かんせんぐらし?   作:Die-O-Ki-Sin

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25話―あふたーぐろう

 学校は、どの階も煤に覆われていた。

 私はとある教室へと足を踏み入れた。教室はやっぱり崩壊している。煤はいくつか見られたが、廊下ほど酷くは無いようだった。その教室では、由紀先輩がモップを使って掃除をしていた。

 

「ん?誰?」

 

 由紀先輩は振り向いて私を見ると、花の咲くような笑みを見せた。

 

「あ!なぎさちゃん!」

 

「先輩、私も手伝いますよ」

 

 そう言って、とりあえずちり取りでも受け取ろうかと私は左手を差し出した。

 

「ほんと?ありがと!」

 

 由紀先輩はちり取りを私に渡そうと手を伸ばし……ちり取りを落とした。先輩は、何か信じられないようなものを見る目で私の腕を見つめている。

 

 

 

 

「なぎさちゃん、その腕、どうしたの?」

 

 

 

 

 由紀先輩は確かにそう言った。

 包帯でぐるぐる巻きにされているはずの左腕。その隙間から、黒ずんだ素肌が覗いていた。

 

「これは……火傷ですよ」

 

 彼女に、真実を伝えるべきなのか迷った。……だけど臆病な私は、真実を突きつけることが出来なかった。

 

「そ、そっか、火傷か」

 

 先輩の足はふらふらとしていて、モップを支えにして立っているのがやっとのようだった。

 

「……ちがうよ、だって、だって……!」

 

 由紀先輩が、何処かへと走り去ってしまった。私は直ぐに先輩を追いかける。

 由紀先輩は学校中を走り回った。

 物理実験室の機械はもう使い物にはならないだろう。音楽室の楽器は木を使った物が多かったのか、燃えカスだけが無惨に残っている。肖像画は最早どこに欠片があるのかすら分からない。放送室の機材も、一部が燃えてしまっている。

 追いかけっこの果てに、私達は1つの部屋にたどり着いた。

 

「ぅわぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 学園生活部と書かれた紙は半分以上が燃えていた。座り込んで泣き続ける由紀先輩を、やって来た美紀が優しく抱き止めていた。

 

 

「電気はもうダメね」

 

 暗い地下倉庫、蝋燭の明かりだけが頼りだ。その中で寝袋を着たまま話し合う。由紀先輩の寝袋は熊のもので、それ以外の皆は普通のデザインだ。由紀先輩と理千亜は、掃除で疲れたのか眠っている。

 

「貯水槽も、パイプとかが燃えちゃってるみたいでした」

 

 屋上に向かっていた悠里先輩と圭の報告によると、ライフラインの殆どがやられてしまったようだ。一応、ペットボトルの水や食料もあるから、この人数なら1、2ヶ月ほどは持つだろうけど。

 

「……何とか残ってる資材が持つ内に準備をした方が良いですね」

 

「一応車はめぐねぇのがあるから、車に色々詰め込んで……って、この人数だと乗りきれるか?」

 

 学園生活部のメンバーは7人。キャンピングカーでもない限り、1つの車に乗るのは難しいだろう。

 

「私がここに来るときに乗ってきた車が壊れてなければ、行けると思います」

 

 元々は網手の物であろう車。2台あれば荷物も多く積めるし、大人数で移動できる。

 

「まじか!じゃ、日が昇ったら確認にでも行こうか」

 

「それじゃあ、 問題は何処に行くかですね」

 

 何処に行くか……かぁ。何にも情報がない今の状態でそれを決めるのは難しい。皆同じようなことを考えていたのか、誰も言葉を発さなかった。静寂が支配した空気の中、胡桃先輩が手をあげる。

 

「そのことなんだけど、さ」

 

 胡桃先輩が出したのは、地図だ。

 

「ヘリのとこで拾ったんだ」

 

 地図には、×で印がつけられている。確か聖イシドロス大学と、ランダルコーポレーションだ。

 

「進学か就職か、ですね」

 

 上手い例えだ。私としては大学に行きたいが……それは少し怖かった。ランダルコーポレーションにも言えることではあるが、誰かが居たときにその人がいいやつである保証はない。それに、この腕は人を怖がらせてしまうだろう。

