分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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敵、味方入り乱れての激しい空戦
上空には幾つもの黒煙の帯が、海面へ向けて、伸びてゆく

生き残った者にも、更なる試練が待ち構えていた。



76 マーシャル諸島解放作戦 第二次海戦9

海原遠く、水平線に太陽がかかろうとする時刻

第一航空戦隊 旗艦空母赤城は、僚艦である加賀。そして第二航空戦隊の飛龍、蒼龍と単縦陣を組み、速やかに撤退する為、航行を続けていた。

蒼龍の後方には、損傷しやや喫水を下げた重巡鳥海が続く。

その赤城達の周囲を駆逐艦 照月、初月、潮、漣、朧が輪形陣を組み、対空警戒陣形を組んでいた。

 

赤城艦橋で、傾く太陽を浴びながら 第一航空艦隊司令である南雲中将は、

「菊月達に、出来るだけ飛行士妖精達の捜索救助を。但し敵の再空襲が予想される。特務艦隊からの対空情報には細心の注意を」

それを聞いた、第一航空艦隊の草鹿参謀長は、

「既に、山口司令から下命されております」

そして、赤城も

「先程 飛龍さんから菊月ちゃんに概念伝達で、しっかりと伝達されています。菊月ちゃん達は、古参組ですから任せて大丈夫かと思います」

それを聞いた南雲は

「出来るだけ、不時着水した者は連れて帰りたい」

 

その思いは皆 同じであった。

飛行士妖精、一人一人は、海軍にとっては貴重な存在である。

通常、レシプロ機を離陸、水平飛行、旋回、着陸までを覚えるのに、最低40時間以上の飛行時間が必要である。

正し、それは後席に教官が同乗して、監督し、必要なら助言を与えての事である。

単独飛行(ソロフライト)となると更に数十時間の飛行を経験しなくてはならない。

その間、各種の気象条件(強風、降雨など)の飛行をこなし、初めて単独飛行となる。

 

単独飛行に出たからといって一人前ではない。

それは、“ただ飛べるだけ”である。

赤とんぼをようやく操れるようになっただけで、これから戦闘機教育課程、そして空母への離着艦課程を経てもなお半人前になのだ。

飛行士妖精達は一線の零戦乗りになる為に、険しい道を、進んできた。

そんな彼らを、一人でも多く救い、再び空へ

そう思うのは、南雲だけでなない。

 

南雲は、司令官席を立つと、艦橋を出て、見張り所へと立った。

 

赤城の飛行甲板上は、閑散としていた。

普段の出撃後なら、多くの飛行士妖精達が、戦果を語りそれを聞く多くの水兵妖精達でごった返し、歓声が響く飛行甲板も今は誰もいない。

ただ、潮風が、過ぎゆくのみであった。

その飛行甲板を感慨深げに見る南雲

 

「南雲司令」

そっと背後から艦娘赤城が声をかけた。

南雲は、じっと損傷し、所々めくれ上がった甲板を見ながら

「防空戦で不時着水した者達は、菊月達が拾いあげる。それで何とかなる。しかし、攻撃隊は」

そこまで言うと、その後は静かに黙ってしまった。

 

“この方は、やはりお優しい”

 

赤城はそっと心に語った。

 

艦艇畑を歩んで来た南雲司令は、気性が激しいと思われがちであるが、じつは非常に情に厚い人間であった。

 

赤城は、南雲の横に立つと

「攻撃隊の生存者については、最後まで諦めてはいけません! それがいずもさんとのお約束です」

南雲は、

「そうだったな。ここはパラオの若造と自衛隊に頼るしかあるまい。今の我々にはその“力”はない」

静かにそう言うと

「一人でも多く」

静かに、声にだした。

 

しばし、時間が流れ

不意に艦娘赤城が、少し不満そうに

「夜戦、私も参加したかったです」

「無理を言うなとは言わんが、お前が行けば加賀も行く。そうなれば山口が黙っておらん」

「確かに」

渋々納得する赤城

「出来れば敵のル級に20cm砲を撃ち込みたかったですけど・・・」

南雲は、少し笑顔で、

「空母で艦隊戦か! それこそ前代未聞だな」

 

赤城は、

「司令。摩耶さん、大丈夫でしょうか?」

「まあ、利根もついている。いざとなれば筑摩が何とかする」

「司令もそう思われますか?」

「あの三人の中では、一番真面だ」

南雲は静かに答えた。

 

 

時間は少し遡る

敵攻撃機が、飛び去り、赤城艦内では、被弾による火災の鎮圧作業と損傷個所確認、応急修理、そして負傷者の収容と治療。

まるで蜂の巣をつついたような状態であった。

赤城艦橋では、草鹿をはじめ参謀達が、各自対応し、指示が飛び交う。

その様な状況下、空母赤城艦橋では、艦娘赤城が眉間に皺を寄せていた。

 

「それは、できません!」

 

赤城は、つい声に出してしまった。

 

赤城の声に、一瞬、周囲にいた者達が驚いた

司令官席に座る南雲は、赤城に声を掛けた

「うん? 赤城どうした?」

すると、赤城は困惑ぎみに、

「摩耶さんが、単艦でいいから反転して、接近するル級無印艦隊を迎撃させろと」

 

すると南雲は、口元に笑みを浮かべながら

「鳥海のお礼参りか?」

「はあ、要約するとそうですね。このまま帰れば・・・」

赤城はやや顔を引きつらせた。

「愛宕のあれか・・・」

南雲も納得した。

 

摩耶としては、このまま第一航空艦隊が、ポンペイ島まで撤退すれば、もう一矢報いる機会はない。

そうなれば、本土で待ち構えているのは、笑みを振りまきながら迫る愛宕の一言。

 

“摩耶ちゃん、愛宕姉さんは、何といったかしら・・・”

 

そう恐怖のあれである。

大事な末っ子である鳥海を傷物にされて、姉達が黙っている訳はない。

高雄は話せば、何とかなる。

いざとなれば、横須賀の提督を拝み倒して納得させる事ができるが、呉の愛宕姉は違う。

あそこは、かかあ天下だ!

