キャンピングカー。正直、そんなもの一生見ることは無いとと思っていた。キャンプに行くような趣味は無いし、そんな友人もいなかった。
「……本当に向こうじゃなくて良かったのか?」
助手席に座る圭は、何やらニヤニヤしながら運転する私を見つめている。
「良いんだよ、私は。渚を独りにするわけにはいかないからね」
……本当に、長い付き合いになったものだ。
2人きりでいると、少し前の事を思い出す。駅の地下室に2人でいた頃の事を。
あのときはまだ圭とは打ち解けていなくて、警戒されていた。私の一挙一動にビクビクしていた圭が、いまやこんなのだ。……まぁ、その方が友人らしくて私としては嬉しい。……本人には絶対に言わないけど。
「あとどのくらいで大学に着くのかなー」
窓の外の景色を見ながら圭が呟いた。いくら走っても、同じものしか見えてこない気がする。ひしゃげた車に、人だった残骸に、壊された自動販売機。何度も何度も、それらが前から走ってきては消えていく。
「結構走ったと思うけどなぁ」
幸いガソリンにはまだまだ余裕はある。勿論早く到着できるに越したことはないのだが。
「……渚、もし大学にいるのが、怖い人達だったら……どうする?」
不安そうな声。すがるような声。私は運転中だから視線を圭に向けることは出来ない。
「……どう、って……殺る?」
「物騒だよ!?」
「冗談だよ」
でももし学園生活部の誰かが怪我をしようものなら、私はそれを許さない。
あいつらと比べて人間の体は脆いのだ。それにこの車の中には、対人間用の最終兵器が仕舞われている。
「私が皆を守るよ。例え身代わりになってでもな」
そんなことを言うと、運転の邪魔にならないくらいの強さで腕がはたかれた。
「もう!自分を犠牲にするのはダメだってば!だから渚は放って置けないんだよ!」
「ちょ、危ないから止めろって」
そんな風に騒いでいると、急に前の車が停車した。トラブルか何かだろうか。
車の窓から顔だけを出した胡桃先輩が首を横に振る。降りてくるな、と言いたいのだろうか。
「何か、あったのかな……」
やがて車からシャベルを持った胡桃先輩が降り、何かにそれを突き刺した。大方あいつらでも居たのだろう。ちょうどキャンピングカーの影に隠れて見えないが。
しばらく待っていると、あいつらの返り血らしいものを浴びた胡桃先輩が手招きした。
「これは……」
「わんっ!」
先輩がもって帰ってきたのはボード。水と食料を探してます、と書いてある。
「なるほど、確かにこれなら帰れなくても助けを呼べますね……」
太郎丸を抱えながら美紀が呟いた。
たとえ自分が死んでも助けを呼ぶ方法……かぁ。それは自ら名乗り出たのか、それとも――
「そんじゃ、この鞣河小学校ってとこに行ってみっか?」
胡桃先輩がそう言った。鞣河小学校……どっかで聞いた気がするんだけどなぁ……。
聞き覚えのあるそんな単語に脳を回転させていると、理千亜が声を震わせて呟いた。
「だめ、だよ……」
「理千亜ちゃん?」
理千亜は悠里先輩の腕をつかみ震えている。恐ろしい何かから自分を守るように。
「あー……そういえば理千亜は」
「鞣河小学校から逃げてきた……んだよね」
確か理千亜達は、最初は鞣河小学校にいたんだったか。だけど感染を食い止められず、私と圭のいた駅まで逃げてきたんだ。
「それじゃあ、パスかなぁ」
「誰も助けられないなら、そうだよね……」
私達の話を聞いた胡桃先輩と由紀先輩は若干沈んだ様子でそう言った。理千亜はまだまだ震えている。きっと彼女は見てきたんだ。人があいつらになる瞬間を。少し前まで話していた友人達が、人を殺すところを。
「そう、ですね。ちょっと休んだら出発しましょうか」
そんな一声で、私と圭は網手の車に戻った。理千亜は腰を抜かしてしまったようで、悠里先輩に抱えられキャンピングカーの中にあるベッドに寝かせられていた。
「……なんだか、悲しいね」
2人きりの静かな車内で、圭がそう呟いた。
「……あぁ、そうだな」
私達が目を背けてきただけ。でも世界は確実に崩壊している。つまりは……死んでしまった人達も、沢山いる。
ラジオ放送の主はともかく、私達が鞣河小学校の人達を助けられた可能性など万に1つも無いのだ。それなのに、どうしても私達の心を罪悪感が覆う。
「……渚、また怖い顔してるよ?」
窓の外を見ていた圭が、心配そうな視線を向ける。学校を出てから、圭は何かにつけて私と一緒に行動しようとする。それは悪いことではないし、正直に言えば少し嬉しいが、どうにも『おかしい』。
「私は元から怖い顔だよ」
それは新しい環境への不安か。それとも別の何かなのか。他人の心なんて読むことは出来ない。だから不可解な彼女の行動に不安感を感じてしまうのだ。
「ううん、渚は、すっごく優しい人だよ」
