かんせんぐらし?   作:Die-O-Ki-Sin

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17話―みらくるくえすちょん

「学園生活部に入部しようよ!」

 

 そんな甘い誘いは、今まで律してきた私の本心を大いに揺さぶった。

 

「私は……」

 

 出来ることなら、私は皆と居たい。でも、私は皆と居てはいけないモノなんだ。

 

「……いつか、私は皆に迷惑を掛けます。だから、私は……!」

 

 ごめんなさい。そう言う前に、いつの間にか近くまで来ていた圭と直樹が話し掛けてきた。

 

「渚、その事なんだけど……さ」

 

 直樹がなにやら合図を出すと、若狭先輩が丈槍先輩を呼んだ。……この腕の話は丈槍先輩の前では話せないだろうから、良い考えだ。

 

「この前ね、美紀が凄いものを見つけたんだよ」

 

 真面目な顔で、そして少しだけ嬉しそうな声で圭が言う。

 

「凄いもの……?」

 

 私がそう聞くと、直樹が私の右手を掴んで言った。

 

「お願いです、高凪さん。もう少しだけ、ここに居てくれませんか?……詳しいことは今は話せませんが、もしかしたら、その腕を治せるかもしれません」

 

 私は目を見開き、直ぐに元に戻す。そんな都合の良いことがあるわけない。そう、自分に言い聞かせながら。

 ……それでも、私はその僅かな希望に賭けてみたかった。

 

「……分かったよ。少しだけだ」

 

 私のあげた白旗に、2人は手を合わせて喜んだ。

 

 

「それじゃあ、新入部員3人を歓迎して!」

 

「「「「「かんぱーい!」」」」」

 

「……か、乾杯」

 

 新入部員3人とは私、圭、引馬の事だ。引馬はこの高校の生徒ではないが、丈槍先輩曰く『佐倉先生』に相談したら特別に許可をくれたらしい。

 

「今日は飲むぞー!」

 

「おっさんかよ……」

 

 丈槍先輩はジュースの入ったコップを片手に、恵飛須沢先輩に肩を組んだ。恵飛須沢先輩はそんな様子を見て、苦笑いしながら突っ込む。

 

「もう、今日だけだからね?」

 

 若狭先輩はグビグビと飲まれていくジュースを見ながら、不安げな声でそう言う。……こんな状況じゃあ、ジュースだって貴重な品だ。本当の部活であったなら、どれだけ良かった事か。

 机の上には、購買で見かけたことのあるお菓子がズラリ。だいぶ、無理をしているのかもしれない。

 どこかぎこちない雰囲気の中、宴は夜遅くまで続いた。

 

「……それで?どうやって私の腕を治すんだ?」

 

 若狭先輩は丈槍先輩と引馬を寝かしつけに資料室に行った。この部屋にいるのは私と圭と直樹と、恵飛須沢先輩と太郎丸。太郎丸は何やら落ち着かない様子で周囲をうかがっている。

 

「これを……見てください」

 

 直樹が出したのは一冊の本。本と言うよりパンフレットに近いそれには、緊急退避マニュアルと書かれていた。

 

「……何だ?これ」

 

 私が問いかけると、直樹はページをパラパラと捲りながら言う。

 

「非常事態を想定した、この学校の教員向けの避難マニュアルです。パンデミックが発生した際の行動について書かれています」

 

 道理で、随分と準備の良い学校だったわけだ。

 

「何でもかんでも、全部想定済みって事かよ……」

 

 圭は何も言わず、その手を握りしめている。学校も、駅も、至れり尽くせりだった。皆、この事件が起こる事を知っていたんだ。七草さんも……きっとこの事を知っていた。私達は、世界に裏切られたんだ。

 

「美紀、大切なのはそこじゃないだろ?」

 

 シャベルの手入れをしながら恵飛須沢先輩がそう言うと、直樹は小さく頷いてからとあるページを開く。そのページは、地下の避難区画に置かれた救援物資について書かれていた。

 

「これを、見てください」

 

 直樹が指差す先には、抗生物質、そして感染症別救急セットの文字。

 

「……!」

 

 この薬さえあれば私の腕は治るのかもしれない。……だけど、地下1階に行くのはとてもリスクが高いことは分かっていた。現状、この学校で制圧できているのは3階のみ。それより下の階では、常にあいつらとの遭遇が危ぶまれる。なら――。

 

「渚、1人で行こうなんて考えないで」

 

 私の思考を読んだのか、圭が震える声で言う。そして、私の肩を掴む。

 

「渚は強いから、いつも1人で行っちゃうでしょ?……駅に居たときだって、私を置いて1人で見回りに行って……ねぇ、渚。もっと自分を大事にしてよ!」

 

 私は応えられず、ただ圭から目をそらした。圭にこんなに心配されているだなんて。だけど、私は自分の嫌いなものを大事にする事が出来る程器用じゃない。

 私は右手で圭の手を掴むと、肩から離す。

 

「……悪いな……それは、無理だ」

 

