かんせんぐらし?   作:Die-O-Ki-Sin

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7話―ふぁんぶる

「さて、先ずは自己紹介から始めようか」

 

 早速リーダーシップを発揮したのか、玄利と呼ばれた男が発言した。

 私達は倉庫に下りた後、椅子を円形になるように並べ、それぞれの椅子に一人ずつ座った。

 

「俺から始めようか。俺の名前は網手玄利。聖イシドロス大学医学部の4年生だ」

 

「い、医学部なんですか?凄いですね」

 

 ぶすったれている私とは対照的に、祠堂は空気を読んで場の雰囲気を明るくしてくれていた。彼等が嫌いなわけではないが……年上の人はどうも苦手だ。私は敬語が上手くはないし、だからと言ってタメ口を使うのも気が引ける。さっきは仕方がなかったが。

 

「まぁ、医学部といっても医者の勉強をしている訳じゃなくてね、医学部の看護学科なんだよ」

 

「ま、それで充分頭良いと思うっすけどねー」

 

 網手の右隣には両手を頭の後ろで組ながら、伸びをする女性。彼女は相変わらず私に向けて疑念の眼差しを向けている。

 

「あ、私は聖イシドロス大学教育学部3年、片原蘭っす」

 

 片原はその隣に座る小学生の男女に視線を向けると、付け加えるように言った。

 

「あぁ、それとこの子達は私の教育実習先の児童っす。ほら、自己紹介してもらえるかな」

 

 片原は私に向けていた表情を一変させ、とても優しそうな顔になると小学生2人に話を振った。

 

「おっ、おれは!……有原……アルトだ」

 

 ボリュームの調整に失敗したのか、元気な声はだんだんと萎んでいき、最後にはとても小さな声になってしまった。

 このメンバーの中では一番年下そうだし、緊張しても仕方ないとは思うが。

 そのまま有原は黙りこんでしまったため、隣の女の子が元気一杯に自己紹介を始めてくれた。

 

「わたしは引馬理千亜ッスー!」

 

「こーら、私の真似をしちゃだめでしょ?引馬さん」

 

「はーい」

 

 引馬という子は随分と片原になついているようで、頭を撫でられると嬉しそうにしている。というか、真似してほしくないのならその子の前でそんな言葉遣いをしなければ良いのでは……。

 

「あらためて!わたし、引馬理千亜だよっ!よろしくね、おねーちゃん達!」

 

 花が咲くような。そんな言葉が相応しい程に彼女の笑顔は輝いていた。きっと、この笑顔は彼等に勇気を与えてきたのかもしれない。

 

「可愛いなぁ!」

 

 祠堂が両の頬を押さえて悶えている。どうやら引馬の笑顔は彼女の心を捉えたようだった。

 

「では、そろそろ私が。私は西野羽太と申します。聖イシドロス大学4年で、世界の文化について学ばせて頂いておりました」

 

 顔に古傷のある男。ニシノハブトと言うらしい。彼から感じる強さの割に敵意は少ない。物静かな性格なのではないだろうか。ただ彼が何か発言する度に小学生組がビクビクしていて、それが少し悲しそうだった。

 

「そういえば、羽太と蘭は付き合ってるんだよな?」

 

 網手が何気なく言った言葉は効果が抜群だったのか、2人の顔は一瞬で真っ赤になる。

 

「な、なななっ!?それはいま関係無いじゃないっすか!!リーダーっ!」

 

「はははっ。それじゃあ、君達の事も教えてくれるかな?」

 

 網手はそう言うと、手を祠堂の方へ向けた。話が通じそうな祠堂の方に振る辺り、一応空気は読めるらしい。

 

「あ、はい!私は巡ヶ丘学院高校2年の祠堂圭です!皆さん、これからよろしくお願いしますね!」

 

 絶望的な状態を忘れさせてくれるほど元気な声。彼女はきっと、誰とでもコミュニケーションを上手くとれるのだろう。

 祠堂は自己紹介を終えると、私の番だ、と言いたげに脇腹をつついてくる。

 

「はぁ……私は高凪渚。祠堂と同じ学校、同じ学年だ。まぁ……なんだ、よろしく」

 

 全く違う環境で生きてきた他人達。正直なところ随分と緊張してしまい、自分でも何を言っているのかこんがらがってしまった。

 拍手の音が聞こえた。隣に座る祠堂が、私を誉めているのだろうか。

 

「なっ、何だよ……」

 

「何でも無いよー」

 

 最近の祠堂は私の使い方を学んできたみたいで居心地が悪い。仲良きことは美しいが、手のひらで踊らされる感覚は好きじゃない。

 

「わー!」

 

 祠堂の拍手に釣られたのか、引馬が拍手を始める。それにつられてその隣の人も……。

 私を包む拍手の音はしばらく止まらず、私は顔から火が吹き出そうだった。

 その日はちょっとした宴会になった。

 物資の中にお酒は無かったが、大事にとってあった牛肉の缶詰を解放。レンジでチンしたあったかいご飯と一緒に、いつもよりちょっとだけ豪華な晩餐だった。元気が無かった有原も、お肉を目の前にしたら笑顔になってくれた。

