分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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74 マーシャル諸島解放作戦 第二次海戦7

 

「そろそろ、中間点か」

空母飛龍を飛び立った、赤城航空隊の97艦攻を率いる淵田中佐は、自機の中席で海図を握りながら前席の操縦士妖精へ声を掛けた。

「はい、周囲に敵影はありません!」

淵田は伝声管を使い、

「後席! 警戒を怠るな。敵の哨戒機にみつかれば、作戦が形骸化しかねん!」

「はい!」

後席の機銃員妖精もしっかりと答えた。

 

淵田は機上方位測定器を弄りながら、指示針が“0”を示すように進路指示を出していた。

敵艦隊を捉えていた自衛隊のMQ-9リーパーは、日本海軍の攻撃隊を誘導する為に予め打ち合わせあった符号を発信していた。

その電信電波を頼りに、第一航空艦隊攻撃隊は、一路敵空母群へ向け飛び続けていた。

 

飛龍を飛び立っておよそ30分

周囲には、無数の機体が編隊を組んで飛んでいた。

 

今回の攻撃は、南雲機動部隊の総力戦だ。

赤城 99艦爆 10機

   97艦攻 14機

加賀 99艦爆 26機

   97艦攻 26機

蒼龍 99艦爆 18機

   97艦攻 18機

飛龍 99艦爆 18機

   97艦攻 18機

攻撃隊 合計148機

護衛戦闘機 飛龍 12機

      蒼龍 12機

総機数 172機

 

第一航空艦隊の飛行可能な攻撃機が全て発艦した。

これだけの攻撃隊が揃うのは、久方ぶりであった。

高度4000m、時折雲はかかるが、視界は良好であった。

攻撃隊の先頭を飛ぶ淵田中佐は、飛龍を飛び立つ前の山口少将の訓示を思い出していた。

 

「遠慮はいらん! 全力で敵空母群を叩き潰せ!」

 

飛龍の飛行甲板で、山口少将は居並ぶ飛行士妖精たちへこう訓示した。

山口少将は、続けて

「現在、この海域に展開する敵空母4隻は、ミッドウェイの深海棲艦にとって虎の子部隊だ。ここで全てを壊滅できれば、敵は太平洋地域における制空権を喪失するといっていい。日没まで6時間。反復攻撃できると思わん。この一撃で決定的な損害を与える必要がある」

山口は、ぐっと居並ぶ飛行士妖精達を睨み、

「外した奴は、晩飯抜きだ! その分は俺が貰う!」

一瞬笑いが、周囲をつつみこんだ。

山口は、笑いが収まるのをまって、表情を引き締め

「美味い晩飯を食いたければ、無事に帰って来い! 各員の奮戦を期待する。俺からは以上だ」

 

淵田中佐は、その時の事を思い出し、

「南雲長官はじめ、山口少将もこの作戦への意気込みがうかがいしれるな」

呟きながら、前方の空域を睨んだ。

このまま行けば、1時間以内に敵を捉える事ができる。

その時、前席の飛行士が、

「隊長! 今回は敵の電探を躱す為に、遠距離低空侵入ですか?」

「おう。その予定だ! 今回は奇襲できればそれに越した事はない。飛龍さんの話だと敵の艦隊は直掩機がかなり残っているとの事だ」

飛行士妖精は、

「例のお召艦隊からの情報ですか? それにしてもそれが本当なら正に“千里眼”ですな」

淵田中佐は、

「今の所、彼らの情報は正確だ。今回の攻撃も彼らの誘導があってこそ可能な攻撃だしな」

「ええ、確かに」

飛行士妖精も深く頷いた。

 

早朝のヲ級前衛空母部隊の残存艦に対しての攻撃は、ほぼ此方の完勝といって良かった。

そして今回の敵空母本隊への攻撃は、第一航空艦隊の攻撃機の全ての稼働機を動員したといってよい。

南雲や山口が今回の攻撃に如何に重点をおいているかが計り知れると同時に、自衛隊の敵位置情報を南雲達が重要視しているかがうかがい知れた。

通常、航空機による艦艇攻撃の場合、攻撃隊を数回に分けて攻撃する事が多い。

理由はいくつかある。

まず一度に発艦できる航空機の数に制限がある。

これは、飛行甲板の狭さからくる制限であり、全ての艦載機を一度に甲板上に並べる事が困難であり、十分な発艦可能距離を稼ぐ為にも、機数が制限される。

それと、敵位置情報の信頼性の問題があった。

通常は、敵艦に接敵した友軍の偵察機などの情報を元に、攻撃隊を発艦させるのであるが、攻撃隊を正確に誘導出来なければ意味がない。

いざ敵本隊発見と、意気込んで発艦したもの航法技術と誘導技術の未熟さから敵艦隊を見失い、燃料切れで帰還などいう事も起こりえる。

マリアナ沖海戦でのアウトレンジ戦法がいい例である。

航空機の性能を過信し過ぎ、作戦運用が伴っていなかった悪例である。

 

南雲達は、極秘裏に自衛隊より提供された“もう一つの戦史”を研究した。

そこで得た答えは、“航空戦は艦隊戦以上に指揮官の資質が勝敗を左右すると同時に、的確な敵情処理力が、勝敗の大きな要因となりうる”という事であった。

水上戦はいわば2次元の戦いである、しかし航空戦は3次元。

立体化した作戦域は、今まで以上に指揮官に重い負担を強いる。

それが出来なければ、航空艦隊は指揮できない。

この分野において、未だ日本海軍は、航空艦隊の運用は、水上艦隊の延長線という認識であった。

南雲達は、自衛隊との接触によりこの認識を改める事ができた。

航空戦を有利に進めるには、より正確な敵情。そしてそれを処理できる司令部能力

それが揃って、初めて“航空艦隊”の総力が発揮できる。

そう結論づけたのであった。

 

この攻撃は、それを実戦で証明できる機会であった。

「色んな意味で、この一戦は重いな」

艦攻隊を率いる淵田中佐は、一人呟いた。

 

 

その頃、深海棲艦ヲ級空母艦隊司令部では、入電する味方攻撃隊の情報に一喜一憂していた。

「攻撃隊! 敵空母群を捉えました!」

ヲ級flagship401号艦の作戦室内で、待機していたヲ級空母艦隊司令は、通信参謀の報告を聞き、表情を明るくした。

「接敵できたのか!」

「はい」

ただ、通信参謀の表情は微妙であった。

その表情を読み取ったヲ級空母艦隊司令は、

「何か問題でもあるのか?」

電文を持つ通信参謀は、戸惑いながら、

「はい、現状までの報告をまとめると、敵に待ち伏せされたと思われます」

「なに! 待ち伏せだと」

表情を厳しくするヲ級空母艦隊司令

通信参謀は、複数の電文をヲ級空母艦隊司令に手渡すと、

「敵艦隊の手前で、大規模な戦闘機群による迎撃を受けたようです。第一波の401航空隊はほぼ全滅し、残りの部隊が突破を試みている模様です」

ヲ級空母艦隊司令の表情が曇った。

「敵は待ち構えていたのか!」

そもそもこの海戦は、ある意味想定された海戦であった。

深海棲艦側としては、トラック泊地の無効化作戦

日本陸海軍としては、マーシャル諸島の奪還と統治権回復作戦

一旦、戦火が切られれば、それは各々の想定を超えた戦いを歩む事になる。

ただ、今回は日本海軍側の想定通りに上手く運んでいるだけであった。

 

焦燥感がヲ級空母艦隊司令部内を包み込んでゆく。

しばらくすると、通信妖精が電文をもって駆け込んできた。

「402攻撃隊より入電です!」

電文を差し出した。

通信参謀が電文を受け取り、読み上げた。

「402航空隊、敵戦闘機群と遭遇。全力で回避行動中」

それを聞いたヲ級空母艦隊司令は、更に表情を厳しくして、

「完全に待ち伏せされたということだ」

愕然としながら、椅子へ座り込んだ。

「やはり、攻撃目標の選定に時間をかけすぎた、その間に敵に迎撃態勢を準備する時間を与えたか」

その声を聴き、静まりかえる作戦室内

参謀の一人が、

「しかし、ヲ級司令。こちらは後続の403、404航空隊がいます。必ず突破して敵空母を仕留めてくれます。それに401や402も完全に全滅した訳ではありません」

「そうです、続報を待ちましょう」

他の幹部達も言いながらお互いの顔を見た。

幹部の一人が、

「司令、考えようによっては、此方に都合がいいかもしれません」

「どういう意味だ」

ヲ級空母艦隊司令が問うと、その幹部は

「現状までの推移を考慮すると、日本海軍の空母部隊は此方を捉えていません。もし捉えていれば、空襲を掛けてきているはずです」

「うむ」

頷くヲ級空母艦隊司令

「ル級flagship艦隊を始め、他の艦隊からも敵の哨戒機と接触したという報告を受けていません。敵は今朝の攻撃した前衛空母部隊を我々本隊と誤認し、この海域の航空戦力の残りは少ないと見積もっている事が考えられます」

