26話―りすたーと
卒業と入学の間。今の私たちは高校生じゃない。だけど、大学生でもない。そんなどっちつかずな今の足場は、大きくバランスを崩したらそのまま倒れてしまいそうだ。
「いやー、やっぱり何も走ってないね」
そとの景色を見ながら圭が呟いた。何時もだったら自転車なり朝走っている人なり、誰かがいたであろうこの道も、今は何かの残骸しか残っていない。
「……走ってたらビックリだな」
そんな簡単に生存者が居ないことは分かっている。それに、もし出会えたとしてもその人が『いい人』である保証は何処にもないのだ。
キーッ!
急ブレーキの音。私も慌ててブレーキを踏む。どうやら前を走る先輩達の車が、あいつらを轢くところだったようだ。
「だ、大丈夫かな、先輩達」
「由紀先輩が何かやったのかな」
首をかしげながら美紀が言った。それは中々失礼だと思うが、由紀先輩だから仕方ないという(やっぱり失礼な)考えが頭に浮かぶ。
「……ま、平気だろ。普通に走ってるしな」
先輩達の車は、何事もなかったかのように再び走り出した。
地図だと近くに見える大学だけど、実際に走って見ると少し遠い。というか、通れなくなっている道が多いのだ。何度も何度も遠回りをしているうちに、日が沈み始める。
前の車のウィンカーが両方点滅し始める。これは『この辺で停止』のサイン。携帯が無いため車同士でコミュニケーションを取るには、上手くウィンカーを使うしかない。
「今日はこの辺で終わりみたいだね」
ウィンカーの意図を汲み取り、圭は地図を畳ながらそう言った。先輩達の車は近くのコンビニの駐車場へ入っていく。私たちもそれを追い、隣に車を停めた。
住宅街を抜けた先の、大通りに面したコンビニ。あの事件の後、私が最初に逃げ込んだあの場所。
「……また、ここに来るなんてな」
誰に聞かせるでもなく小さく呟く。窓の外を見ると、胡桃先輩と由紀先輩がコンビニへと入っていくところが見えた。
「私も行ってくる。待っててくれ」
後部座席の美紀から高枝切り鋏を受け取り、車を降りた。
「気を付けてね、渚」
心配そうな圭の声に右手をあげて答え、コンビニへと入っていく。
私の目の前に広がったのは、あのときよりも悪化したコンビニの姿。食べ物は既に腐っていて、私と七草さんが作ったバリケードも倒されている。まぁ、これは彼女が脱出したときに倒したものかもしれない。
「おー、渚も来たのか」
シャベルを担ぎコンビニの中を見回していた胡桃先輩が言った。
「これってバリケードだよな。誰か、ここに逃げ込んでたのかな……」
その誰かがあいつらになっていることを心配しているのか、それともその誰かを悲しんでいるのか。だがその誰かは私なので、彼女の心配は全く意味の無い事だ。
「私、最初はここに逃げ込んだんですよ」
てきぱきと掃除にいそしむ由紀先輩を尻目に、あの日捨てた教科書を拾う。教科書は思ったより汚れていなかった。きっとあの後、誰もこのコンビニには来なかったのだろう。
「ここに……か?」
「はい」
あれから随分と長生きしたものだ。コンビニの奥の事務所には何も残っていない。私を襲ってきたあれの死体は、七草さんが片付けていったのだろうか。
「そっか……」
胡桃先輩達は、あの日学校に居たようだ。だからきっと、親しかった人があいつらになる瞬間を何度も見てきたのだろう。……私が見たのは七草さんだけ。それも、本当はまだ生きているようだ。
圭と美紀のおしゃべりが耳に入ってきた事があった。圭曰く、私は強いそうだ。……私が強く見えるのは、あいつらが誕生する瞬間を見たことが無いからなのかもしれない。危険であることを分かっていても、理解していない。だからこそ無茶な行動に出るし、それがたまたま上手くいく。
……本当は私は、誰よりも臆病なんだ。
私は1度、幸せを失った。中学の時の事件が起きて、両親は私を恐れた。その後は誰かに大切に思われたこともなければ、誰かを大切だと思ったこともない。それはとても楽な事だった。何も気にすることはない。それで失敗したら、ハイ、自分のせい。って諦められる。でも、私はまた幸せを手にして
由紀先輩を手伝いながら、3人で寝る場所の確保を進める。だいぶ片付いてきた。このくらいのスペースがあれば、皆で寝られるだろう。
「うっし!それじゃあ、皆呼んでくるよ」
そう言って胡桃先輩がコンビニを出ていく。その光景は、まるで――
「渚ちゃん?」
由紀先輩の声で、私の意識は思考の海から引き上げられる。由紀先輩は、心配そうな瞳で私を見ていた。
「震えてるよ」
声が出ない。どうやって喋っていたんだっけ?手も、足も、思い通りに動いてくれない。
「――ぁ、だ、大丈夫、です」
その返答には納得していないだろう。だけど由紀先輩は私の様子を見て、これ以上突っ込むのは良くないと判断したのか何も言うことはなくなった。
……言える、訳がない。
まるで胡桃先輩が、何処か遠いところへ行ってしまいそうだ、なんて。
「やっぱお布団はいいねー」
「悪いわね、掃除までさせちゃって」
「ゆきがやったんだぜ」
「ゆきねーえらいっす!」
「わんっ!」
「やっぱり7人で寝ると狭いねー……」
「ちょっ、圭!?何処さわって!?」
「何やってんだよ……」
商品棚を退かして寝るスペースを作ったものの、やはり7人では狭い。ぎゅうぎゅう詰めで、まるで押しくらまんじゅうでもやっているかのよう。
圭を挟んで美紀と私が寝ている。圭はどうやら美紀に抱きついているようだ。暑くないのだろうか……?
