かんせんぐらし?   作:Die-O-Ki-Sin

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27話―あせんぶら

 首が痛い。いや、体中が痛い。殴られたり転んだりしたわけでもなく……単純に寝る場所の問題だ。

 

「……~~っ」

 

 車を降り、周囲にあいつらが居ないことを確認してから大きく背伸び。車中泊ってのはだいぶきつい。これが初めてじゃないけど。

 月明かりの下読んだ雑誌。七草生体研究所を知ったあの日を思い出す。そう言えば、研究所ってこの街にあるのだろうか。

 

「……ま、今となっては関係ないよな」

 

 私は研究所に行ってみたいが、何があるか分からない。皆を個人的な理由で危険にさらすわけにはいかないのだ。

 ……それに、今の私達には目的がある。昨日聞いたラジオの、声の主を探すこと。ラジオの放送には、学校の放送室の様に色々な機材が必要になる。そんなものが置かれている場所は少なそうだけど……どうにも見当がつかない。

 

「おはよう、渚」

 

 後ろから声が聞こえた。振り向くと、片手をあげた美紀が車から降りてくる。

 

「おはよ、圭は?」

 

「まだ寝てるよ」

 

 コップに水をいれ、歯磨きを始める。この生活では、電力もそうだけど水が圧倒的に足りない。この間よったコンビニで少しマシになったとはいえ、無駄遣いは出来ないのだ。

 

「お、はやいねー、2人とも」

 

 私達と同じように、歯磨きセットを持った由紀先輩がやって来た。まだ歯磨きも終わっていないので、私達は小さく頭を下げて答える。

 その後続々と皆が集まる。歯磨きを終えた私達は、折り畳みの椅子に地図、筆記用具を車から出し今日の会議を始める。ラジオ放送を聞けるように、音量は大きめに設定しておいた。

 

「今日はどうするの?」

 

 由紀先輩が手をあげて発言する。これは学活の時間じゃないからわざわざそんなことをする必要もないとは思う……でも、それが由紀先輩の良いところだ。

 

「はいはい!ラジオの人に会いに行きたいです!」

 

 さっきまでうとうとしていた圭が、由紀先輩を真似て手をあげて発言。ぐっすり眠っていたお陰か、昨日の疲れは吹っ飛んでいるようだ。

 

「で、でも、何処にいるんすか?」

 

 理千亜は悠里先輩の膝の上に座っている。悠里先輩が辛そうだったら止めさせようかとも思ったが、何やら幸せそうににやけていたので触れないでおこう。

 

「ラジオ局……とかか?いや、あたし達の学校でもラジオ放送できそうだったしなぁ……」

 

 胡桃先輩が顎に手を当てて、『考える男』の姿勢で黙り込む。

 

「向こうから住所教えてくれると良いんですけど……」

 

 美紀が呟いた。確かにそうだ。向こう側も生存者を探している可能性だってある。そうじゃなければラジオ放送なんて手間のかかる事はやらないだろう。

 

『おはよう、いい朝だね。外は見てないけど、きっといい朝なんじゃないかな?』

 

 車の中から声が聞こえた。昨日と同じ女性の声。随分とタイミングが良い。

 

『リスナーのみんな、この放送が聞こえたらこっちに顔を出してくれないかな』

 

 やっぱり、彼女も生存者を探しているようだ。……とはいえ、彼女が何処にいるのか分からなければ顔の出しようがない。そう考えていると、由紀先輩がラジオに向けて問いかける。

 

「もしもーし、何処に住んでますか?」

 

 ラジオは一方通行だ。だから由紀先輩の言葉が届くはずはない。だが、

 

『コホン、今ならお茶とお菓子をサービスするよ!住所はね――』

 

「通じた!?」

 

「いやいやいやいや」

 

 まさかそんなことは無いだろう。だけど住所を知ることが出来た。これでラジオの放送主の所へ行ける。

 

「そこだったら……この道かな?」

 

 由紀先輩が地図を指差しながら言う。意外にも先輩は地理に強く、ここまでこれたのも先輩のお陰とも言える。

 

「それじゃ、行きましょうか」

 

 私はそう言って車に戻り、エンジンをかける。ガソリンにはまだ余裕がありそうだが、この長旅がいつまで続くかわからない。いつか来る終わりを想像して……少し、心配になってしまう。

 

「よっし!渚、アクセル全開でゴーだよ!」

 

「ちょ、えぇっ!?」

 

「あはは、冗談だよ」

 

 後ろに座る2人は楽しげに談笑している。私はアクセルを踏み、車を進めた。

 

 

「それにしても……」

 

 車をバックさせている最中に、圭が呟いた。

 

「進めないところ、多いね」

 

 前を走る先輩達の車に合図を送る。私の合図を確認した先輩達もバックを始めた。この道の先では、玉突き事故でも起こしたのだろう沢山の車の残骸が転がっていた。

 

「……そうだね」

 

 太郎丸を抱き締めた美紀が、窓の外を眺めながら言った。

 これで何度目だろう。車の中で発症したのか、それともあいつらを避けようとした結果なのか、スクラップがあまりにも多い。通れない道がある度に、先輩達の車では新しいルートを考えているのだろう。本当、由紀先輩には頭が上がらない。

 前の車の窓から腕が出てきて、親指を立てる。どうやら新しいルートが見つかったようだ。

 

「……出発するぞ」

 

「了解っ」

 

 その後も何度も何度も遠回りをすることになった。でもなんとか日が沈む前に、ラジオで言っていた住所に辿り着くことが出来た。

 

「何だこれ、まるで要塞だな」

 

 家は、端的に言ってゴツかった。シャッターが下げられていて、車庫のようにも見える。

 

「なんか、強そうだよ……」

 