摩耶としては、ここで何とか鳥海の被弾に見合う戦果をもって帰らなければ、それこそ

地獄の本土が待ち構えていた。

 

「なあ、赤城。摩耶だけでいいから、反転させてくれ! あとは何とかするから」

摩耶は必死で、概念伝達を使い、赤城へ訴えていた。

 

赤城としては分からない話ではなかったが、タイミングが悪かった。

艦内は、敵攻撃の影響で、混乱しており、火災の鎮圧、負傷者の救護でてんてこ舞いであった。

 

正直言えば、“五月蠅い!”と言いたい。

作戦計画ではこのまま第一航空艦隊は、敵部隊をおびき寄せ、聯合艦隊の前面へ引きずり込む計画であった。

全艦、撤退が前提であった。

そんな時、摩耶は執ように概念伝達で、意見具申をして来た。

 

南雲に直接具申すればいいのだが、却下される事を恐れた摩耶は、まず赤城を説得する事から始めた。

 

度重なる摩耶の具申に、赤城も根負けしそうになり、つい声に出てしまったのである。

赤城としては、摩耶の言い分も分からない訳ではない。

可愛い妹が、傷つけられたという事もそうであるが、実際、こちらを追尾する兆しを見せる敵ル級無印艦隊を、足止めできれば、確実に撤退できる。

だが、ここで摩耶の反転を許せば、追従する者が出かねない。

摩耶が行けば、鳥海も行くと言いかねないのである。

そうなると、イモづる式に艦隊全員で反転するという事になりかねない。

実際、二航戦の山口司令は、一度だけ

“接近する敵戦艦群を迎撃すべきでは?”と意見具申してきたが、南雲は、

“ここは、撤退する”

と一言だけ返事を返した。

 

赤城と摩耶の概念伝達を使った押し問答を見ていた南雲は、

艦橋後方のデスクに置かれた作戦海域の海図の前に立った。

 

そこには、つい先ほど入電した特務艦隊警戒機からの、各敵艦隊の位置情報、そして友軍である聯合艦隊、三笠率いる別働水雷戦隊

後方にて待機中のパラオ、自衛隊艦隊の位置情報が書き込まれていた。

 

既に、三笠を旗艦とし、軽巡神通 駆逐艦不知火、黒潮、天津風、時津風からなる水雷戦隊は聯合艦隊本隊より分離し、敵最前線に位置するル級無印艦隊を捉えるべく進軍を開始していた。

南雲は、

「草鹿。この敵ル級無印艦隊の編成は?」

「はっ、特務艦隊よりの情報では、ル級が1、リ級2、ホ級2、イ級が6です」

「11隻か。三笠様だけでは、少し荷が重いか」

「司令、三笠様も夜戦で全て撃破できると考えておらんでしょう。この無印艦隊が敵本隊と合流する事への牽制。できれば各個撃破といった所ではないでしょうか」

草鹿が答えると、南雲は、源田に向い

「源田、敵の空襲はあると思うか?」

源田は、腕時計を見て少し考え

「本日中の敵の空襲は、可能性としては低いと考えます。帰還した攻撃隊の情報を精査しましたが、敵空母3隻を撃破しております。残存しているヲ級は1隻。それも被弾しているとの情報です。残存機を集め再出撃しても、此方を捉えるのは、日没後です。もし敵の空襲があるなら、上から警告が来るはずです」

源田は、右手の人差し指で天井を指さした。

「敵の空襲が本日中になければ、我々は安全圏に撤退できるな」

南雲は、今一度海図を確認すると、赤城へ向き

「利根と筑摩の水偵隊は全機、予定通り出たな」

「はい。全機発艦し救難活動後、打ち合わせ通り無人島で待機中の補給船と合流、補給の後、空路撤退します」

それを聞いた南雲は、口元に笑みを浮かべ

「なら、利根と筑摩は暇だな」

それを聞いた赤城は、目を丸くして、

「司令、いけません!」

 

だが南雲は、赤城を静かに制すると、海図を指さし

「現在位置から、摩耶、利根、筑摩を反転させ敵ル級無印艦隊の正面へ展開させる。距離的には、10時間もあれば会敵できる距離だ。摩耶達に三笠様が突入するまで、敵艦を足止めさせる」

それを聞いた赤城が、険しい表情で

「山本長官が許可されるでしょうか?」

「まあ、意見具申はしてみよう」南雲はそう言うと、一言

「許可が下りればよし、ダメなら摩耶の顔も立つ」

「あっ、そう言う事ですか」

赤城ははっとした表情で答えた。

摩耶と鳥海は、元々第三遊撃隊として、第一航空艦隊の随行艦の任についていた。

全体指揮権は、第一航空艦隊の南雲にあるが、別部隊である摩耶が行くと言えば、それは尊重しなければならない。

だが、勝手に行かせてしまったとなると、後で問題になるので、一旦聯合艦隊の司令部へお伺いを立てる。

もし許可がでれば、後は摩耶が思い存分暴れればよいが、ダメと言われれば摩耶は退くしかない。

「まあ、長官が退けと言えば、仕方あるまい。愛宕には、“長官命令で撤退しました”と言える」

南雲の一言で、赤城は直ぐに聯合艦隊への意見具申を打電した。

返信は直ぐに来た。

 

