※若干のGL要素
刺すような日差し!冷たい水!そして恥じらう渚!
「プールって良いねぇ……」
「何言ってるの圭……」
屋上のプールの中より。肌を隠すように座る渚を見ながらニヤニヤしていた私に、美紀が呆れた声で言った。
第1回学園生活部水泳大会も終わり、自由な遊び時間。水鉄砲でイタズラしたら、逆にホースで仕返しされてしまった。何故か、美紀も巻き込まれてたみたいだけど。
「いやぁ。普段頼りになる渚も、やっぱり女の子なんだよねぇ」
渚は強い。物理的にも、精神的にも。こんな地獄みたいな世界でも、しっかりと根を張って生きている。
まぁ、だから。そんな強い渚が恥じらう様子は、色々と来るものが……!
「ねぇ、圭ってここに来る前に頭打ったりした?」
失礼な。私はずっと前からこんな感じだ。
「おー?美紀は構って貰えなくて寂しいのかなー?」
「……はぁ」
美紀は諦めたようにため息をつくと、ジトーっとした目で私を見つめる。
「ごめんよー!美紀ー!」
ガバー。もしこれが漫画であったなら、そんな擬音が大きく出ていただろう。美紀に抱きついて、思いっきり髪の毛をわしゃわしゃする。美紀は顔を真っ赤にすると、少し怒ったように私を突き飛ばした。
「もう、どうしたの?圭ってば」
少し呆れた様な声。
その質問には答えなかった。答えたくなかった。私は、ただなにも考えずこの幸せに溺れていたいのだ。
「べっつにー。あ、ほら!太郎丸が泳いでるよ!」
器用な犬かきだ。太郎丸は短い足で、すごいスピードで泳いでいく。間違いなく悠里先輩よりずっと速い。
「ほんとだ、おいで、太郎丸」
美紀が両手を広げ、太郎丸を受け入れる姿勢を示す。それに気付いた太郎丸は、美紀に向かって泳ぐ。
「わふ」
そして直前で方向転換して、私に飛び付いてきた。
「太郎丸ー……」
美紀はそのまま悲しい声を上げながら固まっていた。太郎丸はそんな美紀を気に止める事なく、私の胸に顔を埋めていた。
「もう、太郎丸。美紀が可哀想でしょ」
もう少し凹んでいる美紀を見ててもよかったかもしれないけど、やっぱり彼女には笑顔で居て欲しい。私は太郎丸を両手で持ち、無理矢理美紀に近づける。
「わ、わんっ」
太郎丸は何かに怯えるように、必死に美紀から逃げようとしていた。
それを美紀は、ただ悲しげな瞳で見て、呟く。
「……ごめんね、太郎丸」
私は、美紀と太郎丸を置いていった。その時に何かあったのかもしれない。だとしたら、それは。
「圭のせいじゃないよ」
美紀の声がした。いつの間にかうつ向いていたようだ。顔をあげると、少しだけ頬を膨らませた美紀の顔。
「な、なんで」
私の考えてる事が?私のせいじゃないってことが?
自分でも目的の定まらない問い。周囲の先輩たちの喧騒も、少し強めの風の音も聞こえない。今ここにあるのは私達の音だけ。
美紀は真剣な表情になる。そして
私に諭すように話し始める。
「圭は悪くない。これは、私がけりをつける事だから」
美紀がゆっくりと近づいてくる。太郎丸は必死で私の腕から抜け出そうとしている。
「ごめんね、太郎丸」
美紀の手のひらが、太郎丸の頭に置かれた。そのまま優しく太郎丸の頭を撫でる。最初こそ抵抗していた太郎丸も、美紀の優しげな表情を見てからは大人しくなった。
もう大丈夫だろう。そう思った私は、太郎丸を美紀に渡す為に手放した。
「わんっ!」
すると太郎丸は何処かへ行ってしまった。美紀は太郎丸を呼び止めたりはしない。ただ走り去っていく太郎丸を見つめて……私に抱きついた。
「……ごめんね、圭。少しだけこうさせて」
美紀は声を殺して、それでも堪えきれずに泣いていた。私は彼女の背中に手を回し、もう片方の手で頭を撫でた。
「わんっ!」
しばらくその状態でいると、プールの外から太郎丸の声が。
「太郎丸?」
その口には、何処から見つけたのか知らないけどフリスビーがくわえられている。太郎丸は尻尾を振りながら、なにかを期待するような目で美紀を見つめた。
「太郎丸……?」
美紀はいまいち察せていないようだ。我が親友ながら鈍感だこと。私はそんな彼女に助け船を出そうと、プールから上がり美紀に言う。
