かんせんぐらし?   作:Die-O-Ki-Sin

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今回は長めです。いつもの2倍近くです。


16話―せるふはんでぃきゃっぴんぐ

 恵飛須沢先輩はデッキブラシを取り出すと、それを貯水槽に入れて掻き回す。引き揚げたブラシには、大量の藻が付着している。

 

「うわぁ……」

 

 それを見て、圭が顔を歪める。

 随分と汚れているようだ。最近……いや、事件が起こる前から手入れされていないのだろう。

 

「そもそも、この池って何なんですか?」

 

 水面を覗き込みながら直樹が言った。

 藻と藻の隙間から見える水中には、魚が居るのが分かる。

 

「ビオトープって言ってね、自然の生態系を再現した貯水槽なの」

 

 ビオトープ、か。聞いたことがある。池だけじゃなく、その回りに草木を設置するものもある。箱庭の中に作られた、偽りの自然。その様子は私達の置かれた状況を思い出させる。もしかしたら、私達の居るここは誰かの手のひらの上では無いのだろうか……。1つの町をビオトープとして、その中で行われる生体実験。……我ながらくだらない考えだ。そんなことはフィクションの中だけで良い。

 パン、と手を叩く音がする。音の発生源は若狭先輩だった。先輩は皆の注目を集めると、号令をあげた。

 

「さ、お掃除開始よ!」

 

 

 網を使って魚達をバケツの中に移動させ、一旦水を抜く。貯水槽の床や壁にも苔が生えているのが見える。……これからここに入って掃除をすることを考えると、少しだけ気分が暗くなった。

 

「よっしゃあ!恵飛須沢胡桃、行っきまーす!」

 

 先陣を切ったのは恵飛須沢先輩だった。デッキブラシを手に、まるで棒高跳びでもするかのような走り方で貯水槽に飛び込む。

 

「お、うわわ!?」

 

 そして案の定派手に転倒した。

 

「うわー……なんかヌメヌメしてる」

 

 私は掃除用具入れの中からデッキブラシを取り出し、慎重に貯水槽の中に入った。苔が吸収していた水分が染み出しているのか、確かにヌメヌメしている。その感触はあまり心地の良いものではない。さっさと終わらせてしまうのが得策だろう。……正直、この水着は若干恥ずかしいので自分から目をそらしたい。

 デッキブラシに力を込め、床を擦る。少し自分の周りをそうしただけでブラシに大量の苔が付いた。

 

「へぇ、意外だな。祠堂って子の方が早く来ると思ってたよ」

 

「……私だって、掃除くらいちゃんとやる……やりますよ」

 

 私がそう答えると、恵飛須沢先輩は少し困った様な顔をして言った。

 

「あー、気を悪くしたなら……ごめん」

 

 私の機嫌を悪くしたと思っているのかもしれない。

 

「……いえ、慣れてますから」

 

 基本的に掃除当番も、係や委員の仕事もサボったことは無い。だけどこのヤンキーじみた見てくれのせいで、良く驚かれていた。……金髪に染めたのは他ならぬ私の意思だったのだから、自業自得とも呼べるかもしれない。

 

「渚っ!一緒に掃除しようよ!ほら、美紀も一緒に!」

 

 圭が片手で2本のデッキブラシを持ち、もう片方の手で直樹を引っ張って貯水槽に入ってきた。

 

「お、おう……」

 

 腕の事を話してから、圭と話すのが気まずくなった。彼女が態度を変えたわけではない。むしろ、前よりも近づこうとしてくれているのに。

 私は、圭と、皆と一緒に居たかった。

 

「つーか圭、引っ張ったりしたら危ないだろ?直樹、大丈夫か?」

 

「は、はい……」

 

 苦笑いをしながら直樹が答えた。私は2人の日常を知らないが、きっといつもこんな感じだったのかもしれない。

 

「あ、あははー……。ごめんね?美紀」

 

「もう、圭ははしゃぎ過ぎだよ……」

 

 そう言って笑い合える関係。……それは輝いていて、眩しすぎて。私はつい、目をそらしてしまった。

 

「こらー!腰が引けてるぞゆきっ!」

 