……それでも。そんな彼女の言葉はいつも私を励ましてくれた。こんな私でも、まだ生きていいのだと。
「……私は優しくねーよ。私は、自分勝手な人間なんだ」
そう。たとえ世界の全ての人間と秤にかけたとしても。私は絶対に学園生活部を守ってみせる。私の帰る場所を、私を受け入れてくれた皆を、傷つけたりしない。
大切じゃなければ守ろうとも思わない。私は醜くて……冷たい人間だ。
「ねぇ、あれ!」
車を進めている最中、圭が何かを指差した。
「どうした?何か――」
私は車を止めて圭の指差す方向を凝視した。レンガで作られた古くさい建物。そして看板に書かれた、七草生体研究所の文字。
「これは……」
「きっとそうだよ、これ、七草さんの研究所だよ!」
車から降りた私達は、七草生体研究所の前に立ち尽くす。
「こんなところにあったのね……」
研究所は封鎖されているようだ。檻の様な門は有刺鉄線で縛られている。
「……行きますか?」
美紀は周囲をキョロキョロと見回しながら言った。幸い外にはあいつらは見当たらなかった。
「ここって研究所なんだろ?しかもあいつらの。なら、なんか出てきそうだよな」
七草さんはゾンビ達について研究していた。なら、実験材料となったソレもここにいるかもしれない。下手に入るのは危険だろう。
「でも、秘密道具とかあったりするかもよー?」
「秘密道具は無いと思うっすよ……」
由紀先輩は小学生にまで呆れられる始末だった。でも由紀先輩の意見も間違ってはいない。今私達が持っている、七草さんの開発した薬の片方。もう1つの方を手に入れることが出来たなら、皆があいつらになる事を防ぐことができるかもしれない。
「わんっ!わんっ!」
太郎丸が建物の中に向かって威嚇している。やっぱりこの中に、何かはいるのだろう。
「……私は、行くべきだと思う……ます!」
そんな中声をあげたのは圭だった。
「あの薬を開発した人の研究所なんでしょ?なら、この事件が起こることも解ってたはずだと思うの。だから、食料とか物資とかあるんじゃないかな」
「そう、かもしれないな」
圭の意見にも一理ある。もしこことは別に避難所を用意していたなら別だが、こんなことが起きると分かっていて何の備えもしていないとは考えにくい。
「……なら、行ってみっか?」
いたずらっぽい笑みを浮かべた胡桃先輩の言葉に頷いた。
私と胡桃先輩は得物を持つ。キャンピングカーから梯子を取りだし、それをよじ登って研究所の塀の中へ。
まだ建物の中に入っていないから当然と言えば当然なのだが、生き物の気配はしなかった。
入り口にある扉は古くさく、自動ドアでは無かった。幸いにも鍵はかかっていなかった様で、皆で扉を押して研究所に入ることが出来た。
「それにしても……なんか古くねぇか?」
明かりの無い玄関を胡桃先輩が見回す。懐中電灯に照らされた玄関で私達を迎えたのは、壁一面に広がる巨大な『蟻の巣観察キット』。もう中の蟻も死滅しているようで、何も居ないトンネルだけが静かに存在していた。
「うわ……すごい埃ですね」
建物は全体的に埃を被っていた。人の足跡も無いみたいで、ここが長い間使われていないことが分かる。
埃を立てない様に気を付けながら、研究所の中を探索する。この研究所は2階建てで、横に広い構造になっていた。1度この研究所を一周したのだが……。
「……なんも見つからねぇな」
胡桃先輩が頭を掻く。なんにも見つからないのだ。DNAについて、酵素について、インフルエンザについて。そんな当たり障りの無い研究資料しか見つからない。
私達はもう一度、1階の資料室を漁っていた。
「……でも、何かあるような気がするんだけど……」
由紀先輩が資料をパラパラと捲っては棚に戻す。普段の彼女なら絶対にしないであろう行動だ。
「ゆきちゃんがそう言うなら、本当に何かあるのかもしれないわね」
しがみついた理千亜を邪魔そうにすることもなく悠里先輩がそう言った。由紀先輩の勘は、結構な頻度で当たるようだ。
「わんっ!」
ずっと私達の足元を嗅ぎ回っていた太郎丸が吠えた。
さながら、ここ掘れわんわんと言わんばかりに。
「もー、静かにしなくちゃだめでしょ?太郎丸」
圭が太郎丸を抱き抱えるが、太郎丸は床の一部分に向けて吠え続けている。
「そこに、何かあんのか?」
よくよく目を凝らして見ると、木で出来た床に小さな突起がついていることに気づく。
「これは……」
私はその突起を掴むと、慎重にそれを持ち上げる。床が剥がれ、そこにあったのは……。
「地下への、扉?」
大変遅くなってしまって申し訳ありません。まだ失踪しません。
学園生活部、るーちゃんを華麗にスルー。理千亜がいるのでりーさんの症状は軽めですね。
さて、次回は研究所地下編です。どんな資料が見つかることやら……。
それではまた次回、お会いできたら嬉しいです。
ではでは。