かんせんぐらし?   作:Die-O-Ki-Sin

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所謂前日譚、番外編です。


予習―きゃらくたーめいきんぐ

 私にとって、世界はモノクロだった。

 見えないわけじゃない。信号は赤と青だし、街路樹の葉っぱは緑色だ。……だからそういう意味ではなく、心理的な意味で。

 陰口、畏怖、後ろ指。それが私の日常。誰も近寄ろうとはしない。私が、怖いから。

 中学の時に町のチンピラ3人を叩きのめした辺りから、私を取り巻く環境は劇的に悪化した。私としてはカツアゲされていた同級生を助けただけなんだけど、その情報は広まらず、私がヤンキーをボコボコにしたという結果だけが学校に広まった。

 

「……」

 

 校門前で遅刻する生徒を待つ体育の教師。私は挨拶しない。したって無視されるだけだから。他の生徒にはちゃんと返事をするくせに。

 そして今日も退屈な授業が始まる。周囲からは不良に思われている私だが、授業を妨害したりはしない。私が学年で上位の成績をとったりすれば、評価も変わるんじゃないか……そんな淡い希望を夢見て。私は元々頭は良くないから、必死で授業を受ける。

 教師から発言を求められることも、班のメンバーに協力を求められることも無く、昨日と同じように学校は終わった。

 

「先輩!今日も来てくれたんですね!」

 

 ツインテールの活発な少女が、校庭にいる誰かに向かって走っていく。その頬はわずかに紅潮していて、あれが所謂青春とか言うやつなのだろう。……もっとも、部活にすら入っていない私には全くと言って良いほど無縁な事柄だが。

 校門を抜け、夕日が差す町へ。すれ違う人の名前なんて知らないし、顔だって意識してみなければ皆同じように見える。私は大通りに面した一軒のコンビニに入った。今晩の弁当を確保するために。

 

「……売り切れかよ」

 

 まぁまぁ気に入っていた焼肉弁当が売り切れていたので、仕方なく唐揚げ弁当を持ってレジへ。コンビニ内に私以外の客はおらず、すぐに会計をすることができた。

 

「498円になりますー」

 

 若い男の店員が気だるげな声で言う。いちいちイライラしてても意味はないので、頭の中で計算して気を紛らわす。498だから……。

 

「508円お預かりいたしますー。10円のお返しになりますー」

 

 なんでこいつはいちいち語尾を伸ばすんだ。……いけない、ついイライラしてしまった。

 私はお釣りを受けとると、それをポケットにしまい大通りへ出た。

 そういえばあそこのコンビニで女性の店員を見たこと無い気がする。何か理由があるのだろうか……。店長のセクハラが酷い、とか?

 そんなゲスな事を数秒考えて、頭の中から捨てた。あのコンビニに何があろうと私には関係無いし、誰が店員かなんて気にする意味もない。

 お金に困っている訳じゃ無いからもっと良いところで夕飯を食べても良いかも知れないけど……1人でダラダラと食べる時間は結構好きだ。

 私の家は巡ヶ丘駅の近くの繁華街を抜けた先にある。繁華街と言っても都会の中心部程に賑わっている訳ではないけど。それなりに高いビルが建ち並ぶお陰で夕日は届かないが、ネオンの光が道を照らしているお陰で暗くはない……路地裏で無ければ。

 

「放してください!」

 

 その路地裏から声が聞こえる。女性の声だ。また何か面倒なことになりそうだ……。とは言え放っておくのは何と言うか後味が悪い。きっとただでさえ微妙な唐揚げ弁当がさらに不味くなってしまう。

 

「何だよー、ちょっと遊ぶだけだろ?」

 

 金髪リーゼントサングラススカジャン。もはや属性てんこ盛り過ぎるほどに分かりやすい『ヤンキー』2人が少女を囲んでいる。壁ドンはイケメンにやられるからこそ嬉しいもので、あんな猿にやられても嬉しさの欠片もないだろう。

 私にはイケメンはおろか女子も近づかないけどね。

 私はお人好しな訳じゃないので被害者がOLとか関係の無い人ならスルーしてたかもしれない。だけど男に囲まれていたのは良く見る制服の少女だった。

 私と同じ、巡ヶ丘学園高校の制服。しっかりとサスペンダーをつけており、彼女の真面目さが伺える。彼女は怖がっているというより、面倒そうにヤンキー達を見ていた。

 

「何だよその目はよぉっ!!」

 

 ヤンキーの内の1人は随分と沸点が低いようで、早速彼女の視線にイラつき壁を蹴る。ガン!と大きな音が鳴り、繁華街の視線を集めた。……だけどすぐに視線は霧散してしまう。誰だって面倒事には関わりたくないのが本音だ。私だってそう。

 私はただ……不便な性格だっただけ。

 

「高校生の女子1人に2人がかりって……ダセーな、お前ら」

 

「ぁん?」

 

 馬鹿丸出しな声でヤンキー達が振り向く。

 

「何だ嬢ちゃん、オレらと遊んでくれるのか?」

 

「フヘヘ、まぁまぁ可愛いじゃん」

 

 下品な顔と笑い声。自分がこいつらと同じ種類の動物だと思うと情けなくなってきた。

 

「あぁ、いいぜ?遊んでやるよ」

 

 挑発的な笑みを2人に向ける。女子は私を見て、微妙そうな顔をしていた。きっと私もこいつらと同格の存在に見えているのだろう。

 

「話がわかるじゃんよぉ」

 

 そう言ってヤンキーは私に肩を組んできた。

 

「あぁ、『遊んでやる』さ」

 

 私はその腕を掴んで投げ飛ばす。自信は無かったが、上手く行って良かった。

 

「がっ!?」

 

「アニキっ!?何だテメー!」

 