 由紀先輩が家を見上げながらそう言った。

 これだけ頑丈そうな作りなら、あいつらの襲撃があっても平気だろう。……学校といい駅といい、そしてこの家も、随分と準備がご立派だ。

 

「どこから入るのかしら」

 

 家の回りを一周してみたが、扉のようなものはない。この馬鹿でかいシャッターを上げるわけにもいかない。どうしたものか……と考えていると、胡桃先輩が何かを見つけた。

 

「お、あれじゃねぇか?」

 

 胡桃先輩が指差したのは梯子だ。家の屋上まで伸びている。……確かにあいつらじゃ梯子は登れないだろう。入り口を建物の上に設置しておくのは合理的だ。

 

「じゃあ、私は車と理千亜ちゃんを見てるわね」

 

 悠里先輩は理千亜を抱き締めながらそう言った。

 

「えへへ……」

 

 理千亜は悠里先輩の手に頬擦りしながら幸せそうに微笑んでいた。

 ラジオ放送の主は生存者を探していたようだが、必ずしも友好的だとは限らない。理千亜を人質に取られたりすれば最悪な事態に繋がる恐れもある。2人には待っていてもらうのが得策だろう。

 

「私達も待ってるね。車は2つあるから、こっちは任せてよ」

 

 圭はそう言って、太郎丸を撫でた。太郎丸はその腕から抜け出そうともがいている。もしかしたら、ついてきたいのだろうか。

 

「んじゃ!いってきまーす!」

 

 圭も悠里先輩も、あまり戦闘は得意じゃない。なるべく早く戻ってこれれば良いのだが……。

 屋上には、入り口と思われるハンドルがあった。船とかに用意されていそうなやつだ。結構硬く、私達全員で協力してやっとスムーズに回すことが出来た。

 

「開けますよ?」

 

「おう」

 

 胡桃先輩と私は得物を構える。扉は二重になっていた。ますますあいつらのために用意されたかのようだ。こんなもの、普通の家には必要ない筈なのに。

 美紀がゆっくりと扉を開ける。その先には――

 

 誰もいなかった。

 

 ラジオ放送用の器材や、CDの入った棚がただ沈黙を続けていた。

 部屋の隅にあるもう1つの扉から、暴れるような音が聞こえる。

 机の上に、1枚の紙が遺されていた。

 

『扉を開けるな!

扉の先には私がいる。なるべく始末をつけるつもりだけど、うまくいくかはわからない。音がしたらそういうことだと思ってくれ』

 

 それは遺書だった。ここでラジオ放送をしていた、顔も知らない誰かの。

 私はおもむろにシャベルを掴んだ胡桃先輩の肩を押さえ、言った。

 

「私がやりますよ」

 

 先輩はハッとした様に目を見開くと、目を伏せながら頷いた。

 

「……悪ぃな、渚」

 

 私は3人を下げさせると、ゆっくり扉を開けた。

 

「ガァァァァッ」

 

 扉を開けるなり飛びかかってきたソレを、私は喧嘩キックで吹き飛ばす。身動きが取れなくなるよう四肢に鋏を突き刺した。

 

「……ごめんな、もう少し、私達が早く来ていたら……」

 

 私達の手元には薬があった。七草さんから受け取ったらしい、発症を遅らせる薬。それがあれば、彼女の命を救えたのかもしれない。

 

「……本当に、ごめんなさい」

 

 涙をこらえ、ソレの喉元に鋏を突き刺した。

 

 

「どうだった?誰かいた?」

 

 悠里先輩のそんな言葉に、胡桃先輩は黙って首を横に振った。

 

「お土産はあったんだよ!」

 

 そう言う由紀先輩は、車の鍵を見せつけた。遺書の重りになるように置かれていた、キャンピングカーの鍵だ。それに、物資を補給することも出来た。

 

「キャンピングカーかぁ!便利そうだね!」

 

 圭がキャンピングカーの周りをくるくる回る。机やキッチンも付いていて、確かに便利だろう。

 

「でも、7人だと狭くないっすか?」

 

 理千亜がそう呟いた。いくら大きな車とはいえ、私達全員が乗るとぎゅうぎゅうになってしまうだろう。

 

「なら、私は今まで通りの車で行くよ」

 

 まだまだガソリンは残っていたし、余裕だろう。私1人なら戦えるし、たまにキャンピングカーの設備を使わせてもらえば良い。

 私がそう言うと、圭が私の腕に抱きついてきた。

 

「ダメだよ!渚!1人なんて許さないからね!……私も、渚と同じ車に乗るよ」

 

 圭はほほを膨らませて私を見上げた。睨んでいる……つもりなのだろうが全然怖くない。

 

「お、おい、あたしは別に狭くたって気にしねぇよ。別行動はなるべく避けた方が良いんじゃねぇか?」

 

 胡桃先輩がそう言うが、私は首を横に振る。

 

「移動中はともかく、寝るときとかは狭いと大変でしょう。ゆっくり休めないと、次の日の行動にも悪影響が出ます。だから私は1人で大丈夫ですよ」

 

「だから1人はダメだって!」

 

「あーはいはい分かったよ……」

 

 それ以降も何度か説得されたが、このままではらちが明かないと私の案が採用された。美紀もついてくると言っていたが、それは圭が断っていた。美紀には快適な環境に居て欲しい、と。

 そんなこんなで。

 私達はまた走り出す。今度は大学に向けて。今度こそ、誰かに出会えると信じて。




遅くなりました……申し訳ありません。
お読みいただきありがとうございます。27話でした。
さて、ようやくラジオ放送の主に会えた(?)渚達。ですが結果は……。全員を救う事など出来ないし、救えた人間がこれからも生き残るとは限らないものです。
さて、それではまた次回お会いできたら嬉しいです。
ではでは。

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