「という事は、敵は油断しているという事か?」

ヲ級空母艦隊司令が問うと、その幹部は

「その証拠に、敵は索敵機を出した形跡はありません。もし警戒しているのなら、前衛空母部隊同様に此方も敵の索敵網に引っかかっているはずです」

幹部は続けて、

「今朝、前衛空母部隊を撃破できた事で、浮かれていたのでしょう。そこに我々の索敵機が接敵したことで、慌てて防空体制を整えた。即ち今敵の空母は此方の攻撃を防ぐことで手一杯です」

他の幹部が

「敵は我々の位置を特定できていません! 敵の攻撃隊が出てくる前に第2次攻撃隊を編成して、敵を叩くべきです!」

「そうです、司令! 第一次攻撃隊が帰還する前に、残りの部隊で、第2次攻撃隊を編成すれば、敵は攻撃できないばかりか、航空機を抱えたまま右往左往する事になります」

幹部達の進言を受け、考えるヲ級空母艦隊司令

静かな静寂が、ヲ級空母艦隊司令の回りを流れた。

 

「第2次攻撃隊を出す」

 

「おおお!!」

歓喜の声が空母司令部内を包んだ。

「航空参謀、編成できるのか?」

直ぐに航空参謀は

「残り部隊を編成すれば、100機程度は可能かと。第2次攻撃隊を発艦後、第1次攻撃隊を収容し、再編成すれば再出撃も可能です」

「司令! これで今までの借りを返す事ができます! 敵空母群を完膚なきまで叩き潰し、ミッドウェイの総司令に航空戦力の重要性を訴える絶好の機会です!!」

幹部達次々と進言した。

ヲ級空母艦隊司令は、脳裏に一瞬

 

“本当に敵航空部隊は、我々の位置を掴んでいないのか?”

 

疑念の声が流れたが、それを打ち消すかのように、幹部達は攻撃隊の編成作業を始めた。

ヲ級空母艦隊司令は、テーブル上の海図の一点を見つめ

「ここで 敵空母を仕留める事ができれば、姫の悲願に一歩近づく」

そう、静かに囁いた。

 

高度4000m

雲間を飛ぶ第一航空艦隊攻撃隊

 

敵の眼から逃れる為、わざと雲間へ飛ぶ。

「そろそろ敵の前衛警戒の敵機と接触するかもしれん」

攻撃隊を率いる淵田隊長は、打ち合わせの通り、やや高度を落として雲間へと編隊を誘導した。

「機銃員! 僚機の異常接近に注意!」

「了解です!」

伝声管越しに返事が返ってきた。

 

雲中飛行は、高度な技術を要すると同時に危険が伴う。

お互いの位置関係が把握しにくいと同時に、自分の姿勢制御も難しい。

 

基本、有視界飛行において、飛行機が水平を維持する為には、操縦する者が水平線を認識できないといけない。

各飛行士は、各々水平線がどの位置に見えるかによって機体の傾きだけでなく、機首の上下角を判断する事ができる。

確かに計器の水平儀や旋回傾斜計を利用する事も大切であるが、計器の反応は一歩遅れる。

仮に雲中で機首が下がったとする。

水平線を認識できていない場合、機首が下がっている事に気が付かず、機体が徐々に加速する。

速度が増速すると同時に、速度計が反応し、状況に応じてエンジン回転計、昇降計なども反応するが、その時機体は、かなり加速している事が多い。

実は、各種の計器が反応する前に、最初に反応するのは、風切り音だ。

ベテランの飛行士は、適正速度での風切り音やエンジン回転音などを覚えている。

少しでも状況に変化があれば、直ぐに計器を見て、姿勢制御に努める。

(但し、これはレシプロ機やグライダーなどで、現在のJET機など防音遮蔽された機体では、計器に頼るしかない)

 

攻撃隊の先頭を飛ぶ赤城九七艦攻隊は慎重に進路を選んだ。

前方の雲の厚みを見ながら、視界の確保できる進路を探す。

極力進路を保ちつつ、敵との交戦予定海域を目指す。

 

淵田は、海図へと視線を落とした。

「敵との想定距離。300kmを切ったぞ、一旦雲の下に抜ける」

淵田機を操る、操縦士妖精は主翼を大きく数回振った。

 

左右を固める九七艦攻が、一斉に主翼を振る。

上空を見上げると、護衛の二航戦の零戦隊も主翼を振った。

先導する九七艦攻隊の淵田機は、それを確かめると、機首をやや下げ、

高度を落とし雲底の外へと出た。

後席の機銃員へ

「皆、きているか!!」

「はい、隊長! 九九艦爆、零戦とも問題ありません」

「よし! 敵まで残り僅かだ! 気合いれていくぞ!」

「「はい!」」

航法、機銃員から元気のいい声が返ってきた。

 

“ツツツーーー”

 

突然、淵田中佐の耳元に、電信の受信音が流れた。

鉛筆を取り、効き耳を立てる淵田。

電信を聞き取り終わると、飛行士へ

「例の特務艦隊からだ! 間もなく案内役が来る!」

「了解です。進路を維持します」

 

飛行士の返事を聞きながら周囲を見ると、僚機達も“了解”を表す合図、“バンク”をして返事をした。

 

ほんの少しの間、周囲を注意深く警戒していると、

「右2時方向に機影! 単機です!!」

機銃員妖精の報告が機内に響いた。

「あれか!」

淵田中佐も機銃員妖精の指し示す方向を凝視する。

すると、右手前方に小さな機影を見つけた

「あの機体か? ライトを点灯しているな、おっバンクした。間違いない」

双眼鏡越しに接近する機影を見た淵田隊長がいうと、飛行士妖精も

「飛龍さんの言っていた、特務艦隊の誘導機のようですが・・・」

「どうした!」

淵田の問に、飛行士妖精は

「はい、双発のです! この距離からでもプロペラが二つ見えます」

「本当か!」

「はい、はっきりと」

飛行士妖精は、しっかりと答えた。

隊長は脳裏に一瞬 トラックの陸攻部隊を思い浮かべたが、接近する機体を視認した飛行士妖精は、

「はじめて見る機影です。右手方向から此方へ接近し、合流するようです」

淵田隊長も、ようやく機影をはっきりと目視で捉える事ができた。

 

「見た事のない形状だ! 灰色の機体か?」

その初めて見る機体は、攻撃隊の先頭を行く赤城九七艦攻隊の前方で、右旋回をすると綺麗に、編隊前方に位置した。

 

「おお、でかい!」

 

接近したその機体を見た淵田隊長達は、思わず叫んだ。

はじめて見る機体形状に、目を丸くする艦攻隊面々、他の機体の飛行士妖精達も異形の機体に驚きの表情が見てとれる。

 

前方を飛ぶ異形の機体

四角い形状の胴体に、垂直尾翼が二枚

もっとも特徴的なのは、主翼の両端についた特大のプロペラ

“あんなでかいプロペラを苦も無く回しきるエンジンとは!”

後方から接近しながら、淵田隊長は色々な事を思いついた。

「いかん、今は作戦中だ。集中せねば」

誘導機の後方に着こうとした時、大きく機体が揺れた。

 

「おおお!」

 

左右に大きく機体が揺さぶられた。

「後方乱流が強い!」

淵田隊長機が大きく揺さぶるのを見て、他の九七艦攻が一旦距離をとった。

淵田機の飛行士は暴れる機体を抑え込みながら、誘導機の左側へついた。

淵田を始め、乗員全員で、じっと誘導機の操縦席らしき部分を見る。

すると操縦席らしき所に、飛行士妖精が見えた。

灰色のヘルメットを被っているので、表情までは読み寄れないが、此方を見て左手を上げ、

日本海軍でよく使われるハンドサインで、

“我に続け”と合図してきた。

淵田隊長機は了解を意味する“バンク”、主翼を数回振って挨拶した。

挨拶しながらも、誘導機を観察する。

機首に、大きく書かれた旭日旗

操縦席の後方らしき所にある窓から、別の飛行士妖精が此方を見ている。

我々の視線に気が付くと、開け放たれた窓から手を振って来た。

「隊長! 手を振ってますよ!」

後席の機銃員妖精の声に、

「お前達、返事をしてやれ!」

淵田隊長の声に、飛行士や機銃員妖精が手を振り返す。

他の機体からも機銃員達が手を振っていた。

「どうやら、間違いなく友軍機だな」

淵田隊長は、安堵の声を上げた。

 

 

淵田隊長は、飛行士妖精へ命じて、少し機体を後方へ下げた。

誘導機の胴体後部に、鮮やかな日の丸をみて、何故かほっとした。

「異形だが、日の丸があると落ち着く」

一瞬そういうと、続けて目に入った文字に驚いた。

 