そんなことを思いながら目を閉じる。皆はまだお喋りしていたけど、私は少し疲れてしまった。ゆっくりと、ゆっくりと、地面に沈み込んでいく。そんな錯覚の中、私は深い眠りに落ちた。
――太陽の光が差し込んでくる。朝がやって来たのだ。日が昇っているとはいえ、やはり蛍光灯の明かりがないと少し暗い。
上体を起こし目を擦っていると、むくり、と誰かが起きた。
「あー、おはよー……渚ちゃん……」
珍しく、由紀先輩が早起きだ。卒業以来、先輩はとても成長したと思う。昨日も率先してコンビニの掃除を進めていた。
「おはようございます、由紀先輩。早いんですね」
「うん……はやいよー……」
まだまだ眠いのか、ぐるぐると体を揺らしている。私は立ち上がり布団を畳み、外を見に行く。由紀先輩もふらふらしながらついてきた。
「……朝、ですね」
きっと平常時であれば、早起きなサラリーマンや学生が朝食を買いに来る時間かもしれない。だが窓の外に動くものは見当たらず、ただ暖かい日差しだけが店内を照らしていた。
「うーん……眠いなぁ……」
由紀先輩は大きく背伸びをしながらあくびをする。他のメンバーはまだまだ起きてきそうになかった。
「渚ちゃん、昨日はぐっすり寝てたね」
ゆらゆら揺れながら、由紀先輩は私をからかうような口調で言った。
「……ええ、まぁ」
疲れていた、なんて言っても無駄に心配させるだけだ。だからそんな言葉は押し込んで、当たり障りの無い返事をする。由紀先輩は何か言いたげに私を見つめて……ため息をついた。
「渚ちゃん、もっと私を頼りにしてもいいんだよ?」
普段からは想像もできないような、大人びた表情。たまに先輩はこんな顔をする。もしかしたら、一番頼りになる先輩は……。
「うう……眠い」
「え、うわっ!?」
由紀先輩が私に向かって倒れ込んで来る。それを受け止めようとしてバランスを崩し、私は背中を強く打つ。
「いっつ……」
背中が痛い。由紀先輩は私の胸の中で再び夢の世界へ旅立っていた。……全く、ちょっと頼りになると思ったら……。
「ハハ……」
そんな先輩がおかしくて、つい笑ってしまった。さっきまでの暗い考えも、悩みも、なんかどうでも良く感じてくる。これがアニマルセラピーってやつか?……これも、だいぶ失礼な考えだ。
私は由紀先輩の頭を撫でると起き上がり、先輩を抱えて布団に戻した。
思ったより時間が掛かるようだから、なるべく早く出発したい。私は皆を起こさないよう、1人で荷造りを始めた。
「ごめんねー!渚!なんか色々1人でやらせちゃったね!」
両手を合わせ、圭が必死で謝ってくる。いや、まぁそれはいいんだけど、助手席でやられると運転の邪魔だ。
「いや、別にいいよ。さっきからそう言ってんだろ?」
そう、ずっとこの調子だ。1人で荷造りしてる私を見て、どうやら圭は盛大な勘違いをしたらしい。いくらなんでも、家出なんてするわけ無いのだが……。
「それより、なんか変な音聞こえないか?」
さっきから何か変な音が聞こえてくる。昨日までは気にならなかったが、そう言えばちょっとだけ聞こえていた気がする。
「うーん?言われてみればそうかも」
「……渚、この車って、ラジオついてるのかな」
美紀が何かに気づいた様に言った。
ラジオ……か。エアコンとかを調整するボタンの近くに、CDを入れる機械と、電波を調整するつまみのようなものがついている。
「これか?」
そう言って音量をぐんと上げると、女性の声が車内に響き渡った。
『こちらは巡ヶ丘ワンワンワン放送局、この世の終わりを生きてるみんな、元気かーい!』
「きゃっ!?」