 もう1人のヤンキーが殴りかかってくる。私はその拳を右手で受け止める。

 左手は弁当の入った袋を持っているので、そのまま相手の腕を捻り上げてやる。

 

「いてててててっ!?」

 

 情けない声をあげる男の目には涙が浮かんでいた。

 

「オイオイ、その程度かよ?これじゃあ遊びにもならないぞ?」

 

「このアマァっ!マジでふざけんなよこらァっ!」

 

 口だけは立派だな。兄貴の方はは一撃で伸びてしまったから、こっちの方がマシかもしれないが。

 

「おーおー、ふざけてんのはそっちだろ?まさかこれで本気なわけねーよな?」

 

 相手を煽るのも忘れない。これは人にもよると思うが、私は相手に頭を使われるのを嫌う。馬鹿みたいに突っ込んできてくれた方がマシだからだ。ゆえに……相手の冷静さを奪っていく。

 

「ぶっqあwせdrftgyふじこl」

 

 ついに言語機能まで崩壊し始めたみたいだ。まぁこうなったらもう止めを刺すだけ。

 私はそいつの手を離すと、背中に1発喧嘩キックをお見舞いしてやる。

 

「ぶべらっ!?」

 

「そんじゃあ、お休みー」

 

 最後に1発。はらわたを潰さないよう手加減して踏みつける。男は泡を吹いて動かなくなったけど……まぁ、息はしてるし平気だと思う。

 

「……ありがとう、ございました」

 

 何か不安げな表情をした女子にお礼を言われる。まだこいつは私を猿の仲間だと思ってるのだろうか。

 

「ん、怪我はねぇか?」

 

「あ、はい。お陰さまで」

 

「そっか」

 

 唐揚げ弁当は具とご飯が混じってカオスを産み出していたが、誰かを助けられたのだからまぁ良しとしよう。

 

「じゃあな、気を付けて帰れよ」

 

 倒れる男2人を放置して帰路に着く。きっと彼女が救急車を呼んでくれるだろう。私にそこまでする義理は無い。

 

 

「……ただいま」

 

 誰も居ない家。両親は仕事が忙しい訳じゃない。この家に居ないのだ。

 死んだわけでも、失踪したわけでも無い。……私は両親から恐れられていた。これも中学時代のあの事件が原因だ。

 

「夕飯にはまだ早いか」

 

 弁当を机の上に放置してテレビをつける。テレビでは糞の役にも立たないようなニュースが流れている。

 ニュースをBGMにしながら今日の復習に取り組む。どうも私は数学的な考えが苦手らしい。理科は出来るんだけどなぁ……。

 

「絶対logって社会で使わねぇよなぁ」

 

 そっち方面の仕事に着くならともかく、こんなのどんな場面で使うんだよ。私は不満を心の中に押し込みながら、今日の分の復習を終えた。

 もうとっくに日は沈んでいて、テレビには芸人達が身体を張ったバラエティ番組が流れていた。

 

「えーっと……1分半……っと」

 

 弁当を電子レンジで暖める傍ら、バラエティ番組に目を向ける。番組では高所恐怖症らしい芸人がバンジージャンプをさせられていた。……テレビ局ってのは随分とブラックな企業らしい。

 

 ~~♪

 

 電子レンジから音が流れる。暖め終わった際に鳴る音楽だ。

 

「……あ」

 

 弁当の蓋が熱で変形していた。

 

 

 あのあと念入りに弁当に蓋の溶けたものが混じってないか確認しながら夕飯を終え、シャワーを浴びて眠りについた。今は朝の7時。そして今日は金曜日。今日の授業が終われば、私にとって唯一の楽しみがやって来る。

 基本的に私は怠惰な性格だ。だから誰の目にもつかずゴロゴロ出来る休日は日々のオアシスなのだ。

 制服を着て、昨日の内に準備した鞄を手に、学校へ。今日もまた昨日のリプレイが始まる……と思っていた。

 

「高凪ぃ、昨日の件について、職員室で話を聞こうじゃないか」

 

 いつもは無視してくる体育の教師が、ニヤニヤしながら話しかけてきた。こいつは私が問題を起こしたのが嬉しいようだ。

 

「ま、待ってください!」

 

 後ろから声が聞こえた。

 

「うん?何だ?」

 

「2年B組、直樹美紀です。昨日の件について、私から話すことがあります」

 

 振り向いた先にいたのは、昨日助けたショートヘアーの女子だった。

 そのあと私は職員室に連れられ、他の先生から責め立てられる事になる。直樹……とかいった女子の話を私が言わせた嘘だと思い込んで。

 そんな中、唯一私を信じてくれた先生がいた。

 

「私には、高凪さんが悪い人には見えないもの」

 

 優しそうで、癒される笑み。母親ってのはこういう物なのだろうか、彼女の側に居ると、何故か落ち着いた。普段見ない先生だから、別の学年を担当しているのだろうか。

 

「先生は、何年生の担任ですか?」

 

「私は普段3年生の子を教えているわ。私は佐倉慈。よろしくね、高凪さん」

 

「はい、佐倉先生」

 

「もぅ、佐倉先生じゃなくてめぐね――あ、ううん!?何でもないのよ!?」

 

 慌てた様子で何か言い直す。私は何か変なこと言ってしまったのだろうか。

 

 こんな退屈で、ほとんどの人間から敵視されて。

 

 それでも、この生活がマシだったと思ってしまうほどの絶望が待っていることを、私はまだ知らない。




お読みいただきありがとうございます。後半ちょっと走りぎみだったかもしれません。申し訳ないです。渚が問題児と呼ばれるのはこういった理由からです。
全部体育教師って奴の仕業なんだ!
次回から新たな章に進みます。
それではまた次回、お会いできたらと思います。
ではでは。

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