“陸 上 自 衛 隊”

 

「“りくじょうじえいたい”だと?」

 

自衛隊という組織については、内々に幹部を集めた会合で南雲司令や赤城艦長から内密に説明を受けていたが、てっきり海軍の組織だと思っていた。

しかし、見えた機体に書かれていたのは陸上自衛隊という文字だ。

「陸さんなのか?」

少し疑問と不安がよぎったが、南雲司令や山口司令、そして赤城艦長達は信用しているようので、ここは任せるしかない。

誘導機の左後方へ付き直すと艦攻隊の隊長は再び、誘導機をみた。

先程は気がつかなかったが、胴体の後部が開いていた。

「ほう、あんなところが開くのか?」

今まで見た機体では考えられない。胴体の後部が大きく開口していた。

開口部を、凝視した淵田隊長はぎょっとした

見れば、そこにも飛行士妖精が配置されていて、その飛行士妖精は大型の機関銃を構えていた。

「隊長! 誘導機の胴体下部にも機関銃らしきものがあります!」

「本当か!」

飛行士妖精の声に、淵田中佐は視線を誘導機下部へと向けると、誘導機の胴体下部に大型の機関銃が設置されているのが見て取れた。

「意外と重装備のようだ」

機体は、その機銃を見た瞬間、急にその機銃の銃身が左右に動いた。

「遠隔操作か!」

どうやら機内から機銃を操作しているようだ。

「隊長! 見れば見る程、面白そうな機体ですね」

後席の機銃員妖精の問いに淵田は、

「おう、無事に帰ったらいつか乗せてもらおう」

「ですね」

飛行士妖精や機銃員の返事が返ってきた。

 

 

「日本海軍の皆、驚いてますね」

MV-22の操縦席で、左側についた九七艦攻を監視していた陸自の飛行士妖精は、操縦桿を握る機長へ声を掛けた。

「そりゃそうだろうな。いきなりこんな機体がふって湧いてくればな」

MV-22オスプレイ、コールサイン“キャリア01”の操縦桿を握る陸自飛行隊第二ヘリコプター団の隊長妖精はそう言いながら周囲に集まる九七艦攻を見つめた。

「まさか、自分がこの方達を率いる役目を担うとは・・・」

やや声が詰まった。

 

今回の誘導任務

隊長は、部下に任せず、自ら操縦桿を握った。

今から誘導する先には、強力な防空力をもつ深海棲艦の空母群が待ち構えている。

自分達の後方につく、日本海軍の攻撃隊

下手をすれば、3割いや半数が未帰還になる事も考えられる。

それほど、米軍の装備をコピーした深海棲艦の防空力は強固だ。

由良司令からは、

“極力戦闘には参加せず、誘導と救助に徹する事”と訓示を受けていた。

由良司令は、自衛隊の各部隊の幹部を集めた会議で、

「今回の作戦、我々は極力影に徹する。まだ歴史の表舞台に出るには環境が揃わない」

そう言うと、

「山本長官や三笠様との協議の結果、我々の参戦記録はしばらくの間“極秘”となる。まあ歴史の闇の部分だな」

司令は笑っていたが、それだけ立ち回りが難しい。

由良司令は静かに、

「これから我々が経験するのは、リアルな戦場である。心してくれ」

分かっていたつもりではあったが、いざその時がくると、考えてしまう。

ここから見える艦攻や艦爆の操縦士の何人かは、もう母艦の甲板を踏む事はない。

隊長の脳裏にふと先達の言葉がよぎった。

 

「戦争は否定しても、英霊は否定するな」

 

今、自分の機体の周囲を飛ぶ無数の日本海軍攻撃隊は、これから死地へと向かう。

自分がその手を引いて、彼らを死地へと導く。

右手に汗が流れた。

ふと、右側に視線を移すと、九七艦攻がトレイル編隊で、びっしりと並んで見える。

はっきりと、操縦士たちの表情が読み取れた。

皆、嬉々とした表情で此方を見ている。

「これじゃ、失礼か」

ヘリコプター団の隊長は、ヘルメットのバイザーをあげて、顔を出した。

97艦攻隊の面々の表情が緩むのが見て取れる。

隊長は、再び、正面を見て、

「一人でも多く帰れるように、我々のやるべき事をするだけだ」

そう呟き、戦術情報が表紙されたセンターコンソール画面を見た。

「もうすぐ降下開始か」

 

そこには、上空で広域監視を行うE-2Jからの探知情報がリアルタイムで表示されていた。

「敵空母は4隻、その他含めると20隻の艦艇で固めた輪形陣か。厳しいぞ」

敵ヲ級空母艦隊まで250kmを切ろうとしていた。

 

第2輸送団隊長妖精は、表情を引き締め

「よし、これより降下し、敵のレーダー網をかいくぐる」

「はい、戦術情報を再度確認します!」

副操縦士が返事をすると、隊長は

「前衛のピケット艦がいないかもう一度確かめろ」

「了解です」

副操縦士妖精は、センターコンソールのモニター画面を操作しながら、戦術情報を確認してゆく。

「隊長。エクセル12からの情報では、ピケット艦らしき船影を確認できません」

隊長は、少し考え

「敵にもうピケット艦を編成できる余裕がないのか? それともまだ運用が未熟なのか?」

そういうと、続けて

「これで、一気に突っ込めるぞ。カーゴルーム!」

「はい」

直ぐに後部貨物車に待機する飛行士妖精が返事をした

「ブツの用意は?」

「はい、隊長。指示あり次第、直ぐにでも」

それを聞いた隊長は、

「よし、機上整備員。降下の合図の信号弾を上げろ!」

「了解です!」

機上整備員妖精は、用意してあった信号弾を手にとると、右側前方の貨物室ドアから顔をだして、周囲を確認した。

「上空ならび周囲確認、よし」

「確認!」

隊長の返事があった。

その返事をまって機上整備員妖精は、信号銃を窓から出し、上空へ向けた

「安全装置解除、信号白 上げます!!」

「確認!」

再び隊長の返事が返って来たのと同時に、機上整備員妖精は、信号銃のトリガーを引いた。

 

“パシュー”

 

打ち上げられた信号弾は、日本海軍の編隊の上空高く舞い上がった

それと同時に、輸送団隊長はオスプレイを数回バンクさせた。

 

“降下する、我に続け”

 

事前に、赤城といずもの間で取り決めてあった合図だ。

周囲の九七艦攻や九九艦爆、そして上空に位置する零戦は一斉に主翼を振って“了解”と返答してきた。

周囲を見回し、それを確認すると、輸送団隊長は、

「よし、一気に高度三〇mまで降りる。敵のレーダー波に注意しろ!」

「了解です」

副操縦士が答えた。

 

機首を下げ降下姿勢にはいるMV-22

その後を日本海軍の攻撃隊が追従する。

これから敵の目前にでるまで、高度30m以下の低空侵入を敢行する。

日本海軍初の遠距離低空攻撃(シースキミング)であった。

降下する誘導機を見ながら、追従する九七艦攻の機内で、淵田隊長は

「あれだけの巨体を、ここまで動かせるとは。見かけによらず機動力もあるのか、あの機体は?」

前方を飛行するMV-22をみながら淵田隊長は唸った。

大型のプロペラを苦にする事なく、機敏に降下姿勢に入った誘導機をみて驚きを隠せない。

グングンと高度を落とす誘導機

海面が急速に近づいてくる。

攻撃隊は、降下しながら、編隊を散開してゆく。

上空で直掩に当たる零戦隊も、攻撃隊の最後尾に付き全編隊がほぼ高度差がない状態と隊を組みかえてゆく。

「ここから先は、少しでも頭を上げれば、敵に察知されかねん! 瑞鳳隊ができたなら俺達もできる!」

淵田隊長は、そう自分に言い聞かせた。

赤城艦長から、瑞鳳、鳳翔隊の活躍を聞いていた赤城飛行隊の面々は、

「鳳翔さんの先輩方はともかく、新米の瑞鳳隊に後れを取る様では、一航戦の名が泣く」

奮起した飛行士妖精達は、連日猛訓練に明け暮れた。

中にはあまりに低く飛び過ぎて、海水浴をする羽目になった者もいたが、短い準備期間ではあったが、十分な訓練を積む事ができた。

前方を飛ぶ誘導機が、海面すれすれで水平飛行に入った。

「海面から10mもないぞ!」

両翼端の大型プロペラが巻上げる水飛沫を引きながら、安定した低空飛行をする特務艦隊の誘導機。

その後方につく第一航空艦隊の攻撃隊

「隊長! 誘導機の飛行士、いい腕してますね!」

前席の飛行士妖精が声を上げた。

「おう、見事だ!」

前方を飛ぶMV-22オスプレイを見て淵田隊長は唸った。

“あれだけの大型機を苦も無く操る技量。いったいどんな訓練をすればできるのか?”