“第三遊撃隊の敵艦隊への牽制作戦を許可する”

 

この返信を聞いた、摩耶は自らの艦橋で小躍りした。

「ありがとう! 赤城! 南雲司令に感謝だぜ!!」

摩耶は概念伝達で、そう伝えてくると直ぐに

「利根! 筑摩! 聞いての通り、敵の戦艦部隊へ殴り込みかませにいくぞ!」

「摩耶、余り気負い過ぎると当たるものも当たらんぞ」

利根がテンションMaxの摩耶を宥めた。

「筑摩、準備万端です。何時でもどうぞ」

常に冷静な筑摩の声が響いた

「よし! 第三遊撃隊転進! 敵戦艦群を討つ!! 利根、筑摩ついてこい!」

摩耶はそう言うと、あっという間に転進

慌てて利根、筑摩が追従した。

 

南雲は艦橋から離れゆく摩耶達を見ながら、

「重巡3隻をぶつけて、何処まで足止めできるかだな」

静かにその姿を見送った。

 

 

その第一航空艦隊が過ぎ去った海域で、一人の飛行士妖精が、今生命の危機に晒されようとしていた。

 

“ハア、ハア”

 

やや荒い息をしながらその飛行士妖精は、必死に機体の残骸の浮遊物に掴まり、海原を漂っていた。

傾いた太陽が、赤く海面を照らしている。

「このまま、夜になれば絶望的か」

飛行士妖精は、小さな声で呟いた。

 

敵空母部隊を攻撃する為に、母艦飛龍を飛び立ち、途中はじめて見る新型航空機の誘導を受けながら、敵空母部隊へ奇襲攻撃をかけた。

飛龍第二戦闘機中隊第三分隊長の7番機と僚機である8番機、そして自分の9番機の三機の零戦で敵新型戦闘機と格闘戦になった。

ほぼ此方が優勢な態勢からの攻撃であり、徐々に形勢を有利に進めていたが、敵空母から増援のコルセア戦闘機が上がってきた。

新手の敵コルセア戦闘機は、此方の後方につくと執拗に追尾を開始してきた。

こちらは、分隊長と8番機が前方を逃げるコルセア戦闘機を追っていた。

こちらの後方につこうとする増援の1機のコルセア戦闘機は、自分の9番機に狙いを定めてきた。

 

「こっちに食いついたか、一対一なら負けない」

そう思った瞬間、操縦桿を左へ切り込み追従する敵機を別方向へと誘い出した

一瞬脳裏に

“分隊と離れるが、何とかなるか”という考えが浮かんだ。

だが、それが悪夢の始まりである事にまだ彼は気付いていなかった。

 

「来るか!」

愛機である9番機を鋭く左へロールさせた。

もし、今までのワイルドキャットならここで、追従できず、容易く振り切れたが、敵の新型コルセア戦闘機は、そうはいかなかった。

此方の動きに合せ、鋭く切り込んできた。

やや外側に膨れながらも、此方の後方をしっかりと追従してくる敵コルセア戦闘機

 

「ついてくるだと! 小回りが利くのか!」

今までの深海棲艦の戦闘機とはとは違う感触に、何かを感じた。

急旋回を繰り返しながら、相手の動きを見た。

じりじりと距離が詰まる。

“あと少しで、奴の射程に入る!!”

焦りが、脳裏をよぎる

 

敵機の動きに無駄がない

「こいつ、熟練か!」

追従するコルセア戦闘機を見て、唸った。

技量的に五分なら、機体の性能が勝敗を決める

機動性の零戦か、それとも馬力のコルセアか

 

混戦状態の中、二機の孤独な戦いが始まった。

相手が、接近し射程に入る寸前に、切り返し、射線を躱す。

それを幾度と繰り返し、相手の隙を狙う

「焦るな、焦るな!」

そう自分に何度も言い聞かせ、愛機を駆る。

相手が根負けするまで、じっと耐える。

数回、わざと相手の射線に入るが、敵機は撃たなかった。

 

「無駄弾は撃たんか、向こうも読めているわけだな」

 

新米飛行士なら、射線に入った瞬間に“好機”と踏んで、撃ち込んでくるが、大体はしょんべん弾になり、届く前に射線が狂う。

だが、熟練搭乗員達は違う。

経験から、機銃弾の航跡を覚え、確実に見越し射撃をしてくる。

 

「こいつは、手強い!」

 

二機は、膠着状態はと入りつつあった。

だが、先手を打ってきたのは、深海棲艦のコルセア戦闘機だった。

突然、敵機の主翼の左右から、幾つかの白い航跡をひく物体が此方へ猛進してきた!

