「だ……大丈夫かしら?」
声をかけられる。ゾンビを殴り殺したのは彼女だろう。黒いショートの髪の年上の女性。彼女が着ている制服はこのコンビニの物だ。
「あ、あぁ……助かっ…助かりました」
ついいつものタメ口が出てしまったのを抑えてお礼を言う。
「よかった……」
彼女はそういうとへなへなと床に座り込んだ。
「私は七草一香。このコンビニの店員よ……と言っても、この間までは全く別の会社にいたんだけどね」
そう言った彼女は胸につけた名札を見せてくれた。
「私は高凪渚だ……です」
「ふふっ」
私の拙い敬語が可笑しかったのか、七草さんは口に手を当てて笑った。
「別に敬語を使わなくたって良いのよ」
「そ、そうか…?」
「えぇ。私は気にしないわ」
そう言って彼女は優しげな笑みを浮かべた。
コンビニの自動ドアを通して見える外の世界では、ゾンビ達が群れをなして行進している。
「……あいつら、お仲間は襲わねーんだな」
ゾンビ達は目の前の生き物全てに喰らいついていた。ヒトだけでなく、犬や猫も。
だけど決してゾンビは襲わない。同士討ちはしない。
「もしかしたら仲間か否かを見分けることが出来るのかも知れないわね」
もう、今まで通りの暮らしは出来ないのだろうか。
未練なんて物は無い。無いけど……少しだけ寂しい。
「私達、これからどうなるんだろうな」
「……さぁ。私には分からないわ」
何かを考えるように手を顎に当てている七草さん。その指には包帯が巻かれている。
「まぁ1つ言えることは、まだ私達は生きている……」
「そう、だな」
まだ私達は生きている。助けだってその内来るかもしれない。それは明日かも、来週かも、10年後かも知れないけど。
死ぬのが怖い訳じゃない。けれど生きていけるのならそれに越したことは無いだろう。
「食料は十分じゃないかしら。缶詰めも幾つかあるからしばらくは耐えられるわ」
とりあえず二人で店内を見回り、使えそうなものを探す。するとふと、店内を見回っていた七草さんが言った。
「こんなことになるなら食料は売らなければ良かったわ……なんてね」
「はは、それは無理だろ」
クスクスと二人で笑う。何が可笑しいのか分からないけど、とにかく気分を明るくするために笑う。
「ねぇ、高凪さん。明日になったらデパートにでも行かない?」
「デパート……?」
「えぇ。食料とか歯ブラシとかはあるけどそれ以外の生活用品があまり無いのよ。特に服なんかは置いてないから……毎日同じ服じゃ衛生的じゃないでしょ?」
「そう言われりゃそうだな」
あいつらの原因がゲームや映画で見たようにウイルスなのだとしたら衛生面も生き残るために大切な要素になるだろう。
「それにもしかしたら、まだ生きてる人が居るかもしれないわ。デパートなら食料には困らないだろうし、部屋も沢山あると思うの」
「……他に人がいたら、どうするんだ?」
「……?」
七草さんは、私が何を言っているのか分からないと言いたげに首をかしげる。
「誰もが七草さん見たいに友好的な訳じゃないだろ。中には自分のさえ助かれば……そんな奴だっているかもしれない」
「……そうね」
七草さんは悲しそうに顔を伏せた。
だが、絶対居る筈だ。自分の食べ物さえあればいい。そんな私みたいに自己中心的な人間が。
「でも、友好的な人だって居るかもしれないでしょ?」
明るい声。無理に明るくしようとしているような、そんな声。
でも不思議と、私も明るい気持ちになれる。
「それじゃあ、今日は寝ちゃいましょ……でもその前に」
私達は二人で協力してバリケードを作った。
商品棚で自動ドアや道路沿いのガラスの窓をふさいだだけだが、ゾンビの視線は防げるはずだ。
いつの間にか空は暗く、月の明かりだけが崩壊した町を照らしていた。
深夜でも車が通る程には大きい道だが、今やエンジン音1つ聞こえない。
私達は押し入れから毛布を取り出すと、それにくるまった。
「それじゃ、お休みなさい。高凪さん」
「あぁ。お休み、七草さん」
そして目を閉じた。
次の日になればこの悪夢が終わりを告げている……そんな僅かな希望を夢見て。
「ごめんね……」
そんな小さな誰かの呟きは、睡魔に拐われ何処かへ消えてしまった。
キャラ設定↓
七草一香(25)
渚が入ったコンビニの店員で、渚を助けてくれた女性。おっとりでポジティブな性格。コンビニの前は別の会社で働いていたようだ。
黒髪のショート。『あの日』の彼女は勤務中だったためコンビニの制服を着ている。
左手の薬指に包帯を巻いている。