艦攻隊の隊長の脳裏にそんな言葉がよぎった。

ふと、噂を思い出した。

“パラオに海神の巫女現れた。我々を遥かに超える力を持つ彼女達とその妖精が我が扶桑の国の未来を指し示す”

目の前を飛ぶ異形の機体を見て、淵田は、一人

「都合のいい言い伝えだと思っていたが・・・、祈ってみるものだな」

そういうと、ぐっと前方の水平線を睨んだ。

 

「あと少しで敵が視認できる。そこからが本当の勝負だ」

海図を握る右手に力が入った。

 

 

その視線の先

深海棲艦のヲ級空母機動部隊では、第二次攻撃隊の発艦準備と、第一次攻撃隊の戦果評価で慌ただしい状況が続いていた。

空母機動部隊の中心に位置するヲ級flagship401号艦の甲板上では、次々とF4UコルセアやTBFアベンジャーが並べられていた。

「司令! 攻撃隊からの入電です! 敵空母を捉えました!」

電文を持った通信妖精が艦橋に飛び込んできた。

ヲ級空母艦隊司令の前に立つと、電文をもって

「攻撃隊より入電、敵空母2隻を補足。これを攻撃し損害を与える!」

声高く報告した。

「やったぞ!!」

ヲ級401号艦の艦橋に歓喜の声が上がった。

電文を受け取ったヲ級空母艦隊司令は、

「敵の損害状況は?」

「はっ、現在入電中ですが、雑音交じりで、正確な情報がありません。今しばらくお待ちください」

通信妖精が答えると、幹部が

「急ぎまとめろ! やったのは2隻か!」

すると通信妖精は、

「それが、情報が錯綜していて、2隻なのか3隻、いや4隻なのか? そもそもその海域に何隻いたのかの報告がバラバラです」

 

ヲ級空母艦隊司令はその報告を聞き、少し表情を硬くし

「確実なのは、敵の空母に、一矢当てたということだけだな」

「はい、司令」

通信妖精は、しっかりと返答した。

司令は、幹部達へ向い

「敵は混乱している。いまこそ好機。第二攻撃隊を速やかに発艦させよ」

幹部の一人が前にでて、

「本艦の準備はあと15分ほどで完了します。他の艦も30分以内には」

それを聞きヲ級空母艦隊司令は

「敵に休む間を与えるな! 第一攻撃隊の残存機が帰還しだい、状況を確認し更なる攻撃隊を編成しろ! 夜間着艦になっても構わん!」

 

「はっ!」

幹部達一斉に返事をした。

ヲ級空母艦隊司令は、

「この戦いの流れを何としても我が方に引き寄せねば」

表情は厳しいままであった。

 

 

その頃、敵空母群まで200kmを切った第一航空艦隊の攻撃隊と誘導のMV-22オスプレイは、海面上高度30mを保ったまま敵空母群へ一直線に進んでいた。

「敵空母群に動きありです」

戦術情報を確認したMV-22の飛行士妖精がセンターコンソール画面に表示された画像を見ながら声を上げた。

「敵さん、動き出したか?」

第2ヘリコプター団を指揮する隊長妖精が、操縦桿を握ったまま答えた。

センターコンソール画面には、敵空母群の上空で監視飛行を行うMQ-9リーパーの映像が流れていた。

「艦載機を上げて来たな、第2次攻撃隊を出すつもりだ」

隊長はそう言うと、

「丁度此方の到着と、敵の発艦が重なるな」

副操縦士が、不敵な笑みを浮かべ

「逆ミッドウェイですよ!」

ヘリコプター団の隊長は、

「少し足を速めよう! 一気に接近して敵を混乱させる」

そう言うと、後方の貨物室の機上整備員妖精へ向い

「各編隊へ発光信号! 敵艦隊、艦載機発艦準備中!これより増速して敵艦隊へ急接近する!」

「了解です!!!」

貨物室内に待機していた機上整備員妖精は一斉に返事をすると、各員信号銃を手にとり、左右、そして後方に展開する日本海軍の攻撃隊へ発光信号を送り始めた。

 

 

「前方誘導機より発光信号です!」

淵田機の飛行士妖精が声を上げた。

「読め!」

「はい! 接敵機より入電。敵空母群艦載機発艦準備を開始。これより増速して敵艦隊へ急接近する! 以上です」

それを聞いた淵田隊長は、

「よし! 天は我れらに味方したぞ!!」

左手で拳を作りぐっと振り上げた。

「いま、敵艦の甲板は艦載機で満載だ! 身動きが取れん! 攻め時だ!」

「はい!!」

飛行士妖精達が一斉に返事をする。

見回せば、各機が主翼を振っている!

士気が一気に上がる。

「よし、誘導機に合せて、増速して、一気に接近する!」

第一航空艦隊攻撃隊は一気に、増速してゆく

 

 

「鳳翔さんは、間に合ったか」

護衛艦いずものFICで、指揮官席に陣取る自衛隊司令の由良司令

前方の大型モニターに映し出される戦況表示を睨んだ。

本来なら副官である艦娘いずもが側にいる筈だが、今は日本海軍のパラオ泊地艦隊との合流と艦隊再編の為に、艦橋にあがり操船指揮をとっていた。

既に護衛艦いずも、ひえい、はるな、きりしま。そして補給艦あかしはパラオ泊地本隊と合流し、パラオ泊地艦隊の後方へついた。

パラオ泊地艦隊も、昨夜深海棲艦の前衛空母部隊へ奇襲を掛けた由良隊を回収。旗艦瑞鳳を中心に応援の白雪、深雪、初雪を加えた輪形陣を構成している。

両艦隊は、5kmほどの距離を開け聯合艦隊本隊の後方100km、そしてその北に位置する南雲機動部隊の後方100kmあたりを航行していた。

横の副官席に気配がした。

振り向くと丁度いずもが、着席しようとしていた。

「上はいいのか?」

「ええ、問題ないわ。それより赤城さんと加賀さん、鳥海さんの状態は?」

「これが、現状までのレポートだ。まあなんとか防ぎ切った。それが率直な感想だな」

自衛隊司令は、手元のレポートをいずもへと渡した。

レポートへ視線を落とすいずも

「赤城さん、加賀さんとも、航空爆弾が一発ずつ。赤城さんは甲板損傷、現在離着艦不可。同じく加賀さんも甲板損傷で離着艦不可。復旧見込み未定。問題は鳥海さんね。左舷中央に魚雷一発、機関一部損傷、速力低下。浸水収まるも、左舷へ傾斜ややあり。戦闘続行可能か」

いずもは、

「赤城さん達は、なんとか火災を抑え込んだようね」

「ああ、向こうでの教訓を活かせたといっていい」

「問題は鳥海さんね。やせ我慢してなければいいけど、あかしを向わせたほうがいいかしら?」

いずもの問に自衛隊司令は

「航行には支障ないとのことだ。多少行き足が遅れているが、脱落する事はない。それに赤城さんや南雲中将もいる。その辺りの配慮はしっかりしている」

自衛隊司令は視線をモニターに映すと、

「ポンペイ島で補給を済ませた金剛さん達の部隊が折り返し進出してくる。上手くいけば鳥海さんを囲い込む事もできる。先程その件については、トラックにいる大淀さんにも確認しておいた。」

自衛隊司令の返事に、いずもは

「手抜かりはないということね。となると問題はこっちか」

そういうと、前方の大型モニターに映る無数の光点を見た

そこには、MV-22に誘導された日本海軍の攻撃隊の姿があった。

「山口少将。全力出撃を掛けたわね」

自衛隊司令は、腕を組み、

「相手は、ヲ級正規空母4隻、防空強化の軽巡に、駆逐艦だ。数で押し切るしかない」

「空母を中心とした輪形陣だけど、前方警戒のピケット艦が出てないわね」

自衛隊司令は

「いずも、序盤戦であれだけ駆逐艦や軽巡を叩いた。向こうにはすでに手駒がない」

「いくら、戦艦や空母が健在でも、単艦で前方展開できないし、大は小を兼ねないということね」

「いずも、そういうことだよ。まあ我々も今後は汎用型DDの役割はパラオにお願いするしかないがね」

自衛隊司令は再びモニタ―を睨んだ。

「いずも、バックアップは?」

「ええ、既に上がっているわ。93式を積んだ第六飛行隊のF-35を4機。攻撃開始時間に合せて上空待機させている。もし、うち漏らしが出ても空母は仕留める事ができるわ」

「此方が手を出さなくてもいい状態になれば、帰還させる」

「司令。了解しています」

いずもはしっかりと答えた。

 

