「なぎさちゃん!」
部室に降りてきた私に、由紀先輩は鼻息荒く言い放った。
「学園生活部放送局、発足だよ!」
「……は?」
机を隣の教室に移動させながら、出店の様なものを作る。学園祭、ねぇ……。
「わくわくするね!渚!」
圭は乗り気なようだ。彼女もどちらかと言えば由紀先輩と同じタイプなのかもしれない。イベントが好きなのだろう。
「そうは言われても、クッキーなぁ……」
たまに料理はしたが、クッキーなんて焼いたことはない。自分で作るよりお店で買ってきた方が百倍美味しいだろうから。3年生はラジオ関連、2年生は文化祭。何かめんどくさい事を押し付けられたような気もする。
「圭、渚。もう机は大丈夫そうだよ」
隣の教室で装飾を行っていた美紀がこっちにやって来る。
「ありがとな、美紀」
「ううん、こっちこそ力仕事任せちゃってごめんね」
3人で隣の教室へ向かうと、机は丁寧に、まるで本物のお店のように並べられていた。机にはそれぞれ違った色のクロスが掛けられている。
「うわー、凄いよ美紀!」
圭は美紀に抱きつき、頬擦りしている。美紀は少しだけ照れ臭そうに圭を抑えていた。
「じゃあ、後は……クッキー、か」
「材料は……冷蔵室にあったと思う」
「でも私、クッキーなんて作ったことないよ……?」
参った。ネットも使えないから、作り方を調べることもできない。
「一応、作り方は知ってるけど……」
「本当か?良かったよ。図書室で料理本探す羽目になるのかと」
そもそもそんな本があるかも知らないのに。美紀はメモ帳を取り出すと、ページを1枚切り取って何かを書く。
「一応、こんな感じかな」
「薄力粉に、バター」
「ココアかぁ……美味しそうだね」
材料と製法がメモには書かれていた。詳しいグラム数とかは書かれていないが、むしろこれを覚えているだけで中々のものだ。
「……って、卵はどうするんだ?」
私がふと呟いたそんな言葉に、和気あいあいとした様子の2人が凍りつく。卵は冷蔵してても長くは持たないだろうし、そもそもそんなものを非常用の冷蔵室には入れておかないだろう。
「い、一応卵無しでも作れるみたいだし……!」
「そ、そうだよ!美紀良いこと言う!」
「そ、そっか。それは良かった……!」
再び、教室に静寂が訪れた。
「これで……」
「完っ成……!」
「なのか……?」
3人で作ったのは、半分がココア、半分がプレーンのクッキーだ。調子に載って沢山作ってしまったが、味の確認はしていない。
私達は恐る恐るクッキーに手を伸ばし、齧った。
「ん!美味しーよ!これ!」
圭が目を輝かせて言った。確かに美味しい。手間隙かけて作ったせいなのか、市販のものよりも美味しく感じられた。
「良かった……」
美紀はホッと胸を撫で下ろしていた。量とかが良くわからなかったから、不安だったのだろう。
「これだけありゃ先輩達も満足だろ」
そうして3人でつまみ食いをしていると、圭の私物だと言う音楽プレイヤーが声を届けた。
『皆、聞こえるかしら?……って、返事は聞けないんだけどね。もし聞こえてたら、一旦放送室に来てちょうだい。待ってるわ』
ラジオだ。放送室の機材で電波を飛ばすことに成功したらしい。お陰で一方通行ではあるが、校内で遠距離からメッセージを送ることが出来るようになった。そして部長からの召集命令だ。私達はつまみ食いをする手を止めると、クッキーにラップをかけ教室を後にした。
「おかえりなさい、3人とも」
放送室の機械の前でヘッドホンを外しながら若狭先輩が言った。私は生憎と機械関連は得意ではないが、若狭先輩は結構上手く動かしているようだ。
「おー、おかえりー」
胡桃先輩は、機械を動かすのに使ったのであろう資料を片付けている。
「手伝いますよ、先輩」
資料は多く、胡桃先輩1人では少し時間がかかってしまうだろう。
「サンキューな、渚。あ、それは一番上の棚に入れてくれ」
2人で片付けを始める。資料には電波がーだの、波がーだの書かれている。少ししか目を通してないが、内容はさっぱりだった。
「皆!スゴいよ!これで学園祭をご近所中に発信だよ!」
由紀先輩が目を輝かせている。学園祭が楽しみでしょうがないといった様子だった。
「それなら、もう直ぐにでも始められそうですか?」
圭は引馬をあやしながら言った。
「えぇ」
皆で手を重ね、えい、えい、おー!の掛け声と共に手を高くあげた。学園生活部の、初めての学園祭が始まったのだ。
「……で」
「わんっ!」
「……どうして私達はここにいるんだろうな、太郎丸」
教室。招き猫の様に机の上に座った太郎丸に話しかけた。
「わふ?」
まぁ、最初から返事なんて期待はしてなかったが。
私の目の前には皆で作ったクッキー。つまるところ私は、店番と言うやつをやっているのだ。
今ごろは、由紀先輩がマイクを持ちながら色んな施設を周っているのだろう。
「はぁ……」
正直に言うなら、面倒くさい。それに今まで学園祭なんてまともに参加したこと無かったのだ。楽しみ方だって分かりはしない。
「……1個だけなら、いいよな?」
私はクッキーを1つ口の中に放り込む。中々の味だ。きっとこれが本当に学園祭だったなら、大盛況だったかもしれない。
……本当の学園祭なら、私はここに居なかったのだろうけど。
たまに思うときがある。私は、私だけに関しては事件が起こった後の方が幸せなのではないだろうか。
「こんだけ天気良いならさぞ発電できるだろうな」
誰に聞かせるわけでもない独り言。
何を幸せと置くかは人それぞれだ。私にとっては、『色』のある世界を過ごせればそれだけで幸せなんだ。
私の世界はモノクロだった。でも、今は違う。圭が居て、美紀が居て。太郎丸に理千亜、先輩達だっている。今ここで、今日だけの今日を生きている。
……でも、得をしたのは私だけだ。皆、それぞれの幸せがあった筈なんだ。
どっちかが勝てばもう一方は負ける。そうやって差し引きゼロになるゲームの事をゼロサムゲームと呼ぶらしい。
なら、7人が負けて、1人だけ勝ってる今の状況は?