「……っ!」

 

 圭はその手を机に叩きつけると、涙目になって叫んだ。

 

「もういい!渚なんて知らないから!」

 

 そのままドアを開け、部室を出ていく。圭の走る音が聞こえた。足音の聞こえる方向から、きっと資料室の方に向かったんだと思う。

 

「よかったのか?」

 

「……はい」

 

 本当は良くない。でもこれできっと彼女は付いてこない筈だ。……危険なことは、私1人がすればいい。私が居なくたって何も変わりはしないのだから。

 

「一応、あたしもついてくからな」

 

 恵飛須沢先輩はシャベルの切っ先をこちらに向けながら言った。

 

「誰にだって、居なくなったら悲しんでくれる人は居るんだよ」

 

 恵飛須沢先輩の瞳は、誰かを思い出しているかの様に遠かった。彼女が見ているのは佐倉先生か、それともまた別の人か。私にはそんなこと知るよしもない。

 

「だけど、行くのは明日だ。今日は寝るぞ」

 

 シャベルを担いでドアを開けた恵飛須沢先輩は、最後に振り向いて言う。

 

「……勝手に行ったりしたら許さないからな」

 

 彼女は少しだけうつむいていて、その表情を見ることは出来なかった。そのまま何も言わずドアを閉めると、資料室に向かって歩く足音が夜の校舎に響いた。

 

「はぁ……」

 

 小さく溜め息をつく。どうして、ここの人達は私の知らない対応をするのだろう。感謝されたことも、心配されたことも無い私は、どう反応したら良いって言うんだ。

 

「高凪さん」

 

「お前も私を止めるのか?」

 

 直樹の台詞に被せるように、これ以上何かを言わせないように牽制する。

 

「……はい」

 

 それも彼女には無意味な様だった。

 

「私は、高凪さんに助けられました。今度は私が助けたい。おかしいですか?」

 

 直樹の言葉は、少なくとも私の世界では間違っている。

 

「ちゃんちゃら可笑しいね。恩を仇で返すのが人間ってもんだ。そうだろ?」

 

 そして直樹を睨み付ける。傷つけないように、しかししっかりと恐怖を刻み付けるように静かな殺気を直樹へ向けた。

 

「……っ」

 

 彼女が殺気に気圧されて何も言えないのを良いことに、私はゆっくりと立ち上がった。

 

「お話はこれでオシマイだ。情報をくれたことは感謝してる。……まぁ、明日まではこの学校にいるよ」

 

 ドアを開けると、月明かりに照らされた廊下が見える。普段ならきっと見ることの無かったような光景。割れた窓ガラスを通して差す月の光は、どこか狂っているようで、美しかった。

 

「それでも、私は高凪さんを助けたい」

 

 そう言った直樹はどんな表情をしていたのだろう。私は振り返らず、ただ吐き捨てた。

 

「ぬかしてろ」

 

 私は今夜あいつらになるかもしれない。だから資料室に行くわけには行かない。私はバリケードを越え2階に降りると、女子トイレの中に入る。ここなら入り組んでいるし、音さえ立てなければあいつらが入ってくることは無いだろう。

 私が目をつむり、眠りに落ちた。

 

「わおーん」

 

 ……直ぐに目を覚ますことになったのだが。私を起こしたのは、犬の遠吠えだった。

 

「太郎丸?」

 

 あの犬に何かあったのだろうか。私は重い瞼を擦りながらトイレから出る。3階へ向かう階段に着いたとき、上からも何かがやって来た。

 

「わんっ!」

 

 飛び込んできたそれを両手で抱える。

 

「何やってんだ?太郎丸。こんな遅くに……」

 

 太郎丸は何処かへ行きたそうに腕の中でもがいていたが、こんな夜遅くに何処かへ行っていたら先輩達が心配するだろう。だから私は太郎丸を離さず、そのまま女子トイレに戻る。

 

「わふー……」

 

 次第に抵抗を諦めた太郎丸は、私の腕の中で眠りに落ちた。きっとこれなら逃げたりしないだろう。私は太郎丸を抱いたまま再び夢の世界の扉を開けた。

 

 

 次の朝、私と太郎丸が3階に居なかったことでちょっとした騒ぎがあったが、それはまた別の話。




ほのぼのぉ~?誰それぇ、俺、シリアス。鈍いなぁ、これが『かんせんぐらし?』だよぉ!(挨拶)
さて、17話でした。いよいよ渚が地下へ向かいます。彼女は一体、地下で何を見て、何を手に入れるのでしょうか、なんてくさいことを言ってみます。
最近書いてて思うのは、りーさんとくるみちゃんを書くのが難しいですね……。渚とくるみは口調が少し似ているので、何とか一人称以外で差別化を計りたいものです。
あ、渚ちゃんは一定の好感度を稼ぐまでは最高難易度です。その一線を越えれば一気にチョロインと化します。
少し長くなってしまいましたが、また次回お会いできたら嬉しいです。
ではでは。

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