いずもは、中央モニターに映しだされたMQ-9の映像を見た。

そこには、各空母の甲板上に艦載機がリフトアップされ、整列を始めていた。

「いま攻め込むことができれば、ミッドウェイの再来になるわね」

自衛隊司令は、

「敵の無線、電信の傍受と解析は?」

「上空で監視しているE-2Jが受け持っているわ。収集電波の解析は、此方に帰ってきて、情報処理班でおこなうけど、なにかあるの?」

自衛隊司令は、

「今までの敵の動きを見ると、レーダーなど装備は、1943年前後の最新の物を装備しているが、練度が不足しているようだ」

いずもは、少し考え

「使い方が良くないということかしら?」

「それもあるが、技術を過信しすぎているように感じる。今までの戦闘をみるかぎり、敵の軽巡にはVT信管付きの砲弾が配備されているようだが、あれは海面近くを飛行する物体には誤作動する。それを防ぐには、日本海軍機を低空に近づけさせない事が重要だが、射撃統制が出来ていない印象をうけた」

自衛隊司令は、今までの敵、深海棲艦との戦闘で得た感触を素直に話し、そして

「多分、米国から何等かの手段で技術を手に入れたが、運用までは盗めなかったということだ」

そう言うと、

「だが、この戦いで深海棲艦側も見直しを迫られる事になる。我々はその上を行かなくてはならない。自衛隊の戦力があるとはいえ、厳しい戦いが続く事は間違いない」

静かに、

「出来れば、この海戦で終わりに出来ればいいが」

由良司令の声は重かった。

由良司令もいずももそうならない事は、百も承知しているが、本音は

“戦わず勝つ”

これを模索するのが、自分達の本分であると思っていた。

戦いを長期化させない為にも、深海棲艦側に対して、“日本海軍の皮を被った自衛隊”の存在を意識させる必要があった。

大和を超える謎の超大型空母、最新鋭の重巡を装備した“謎の艦隊”

抑止力としての自衛隊艦隊の存在をどう相手に理解させるか、由良司令にとって難しい場面でもあった。

 

戦術情報を見たいずもが、

「第一航空艦隊の攻撃隊が、そろそろ敵のレーダー補足圏域にはいるわ、いいかしら?」

自衛隊司令は、静かに頷き

「打ち合わせ通りはじめてくれ」

 

日本海軍の反撃が始まった。

 

 

「敵レーダーの捕捉域にはいりました」

MV-22オスプレイのコクピットでセンターコンソール画面に映し出される戦術情報を確認していた飛行士妖精は、機長である輸送団隊長へ報告した。

「ここから先は、高度を上げれば確実に探知されるな」

現在、日本海軍の攻撃隊を誘導するMV-22オスプレイは高度20mの低空を時速250km近い速度で飛行していた。

低空飛行用の自動操縦モードを使用しているので、常に海面からの高度が一定に保たれている。

時折進路をマニュアルで補正すれば、あとは一定高度を保ち続けてくれる。

「日本海軍さんの方は、大丈夫か?」

その問に後方の貨物室から、返事があった

「はい、隊長! しっかりついて来ています! 問題ありません」

隊長も周囲を見回せば、高度30m付近を九七艦攻や九九艦爆。そしてその後方には護衛の零戦隊がついてくるのが見て取れた。

 

「ここで頭をあげれば、敵のレーダーに探知されてしまう。もう少し我慢してもらわんと」

輸送団隊長は、前方を見ながら

「あと一五分で敵を視認できる」

副操縦士も、モニターを確認し

「100kmを切りました」

それを聞いた輸送団隊長は、

「よし、仕事を始める」

「了解です」

輸送団隊長は、続けて

「無線封鎖解除、日本海軍の攻撃隊への無線周波数を設定」

「はい、チャネル1で交信できます」

 

隊長はセンターコンソールの無線周波数を確認し、操縦桿のプレストークスイッチを押しこんだ。

「パラオ泊地特務艦隊の誘導機より、攻撃隊各機へ! 無線封鎖解除する。目標まで100km、現在方位並び高度を維持 目標までおよそ15分 各員了解か!」

すると、周囲の日本海軍の攻撃隊が一斉に主翼を振った。

「これより、誘導を攻撃隊総隊長機へ委譲する。本機は上空へ離脱後、電探妨害幕の散布を実施、敵電探を無効化したのち戦域を離脱する」

輸送団隊長は、最後に、

「各員の奮戦を期待します」

そして、

「海軍の先輩方、無事に帰ってきたら、この機体でパラオで遊覧飛行といきましょう! 海神の御加護を!」

 

“おおおお”

一斉に主翼を振って、返事をしてきた。

輸送団隊長は、皆の反応をみて

「では、先輩方! ご武運を!」

 

そう言うと、少し機体を増速させた。

巨大な2枚のローターが生み出す風が、海面の海水を巻き上げ、水飛沫を上げてゆく

 

「凄い加速力だな」

加速するMV-22オスプレイを見送る日本海軍の攻撃隊の飛行士妖精達

 

「淵田隊長! 聞きましたか! 生き残ればあの機体に乗せてもらえるみたいですよ!」

飛行士妖精がいうと、後席の機銃員妖精も

「隊長! パラオといえば鳳翔さんがいるから酒保も旨いですよね! 昔の任務の時を思い出しますね!」

「おう、あの金剛さん達と暴れたときだな!」

艦攻隊の淵田隊長も元気に返事をした。

 

前方へと加速したMV-22オスプレイは、十分な距離を取ると、

機体を上昇させ始めた。

その後方を、戦闘機隊が追従してゆく。

これからオスプレイと零戦隊は、敵直掩機のかく乱作戦を実施するのだ。

グングン上昇するオスプレイを、必死に追う零戦隊

 

淵田隊長は、上昇するMV-22を見上げながら

「ほう、零戦を振り切るとは、あの機体凄いな」

感心するばかりであった。

 

 

周囲の機体は、再び低空密集隊形を取った。

「低空で、遠目が効かん、敵を発見しても位置修正は難しいかもしれん。一発勝負だな」

淵田は、再び前方を凝視した。

「ここまで来たんだ! あとは押しこむ!」

 

攻撃隊から離脱したMV-22オスプレイは、高度3000mまで上昇し水平飛行へと移った。

「はは、流石の零戦もついてこれんな」

輸送団隊長は、笑いながらいうと、

「まあ、オスプレイは輸送機ですけどね。この時代じゃチートですよ」

副操縦士はそう答えながらセンターコンソールを操作して

「敵艦隊のレーダー波を捕捉しました。受信は周期的ですので、距離測定用のレーダー波です」

そう言っている内に、ようやく零戦隊が追い付いてきた。

 

輸送団隊長は、センターコンソール画面を見た

そこには、上空で支援するE-2JとMQ-9からの情報が表示されていた。

「敵の直掩は、10km圏内で留まっているな」

「はい、ほぼ20機が敵艦隊10km圏内を周回飛行しています」

輸送団隊長は、

「敵は、今頃俺達の反応をみて慌て始めた頃か」

そう言うと、後部貨物室へ

「全隊員へ、そろそろオペレーションを始めるぞ!」

「カーゴルームです。準備できています! いつでも!」

後部貨物室要員から返事が返ってきた。

 

隊長は、再びセンターコンソール画面を確認すると、

「よし! チャフの散布を始める!」

「了解です! 放出開始します!」

その声と同時に、MV-22オスプレイの後部ドアから機外へ伸ばされた2本の大型ホースから、大量のアルミ泊を空中へ撒き始めた。

 

「さあ、これで敵は、混乱するぞ!」

MV-22オスプレイを操縦する輸送団隊長は不敵な笑みを浮かべた。

左横に座る副操縦士は、

「初歩的ですけど、引っかかるでしょうか?」

輸送団隊隊長は、笑いながら

「まあな、俺たちにとっては初歩的でも、向こうからみればこれは“最新”だ」

そういうと、周囲を飛ぶ零戦をみて

「さあ、敵機が目の色を変えてやってくるぞ。先輩方のお手並み拝見といこう」

 

 

その頃、深海棲艦の空母機動部隊では、突如現れたレーダー反応に混乱を生じていた。

「なに! 敵だと!!」

ヲ級空母艦隊司令は、レーダーを担当する無線室からの報告を聞き、驚きを露わにした。

レーダー室との直通電話をもった401号艦の副長は、

「いえ、まだ敵と決まった訳ではありません! 第一攻撃隊の帰還部隊かもしれません! 本艦左舷9時方向、距離80㎞に多数の反応が突如でたとの報告です。反応から航空機らしいとの事です」

「至急、精密探知をさせろ!」

ヲ級空母艦隊司令は、苛立ちながら指示を出した。

「直ぐに直掩隊を向わせ確認させろ! もし敵なら15分前後でここまでくるぞ!」

「はっ」

副長は、直ぐにレーダー管制を兼ねる無線室へと指示を出した。

 

