死は誰にでも、終わりは何にでも   作:すどうりな

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八神家の長女

 『ソレ』を見ていた。

 

 何処までも真っ暗で........真っ暗という言葉が陳腐に聞こえてしまう位に黒いナニかを(わたし)は見ていた。

 

 体は解け、周りの暗闇と同化し、最早(わたし)には眼もあるか解らないのに........それを『視』ていた。

 

 暗く、他にやることの無い暗闇でずっと見ていたのだ。

 

 『見て』『視て』『観て』........それでも解らなかったから『ミテ』........何時までもミテいた。

 

 

 ........不意に視線を感じ、黒い『ナニか』穏やかで暖かい黒い『ナニか』からメを離し上を見上げる。

 

 

 誰かが(おれ)を見ていた。

 

 

 (おれ)が『ナニか』を見つめる様に、誰かも(おれ)を見ていた。

 生気の無い目、まるで死んだ様な『眼』で(おれ)を........いや、(おれ)がいる暗闇全てを眺めていた。

 

 暫く誰かを見つめていたが変化は無い、暗闇にまみれた此処からじゃよく見えないし、相手だって私が見えていないに違い無い。

 

 変わらない『誰か』から眼を離し再び『ナニか』へと視線を動かす。

 

 

 ........『ナニか』がこっちをミていた。

 

 

 ソレは少女だ。 暗闇の中、ハッキリとミえた少女。

 

 黒い髪、赤い眼........白い肌。

 

 慈愛に満ちた顔で自分を抱き締めた彼女は、まるで子供をあやすかの様に私の頭を撫でる。

 

 ソレだけで『解放された』気がした。

 重い何かが外れクリアになっていく視界、そのくせ意識が遠退く不思議な感覚。

 

 やがて彼女をミている事すら出来なくなり........私の視界は黒く染まっていった。

 

 

 ――――おはよう、私の愛しい........

 

 

 誰よりも慈愛に溢れた彼女の声を........私は最後まで聞く事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 ガタンッ........という大きな音で目が覚めた。

 

 まず視界に映ったのは誰かの顔だった。 ムッと頬を膨らませた彼女は如何にも不機嫌そうに口を開く。

 

 「悲しいなぁ........しきは私の話なんか聞きたく無いんやな........はぁ........」

 

 「え!? 違う、違うんや! そう言う訳や無くて........」

 

 「........じゃあ、なんなん? 言い訳位なら聞いたるで?」

 

 「急に意識が遠退いてな........その、えー........」

 

 言い訳を探そうにも今の言葉が全てだ、私は意識が遠退いてそのまま眠ってしまったのだ........よりにもよって最愛の『妹』との会話中に。

 

 頬を指で掻きながら何とか言い訳を捏造しようとする私........だが良い案は見つからず時間だけが過ぎていく。

 

 「あの........せやな、うん........あー」

 

 「く........くふふ」

 

 私が返答に四苦八苦していると笑いを堪える様な音が聞こえた。 上を向いていた視点を妹に戻せば丁度彼女が吹き出すところだった。

 

 「あははっ! くふふ........冗談、冗談や。 私としきは産まれた時からずっと一緒やんか、しきが朝 極端に弱いって事位知っとる」

 

 「からかわんといてや........うち、はやてちゃんに嫌われたかと思うて寿命が縮んだわ........」

 

 「いくら朝弱い言うてもこんなに可愛い妹の話はしっかり聞くもんやで? おあいこや、おあーいこ」

 

 ニコニコと車椅子を押しながら機嫌良さげに台所にむかう(はやて)........私の意識が飛んでいた間にどうやら朝食まで作っていてくれたらしい。

 

 慌てて立ち上がり、はやてちゃんの後を追って台所に入る。

 

 「朝にしきが台所に入っても大丈夫なん? 自慢やないけど私はしきが倒れても支えきらんよ?」

 

 「いくらお姉ちゃんでも立ったまま寝るなんて事はせぇへんよ........」

 

 炊飯器を開け、ご飯を茶碗に盛る。 はやてちゃんはちょっと少なめ、私は山盛りだ。

 そのまま冷蔵庫から麦茶を出そうとしてはやてちゃんに怒られてしまった。 危ないから一度持って行ってからにして欲しいらしい。

 確かにと納得した私は茶碗をテーブルに置いてからコップとお茶を運んだ。

 

 席につき両手を合わせて食べ始める。

 献立はだし巻き卵に味噌汁だ。 

 此処に納豆でも並んでいれば完璧なんだが........買い忘れ絶賛品切れ中である。

 