 

「何だ!!」

咄嗟に振り返り、見慣れぬ航跡にあわてた。

その一瞬だけ、此方の動きが止まった。

 

その見慣れぬ白い航跡をひく飛翔体は、あっという間に自分の機を追い抜き飛び去った。

「何だ!! 新手の新兵器か!」

そう思った瞬間、機体に激しい衝撃が走った。

 

”ガン、ゴン、ガン・・・”

 

「しまっ!!」

此方の動きが止まった瞬間、敵のコルセア戦闘機は、此方との間を詰めていた。

バックミラーに移る敵機を見ながら

「いかん!」

そう思った瞬間、敵機から激しい銃撃を受けた。

あっという間に、左右の主翼とエンジンに被弾した。

銃撃を受けたカウリングから、大量のオイルが吹きだし、風防を覆い視界を遮る。

操縦桿が、風圧で勝手に暴れ機体は、まるで暴れ馬のごとく上下左右に揺さぶられ天地がひっくり返り、姿勢を判断できない。

「くっ!」

 

黒煙が、操縦席を包み込んだ。

暴れる操縦桿を両手で必死に押さえ込んだ。

体に掛かる荷重が一気に増える。

 

「落ちている!!」

そう直感した。

 

その時、飛龍第二戦闘機中隊9番機は、黒煙を引きながらほぼ真っ逆さまに、落下していた。

 

コルセア戦闘機の放った飛翔体

それは、5インチロケット弾

本来は、対艦攻撃の為に装備していたものであったが、中々9番機に隙が出来ない事に業を煮やしたコルセア戦闘機のパイロットは、前方を逃げ回る零戦を脅かす為に、9番機の前方へ撃ち込んだのだ。

勿論、5インチロケット弾には、近接信管(VT信管)などはついていない。

全くのはったりであった。

だが、9番機の飛行士妖精あわてた。

見慣れぬ兵器に、一瞬の判断の遅れが生じたのだ。

動きの止まった零戦を敵のコルセア戦闘機のパイロット妖精は、見逃さなかった。

一気に、距離を詰め6門の12.7mm機銃に物を言わせ、攻めてきたのである。

こうなると、零戦の優位性は崩れ去ってしまう。

多数の銃撃を受けた9番機は、エンジンが止まり、黒煙を引きながら海面へと突き進んで行った。

 

「この! いう事を聞け!!」

暴れる愛機を、どうにか押さえつけた9番機の飛行士妖精

しかし、既にエンジンは停止。高度は物凄い勢いで失われつつあった。

「来るか!」

咄嗟に、後方を振り返った。

しかし、そこには先程まで執拗に追いかけて来たコルセア戦闘機の姿は無かった。

 

飛行士妖精は、操縦桿をわずかに動かした。

微かだが、各舵に反応がある。

「行けるか」

操縦桿を少し引き急降下する機体をわずかに、引き起こした。

機首が微かに上がり、降下が緩くなった。

「エンジンは・・・、ダメか。このまま着水しかない」

咄嗟に判断した。

既にプロペラは停止し、カウルの隙間から大量のオイルを吹きだしていた。

エンジンが死んでいるのであれば、もう選べる選択肢は不時着水しかない。

周囲を見回す

「追撃してこん、諦めたか」

先程まで自分を追っていたコルセア戦闘機は、去り追撃してくる機影は無かった。

視線を前方へ戻す。

既に、海面が目前に迫り、白波がはっきりと目視できる。

「まだ、まだ!」

自分にそう言い聞かせた

ここで慌てて機首を引き起こせば、速度を失う。

速度を失えば、舵が効かない

“着水する際、最も重要な事は、姿勢制御できる速度を失わない事”である。

水は“軟かい”というイメージを持つ者は多いが、実際はかなり硬い

手でゆっくと水面を押せば、柔らかく沈むが、勢いよく叩けば結構痛い

着水時の速度は、速すぎず、遅すぎず。

普段の着陸と変わらぬ速度の確保が絶対条件である。

9番機の飛行士妖精は、高度100m前後で静かに操縦桿を引き、姿勢を水平にした。

「よし」

機体を水平にした事で、速度がやや落ち、降下が緩やかになった。

「水平、水平!!」

つい心の声が口に出た。

既に、エンジンが止まっている。

ここで姿勢を崩してしまえば、立て直す手段はない。

流れ出たエンジンオイルで視界の悪い風防越しに、海面を見ながら、操縦桿を必死に動かした。

右手で操縦桿と格闘しながら、左手で、風防を開けた。

「よし、これで脱出できる」

 

着水の衝撃は、想像以上に大きい。

時速100km近い速度で海水に接触すれば、零戦の胴体フレームなどあっという間に歪を生じる。

そうなれば、スライド風防が歪み、動かない。

着水前に必ず脱出できるようにしておかなければ、機内でおぼれる危険もある

高度が100mを切った。

 

“ゴッー”

風を切る音だけが、耳元に響く。

 

「水平を保て!」

何度も自分に言い聞かせた

もし、ここで姿勢を崩して、翼端が海面に接触すればあっという間に横転してしまう。

着水する寸前まで水平を保たなければならない。

前方の海面を凝視した。

波が正対している

「よし、運がいいぞ!」

横波を食らえば、その分横転する確率も高くなる

小刻みに操縦桿を動かし、機体の水平を保った。

高度はどんどん落ちて、20mを切った

「無理に、引き起こすな!」

再び自分に言い聞かせた。

不意に、降下率が落ちて、海面近くを滑空し始めた。

「よし、地面効果だ!」

 

航空機は、着陸する際、地面近くまで降下すると、主翼と地面(海面)の間の気圧差により、誘導抵抗が低くなり、滑空距離が長くなる。

これを地面効果という。

簡単に言えば、主翼と地面の間に空気のクッションが生じるのだ。

この地面効果は、地面と主翼の距離が短いほど顕著に表れる。

零戦は低翼機、胴体の下に主翼があるタイプの航空機である。

ギリギリまで、地面に近づけば、地面効果を最大に利用する事ができる。

因みに、今回は海上であるので、正式には水面効果と呼ぶ。

 

機体の降下率が一気に緩やかになった。

そして、愛機は、静かに胴体から海面へとなだれ込んだ。

 

“ズッザーン”

胴体が海面を切り裂くのと同時に、凄まじい衝撃が飛行士妖精を襲った。

安全帯が、体に食い込む

 

“うっ!”

