かんせんぐらし?   作:Die-O-Ki-Sin

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4章―ぐろうりーでいず
15話―もらとりあむ


「水泳大会しようよ!」

 

 部屋の空気が(さっきまでとは別の意味で)凍りつく。私達は彼女が何を言っているのかよく分からないまま顔を合わせた。

 

「え、えっと……どういうこと?ゆきちゃん」

 

 これには流石の若狭先輩も付いていけなかった様で、反応に困っていた。

 

「屋上の貯水槽だよ。結構汚れてた」

 

 椅子に座りシャベルを拭きながら恵飛須沢先輩は言った。屋上の貯水槽で水泳大会……?でもあそこって確か魚とかが居た気がする。

 

「もう、見てよ皆!太郎丸こんなに汚れちゃってさぁ?」

 

 太郎丸がぶるぶると身体を震わせる。部屋内に、そして主に目の前に居た私に汚れが飛んで来た。

 

「って、おい……!」

 

 あわてて太郎丸から手を離そうとする――が寸前で止まる。危うく子犬を投げ飛ばす所だった。だが私の服や顔に緑色の汚れが付着した。

 

「な、渚!大丈夫?」

 

 圭はこんな私でも心配してくれていた。何か私の身体を拭けるものを探しているが、何も見付からなかったようだ。

 

「……おい」

 

 こんなに低い声を出したのは生まれて初めてかもしれない。太郎丸は私の殺気を敏感に察知すると、何とか腕の中から脱出しようとする。もちろん離すわけはない。

 

「わ、わふ」

 

 そんな私を見て、丈槍先輩は明るい声で提案した。

 

「渚ちゃん、汚れちゃったね!」

 

「……?あぁ、そうだ……ですね」

 

「服だけじゃなく顔にも汚れついちゃったね」

 

「そう、ですね?」

 

「これは水浴びするっきゃないよ!」

 

 ……どうやら私は外堀を埋められたようだ。わーい、と丈槍先輩は小躍りした後、部室の奥から何かを取り出してきた。

 

「じゃーん!遠足で持ち帰ってきた水着だよ!」

 

 丈槍先輩が取り出したのは、大きめの段ボールだった。先輩はその箱の中から水着を一着取り出すと、それを見せびらかす様に高く掲げる。

 

「え、先輩遠足って……」

 

「……お、女の子だもの。おしゃれしたって良いじゃない……」

 

 丈槍先輩をジト目で見つめる直樹に、若狭先輩が少しショボくれた様子で言った。きっとあれを持ち帰ろうと言ったのは……。うん、まぁそうなんだろうな。

 

「わー!みんなかわいいっす!」

 

 引馬が段ボールの中の水着を物色しながら言った。

 

「あ、りちあちゃんに合う水着あるかな……?」

 

 まぁ、それはそうだろう。丈槍先輩が小柄な方だとしても、流石に小学校高学年の女の子よりは大きいだろう。基本的に自分達に合う水着を選んできたのなら、引馬に合うのは……。

 

「わ、わたし……プールに入れないの?」

 

 引馬は涙目で、上目使いで丈槍先輩を見つめた。効果はかなり大きかったようで、先輩は眩しそうに目をそらしている。

 

「そ、そうだ!購買部なら……きっと水着も置いてある!まっててねりちあちゃん!私水着買ってくるから!」

 

 エンジンが掛かったのか、丈槍先輩は部室を出ていこうとする。

 

「ま、待て!ゆきっ!あたしが、あたしが行くから!」

 

 丈槍先輩が購買部のある2階へ行こうとすることを危惧したのか、恵飛須沢先輩がダッシュで部室を出ていった。

 

「あ……いっちゃった」

 

 ……そうだ、恵飛須沢先輩に便乗してこの学校を脱出しよう。そう考えた私は太郎丸を離し、こっそり部屋を出ていこうとする。

 

「……渚、何処行くの?」

 

 圭のお陰でその計画は呆気なく破綻した。圭の顔は笑っていたが、その目は暗く淀んでいる。そんな彼女の表情に悪寒が走る。

 

「え、いや恵飛須沢先輩の手助けに……」

 

「駄目だよ渚ちゃん!」

 

 バン!と私の言葉を遮ったのは机を叩く音。机を叩いた丈槍先輩は、やたらキラキラした瞳で私ににじり寄ってきた。

 

「渚ちゃん!一緒に水着、どれ着るか選ぼうよ!」

 