 

 

「それにしても、物資が大量にあるね」

 

「そうだな……気味が悪いくらい充分にな」

 

 飲みかけの500ミリペットボトルを机の上に置く。

 宴会が終わった次の朝。朝の6時半だというのに目が覚めてしまった私と網手は駅長室で2人、雑談をしていた。

 

「確かに、今考えてみると俺の大学には色んな設備が揃ってたな。自家発電も出来たし」

 

「あんた達はその大学から逃げてきたのか?」

 

「ううん。僕達が居たのは鞣河小学校ってところでね。そこはあんまり設備が整ってなかったみたい。僕達も頑張ったんだけど……生き残れたのは6人だけなんだ」

 

 6人?でも、今ここに来ているのは5人。残りの1人は一体何処へ行ってしまったのだろう。

 

「5人じゃねぇのか?」

 

「うん、6人。その人はあんまり他の人と交流しなくってね。小学校を脱出した後、何処かへ行ってしまったんだ」

 

 何処かへ行ってしまった……。一体その人は何を考えていたのだろうか。例え人との接触が嫌いでも、1人で生きていける筈が無い。考えられるのは自殺か……自分だけが知っている安全な場所を独り占めしたいかだろう。

 

「そいつは、どんな人だったんだ?」

 

「あー……確かねぇ、白衣を着た短い髪の女の人で」

 

 短い髪の女の人。一瞬だけ『彼女』の姿が脳裏に浮かぶが、私はそれを掻き消した。

 

「名前は……何て言ったかな確か、な――」

 

「助けてっ!!」

 

 倉庫の下から聞こえる声。祠堂の声だ。下で祠堂に何かあったのか!?

 

「お前ら……祠堂に何しやがった!?」

 

「い、いや!俺達は何も――!」

 

 足音が聞こえる。誰かが階段をかけ上がってくる。はっ、はっ、といった息が聞こえ、祠堂が私の胸元に飛び込んできた。

 

「うわっ、どうした?祠堂」

 

「そ、倉庫の中に、ゾンビが!」

 

 ゾンビが、中に……!?

 続いて、もう1つの足音。引馬を抱えた片原が駅長室まで走ってきた。

 

「ヤバイっす、羽太が、羽太がっ!」

 

「落ち着け蘭!何があったんだ!?」

 

 片原は倉庫の扉を閉めると、自分の胸に手を当てて話始めた。

 

「有原君が、感染してたのかも知れないっす!朝起きたら、あいつらみたいになった羽太が目の前に……っ!」

 

 そう言ったっきりしゃがんでしまい、彼女は頭を掻き始めた。呼吸は荒く、パニックに陥っているのがわかる。

 

「せんせー、元気だして……?」

 

 引馬は片原の頭を撫でる。彼女にとって、それが精一杯の励ましなのだろう。

 力もない、頭もない。場合によっては泣き出してゾンビを呼んでしまう。そんな子供達を、邪魔だと言い張る人間もいるだろう。人道的にはどうであれ、生き残るためにその意見は間違っているとは言えない。

 それでも片原は、本当に子供が好きなのだろう。だからこそ、引馬に対し八つ当たりをすることは無かった。

 

「ごめん、ごめんね……!私、先生だもんね……!」

 

 精一杯の力で。でも潰してしまわないように片原は引馬を抱き締めた。

 だがそんな感動的な光景は、やつらの瞳には映らない。

 

 ガンッ!

 

 何かを叩く音。

 

 ガンッ!

 

 絶望の足音。

 

 ガンッ!

 

 ドアはへこまない。だけど少しずつ、ズレが生じてくる。

 

 ガァンッ!

 

 鉄の扉が外れ、1体のゾンビが姿を表す。

 特徴的な左目の傷、ボロボロに破けた服からは細いながらも強靭な筋肉が見える。

 

「ギ……キギッ……」

 

 一体、何処で道を間違えたのだろう。

 どうすれば、これを解き放たずに済んだのだろう。

 こいつは、私には倒せない。そんな確信と恐怖が私の脳に根を張る。

 

「ぁ……」

 

 祠堂の瞳の光が消え、暗い夜の帳が降りる。

 

「いやぁぁぁぁっ!!」

 

 時刻は8時丁度。通勤ラッシュの時間だ。




7話です。お楽しみいただけましたでしょうか?
モブには厳しいかんせんぐらし?。女子供とて容赦はしません。
たったの2話しか出番がない上にろくな台詞すらないアルト君には大変申し訳ないと思っています。ちなみにアルト君は設定ではバイオリンの天才だったりします。バイオリンの無いこの状況ではほとんど役に立たない才能ですけどね。音感は何かに使えたかもしれません。
さて、現在のメンバーは渚達を含めて5人。
あ と 何 人 犠 牲 に な る の で し ょ う ね ぇ。
お読みいただきありがとうございました!

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