 「それで、今日はどんな夢やったん? 何時もの落ちこぼれ学生の夢?」

 

 「ぐぅ........お姉ちゃんの心に、はやてちゃんの無慈悲で的確な評価が突き刺さる........一応お姉ちゃんやて頑張ってたんやで? 進路選びで楽出来るように........」

 

 「そんな動機やから勉強も身に付かんかったんやない? 毎回言っとるけど」

 

 ぐはっ!と、ややオーバーリアクションをした後に頭をひねって思いだそうとする。

 何か重要な........大事な夢を見ていた様な気がするのだがまるで思い出せなかった。

 

 「普通の夢やったんやないかな? しき、自分の夢やったら絶対覚えとるし」

 

 「そうなんかなぁ........」

 

 

 『落ちこぼれ学生の夢』 はやてちゃんがそう呼んだ私の夢は、私にとって夢であり過去でもあった。

 

 産まれてからずっと、何度も何度も夢の中で()()()()私ではない(おれ)の記憶。

 口が軽かった昔の私はその記憶を簡単に喋ってしまい一時期ちょっとした騒動にもなったのだが今ではかけがえの無い思い出になっている。

 

 かけがえの無い思い出。 

 

 ........両親が生きていた頃のかけがえの無い思い出だ。

 

 「しき!」

 

 「うぇっ!? な、なんやはやてちゃん?」

 

 「食事中に寝てまうのは危ないで? はっはーん........解ったで! しきが落ちこぼれやった理由は授業中でも関係無しに寝てまうからやろ?」

 

 どうや? ........と、自信満々に言ってくるはやてちゃんだが言い訳させて貰いたい、今は昔を思い出していただけで寝ていた訳ではないと。

 

 ちゃんと起きてましたー、と言いながら味噌汁に口をつけて驚いた。

 旨い、少なくとも私が作るモノよりずっと。

 

 姉より優れた妹なんて居ない........そんな言葉が頭の中で砕け散るのを感じながら朝食は続いた。

 

 

 

 「しきー」

 

 「なんやー?」

 

 「買い物行ってくれへんかな?」

 

 「ええでー」

 

 カチャカチャと握り心地の良い機械を弄りながらテレビに釘付けになっていた午後。

 くるりとはやてちゃんの方に顔を向けて見れば冷蔵庫の中を見ていたのか台所から出てくる途中だった。

 

 ゲーム機の電源を落とし背伸びをする........こういう時オートセーブは便利だ。

 

 「何がいるん?」

 

 「牛乳と玉ねぎと、あとじゃがいもも........うーん、それくらいやな。 あとは好きな物買ってきてもええよ」

 

 「納豆とか!?」

 

 「........あーうん、ええよ」

 

 何故か苦笑いを浮かべながるはやてちゃんからお金を貰って外に出る。 ........行き先は近くのコンビニだ。

 

 なんのへんてつもない普通のコンビニ、でかでかと書かれた『7』の文字を掲げ全国に店を持つ有名なコンビニだ。

 

 店に入りまず見えたのはレジで気だるげにしている店員と少し焦り気味に商品を棚に陳列する青年だった。

 

 新人なのかこんな子供に頭を深く下げた後、再び品を陳列する彼を心の中で応援しながら飲み物の棚に手を伸ばす。

 

 迷い無く一番高い牛乳を手に取る。 安い牛乳はあまり好みじゃないのだ。

 

 近くにある野菜コーナーでも目的の物を問題なく手にし、向かう先は紙パック系飲み物のすぐとなり、納豆が置いてあるコーナーだ。

 

 大粒、小粒、ひきわり........今日その中から選んだのは大粒だった。 理由は特に無い、気分的に食べたかっただけだ。

 

 「あっ」

 

 青年の手から陳列しようとしていたサンドイッチが落ちる。 焦り過ぎだ、私は落ちるそれ手で受け取ると何事もなかった様にレジへ向かう。

 

 精算を済ませレジ袋片手出口へ進む、呆然とした様子で私を見つめていた青年に小さく手を降り帰路についた。

 

 「なんや、うちめっちゃ格好いいやん........はーどぼいるどっちゅうヤツやな」

 

 自画自賛してしまうが仕方がないのだ、まるで物語に出てくる強面だが優しいオジサンの様な行動........ドヤ顔になってしまうのも仕方ない。

 

 

 「しき........? 私、好きなもん買ってきてもええよって言うたけど........二個も買ってきてええなんて言ってないで?」

 

 ........帰って袋の中身を確認したはやてに怒られて仕舞うのも仕方ない事なのだ。

 

 

 


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