 ……この人って現実逃避のフリをしているだけなのではないだろうか。そう思うほどに、彼女の言葉はピンポイントだった。丈槍先輩は私の右手をひいて、段ボールの前に連れてくる。段ボールにはやたら沢山の水着が入っている。これだけあれば皆が好きなデザインの物を選べるだろう。

 

「さぁ、けいちゃんも一緒に選ぼう!」

 

 丈槍先輩はそう言うと、圭の肩を掴み、こっち側へと押してくる。

 

「わ、分かりましたって。……っていうか、先輩はどうして私達の名前を?」

 

 私達が自己紹介した時に彼女は居なかった。そうなると何処で私の名前を知ったのだろう。

 

「屋上でりちあちゃんに聞いたんだよー」

 

 思ったよりもシンプルな答えが帰ってきた。まぁそれはそうだろう。圭の方は私より乗り気なのか、嬉々として段ボールの中を漁っている。

 

「あ……これは……」

 

 そう呟いて圭が取り出したのは、かなり面積の少ない水着。

 圭はニヤリと悪そうな顔をすると、それを持って直樹の元に行く。

 

「美紀ー!見て見て!こんなのあったよ!」

 

「何?け――!?」

 

 圭の持っている水着が衝撃的だったのか、一気に直樹の顔が赤面する。

 

「な、な、何でこんなものがっ!?」

 

 半ばパニックに陥ったのか、直樹は水着を圭の腕からぶんどると、若狭先輩に押し付ける。

 

「え、えーっと……つい?」

 

 ほんの少しだけ顔を赤らめながら、若狭先輩は目をそらした。さっきからその水着を凝視していた引馬が、突然大きな声をあげる。

 

「あーっ!思い出したっす!それ、おとーさんが持ってた本にあった水着っす!」

 

 女子高生達の前でそういった本の存在をバラされた彼女の父に同情しつつ、段ボールの中を見る。圭と美紀は相変わらずその水着でキャッキャとはしゃいでいた。

 

「……」

 

 水着の数は沢山あった。……数なら。

 ただしあまりにも……アレなデザインの物が多い。今直樹が持っているような過激なビキニに、モダンガァルなんて言葉が浮かんできそうな大正じみた水着に、スクール水着と似たような見てくれの昭和臭溢れる水着。もちろんまともなものもあるにはある。っていうかこれはモールから持って帰ってきた物なんだよな……。

 

「た、ただいまー……」

 

 モールの水着のセンスに疑問を抱いていると、恵飛須沢先輩が小さいスクール水着を手に部室に戻ってきた。

 

 

「くるみちゃんって意外に着やせするタイプ?」

 

「意外言うな!」

 

「悠里先輩……」

 

「なぁに?」

 

「みんな水着似合ってるっすー!」

 

「……ってか渚。渚って……結構……」

 

「……なに、ジロジロ見てんだよ」

 

 水着で校内を歩くのは少し新鮮だった。7人で階段を上り、屋上へ。皆の視線は私と若狭先輩の身体の1部に向けられている。

 屋上へのドアを開けると、暖かい日差しが私達を迎えた。……よくよく考えてみれば、私は駅のホームで日向ぼっこすることができたが、圭や引馬はどうだっただろうか。外出にも命を懸けなければいけない今の状況では、太陽の下で遊べるのは結構貴重な事なのかもしれない。

 

「良いお天気ね」

 

 若狭先輩がそう呟いた。確かに良い天気だ。空にはほとんど雲がなく、心地のよい風が吹いている。

 

「じゃあ先ずは……」

 

 丈槍先輩が貯水槽を指差して言った。

 

「池のお掃除をしよう!」

 

 池と呼ばれた貯水槽は、沢山の藻が浮いていて水が緑色に見える。……私にはそれが池ではなく、沼の様に見えた。




渚ちゃんは太郎丸に汚されちゃいました(意味深)。
15話でした。お楽しみ頂けましたら幸いです。
今回ちょっと注目されていた渚ですが、くるみ≦渚<越えられない壁<りーさん。といった感じです。何がとは言いませんが。
今回の後書きがだいぶ酷い気がしますが、深夜テンションと言うことでひとつ。
いつの間にUAが3000を越えててビックリしました。きっと誰にも見られることなく消えていくんだろうなー……と思っていたばかりに。これもひとえに閲覧して下さった皆様のお陰です。本当にありがとうございます。
今回は水着回と謳いながらも実際に着たのが最後の方だけになってしまって申し訳ないです。きっと次回はキャッキャウフフしてくれる事でしょう。
それではまた次回、お会いできたらと思います。
ではでは。

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