21話―えびでんす
切る。移動して、元居た場所を切る。そして止めに頭を殴る。
……よし、イメージトレーニングは完璧だ。私は長く伸ばした高枝切り鋏を元の長さに戻すと、それを肩で担ぎながら部室へ入っていった。
大体一週間ほど経ったか。圭から七草さんの話を聞いた。私は、特に何を思うこともなかった。ただ、生きていてくれて良かったと思ったのだ。そしてそれ以上に、私は此処にいれることが嬉しかった。
それから私の周囲は色々と変わった。そもそも私が肉弾戦を仕掛けていたのは感染しないと思っていたからで、そうでも無くなった以上私も何か武器を持った方が良いだろう。そこで胡桃先輩に購買部に置いてあったという高枝切り鋏を譲ってもらったのだ。伸縮自在で、先端にノコギリを取り付けたりすることの出来るタイプ。殴るも良し、切るも良し、刺すも良し。おまけにリーチも長く、これなら噛まれるリスクを軽減することが出来るだろう。
「あ、おかえり、渚」
部室に戻った私に一番最初に声を掛けてくれたのは圭だった。由紀先輩と理千亜……は授業中なのだろう、部室には居なかった。太郎丸は机の下、圭の足元で丸まっていた。
「ただいま。……何やってるんだ?」
部室に居た4人は、緊急避難マニュアルを囲んでいた。何かを調べているみたいだ。
「うっす、渚。今は地下に行こうか、って話をしてたんだ」
胡桃先輩は、相変わらずシャベルを持ったままだ。あの調子だと寝るときまで一緒なのでは無いだろうか。
「おかえりなさい、渚さん。このマニュアルを見てみるとね、薬の他にも食料や生活用品もあるみたいなの」
「だから、どうやって行こうかって考えてたんだ」
若狭先輩に、美紀。美紀は私に対してため口で話してくれるようになった。だけどたまに躊躇うことがあるようだ。……やっぱり私は怖いのだろうか。左腕の事ではなく、その、本質的に。
「そんなん簡単だろ?ほら、私が突っ込んであいつら倒してその隙に――」
「ほあちょー!」
圭からチョップを喰らった。結構痛い。
「もう!直ぐにそんな事言うんだから!」
「あ、あはは……」
あれ以来、圭とは1つの約束をした。
『出来うる限り、自分を大切にすること』
私にとっては針山を裸足で登りきるくらいには難しい事だ。……だけど、事件が起こる前よりは生きていたくなった。
「どうだ?あたし直伝のチョップは効くだろ?」
胡桃先輩がしたり顔で言う。通りでしっかりとしたチョップだった。
「まあ、でも方法としてはそれしか無いと思うよ。あたしと渚であいつらを抑えるのが手っ取り早い。渚だって今は武器もあるんだ」
うんうん、と胡桃先輩の発言に同調するように頷く。まだ実戦では使ったことは無いが、この鋏とは長くやって行けそうに思えた。……もしかしたら胡桃先輩がずっとシャベルを使っているのは――いや、きっと別の理由もあるのだろう。彼女がシャベルを見る目は、私のものとは違うから。
「でも、本当に無理はしないでね?」
若狭先輩は心配そうに言った。まぁ、あんなことがあった直後なのだから仕方は無いと思うが。
ガラッ。
ドアを開く音だ。2人の足音が聞こえる。授業が終わったのだろう。
……そういえば、理千亜には『めぐねぇ』は見えていない筈なのだが、どうやって授業を……?
「みんな聞いてよー!スゴいんだよりちあちゃん!私より英語出来るんだよ!」
「えへへー」
犬の尻尾の様にポニーテールを振りながら理千亜が笑った。……ポニーテールを、振りながら?