「艦載機発艦まで、あとどれ位かかる!」

ヲ級空母艦隊司令のいらだつ声に、発艦担当士官妖精が

「各艦あと10分程度です! 既に暖気を開始しています!」

「発艦士官! 構わん、直ぐにだせ! このままだと発艦中に攻撃されるぞ!」

「はっ、準備でき次第直ちに!」

発艦士官は慌てながら艦橋を出た。

「各艦へ通達 対空戦闘用意! リ級を前に出せ」

ヲ級flagshipの艦橋では、次々と指示が出た。

艦内に、“対空戦闘準備! 敵機来襲”を告げる警報音が鳴り響いた。

対空砲座では、機銃妖精達が慌てて準備を始めていた。

 

ヲ級空母艦隊司令は、厳しい表情のまま、

「てっ、敵はいったいどこから。いやどこで我々の位置を知った!」

唸った。

そのまま、無線室への直通電話をつかむと

「私だ! アンノンはそのまま此方へ来ているのか!」

しかし、電話の先の無線室からの返答は、意外な答えが返ってきた。

 

「司令、状況不明です!」

その返事に、ヲ級空母艦隊司令は、一瞬戸惑った。

「どういう意味だ」

「はっ、先程複数の物体を本艦左舷11時方向に確認しましたが直後、探知区域に無数の反応が現れ、現在正確な探知ができません。レーダー画面の一部が真っ白です!」

電話の背後から聞こえる怒号でレーダー担当の無線室もかなり混乱している様子がうかがえしれる。

「レーダーは使えないということか!」

ヲ級空母艦隊司令の焦りの声に無線室からは、

「反応がおかしいのは一部ですが、探知不能範囲が拡大してきています!」

ヲ級空母艦隊司令は、一瞬考えた。

“今までの敵との海戦で得た情報と違う、今までは電波妨害が広域で大規模なものだ。全てのレーダーや無線が使えなくなったと報告を受けたが、今回はレーダーの一部だけとは”

今まで経験した事の無い事態に、混乱したが、状況はまってくれない。

「今直ぐ、直掩機を誘導し、その不明反応を確認させろ。もし敵なら一大事だぞ」

「はっ、誘導を開始します」

直ぐに無線室は、対応を開始した。

 

その無線室では、突如起こったレーダーの不調に慌てていた。

「スコープ上の表示はまだ直らなのか!」

無線室を担当する士官の声に、レーダー妖精は

「ダメです。先程から確認していますが、不具合個所は不明です」

「電源を入れ直すか」

士官の問に別のレーダー員が、

「電源を落とせば、再起動まで時間がかかります。その間は全く探知できません」

「うっ」

士官は唸った

確かに、深海棲艦側のレーダーを始めとする無線機器は日本海軍より数段性能が上ではあったが、その殆どが真空管を使った物であり、電源を落とせば再起動まで時間がかかる。

おまけに衝撃や振動に弱く、無理な使い方をすれば直ぐに不具合を生じかねない代物であった。

士官は、渋い表情のまま、

「仕方ない。最初に反応が現れた方位へ直掩を誘導しろ。とにかく状況の確認を優先する」

「はい」

レーダー員は、全体の1/3が白くなったPPIスコープを睨み

「詳細が分からず、大雑把になりますが?」

「構わん、やれ」

士官の返事を聞くと、やや困った表情をしながら

“こりゃ、かなり難しいぞ”

そう思いながら、上空の編隊へ繋がる無線を操作した。

 

そして、誘導される深海棲艦側の直掩機部隊でも、この混乱が波及しつつあった。

ヲ級401号艦の直掩機部隊を率いる401戦闘第2中隊の中隊長は、愛機のF4Uコルセア戦闘機を操縦しながら唸った。

「いったいどうした?」

先程から、急に艦隊の動きが慌ただしくなった。

母艦の周囲を固める重巡や軽巡からは、しきりに対空警戒を促す白い信号弾が数発撃ちあがったのを皮切りに、各艦のマストに“対空戦闘”を表す信号旗が上がった。

「敵機を探知したのか?」

ならば、直ぐに母艦であるヲ級401号艦から無線で迎撃指示がでてもおかしくないが、中々指示が来ない。

周囲を飛ぶ僚機の飛行士達も、指示が出ない事に困惑しているようで、しきりに此方を見ていた。

中隊長は周囲を見回したが、敵機らしい姿をまだ見ない。

「もし日本軍が接近してきたならレーダーに探知されてもおかしくない筈なんだが」

訝しげに上空から母艦を見た。

既に 甲板上には第2次攻撃隊と護衛のコルセア戦闘機が並び、暖機運転を開始していた。

他のヲ級でもほぼ攻撃隊が甲板上に整列していた。

輪形陣を組むヲ級空母艦隊の周囲を周回飛行しながら、緊張した時間だけ過ぎた。

腕時計をチラッと見た

「そろそろ、増槽が空になるころか」

空戦になれば、最初に増槽を切り落とす。

残燃料を確認しておかなければ、いざという時心細い。

左右を飛ぶ5機のコルセア戦闘機も、それぞれ空戦に備え確認をはじめた。

第2中隊長は、喉元の咽喉マイクを操作し

「401直掩戦闘機隊、隊長より各機へ。敵機来襲に備え各機警戒を怠るな」

僚機が一斉に主翼を振った。

 

その直後

「401直掩戦闘機隊、401指揮所」

「401」中隊長は、直ぐに返事をした。

「本艦11時方向、距離100km前後に複数の反応あり。敵味方識別できず。確認せよ」

「指揮所! 11時という事は西へ飛べばいいのか?」

中隊長は、位置情報を確認しようとしたが、無線室からは

「そうだ、本艦の11時方向だ。高度は不明だ。警戒を怠るな」

それだけいうとさっさと無線が切れた。

中隊長は、一言

「11時といっても、どっちなんだよ」

中隊長は、ぶつぶつと文句を言いながらも、母艦の進行方向から推測した方位へ機首を向けた。

中隊長機の変針に合せ、401直掩機部隊は西へと進路を取った。

401隊の変針に釣られるように他の艦の直掩機部隊も西へと返針してゆく

その時、中隊長はまだ気楽に考えていた。

「まあ、進路が違えばレーダー担当が何か言ってくるさ」

だが、肝心のレーダーは全て自衛隊のチャフによりその機能を低下させつつあった。

 

「よし、引っかかった」

 

E-2Jの機内では、即座に動きが始まった。

最初に笑みを浮かべたのは、敵艦隊の前方で監視業務にあたるE-2J“エクセル12”の機内で対空監視を行うレーダー員妖精であった。

直ぐに横に座るCIC士官妖精へ

「敵航空機24機、キャリア01との接触コースへ入りました」

「よし、管制。キャリア01を上にあげろ、おれは零戦隊へ警告を送る」

「了解です」

 

コンソールのキーボードを叩き電文を作成ながらCIC士官妖精は

「電波情報を集めた甲斐があった」

そういいながら、眼前のレーダースクリーンをみた。

 

MV-22オスプレイが散布したチャフ

レーダー波妨害では、初歩的なものであるが、その効果は高い。

ECM(電子対抗手段)としては、デコイ(囮)の部類に属する。

アルミ箔など電波に反応する素材を空中に散布し、レーダー反射をかく乱すると同時に、敵のレーダー処理能力を飽和状態へと向かわせる。

空中に散布されたチャフの濃度を上げれば、大きな反射波を放つ雲の様な存在が生まれ、敵のレーダースコープには、雲の様な帯状の乱反射帯ができる。

友軍は、その乱反射帯(コリドー、回廊)を通り敵へ接近、または退避する事ができる。

コリドー内では、正確な探知が難しく、古典的な手法ではあるが21世紀となった今でも通用する手法でもある。

ただし、チャフで使うアルミ箔はなんでもいいという訳でなく、相手の発振するレーダー波の波長で長さや大きさを調整する必要があり事前に敵のレーダー波情報を収集することが非常に重要な要素でもあった。

自衛隊は、今回の海戦にあたりパラオ沖の防空戦や事前の電波情報収集で、敵のレーダー波情報をほぼ暴いていた。

あかしの工作班が、その情報を元にもっともRCS(レーダー反射面積)が高くなるように調整した“対深海棲艦”用に開発された和紙に、アルミ紛を溶着させたお手製チャフであった。

今回はMV-22オスプレイが散布したが、これなら一式陸攻でも十分散布が可能なように考えられていた。

 

E-2Jの機内でレーダーモニタ―上の戦術情報を見るCIC士官妖精は、

「敵はコリドーに向けてまっしぐらだな」

横に座る航空管制士官妖精が、

「この位置からすると、日本海軍の戦闘機隊が接敵する時は敵の右上部からです。日本海軍側が頭を取っています」

「管制、その位置で構わん。ぶつけてくれ、最終誘導だ」

「はい」

CIC士官妖精の指示を聞き、航空管制士官は無線を使い最終の誘導を開始した。

CIC士官妖精の視線の先、モニタ―には超低高度を進む99艦爆、97艦攻隊が映し出されていた。

「もう一歩で攻撃可能点。そこまでいけば・・・」

声を詰まらせた。

 