あまりに大きな音で、圭が小さな悲鳴をあげる。少し音量を下げて調節する。
『まぁいいや、ワンワンワン放送局、はっじまるよー!』
人の声。部員以外の誰かの声を聞いたのはいつ以来だろうか。私はウィンカーを両方点滅させる。バックミラーでそれを確認した先輩達の車が停止し、胡桃先輩がやって来た。
「どうした?なんかあったか?」
『まずはダスベスの天より降り来るもの・第三から、戦いは終わらない。いってみよっ!』
胡桃先輩が来たタイミングで、曲が始まる。女性の声を聞いた胡桃先輩の表情が変わる。
「渚、これって……!」
「……はい!」
このラジオを放送している人が、何処かにいる。それは何よりも嬉しい、誰かからのメッセージだった。
学園生活部
26話でした。お読みいただきありがとうございます。
8巻は、なんかもう凄かったですね!(語彙不足)
どう展開させていこうかワクワクしてきますね。まだ内容的には6巻までしか来てないんですけどね。
それでは、また次回お会いできたらと思います。
ではでは
以下もう内容覚えてねーよっていうわたs……方のためのキャラ設定と原作との相違点です↓
高凪渚
巡ヶ丘学院高校2年。金髪のロングヘアーが特徴のヤンキーっぽい少女。喧嘩が強く口も悪いが、困っている人をほっとけない『不器用』な性格の持ち主。以前までは自分の命を軽視していたが、圭や学園生活部との出会いにより『生きていたい』という感情が芽生えた。左腕の肘から先は彼らになっている。感染の危険はないが左腕は痛みを感じない。胡桃から受け取ったピンクの上着は、表には出さないがかなり気に入っている。
祠堂圭
渚と同じ学年の少女。明るくて行動力がある。自分を省みない渚を説得し、親友になった今作品のヒロイン枠。戦闘はあまり得意では無いが、渚の精神を支える大きな柱になっている。
原作との相違点:生存してる。
直樹美紀
祠堂圭のクラスメイトで、親友。以前渚に助けられたことがあり、友情というよりは恩返しをしたいという思いの方が強いのが現状。学園生活部の中で頭脳として活躍しているほか、運動神経もそれなりにある。胡桃曰く、『最近ゆきに似てきた』。
原作との相違点:そこまで酷い怪我をしていないため眼帯をつけてない。また圭が生存していたことにより、原作ほど部のメンバーと打ち解けてはいない。(友好的であることに変わりはない)。
丈槍由紀
巡ヶ丘学院高校3年。かつては辛い現実に押し潰され妄想の世界に逃げ込んでいたが、今ではしっかり現実と向き合っている。それでも子供っぽい行動は多い。
原作との相違点:特になし。
恵飛須沢胡桃
由紀の同級生。部の中でもっとも高い運動神経を持つ。戦闘では渚の方が経験豊富な為渚の方が強い。渚とは通じるところがあるようで、3年組の中では一番良く渚と話している。
原作との相違点:感染していない。その為ピンクの上着を着ておらず、制服も半袖。
若狹悠里
学園生活部の部長で、皆の頼れるお姉さん的存在。最近少し情緒不安定だが、理千亜の存在が彼女の支えになっている。
原作との相違点:原作よりはマシな精神状態。
引馬理千亜
オリジナルのキャラ。小学生。茶髪のポニーテール。憧れていた先生の口調を真似して、語尾に『っす!』をつけている。元気一杯な良い子。小学生にしてはかなり頭が良い。悠里に良く懐いていて、べったりしていることが多い。
太郎丸
なんかめっちゃ賢い犬。最近渚のファンネルになった。
原作との相違点:感染したが生存。原作の胡桃に近い状態。飛躍的に上昇した身体能力で渚の戦闘をサポートする。