何故かは知らないが、学園生活部は色々と私の常識を壊していっている気がする。この間なんかは由紀先輩の被っている帽子が伸びたり回転したり――あれ、それは夢で見たやつだったか?とりあえず一々突っ込んでいたら終わりそうに無いので、私は考えないことにした。順応するのは良いことだと思う。
「それでね!りちあちゃんに英語教えてもらってたの!」
「授業って理千亜ちゃんがやったの!?」
突如明かされた衝撃の事実に、圭が全力で突っ込みを入れていた。……それにしても、まさか理千亜がそんなに勉強出来たなんて。
「理千亜、お前凄いんだなー」
胡桃先輩が理千亜の頬をムニムニと弄くっていた。やっている方もやられている方も幸せそうに見えた。理千亜は一旦胡桃先輩の腕を離すと嬉しそうに語りだす。
「えへへっ、おかーさんがね、えーさいきょーいくするって言ってたの!えいごのてすとのね、にきゅう?もってるんだよ!」
……もしかしたら彼女は天才なのかもしれない。私は……最近教科書すら見てないから全然覚えてないな……。と言うか教科書とか色々棄てていった気がする。
「わんっ!」
目を覚ました太郎丸が飛び付いてくる。圭の話だと太郎丸も噛まれてしまったらしいが、薬を使ったからか特に影響は無いようだ。ただ、首の辺りの毛を掻き分けて肌を見ると、私と同様に黒ずんでいる。
「いやぁ、それにしてもなぎさちゃん!高枝切り鋏似合ってるよ!」
くるりと振り向いた由紀先輩から、何とも微妙な誉め言葉をいただいた。
「そ、そうか?……それは良かった……です……のか?」
どう答えたら正解だったのだろうか。由紀先輩は私の返事を聞いているのかいないのか、むふー、とした顔を崩さずに居た。きっと何を言っても正解だったのだろう。
「はいはい、そのへんでねー。出かけるわよ」
若狭先輩が手を叩いて言った。部員の中心が彼女に集まる。
「はーい、どこに?」
「今日は倉庫の整理よ」
質問した由紀先輩は、若狭先輩の返事を聞いて倉庫?と呟く。
「地下1階の倉庫だよ、広いぞー?」
まるで怖がらせるかのような胡桃先輩の口調に、由紀先輩の輝いていた表情は曇る。顔のど真ん中にメンドクサイと書かれていそうだ。
「ちゃんと整理できたら備品にして良いって言われたんですけどね」
このままじゃやる気を出してもらえなさそうだと感じた私は助け船を出した。案の定、由紀先輩は食い付いてきてくれた。扱いやすくてとてもよろしい。
機械室を抜けて地下へ。ここは相変わらず静かだった。
「暗いねー……電気無いの?」
由紀先輩にそう言われ、私達は懐中電灯で辺りを探った。すると入り口の近くにスイッチを見つける。
由紀先輩がそのスイッチをつけると、暗かった地下は一気に明るくなった。突然明暗が反転したせいか、少しだけ目が痛い。
「電気、来てたんだね」
「ま、探してる暇も無かったけどねー……」
美紀と圭が蛍光灯を見ながら呟いた。かくいう私も全然気づいていなかったのだが。
「それじゃあ、頑張ろー!」
由紀先輩の掛け声を合図に、私達は物資を求めて動き出した。
私、圭、美紀、おまけに太郎丸の後輩組と先輩組に別れて探索を始めた。地下ではあいつらを見かけることは無かった。
「あ、ここだよね、美紀!薬を見つけたの」
とある部屋に入ったとき、圭が周囲を見回しながら言った。
「うん、明るいと色々印象変わるね」
そうか、ここで2人は七草さんに会ったのだろう。私と圭は手分けして、取り合えず棚を全開にした。美紀は棚を見て何があるかをメモしてくれている。
「……なんだこれ」
寝袋というやつか。それにしては奇抜なデザインだ。これに似た熊のぬいぐるみを何処かで見たことがあるような気がする。
「2人とも!見て見て!」
圭が嬉しそうな声で何かを持ってきた。私と美紀は作業を中断して圭を見る。彼女が持っているのは、ノートパソコンと言うやつだ。
「凄いでしょ!こんなのも用意してたんだね!」
パソコンを天にかかげはしゃぐ圭に、美紀が言い放った。
「でも、それって動くのかな」
くるくる回転していた圭がピタリと止まった。でも確かにパソコンは動かないかもしれない。
「充電器みたいなのはあったか?」
「うん、あったよー。後ね、CDみたいなのも見つけたんだ」
圭から受け取ったCDには、サバイバル百科事典と書かれていた。どう見ても音楽は入っていそうに無いので、ノートパソコンとセットで使うものなのだろう。
「とりあえず、これは部室に持ち帰ってからにしよっか」
意外に冷静だったのか、圭はノートパソコンとそれに関連するもの一式を持ってきた鞄の中に入れた。
他に何か無いかと探していたときに、由紀先輩の声が聞こえた。
「みんな、こっちこっち」
呼ばれた先には、先輩組と理千亜が扉の前で待っていた。扉には、冷蔵室と書かれている。それなら、ここには食料が……?