 

そして、その戦闘機隊の下

海面を這う様に進む艦爆、艦攻隊は、一路敵艦へ直進していた。

各所属飛行隊事に編隊を組み、海面すれすれを飛ぶ攻撃隊

 

その攻撃隊の三番手を担う飛龍航空隊

その総飛行隊長である友永大尉は、九七艦攻の中で、表情を硬くしながら前方を凝視していた。

空母艦娘の航空隊は、その殆どが艦娘が召喚した飛行士妖精を錬成して航空員として採用していたが、友永大尉の様に人が錬成コースに入り、飛行士として空母へ配属される事もあった。

第一航空艦隊の航空部隊の要である源田や淵田と共に南雲、そして山口、赤城を初め艦長である飛龍からも絶大な信頼を得た人物であった。

 

揺れる97艦攻

前席の飛行士妖精が

「友永隊長! 俺達の狙いは空母ですよね! やっぱりeliteですか!」

「できれば、そうしたいがな。どれが当たるか分からん」

友永隊長は返事をすると

「今回は、赤城、加賀、うちに蒼龍隊が一斉に攻撃する。選り好みする時間はない。目の前の相手に全力であたる」

「情報では、重巡に軽巡、駆逐艦。18隻で囲っているそうですね」

「ああ、雑魚には構うな。空母だけを狙う」

友永隊長は手短に答えた。

その時、電文のモールスが耳もとに流れた。

手早く記録する友永大尉

 

「敵の戦闘機隊が、零戦隊へと向かっていくぞ、囮作戦は成功だ!」

友永の声に、操縦桿を握る飛行士妖精は、

「隊長! これで、攻撃に集中できます!」

周囲の僚機を見回すと、操縦席越しに飛行士妖精達が頷くのが見てとれる。

友永隊長はぐっと息を飲み

「もう少しで、地獄の門がみえるぞ」

その声に機内に緊張が走った。

 

 

そして、その緊張は上空で囮役となった零戦隊も同じであった。

飛龍戦闘機中隊隊長は、操縦席で三度計器を見わした。

「よし、あとは・・・」

そう敵を目視するだけでいい。

パラオ特務艦隊の誘導機からの情報ではあと数分で、前方下方に敵機が見えるはずだ。

雲間に隠れながら敵機を探す。

緊張が頂点に達しようとした時、左前方のやや下に何かが光った。

目を凝らす。

 

「いた! 敵の戦闘機だ!」

 

そこには、ゴマ粒のような点が数個、空中に浮かんでいた。

咄嗟に、増槽を切り離した。

それが、空戦開始の合図だ。

一斉に僚機達も増槽を切り離す。

空中に、切り離された増槽が、クルクルと回転しながら落下してゆく。

飛龍戦闘機中隊の隊長は、ほんの僅か操縦桿を引くと機体を左へ切り込みながら、機首を敵機へと向けた。

一斉にそれに従う飛龍戦闘機中隊

隊長は、機体をロールさせながらしっかりと視線はゴマ粒の様な敵機を追った。

「ざっと6機か。まだまだ来るな! いまの内に数を減らさないと!」

既に、機銃は20mm機銃を選択。

機体を水平にすると、敵機らしき機影をみた。

「間違いない! 敵の新型だ!」

この距離からも写真で見た独特の主翼形状がみてとれた。

「さあ、敵の新型機の性能。見せてもらおう」

そういうと、僚機を引き連れ、一気に上空から襲いかかった。

 

対する深海棲艦の戦闘機部隊は、混乱しはじめていた。

「誘導はないのか!」

最新鋭機コルセア戦闘機を駆る401戦闘機第二中隊の隊長は、母艦からの無線誘導が途絶えた事に苛立ちを隠せないでいた。

「401無線室、西へ飛べといったが、いったいどっちに飛ぶんだ」

マイク越しに母艦の無線室へ怒鳴ったが、返事は

「現在、レーダーが不調だ。その辺は探知できない!」

401戦闘機二中隊長はその返事に、むっとして

「西へ飛べといったのはそっちだぞ! 敵の位置は解らんということか!」

だが、母艦の無線室の返事はそっけなかった。

「レーダーが不調だ。目視での索敵を実施せよ」

「くっ!」

戦闘機二中隊の隊長は、毒づいた。

「敵がいるというから、来たのに。 肝心な時に役にたたん」

コルセア隊の隊長が唸った瞬間、右上方の雲間に何かが光った。

「しっ! しまった!」

彼がそう言った瞬間、その光は、しっかりと此方へ一直線に向ってきた。

まっしぐらに此方に向け、戦闘行動をとる未確認機

20機近い機影が、急速に此方に向ってきた。

次第にはっきりとする機影を見た瞬間、コルセア隊の隊長の表情が引きつった。

 

「白い悪魔! 間違いない敵機だ! ゼロだ! 右上方!!」

 

咄嗟に増槽を切離し、スロットレバーを押しこむのと同時に、機首を持ち上げた。

慌てて僚機もそれに続く。

402号艦の直掩機部隊そして続く403、404号艦の戦闘機隊も敵機を視認したようだが、どの部隊も敵機に頭を取られた。

 

「くっ、最悪の状態で、出合い頭か!」

毒づきながら、重いコルセア戦闘機を必死に敵機へと向けた。

敵のゼロは、上方から背面状態になり、此方の後方へ回り込みをかけてくる。

「食いつかれたか!」

コルセア隊の隊長は、後方に回りこもうとする零戦を振り切りる為、と左へ舵を切りながら急旋回をした。

体に体重の数倍の荷重がかかる。

“うぉぉぉーーー”

腹の底から息を吐きだし、荷重に耐える。

ガタガタと揺れる操縦桿を両手で押さえ、暴れる愛機を抑え込んだ。

“何機だ! ジークは何機いる!”

“母艦まで20kmもないぞ! 攻撃機はいるのか!”

脳裏に幾つも疑問が流れたが、それをかき消すかのように、バックミラーに あの“白い悪魔”がチラチラと映りだした。

「僚機は!」

一瞬だけ、視線を後方へとうつした。

しかし、そこには僚機ではなく此方を射線に捉えようと必死で追従する零戦の姿があった。

「やられた! 此方の態勢が整う前に敵に頭を取られた」

 

一瞬、目の前を何かが横切る。

何が黒煙を引きながら目の前を横切り、海面へと向かってゆく。

一瞬だけ見えたそれは、ネービーブルーの胴体に黄色の識別帯があった

「うちのコルセアか!」

だが、その思考もそこまでであった。

操縦席の右横を敵機の機銃弾がかすめる。

咄嗟に左ラダーを踏み込んで機体を横滑りさせた。

 

敵の射撃が一瞬止んだ。

「無駄弾を打たんか、腕がいい」

コルセア隊の隊長は唸りながら、

「何とか、切り返さなくては」

額から大粒の汗を流しながら、腹の底から声に出した。

 

既に空戦域にはいくつもの黒煙が、海面向けて落ちてゆく

紺色の物もあれば、灰色の機体もあった。

混戦模様の戦闘機空戦域

 

「接近する不明機群は、敵機です!!」

ヲ級401号艦の艦橋で、通信室からの直通電話を持った401号艦の副長が叫んだ。

直ぐに、

「対空戦闘用意!! 警報鳴らせ!!」

401号艦の艦橋に怒号が飛び交った

艦内に、“対空戦闘用意”を知らせる警報ブザーが鳴り響いた。

艦橋見張り員が、双眼鏡を覗き込みながら、上空を指さしながら、

「右前方上空、距離不明! 黒煙多数見えます!」

「敵は見えるか!」

ヲ級flagship司令の問に、

「識別できませんが、複数の機体が交戦しています!」

 

「くっ! こんな時に!」

ヲ級flagship司令は毒づいた。

甲板上には、第二次攻撃隊が待機していた。

 

「発艦始め! 急げ!!!」

ヲ級flagship司令は声を張り上げた。

「発艦ですか!!!」

航空隊の発艦担当士官が驚きながら答えた。

ヲ級flagship司令は直ぐに、

「戦闘機隊が時間を稼いでいる内に、発艦させろ! 今攻撃されれば、元も子もない」

「はい!」

発艦担当士官は慌てながら、待機している攻撃隊の発艦を指示したが、甲板上はそれ以上に混乱していた。

 

「敵機だと!!」

401号艦の甲板の最前列に並ぶF4Uコルセア戦闘機隊は慌てた。

ようやくエンジンの暖気が終わり、主翼を展開した所だった。

甲板上の甲板員妖精達が、しきりに右前方の上空を指さしていた。

そこを見ると、複数の黒い帯が上空を漂っている。

視線の先で、突然、赤い光点が光った。

彼は、その光点の意味を知っていた。

 