「ほら、遊んでくれるってさ!」
美紀の目が大きく開かれた。そして直ぐに涙が溢れ出る。
「ありがとう、太郎丸……!」
美紀は目元をぬぐい、プールから上がると太郎丸からフリスビーを受け取った。
「わんっ!」
犬の表情はちょっと分かりにくい。分かる人なら分かるんだろうけど、人の表情とはちょっと違う気がする。でも今は、太郎丸が笑っている。私にでも分かるくらい明るく。
「じゃ、じゃあ……投げるよ?」
「わんっ!」
太郎丸が返事をしたことを確認すると、美紀はフリスビーを少し弱めに投げた。
「わおーん!」
太郎丸は走りだしフリスビーに追い付くと、ジャンプしてキャッチする。
「すごい、すごいよ太郎丸!」
美紀が目をキラキラさせながら、フリスビーを持ってきた太郎丸を抱き上げた。
「わふー」
太郎丸も抵抗する様子を見せず、むしろ美紀の頬を舐めている。
「ふふっ、くすぐったいよ、太郎丸」
久しぶりに見た親友の笑顔は、なんだかとっても暖かい気持ちになれた。
それから太郎丸と一緒に遊んだ。泳いだり、追いかけっこしたり。柄にもなく調子に乗ってしまった美紀がフリスビーを校庭まで投げてしまったのは内緒。でもそれも、いつかは笑い話に出来そうなお茶目な失敗。
「……圭」
心配そうな美紀の声。空はもう真っ赤に染まっていて、少し肌寒い。彼女は目をそらそうとする私の顔を両手で掴み、視線を合わせた。
「……無理、してない?」
……かなわないなぁ。美紀はやっぱり、私の事をよく見ている。
いつもより元気にしているはずなのに。美紀の目にはそうは映らないようだった。
「……ちょっとだけ、ね」
私達がここにいるのは、誰かが身代わりになってきてくれたからだ。イシドロス大学の学生だった皆のお陰。
「私は、いろんな人を見捨ててここにいるんだ。……ねぇ、美紀。私、これでいいのかな?」
「これでいい……って?」
美紀は不安げな表情で首をかしげた。
「……私は、ここで楽しんでいて良いのかな」
巡りめぐって、皆を生け贄にして。私は親友を取り戻し、新しい友達も出来た。私だけの一人勝ち。差し引きはマイナス。それは、あまりにも理不尽に思えてしまった。
……私は今、こんなにも幸せなのに。
「……ねぇ、圭」
青い快晴の空を見上げながら、美紀は大きく体を伸ばした。
「私、生きてて良いことあったよ」
そう言う美紀の表情は穏やかで。彼女が、この居場所を大切にしていることが感じられる。
「……そう、だよね。生きてれば、良いことあったよね」
生きてれば、それでいいの?
かつて私が美紀に問い掛けた言葉。あの時、どうするのが正解だったのだろう。私は渚が居なければ、美紀は学園生活部が無ければ。全てがたまたま上手く行った。私達だけは生き残った。
「だからさ、圭」
美紀が私の手を掴む。表情の乏しかった彼女の、輝かんばかりの笑顔。
「精一杯生きよう、皆の分まで」
人はいつか死ぬ。私も、美紀も、渚だって。だけど、まだ私達は生きている。
「……うん」
今はまだ答えは出ない。だから、いつかそれを手に入れる時まで精一杯生きていく。
あの人達が、ここで生きていたことを忘れないように。目をそらさずに、それでも前を向いて。
「わんっ!」
足元で太郎丸が鳴いた。その顔がどうも得意気に見えて、つい吹き出してしまう。
まだ、夏は終わらない。まだ、命は終わらない。
「わふー!」
もっと遊んで欲しかったのだろうか。太郎丸が私達を振り返りながら走っていく。
「ふふっ、まてー、太郎丸ー」
そんな気の抜けた美紀の声を聞きながら、私は黄昏の空を見上げる。
いつか終わるその時まで。
私たちは、ここにいます。
番外編その2でした。暑くなってきて溶けてしまいそうです。
さて、今回もお読みいただきありがとうございます。
今までのサブタイトルでは圭視点がメインの時には先頭小文字の英語になっていましたが、番外編なのでそんなことはないです。
今回は16話の裏話です。本編ではいつの間にか仲直りしていた美紀と太郎丸ですが、こんなことがありました、ということで。
それでは、また次回お会いできたらと思います。
ではでは。