かんせんぐらし?   作:Die-O-Ki-Sin

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答え合わせを始めましょう。


模範解答―Pandemic

 自分で言うのもどうかとは思うが、私は天才であった。中学生にして、世界で最も偏差値の高い某有名大学に入学できる程の力があった。

 その大学は海外にあり、飛び級が認められていた。私の頭の良さを喜んだ両親は私をその大学のある国へ送り、私は見事に首席で卒業することが出来た。

 

「それじゃあ、よろしく頼むよ。七草さん」

 

 目の前の男――私の研究所を傘下に置く大企業、ランダルコーポレーションの幹部はそう言った。新しい仕事の依頼だ。内容は、独自に変異してしまった生物兵器に対する新しい薬と、その薬が生体にもたらす影響の研究。

 大学を卒業後、私はこの企業にスカウトされ研究所を手に入れた。それ以降は、ランダルコーポレーションから持ってこられる依頼をこなしながら興味を持った事を研究している。研究所の名前は七草生体研究所だが、研究内容は生体に関することだけではない。

 

「はい。わかりましたわ」

 

 今回の依頼は、個人的にも興味をそそる内容だった。新しい薬の開発。どうも私は発明することが好きなのかも知れない。

 先ずは受け取った資料を読むことにする。資料には幾つかの生物兵器のデータが載っていた。

 今回薬を作るのは、■系列のウイルス。……聞いたこともない名前だ。αやβは前々からその存在を知っていたが、新しいウイルスを開発したのだろうか。どうせならそちらの研究もやってみたいものだ。

 

「……何よ、これ」

 

 資料に書かれていた■系列のデータはあまりにも異質だった。界?ドメインレベル?ありえない。

 ……それならばあの薬は効くだろうか、いやあの成分は。

 私はワクワクしていた。だからこそ、このウイルスの危険性に気づくことが出来なかったのだ。

 

 

 ……あれからしばらくの時間が経ち、私はとある薬の開発に成功した。2つの薬を合わせたものだ。本社から送られてきた■系列のサンプルと共に、哺乳類を使った実験は終了している。……その中には、表向きには死刑として処刑された犯罪者や、秘密裏に作成されたヒトのクローンも居た。

 

「薬だけによる副作用は微々たるもの。……でももう一度ウイルスが侵入すると……」

 

 他の哺乳類でも実験したが、長いものでも3時間、いや、2時間半程度で死亡してしまった。薬によって作られた免疫が過剰に反応しているのだろう。

 

「この副作用を抑える薬も必要ね……」

 

 それともう1つ、この薬には問題点があった。彼らになりかけた身体の一部が元に戻らない事だ。試しにマウスの尻尾にウイルスを投与、ある程度視覚的な変化が現れたところで薬を使い、進行を止める。すると変化した尻尾は元に戻らなかった。

 もし、本社が想定する事態が発生したとして。私の薬が広まったとして。この薬によって彼らになるのを免れた人間はどうするのだろう。体内にウイルスは存在しない。ただ身体の一部が彼らに似ているだけの人間なのだ。……それを、他の人間が認めるだろうか。

 この薬はまだ試作段階だ。どうにかして、視覚的な変化を治していかなければならない。

 

 だが、この薬が完成することは無かった。

 

 ついに、来てしまったのだ。これは起こるべくして起こった事。想定され――そして画策されていた事。この日の為に、私は研究を続けていたのだ。

 研究所の窓から見える外の景色は、地獄と呼ぶに相応しい光景だった。

 

「本社からの連絡もなし……か」

 

 見放されたのか、それとも本社も被害を受けているのか。ランダルコーポレーションと連絡を取ることは出来なかった。

 

 それでは、最後の実験を始めようか。

 

 この薬は試作品。それでも効果自体はちゃんとある。あとは――。

 

「この薬を使った人間を、周囲はどう扱うか」

 

 開発は間に合わない。それでも続けるしかない。今大切な事は、一人でも多くの人間を生かすことなのだ。

 私は左手の薬指にウイルスを投与した。……薬指を選んだのは、変化する部位を小さくするためだ。……そうだ、決して他の意味は無い。実験を行い、観察する人間が死ぬわけにはいかない。そして私は症状が進行するのを確認すると、私の開発したものとは別の薬を投与する。これは、ランダルコーポレーションの別の研究所によって開発されたものだ。

 この薬の優れている点は、彼らの注意を引かなくなること。私の薬でも一定時間は彼らに襲われなくなるが、ウイルスを死滅させるからかその効果が持続することは無い。

 黒ずんだ薬指を隠すために包帯を巻く。表向きには火傷と言うことにすれば良いか。

 

「病院、駅、コンビニ、小学校……」

 

 実験場は何処にしようか。病院や駅、小学校では人目が多いと思う。私が手を加えるところを見られるのは好ましくない。

 そう思った私は、大通りに面したコンビニで実験を行うことに決めた。ランダルコーポレーションの傘下のコンビニだ。本社からは『いざというときのために』そのコンビニの制服を受け取っている。これを着れば店員のふりだって出来るだろう。

 鞄には、メモや筆記用具、小型の盗聴器にウイルスのアンプルに薬、それを使うための注射器を入れる。そして……、極秘に入手した違法薬物から抽出したとある成分を入れておく。これは茸の一種で、主な症状は幻覚や吐き気、発熱等。これを使えば、私がウイルスを投与したとしても認識されないだろう。相手は幻の中にいるのだから。……それにしても、この成分の入手には手間が掛かった。あろうことか週刊紙にこの情報をリークされてしまったのだ。お陰で、本社に借りを作ることになってしまった。

