1話―ぱんでみっく
――その日は、何て事の無い1日だった。
昨日と同じように学校に行って、昨日と同じように授業を受けて、昨日と同じように帰宅する。そして明日も今日と同じように学校へ行く。
そんな当たり前の事を、私は疑いすらしなかった。
悲鳴、ざわめき、何かが壊れる音。
周囲から聞こえてくる音が、明らかな異常を私に伝えた。
私は少し気だるげに振り向き、音の発生源を見た。
そして、自分の目を疑った。
――人が人を食べていた。
おかしい。おかしいのは分かっている、そんなことある筈無いから。
でもその行為はすぐ目の前で行われていた。見間違いや白昼夢等ではない。
「きゃあああっ!?」
甲高い悲鳴で我に返る。そうだ、今は考えている場合じゃない。明らかに『あれ』はヤバイ。
早く、速く逃げなければ。
「……っ!」
私は振り向くことなく走りだし、人口の多い大通りに出た。
そこには地獄が広がっていた。
道端に、電柱に、一軒家に。車が激突し、車道は既に『あれ』らで埋め尽くされていた。
「……何だよ、これ」
ゲームでしか見た事の無い、見る筈の無い現象に、私の精神が削られていくのが分かる。
「ヴァァァ……」
奴等の一匹が私に気付き、ゆっくりと、しかし確実にこちらに近づいてきた。
「チッ」
小さく舌打ちをして、走って逃げる。部活なんてやってないが、体力にはそれなりの自信があった。一向に走る気配を見せない奴等には負けないだろう。
私は路地裏に入り、近くに奴等がいないのを確認してからへたりこんだ。
「なんなんだよ、あいつら」
のろのろとした動き、人を喰らう。まるでゲームに出てくるゾンビみたいだ。
ってことは、噛まれた人間もゾンビに……?
推定に過ぎないが、その確率は十分にあるだろう。
「ゾンビ……か」
普段の私なら笑い飛ばしそうな話だ。
でも、私は現実にそれを見てしまった。それが人を喰らう瞬間を、この目で。
とりあえず頭の悪い私にも分かることと言えば、もう今までのような暮らしには戻れないかも知れない、と言うことだ。
遠くから煙が上がっている。おおかた奴等のせいで火事でも起きたのだろう。
奴等がいるのはここだけじゃないってことか。
「……水と食料、今のうちに確保しとこうか」
もしも町中の人間がそうなったら、生き残った人間で食料を奪い合うことになる。それなら早めに取ってしまった方が良いだろう。
裏路地を抜け、さっきとは別の大通りへ。
こちらの道にもゾンビ達がいるが、私は車の残骸に身を隠しながらコンビニへと近づいていった。
外からコンビニの中を覗く。誰もいない。人も、ゾンビも。
私は動かなくなった自動ドアをこじ開けると、コンビニの中へ入っていった。
店の中で何かが暴れたのか、雑誌コーナーは酷いことになっていた。ページは破られ、ATMの機械は破壊されている。
私は学校の鞄の中から一冊のノートと文房具だけを残して残りを捨てると、缶詰と飲み物を詰め込んだ。
店員もいない今、法律なんて無いも同然だろう。
私はゾンビを警戒して棚に隠れながら惣菜パンを頬張る。
「……あんまり美味しくないな」
環境がそうさせるのか。少なくとも味わっている余裕は無い。コンビニで売っているパンには高カロリーのものが多いから、幾つか持っていった方が良いかもしれない。
「……これは?」
私が見つけたのはカッターナイフ。工作用の安物だ。もしかしたら武器になるかもしれない。
たが鞄はもうパンパンなので、開封してジャージのポケットに入れておく。
……一先ずはこのぐらいにしておこう。次に必要なのは安全地帯の確保だ。
幸いここはコンビニ。奥には事務所があるだろう。そんな奥までゾンビは入ってこない……と良いな。
私は動かない自動ドアを閉じ、レジの向こう側へ。事務所には机といくつかの椅子、水道。とりあえず必要なものは揃っているようだった。
「ヴボァァ……ッ」
酷いオマケも付いてきたけど。
2、3歩後ずさりして、自分が逃げ道を閉じていた事を思い出す。自動ドアをこじ開けていたら、後ろからガブリとされかねない。
「………面倒くせえな」
チキチキ、とカッターナイフを伸ばして構える。こんな装備はゲームの中でしかしたこと無いけど、丸腰よりかはましだろう。
「さっさと死んでくれよ……っ!」
私はダッシュでゾンビの後ろへ回り込むと、そいつの胸にカッターナイフを押し付けた。
パキッ、と音が聞こえる。見るとそこには刃を失ったカッターナイフが。
「お、折れやがった……」
ゾンビは振り返りながら引っ掻こうとしてくる。私はそれをしゃがんで躱す。だけど、しくじった。
「あっ」
ゾンビが流したのだろう、体液にまみれた床に滑り、転んでしまった。
(……ここで終わり……か)
私はここで死ぬ。私は抵抗を諦め、目をつむった。
……だが、いつまでたってもその時は訪れなかった。
(……?)
ゾンビが倒れている。その頭はへこんでおり、相当固いもので殴ったようだ。
そして私の目の前には、血濡れたレジを持った女性が立っていた。
なお投稿は超マイペーススロウリイになります。
それでもよければお付き合いください。
以下キャラクター設定
高凪渚(17)
巡ヶ丘高校二年の問題児。部活には所属しておらず、『その日』の彼女は帰宅途中だった。
大人しい不良、といった印象の少女。怒鳴り散らしたりせず、視線でプレッシャーをかける。
根は優しく、今まで起こしてきた問題は誰かを助ける為に起こしたこと。他人から感謝されるのが苦手でつい暴言を吐いてしまうツンデレさん。その一方で生きることに対する欲が薄く、捨て身の戦法に出ることも多い。
金髪のロング、制服の上にジャージを羽織っている。