衝撃に声が漏れた。

それと同時に、風防に大量の海水が押し寄せ、操縦席を水浸しにする

“ゴホ!”

飛行士妖精は、頭から大量の海水を浴びた。

機体は、着水すると急速に速度を落とし、何度も大きく揺れながら、停止した。

 

「慌てるな!」

飛行士妖精は、自分に言い聞かせた。

「直ぐには、沈まん。ますは安全確認」

そう言うと、安全帯を外しながら、周囲を注意深く見回した。

前方をまず見た。

既にエンジンの火災は収まり、カウリングから大量の水蒸気を上げていた。

上空へと視線を映す

「敵機は来てないな」

何度も注意深く監視した。

慌てて飛び出た所を、上空から機銃掃射されては、元も子もない

飛行士妖精は、周囲を見回し、敵機がいない事を確かめた。

すでに、機内に海水が入り込んできたが、足元までくると、一旦海水の侵入が止まった。

「よし、急に沈み込む事はなさそうだな」

座席の上に立ち、そのまま操縦席から抜け出し、左翼の上に立った

「こりゃ、長くはもたんな」

飛行士妖精の視界には、敵機の機銃弾であちらこちらに穴のあいた主翼が見えた。

そう言った矢先に、遂に主翼上面まで海水が押し寄せはじめた。

「やはり、海水浴は避けられんな」

そう言と、飛行士妖精は、静かに海面へと飛び込んだ。

 

少し泳ぎ、愛機から離れた

振り返ると、愛機は、機首から海面下へと没していた

「すまんな」

無念の声が波音にかき消された。

 

しばし、立ち泳ぎをしていたが、このままでは体力がもちそうにないと思ったとき、直ぐ目の前に、愛機の補助翼らしきものが浮かび上がってきた。

咄嗟にそれに掴まった。

波間に漂う補助翼につかまりながら、敵艦隊のいた方向をみると、数本の大きな黒煙が見えた。

「どうやら、攻撃は成功したか」

ほんの一瞬だけ、ほほが緩んだが、打ち寄せる波が現実に引きもどさせた。

 

「助けは来るか?」

飛行士妖精の声は小さかった。

 

この時代、敵海域で不時着(水)できたとして、無事に帰還できる確率は、非常に少ない。

ほぼ“ゼロ”と言っても過言ではない。

友軍の制空権下もしくは艦隊の近くであれば、艦艇なり、水上機なりで救助してもらえる可能性は高い。

しかし、ここは敵の制空権下である。

いや今回の攻撃で、敵の制空権が喪失しているとしても、友軍の艦艇まで数百キロ。

こんな、海原で、当ての無い捜索ができるほど、日本海軍には余力はない。

出撃前の打ち合わせでは、攻撃終了後、第一航空艦隊は後方へ撤退する事になっていた。

確実に、友軍は遠ざかる。

 

“諦めては、いけません!”

 

艦長である、飛龍の声が脳裏に響いた。

「とは、いえ。状況はなあ」

全身ずぶ濡れになりながら、飛行士妖精は、上空を見上げた。

すでに戦闘は終わり、味方も敵の飛行機の姿もない。

静かに雲だけが流れていた。

「逃げる間に、だいぶ皆から離れたか」

そんな思いが、つい口にでた。

飛行士妖精は、呆然としながら、機体の残骸にしがみつき波間を漂った。

そして、現在に至る。

 

既に、太陽は傾き始め、赤く染まりはじめた。

「このまま、夜になれば絶望的か」

そんな声が、つい漏れる。

絶望感が、脳裏を襲い始めたその時、背後から聞き慣れた音が微かに聞こえた。

ハッとして、振り返ると、その上空には見慣れた機影があった。

「零戦だ! 友軍機だ!!」

2機の零戦が、此方へ向け降下してくるのが、見えた。

 

「おおい!!! ここだ!!!!」

あらんかぎりの声を振り絞って叫んだ!

右手を大きく何度も振った。

 

2機の零戦は、真っ直ぐ此方へ向け降下してくる。

先頭を行く機体が、微かに主翼を振るのが見えた

「見つけてくれたのか!」

グングン近づく2機の零戦

はっきりとその姿を見てとれた。

 

突然、先頭を行く零戦が右へ機体を傾かせた。

開け放たれた、風防から飛行士妖精が手を上げているのが見えた

「よし! よし!! 見つけてくれたぞ!!!」

飛龍戦闘機中隊9番機の飛行士妖精は、歓喜の声を上げた。

頭上を2機の零戦が飛び去った

「どこの部隊だ!」

飛行士妖精は、咄嗟に零戦の尾翼にある識別符を見た。

「あれは、パラオの瑞鳳隊!」

 

 

「瑞鳳6番より、警戒機02号! 指定海域にて、漂流者1名を発見! 手を振っている」

「エクセル02了解、位置を記録した。これより救援機を誘導する」

 

瑞鳳戦闘機隊6番機は、僚機である7番機と共に、この空域まで進出していた。

敵深海棲艦への第一航空艦隊の攻撃に合せ、瑞鳳の戦闘機中隊は、自衛隊のE-2Jの誘導の元、各分隊が戦闘空域へ展開していた。

目的は、不時着水した飛行士妖精の発見と救助支援のである。

既にこの海域全体を覆うように、MQ-9リーパーが配置され、それをコントロールする為 E-2Jが派遣されていた。

リーパーは上空から、海面を水面レーダーで検索、そのデータは上空で待機するE-2Jを経由し、護衛艦いずもへと転送される。

護衛艦いずもに転送されたデータは、いずもに搭載された“戦術量子コンピューター”で解析され、AIが最適な“捜索救難”パターンを算出し、E-2Jへ再び転送する。

転送されたデータを元にE-2J、捜索範囲を絞り込み、再びリーパーが捜索する。

これを繰り返す事で、捜索精度を飛躍的に向上させていた。

 