「マイナス6、ってところかな」
マイナスサムゲーム、なんて言うのだったか。そんな曖昧な知識を思い出しながら、窓の外を見ていた。
今の『幸せ』が、ずっと続くと信じてしまった。
「わんっ!」
太郎丸が吠える。どうやら主役のお出ましのようだ。直ぐに扉が開き、特徴的な帽子を被った少女がマイク片手に現れた。
「そしてここが、学園生活部の部室です!」
後ろの胡桃先輩は、カメラマンの様に『スゴイカメラ』を構えている。
「売り上げはどうですか?」
マイクを向けられた。目の前には、当然だが殆ど減っていないクッキー。まさかゾンビ達が買っていってくれる訳ではあるまい。
「あんまり、ですね。学園祭も始まったばっかですから、お客さんも来てませんよ」
精一杯の嘘。私は最初に彼女達を見たとき、心の中で共依存だと毒づいた。だけど、こうして溺れてみればなかなかどうして悪くない。……これが良くない事は百も承知だ。だけど、毒は目の前のクッキーよりも甘かった。
「ありゃりゃ、そうですかー。それなら、いっぱい来てくれると良いですね!」
「……えぇ」
そう言って頷いた。
「あ、それじゃあ最後に――」
由紀先輩はクッキーを味見したり、店の装飾を褒めたりした後、もう1度私にマイクを向けた。
「――なぎさちゃんの、将来の夢は何ですか?」
今まで見たことも無いような、大人びた由紀先輩の笑み。それはいつもの少女としての由紀先輩ではなく、女性としての魅力を見せてくれた。
「私の、将来の夢……」
考えたことなんて無かった。昔は色々と憧れたものだった。花屋に、看護婦に、ケーキ屋に。一時期はヒーローにも憧れたんだっけか。……いつしか、私は夢を見なくなった。将来の事から目を反らすようになった。私の過去がある限り、私の夢は叶わない。私は、何よりも諦めるのが得意になった。
「私には――」
何て言おうとしたんだったか。直ぐにその先の言葉は記憶の隅に追いやられる。
『皆、大変!屋上に来て!』
悠里先輩が、何かを見つけたようだ。
屋上には、皆が集まっていた。悠里先輩は空高くを指差している。
「あれは……」
「ヘリ、コプター……?」
圭が信じられない物を見るような顔で言う。そう、あれは間違いなくヘリコプターだ。でも、何で……?
「おぉぉぉぉぉい!」
私達が呆気に取られていると、胡桃先輩がヘリに向かって叫んだ。
ヘリコプターは私達の存在に気づいたのか、こちらへと向かってくる。
「なにあれ……こわい……」
由紀先輩が小さく呟く。
私も、何か嫌な予感を感じていた。
「あれ、傾いてない?」
誰かがそう言う。確かにヘリコプターは傾いている。あのままじゃあ――。
――――――。
とても大きな音。
ヘリコプターは、校庭に墜落していた。
(祝)第1話UA1000突破!
毎度お読みいただきありがとうございます!まさかこんなに沢山読んでいただけるとは思ってもみませんでした。評価やお気に入り、感想もありがとうございます。皆様のお陰で、かんせんぐらし?はここまで続くことができました。本当に、ありがとうございます!
……最終回っぽい感じになっていますが、まだ終わりません。まだまだ続くんじゃよ。
さて、一部オリジナル展開を入れつつ基本原作にそって進んできたかんせんぐらし?です。楽しい日々は終わり、恐ろしい抜き打ちテストが待っています。抜き打ちテストに対して一番効果的な勉強法は、やっぱり日々の積み重ねですよね!
それでは、また次回お会いできることを心待ちにしております。
ではでは。