。多分俺も似たような顔をしているだろう。
ああ、いい気分だ。
「聞いてくれよナルトォ・・・」
「どうしたのよサスケさんよう」
十二杯目の熱燗を飲み干してサスケが項垂れる。
どうした木の葉の抱かれたい男ナンバーワン忍者。すっかりダメな中年オヤジになっちゃって。
「ウチのサラダがさぁ・・・最近、外泊が多いみたいでさぁ・・・」
「ああー・・まぁあれくらいの年頃なら仕方ないってばよ・・・ウチのボルトも最近やけに泊まりが多いし」
「あいつは単にダチとゲーム大会でも開いて遊んでいるだけだろうがー。ウチのサラダちゃんは女の子ですからねー、色々と心配なわけですよ・・・」
「そうだなぁー。あの子も随分と美人に成長したしなぁ。男とか放っておかなそうだってばよ」
「男!?男の家に外泊してるってのか!」
「いや、ただの例え話だってばよ・・」
「もし嫁入り前の娘を家に連れ込んでよろしくやってんだとしたら、その男ただじゃおかねぇ!!スサノオで家ごと切り刻んでやる!!」
「おう!その通りだ!!その時は俺も協力するからいつでも呼んでくれってばよ!」
「おお!心の友よ!!その時はあの合体忍法でこの世から消滅させてやろう!約束だ!」
「ああ!」
「・・・・・ナルト、アンタ自分の息子を死なせたいの?・・・・」
「ん?どういうことだってばよ?」
「あー・・なんでもないわ、うん。・・・頑張れボルト。私は応援してるから・・・」
サクラちゃんがボソボソと何か呟いているが、なんだろう?酔っ払ったのかな?
そうして三人でサラダの架空彼氏の抹殺計画を進めていると、
「あ、やっぱりここにいた」
暖簾をくぐって困ったように笑いながら近づいてくる清楚な和風美人。好みのタイプだ。
「デヘヘへへ・・・随分なべっぴんさんがやってきたってばよ。こっちで俺達といいことしようってばよ・・」
「いけません、私には愛する夫がいますので」
「少しくらいいいじゃな~~い・・良いからこっちに来るってばよ!」
「そんな・・離して・・止めてください・・」
手を掴んで引き寄せるとまんざらでもない顔で頬を染めて俺の腕に収まる美人。柔らけぇ。
「てめぇ!、人の妻になにやってんだってばよ!その薄汚ぇ手を離しやがれい!」
「あ、あなた!」
「・・・なにこの茶番・・・・ナルト、あんた影分身まで出してなにやってんのよ・・」
「こら、サクラ、止めるのが速い。これからどう修羅場が展開していくのか見ものだったのに。」
チッ・・いいところだったのに・・・サクラちゃんのせいで冷めちまった。
夫役の影分身を消して腕の中の妻を抱きしめる。いい匂いだ。
「夫婦円満の秘訣はこういうちょっとした刺激だってばよ。しかし、ヒナタも随分とノリが良くなったよな。」
「あ、あなたが毎回ああゆう無茶ぶりをするから・・・・もうすっかり慣れちゃったよ。」
見つめ合って笑い合う俺とヒナタ。こういう場所じゃなかったら口づけの一つでもしていたところだ。
「あんた達はいくつになっても、もう・・・イチャイチャしてんじゃないわよ全く・・・」
サクラちゃんが羨ましそうにこちらを眺めたあと、チラリと隣のサスケを期待して盗み見るが、その夫はホッケの開きに舌鼓を打って一人幸せそうにしていた。
ガックリと項垂れるサクラちゃん。しかし彼女は知らないだろう。その様子をニヤニヤしながら見ているドSなサスケのの表情を。
それからヒナタが加わってダラダラと楽しく飲んでいたのだけど・・・やっぱりどうしても気になることがあるわけで・・・
「それで・・・・その・・あの後はどうなったってばよ?」
俺が控えめにそう切り出すと、梅酒を美味しそうにチビチビ飲んでいたヒナタがニッコリと笑っていう。
「ヒマワリは今日は我愛羅さんの所に泊めてもらうって」
「なん・・・だと・・」
地爆天星級の衝撃が俺を襲う。男の家にお泊り!?嫁入り前の娘が!?