いずもに搭載された“戦術量子コンピューター”

日本が誇る最新鋭の量子力学を使った戦術コンピューターである。

護衛艦いずもは、空母としての機能は勿論、この戦術コンピューターを活用した前線指揮艦としての機能を有していた。

正に、海上の司令部なのである。

 

 

瑞鳳戦闘機隊6番機編隊は、海面を漂う友軍の飛行士妖精の上空を過ぎ去ると、右旋回をしながら、低空を飛んだ。

「7番! 海面の飛行士が見えたか!」

「はい! 確認しました。手を振っています! 友軍の飛行士です!」

瑞鳳6番機の飛行士妖精は、再び視線を海面へと向けた。

「救援機がくるまで、時間がかかる。上空の警戒を怠るな!」

「7番了解です!」

そうここは、まだ敵の勢力圏内である。

いくら敵の空母群に壊滅的損害を与えたとはいえ、油断は出来ない。

 

その時、瑞鳳6番の耳元に無線が飛び込んで来た。

「パラオ大艇1号より、瑞鳳6番! 機上電探にて位置を確認! 要救助者は存命か!」

「瑞鳳6番、大艇1号! 要救助者は手を振っている!」

「パラオ大艇1号了解。到着まで10分!」

「10分了解した。これより目印を投下する! 7番上空警戒を頼む」

すると、7番機の飛行士妖精は、

「おう、兄貴。上空は任せてくれ!」

 

一人の飛行士妖精を救助する為の連携が始まった

 

海上で漂う飛龍戦闘機中隊の飛行士妖精は、上空に現れた2機の零戦に手を振りながら

「これで、俺が生きていた事は皆に伝わる」

そう小さく声に出した。

彼は知っていた。

零戦では救助できない。

今から、友軍の水偵を呼び寄せても日没で着水できない。

彼らも燃料の制約がある。

何時までもこの海域に留まる事はできない。

ここはまだ敵の勢力圏内である

一人の飛行士妖精を救助するために、大切な2機の零戦と二人の飛行士妖精を危険に晒す訳にはいかない

 

「皆に、おれは生きていた! そう伝えてくれ!!!」

大声で、上空を飛ぶ零戦に叫んだ。

 

しかし、2機の零戦は、思わぬ動きに出た。

上空を周回する零戦のうち1機が、再び降下してきた。

「最後の挨拶か」

飛龍隊の飛行士妖精は、心に思った。

 

零戦は、左に大きく傾くと、見事なナイフエッジ飛行をしながら此方に近づいてきた

「いい姿勢だ! 瑞鳳隊も腕を上げたな」

心の底から飛行士妖精はそう思った。

“ぶおぉぉぉん”

零戦の独特なエンジン音が頭上を通過した。

低空を通過する零戦の飛行士妖精の姿がはっきりと見てとれた

 

上空を通過した瞬間、零戦から何かが投げ落とされた。

通信筒のような円柱型の物が、海面へと投げ落とされた。

 

「ん! なんだ」

 

その円柱型の物は飛龍隊の飛行士妖精の40m程先に着水した。

すると着水と同時に、赤い煙がその円柱から立ち昇った。

「発煙筒か!」

 

“ぶおぉぉぉん”

過ぎ去る零戦は再び主翼を振った

 

“諦めるな!!!”そう言っているように感じた。

 

「来るのか! 救援が」

飛龍隊の飛行士妖精は、海面から立ち昇る赤い発煙筒の煙を見て唸った。

 

「パラオ大艇1号、瑞鳳6番。目印の投下に成功。数値を送る、風、北より5ノット前後、

波高1から2」

「大艇1号了解! 現着まで5分」

 

 

「右手1時方向、赤!!」

パラオ大艇1号の操縦席で、副操縦士が双眼鏡を覗いたまま叫んだ。

「あれだな」

左席で操縦桿を握る飛行士妖精は、その声を聴き、僅かに機首を右へ振った。

「見つけたか」

飛行士妖精の後に控える大艇隊隊長が聞くと、飛行士妖精は

「隊長、間違いありません。瑞鳳隊の零戦も見えます」

大艇隊隊長は、

「よし、着水と救助だ!」

その号令に一斉に機内は動き始めた。

 

波に翻弄されながら飛龍隊の飛行士妖精は、

「まだ、諦めん! 絶対に帰る! 飛龍に帰るぞ!!」

上空で、主翼を振りながら励ます零戦を見て、再び心を強くもった。

 

“戦場では、諦めた者から、退場(死)してゆく。泥水を啜り、地面に這いつくばっても、最後まで希望を持つ者だけが生きて、祖国の土を踏める”のだ。

 

上空を旋回する零戦を見上げて意思をはっきりともった飛龍隊の飛行士妖精の背後から突如、大きな影が迫った。

 

ゴッーーー

 

その影は、軽やかなエンジン音を奏でながら、頭上を通過した。

 

「あっ、あれは! 大艇!」

飛龍隊の飛行士妖精は、思わず叫んだ

そこには、4基のエンジン音を奏でる二式大艇の姿があった。

頭上を通過した二式大艇は、左へ旋回し再び後方へと飛び去った

「たっ、助かるのか!」

飛龍隊の飛行士妖精に、希望の光が差し込んできた。

 

 