 目をそらした先では、テンションが上がったのかハイになった恵飛須沢先輩が丈槍先輩に喝を入れていた。

 

「なんかキャラが違うよくるみちゃん……」

 

「私の事は軍曹と呼べぇっ!」

 

 ……うん、本当にキャラが崩れている気がする。あの2人は、特に丈槍先輩はいつでも楽しそうに見えた。『見える』だけなのかもしれないが。

 

「足を滑らせないようにねー」

 

 貯水槽のそば……プールサイドに置かれた長椅子には、若狭先輩と引馬が座っていた。若狭先輩には掃除ではなく、引馬の子守りをやって貰っている。引馬も彼女の包容力に惹かれたのか、良くなついていた。

 太郎丸は苔の上が気に入ったのか、等速直線運動?を行っていた。

 

 

「プール開きだぁっ!」

 

「わんっ!」

 

 最後に貯水槽に水を入れ、プールが完成した。皆で協力して作り上げたプールはさぞ気持ちの良いことだろう。

 ……私は水着の露出度の問題でそれどころではないのだが。

 掃除をしているときは何とか気を紛らわせる事が出来たが……。私はこの腕もあるし、もしかしたらウイルスを広めてしまうかもしれないと言う危険性からプールには入らないことに決めている。それはつまり、この格好のまま外にいなければならない訳で……。

 

「おー……」

 

 私の水着を選んだ圭は水の張られた貯水槽を見て感嘆の声をあげた。彼女が着ているのは直樹と同じタイプの水着だ。直樹の水着は黄色やピンクで彩られている。圭の水着はその色違いで、緑と青色で飾られていた。

 私の水着は……紐の無いビキニ、とでも言えば良いのだろうか。何となく『さらし』に似ている気がする。色は白一色。濡れたときに透けてしまわないか心配になってくる。

 勿論最初は抵抗した。……結局着ることになってしまったが。

 

「すごいね、圭」

 

 直樹もまた貯水槽に感動しているようだった。私も、もうプールを見ることなんて出来ないと思っていた。

 

「それじゃあ、第1回学園生活部水泳大会っ、はっじめるよー!」

 

 下手をすれば校庭のゾンビ達を呼び寄せてしまいそうな程の大声で、丈槍先輩が叫んだ。

 

「おー!」

 

 その側で、引馬が握りこぶしを掲げた。彼女の水着は若干心配したが、サイズは何とかなったようだ。ただ私としては、小学生サイズのスクール水着が高校にあったことに突っ込みを入れたい。誰かの趣味なのだろうか。

 

「で?水泳大会ってどうすんだよ?」

 

 恵飛須沢先輩が丈槍先輩に突っ込む。すると丈槍先輩はプールサイドの椅子に置いてあったノートを持って来た。

 

「じゃーん!これ、対戦表だよ!」

 

 先輩が出したノートに書かれていたのは、トーナメント形式の対戦表だ。やはりと言うべきか、私の名前も記されている。

 

「ルールは簡単!先に向こうまで泳ぎきった方が勝ちでーす!」

 

 貯水槽を見た感じ、かなり浅い。ターンなんてした日には間違いなく擦り傷を作ることになるだろうから、先輩の示したルールで良いだろう。とはいえ。

 

「丈槍先輩、私……パスで」

 

 他の生徒が授業中に発言をもとめるように右手を上げながらそう言う。

 

「えぇっ!?何で!?渚ちゃんも泳ごうよぅ!」

 

 そう言って先輩は飛び付いてくる。一瞬避けようかとも思ったが、避けたら間違いなく先輩が床に墜落するので、なるべく左腕が触れないように仕方なく受け止めた。

 

「私、泳げないんで」

 

 まぁ、こう言えば泳がされることは無いと思う。丈槍先輩はそれを聞くと、しょんぼりしたような顔になった。

 

「そっかー……それなら仕方ない、よね……」

 

 彼女は年齢的には紛うことなく先輩なのだろうが、その言動や容姿は子供のそれだ。だから何と言うか、罪悪感が凄い。

 

「あー……私は泳げないですけど、ほら、審判くらいなら出来ますよ」

 

