かつての英雄に祝福を!   作:山ぶどう

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第1話 ボケた英雄

昔 妖狐ありけり その狐九つの尾あり 

 

狐 封印されし忍びの童 

 

これと長きに渡り寄り添いていつしか友となりけり

 

新たな厄災 十尾復活せしが 封印の童、忍びの者と成り 

 

妖狐と忍の輩一丸となりてこれを封印せしめる

 

妖狐封印の忍の者四代目火影の子にして 名を七代目火影と申す

 

         

                   ――うずまきナルト忍法帖・序章より抜擢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、先生。火影様って本当にそんなに凄い忍者なの?」

 

 

少女が光を失った瞳で俺に疑問を投げかける。その声はまるで覇気がない。

 

先日、忍者アカデミーに入学したばかりの女の子だ。そんな初歩的な誰もが知っているような疑問もしょうがないだろう。

 

「もちろん。火影様というのはこの葉の里のみならず、他里の忍びや各国の大名によって認められた特別な忍者だ。そうなるには相当の実力と人望が求められ、

生半可なものでは成し遂げられない大きな戦果も必要だ。だから歴代の火影様達は皆それぞれ信じられないような伝説を持っているんだよ。」

 

のどかな昼下がり。毎年恒例の歴代火影様の顔岩の前での家外講習の真っ最中であった。

 

「な、中でも先代の七代目火影様は・・・」

 

「うん、それは私だって知ってるよ。小説のうずまきナルト忍法帖は全巻持ってる。

お芝居だって映画だって見に行った。

正直言うと今日まで大ファンだったし、私はあの人に憧れて忍者を目指したの。

いつかナルトさんを超えるのが 私 の夢だった・・・・。」

 

突然のカミングアウトに私はいたたまれなくなる。

 

今日、一人の少女の夢が終えようとしている。

 

 

クソ、よりによってなんでこんな日に。

 

 

「へっへーん!お前らにこんな事できねぇだろーー!!お前らができねぇことを俺はできる!

俺はスゲェんだってばよ!」

 

 

一人の老人が八代目火影様の顔岩の上で仁王立ちしている。

絵の具がたっぷり入ったバケツと大きな筆を手にしていて、犯行はすでに終わったあとのようだった。

 

顔岩はもう見るも無残な状態で落書きされていた。その落書きがあまりに見事で元々そういうものだったと信じてしまいそうになるくらいであった。

 

 

初代には女らしくメイクを施し「オカマ」と書かれ、

二代目はゲスで卑しい顔にして「卑劣で何が悪い」と大きく書かれている。

三代目はいやらしい猿顔で「鼻血ブー太郎」。

四代目は眉毛を太くして「飛雷神で飛ぶなら女湯に限るぜ」。

五代目は老婆のようなシワとその当時の実年齢が大きく書かれている。

六代目はスルー。

七代目は一番時間をかけた力作なのだろう見事な美青年に変貌していて、大きな字で「イケメン参上」。非常に腹が立つ。

八代目は余り弄らず、「メガネが可愛い」。どういうことだよ。

 

 

老人が筆をビチャビチャ振り回し元気に騒いでいる。

 

「覚えとけ!!俺の名はうずまきナルト!いずれ火影になる男だってばよ!」

 

そんなの皆知ってるよ。知らない奴なんてこの里にいるか。

 

「あれって、七代目ですよね・・・・」

 

少女がとても悲し気な眼で切なそうに呟く。

 

「そ、そんなわけないだろう。あれは、どっかのバカが変化した姿だよ。そうに決まってるだろう。」

 

もう、そういうことにしてしまおう。この私が幼い忍者の夢を守るのだ。

将来の火影候補をこんなところで失ってたまるか。

 

「あれはきっと悪ガキで有名のハヤト君だよ。ほら、七代目のひ孫の・・・」

 

「ちょっとっお義父さん!?何やってるんですか!!!」

 

突然現れた乱入者によって私の奮闘は無駄に終わった。

というかあの人、八代目じゃ・・・・

 

 

 「おー、お前は・・・・・誰だってばよ?・・・」

 

 「サラダですっ!もうほんと何やってるのよお義父さん。」

 

 八代目火影うずまきサラダ。こんなイタズラ騒動にわざわざこの人が迎えに来たのか。

 おいおい、大丈夫なのか木ノ葉の里は。

 

 

 「サラダ・・・・サラダ・・・ラーメンサラダが食べたいってばよう・・・・」

 

 「ええ、今晩作ってあげますから、とりあえずこの落書きを全部綺麗にしてください。はい、モップ」

 

 あの普段は冷徹で鬼のように怖い八代目が随分と優しいものだ。

 

 「えーー?・・・勘弁してくれってばよう、母ちゃん・・・・」

 

 「誰が母ちゃんですか。いい加減しっかりしてくださいよ七代目。」

 

 ああ、言っちゃった。

 

 「・・・・おお、そうだった・・・どうりで・・・随分とイケてる顔岩だと思ったら・・・俺か!」

 

 希望を失って項垂れてる少女の横で私は何も言えなくなった。

 