 

「進学かなー」

 

 突然後ろから聞こえてきた声に、皆が小さな悲鳴をあげた。振り向くと、いつの間にか目を覚ましていた由紀先輩がそこにいた。

 

「ずっと勉強してきたからさ、進学がいいんじゃないかな、って」

 

 進学、かぁ。まぁ確かに悪くはないだろう。もし万が一、この状況が人為的に起こされたものだとしたら、それはラストダンジョンに直行するようなものだろう。聖イシドロス大学は巡ヶ丘の中でもかなり大きな施設だ。駅やこの高校のように、設備が揃っていてもおかしくはないだろう。

 

「……確かに、そうかもしれませんね。就職するなら、準備が必要です」

 

「基盤を整える必要があるわね」

 

「それもいいかもな」

 

「うん。行こうよ、大学!」

 

 皆賛成しているようだ。私も反対する理由はないし、頷いておこう。

 

「それじゃあみんな、進学目指して頑張ろう!」

 

「「「「「おー!」」」」」

 

 

 真昼の校庭。私の視界に動くものは何もなかった。燃え尽きた車や、あいつらの死骸。ボールにも焼け跡がついている。

 

「ん、よし、動いた」

 

 網手の車は、幸いにもヘリコプターから遠い位置に停めておいたお陰かあんまり傷は付いていなかった。『登校』した時にやられたのであろう、幾つか凹みが見られたが、走る分には特に困ることは無かった。

 

「……そんじゃ、上に戻るかな」

 

 そんな独り言を呟きながら、ふと上を見た。何かが、校庭の隅に飛んでいく。誰かが屋上から何かを投げ捨てたようだ。……少しだけ気になった私は、それが落ちたと思われる場所に足を進めた。

 

「……拳銃?」

 

 ドラマや映画で見るようなものだ。

 手に取ってみると、ずっしりとした重さを感じる。エアーガンの様な代物ではないだろう。これは、本物なのかもしれない。

 私は銃口を自分の方に向けないように弄ってみる。安全装置はしっかりと作動しているようだった。

 

「一応、持っておいて損はないか」

 

 私はそれを車の中に仕舞うと、皆が掃除している教室へと向かった。

 

「あ!おかえりなさいっす!せんぱいっ!」

 

 私が教室へと入った途端、理千亜が抱きついてきた。私はそんな彼女を抱き上げ1回転してやると、床に降ろす。

 

「お帰り、渚。……車、どうだった?」

 

「しっかり動いたよ。ガソリンは足りるか分からないけどな」

 

 私に少し遅れて、胡桃先輩と美紀が戻ってきた。きっと屋上にいたのは彼女達なのだろう。

 

「あ、みんなおかえりー!早く手伝ってよ」

 

 モップで床を掃きながら由紀先輩が言った。悠里先輩はその下で、小さな箒を使って由紀先輩が集めたゴミをちり取りに入れているようだ。

 

「はーい。あ、そうだ!渚、長袖の服探してたよな?」

 

 胡桃先輩は何かを後ろに隠している。ピンク色の何かがちらっと見えた。

 

「……そうですけど、どうかしましたか?」

 

 胡桃先輩はへへっ、と小さく笑うと、後ろに隠していたものを得意気に掲げた。

 

「じゃーん!」

 

 胡桃先輩の手には、ピンク色の上着。柔らかそうな材質で、動きを邪魔しなさそうだ。

 

「前にモールに行ったときに持ってきたんだけどさ、奇跡的に燃えずに残ってたんだよ!」

 

 奇跡的に。その言葉に間違いはないのだろう。その上着は、腕の部分こそ無事だが腹にあたる部位は少しだけ燃えているようだった。

 

「ほら、これ着ろよ……ちょっと燃えちゃってるし、ピンク色だから気に入らないかもしれないけど……」

 

 胡桃先輩は人差し指で頭を掻いた。私は彼女の手から上着を受けとると、言った。

 

「嬉しいです……あ、ありがとうございます、先輩」

 