 

 

 大通りは、普段とは打って変わって閑散としていた。視界に映るのは彼らと、倒れたりひしゃげたりした車のみ。

 

「……酷い有り様ね」

 

 誰に聞かせる訳でもなくそう呟いた私は、コンビニの制服を纏いコンビニへと入っていった。

 コンビニの中は思っていたほど荒らされてはいない。せいぜいレジが机から落ちていたりATMの画面に大きな穴が開いていたりする程度だ。そして1匹だけ、ここの店員だったであろう彼らがいた。

 私はそれに狙われないことを良いことに、彼らとなった男性を掴むとレジの奥野の事務室へ引っ張っていく。そしてそいつを事務室に閉じ込めた。

 後は、誰かがこのコンビニに逃げ込みこいつに襲われれば良い。私はコンビニを出て、大通りの向かい側にある建物に入る。たとえ平日でも賑わっていたこのファミリーレストランは、今は誰も居ない。

 

 それから、しばらく経って。

 

 1人の少女が現れた。髪を金色に染めていて、制服の上にジャージを着ている。あの制服は、巡ヶ丘高校の物だ。

 

「ヤンキー、ねぇ」

 

 そういう部類の人間は、どうも苦手だ。ギャーギャーと煩く喚いて、力を振るうしか脳の無い存在。もしかしたら、この実験には最適な材料なのかもしれない。きっと私が考えている事なんて一生分かりはしないのだろう。

 最も、そんな考えは彼女と話して変わることになる。

 彼女は、優しかった。拙い敬語で話そうとする彼女は、他のヤンキーとは違う何かを感じた。彼女は、コンビニに逃げ込んでまず食料を占領しようとしたことを後悔しているようだ。……私としてはむしろ占領して当然だと思うのだが。

 そして1つだけ誤算があった。私は彼女が閉じ込めておいた彼らに噛まれたタイミングで助けに行くつもりだった。だが彼女が抵抗したのだろう、彼女が感染する前に彼らを殺してしまったのだ。

 ……それからは、私は普通の人間として話した。明日は何処へ行こう、そんな実行する気の無いような事を喋った。

 

「ごめんね……」

 

 ふと、溢れた言葉。私は彼女を『殺す』のに、罪悪感を感じているようだった。

 こんな世の中で、少女を暗い外に追いやるのは気が引ける。私は隣で眠る高凪さんを起こさないように起き上がると、メモに謝罪の言葉を記す。そしてそれを注射器と一緒に彼女の鞄に入れた。そして観察のために、小型の盗聴器を彼女の鞄の奥底に仕掛けた。

 その日は眠れなかった。元々眠るつもりもなかったのだが。私は外が明るくなって来たことを確認すると、寝ている彼女の右手に鞄を引っ掻けておく。これで鞄を忘れていってしまう事は無いと思う。

 

「おはよう、高凪さん。……そして、さよなら」

 

 ハンカチに幻覚を見せる成分を染み込ませ、それを彼女に嗅がせる。彼女は小さく呻き声をあげた。これで彼女は、周りの風景を正確に認識することは出来まい。次に私は、ウイルスのアンプルを彼女の左腕に注射した。

 

「……何だ?」

 

 注射の痛みで目を覚ましたのか、高凪さんが起き上がる。彼女は私を見ると酷く怯えたような表情をして、私を振り払った。その衝撃で彼女に刺されていた針が彼女の腕を少し抉り、血がダラダラと流れ落ちていく。彼女は、今の私を何と見間違えているのだろう。悪魔だろうか、悪霊だろうか、ひょっとしたら……彼らなのだろうか。

 

「ッ!?」

 

 彼女は鞄を持ったまま部屋を出て行く。私は彼女が出て行った後、何度も何度も扉を殴った。彼女が戻ってくることの無いように。ここは危険だと思わせるために。

 

 

 これで種は撒いた。研究所に戻った私は制服を脱ぐと、白衣を纏った。彼女の様子は盗聴器で探ろう。精度も高く範囲も広い。軍隊で使われるような代物だ。彼女が巡ヶ丘市にいる限りは私は彼女の会話を聞くことが出来る。……最も、彼女が鞄から離れてしまったら意味は無いが。

 

「ちゃんと使ってくれれば良いのだけれど」

 

 もし彼女が薬を使わなかった時には、もう一度同じ罠を張ろう。そしてもう一度同じことをしよう。

 そんな事を考えながら私は、鞣河小学校へと向かった。

 

 私は、ヒトならざる者が他者からどんな扱いを受けるかを研究する。そして、ヒトならざる者となった私ももれなく研究材料だ。

 

「……きっと、大丈夫」

 

 誰にも聞こえることの無いよう、小さな声で呟いた。

 

 模範解答で無くたって。この薬が、1つの解答例になることを信じて。




親友を助けな「ければ」。
世界を救わな「ければ」。


番外編でした。
中々無理があるかもしれませんが、これが第1章の舞台裏です。一応違法薬物についてと、鞣河小学校に避難したことについてはだいぶ前からちょっとだけ出てました。気づいて頂けたら幸いです。
元々の設定では、七草さんはあの時既に彼らになっていました。でも、『七草さん』は生きていました。その際の設定の名残が今回ちょっとだけ出ています。……書き終わったあとだとそちらの方が良かった気もしますけどね。
次回からは第5章です。渚を取り巻く環境はどう変わるのでしょうか。
毎度お読み頂きありがとうございます。
ではでは。

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