 そう、あれが今の七代目の現状である。

 

 「俺が七代目火影!うずまきナルトだってばよう!!」

 

 この里には決して口にしてはいけない話題がある。

 

 火影自ら噂が広まらないように勤めている禁句。

 

 しかし、七代目の度重なる奇行により、それが最近には周知の事実になりつつあった。

 

 それは―――

 

 「あの、七代目って・・・・もしかして、ボケてるんですか?」

 

 

 私だってうずまきナルト忍法帖は大好きだ。七代目のことは深く尊敬している。

 

 しかし、英雄だって歳には勝てないのだ。

 

 影分身で掃除に励む、かつての英雄を眺めながら思わずため息がこぼれた。

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

 「こんのクソ親父!!いい歳してなにやってるんだよっ!」

 

 息子のボルトの怒りも生返事で聞き流してラーメンサラダをすするナルト。

 

 今は調子がいいようでちゃんとボルトを息子として認識しているようだ。

 

 「火影の顔岩に落書きとか恥ずかしくないのかよ元火影として!」

 

 「お前だって、昔はよくやっていただろ?」

 

 「それはガキの頃の話じゃねぇか!あんた今いくつだよ!もう98だろうが!?」

 

 「あの頃のお前は可愛かったなーー。俺の気を引こうと必死でよう。

 違法忍具に手を出したりして。

 ・・・その後、中忍試験で反則負けしてやんの・・ぷぷ・・・」

 

 「そのことは、もういいだろ!?」

 

 親子の言い争いを聞きながらワシは味噌汁をぶっ掛けた飯をひたすら喰らう。

 もう少しでわしの大好きなわんにゃんカーニバルが始まる時間なのだ。

 

 早く食ってテレビへ向かわないとハヤトの奴がまたくだらんアニメを見始めるに決まっている。

 それだけは阻止しなければならない。

 

 「クラマちゃん、どうしてお義父さんを止めてくれなかったの?」

 

 ボルトの嫁であるサラダが困ったように笑いながら言う。

 

 「ふん、わしは別にナルトの介護師であるわけでもないだろう。いつまでも付き合ってられるか。」

 

 おやつのチョコケーキに夢中になってたら、いつの間にかいなくなっていたとは言えない。

 

 「そう言わないで助けてあげてよ。あなたとお義父さんは昔からの大切な相棒でしょう?」

 

 それはまぁ、いまさら否定しようとは思わない。あいつがガキの頃から随分長いこと一緒にいた。

 

 別に相棒でもいい。親友でもいい。少しこそばゆいが家族と呼んでも構わないと思う。

 

 しかし、それでも、一番しっくりくる関係を俺たちは今、失っている。

 

 「最後にアイツと共に戦ったのはいつだったか・・・」

 

 「え?」

 

 「いや、なんでもない・・・・」

 

 もう、平和ということに俺達は慣れきってしまった。

 

 同盟によりもたらされた長い長い平穏。強大な敵なんて現れず、多少のいざこざがあってもワシの力が必要な程の相手ではなかった。

 

 

 戦わない日々に疑問を覚えず、力がサビついていっても焦りをまるで感じない。

 

 そうなったのはいつからか。最後にあいつが全力を振るったのはいつか。

 

 忘れるはずがない。

 

 サスケのやつと最後に戦った時だ。

 

 奴が逝く、1年前。

 

 恐らく忍び史上最強を決める戦い。

 

 当時、52歳だったあいつは間違いなくあの時が全盛期だった。

 

 誰もが平穏の中でぬるま湯に浸かる中、二人だけはまるで戦時中のような厳しい修行に耐え忍んでいた。

 

 お互いに極限まで高め合い、幾度も決闘を繰り返したあいつらは忍び世界の双璧と呼ばれ、並び立つものなど他にいない程に、己を極めた。

 

 あの頃は本当に楽しかった。刺激があり、張り合いがあった。虚しさなど感じるはずもなく、奴がいるからナルトは忍びの頂点に立てず、孤独にならなかった。

 

 そう、奴が死ぬまでの話だ。

 

 大蛇丸との修行時代の過剰な薬物摂取による強化であいつは寿命を随分と減らしていたようだった。最期は妻や娘、たくさんの忍びたちにに見守られて安らかに逝った。

 

 

 あれからナルトは一気に老け込んだ。

 

 活力に満ちていた顔にシワが増え、自慢の金髪が一晩でに白くなった。

 

 それからだ、あいつがワシを使わなくなったのは。

 

 戦闘中、クラマとわしの名前を呼んで、九尾のチャクラを身に纏うことがなくなった。

 

 必要な程の相手が居なくなったのだ。

 

 素の状態でもあいつは十分強い。膨大なチャクラはすでに尾獣の域にまで達していて、さらに仙人モードにでもなれば上忍ですら腰を抜かして逃げ出すとまで言われた。

 

 サスケ以外の忍びに対してワシは過剰すぎる戦力だった。

 

 

 だから、戦いにいらなくなったワシはあいつとの戦友という関係を失ったままだ。

 

 

 多分、このまま平和の中、あいつが死ぬまでずっと。

 

 


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