「要救助者を目視で確認!!」

二式大艇改の操縦桿を握る飛行士妖精の声が機内に響いた。

飛行士妖精の後に控える大艇隊の隊長は、

「よし! 着水準備! 救助員は直ぐに出れるようにしろ!!」

頭にかぶったヘッドセットマイクに怒鳴った。

「救助員了解! 準備完了!」

後方に控える救助員妖精が答えた。

ほぼ同時に、

「機関員、着水準備はいります! BLC作動!」

大艇改に装備された小型ガスタービンの補助エンジンが起動し、主翼上面へ圧縮空気を送り始めた

「周囲に障害物なし!」

続いて、機首に装備されたレーダー担当妖精が、海面上の障害物の有無を報告した。

「えー、風は北より、3ノットから5ノット、波高さ1.5から2」

双眼鏡を構えた、右席に座る副飛行士妖精が海面の状況を報告する。

「よし、南側から侵入する。総員準備」

 

隊長妖精の号令と同時に、旋回を終えた二式大艇改は、着水へ向け侵入を開始した。

操縦桿を握る飛行士妖精の視線の先には、先程零戦が投下した発煙筒から立ちあがる煙が映った。

大艇は、特徴的な親子フラップを降ろし、最終の着水侵入へと入った。

操縦桿を握る飛行士妖精へ隊長は、

「波高に注意しろ、ダメだと思った時は、躊躇するな」

「はい、慎重にいきます!」

二式大艇は、この当時としては破格の着水性能を有していたとはいえ、想定された運用は、静かな湖面やラグーンや沿岸部など比較的波の穏やか水面を想定していた。

外洋への着水はできるだけ避けたい状況であった。

このパラオで改修された二式大艇改は、あかしにより多数の装備の追加や船底の改造がされたとはいえ、元は二式大艇である。

外洋への着水への危険性が減ったわけではなかった。

 

水面を睨む飛行士妖精は、一言

「状況よし! 着水します!!」

 

それを聞いた隊長は、全員へ聞こえるようにインカムへ向い

「着水!! 衝撃に備えよ!!!」

大艇改は、速度を徐々に落とし、ゆっくりと海面へと接近していった。

 

「来た! 降りるのか!」

海面に漂う飛龍隊の飛行士妖精は、此方へ向け高度を落とす大艇改を見つめた。

時折、付近に漂う赤い発煙筒の煙にむせながらも、必死な思いで大艇改を目で追った。

波にもまれならも、残骸に掴まり必死に耐えた。

此方へ向け高度を落とした大艇改は、ゆっくりと水面へ降りると、静かに海面へと着水した。

“ザッーー”、ゴッーー”

大艇改が波を切る音と、4基の三菱火星エンジンの音が入り乱れた

大艇改は、波をかき分け、真っ直ぐ直進すると、飛行士妖精の前方を過ぎ、200Mほど滑水して停止した。

波間に漂いながら、呆然と見守る飛龍隊の飛行士妖精

 

大艇改は停止すると直ぐに、操縦席上部のハッチが開いた。

そこから、一人の飛行士妖精が身を乗り出した。

手に持ったメガホンを構えると、大きな声で

「漂流中の飛行士妖精! 聞こえるか! 聞こえたら手を振れ!!」

飛龍隊の飛行士妖精は、大きく手を振った。

「よし! その場で待機しろ! 救助を開始する!」

 

その声と同時に、大艇改の右後方の一角が大きく開いた

本来ある右側面後方の搭乗口の周囲のパネルが内側にスライドし、開口された。

「救助員でます!!!」

大艇改の機内に響く声

同時に、小型のゴムボートが機内から押し出され、着水したのと同時に、ウエットスーツを着た2名の救助員妖精がボートへ飛び乗った。

直ぐに小型船外機を起動すると、漂流する飛行士妖精へ向け猛進していった。

 

パラオ工廠と自衛隊あかし工作隊により、魔改造された二式大艇改

対潜能力の強化と共に、補強されたのが、“救難飛行艇”としての機能であった。

外洋への着水能力の強化と同時に、救難装備も強化された。

その一つが、この大型のスライドドアである。

普段は、外板にと一体化して分からないが、小型ゴムボートなどが迅速に出し入れできるように搭乗口を含む外板をスライドドア化していたのだ。

 

救助者へ向け進むゴムボートを、ハッチから身を乗り出して監視する大艇隊隊長

「通信! 上空の瑞鳳零戦隊へ打電! “救助開始、上空警戒を厳となせ!!”」

すると機内にいる通信妖精から

「隊長! 連絡済みです! 零戦隊より返信、“了解”との事です」

「各員! 上空警戒を厳とせよ! ここは敵の勢力圏内だ!」

「おう!!!」

一斉に各員の返事が返ってきた。

双眼鏡を構えながら、大艇隊隊長は、

「時間との勝負」

腹の底から唸った。

 

“ぶぉぉぉ!”

小型船外機のエンジン音が唸る

波に翻弄されながらも進む小型ゴムボート

「あと!100!」

ボートの先端に掴まる救助員妖精が叫んだ。

船外機を操るもう一人の救助員妖精は、

「よし! いま行くぞ!」

漂流する飛行士妖精を睨んだ。

 

救助員妖精をのせた小型ゴムボートは、漂流する飛行士妖精の手前までくると行き足を止め、停止した。惰性で接近すると、飛行士妖精の真横へと着いた。

舳先にいた救助員妖精が、飛龍隊の飛行士妖精へ向け

「飛行士! 所属部隊は?」

「ひっ、飛龍第二戦闘機中隊9番機!」

それを聞いた救助員妖精は、

「質問する! 二航戦の山口司令の渾名はなんだ」

すると飛龍隊の飛行士妖精は、質問の意味が分からずキョトンとしたが、直ぐに真顔で

「多聞丸! 人殺し多聞丸! 大飯食いの多聞丸だ!!」

大声で答えた。

それを聞いた救助員妖精は、直ぐに手を差し出し、

「よし、合格だ! 掴れ! 何処か怪我をしているか?」

「いや、軽く擦りむいた程度だ」

飛龍隊の飛行士妖精は、救助員妖精の手をつかむと、ゴムボートの上に這い上がった。

 

救助員妖精は、なぜ直ぐに救助しなかったのか?