「嘘だろ・・・・そんな・・・ヒマワリ・・・」
テーブルに突っ伏して呻く。どうしてだろう泣き上戸でもないはずなのに涙が止まらない。
「ナルト君、ナルト君」
俺の頭を優しく撫で上げ、ヒナタが囁く。
「冗談だってばよ♪」
見上げると悪戯っぽく笑うヒナタ。
腹が立つが、クソ・・可愛い。
サスケとサクラちゃんが夫婦揃ってゲラゲラ笑っている。
こいつらには腹立たしい思いしか湧いてこない。
「ヒマワリはちゃんと家にいるよ。特に怒っている感じでもなかったから安心して。あと我愛羅さんがまた近いうちに来るからよろしく伝えてくれって。」
「・・・・・・・・」
また近いうちに来るのかぁ・・・・・
正直、今はあまり顔を合わせたくないんだけど・・・
「ヒナタは結婚に賛成なの?」
サクラちゃんが俺の聞きたかったことを訪ねてくれる。
「うん。私は賛成」
ヒナタはなんでもないふうに頷くとポテトサラダを上品に口に運ぶ。
「なぜだ?年の差は父と娘ほどに離れているし、しかも昔からナルトの友人として付き合いのある相手だ。色々と複雑なんじゃないか?」
サスケが酔いが回ってきたのか赤い顔をしてヒナタに絡む。
「確かに最初は驚いたけど、でも我愛羅さんならヒマワリを任せられるって思ったの。
きっと誠実にあの子のことを愛してくれて、幸せにしてくれるって、そう信じられる人だって私は思う。」
そう言って微笑むヒナタは心から娘の幸福を望む母親の顔をしていた。
・・・・・ああ、そうだ。知っているってばよ。
我愛羅という男は信じるにたる友だ。
孤独の苦しみを知るあいつは絶対にヒマワリに寂しい思いはさせないだろう。
俺はそれを誰よりも、わかってるってばよ・・・
しかし、それでも、どうしても胸のモヤモヤが晴れない。
「いいや!俺は認めないってばよ!」
冷酒を飲み干してグラスをテーブルに叩きつける。そんな俺をヒナタは柔らかく受け止めるように言う。
「うん、それでいいと思うよ」
「え?」
「相手は我愛羅さんだもん。我慢するべきじゃない。納得できないことならぶつかったっていい相手なんだよ。
我愛羅さんなら親友としてきっとあなたを受け止めてくれると思うから・・・」
ヒナタのその言葉を聞いて俺は分かってしまった。
俺は我愛羅だから甘えているんだ。
もし他の男だったら俺はすんなりと受け入れていただろう。
自分の中にある気持ちを押し殺して。
心中では嫁にやるのを嫌だと駄々をこねたいくせに物分りのいいフリをして笑って「こちらこそ娘をどうかよろしく」と言って頭を下げたことだろう。
だって俺は火影だから。里長として俺の発言は重すぎる。
意志の弱いそこらの男なら引いてしまうかもしれないのだ。だから頑固親父としての言葉を飲み込む。
ぶっ飛ばしたい気持ちを我慢する。そうやって忍者として耐え忍ぶしかなかっただろう。
友だから、我愛羅だから俺は正面から反対できるんだ。螺旋丸をブチ込むなんて暴挙はあいつぐらいにしか行えない。
俺は苦笑して静かに冷酒を煽る。
俺は別に娘の幸せを引き裂きたいわけじゃない。
我愛羅からヒマワリを奪い返したいわけでも、本当に心から二人の邪魔がしたいわけでもないのだ。
ただ、簡単に娘を渡したくないだけだ。
娘がどうしても欲しいというのなら――――
「この俺を倒してみせろ・・我愛羅」
尾獣たちはみんな揃って小動物モードで温泉旅行中
投稿前に気づいたクラマの存在・・・