 つい言ってしまったそんな言葉に、丈槍先輩の顔が輝く。

 

「本当!?わーい!」

 

 そして先輩は私の手を引くと、屋上の入り口から遠い方の……水泳大会ではゴールとなる方のサイドへ連れて行った。

 かくして、第1回学園生活部水泳大会は幕を開けたのだった。

 

 

 第1試合の対戦カードは、若狭先輩対丈槍先輩。どちらも運動神経は高いとは言えないが……果たして。

 ちなみに恵飛須沢先輩はシードになっているそうだ。何でも、少し前にやった運動会で優勝したとかなんとかで。

 

「ふっふっふっ」

 

 丈槍先輩はわざとらしく怪しい笑い声をあげると、ビシッ、と若狭先輩を指差す。

 今、2人は貯水槽の中で向かい合っていた。間違いなく飛び込んだら怪我をする浅さなので、水中からのスタートになる。

 

「負けないからね!りーさん!」

 

 指を差された若狭先輩は一瞬たじろいだが、すぐにいつもの穏やかな笑みを取り戻すと何時もよりも少しだけ低い声で言った。

 

「あらあら……舐められたものね」

 

 そう言って微笑む彼女からは、得体の知れない威圧感が漂ってきた。

 私は右腕を高く上げ、『よーい』の合図を2人に送る。この腕が下げられたとき、レースが始まる。

 

「よーい……」

 

 2人が息を飲む様子が伝わってくる。私は掲げた右手を、思いっきり降り下ろした。

 

「ドン!」

 

 2人は貯水槽の壁を蹴り、泳ぎ始める。……が、何と言えば良いのか。

 

「ぷ、ぷはぁっ」

 

「う、うーん」

 

 ひたすらに遅かった。2人ともクロールをしているのは分かるのだが、丈槍先輩は動きが定まっておらず、中々先に進むことができない。一方若狭先輩の方は動きはしっかりとしているのに中々前へ進まない。……何かが水の抵抗になっているのかもしれない。

 そんな亀達の競争は、若狭先輩の勝利で終わった。

 

「ふぅ……何で進まないのかしら?」

 

 自分の胸に聞いてみれば良いと思う。負けた丈槍先輩は、ただ悔しげに若狭先輩の胸を睨み付けてたいた。

 続く第2戦は、直樹と圭の対決。この試合の審判は引馬がやることになっているので、私は椅子に座りながらボーッと2人の様子を見ている。

 

「美紀!いい勝負しようね!」

 

「……そういえば圭、足は大丈夫なの?」

 

 直樹が首をかしげながら圭に聞いた。圭は頷くと、自信満々の表情で胸を叩く。

 

「へっへーん、大丈夫だよ!……たぶん」

 

 若干心配だ。2人は互いに激励の言葉を交わした後、ゴールに立つ引馬と太郎丸へ目を向けた。

 

「いくっすよー!よーい……「わんっ!」あっ、わたしが言おうとおもったのに!」

 

 太郎丸の鳴き声を合図に、2人はほぼ同時に泳ぎ始めた。圭はすぐに浮上してクロールを始める、だけど美紀が浮かんでこない。

 

「直樹……?」

 

 目を凝らすと、水中で足だけをバタバタさせ進んでいく直樹の姿が見えた。息継ぎをせず、ただ泳ぎ続ける。

 

「ぷはぁっ」

 

「ぷはっ、美紀、速いね……」

 

 2人がゴールしたのはほぼ同時だった。だけど僅かに、直樹がプールサイドに触れることが出来たようだ。

 第3戦……は案の定、大差をつけて直樹が勝利した。若狭先輩は平泳ぎを試したものの、やはり水の抵抗には勝てなかったようだ。

 そして、決勝戦。直樹対恵飛須沢先輩。先輩の身のこなしから見るに、彼女の運動神経は素晴らしいものなのだろう。

 

「あの時みたいですね、先輩」

 

「あぁ、そういや一緒に走ったな……今度も負けないぞ?」

 

 そんな恵飛須沢先輩の挑発的な笑みに、直樹も笑って返す。

 