実は、偽装兵を警戒していたのであった。

聯合艦隊の幹部は、深海棲艦によるフィリピンの北部警備所乗っ取り事件を非常に重く見ており、今回の作戦では、敵と接触の可能性のある者に対して“魂を乗っ取られていないか?”を慎重に見極める必要があった。

まずは、簡単な質問をして、返答をみる。

躊躇なく返事がくればよし、詰まるようなら慎重に対処する事になっていた。

 

「たっ、助かった!」

飛行士妖精は安堵の声を上げた。

しかし救助員妖精は表情厳しいまま、

「すまんな。まだ安心するのは早い。ここは敵の制空権内だ、見つかる前に撤退する」

そう言うと、着用していたヘルメットに付属する防水型インカムへで

「大艇1号、救助員。要救助者を確保。意識明瞭、怪我なし。帰投する!」

手短に送信した。

それと同時に小型ゴムボートは再び船外機の回転数を上げ、飛行士妖精が先程までしがみついていた零戦の残骸から離れた。

加速するゴムボート

うねりに数度翻弄されながらも、一目散に大艇改を目指した。

大艇改の左側面へ着くとそこには、小型のラッタルが据えてあった。

ゴムボートから、誘導用のロープが機内に投げ込まれるのと同時に、機内から機上整備が手を出して

「掴れ!」

飛龍隊の飛行士妖精は、ラッタルに足を掛けながら、機上整備員妖精の手をとり大艇改の機内へと滑りこんだ。

飛行士妖精の収容と同時に、船外機が停止された。

二人の救助員妖精は素早い動きで機内へと入った。

それと同時に、他の機上整備妖精達は、ゴムボートを機内へと引き込んだ。

 

ボートが収容されるのと同時に、スライドドアが閉る。

「隊長、救助者ならび隊員、ボートの収容完了。ドア閉鎖完了。後部離水準備よろし!」

機上整備妖精は素早くインカムを使い操縦室で待機する隊長妖精に報告

「よし、各員即時離水する! 機銃員は上空警戒を厳となせ! 各員、確認!!」

隊長の耳元に、各部署からの報告が次々とはいった。

すでに、操縦士妖精は、離水の為の準備を開始していた。

出力を上げる4基の火星エンジン

 

大艇改は、滑走を開始した。

その上空では、護衛の瑞鳳隊の零戦2機が周回飛行をしながら、周囲を警戒していた。

海面を蹴る振動が、不意に止んだ

機体は離水すると、直ぐに上昇姿勢へと入り、グングンと高度を上げて行った。

 

飛龍隊の飛行士妖精は、ずぶ濡れのまま、大艇改の床にへたりこんでいた。

機内が落ち着きを取り戻す。

一人の機上整備妖精が、飛龍隊の飛行士妖精の前に来ると、真新しい水兵服と褌、そしてシャツを差し出した

「飛行士殿、着替えです。あいにく水兵用の物しかありませんが、しばし我慢を」

それを受け取った飛龍隊の飛行士妖精は、

「おう、ありがとう。助かる」

そう言いながら、濡れた飛行服を脱いで、真新しい水兵服に着替えた。

着替え終えた頃、操縦室から大艇隊隊長が、飛龍隊の飛行士妖精の前に立った。

「気分はどうだ? 具合の悪い所はないか?」

飛龍隊の飛行士妖精は姿勢を正すと

「いえ、大丈夫であります。救助ありがとうございました」

そう言いと、深く一礼した。

そして、

「自分は、いつ飛龍へ戻れるのでしょうか?」

大艇隊隊長は、

「当機は、もうしばらくこの海域で捜索救助活動を行う。その後ポンペイ島に帰還する、貴様はそこで降りて、トラック経由で母艦へ帰還する事になる」

「はっ、ありがとうございます」

飛龍隊の飛行士妖精は、明るい声で答えた。

 

大艇隊隊長は、黙っていたがポンペイ島に到着後、救助された者たちは、一旦仮設の施設へ収容される。

名目は“療養”であるが、実際は深海凄艦に精神汚染されていないか見極める為に、数日観察される。

この観察には、陸軍大臣の直属部隊である“陰陽師部隊 霞部隊”が派遣されている。

それほど、あの事件は軍首脳陣に衝撃を与えたのであった。

大艇改は、再び高度をとり水平飛行しながら、周辺地域の捜索を開始した。

 

隊長は、静かに呟いた。

「一人でも、多く救助しなくては」

 

大艇改は、高度をとり夕暮れ迫る海原を背に、捜索活動を再開した。

 





こんにちは、スカルルーキーです
「分岐点 こんごうの物語」第76話を投稿いたします。

前回投稿より4ヶ月近く過ぎてしまい大変申し訳ございません。
本当なら三笠夜戦編の予定だったのですが、この救難編が思ったより長くなって、肝心の三笠様暴れるが次回に・・・(-_-;)

うん、次回はちゃんとお待たせしないように頑張ります(希望的観測)

次回は「夜戦だ!」です

では

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