「でも、中身があるとは限らねぇよなぁ……」
「うん、もしかしたら腐ってるかも……?」
私と圭は若干不安だったが、胡桃先輩は乗り気なようで冷蔵室の前に立ち、扉をゆっくりと開いた。
……暗くてよく見えない。段々と扉が開く度に光が入り、ちょっとずつ中が見えてくる。……まさか、あそこに見えるのは――。
「「「「「「「いっただきまーす!」」」」」」」
久々に、肉を食べた気がする。今まで食べていたのは冷凍食品やレトルトに入っている肉片だけだ。勿論それはそれで美味しかったが、今私の目の前に置かれているステーキには程遠かった。
食べ方にも個性が出るものだ。由紀先輩は一気に肉を食べきってしまった一方で、圭は楽しみにとって置いている。
私は色々な調味料と合わせたりして、いろんな味を楽しんだ。
「ごちそうさまでした」
食事を終え、皆で余韻に浸る。本当に「ご馳走」と呼べるものであった。
私はパソコンを弄ってはしゃぐ他の部員達を尻目に、屋上へと登った。
「……手を切りそうだな」
地下へ向かう際に、私は高枝切り鋏を使って2体ほどあいつらを切り裂いた。先端につけたノコギリには、あいつらの臓器と思われる何かの欠片や、液体がこびりついていた。
屋上のホースで洗い流そうとするも、乾いた血液は中々取れそうになかった。
「そこはこれを使うんだよ」
やすりのような面がついたスポンジを手渡される。
「胡桃先輩?」
シャベルを担いだ胡桃先輩だ。確か下でパソコンを使っていた筈なのだが。
「気になってな。ついてきたんだ」
そう言って私の隣にしゃがんだ胡桃先輩は、お手本だ、と言って武器の手入れをやってくれた。胡桃先輩の手際は良く、汚れはあっという間に消えた。
「渚、あんたの事思い出したよ。2年で色々問題を起こしてるやつがいるってね」
私の噂は3年生にまで伝わっていたのか。私が気まずそうに黙っていると、胡桃先輩は続ける。
「……その話を聞いたときはさ、どんなおっかねぇ奴かなって思ったんだよ。……だけど、そうでも無いんだな」
胡桃先輩は立ち上がり、洗い終わった鋏を渡してくれる。
「渚。あたしはあんたに会えて良かった」
そう言った胡桃先輩は鉄柵にもたれ掛かり、校庭を見下ろした。
「……あたしは、ほんとはずっと怖かったんだ。……でも、ゆきやりーさん、美紀だって戦わせるわけにはいかないし、多分戦えないと思う。あいつらを殺す感覚には慣れちゃったけどな……」
私も彼女の隣で校庭を見下ろした。
「勿論、渚なら戦って良い、怪我して良いって言うことじゃないぞ。……でも、あたししか戦えないのに、あたしに何かあったら……そう考えると、な」
先輩も、私も、ずっと一人で戦ってきた。
「私が戦えるのは……待ってくれる人がいたからですよ」
駅で暮らしていたとき、1人で抜け出して見回りに行ったときも、圭はすごく心配そうな顔をして待っていてくれた。
「先輩だって、きっとそうなんでしょう?」
「……そうだな」
先輩はチラリと十字架を見やると、視線を校庭に戻した。
「これからは、私も一緒に戦いますから」
先輩の手を取って言った。先輩はそれを見て驚いた表情をすると、すぐに笑って見せる。
「ありがとう、渚」
その後も、色々な話をした。シャベルについて、学園生活部のこれまでについて。
少しだけ、胡桃先輩と仲良くなれた気がした。
理千亜は天才でした。21話です。
くるみとのフラグを無事立てた渚でした。学園生活部の中では、ゆき、りーさん、みーくんとはまだまだ打ち解けては居なさそうです。
5章はこの話を含めて5話になる予定です、と言うか5話に詰め込みます。
高枝切り鋏は肝試し回で出てきたあれです。書いてませんが20話と21話の間でとってきました。
ではでは、また次回お会いできたら嬉しいです。