「私も、今度は負けませんから」

 

 右手をあげる。2人はプールサイドに手をつき、スタートダッシュの準備をする。

 

「よーい……ドン!」

 

 

「……いやぁ、危なかったよ。美紀って結構泳げるんだな」

 

 レースは一瞬だった。最初の一瞬だけは直樹が先輩をリードしたものの、直ぐに先輩の怒濤の追い上げが始まったのだ。

 

「また、勝てなかった……」

 

 とはいえ、直樹も充分速いと思う。圭と泳いだときよりも良いタイムが出ている筈だ。

 

「それじゃあ、後は自由に遊ぼう!」

 

 丈槍先輩がそう言うと、皆我先にとプールに飛び込んで行った。学校のプールの授業で楽しかった、自由時間。友達のいない私はビート板に掴まってボーッしていた記憶しかないが。引馬と学園生活部の先輩達はビーチバレーを楽しんでいる。

 私はプールには入らず、鉄柵から校庭を見下ろしていた。

 

「なーぎさっ!」

 

「どうした?」

 

 私を呼ぶ声に振り向くと、プールの中から水鉄砲を構えた圭と、そんな彼女を必死でなだめようとしていた直樹と目が合う。

 

「えいっ!」

 

「んぐっ!?」

 

 水鉄砲は割と大きな物で、その威力は高かった。しかもそれを顔面めがけて射ってきたのだ。

 

「けーいー……?」

 

 私は足元に落ちていた水やり用のホースを手に取ると、圭に向けて最大威力で発射する。

 

「お返しだっ!」

 

「わわっ、きゃあっ!?」

 

 圧倒的な水量を受け、圭が貯水槽に沈んだ。ついでに湧いた悪戯心で、水流を直樹にも向けてみる。

 

「えっ、ちょっ、高凪さ――!?」

 

 声にならない叫びは水中へと消えていったのだった。

 そんなこんなで時は過ぎて。いつの間にか空は赤く染まっている。

 

「ねぇ、渚ちゃん」

 

 若狭先輩と恵飛須沢先輩は、くしゃみをした引馬にセーラー服をかけてあげている。圭と直樹は、太郎丸と一緒にフリスビーをして遊んでいた。

 そして、丈槍先輩は私に話しかけてくる。

 

「何ですか?丈槍先輩」

 

 幾分かはましになった敬語で答えると、丈槍先輩は私と同じように鉄柵に体重を掛け、校庭を見下ろす。

 

「渚ちゃんはさ、学園生活部に入らないの?」

 

 純粋で……そして酷く残酷な瞳。彼女の瞳の前では、私は本心を隠せそうになかった。

 

「そう、ですね」

 

「そっか」

 

 丈槍先輩は鉄柵に掛けていた体重を戻し、私に向かって立つ。

 

「渚ちゃんってさ、学校は好き?」

 

 学校は……どうしても、好きにはなれなかった。私はただ黙って、首を横に振った。

 

「そうなんだ。……私はね、学校が好きだよ?何でもあって、まるで1つの国みたい」

 

 丈槍先輩は両手を広げて空を見上げ、くるくると回りながら続ける。

 

「私は渚ちゃんにもさ、学校を好きになって欲しいんだ。だって考えてみてよ。こんな変な建物、ほかにはないよ」

 

 先輩は私に背を向けた状態で止まると、振り向いて私に言った。

 

「渚ちゃんも、きっと学校が好きになるよ。私たちが、好きにして見せるよ。……だから、さ」

 

 丈槍先輩はもじもじと、まるで恋慕う相手に愛の言葉を囁くように顔を赤く染めながら、私に『止めを指した(大義名分を与えた)』。

 

「渚ちゃんも、学園生活部に入部しようよ!」




どうもペース配分と言うものが苦手なようで……だいぶ長くなってしまって申し訳ないです。長いので誤字脱字多いかもしれません。それと怪我してる相手を水泳大会に誘ってはいけません。あくまでも小説ということでお願いします。
さて。16話でした。次の投稿は遅くなります。ご了承下さい。
ではでは、次回もまた皆様にお会いできたらと思います。

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