火球だ。

「くっ。だれか撃墜したか。されたか」

先頭に並ぶコルセア戦闘機の飛行士は、表情を引きつらせた

敵味方が入り乱れて乱戦状態になっていることだけははっきりと見てとれた。

「もう時間がない! 出るぞ!」

右翼端で、指示を待つ甲板員に

「車輪止めはずせ!! チョークアウト!!」

大きく両手を使い指示をだした。

ハンドサインを復唱する甲板員

主翼下で待機していた、整備妖精はその甲板員の指示をみて、左右の車輪の車輪止めを外し、一斉に後方へ下がった。

操縦席から身を乗り出して左右を確認した。

視線を前方へと移す。

既に発艦に備え、飛行甲板上はだれもいない。

「よし! 発艦する」

ハンドサインを出すのと同時に少し、スロットレバーを押し機体を前へ滑りだした。

それと同時に両足で軽くペダルを踏み込みブレーキの効きを確かめた。

一瞬だけ、機体が停止する。

直ぐにブレーキを緩めると、即座にスロットレバーを全開へと押しこんだ。

「もうチェックリストは無視だ!」

そう叫ぶと、暴れる愛機を抑え込みながら、甲板上を猛進してゆく。

あっという間に、甲板の端まできた。

「くっ!」

機体が重い。

恨めしい声が漏れた。

そもそも今回の出撃は、敵空母群への第2次攻撃を予定していた。

前提として敵の直掩機部隊が少ない事を想定している。

よって我々コルセア隊の主任務は敵戦闘機の排除ではなく、攻撃隊の突入支援であった。

その為、主翼には5インチロケット弾を装備していた。

甲板から足が離れた瞬間に飛行士妖精は、

「ロケット弾は投棄するしかない」

渋い声で、愚痴ると重い機体を慎重に上昇させた。

深海棲艦のヲ級空母各艦では、状況は更に混乱していった。

 

 

「敵艦隊視認!!!」

日本海軍攻撃隊の先頭を行く赤城艦攻隊の淵田隊長は、水平線上に敵艦を複数視認した。

「上はどうだ!!」

伝声管越しに機銃員に聞くと、

「はい、敵の直掩機部隊は零戦隊と交戦中です。こちらを追尾する機影はありません!!!」

それを聞いた淵田隊長は、口元に笑みを浮かべ

「よし! 信号弾! 白! 各隊攻撃態勢! ト連送!!だ」

直ぐに淵田は準備していた信号弾を上空へ打ち上げ、突撃を意味するト連送を打電した。

 

加賀、飛龍、蒼龍の攻撃隊指揮官機からも信号弾白が撃ちあがった。

各隊は一斉に攻撃態勢を整える

高度はさらに下がり20mをきっていた。

150機近い航空機が、高度20mを保ち敵艦隊へ目がけ邁進していた。

淵田隊長は

「目算、2万を切ったぞ!ここまで来れば!!」

声を張り上げた。

その声と同時に、機銃員妖精から

「艦爆隊! 離脱します!!」

と声がかかった。

「おう!」

後席機銃員妖精の報告に淵田隊長は視線を上げると、各隊の九九艦爆隊が急上昇を開始した。

九九艦爆は各隊編成を整え、一気に上昇へと転じる。

それを見た淵田隊長は、

「さあ、魚雷と爆弾の同時攻撃だ! 避ける事ができるなら避けてみろ!!」

ぐっと敵艦艇を睨みつけた。

目指すは、敵輪形陣のヲ級空母群

「一気に叩く!」

淵田は、ぐっと前方を睨んだ

 

 

「あ、新たな敵編隊!! 左舷前方、低い!!!」

ヲ級401号艦の艦橋に見張り員の怒号が飛びこんできた

「なっ、なに!」

一斉に艦橋にいた者達は、指示された方向を睨んだ。

そこには、水平線を埋め尽くすかのように、多数の機影らしきものがあった。

「いっ、いかん! 上空の敵機は囮だ! 副長、直ぐに直掩機を呼び戻せ!」

ヲ級空母艦隊司令は焦りながら命じた。

直ぐに副長が無線室へ通じる直通電話をとったが、

「司令! 直掩隊の無線が混信しています」

「なに!」

その頃、零戦隊に足止めされた深海棲艦の直掩隊は徐々に形勢が悪くなりつつあり、援軍を求める通信が錯綜し、混信状態となりつつあった。

「各艦へ伝達! 左舷対空砲戦! 本艦も順次迎撃はじめよ!」

ヲ級空母艦隊司令は矢継ぎ早に命じた。

「艦載機発艦中です!」

そこへ発艦担当士官が割り込んだ!

「発艦中止! 迎撃と回避を優先!!」

このまま敵の攻撃隊が突入してくれば、発艦中の艦載機はいいカモである。

どちらにしても、回避行動をとれば発艦滑走はできない。

「上がった機体は、直ぐに直上へ着けろ! 攻撃機の侵入を許すな」

ヲ級401号艦の艦橋に次々と指示が飛んだ。

 

ヲ級空母艦隊司令は、指示された方向を双眼鏡で睨んだ。

そこには、水平線に隠れる様に、接近する無数の機影があった。

「くっ! こんな時に攻撃されるとは!」

ヲ級空母艦隊にとっては、正に最悪の事態である。

各艦の甲板上には、魚雷や航空爆弾を満載した艦爆や艦攻がまだずらりと並んでいる。

直掩隊は、前方へとおびき出され、足止めされていた。

そして、上がったばかりの友軍戦闘機の数は少ない。

「かっ、艦隊防空を強化しろ! 各艦各個に防空戦始め!!」

ヲ級空母艦隊司令の声は震え、焦っていた。

 

 

攻撃隊の先頭をいく赤城艦攻隊

その先陣を切る第一航空艦隊 総隊長である淵田中佐は、飛行士妖精へ命じてほんの一瞬だけ機体を上昇させた。

眼前に迫る敵艦隊を目視すると、直ぐに機体を海面すれすれまで降下させた。

「よし! 事前報告の通り、敵空母は中心で複縦隊列! 打ち合わせ通り俺達は前方から加賀隊と突入するぞ!」

「了解です!!」

 

前席の飛行士が答えた。

淵田機は、加賀隊と敵空母艦隊の前方へ回り込む進路をとった。

淵田中佐は、右後方を見た。

そこには、敵空母群の後方へ回り込む為、二航戦部隊が旋回を開始していた。

「友永たのむぞ!」

淵田中佐は、旋回する友永隊長機を目で追った。

 

上空には、高度をとり爆撃照準態勢に入った各艦の九九艦爆隊がいた。

 

もう、敵艦の艦影がはっきりと目で分かる。

「がっちり固めてやがる!」

淵田隊長は唸った

空母群の前衛にはイ級駆逐艦、空母の横にはホ級軽巡、そしてリ級重巡らしき艦影も見える。

 

“そろそろくるぞ!”

淵田中佐が脳裏に思った瞬間、自分達の上空に対空砲が炸裂し始めた。

炸裂した砲弾の空振で機体が、ガタガタと急激に揺れた。

「後席!! 脱落したやつはいるか!!」

「いえ隊長! まだ大丈夫です。敵の砲撃は照準が甘いです!!」

「油断するな! 奴らは新型の対空砲弾を持つ! 機銃も此方とは質も量も違う!」

「はい!!」

前席、後席の飛行士、機銃員妖精は、気合をいれて返事をした。

そう言う内にも敵の輪形陣の中央にいる空母の姿を目視で捉えた。

「いたぞ! ヲ級だ!! 俺達は先頭奥を叩く!」

淵田の声に、飛行士妖精が、

「この位置だと、リ級がじゃまです!」

淵田は、

「距離をつめてホ級とリ級の間を抜ける!」

飛行士妖精達は息を飲んだ

“敵艦前方を突っ切るのか!”

それは、熾烈な対空砲火が襲いかかる事間違いなしである。

「射線がとれるかわかりません!」

進路を目算した飛行士妖精が、淵田に聞こえる様に怒鳴ると

「高度をとれば、敵の新型砲弾の餌食だぞ! 出たとこ勝負でいく、こっちは14機もいるんだぞ! だれか辿りつく! 絶対にだ!」

淵田は

「敵の砲撃を此方に集中させろ! そうすれば九九艦爆隊の突入機会も生まれる、押し切きるぞ!!」

単機で突入すれば、敵の集中攻撃を受けるが、数があれば生存率もあがる。

数発でもいい、敵空母に命中すれば、相手は火薬庫だ。此方に勝算はある。

「この日の為に訓練した、絶対に命中させてみせる」

淵田は、前方に迫る敵艦隊を睨みつけた

 

 

 

 

 

 




こんにちは
スカルルーキーです

分岐点 こんごうの物語 第74話を投稿いたします


前回の投稿よりだいぶ間が開いてしまい、大変申し訳ございません
今回投稿分は、書き上がった文章を分割投稿しており、少しお話の切れ目が悪いですが、近日に残りも投稿致しますので、よろしくお願いいたします。

では

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