 私は上着を着る。元々は胡桃先輩の為に持ってきた物なのであろう。私と胡桃先輩の身長は同じくらいなので、丁度いいサイズだった。

 

 パシャッ。

 

 カメラのシャッターを切る音が聞こえた。美紀が少し悪戯そうな笑みを浮かべて、カメラをこっちに向けていた。

 

「……お前、そんな顔も出来るんだな」

 

 胡桃先輩が嬉しそうに言った。ポラロイドカメラから出てきた写真には、私……そう、鏡でも見たこともないような表情をした私が映っている。

 

「何々?おー、渚可愛いー!」

 

「わたしもみるっすー!」

 

 あっという間にその写真は皆に囲まれてしまった。それが少しだけ恥ずかしくて、私は上着の袖で口元を隠していた。

 

 

「そろそろ、いいかしらね」

 

 それから7人で掃除を進める。教室は、入ってきたときと比べてかなり綺麗になった。

 

「じゃ、はっじめっるよー!」

 

 由紀先輩が黒板に何かを書き始める。いったい何を始めようとしているのだろうか。まさか卒業式な訳無いだろう。だってまだ準備は終わっていないし、由紀先輩だってそこまでバ――。

 

 そつぎょうしき

 

 ……黒板には、丸っこい可愛い文字でそう書かれていた。

 

 

 それから、色々と準備をした。教師も居なければ、いつもアルバムを作ってくれているのであろう業者もない。だから、全て1から作ることになった。

 そして今、私達は1つの教室に集まっている。

 

「それではこれより、巡ヶ丘学院高校の卒業証書授与式を執り行います。在校生、送辞」

 

 悠里先輩が挨拶をすると、送辞が書かれた原稿用紙を手にした美紀が教壇に立った。

 

「月日の流れるのは、本当に早いものです」

 

 ……本当に、早いものだ。

 この絶望に溢れた世界で、圭に出会って。学園生活部での生活はとても楽しく、輝いていた。

 色々な人と出会い……そして失った。もっと私が強ければ、みんなを助けることが出来たのかもしれない。……でも、そんなことを考えたって時間は戻らないし、亡くしたものが帰ってくるわけでもないんだ。

 私は自分の上着の袖を掴む。もう、誰も失いたくないから。もう、会えなくなるのは嫌だから。皆を死なせたりはしない。……そして、私だって生き抜いて見せる。

 卒業式を終えた私達は、2台の車に乗り込んだ。私の前を行くめぐねぇの車には、胡桃先輩、由紀先輩、悠里先輩と、理千亜が乗っている。

 

「まさか、またこの車に乗るなんてねー」

 

 助手席に座った圭が、地図を広げながら言った。

 

「ま、先輩たちの車に付いていくだけだから迷わないと思うけど……よろしくね、渚!」

 

 校庭には誰もいない。人も、あいつらも。

 

「渚、もし辛くなったら、運転替わるからね」

 

「わんっ!」

 

 後部座席に座る美紀は、太郎丸を抱えながら言った。

 

「……ありがとな。皆」

 

 アクセルを踏み、車を進めた。

 2台の車が町を進んでいく。たまにあいつらはいるけど、それ以外に動くものは無い。そんな光景は、まるで時が止まったような錯覚を私にもたらした。それでも水は、風は、空高くに浮かぶ雲は……そして他ならぬ私達は動き続けている。

 時間は止まらない。だから、どんなに辛くても私達は前に進み続ける。

 私達が『ここ』にいる限り。

 

 見上げた空はどこまでも遠く、私達を見つめていた。







25話でした。これで一期はおしまい。渚達は学校を飛び出し、広い世界へと旅立って行きます。
二期は原作6巻辺りからとなりますが、今のところあんまり方向性が決まってません。というのも私は単行本派なので、原作がどう進んでいるのか分からないのです。
と、いうわけで。本編の更新はしばらくお休みとなります。少なくとも8巻が出るまでは。

第一期が無事最終回を迎えられたのは、他ならぬ読者の皆様のお陰です。この様な拙い文、下手なストーリーにお付きあい頂き、本当にありがとうございました!

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